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未亡人 オードリーは、逃亡者 カミーラ を能力(襲う)の対象に選びました。
[背後から、聞き慣れた声が言った。
「そう、私もお聞きしたいわ。
誰を見たのかを」
夜桜が指差す方に視線を動かす素振りも見せず、じっと夜桜を見据える。]
─3階・階段上─
[雲井の傍らに立ち、階段を上る夜桜を──枚坂を睥睨する。
夜桜の腕が上がり……その先は。]
私、ですの?
それで……何が見えましたの?
[うっすらと紅い唇に微笑が浮かぶ。]
[もう一つ、問う声がする。]
藤峰君は、其処だ。
[視線は移さず、空いた右腕だけで、天賀谷の部屋を指す。
言葉を切って。]
それで?
[夜桜に向けて言った。]
「男心と――春の空」
常の春の空はこんなにもおどろおどろしくはなかったろうがね。
[私は窓の外を指し示し、はははと嗤った。]
男の心も女の心も、気まぐれで変わりやすいことには違いがないってことさ。
そう、誰もが己を基点に考える。
各々にさして違いはないだろうにね。
――おそらくは、すべてにけりがつくまで俺たちはどこにも行けないのでしょうよ。
天国・地獄・煉獄・仏教徒の言う極楽浄土のいずれにもね。
[「あんな女などいっそ」の謂いに、は顔を顰め]
そういう下劣なことをいうのはどの口です?
[といい、ある程度手加減はしていたものの、罵言を吐き続けるシロタの口の両角をぎゅっとつまみ上げる。]
ご両親のどなたかは西洋の方とお見受けしますが、そういう下品な事を言ったら、石鹸で口を洗ったりされませんでしたか?
[まぁ、落ち着きなさい。と言い、手を離した。]
―三階・廊下―
!……そうか。
[雲井の声は何気ないように響き、わけもなく、藤峰は生きているのだと思った……その時は]
よかった。
[天賀谷の部屋へ向かう。藤峰の無事な姿を確かめたかった]
翠さん、藤峰君は――
[翠になんと答えたものか、躊躇われた]
天賀谷さんのところにいるよ。
だが、そこには行かない方がいい。
[枚坂に、このような状況でなければこう返した事であろう。──否、ただ、夜桜は微笑むだけであっただろうか。ここに記す事は止めとしよう。]
雲井さま。
[夜桜も、大河原の方を見ずに見詰めたままで]
─3階・階段側の廊下(半異界化)─
[白い貌の出現と同時に、薄黒い影と化した碧子のその頭上に浮遊し、碧子が浮かべたのと似た、より冷たく硬い威厳を以って其処に居合わせた全ての存在を見下ろす。]
―二階と三階の間、階段前―
[漆黒の蝶の様な大河原夫人が微笑む。
翠は酷く戸惑っていた。
と、雲井の声が]
……居るんですね!?
[僅かに浮いた声。
だが
「彼は死んだ」
枚坂の言葉が、残酷に現実を告げた。]
[眉間に皺を寄せながら、この天才の口を摘みあげるという神をも恐れぬ愚行を犯した手を蹴り上げる]
私の父はドイツ出身だが、生憎私に手を上げる暇があるほど家に居なかったものでな。
と、いうよりも生者相手にこのような言葉を吐く趣味はないのだよ。
[そう憮然と呟き、すぐに片眉を上げて]
それともあれかね、大麻を人前で堂々と吸うような口は洗われずとも済むのかね?
なぁに、このような商売をやっているとだね、同業者にはそういうのを嗜む者が多くてな。
凡才は閃きを得るためならヒロポンでも阿片でもやるらしいな?
全く、そのようなモノに頼らねば音楽の出来ぬ悲しき者どもよ!
――嘘
[心がついていかない。
あのように、
千切れて潰れて――しまっているのだろうか。
見上げた先、望月が走った。]
も、望月様!
[階段を駆け上がる。]
―天賀谷の部屋―
[枚坂が真実を告げた声は、望月自身が藤峰を呼ぶ声と重なって、聞こえなかった]
藤峰さん?
[一見したところ彼の姿は見られなかった]
中から書斎に降りたかな。
[苦笑しつつ]
俺は別に音楽だの美術だのやろうってわけじゃないんですがね、そもそも。
――――一応煙草は隠れてふかしてましたし。
[あまり弁解にならないと思われる一言を付け加える。]
ま、生きてる間は言いたいことが言えない、と言うのは同意しますよ。うん。
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