自警団長 アーヴァイン
ふむ……まだ集まっていないようだな。 今のうちに、もう一度見回りに行ってくるとしよう。
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お尋ね者 クインジー そんな矢先、彼の上官である部隊長は…残りわずかな物資と男の部隊の潜伏先の情報を持って投降しようとしたのだ。男はその部隊長が深夜投降する場所に遭遇…口論の上、殺してしまった。そして…退却を決意、副部隊長として部隊をまとめ、敵陣を突破し部下の半数以上を敵陣の包囲から脱出させる事に成功した。 これは誇るべき戦功であったが…殺した上官は…さる貴族の徒弟であった。そして…生き残って脱出した部下にその門下に繋がるものがおり、男を…誣告したのだった。 脱出した多数の部下たちは、揃って男を庇った。 しかし…貴族の手が回り、公平な軍事裁判が行われる事無く男の存在は闇に葬り去られこの島に投獄された。 それでも…男は思うのだった。 「あの時、俺は間違った事はしていない。そして、部下を生きたまま故郷に連れて帰ることができて良かった。」…と。 | |
(3)2006/02/15 00:35:36 |
踊り子 キャロル 「寒いですから、お風邪を召さないようにご自愛ください。といっても暖房はありませんがね…。」 [キャロルは何も言わずに疲れた目で前空を見つめている。アーモンド型のブルーアイが彼女の意思表示の唯一の窓であるかのように雄弁だった。彼女の目は大きい。その大きな目の端はきりっと上がっており、隠された意思の強さがじわりとにじみあがってくるようである。 看守達はいつも真面目だが、時折裏で彼女を口さがなく欲望の対象として揶揄する者もあった。実際、彼女は美人だった。街を歩けば振り返らぬ人の居ないほどの美貌の持ち主だろう。それも刑務所暮らしですっかり廃れてしまっている。 キャロルの目を見つめて思慮にふけっていたルーサーははっと我に返り、その場をもてあましたのか、罰が悪そうな顔おした。 そして兼ねてから聞こうと思っていたことを口に出した。] | |
(8)2006/02/15 01:37:20 |
見習い看護婦 ニーナ [ニーナは小さな身体をさらに小さく折り曲げ、色素のない壁に背中を預け顔を伏せていた。 その姿勢から表情をうかがい知ることはできない。 彼女は元来小柄であったが、彼女の醸し出す雰囲気が表情を伝えているようにも見受けられた。 小さく腕が動く。指を2、3本使って短いベルフラワーの色をした髪を10本と、20本と弄ぶ。どうやら眠ってはいないようだ。 静寂が、五感を研ぎ澄ます。 ニーナは生き方の下手な人間だった。その自らの処世術のなさが、今日を招いていると言えた。 これまで何度も独房に入れられた事由にも枚挙に暇がない。 看守の彼女に対する服務態度の評価は両極端。『模範的』から『目が気に入らねえ』まで百者百様の答え。それはこの牢獄へ入れられてからのものではなかった。] | |
(13)2006/02/15 02:43:46 |
見習い看護婦 ニーナ [ニーナはフィンランド中部の貧しい村に生まれた。ラピスラズリのような色をした美しい瞳を持っていた。農作物の実らない不毛な土地であったが暖かい両親、たくさんの弟や妹、友人に囲まれて明るく育てられた。 しかし15歳の時、この地を統治するロシア人の領主の目に止まり、半ば無理矢理領主の邸宅へ連れ込まれたのだ。 顔を殴られるのも当たり前の日々。昼夜問わず酷使され、また領主の極めて利己的な欲望に振り回され続けた。 『お前が忠節を尽くし続けるなら、家族の安全は保障してやるさ』 ニーナにはとてもそれが信じられなかった。逆に『家族は人質だ』という事実を思い知らされ、黙ってただ苦い思いを噛み殺し続ける日々であった。 | |
(14)2006/02/15 02:45:43 |
見習い看護婦 ニーナ やがて民衆は領主を倒さんがためと暴動を起こす。十数年前ロシアは日本に戦争で敗れ、この地での統率力を失いつつあった。カレヴァラと呼ばれる伝承が、フィン人たちの心の拠り所だったのだ。 ニーナも隠れてカレヴァラに夢中で読みふけった。 やがてこの地で小競り合いが何度も起き、村は、この地方は大きく衰退する、多数の家や家畜小屋が焼き払われ、村人は散り散りとなった。 あまりの領主の無知さにロシア本国も業を煮やし、疲弊したこの地に軍を送り込み、領主は処刑されその周辺の者は徹底的な厳罰を受けた。 彼女自身も、領主の周囲の兵士達を手厚く看護したゆえ――がこの牢獄へ送られた主な理由であった。 | |
