人狼審問

―水曜日：ＣＣＥ社：ヘルスセンター前―

[上原　加奈子。
ＬＩＢＥＲＴＹ開発中に明子の前に付き合っていた女性だ。明子の同僚でもある。

優希と対立し、深夜までお互いの意見をぶつけながらも一歩もひかない、そんな不毛な時期を乗り越えられたのは彼女のおかげだ。

当時、ＣＣＥ社に入社したての僕と加奈子の出会いは、僕の歓迎会だった。彼女はＬＩＢＥＲＴＹ広報担当として歓迎会に出席していた]

[僕の席へお酌をしに来てくれた彼女を、僕はただ綺麗な人だと感じた。

少し見とれていたら、上司が「彼女は優秀だよ、いいスタッフに恵まれて君は幸せ者だねえ」と言ってくれた。

その時はあまりピンと来なかったし、それ以降も彼女の仕事に感想を持つどころか、開発チームの面倒を見ているだけで一杯一杯だった。]

[ある日の朝、僕は廊下でばったりと加奈子と遭遇した。

宿直室から出てきた僕のネクタイを見て、少し笑みをこぼしながら「曲がってるわよ」と直してくれたのを覚えている。
確かお礼にと、その日の晩食事に誘った。
彼女は微笑み返し、そのまま仕事に戻っていった]

[今思うと加奈子ほどの女性を大衆居酒屋に連れて行った僕は相当勇気がある人間だと思う。ただその時は何も考えていなかった。
仕事仲間とのスキンシップを図る、それくらいの気分だったのを覚えている。
彼女も彼女で、少し目を丸くしていた。僕も何がいけないのかわからずキョトンとしていたら、彼女はとうとう吹き出し、店の入り口でおなかを抱えながら笑いをこらえていた。


彼女に色んな話をした。まあ殆どがＬＩＢＥＲＴＹの話だったが。それでも加奈子は微笑みながら僕の話を聞いてくれた。

ふと会話が途切れた時に加奈子が「私ってどう見えてますか？」と聞いてきた。
僕は何を聞かれているのか分からなかったが、率直に「笑顔が素敵で、とても優しい人だなあ、って思うよ」と答えた。加奈子は直後、まるできつねにつままれたように、あっけにとられていた。

それから定期的に、彼女と食事をする事になった]

[ふとそんな昔の事を、ヘルスルームの外のソファーに座り思い出していた。

今日の収容予定者は全員ヘルスルームに担ぎこまれ、いよいよ次の段階、真犯人の特定に写る事になった。

セキュリティ班と開発の打ち合わせが深夜まで続いた。少なくても外部からのハッキングであろうと判断し、不正な通信履歴を割り出し、追跡する事になった。
通常だとサイバーテロ課へ相談にもちかければ、もっと楽に話は進むのだが、ぎりぎりまでＣＣＥ社の内部で消化したいという上層部の判断だった]

[そして日があけ、今日になる。既に水曜日となっていた。
これほどの長期間ともなると、現在生存中の参加者にも他身体的負担が大きい。もう限界に近い状態だろう。

神原優希、もしこのネットワークの先にお前がいたとして、僕らはお前を突き止めることができるのだろうか。


今日もまた、明子と加奈子、それに他の参加者の容態を確認しにヘルスルームに移動した。

そして、目覚めた果蒼と対面した]

君は確か、果蒼君だったよね？
今回は本当に申し訳なかった、何とお詫びを言っていいか・・・・・・

メイ？

[手元にあったリストをめくる]

岡崎 彰さんか。
いや、まだ救出出来ていない。君の知り合いかな？
こちらでモニター出来ていないからＬＩＢＥＲＴＹ内でどうなっているのか完全に把握できていないのだが、死亡すればシャットダウンして救出することが可能だ。
今のところは君みたいに大きな弊害はない筈だが・・・・・・

[報告書の中の脳波異常の項目にチェックと理解しがたい数値が記入されている]

・・・・・・ 実際に彼女を救出してみないとこれ以上は何とも言えないんだ、すまない。

[果蒼は目の前の男の回答を聞き少し落ち着きを取り戻し始めた]

いや･･･知り合いってわけじゃないが･･･

･･･

そうか･･･まだ終わっていないのか･･･

[果蒼は身を起こそうとした]

っつ！！
左手が上手く動かない･･･それに右半身が全体的に痛むな･･･　アークデーモンとの戦闘が原因か･･･?

