人狼審問

―数刻前―

[ 金色の妖精は歌を紡ぎながら
　城の周囲を薄き羽根で翔けていく

　時折何かを一つ一つ降り注いでいくも
　其れは淡い光を残して地に染み込んで

　見遣る少女は愉しげに笑みを浮かべて
　そして“種”を巻き終えれば
　己の城を荒らした主への仕返しに ]

[ アーヴァインが変化させられたのと同時刻
　彼の張った闇の結界が脆くも崩れ去る

　然れど妖精の力によるものか
　彼の吸血鬼の力が未だ及んでいる為か
　古き筈の城は未だに其の形を保って

　代わりに出ずるは金色の光
　其れはふわりふわりと城の周囲を覆い
　誰も逃げる事を赦さぬ新たな結界と成る

　――其れは宴の始まりを告げるかのように ]

「ふふふ、私の力を止めようなんて、悪い子。」

[妖精の声にも反応を返すことはできず。]

[変化する力の渦に、眩暈の如き感覚。
視線がアーヴァイン殿に集中していたが故に、他者に其れを気付かれる事はなかったようで]

[…彼の妖精は、何処へ行ったのだろうか。
力の残滓を探るも、其れも封じられているのか、解らずに]

御免、ユージーン。
一寸制御できなかった……結界が

[声は弱く]

…コーネリアス？

[制御…、結界。嗚呼。あの魔力の痕跡は、其れかと]

否。私も、こうなる前に封じる事が出来なかった。

ううん、御免。僕が、もう一寸、力を捕らえられていれば……
外、出られないみたい。

……困ったね

[アーヴァイン殿だけならばまだしも、他の者まで巻き込むとは。
皆に、妖精の事を伝えようと、口を開くも、]

――……………

[声が、出ない。
嗚呼。“制約”か。恐らくは、魔法を掛けられた時に]

…厄介、な。

……、……………

[他の者は兎も角、この吸血鬼は放って置いても良いのではないだろうか。其の方が、平和な気がする。
そう思いはするものの。先程のローズの様子を見れば、そうもいくまいか]

[声が聞こえた気がするも……
其れは意味をなさなかったようで]

「やぁだ。わたしの魔力、見えちゃってる？
　もう、やっぱり封印されていたせいで、鈍っちゃってるのかなぁ〜」

[何時の間に現れたのか、耳に届くのは幼い声。
その視線の先には、ラッセルがいて]

…アーヴァイン殿に対する“仕返し”とやらは、これか。
それならば、他の者は関係無いだろう。

[解放しろ、と言外に。けれど妖精は無邪気に笑うばかり]

「なに言ってるの？　まだ、始まったばかりなのに。
　みんな、可愛いあみぐるみにしてあげるのよ。
　そして、それから、それから。みんなで遊ぶの」

[今度はハーヴェイの声を聞き咎めたらしく、少し怒りを含ませた声で、腰に両の手を当て。彼を蹴る仕草をするも、矢張り其れは通り抜けて]

「治癒なんて、ひどいなあ。
　別に傷つけたわけでもないのにさ？
　むしろ、力を送ってあげたから、感謝して欲しいくらい」

[…其の際に、余計なものを混ぜもしたのだろうが]

「とかれてたまるもんですか」

[舌を出す様子は、私とコーネリアス以外には見えていないのだろう。
否。アーヴァイン殿には、見えているかもしれないが。
然し彼の場合には、其れを他者に言う事は無さそうだ。危機感が無いのか]

元に戻す事は、出来るのか？

[答えを期待せぬ、問い掛け。返って来たのは、矢張り、くすくすという笑い声。
コーネリアスは、強い感情が辛いと言っていた。
…今、傍に在るのは、悪影響だろうか]

…人が多くては、話すにも不都合だ。
下手に気取られても、お前も困るのだろう。
場所を、変えよう。

[一言、妖精へとそう告げて]

その頂点に止まり、白の右目と黒の左目を、相手へと向ける]

それで。何が望みだ。

「言ったでしょう？　みんなを編みぐるみにして、遊ぶの。
　二人も、手伝ってね？　手伝ってくれないと、十字架、返してあげないよ」

[嗚呼。確かに、あれは大切なものだ。“彼女”から、受け取ったものなのだから。
けれども、他者を犠牲にしてまで。其れは、あの幼い少女の望むところではない]