(15)2006/02/15 02:47:04 |
医師 ヴィンセント 【1年半ほど前/とある大学病院の手術室】 [目の前に見えるのは手術台に寝かされた患者の身体から流れ出る真っ赤な血。 清浄なはずの器具と術衣が、みるみる真っ赤に染まっていく。 (出血量が多い…早く止血をしなければ患者の命が) 執刀医である医師はまるで信じられないものでも見るように、 その場にただ立ち尽くしている。 立会いの医師であった彼は、教授の肩を揺さぶった。 (至急止血と輸血を!指示を出さなくては患者の命が──) 周りの看護婦や若い医師のざわめきがいつの間にか己を取り囲む。 その誰もが『あの教授には逆らえないのだ』というような 無表情な面を着けているように感じられた。 それでも彼は必死に溢れてくる血を止めようと望みのない努力を続け… そして──] | |
(18)2006/02/15 04:14:57 |
美術商 ヒューバート 【独房の中】 [ベッドに横たわりながら、手に入る筈のない新聞を眺めていた。そしてふと目を、とある記事に向ける。そしてやや面倒そうに半身だけ起きあがると、看守に向かって声を上げた。] ちょっと面白い話があります…前回と同じ私の取り分は1/5…いえ、そうですね、この儲けなら1/10で構いません。また私の指示通りに株を買って貰えませんか? [その看守は以前も私の指示に従って、ちょっと小遣いを稼いだ事があり、今回もその話に耳を傾けた。] ドイツの会社なんですが…。 [しばし株取引の話が続く…。話はまとまった様で看守が以前儲けた時の記憶を反芻してニヤリとした。] この通りに株を買い、それを時期を合わせて売れば、来月には看守なんてケチな仕事を辞めて、一生のんびりと暮らせますね。 私としては、代わりに金を動かしてくれる貴方が居なくなるのは非常に残念なのですが…、え…私との伝がなくなるから、仕事は適当に続ける? 流石にここまで美味しい話は、そうそう無いとは思いますが…。まぁ、私としてはとても助かります。 あぁ、そうでした。この手紙を…こっそりと出して貰えないでしょうか? [どこで手に入れたのか、蝋封されたやや豪華な封筒を看守に手渡す。] こんな事頼めるのは、貴方しか居ませんから…共に人生の勝利者になりましょう。 | |
(25)2006/02/15 13:44:03 |
酒場の看板娘 ローズマリー [女は、母親と2人家族。ワルシャワ郊外の小さな家で生まれ育った。小さい頃、父親は流行病で亡くなり、翌年には、母親もまた病に倒れたのであった。父親が生きていた頃は、貧しいながらも幸せに暮らしており、家の中は常に笑いが絶えなかった。しかし父親が死んだ後、生活は更に厳しくなり、母親が倒れた後は入院費はもとより、生活すらままらない状態であった。 ある夏の日、ヴィラヌフ宮殿近くを歩いていると、一人の男が声をかけてきたのだった。それは、自分の性を売って欲しいという内容だった。女は差し出された額に目が眩み、無言のまま頷き、その男と体を重ねたのだった。 母親の入院費、そして自分の生活費…多額の金が必要となった女は、この''行為''を忘れる事ができなかった。いつからか、自分から声をかけるようになり、何度も違う男と体を重ね、そして金を払わない者からは、強引に金品を強奪するようになっていた。] | |
(28)2006/02/15 18:32:06 |
酒場の看板娘 ローズマリー [簡単に多額の金を手にできるこの''行為''は、いつでもできるわけではなかった。体がそれを受け入れられない日が訪れると、女は通りすがりの者から金品を奪い、金を手に入れていたのだった。 季節は変わり、冷たい風がボロ布から覗く肌を斬りつける頃、女はいつものように道行く男に声をかけていた。誘いの成功率は100%であったが、この時誘った男は、首を縦に振るどころか、女の手を掴み上げ、警察へと連行したのだった。 不運にも…この男は以前、女から金を強奪されていたのだった。 その後、女はバルト海に浮かぶ島に建てられた、刑務所へと投獄されたのであった。] | |