[果蒼は何とか身を起こし　男に顔を向けた]

で、貴方は一体誰ですか？
そしてココは？

ここはＣＣＥ社のヘルスルームだ。

ＬＩＢＥＲＴＹ内で死亡した後、シャットダウンをかけて君達を看護させてもらっている。

とりあえず食事がまだだよね？
もし良かったら、一緒にどうかなあ。

[時計の針は１２時になろうとしていた]

[果蒼は食事に誘われ初めて自分が極度に空腹してる事に気がついた]

【確かに･･･明確にはわからないが少なくとも数日は現実で何も食べていないからな･･･】

そうですね･･･色々と聞きたいこともあるし　ご一緒しますよ

[高志は果蒼をヘルスルーム隣の食堂へと連れて行った。

社員食堂にしては、思ったよりも随分とまともな物が出てきた]

果蒼君、名前は聞いているよ。ＭＭＯ関連では有名なプレイヤーだったね。
僕の名前は畑山と言う。ＬＩＢＥＲＴＹのチーフだ。
アーノルドとして既に会っているけどね。

[果蒼は痛む手で少しずつ料理を食べ始めたが、目の前の男の発言を聞き動きを止めた]

ああ、アンタがあのＧＭですか･･･
俺のことは知ってるようだから変に取り繕わず本心で話させてもらうけどいいですかね？

・・・・・・ ああ、お願いしたい。
君達にはきっと僕が想像も絶するような苦痛を与えてしまったはずだ。どんな苦言でも構わない。

まぁ、自覚があるようですし、罵詈雑言を言っても何も変わらないのはコチラとしても十分わかってますからそんな大人気無い事はする気はないですけどね・・・

[果蒼は諦めたように溜息をついた]

とりあえず、いくつか質問に答えてもらえますかね?
まず、俺がログインしてから一体何日経ってるんです？

既に４日経過している。
君達にログインをお願いしたのが土曜だから、現在水曜だ。

４日か･･･
腹が減ってるのも当然だな･･･

[果蒼は少しづつ目の前の料理を口に運び始めた]

で、現在までに俺のように目覚めた人数は？
俺の記憶では俺が死ぬまでに５人、ゲーム内で死んでるはずなんだが･･･

[今朝までのレポートを確認した]

現時点で未だにＬＩＢＥＲＴＹ内で生存しているのは６名。

９名中、僕と果蒼君を除けば７名がまだ眠ったままだ。
うち１名はうちのスタッフになる。
昨晩新たに２名救出しているので、この数字だ。

ああ、そういえば貴方は旧システムでログインしてたんでしたね･･･

となると、あの新ＶＲシステムから目覚めたのは現時点では俺だけって事か･･･

まぁ、貴方達ＣＣＥ社にとっては俺が目覚めた事によって他の人達も目覚める可能性も十分出てきて、ホッとしてるって所ですかね？

[果蒼はやや皮肉的に言った後　自嘲気味に笑った]

まったく反論できない。すまないと思っている。

医学的には後遺症が残らないだろうと判断されている人が殆どだが、やはり不安だった。


どんなに優れたゲームだとしても、ＬＩＢＥＲＴＹが目指した世界はやはりナンセンスだったのかもしれないな。

ここまでリアリティーに拘る必然性などなかった。もっと早く気が付いていればよかった。

後遺症･･･ね
[果蒼は自分の左手を少し見てからもう一度畑山の方を見た]
【右半身の痛みは和らいできたが･･･左腕はまだ上手く動かないな･･･】

まだ･･･安心はしない方が良いと思いますよ？
現実俺も・・・アークデーモンに吹き飛ばされた左腕が上手く動きませんからね･･･
これが･･･もし頭を吹き飛ばされたりして死んだ人だと･･･

[果蒼はメイを思い出しこの後を言う事を意図的に止めた]

･･･あと畑山さん･･･でしたかね？
自分が開発したものには自信を持った方が良いんじゃないんですかね？

ご存知の通り、俺はＣＣＥ社を嫌ってますから　本当はこんな慰めみたいな言葉言いたくは無いですが･･･

･･･少なくとも俺は最初の方は楽しんでましたよ？

[果蒼は初めて畑山に向けて笑顔らしきものを向けた]

まぁ、セキュリティーの甘さなどは　完全に貴方たちＣＣＥ社の落ち度ですがね

そうか・・・・・・

[椅子に深く座りなおす]