脅しの、心算か。…其の手には、乗らない。
第一、私と彼とに“制約”を科したとて、お前の力も感知出来るものもいるのだから、このままでは、再度封印されるのは目に見えている。
今のうちに、自らの行いを反省し悔い改めるべきと思う。

[私の言葉が意外だったのか、無邪気さを装って微笑んでいた妖精は、目を見開き、柳眉を逆立てた]

「わたしに、命令するの？
　せっかく、こっちは“お願い”して、“約束”してあげようと思ったのに。
　ユージーンなんて、嫌い！」

…命令ではない。強いて言うなら、忠告だ。

[其れは純粋な、子供らしい怒り。…だからこそ、質が悪いのだけれども。嗚呼。これは、聞き分けの無い、幼子なのか。そんな事を、今更ながら思う]

「わたしは、遊ぶの。遊ぶんだから。今まで遊べなかった分、たくさんたくさん、遊ぶんだから。…そう、ゲームをするの。ゲームをしよう。
　一日一人、“わたし”のチームは、“敵”のチームをあみぐるみに変える。
　一日一回、“敵”のチームに、わたしを見つけて封印するチャンスをあげる。
　出来なかったら、やっぱり、あみぐるみに変えちゃう。
　“わたし”のチームが、“敵”のチームと同じだけになったら、…わたしの勝ち。
　どう？　面白いでしょう？」

[愉しげに笑みながら、提案する妖精。
“わたし”のチームとは、妖精自身と、私と、コーネリアスを指すのだろう]

[暫し、思案。ゲームという以上は、対等な条件なのだろう。
闇雲に手立てを捜すよりは、マシと言えるだろうか]

…チャンス、とは？

「前に、言ったでしょう。わたしの部屋を、教えてあげる。
　そこに来て、封印出来るかどうか、試してみて？
　別の方法でもいいよ。わたしを参った、って言わせられたら、解放してあげる」

[その条件自体は、吝かではない。
相手の居場所が解っていると居ないのでは、大分違う]

[…けれども]

私には、お前の言う事を聞く理由はない。

[それだけは、確かで。十字架を諦めるとなれば…、尚更]

「あるよ？
　聞かなかったら、コーネリアスがどうなるか、解る？　他のみんなだって。
　邪魔ものは消えた。今のわたしは、最初に会ったときより、ずっと、強いよ。
　あなたの意志を無視して、操ることだって出来ちゃうかも」

[再び、嬉笑を浮かべる妖精。何処まで真実かは解らないけれども、少なくとも、最初の方は…、確かだろう。先程の様子を見れば]

……、…………解った。

[他に、妙案が浮かぶ訳でもなく。漸く捻り出したのは、其の一言。
目の前の妖精は、心底嬉しそうに微笑んで。…それだけならば、無邪気な子供にしか、見えぬのだけれども。何処で歪んでしまったのだろうか]

「それじゃあ、約束ね！
　ほら、指出して。ゆびきりげんまん、するの」

[小さな小さな手を、小指を差し出す。
私は人の形を取り、屋根に腰を下ろして。同じように小指を差し出す時は、不似合いにも、微苦笑を浮かべていただろうか。
ゆびきりげんまん、という幼い少女の歌声と、月光に照らされる金糸の如き髪は、過去の記憶を呼び起こさせて]

[――けれども、触れたその手からは、異質な魔力が送りこまれて。幾度か感じた、眩暈の如き感覚。
歌い終えれば、妖精は、私からそっと離れる]

「…これで、よし。これであなたは、約束した。
　わたしと同じ力を持った。みんなを、あみぐるみにしちゃう力」

[実感等、在りはせぬけれども。相手がそう言うのならば、そうなのだろう]

…それで。お前の部屋は、何処に在る？

[情を持たぬようにと、声を、敢えて冷徹に抑え、問い掛ける。
妖精は気にした風も無く、答え。その返答に、眉を顰めた。
嗚呼。其れは不幸だ、と。些か、同情した。

――アーヴァイン殿の部屋から、繋がっているとは]

