お嬢様 ヘンリエッタ きゃっ。 [紅姫は漣が投げたヤマメを慌てて受けようとするも、ヤマメは其の手をすり抜け再び川へと入っていった。] 『ばかだな、紅姫は。ちゃんと受け取ってよ。せっかく捕ってあげたんだから。』 [こんな事を言いながらも、漣は再び川の中に手を入れてヤマメを掴みあげた。] 凄いです…。 漣様がこのような事をできるとは…。 [紅姫は得意そうにヤマメを捕る漣を尊敬の眼差しで見つめていた。] 『姫。こんな処にいらっしゃったのですか。 姿が見えなかったので心配しましたよ。 それは…ヤマメですか。 それでは、もう少し捕って堂に居る者に持って帰りましょう。』 [翡翠は川岸から二人に話しかけると川の中に入り、漣と二人でヤマメ捕りに精を出した。] | |
(47)2005/09/24 14:42:41 |
流れ者 ギルバート 【回想/堂/一】 紅姫。夜も深まれば鬼共も動き出すやも知れん。お前も中に入れ。俺は漣の様子を見てこよう。 [ そう云って、威日呼は漣の後を追った。だが、漣は追うまでもなく、外周を一回りすると堂の中へと入って行った。 威日呼は、やれやれとでも云いた気な風に小さく肩を竦める笑みを浮かべると、何時もの様に扉の脇に座り込み夜の闇に目を凝らしていた。 尤も、鬼が人の姿ををとっているのであれば……そして、此処に集った者達の中に居ると言うのであれば、こうして見張るのも無駄な事なのかも知れぬ。 ――傍らに立て掛けられた大太刀。 鬼を切り伏すための拠り処であったそれも、今はただ虚しかった。弱り全ての力を出せに鬼にさえ、一太刀はおろか、かすめる事さえままならぬ……] | |
(79)2005/09/24 22:40:41 |
流れ者 ギルバート 【回想/堂/二】 [ そうして物思いに耽る内に、時は流れ、何時しか丑三つ刻が訪れていた。 威日呼が月を見上げたその時――堂内の者達がざわめきを上げる。威日呼は大太刀を手にしながら素早く立ち上がると、開け放たれた入り口に立つ。 苦しげな表情を浮かべた亞磨韻の姿が、堂の中央で掠れ揺らいでいた。] 『私にはどうやら時が残されていないようだ… 鬼により… 私は……………… 頼む…… 鬼を… 封じ……………て………』 [ 塵の様に、霞みの様に、亞磨韻の姿が掻き消えた。 ――その時。 威日呼の脳裏に見知らぬ情景が浮ぶ。 それは何処かの屋敷の庭であろうか。 其処にには一人の少年と、壮年の男が立っていた。 壮年の男が少年に何やら説教をしているようであった。その男――それは亞磨韻であった。] | |
(102)2005/09/24 23:16:26 |
流れ者 ギルバート 【回想/堂/三】 [ ――情景は流れる。 亞磨韻は、少年の守役であったのだろうか。何かと世話を焼き、教え、時に叱った。 やがて、少年は成人しその名を都に馳せる。 ――その名を安部清明。 やがて、亞磨韻は年老い死の床へと就いた。 傍らには清明の姿がある。 亞磨韻は黄泉へと己が魂魄が離れ行く前に、ひとつの呪術を完成させた。 そう、己が身を式神と化す術であった。] 『清明様……ご立派に成られましたな。しかし……それ故に清明様の御命を狙わんとする不届きな輩が出る始末……この亞磨韻、其れを置いて成仏など出来よう筈もありませぬ。清明様……この身を式と変え……清明様を御守りしましょうぞ……』 | |
(104)2005/09/24 23:17:01 |
お嬢様 ヘンリエッタ 羅刹様、有難うございます。 遠慮なく頂きますね。 [紅姫は名無と言った者に向き直ると、言葉を続けた。] 名が無いのですか。 其れは少々お淋しいですね。 鬼を封する事ができたら、新しい名を受けるといいと思いますわ。 処で、貴方様にお聞きしたい事が二つあります。 一つは、何故此処に参られたのか。 もう一つは、先程貴方様は「貴族は自分の事しか考えちゃいない」「もういっぺん今すべき事が何かを精々考えて欲しいもの」と申されました。私が知る限り、貴方様は私にこのような事を申せるほど、今すべき事を考えてるようには見えません。貴方様は、どのように鬼を封するおつもりですか? | |
(122)2005/09/24 23:52:45 |
流れ者 ギルバート 【回想/開けた丘】 [ やがて、空は白み朝を迎える。 何時もならそのまま眠りに就いている処だが、しかし昨晩、亞磨韻の消え行く際に見えた情景が頭から離れなかった。 威日呼は立ち上がり、堂を後に歩き出した。 堂より南東。 当て所なく散策していた威日呼は、やがて開けた丘へと辿り着いた。 其処に横たわり、それを見上げる。 ゆっくりと……雲が流れて行った。 どれ程そうしていたであろうか。 『他人の過去世の状態を知ることができる力”宿命能”を持つ者。』 ――不意に、亞磨韻の言葉が思い出される。あの情景……それはその力が見せたものであったのか。 威日呼はゆっくりと目を瞑る……] 父上……母上……さや…… 神か、仏か……俺にも鬼を討つための力を幾許か与えたもうたか…… [何時の日かの家族との触れ合いを胸に思い浮かべながら……威日呼は眠りに落ちて行った。] | |
(129)2005/09/25 00:08:21 |
流れ者 ギルバート [威日呼は一同を見遣ると、口を開いた。] 俺がこの力が有る事を告げた理由、か。 簡単だ。此処に置いて、隠す事の益より、隠さぬ事の益が多いと思ったからだ。 俺は鬼を討つべく此処に来た。鬼から俺など取るに足らぬであろうが……それでも、目障りと思うやも知れぬ。 俺が……きゃつの手に掛かれば、この力を持つ者の所在も定かならず、俺亡き後に鬼共が宿命能を持つと騙れば、いささか拙い事になるであろうとも思えるのでな。 もし今宵、俺が死んだとして……それならそれで、天眼能を持つ者は生き長らえる事になる。其れならば悪くは無いと思えたのでな。 俺が死んだとしても……俺の仇たる鬼を残った者が討ってくれるならば……俺にはそれでも良いのだ。 | |
(173)2005/09/25 00:46:54 |
流れ者 ギルバート 翡翠殿、では尋ねよう。 翡翠殿は、今宵己が鬼の手に掛かる事は無いと云い切れようか? また、この状況の中で、己の名を記される事は無いと言い切れようか。 俺には言い切れぬ。 俺以外に、我こそが宿命能だと申す者があれば、名乗り出るもの悪くは無いでろう。鬼共、或いは土蜘蛛なる者が名乗り出るならそれも悪くは無い。 他に名乗り出るものが居らぬなら、俺が宿命能を持つ者だとはっきりする。 また、他心能を持つ者は、宿命能を名乗り、俺が他心能であると確立させようとはせんで欲しい。確立せぬならそれはそれで鬼共を引きずり出したと云う事だ。それはそれで悪くない。まだ潜んでおって欲しい。 | |
(191)2005/09/25 01:11:15 |