いや、誉めてくれるのは嬉しいが、やはりゲームのあり方として人の命をおびやかしたり、人生を賭すほどの影響力をもったりするのは違うと思っている。

以前、開発に携わっていたスタッフの中に、下半身不随の人がいた。きっと彼はこのゲームの完成を心待ちにしていたんだろう、今ようやくそれがわかった気がするよ。


僕が思っていたよりも、ゲームというのは娯楽の枠を既にはみ出しているようだ。さまざまな思いを旨に、色々な人がこのＬＩＢＥＲＴＹという世界にログインしてくる。
普段の生活では手に入らない何かを求めて。

今回の犯人も、そんな人間の一人でしかないんだろうな。もちろん、過ぎた行為であるのは間違いないが。

今はともかく、犯人を捕まえる事が先決だと考えている。
君にも何らかのお詫びをさせてもらいたい。
まだ体も完全ではないだろうし、少しゆっくりして行って欲しい。

それでは、僕は仕事があるので。
また夜にでも話をさせてくれ。

[食事が終わった後の食器を少し小奇麗に重ね、席を立とうとした]

ああ、ちょっとまってくれ・・・

[ヒューバートは席を立とうとした畑山を呼び止めた]
【やはり･･･話しておくべきだな】
【ＣＣＥ社の為じゃなく･･･メイの為･･･いや俺の為に】

多分だが･･･JIN-ROHは･･･トビーだ
いや、正確にはトビーのプレイヤーを外部から操っている者がいる･･･

[果蒼はゲーム中に聞こえたノイズ交じりの音声の事を話した]

後は･･･ちと癪だがあんたたちに任せるよ
それとひとつお願いがある･･･メイのプレイヤーが救出されたら教えてくれないか？
･･･頼む

[果蒼は真剣な眼差しで畑山にそういった後　軽めの口調に戻した]

あ〜･･･あと煙草が欲しいんだがどうにかなりませんかね？
久々に味のある煙草がどうしても吸いたくてね･･･

トビー・・・・・・ ！？

分かった、調べてみよう。もしかしたらＶＲ端末から逆探知できるかもしれないな。

岡崎さんの事は分かった。国分寺のＣＣＥプラザでテストを受けているはずだから、ログアウト後すぐにこちらに収容できると思う。


煙草か。医者じゃないんで何とも言えないが、君達はここにいる間は売店にある商品や食事は全て無料だ。気軽に使ってくれ。

それでは。


[表情を強ばらせたまま、席を立っていった]

[果蒼は立ち去って行く畑山を無言で見送った後　食器を片付け始めた]

【いつもの俺らしくなかったかな･･･】
【いつもの俺ならトビーの件も言わなかっただろう･･･】

[果蒼は食堂の外に売店に向かった]

あ〜･･･セッタのメンソール貰えますか？
あとライターひとつ

[果蒼は煙草を受け取り、ヘルスルームの外にある喫煙所のソファーに座った]

まだ･･･ゲームは続いてるのか･･･

[果蒼はそう呟くと煙草を一本取り出し火をつけた]

ゲホッゴホッゲホッ！
･･･
ふぅ、体が弱ってるのかねぇ･･･
だが･･･味があるってのがこんなにも良い事だとはな

[果蒼はもう一度ゆっくりと口の中に煙を吸い込んだ]

【いつもの俺なら･･･か･･･】
【何故、俺は途中から楽しんで戦おうと思わなかったんだ？】
【最初は思っていた･･･だからこそトビーの事も黙っていた･･･】
【楽しもうと思わなくなったのは･･･いつからだ?】

[そこまで考えた後　果蒼は自嘲気味に笑った]

【俺は･･･自分をいつまで誤魔化してるつもりだ】
【いつから･･･そんなのわかりきってるじゃないか】
【彼女と･･･メイと共に行動を始めてからだ･･･】

【最初は、ただ有利になる為だけにメイをPTに誘った】
【だが･･･彼女の笑顔を見るたびに･･･また見たいと思った･･･】
【･･･守りたいと思った】

【最後だってそうだ、いつもの俺なら迷わず洞窟の中に逃げただろう】
【だが･･･メイを巻き込みたくなかった･･･】

【･･･他の奴等を殺すことより、メイを守りたかった】

【はは･･･笑っちまうな】
【ネット恋愛なんて頭おかしいんじゃねぇか　なんて思ってた俺が･･･】
【いつのまにか本気でゲーム内で惚れてた･･･なんてな･･･】

[果蒼はもう一度自嘲的に笑った]

【･･･初めてあんた達CCE社を心の底から頼る･･･】
【メイを･･･無事に現実世界に帰してやってくれ･･･】

･･･頼む･･･

[果蒼はそう呟いてから　フィルター近くまで灰になりかけている煙草に気がつき灰皿に放り込むと、二本目に火をつけ始めた]