[取り敢えず。会話は、それだけで終え。
コーネリアスは、今日は疲労しているようだから放っておいて欲しい、と告げ。
私は鳥の姿になり、少女は少女で、ふわり、何処かへ舞って行く]

…コーネリアス、か？

[問う声は、届いたろうか]

[意識の覚醒は未だ起きず。ただ、しゅるしゅると力が消えてゆく感触。
そして、その声に、僅か震え]

[否。
私は先程の妖精の言で、知ってたいた訳なのだけれども]

[気の変化を感じ取れたのは、同じく妖精の力を受けたが故か]

…起きたか？

……ん。ユージーン？

[何と声を掛けたものかと、迷い]

…………お早う。

[その一言は、余りに間抜けだったろうか]

……嗚呼、ええと。
おはよう。

君は、何か、変わった……？

変わった…、そうだろうか。

[傾げつ、問い返す。
形状の事ならば、確かに、今は鳥の姿をしているけれども]

…取り敢えず。妖精と、話をして来た。

[彼を刺激せぬようにと、掻い摘んで、先程の出来事を伝える。
とは言っても其の内容は、例の“ゲーム”の事と、己が、アーヴァイン殿に掛けられた魔法と同じ力を有した事のみで。
引き合いに出された条件等は、伝えはしなかったけれども]

うん。何だろう……
ううん、まあ良いや

妖精と話……
[黙ってきいて]

……如何してそんな事をするんだろうね

……、…………さあ。

[予想出来る事は一つ在ったけれども、其れはあくまでも憶測に過ぎずに。彼に伝える事はなく]

妖精の部屋に繋がる場所とやらを、見て来るよ。

いってらっしゃい。気をつけて。
僕は……このまま、放っておいていいから

[それから。*そっとあたりを伺いつつ、黙る*]

[そう言う訳にも、行くまいと。
…明日にでも、見舞いに行った方がいいだろうかと考えて]

[確か、妖精に言われた場所は――]

[彼の妖精の言が真実ならば、
一日に一度しか開かないという事だから、今は行けはせぬのだろう。
ハーヴェイには、其れを言う事は出来ないが]

[部屋を出る前に、一度、魔方陣へちらりと視線を遣る。
微かに、妖精の声が耳に届いたような気がした]

―二階・個室―

[部屋に入り黒衣を脱ごうとして、嗚呼、ニーナに貸した儘だな、と気付いた。
そう言えば、あれから彼女の姿を見なかったけれども、まさか、未だあの場所に居るのだろうか。
…けれども其の確認は、明日にするとしよう]

[目を閉じて眠りに付こうとしても、不規則に襲い来る病魔による苦痛は在り。
けれども其れは、私にとっては、最早何時もの事で、そして受けるべき罰で。
だから気にする事も無いのだけれども、他者にとってはそうも行かぬのだろう。

なるべくならば治めようと、心に決め――
とは言え、己が力で如何こうなるものであれば、苦労はしないのだけれども。
心構えが有ると無いとでは、多少、異なるだろうか。

…そんな取り止めもない事を考えながら、やがて*意識は闇に落ち*]

[身に受けた力はとても大きく、まるで其れは自分を食いあらすようだった。
それでも一晩で大分馴染むのは。

自分の力がだんだんとへってゆくのは感じた。上から塗り潰されてゆく。
あの妖精に]

[通った部屋の前、ユージーンの様子が気にかかる。
昨日、咳き込んではいなかったか。]

[少し悩んで、今もらったばかりの気を、ユージーンの部屋の扉に手をかけ、解放する。
しかし気はすぐに消えてしまうので諦めて。

おとなしく部屋に戻って、本を一冊。
窓から薔薇園が見えた。

…嗚呼、あの子は。

招待客の一人だったかなと思いながら]

『如何しようかな。僕は。
誰に気付かれてもいけないね。
あと一回…もしかしたら二回。

何時まで此れに耐えられるかな。空の状態で、あの力をとりこむことに……

恐らく妖精は気付いてるだろうけど。
あの子はきっと、其れの方を望んでるだろうし』

―二階・自室―

[此処に来てから幾度目かの夢より、覚めようとして――
額に、衝撃が走った。硬く、冷たい何かが、当たったかの如き衝撃が。
暫し、物も考えられず。目を幾度か瞬かせれば、次第に視界がはっきりとして。
目に入ったのは、フリルを沢山あしらったドレスを身に纏った、妖精の姿]