(29)2006/02/15 18:35:28 |
流れ者 ギルバート 【朝礼/礼拝室】 [ 朝礼は退屈だ。 神父様の有難いお言葉をいただきながら、俺は欠伸をかみ殺した。 この朝のお祈りってものは、 俺にとっちゃなんとも好ましくないものだった。 せめて昼にしてくれれば考えるんだが、早寝早起きなんて随分と柄じゃない。 とはいっても、大口開けて欠伸してやる気にもなれないのは、 俺がそこそこ牧師様を気に入っている証なんだろうか? ……それに、看守様の目のことも、勿論ある。 隣でうとうとと船をこいでいたアルビンの脇を軽く小突いてやると、奴はびくりと目を覚ました。 奴は暫しきょろきょろと目を彷徨わせ、――此方を軽く睨んでいた、看守様のひとりと視線が噛んだのか。 ぎこちなく笑いながら、神父様のほうへと顔を戻すのが横目で見て取れた。 | |
(40)2006/02/15 23:26:55 |
踊り子 キャロル 【3ヶ月前、キャロルが投獄されて2週間後/娯楽室にて】 [投獄されて2週間の監禁を経て、キャロルが抵抗する様子がないと判断されたのだろう。彼女に娯楽時間が与えることとなった。 囚人服を着、髪を高く結い上げて、キャロルはいつものように紅を引いた。 彼女は刑務所入りするにあたり、何も抵抗しなかった。しかしただ一つ、口紅だけは肌身離そうとしなかったのである。さすがの看守も業を煮やし、彼女に体罰を与えたが、彼女はがんとして聞き入れなかった。結局見かねた女性看守が同じような色味を買ってくる約束をとりつけた上で、彼女の持ち込んだ口紅を没収できたのである。 その紅を引くのが彼女の日課であり、女性性の主張であった。] | |
(51)2006/02/16 01:05:07 |
医師 ヴィンセント [娯楽室の中には、他に収容されている囚人の姿が既に幾人か見て取れた。 気弱そうな青年、商人だったという男、そしてその他の囚人たち。 ヴィンセントは、己の唯一の持ち物である医学書を携え、 椅子に腰をかけてゆっくりとページを繰り始めた。 彼がこの監獄に収容される以前から、人生を共にしてきた1冊の医学書… 看守たちに懲罰として幾ら体罰を加えられようとも、 ヴィンセントはそれを手放そうとはしなかった。 『どうせお前は人殺しさ、お医者サマとしての資格はとうにねえんだろ? 役に立ちゃあしねえ、持たせておいてやれ』 看守たちの酔狂か、それとも天の采配か、 体罰を見かねたルーサーのとりなしもあって、 その医学書だけはどうにか取り上げられずに済んだのだ] | |
(64)2006/02/16 02:55:17 |
農夫 グレン 【回想/明け方/娯楽室・個室】 アーヴァインの見回りはすぐ解る。ブーツが奏でる、硬質で規則的なリズム。 かつ、かつ、かつ、 博徒連中は素早く灯りを吹き消すと、流れた勝負のチップを握って個室に逃げる。 足音にあわせてランタンが揺れてゆらゆらとあたりを照らす。おざなりに部屋を見回ると、アーヴァインは詰所に戻った。 狸寝入りを照らし出され、眩んだ目に映る便所は真暗闇。鉄格子から溢れる月明かりが、暗闇との間にひとすじの線を穿つ。 闇から狙う連中は不意をつく。裏路地で習い覚えた警戒心が、暗闇から目を逸らさせない。誰が居るわけもない闇を無為に見つめ、時だけが過ぎていく。 | |
(69)2006/02/16 03:47:37 |
農夫 グレン 【回想/明け方/娯楽室・個室】 ガキの時分。魚をくすねた逃げ道で肩がつかえ、店主にとっ掴まったのが始まりだった。 魚屋は大人で頭ひとつでかく、早口の難しい言葉で俺を罵ったり、もう逃げられんとか言っていたが、俺を掴む手は痩せて弱々しかった。 石を掴んで殴った。 倒れ、こめかみを押さえる魚屋にもう一撃。あたりには誰も居ない。すばしこい年下連中がおずおずと戻ってきては止まった光景をしげしげと眺める。ぐったりと地を舐めて呻く魚屋。店にはやはり誰も居ない。ガキどもは無防備な店から食い物を奪えるだけ両手に抱え、路地に散った。 日が暮れると、真っ暗闇から見る家々の窓は煌々と灯っていて、零れる明かりを頼りに歩く大人は、闇になど目もくれなかった。 皮のコートを目深に着込んだ大人が足早に路地を進み、闇に足を踏み入れる。棒きれがうなりをあげて、大人を地にたおす。 あの夜から、俺も舎弟も、腹を空かせたことも凍えたこともなかった。 | |
