人狼審問

………。

霧は、空に在らず。

我が心の中に在り……

はろー。

ああ…これはどうも、初めまして。

［ハーヴェイはセシリアに、ふと柔らかく微笑んだ。］

お嬢さん、こちらにはどのようなご用件で……？

ちょっと民俗学の調査に来ただけだよ。ま、ちょっとした野暮用もあるけどね。

…つーか、女湯に入ってるあたしに話しかけてこられるあなたはいったい…

ああ…知りませんでしたか？

ここの女湯と男湯の間は、とても薄い藁葺の壁で隔てられているだけなのですよ。僕も最初は、隣りの女湯の会話が聞こえて驚いたものですが……

ああ、ご心配なく。
女湯に入り込むなどという無粋な真似は致しませんよ。親の言いつけとはいえ…僕には婚約者がおりますゆえ。そのような不実な真似など…ね。

あーそー。ふーん。

それじゃあたしはそろそろあがるね。またねー。

ええ、分かりました。
………お嬢さん、あまり騒がれませんよう。大きな声が筒抜けですよ？

……ああ、さすがに聞こえませんか。

［ハーヴェイは静かに微笑んだ。］

―ハーヴェイの自室―

「婚約者がいる」……か。
今はもう、この世にはおりませんけど…ね……

［ハーヴェイは、布団の中で*まどろんでいる*］

嵐にあきこまれたようだ･･･何か胸騒ぎがするな･･･

―ハーヴェイの自室―

……風の噂では聞いておりましたが……
まさか、あの堀○がこの宿に来ているとは……

信じたくは無かった。
昨日、あの方との茶席で、堀○の姿をこの目で見るまでは。
……のうのうと僕の目の前に現れるとは。

［ハーヴェイはふと溜息をついた。朝の爽やかな風を頬に受け、窓の外を見つめる。しかしその目には、安らぎの色は無かった。］

間接的にとはいえ、お嬢様とその家族を殺した、あの男。
僕は決して許すことはないでしょう……

たとえ家が取り決めた結婚であるとはいえ……僕は……本気で彼女を愛していたんだ……。あの男は彼女を己の好きなように穢し、ズタズタに引き裂き、家族もろとも捨て去り、一家心中に追い詰めた……！

［ハーヴェイは扇子をギリリと音がするまで、強く握り締めた。］

………心が、乱れる………

表向き、僕と堀●は何の接点も無い。
決してこの僕の憎しみを表に出してはいけない。

そう……決して……！

［ハーヴェイは浴衣の乱れを直し、静かに立ち上がった。己の左手の甲をじっと見つめ、悲しげな目で呟く。］

彼女の温もりは、僕に一瞬だけ幸福を与えてくれた、悲しい幻…
ああ……こんなことになるのなら、僕は家を捨て、彼女をすべての現実から奪い去れば良かったんだ……！

彼女の穏やかな微笑みも、優しい温もりも、触れた唇の感触も、今はもう……この世には無い……

［ハーヴェイはそっと手の甲に唇をあてた。唇が離れた瞬間、愛しい女性の名前と「ごめん」という言葉が、空気に触れて静かに揺れる。］

［ハーヴェイは、窓の外を見つめた。何やらそわそわした様子の一人の若者が、彼の視界に入る。］

ん……？
彼は何をしているのでしょう？

……………。

皮肉、ですね………
あの堀○が、まさか僕と同じ宿に居るとは……

神の見えざる手というものは、何と恐ろしい……
目に見えずとも、その存在はハッキリと解る……

【自室にて】
ふー何とか間に合いました。
おかげでいきなりお仕事お仕事、の時間のようですよ。
（手元のファイルをおもむろに眺める）
今回のご依頼人は若い男女ですか。
内容は殺人の補助依頼に、アリバイ工作と国外逃亡の準備まで。
いや、さらっと言うのは簡単ですけど、お膳立てするのは大変なんですがねぇー。
特にこの殺人、プロに任せておけばいいものを、どうしてもご自分たちで手を下したいとは･･･余程のことなんでしょうか。
ま、依頼人のプライヴェートには口出ししないのが私の主義なんですが。

さて、お顔合わせの約束の時間まで、もうしばらく待ってみるとしましょうか・・・。

―葉月の部屋の前―

［ハーヴェイは、周囲に誰もいないことを確認すると、小さくドアをノックした。］

おや、いらしたようですね･･･。

[ドアの方向に向かって]