……、…起こすなら、もっと普通に…

「あら。せっかく返してあげたのに、文句言うの？」

[返して、あげた？　口の中で、其の言葉を繰り返し。
額の上に乗った儘の其れ手を遣れば、ひやりとした感触。よく見てみれば其れは、僅かに錆び付いた、銀の十字架で]

…良いのか？
[恐らく目は見開かれ、声は驚愕の響きを持っていただろう]

「いいの。ちゃんと、契約は交わしたもの。
　そんな汚い十字架、わたしの部屋には、もう邪魔っけ。
　ああ。破ったらどうなるかは、やってみてのお楽しみよ」

[…くすくすと笑う様子は、矢張り、意地が悪く。
ほんの僅かでも、感謝しようと思った私が間違っていたと悟る。此れはもう、筋金入りか。更生させようにも、酷く難航する事だろう。
其れでも、夢の所為か、久々に“彼女”の十字架を手にすれば、安堵して。
有難う、等と言いはしなかったけれども、代わりに視線を妖精へと向けた]

「わたしの部屋への扉、ちゃんと確認してくれたのね。
　あの魔方陣、消したりしちゃ、駄目だからね？」

[言いたいだけ言えば、それじゃまたね、と妖精は姿を消して]

[其れを見送り、小さく息を吐き。
数日振りに十字架を首に掛け、其の鎖を弄ぶ]


[此れに魔法が掛けられていた事等、
　　その時の私は、知る由もなかったのだけれど]

「コーネリアス、何やってるのー？」

あ。
………………えぇと、外を眺めてるだけだよ。
ところで

[昨日ユージーンにきいた話を、尋ねる。]


「そうそう。一日一度。ゲームよ！」

[妖精の声に思案。]

「そうそう！　ユージーンには力をあげたの。あなたにもあげる」

え？　力？
……っ

[体中の残滓に何かが加えられる。容量が変わったわけではない。
今は安定状態なので、あまり苦しくはなかった]

[二人の話し声が、届いた気がして]

…いなくなったと思えば。
其方に、行っていたのか？

[コーネリアスと妖精とに向け]

「えぇ、そうよ」

ユージーンの所にも居たんだね
おはよう。えぇと……昨日は御免ね

嗚呼。お早う。

[額に手を遣り。未だ痛む気さえする。
其れから、謝罪に思案して。…謝られるような事は、あったろうか]

……、…………何が？

何か、迷惑かけたかと思って。

倒れてしまって…運んでくれたのはハーヴェイで良かったかな…？

否。
只、私に気を渡すのは、不要だと。それだけだ。

[其の後の言葉には、記憶を探って]

確か、そうだったと思う。
薬草園に倒れていたのを、と言っていたから。彼には感謝した方がいい。

[本来ならば、私が連れて行ければ良かったのだけれども。
そんな事を考えながら、寝台から立ち上がり]

如何して？　僕は君が苦しいのは嫌だよ。
其れに、僕は直ぐに回復できる手段があるし。

……君は、病気なのかな？

[心配そうに、そう尋ねて]

…此れは、私が受けねばならない罰だから。

[上手く説明する、妥当な言葉が思い付かず。
言えたのは、其れだけで。其れ以上、言う気も無く]

…少し、外の空気を吸って来る。

罰……？　罰って、何？

[少し戸惑う様に。]

……なんで、って、きいてもいい？

[矢張り、其れに答える事も無く。
ゆるりと歩みを進め、庭を歩いて]

……

御免ね

[唯ぽつりと。
それから部屋の中に妖精がいなくなったのに気付いて。
一度、瞬いて]

…いいや。

[十字架を握りつ、返すのは其の一言で]

優しいね、ユージーンは


[窓辺から眺めつつ]

[其れは、昨晩、ローズにも言われた言葉で。
私は、只、偽善者なだけだろうというに]

…優しくはないよ、私は。

[ゆっくりと、瞬いて。感じた視線に顔を上げれば、窓辺に佇む影]

[別にのぞいていたわけではないのだけれど。なんとなく気まずくなって窓から身をかくしてみたり]

