人狼審問

[先月からオードリーは病の床に伏せっていた。

ネリーが心配していた通り、冬の寒い空気で喉から気管を痛めてしまった。言葉を発する事もままならないまま、食事を取ることもままならないまま、ただ点滴を打ちながら眠り続ける日々がひと月半ほど続いただろうか。

姉の介護の甲斐あって、ようやく暖かな春の日差しが差し込むような日には起き上がり、液体だけは飲むことが出来るようになった。

ベッドの上の大きなクッションに状態をもたれて、窓辺から差し込む光を眺めていると、姉が部屋に入ってきた。]

『先月届いていた手紙よ。』

[姉は妹に２通の手紙を手渡した。]

【……ナサニエル。】

[差出人の名前を眺め、脳裏には少し生真面目そうな彼の顔が浮かぶ。すっかりやせ細った指先でたどたどしく手紙を開封する。]

[ナサニエルからの手紙を読み終えると、オードリーは軽い嗚咽を漏らしながらその手紙を胸に押し当てて俯いた。

−−ナサニエルに寄り添うようにしていたシャーロットの姿

彼も自分と同じ悲しみを背負っているのだと言う事が、自分の胸中の悲しみと彼の悲しみを共鳴させた。]

【どれほど辛い事でしょう……】

[生きるということは、命を落とす事よりももしかしたらよほど残酷で厳しいものなのかもしれないと、彼女はシーツに増える水滴の染みを眺めながら思っていた。]

『……リー。』

[妹が手紙を読み俯いて泣く様子を見つめ、姉はもう一通ギルバートから届いていた手紙を妹に手渡せず、そっと机の上に置くと妹の身体を優しく抱きしめていた。]

[ギルバートはハーヴェイからの手紙を読んで苦笑した。横で主人の孫が悲しそうな顔をする。]

言ったろ、俺はどこにも行かないさ。
どんなところが生まれた村なのか、確かめに行って来るだけだ。心配すんなって。

[ギルバートは安心させるように、自分に届いた手紙を見せた。手には、ハーヴェイの手紙と、自分宛ではないと思われる、ルーサーからの恋文。]

『あんたがナサニエルさんかい?』

ああ、そうだけど?　何か用かな…と、郵便か。

『いつもの奴が急病でね。代理できたんだがええと、何通か着てるよ』

[白髪のやや混じった中年のポストマンは、提げたバッグから数通の手紙を取り出し、ナサニエルへと渡した]

ありがとう。気をつけて。

[ポストマンを見送ると、ナサニエルは宿への道を急いだ]

[ギルバートは主人の許可を得ると、旅支度を始めた。]

見て、思い出すのか……？
思い出さなきゃ、再会を喜ぶ人の前では俺だけ孤独なままだ。
クソッ、塞がった筈の腹の傷が……痛ェ。

[ギルバートは新しいシガーに火をつけた。]

[宿に着くと、ハーヴェイから送られた2通の手紙を開く。そして読み進める内に表情を曇らせていく]

町が、復興、か……。

[復興そのものは嬉しかった。また町の皆に会える、その事を嬉しく思わないはずがなかった。けれど]

【シャーロットは、もういない。わかってるんだけどな】

『私この村が好きよ。村の皆が大好き。だから、出て行くなんて悲しいこといわないで。
そりゃ、色んな所を見に行きたいって気持ちはわかるわよ。でも、村を離れるのと旅行に行くのは違うわ。
私はあなたと、この村にいたいの』

[シャーロットの言葉を思い出す]

わかってるよ。俺だって、あの村が、村の皆が好きだった。

[ナサニエルはしばらく目を閉じたあと、カミーラの手紙を読み始めた]

そうだな、長めの休みを取ってあの町によってから村にでも向かおうか。

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カミーラへ

復興の話は聞いたよ。というより、カミーラからの手紙と一緒にその方が届いたかな。

また皆に会えるのが楽しみだ。災害の爪痕は残ってるのを見るのは少し辛いけどね。

ワインとワインのレシピは楽しみにしてて欲しい。
レシピがあってもうまく作れるかわからないけどね。
コツがあるみたいだったから。

それじゃ、手紙がカミーラに届くのと、先に会えるのとどちらが早いか競争だな。
　　　　　　　　　　　　　　　　ナサニエル
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[春の優しい木漏れ日が降り注ぐような暖かい朝。


……オードリーは復興を始める村を見ることもなく、気管支炎をこじらせ息を引き取った。
ケネスの魂が彼女を天国へと導く為に迎えに来た。



享年28歳の春の事だった。]

[ギルバートはシガーを咥えたまま全員に同じ内容の手紙を書いた。出す手紙に、返信が来る事はなくなったが、これが彼の＜けじめ＞だった。]