(70)2006/02/16 04:06:05 |
農夫 グレン 【19時頃/娯楽室】>>76 [ 博打の道具を探して問いかけるも、ギルバートは首を振るばかりだった。 ヨアヒムに勝ち逃げされたままってのが癪に障る。 こんなことなら…] ちっ。俺がにぎっとけばよかったぜ。 …クインジーか?そういえばあいつ、どこに居るんだ? | |
(82)2006/02/16 22:28:22 |
見習いメイド ネリー 【昼頃/独房】 [すでに陽は天頂にある頃だろうか。尤も冬の重い雲に覆われて姿をみせるとは限らないが。 昼でも薄暗い室には剥き出しの壁が冷気と仄かな湿気を放っている。 快適という言葉とは程遠い空間だった] [粗末な毛布を引き寄せようとして走った痛みに私は眉をしかめた] ……………っ この分だと痣になってるわね… [服に隠された部分につけられたであろう新しい傷痕を想い、両腕を交差し自分自身を抱きしめた] いつまで続くんだろう… いいかげん私が何も知らないってわかりそうなものだけど… まさか、ね……… ………………………そんなことあるわけ、…ない……よ…ね…… [彼女に掛けられた罪状はスパイ容疑――即ち国家に対する裏切り行為だった。それは即ち死を意味するものに近い。 実際、尋問という名の看守による横暴は拘束から数ヶ月経った今も2日と間をあけず続いていた。 呼び出しを受けた翌日は決まって傷に呻きながら昼頃目を覚ますことになっていた] | |
(84)2006/02/17 00:03:22 |
見習いメイド ネリー 【回想】 父親の大きく暖かい手と母親の穏やかな優しい笑顔。 両親の思い出は驚く程に少ない。 流行病で幼くして両親を失った私はほかに術もなく、厳格な祖母の屋敷で暮らすことになった。 祖母は資産家であったが、溺愛していた息子を奪った女とその娘を許すことはなく、必要以上に厳しく躾けた―――というよりも屋敷では使用人以下の扱いをし、疎み蔑んだ。 人格を否定されて育った私は成人すると待ちかねたように屋敷を逃げ出した。 しかし、身元を保証する者もいない私に職はなく、ベンジャミンの屋敷に職を求めていったときも諦めに近い気持ちを抱いていた。 初老の執事に生い立ちを語ったのは気まぐれだったか同情を買うためだったかよく覚えていない。 彼は深く同情をし、私は屋敷で職を得た。 私は何度も何度も深く神に感謝をした。 ――――その結果、私は、今、ここにいる。 | |
(85)2006/02/17 00:04:16 |
見習いメイド ネリー ――数ヶ月前の深夜。 いつものように主の部屋から戻った私は寝台に横たわりまどろんでいた。 闇の中、何かが壊れる音と怒号、銃声が屋敷に響いた。 怯えながら部屋を出たところで、男達に身体の自由を奪われ何処かに連れて行かれた。 そこで主に掛けられた容疑を聞いたときは、現実離れのあまり思わず笑ってしまった。 それが気に障ったのか、尋問は昼夜を問わず行われた。 特に主との関係が判明した後は執拗なまでに。 朦朧とした意識のなか、苦痛から逃れたかった私はすべてを認めた。 私に掛けられた容疑は主と同じくスパイ容疑および逃亡幇助。 主の部屋には大量の血痕が残り、本人は姿を消していたのだという。 どこに行ったのか、彼は何者だったのか。 それを知る術すら私にはなかった。 | |
(87)2006/02/17 00:05:22 |
流れ者 ギルバート 【19時頃/娯楽室】>>82 クインジー? 知らね。 ……またどっかでぼんやりしてんじゃないのか。 [ 俺はあたりを見回す。さしていつもと変わらない光景。 静かに本を読む男の手元を、こっそり覗きこんでみたりもしてみたが、俺には理解出来ない字列がずらりと並んでいるだけだった。 こいつには本当にこれが理解できてるんだろうか? 暇を持て余した俺がぼんやり視線を上げると、緑髪の少年がきつく口をむすんだまま、辺りに視線を漂わせるのがみえた。 無愛想な子供だ……グレンの話はどうやら面白いものではなかったらしい。 奴のことだからどうせ、玩具にして遊ぼうとしただけ、 なんだろうが。 ] | |
(89)2006/02/17 00:15:11 |