……優しいよ

[よくは見えなかったのだけれども、突然の反応を見れば、其れがコーネリアスだとは理解出来て]

…隠れる事は、無いだろうに。

[薔薇園の方へと、視線を戻して。
小さく紡ぐ歌は、思念とは違うから、彼に聴こえはしなかったろう]

〜〜！

[結局隠れたってばれていたんだと少し気まずい]

[返って来た思念は、何時もの彼とは違うようで。
…何か、在ったのだろうか]

……そういえば、何処かに行くの？
妖精は今は何処かにいったようだけれど

[話をごまかそうと]

[唐突な話題の変わりように、訝しみはしたけれども。
聞かれたくない事ならば、聞かない方がいいだろう]

…別に、決めていた訳ではないけれど。
薔薇園の、近くに。此処は、香りが良いから。
少し。歌っていた。

[…妖精は、何処へ行ったのだろうか。
ゲームの始まり、とやらは、何時になるのか]

そっか。薔薇か……
僕はまだ見に行ってないけれど、今度見てみようかな。

歌。
歌は好きなの？

[そういえばアも見ないなとか思ったり。]

嗚呼。美しいよ。
…彼の主のセンスとは、思えない程に。

[何をどう間違えば、あの様な美的感覚が育つのだろうか。
吸血鬼だから、と言ってしまうのは…、多分、彼と同種族の者に対して、此れ以上ない無礼だろう。
彼の名はよく知られていても、其の性格が伝わっていない理由がよく解った]

好き、というか。なんだろうか。…聴くのは、好きだけれども。
歌うのは、上手くはない。

…本当に？　あの彼が作ったのに？
[なかなかに疑っている。当然だが]

若しかしたら、薔薇園だけは他の誰かが作ったのかもしれないね。
きっとそうだ。

[かなり酷い]


若し良かったら今度、聴かせて欲しいな。

[酷い言い様だと思いはするのだが、
否定する要素が一つも無いのが、何とも言えない]


…嗚呼。いつか。

[とは言え。他者の為に歌う事は、ありはしまいけれど]

いつか。
楽しみにしてるよ。

[とても楽しげに]

そう、楽しみにされる程のものではないよ。

[一つ、息を吐いて]

うーん、そうなのかな？
僕は余り歌とか聞いていないから…嗚呼、ずっと書庫に居たからね。
だから、凄く楽しみだよ。

[嬉しそうな調子で]

ずっと、書庫に…

[嗚呼。忘れ掛けていたけれども、彼は魔本なのだったか。
嬉しそうな調子に、何も返す事は出来ずに]

[当然、如何して返答がないのか等考える事は無く]

うん、ずっと書庫にね。
とても、良い温度に調節されているし。湿度も良いし。灯りも少ない。
痛まない場所ではあるね。

…そうでは、あろうけれども。
静かな、場所だったろうな。

[ふと思い出すのは、自分の人間界での暮らす場所。何も無く、静かな]

うん、とても静かだった。ドクが亡くなってから数年は、時折届く祭りの音、村の音しか聞こえなかった。
でも、僕が人の手に在るよりは、良かったと思うよ。
気付かれたら封印されてしまうからね。

…そうか。

[封印。人は、己と異なるものを畏れるものだから。
気を喰らうとなれば…、致し方の無い事なのだろうか。
異種族の壁を、無くす。其の様な事が、実現出来れば良いのだけれど。
そんな思考も、当人を目にすれば、止まって]

[微笑んで、ちらりと視線をさまよわせ。
妖精の姿はないようだなと]

[暫しぼんやりとしてはいたけれど、ゆっくりと湯船に浸かって温まり、汚れと疲れとを洗い流して、確りと身体を拭い風呂場から上がる。
何時もの黒服に着替えを済ませ、首からは十字架を提げ。
濡れた前髪を掻き上げつ、鏡へと視線を遣ったところで異変に気付く。

其処に見える己の左目に、彼の妖精に似た金の輝きが混じっている事に。
驚き、幾度か瞬いて。再び鏡面を凝視すれば、其の色は失せ、何にも染まらぬ白に戻っていた。

…妖精と、“約束”とやらした所為だろうか。
ふるりと首を振って、もう一度、念入りに雫を拭き取り、浴場を後に]