72 檻の中の人狼
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資産家 ジェーン
「そ……ンな事、出来る訳ァないだろう――！！！」
[一人の若者がセシリアに向けて駆け出す。手には心臓の近くに構えられたナイフ。クインジーなど目に入らぬがように、セシリアへと一直線へ――
しかし、若者グレンがその思いを遂げる事はなかった。それより一瞬前に、彼の頭は見えない弾丸が当たったかのように爆ぜたのだ。
慄き、明らかに村人達が恐慌を来たした。
それを更にノーマンは纏め上げてゆく――ここに、不完全ながらの新村長としての僅かな形が出来た。]
ちんぴら ノーマン
ふん……どこへでも行っちまえ…災厄め。
手当の礼とでも思っとけ、表向きは。
[項垂れたまま何事か呟いている。]
俺ぁ愛されたかっただけなんだ……
兄貴のように、村全体から愛される男に。
アーノルドと同じ立場になれば、愛される。
……それが何よりも利益だったんだ…。
[その呟きは、村人の耳には届かない。]
お尋ね者 クインジー
是非もないが――
その場合は俺は村を滅ぼさざるを得ない。
もし、無法であっても妨げたい者があるなら、遠慮なく前へ。
［そう云い、長剣に手を携える。怒気を向ける村人に冷厳な眼差しを向けた。］
文学少女 セシリア
[──…手足の枷が外された。
完全に自由になった自らの手で──彼の指先をそっと握り返す。]
どうにでもなるわ…。
[怒れる群衆を余所に、問いかけて来るウェンディに淡い笑みを浮かべ彼女が答えた。]
[その時──、]
ちんぴら ノーマン
こっちも、いろいろ振り回して悪かったな。
まあ、せいぜいどっかでまた捕まんねえ
ように気をつけるこったな。
[項垂れから姿勢を整える。]
だそうだ。これ以上の深追いは、村を滅ぼしかねない。
コイツらが穏便に去ってくれるまで、
無用な手出しは、俺が許さんぞッ！！
[その表情は、村長に相応しいものだったかもしれない。]
文学少女 セシリア
[しかし、グレンは届かない。
頭部が破裂し、広場にドサリと倒れたグレンに、セシリアはウェンディに向けたものと変わらぬ、淡い笑みを浮かべた。]
双子 ウェンディ
これが人狼の本当の力…
お姉ちゃん、あの時は私を殺せたかもしれない。でもどうして、それを、しなかったの？
…お姉ちゃん！
[気がつくとウェンディは叫んでいた。]
お尋ね者 クインジー
［「せいぜいどっかでまた捕まんねえように」という言葉に、皮肉めいた表情が浮かぶ。］
そうしたいものだ。
［晏息の地は何処かにあるものなのだろうか――］
お尋ね者 クインジー
ジェーン……
［そこを立ち去る時、最後に一度だけ彼女を振り返った。］
世話になった。
――有難う……
そして――
［隣にある“セシリア”でありエトワールである人のことを思ったのだろうか。
……すまない という言葉が喧騒の中届いたかどうかはわからない。］
お尋ね者 クインジー
―村はずれへ―
［新しい村長として意を決したノーマンの声に、或いはセシリアの見せた“呪術”の怖ろしさに、または険相を顕わにした長身の男の殺気にか、人波は割れた。
クインジーは刺々しい怒気の中を、彼らに対して何の感興も持たぬまま過ぎ去ってゆく。
ただ、隣にあるそのひとの肩に手を携えたままに――。］
資産家 ジェーン
[ジェーンはただ己が運命を受け入れている。
この村に残るという事はそういう事なのだ。
喧騒の中、ひっそりと咲く白い花のように佇んでいた。]
文学少女 セシリア
[ウェンディに答えるべき理由は特に見当たらなかったので、視線を送るに止めた。背中に添えられたクインジーの手に身を預け、目を閉じる。]
[鷹が舞う──青空。]
[空になって残された檻][喧噪][割れる人波]
[ノーマンの声][村がまた変化する事を示して居る様な]
[足早に村を去ろうとして、最後にセシリアはジェーンを振り返った──。]
眼鏡はやっぱり、貴女が持っていてください。
ジェーン・アーチボルド。
…いいえ、お母さん。
資産家 ジェーン
エロイーズ……
[軽く頭を振る。]
――……分かりました。
貴方は生きなさい、セシリア。
[*ジェーンは、唯、優しく微笑んだ。*]
ちんぴら ノーマン
[村人の気配に注視している。彼らを無事に
村から出すために。村長としての務め。]
二度と、そのツラぁ見たくねえぜ。
……じゃあな。
[そう*呟いた*。彼には彼の仕事がある。]
文学少女 セシリア
[ジェーンの影が小さくなり、ノーマンも何もかも、やがて森の木々に隠れ、振り返っても完全に見えなくなった頃に。]
[──自由になった両腕で。
漸く、傍らの男を抱き締めた。*強く*。]
双子 ウェンディ
クインジーさん。セシリアお姉ちゃん。さようなら。
[もう二度と会うことはないだろう。これで最後だ。何故か、そんな気がした。
ウェンディはこの光景を絶対に忘れないと*誓った*]
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