どうぞー、あいてますからお入りくださーい。

［ハーヴェイは葉月の姿を確認すると、静かに一礼した。］

はじめまして………
お手数をおかけいたします。

あー、どうもどうもー。
そんな堅苦しくなさらずに、どーぞこちらにおかけくださいってば。
ちょうどお茶の美味しいのも入ってますから。
今からそんな緊張なさっても仕方ありませんよー。

………露天風呂、ですか。

なかなかのお湯ですよ。疲れが癒される心地が致します。

……ああ、女性とお知り合いになりたいのなら、茅葺きの壁を取り払わねばなりませんけれど、ね……

［窓の外を見ながら、葉月の方を見ずにそっと呟いた。］

［葉月の方を向き、一礼して座った。］

それでは少々、失礼致します。

［急須を手にし、湯飲みに緑茶を注いだ。緑茶の柔らかい香りがほのかに鼻をくすぐる。］

……新茶の季節、ですね……

いやいや、礼儀正しい方ですねぇ。
[男の方を見るとにっこりと微笑む]
ええ、新茶が美味しい季節ですからねー。こういう場所だと特に風情というものがあっていいじゃないですか。うん、いい香りだ。

[しばし茶を楽しんだ後、男の方に向きなおる]
さて、と、橘さん、でよろしかったですよね？
確かお話ではもうお一方女性の方がいらっしゃると伺ってたんですが、いかがかなさいましたかね?

……先日依頼した件ですが……

堀○○○殺害の幇助、ならびにアリバイ工作の件をお願いしたく存じます…

［ハーヴェイは畳に両手をつけ、葉月に深々と一礼した。］

あー、はいはい、まあ、そちらの手はずの方はね、おおよそ整えてありますよ。ご安心ください。

ただ、ちょっと厄介なのが、堀○○○さん、彼は今各方面から睨まれてましてねえ。どうも警察やらなんやらがこちらに潜んでるという噂を耳にしちゃったりしまして。

ま、ですから殺害の後がちょっとごたついちゃうかもしれませんが、そこはそれ、この私にどーんとおまかせくださって結構ですよー。

［ハーヴェイは静かに顔を上げ、葉月の顔を見た。］

……ああ、女性の方ですか……
昨日お見掛け致しましたが、本日はまだ戻っていらしていないようです。

ええ……
堀○なら、昨日仕事で見掛けました……

僣越ながら、僕はある有名政治家の娘さんに茶道をお教え致しておりまして……その席に、堀○が何故か同席していました。

警察が動き出したのも、その件に関わることがあってのことでしょう……。

ああ、そうでしたそうでした。
それは私なんかが急須のお茶で云々言える方じゃありませんでしたねー。
いやぁ、失礼失礼。
ま、ともあれ、仲良くやりましょうねぇ。
実行手段や報酬のお話なんかは、女性の方も含めてまたしましょうか。

そういえば、もうお一方と貴方はどういったご関係で？ただの利害の一致、というやつでよろしいんでしょうかね？
いえ、プライヴェートな意味ではなく、やはり特別なお相手だと、殺害成功後に色々と考えないといけませんからねー。

［ハーヴェイは静かに微笑んだ。］

………いえ。
茶席の抹茶でも、急須の緑茶でも良いのですよ。季節の織り成す美を感じる心が在るか否かが、最も重要なのです。

いくら高級な道具を揃え、財を投じて茶室をしつらえても、その中に『こころ』が無ければ意味が無いのですから……

［ハーヴェイはハッと我に返り、照れくさそうに葉月に一礼した。］

………失礼致しました。職業病というのは、恐ろしいですね。

あの女性との関係ですか……
利害関係の一致以外には、特にこれといってございません。

彼女は彼女なりに、堀○を殺害したいという動機を抱いていらっしゃる……という以外、何も存じ上げてはおりません。

いえいえ、そういうものなんですねー。いや、やはり考えることが高尚でいらっしゃる。

[無言で橘との距離をスッとつめ、顔を上げたばかりの彼の頬をそっと包むとその瞳を覗き込む]
･･･しかも、まっすぐで綺麗な瞳だ。

[しばらくそのまま橘をいとおしそうに見つめた後、また距離をとって続ける]
私はプライヴェートには関わらない主義なんだが･･･どうして君のような人が、あんな俗物に対して己が手を穢そうなどと･･･？