牧師 ルーサー ――夜半。 ルーサーは、ローズマリーの背を見送った 後、礼拝室にて長椅子に腰掛け物思いに耽っ ていた。 ……彼がこの刑務所に赴任して既に五年の 時が過ぎていた。 その間、様々な囚人達を見てきた。凶悪な 事件を起こした者、権力者に敵対し罪を着せ られた者、そして、無実の罪で送り込まれた 者もいた。 「ここを出る事が出来るのは死んだ時だけだ 。」 ――看守達の間で言われていた事を思い出 し、思わず溜息を漏らす。 普段、人前では笑みを絶やさぬルーサーで はあったが、時に無力感に苛まれる事も、悲 しみに暮れる事もあった。顔を合わせ話しを した者が、病に伏し、或いは絶望から自らの 手で……この世を去って行った。ここに囚わ れている者は、生きてここを出る事は出来な いという。実際、ルーサーが赴任してからの 五年間では誰一人として……生きてここを出 て行った者はいなかった。 (だが……しかし、それでも……) それでも、諦めの中に居直る事はルーサー には出来なかった。罪を犯したのであれば、 それは償わねばならぬだろう。だが、ここに 囚われている者達とて好きで罪を犯した訳で はあるまい。自ら進んで罪を犯したとしても 、それはローズマリーがそうであったように 、そうせねば生きて行けぬからであり、彼ら をそうさせた環境があったのだと思えば、た だ彼らを責めるべきではないと思えた。己の 罪を理解し、そして悔い、心を改めようとす る者さえも許さぬようなこの刑務所の在り方 ……それに、ルーサーは納得できぬまま、こ の五年間を過ごしていた。 ――だが、それを変える事とても叶わず、 ルーサーは己の無力を噛み締めながら、せめ てもの救いになればと囚人達の話を聞いて回 っていた。 ヴィンセント。そう、彼などは罪すら犯し ていない。ヴィンセントの言葉に寄れば、彼 は濡れ衣を着せられここに送り込まれたのだ という。ヴィンセントがここにやって来てか らの彼との語らいを思い出す。彼ほど真摯に 人の命を思う者はそうは居ないであろうと思 えた。この牢獄の中にあってさえ、何時か出 所し、己が医術を磨き人を救わんという思い を無くさずにいる。 模範的な囚人として、看守達もヴィンセン トには幾許かの自由を許していた。ルーサー は、彼一人を特別扱いする事は出来ぬ身では あったが、それでも、彼が出所できる事を祈 らずにおれなかった。 せめて公正に法が適用されるよう、ヴィン セントを初め、冤罪であると思われる者につ いては再調査の必要があるとして教会への報 告書に記し、司法に働きかけてくれるように 嘆願を重ねていた。この刑務所の在り方の問 題点を報告すると共に。 いまだ、教会よりの返答には芳しいものは ない。だが、無力感に苛まれながら、それで もルーサーは決して諦めるつもりはなかった 。 ……それは、かつて彼が犯した罪を償うた めであるかのようであった。 ――その時。 ふと、何処から遠くから。 ルーサーの耳に微かに届くものがあった。 一瞬、空耳かと疑う。だが、それが何であ るのかは判然としなかったが、確かに何かが 聞こえていた。 「…血を感じたいからです。」 何故か、キャロルの言葉を思い出す。 模範的な囚人であるキャロル。ルーサーは 彼女にもまた、罪を減じて生きてこの島を出 る事もあるかも知れないと思っていた。 今朝、そのキャロルがルーサーの問いに答 えたその言葉……普段、彼と視線を合わせる 事のない彼女が真っ直ぐに彼の目を見て言っ たその言葉。ルーサーの目を見つめた彼女の 青い瞳からは彼女の思いを見て取る事はでき なかった。 果たして、それはいかなる意味であったの だろうか。女性故の気まぐれであろうか? 血……血縁であろうか? それとも…… 湧き上がった考えを振り払おうとするかの ようにルーサーは頭を振った。 ――ざわりと。 突然の胸騒ぎがルーサーを襲った。 遠くから。 何処か遠くから、確かにルーサーの耳に届 いてくるものがあった。 耳を澄ます。 ……遠吠えが。 そう、それは獣の遠吠えであった。 「…血を感じたいからです。」 その言葉が頭の中に木霊する。 だが、すぐにそれもかき消された。 ――響き渡る遠吠えと……夜を引き裂くよ うな絶叫で。 | |
(99)2006/02/17 01:06:34 |