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[碧子の上に屈み込む様に、顔を伏せたまま。]
あぁ。
[低く肯定らしき言葉を呟いた。
延髄を貫いた細身の刃を、目立たぬ様に引き抜く。]
[重ねていたのだろうか、かつて自分があやめた人と同じ瞳の少女とを。]
どうなんだろう。
でも、
───もしそうでもそうでなくとも
彼女には生を全うしてほしい。
そのために俺ができることは祈ることだけなんだが。
[翠は二人の傍に傅いて、
力を無くした大河原夫人のたおやかな手をとった。
口付けるように顔を寄せ、眼を閉じる。]
……大河原様。
私、
大河原様に……よくしていただいて、
とても嬉しかったのですよ。
[遠い、彼岸が見える。
黒い蝶が舞っている。
揺れるのは彼岸花の群れか
其の色は濡れたような黒]
…………ッ
[其の先に佇む美しい影。
けれども艶やかな黒髪は見えず、肩から上に首は―――無い]
──三階・江原の部屋──
[其れとは知らず仁科が滑り込んだのは、──江原の部屋だった。
消毒薬の匂いがツンと鼻に来る…。]
――三階/廊下――
[さつきは近寄って、大河原の様子をつぶさに見つめた]
あら――?
首も、心臓も。傷一つ、ないようですけれど。
ひとならば未だしも――もしも、屍鬼であれば。
どちらかは砕かねば、ね?
雲井様――クスクスクス。
──三階・江原の部屋──
[明らかに手負いで有ろうはずの江原は、何故か扉の直ぐ傍に居た。怪我人ならば通常は寝台で休む物であろうに。
突然の侵入者に江原が口を開こうとする。]
『今、声を上げられては──…
(雲井と碧子に気付かれる。)』
[扉の内側に隠れた意味が無い。]
……
[一筋泪を零し]
……大河原様は、
……屍鬼に、相違ありません。
[眼を開く。此方に、首はあるのに。
さつきが笑っている。]
……斬 ら 、ないと。
[動けない。
無邪気に服を勧めてくれた、
いつかの夜会で声を掛けてくれた、
彼女の姿が過ぎる。]
……だめ……
学生 メイは、書生 ハーヴェイ を投票先に選びました。
―三階廊下
[雲井と傍らに倒れている碧子のそばに駈け寄る。
周囲には、翠や望月青年、さつきの姿もあった。]
『まずいな…… 注意深くタイミングを見計るつもりだったが、結局騒動になってしまった。』
[ひざまずく、翠の様子が目に入る。]
翠さん……
どうだい?
――三階/廊下――
[絞り出すような翠の声が耳に届いた。さつきは穏やかな調子で口を開く。慨嘆も悲憤もそこには無い]
――そうですか。ご苦労様、翠さん。
[つかの間だけ、さつきは瞑目する。黙祷するかのように小さく頭を垂れ――目を開いた]
では、斬りませんとね。
宜しいですか、雲井様?
──三階・江原の部屋──
[仁科は咄嗟に口唇に口唇を合わせ、江原の言葉を塞いだ。
男に対して、咄嗟に仁科は其の様な方法しか思い付かないのだ。口唇を一旦外してから「シ」と自らの口唇に指を当て外を指差す。
仁科は未だ碧子が雲井の手によって、永遠に美しいまま連れ去られた事を知らず…。]
―三階廊下
いやいや、さつき君。
斬ってしまっては無惨だよ。
これこのように、杭を用意してある。
[私は針のように細い銀の杭を取り出して見せた。]
――三階/廊下――
枚坂先生。
ああ――先生の手腕でしたら、何も斬首の辱めを及ぼすことも有りませんでしょうね。屍鬼に成ってお終いだっとは云えども、仮にも伯爵夫人でいらしたのですから。
心の臓を抜き出して仕舞えば、あらけなくも黄泉還って来られる恐れも消えましょう。
お願い、できますでしょうか?
[そう云ってさつきはそっと枚坂に辞儀をした]
これを心臓に打ち込んでしまえば、安心さ。
[碧子の死に際しても動じた様子のないさつきに怪訝だったが、その様子をさほど不自然に思うことなく浮かれていた。]
そうだね。
彼女の遺骸はなんの心配もないように処置するよ。
[陰鬱な響きの声、冷たく硬い眼光を帯びた雲井を見つめ返した]
いいえ。
人が斬られるところなど見たくは有りませんけれども。
だって、屍鬼だったのでしょう?
屍鬼とは化物なのでしょう?
可笑しな事を仰る雲井様ですわね。
其れとも若しや――雲井様?
[何かに思い当たったように、さつきは少し身を引く素振りを見せた]
ああ。
エンバーミング、という言葉を知っているかな。
この国ではあまり遺骸を保存しようとする試みは広まってはいないが、土葬を主とする国では広く行われている技術だ。
朝鮮で戦争が始まって、私も随分と米国の将校から依頼されたことがあるよ。
遺骸を親しい人の前に、生前の姿のままに戻して受け渡すんだ。
伯爵家に縁のある人は彼女だけだったかどうか――
いずれにしても身分卑しからぬ彼女にはそうされるだけの理由もあるだろうね。
[さつきの眼が細められる。疑わしい者を見出したかのように]
雲井様――若しや、貴方も。
本当は、屍鬼に成ってお終いだったのですか――?
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