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―三階廊下→由良自室
「由良様が――」
[白衣の所々は血や泥に汚れ、木の葉に枝のひっかき傷がついたままの姿で重い足を引きずって歩く。その耳に由良青年の殺害される様を恐ろしげに話す使用人たちの言葉が届いた。
天賀谷が倒れた時に手を貸してくれた、彼のことを思い出す。
私は、彼に好意を感じていたのだが――。
その別れはあまりにも早かった。]
[藤峰の叫び、翠の悲鳴があっという間に遠ざかる。そのまま意識は闇に沈み────
再び気づいたのは、翠に呼ばれた気がして。
ふわり、と漂う自分と、花蘇芳の樹の下にいる少女と目が合った。]
───ああ、よかった。彼女は無事だったか。
……ちょっと待て、じゃぁ、望月が屍鬼というのはもしかして俺の勘違いだったのか?
───もし、そうなら、悪い事をしたな。先に手なんか出して。人を───あやめさせてしまった。
[少女が自分を見る瞳には涙があふれている。]
……俺は、死んでも人に泣いてもらえる人間じゃなかったのにな。
[なんだかすまなくなって、翠に頭を下げて。
だが、ここから去ることはできない。]
翠さん……
[由良の居室、横たわる彼の傍らに彼女は静かに佇んでいた。]
「……彼岸を、見ました」
[彼岸を見たという彼女の立ち姿は、普段よりほっそりと儚げに見えた。]
翠さん君は“霊視”……
そうなんだね?
──使用人部屋──
[当然、仁科にさつきの呟き声は聞こえなかった。だが、部屋へ向かう道から暗澹としていた。何故なら、翠が見たと言う由良は人間だったのだ。]
『翠さんは、翠は。
翠さんを作る根幹が変わってでも居ない限り──
嘘は付かない人だ。
人を騙したりしない。…多分。』
…由良様は人間だった…と。
[ぽつり]
──使用人部屋…→風呂──
[新しい寝具を整え、なるべく過ごしやすい様に。もう一度湯を運び、夜桜の顔や髪も軽く拭う。
身体を拭いた時、チラリと見えた入墨の事が気になったが、怪我人らしい様子に、先に仁科自身も水を浴びる事にした。此のままでは仁科は何をまたしでかすか──自分でも恐ろしかったのだ。]
『銃弾は夜桜さんに当たった。
こうしてあたしは、自分のしでかした事に恐れ戦いていると言うのに。さつき様をまた同じ銃で狙い…殺そうと考えているンで。』
──…何か有ったら呼んで下さい。
夜桜さんを怪我人にしたのは、自分なんで。
[夜桜に断りを入れ、風呂場へ。衣服を取り払おうとすると、様々な場所で浴びた他人の血が下着まで沁み、肌に張り付いていて剥がれなかった。
仕方なしに着衣のまま、水を浴びる事にした。]
──風呂──
[──水栓を捻る其の前に。
藤峰が十三の寝室のサイドテーブルに置いたはずの拳銃を、何故か仁科は腹部から取り出す。]
『…アァ、持って来てしまった。
そう言えば、江原様は何故、あたしに銃を渡したンだろうか。』
[冷たく透明な水は赤に染まり、排水溝へと流れて行く。
濡れた衣服は衣服で異様に脱ぎにくかった。水を浴び乍ら下着も全て全て脱ぎ終わる頃には、仁科の身体は氷の様に冷たくなっていた。]
生きたいなら生きる様に。
自分でどうにかしろ。
ただし、生きていても良い。
──と言われた心地がしたが。
[胸元に手を当てている。
──…分からない、と首を横に振った。]
──風呂…→使用人部屋──
[身体を拭き、新しい制服に着替え。
──…拳銃を隠して。
仁科は夜桜の*枕元へ戻った*。]
―三階・由良自室
[望月はというと、血にまみれた刀を携えたまま放心しているようだった。]
人を斬るのは……精も根も尽き果てるものか……。
[呟きかけ、胸元に滲む赤に目が留まる。]
望月君、君、怪我しているじゃないか――
ちょっと見せてみたまえ。
[彼の胸元をはだけ、傷を改めた。皮膚は裂かれていたが、深くはない。]
縫合の必要はないが――いちおうの手当はしておいた方がいいね。
[私は側にいた女中に頼み、アルコールを持ってきてもらった。]
少し染みるよ?
[消毒し、脱脂綿とガーゼを貼る。簡単に手当を済ませた。]
―由良自室近く廊下―
[枚坂と翠を見つめながら考える。]
……………。
[屍鬼、そして人々。どちらからいつ殺されてもおかしくない。
それなのに、死への恐怖を抱いていない。]
当然だ。
[呟く。生への執着―構わないだろう。
だが、平和の本質故犠牲なしには立ち行かない。
江原は、革命思想家である。成し遂げたい目標
護りたい者。そのためには、自らの命までも捨てられる。
そういう気概で、この場に臨んでいるのだ。]
―由良自室―
[望月の姿を認めると、同室者、本人の反応を気にせず話し始める。]
ジェイク君を殺めたのは、君だな?
[視線が鋭い。]
彼とは旧知の仲だ。しかし、怒りなど感じていない。
ただ、こう思うだけだ。
君は、もう後戻りはできない。
[江原の話に、熱がこもってくる。]
―三階・由良自室
[室内に入ってきた江原に会釈する。彼と由良青年はゆかりがあったのかもしれないと思いながら。
翠の言葉に沈痛な面持ちになる。]
翠さん、君は――見れるんだね亡き人を――。
私も通り一遍のことは知っている。
異能を持つが故に屍鬼と対峙することになった者たちの話を。
だが、私が“知っている”という程度のことと君の負う力の重みとはきっと次元の違うことなんだろうな。
ジェイク君を殺めた。だが、彼は屍鬼ではなかった。
先ほど、彼女らの話を立ち聞きさせてもらったよ。
[昂ぶってくる。江原の形相は、静かな修羅。]
もう恐れことはない。屍鬼の確証のある者なくば、
何らかの方針のもと、血を流し続けるしかないッ!
我が思考は、足手纏いになるであろう者から減らすこと。
―あの楽師だ。
[修羅が、冷酷に言葉を紡ぐ。]
―由良の部屋―
[翠が言う。由良は人間だったと]
『ああ、それは自分にもわかってしまったこと』
[枚坂が傷を見てくれる]
『先生、……汚れる』
[言いたいけれど、声がうまく出ない]
あ、後戻り!?
――できないのか……本当に……
[江原の言葉に、たじろぐ。]
今日はまだ、屍鬼とやらが人を襲っていないんじゃないか?
いや、そもそも天賀谷さんだって――
天賀谷さんは本当に屍鬼に襲われたんだろうか。
わからないな。
わからないよ!
人間は、追い込まれた時野生に回帰する。
それが善なるものか、悪なるものかの違いだ。
君がジェイク君を殺めたのも、それは君の野生。
[独特の呼吸調子]
あの楽師。私は、彼の中に悪しき野生を感じ取る。
それが屍鬼としてのものか、下等な獣としてのものか。
判断はつかぬ。然れども、狂気は人間の野生へ。
それは、全滅という結末へ繋がる。
もう一度言う。君はもう戻れぬのだ。恐れるな。
[自分の首を掻っ切る仕草]
まだ野生が足りぬならば、私でそれを満たせッ!
平和の為の糧にならば、いくらでもなろうッ!
その死は宿命だ。ならば、どうして恐れよう。
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