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―檻の前―
[詰め所から一人の男が出てきて、カミーラに問いかける。その手には鍵――入りたいなら、入るかと促すかのように。]
[周囲は喧噪に包まれていた。]
[ネリーが絶命するまでは、ネリーの事を人狼だと叫ぶ声。][人狼に人狼を喰わせろと言う声。][セシリアが躊躇いもなく殺したからには、人間だろうと言う声。]
[絶命したばかりのネリーに覆い被さり、
セシリアは、まずは爪でネリーの衣服を切り裂いた。
一目で貧しさの伺える服装。
汚臭の染み付いた少女の体臭を嗅ぎ、露出した未発達なその胸の産毛に頬を寄せる。]
[セシリアはいぶかしげな顔で、檻の向う側のカミーラを見た。]
──もう、ネリーは絶命している。
人間が喰われる光景がいやだとでも?
[詰め所から出てきた一人の男が、檻へ近づく。男の手には、鍵が握られているようだ。
鍵を持った男が、カミーラに問いかける。]
「檻の中に、入るのか…?」
ああ。
[カミーラは、肯定の返事をする。]
オレの身体に何すンだよ……
死んじまった身体に、さらにひでェことする気かェ………?
[セシリアが、己の死体の衣服を破る様子を、嫌悪に満ちた目で見つめている。]
[眼前の光景に、しばし声が出なかった。
一瞬間を置いて、やっと言葉が絞り出される]
……信じられないな…
[一歩近づくと鎖を引き、彼女の顔を上げさせる。
そこに浮かぶ表情を探るように。
だが、なにを問うべきか、言葉が出なかった。
その時、一人の女が檻の中に入ってきた。
カミーラだ。
念のため、セシリアの手枷と足枷に元のように鎖を施し、やや自由を妨げた。]
[男は、檻を開錠し、カミーラが入っていくのを眺める。]
「気をつけてな。」
[どういう意味で言ったものだったのか
知る者はいない。]
[嫌悪の念が黒き影と化す。其れはネリーの身体を包み込むように、竜巻のごとく逆巻き――天を突く。
人間であろうが、人狼であろうが、生者にはおそらく見えぬであろう――黒き「影」として。]
[痣、血の塊、身体の一部の欠損。]
[ネリーは、其れを冷ややかな目で見つめる。]
[セシリアは、後ろから引かれる首輪と鎖が邪魔なのか、獣の様に四つん這いの姿勢。
ネリーの薄い胸から痩せた腹を舐めた後、深く鋭利な爪をネリーに差し込み、器用に手慣れた動作で心臓だけを取り出す。その動作から、今までどれほど多くの人間を彼女が手に掛けて来たのかが知れた。
取り出したネリーの心臓を。
引き摺る様にして口元へ運ぶ。
そうやって、気に入った臓腑だけを食べる動作を、セシリアは繰り返した。]
「気をつけてな。」
ああ、充分気をつけるよ。
[こうして男から扉を開錠してもらい、カミーラは檻の中へ入った。
檻の中には…例の化け物の他に、
負傷したクインジーと無残な姿になったネリーがいた。]
『……ああ。そういえば――』
[セシリアが豹変する刹那、人狼はカミーラだと云ったことを思い出した。
本当なんだろうか。]
――カミーラ、お前が人狼なんだってな。
セシリアが云ってたぜ。
[どこか揶揄するようにその言葉は発せられたが、クインジーの右目は笑ってはいなかった。
二人の様子に、どこか妙な仕草や仲間らしき気配が見られないか、観察している]
………おめさんに、何ができる?
オレが殺されかかってる時はなぁんにもできなかったくせによォ、オレが死んだら「助けてやる」のかィ。
……悪ィ冗談だなァ。
[影はカミーラの背を見て、クッと喉の奥で嘲笑う。]
死んでしまえ。
おめえも、おめえも、それから……おめえもだ。
みぃんな、みぃんな、死んでしまえばいい。
殺し合え。
食い殺せ。
憎め。
……そこに転がってるオレん身体みたいに、ボロボロになっちまえ……。
―アーチボルト家―
[ドン―― ドンドンドン! ドン!
大きな音。
外から扉を叩く音。
粉屋の女将の声――。
他にも数人か――殺意を抱くのか――
魔女かもしれないという恐れよりも
怒りと憎しみで心を塗り潰したもの達が居るようだ。
ジェーンは小指が欠けた左手を見る。
今は血色悪く弛んでいるが、
昔はセシリアと同じく、華奢で白い指だった。]
[書き終えたばかりの手紙を、ヴィンセントは従者に托した。
近隣の町の有力市民である知人に宛てたものである。]
そうだ。
判事の注意を早くこの村に引きつける必要があるんだ。
まともな返事がもらえるまで粘れ。
どうしても無理なら、なるべく多勢の人手と馬車を借りて戻って来るように。
私はここに残る。
[不安そうな相手に、とにかく急げともう一度言って、ヴィンセントは詰め所に向かった。]
[入り口付近まで退いていくクインジーの言葉を聞いて、カミーラはナイフを持った手を強く握り締める。表情は変わらずに。セシリアの方へ視線を移し、静かに近づく。]
この化け物めが…でたらめを言うな!
[カミーラはそう言うと、持っていたナイフをセシリアに向けて強く振り下ろす!]
[主が僕に鎖を引かれ、苦しげに顔を上げると言うのは倒錯的な光景だった。
──彼が。
彼女がネリーを喰らい、咀嚼して嚥下する、全てのさまを見たがっている事は、明確だった。恍惚としたその視線を受け、彼女は一瞬、目を閉じた。]
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