［ハーヴェイは葉月に頬を触れられ、動揺した。焦りを悟られぬよう、表情を変えずに葉月の目をじっと見つめた。］

あの俗物を殺す理由、ですか……至極単純なことです。

あの男は、僕が愛したたった一人の女性を弄び、苦しめ、そして見殺しにした……。

僕にとって、彼女は全てだったんだ……！

［ハーヴェイは、唇を強く噛み締めた。］

･･･なるほどな、ありそうなことではある。

君のその無念はまもなく晴らさせてあげよう。今はもう少しだけ待っていなさい。

さ、そろそろ夜も更けてきたようだ。君ももう休んだ方がいい。
任せろとは言ったが、これからしばらく、君は色々と大変な思いをすることになるのだから。



[そうして部屋の入り口まで橘を送っていく。その別れ際、不意に]

血が、付いてしまっているね・・・。

[そう呟くと、橘の唇から滲み出た血を、自らの唇を重ねて吸い取った。]

おやすみ、橘・・・いや、ハーヴェイ君。

[呆然とした表情でこちらを見返す橘を見つめながら、*そっと部屋の扉を閉じた*]

［ハーヴェイは呆然とした表情で、葉月を見た。］

あ……の、はづ…き…さん……？
……い、今……なに、を……？

［自分の唇に触れた葉月のそれが動くのを、ただ無言で見つめることしかできなかった。葉月が「おやすみ」と述べるのを聞き、ハーヴェイはただ無言で頷く。］

…………………。

［ハーヴェイは自分の唇に指でそっと触れると、葉月の部屋を後にした。］

［ハーヴェイは、自室の窓辺に立っている。外へと出る葉月の姿が、視界の中央に入り……］

葉月さん………
あの方は一体、何者なのでしょう…？
自ら「プロ」と名乗り、そして「殺し」というものにひどく慣れていらっしゃる様子ですが…

……いえ。
依頼をしたお相手を疑うのは止しましょう。僕ひとりでは「こういうこと」は何もできません。恐ろしい話ではございますが、何事もその道の「プロ」にお任せするのが一番です。

［ふと静かに溜息をついた。］

………恐ろしい、ですか。
僕があの男に殺意を抱いており、それを実際に行おうということの方が、はるかに恐ろしいと申しましょうに……

［自嘲気味に笑うと、障子を閉めて浴衣を脱いだ。］

［箪笥の中から着物を取り出し、それを身につけた。帯を締め、襟を正す。］

………それにしても………
昨日のあれは、一体………？

［何かを思い出したように、唇にそっと手をあてた。］

……ご冗談なら、止めていただきたいのですが。

［まだ微かに傷跡が残る唇をなぞった瞬間、妖しげな色を秘めた葉月の目が脳裏をよぎった。］

ですが彼は、僕が「仕事」を依頼した相手。強く拒絶したのなら、今度は僕の身が危ない……

［物憂げな溜息をつき、口の端から息を漏らした］

……ふっ………ははは………
殺しの依頼に、自己保身などと………
随分と僕も、堕ちたものですねぇ………

………あまり他の方との接触は好ましくないかもしれませんけれど、ね。

今日の昼間、葉月さん達と手筈や逃走ルート、その他のことについてお話を全てしたばかりだというのに…

……不安で、手が震える……

実行は、本日の夜………
これが本当に正しい道なのだろうか……？

いや、彼女を失った瞬間から、僕に正しい道など無い……

大丈夫、打ち合わせ通りにやれば、きっと……！

はろー。どうやらお仲間さんがいるみたいだね。

ま、殺意まで表明しちゃってるからもう隠してもしょうがないんだけど。

でも、そこのお兄さん。あたしは殺人補助依頼なんて出してないよ。何かの勘違いじゃないの？

どこでどうにかこんがらがって、あたしとコンタクトすることになっちゃったみたいだけど…。

もしかしたら、あたし達の他にも殺したいヤツがいるのかもねー。

［ハーヴェイは、風呂上がりの少女がこちらに近付いてくるのに気付いた。］

……ああ、貴女が。
直接お顔を合わせるのは初めてですね……

はろー。昨日の女湯覗きお兄さんだね。あんまりお風呂で声かけない方が良いと思うよ。

「ちーーーーーーかーーーーーーーんんんんーーーーーーー」

とか叫ばれても文句言えないよん。

覗き、ですか……

［ハーヴェイは小さく溜息をついた］

……大声で話しかけたのは、どちら様でした？姿を見ずとも、声が筒抜けでしたよ。

まあ、いいでしょう……

【愛した女性は、ただ一人…
　まだこの掌には、彼女の記憶が残っている……
　僕は他の女性に価値が見出だせるような、木石ではないといいますのに……】