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大河原…碧子さんが屍鬼?
そう聞こえた。
[首を携え、血のこびりついた姿のまま歩み寄る]
それを知りうるのは影見だけ。だが、夜桜さんの名は血文字の中にはなかったはずだ。
……。
[夜桜は仁科の動作に、何も言わずに見詰めていただけであった。熱をもったような温かい手の温度が、仁科に伝わってゆく。
血のこびりついた、シロタの首持つ望月の問いかけに。
そっと*目を瞑った。*]
―二階廊下―
[夜桜と仁科を見やりながら、癇症に首を横に振り]
わからん。俺には判らん。
[踵を返して井戸へ向かう]
『この首を*清めなければ*』
―水鏡前―
すいません、……大丈夫、です。
……ああ、でも。手だけ……貸して頂けると。
[申し訳なさそうに枚坂に願い]
……夜桜さん……
仁科さん……?
[対峙する望月と寄り添う二人を見た。
何の――話を。
そう思ったとき、望月が謂った。]
――大河原様が……?
[屍鬼。
翠は夜桜を見た。
――さつき様は屍鬼ではない。
そう謂った、彼女を。]
[夜桜は真に影見なのだ。
触れた指先は、仁科が狂おしく求めた首筋と同じく、白さの向うに生き生きとした血管が透き通る桜色。今は熱を孕み熱い程…──。]
[仁科の指に、夜桜の熱が移る。
体温の戻り切らぬ手がじわりと温もる。
血塗れの首を抱えたまま去って行く望月。
戸惑いがちな声を掛ける翠に*小さく頷いてみせた*。]
見習いメイド ネリーが「時間を進める」を選択しました
翠さん……
こんなに冷えて……。
[そっととった手は血の気を失ったように冷たく感じられた。彼岸を見たという彼女はそれだけ消耗していたのだろう。]
温かくて栄養のつくものを食べて――
休んだ方がいいね。
[彼女自身も荒事の中であやうくその命を危険に晒していたことを思い出す。
彼岸のことばかりでは耐えられないだろう。
生きている人間には、温かい食べ物や安らかな眠り、穏やかな現実に戻れる時間が必要だ。
私は彼女を支えながら、階下へと降りていった。
しかし、水盆の前で耳にした言葉はまた彼岸へと私たちを*いざなっていた*。]
『もう、冷水を浴びなくても大丈夫だ。』
夜桜さんが、水鏡で。
碧子様を見たと──。
屍鬼は彼女だと言ったよ、翠さん。
[翠も何かを成すと言うなら見届けなくてはと思い乍ら、一度目を閉じ*また目を開く*。]
――三階/十三の部屋――
[さつきの見つめる中、藤峰の姿が無残な姿と変じていく。
其は異界の審美眼で形作られたグロテスクな造形物であった。彫刻家の鑿も画家の絵筆も彼の周囲には見当たらぬ。しかし、作者の見えざる手が動くたびに青年の身体は人でなくなっていった]
誰が、此れを――
[ひとつだけはっきりしていた事が有った。
寝台に横たわる十三――彼に酸鼻極まりない最期を与えたのとどこか共通の作風が、藤峰青年を素材に選んだ禍々しき芸術家には備わっていた、と云う事であった]
――嗚呼。
此の部屋はきっと、地獄と繋がっているんだわ――
『――等活地獄。
五体を細切れに切り裂かれ粉砕されて死しても、ひとたび涼風が吹けばふたたび元通りになってまた初めから繰り返されると云うけれど――あの有様からでも屍鬼に成り得るとしたら――屍鬼とは其の地獄から這い出てきたものなのかも知れない』
――三階/十三の部屋→廊下――
[くるりと後ろを向き廊下に足を踏み出そうとして、さつきは雲井を顧みた]
――雲井様、来海様。
――あまりこの部屋には、長居なさいませぬよう。
――大河原様も。叔父との御交情はお察し致しますが、どうか。
此処は既に、現し世ではなくなってしまっているのですから。
[其の中の一人を屍鬼であると夜桜/神居がやがて告げる事を、さつきが知ろう筈も無い。だが如何なる予感を得てか、さつきは蒼白な顔で三者を見たのみ。そうして、さつきは廊下へと歩み
*出て行った*]
――三階/廊下→二階/食堂――
[廊下に在った人影はただ杏のもののみであった。その顔色もやはり、室内の凶事を察してか青白い]
「さつき様――」
杏。他の皆様方は?
「あの、由良様の御部屋に……ですが、その」
[杏は其の儘、口ごもる。怪訝な表情でそちらを見、唇を結んで向かおうとしたさつきに、杏は思いがけず大きな悲鳴を発した]
「いけません!
その……厭な、予感がするのです……とても、厭な予感が」
[其の様子は奇しくも、数刻前――或いは僅か一時間前だったのだろうか――の施波執事と大河原夫人との問答を再現するかのようであった]
……厭な、予感?
[問い返しに杏はおずおずと頷いた。そっと近寄ってさつきの袖を掴み、其方へと行かぬよう微かに力を込めてくる。はしばみ色の瞳は必死な色合いでさつきを見上げていた]
『由良様が亡くなった、其の部屋で……其の上で何か起こるとでもいうの。そんな、まさか。でも、いいえ、恐慌に駆られた人が何をするかわからない、其れは先刻見たばかりだわ……』
[心中の思いを感じ取ってか、杏は幾度も首を振る。目元には涙が溜まり、腕を引く力は明らかな程になっていた]
……もう、仕方ないわね。そうまでするのなら……貴女が淹れた紅茶を頂きましょうか。施波さんがいらっしゃれば、お父様の手紙を開けるにも立ち会って頂けるでしょうし。
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