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この手紙が着く前後に、俺達はあの村で「再会」する事になるんだろう。
俺からの手紙は、俺であって他人みたいなもんだろうから、戸惑った事と思う。
多分、このまま会っても俺はみんなにとって「他人」だし、悲しい事に、俺にとってもみんなは「他人」だ。
だから。
俺は復興した村を一目見たら、帰るつもりだ。
しばらくするとみんなも俺を忘れ、また楽しい生活が待っているだろう。
時々、俺を思い出してくれる人がいれば、幸いだ。
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[便箋は2枚目に続く。]

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ネリー、その後屋敷での暮らしはどうだろうか。繊細な文を書く君の事だ、人を気遣い、人に愛されていることだろうね。

ルーサー、俺宛に間違ってラブレターが届いていた。想いを告げるべき相手と上手くいけばいいな。

オードリー、ケネスが好きだった酒が何なのか、結局返事が得られなかったから、俺の好きなのを持っていくつもりだ。

カミーラ、子ども達との生活はどうだい？料理だけはなく、「一生懸命生きる」事は、子どもにとって何よりのいい手本だ。失敗に落ち込んでいなければいいんだが。
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[便箋は3枚目に続く。]

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トビー、最初の手紙以来、連絡が途絶えているが、親子とも達者に暮らしていればいいと思う。

ヘンリエッタ、君が楽しみにしていた祭りの時期は過ぎてしまったが、人さえいれば、いつでも祭りは成立するだろう。祭りでは、大人のような振る舞いを無理してしなくてもいいんだぞ。大人に甘え、笑顔でいてほしい。

ナサニエル、直接メッセージを送るのは初めてだな。
手紙からは君の前向きな姿勢が読み取れたんだが、その後の暮らしはどうだろうか。復興した後の村を守っていくのは大変だろうが、何となく君ならできそうな気がするよ。
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[便箋は4枚目に続く。]

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俺がこうしてみんなに手紙を書く事はもう二度とないと思う。

ハーヴェイの手紙によると郵便の遅延が起こっているようだが、この手紙だけは、上手くみんなの手元に届く事を願って。

じゃあ、みんな、元気で。
ギルバート・コーンウェルは、まあまあ元気だ。

ギルバート
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[ギルバートは丁寧に封をすると、主人の手紙と共に、郵便受付箱に投函した。]

……いい、天気だ。

[ナップサックを背負い直し、ギルバートは地図上の＜故郷＞の位置に向かって歩き始めた。
後ろの道に、緩やかにシガーの煙が流れていった。]

[ナサニエルはかつて仕事で訪れた町に来ていた。数本のワインを購入し、頼み込んでソースのレシピも受け取る]

『里帰りかい？』

[声をかけてきたのはいつものポストマンだった]

『休みを貰ったって聞いたからね。配達帰りだったんだが、あんたの姿を見かけてね。手紙を預かってたもんだから渡そうと思ってね』

ああ、ありがとう。そうなんだ。復興のめどがついたらしい。

[ポストマンから手紙を受け取る]

ギルバートからか、確か記憶がなくなったって話だったな…。

『そうそう、前に預かった手紙だけど、それも同じ村の出身かい?』

[表情を曇らせてポストマンが尋ねる。ナサニエルが頷くと、ため息を一つついて十字を切った]

『オードリーさんと言う方がなくなったそうだよ。気管支炎をこじらせて、だったかな。災害を生き抜いたって言うのに…』

オードリーが……？　亡くなった？

[ナサニエルは言葉を失ったままポストマンをじっと見た]

『そんな話だよ。…今から里帰りだってのにすまないな、気をそぐ様な話で。だけど知らせた方がいいとおもってな』

いや、教えてくれてありがとう。…そうか、村の皆には知らせた方がいいんだろうか…。知ってるかもしれないが。

…なら早めに村に向かった方がいいな。
今日はゆっくりして行こうと思ったけど。

[ポストマンに別れを告げると、ナサニエルは町を出て村へと向かった]

[歩き出したギルバートを、馬車に乗った主人の娘が追いかけてきた。村に行くなら、自分宛の手紙を持って行くべきだろうとわざわざ来てくれたようだ。]

ありがとうございます……。

[差出人は、見た事もない名前だった、だが、住所は確かにオードリーから送られてきたものと同じで……ギルバートは、嫌な予感を感じつつ、立ち止まって封を切った。]

オードリーの、姉？

そんな、まさか……嘘だろ？

[ギルバートは口元を覆った。]

俺は、また、喪うのか？
「また」……？「また」って、何だ……？

[ギルバートの目から、涙が零れ落ちる。無意識の内に彼は手紙を握り締めていた。]

嘘だろう……？
なあ、嘘だろう……？

[記憶は戻らない。だが、悲しみは深かった。]

弔いを、しなきゃな……。
先に、この住所に向かおう。
姉君が許してくれるとは限らないが……。

オードリーは、ケネスと暮らした村に、眠りたい気がする。

[事情を察した主人の娘は、馬車を貸してくれるという。ギルバートは馬車に乗り、娘を家まで一度送ると、オードリーが身を寄せていた場所に向かった。]