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…神……か…
[遠く、教会の鐘の音が緩やかに響いた。
今は、日々の勤行すら満足に果たした試しがない。
ルーサーはクインジーの信仰心の程度をよく知っていたことだろう。
――とはいえ、教会で働いているだけで敬虔な信仰心を持っているように思われ得るものなのだろうか。
だが、己はジェーンの思うような男ではなかろう――そのように思いを巡らしながら、案内をしてくれていた彼女に礼を言い、一旦はその場を*辞した*。]
―檻―
[アーチボルド家で預かったセシリアの衣類を小脇に抱え、クインジーはそこに戻ってきた。
檻の中央には、後ろ手に手枷で束縛され、両足首に足枷と鉄球をつけられた不自由な姿勢でセシリアが横たわっている。
スカートは足の付け根ギリギリまでたくし上げられていた。
すらりと伸びた真っ白な足が目眩く目に飛び込む。
左足の下には赤黒く血溜まりができていた。
クインジーは疵をあらため、血溜まりを拭った。
足を傾けると、スカートの布地が波打つようにゆったりと流れ、内腿の奥が仄見えた。]
[その扇情的な光景から目を背けるようにしながら、足枷の鉄球を外す。
柔らかなリネンの下着を足首に通し、滑らせるように上へ上げてゆく。
細い腰を抱き上げ、その身を起こした。]
――淡く色づいた頬。
――蕾のように綻び濡れた唇……
『…ああ……』
[かのひとを抱き起こす時、我知らず指先がそっと――その唇に触れた]
[ゆっくりと下着はスカートの中へ導かれた。
下着を履かせ終えると、後ろ手の拘束を解き、鎖を前に回す。
彼女は横臥するに楽な姿勢となった。]
今は、少しでも休んでおくことだ。
もっとも、それはお前自身のためではない
いずれ、また尋問を受けるだろうからな――
[冷ややかな声で告げる。
やがて、身を屈め、*檻から出ていった*]
―檻の中―
[ネリーは、セシリアの下に敷いた藁を取り替えている。じっとりとした重みを含んだ藁を小さな桶の中に放り込み、ネリーはひとつ溜め息をついた。]
狼っ子よォ……
おめさん、ずいぶんとシアワセもんだよなァ……
………皮肉じゃねェ。
おめさんだって、殴られたり刺されたりしてつれェかもしンねぇけどよォ……
おめさんが化けモンだって分かっても、檻ン中で世話してくれる人間がいる。マトモじゃねェかもしんねェけど、食事だってある。
それに………
おめさんが殴られたり嫌なこと言われた時ァ、おめさんを庇って泣いてくれる母ちゃんがいる……
………ズルイもんだェ。
だからよォ……
おめさんが泣こうがわめこうが、おめさんが不幸だなんて、オレにァとうてい思えねンだ。
化けモンのくせに、人間様ァよりシアワセってェのは、不思議なモンだェな。
オレみたく、クソまみれになりながら、自分じゃ喰えねェ鶏締め殺して「汚ねェ」と石投げられて、それでもなおそいつらの言うこと聞いてなきゃァ野垂れ死ぬだけの人生と……おめさんみたく仲間がいるとかいう「恵まれている」化けモンと、どっちがシアワセかェ……?
……だからよ、おめさんが「不幸」になるのを、オレはちっともかわいそうだなんて思えねンだ。それどころか、おめさんが「人間でない」のなら、もっと不幸になれと呪いてェ気持ちにすらなるんだわ。
……悪ィな。
―村長宅/ノーマンの部屋―
[自室からの人払いをして、振り子を手に地図に向かう。]
はぁ………はぁ…。
[ふと見取り図の左端が、牙を生やした狼の顔に見えた。
普通であれば、よほど想像力が豊かではないと
そうは見えないと思うが、敏感に反応した。]
うっ………!
[激しい嘔吐に襲われる。右腕を咬まれた瞬間が
鮮やかに記憶に蘇ってくる感覚だ。]
ぐっ……ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
痛え!!痛えよお!!咬まれたぁぁぁぁ!!!!
[まるで、目の前の「人狼」にたった今咬まれた
かのように、*のたうち回る*のだった。]
[大まかな筋書きは、従僕が考えたものと変わらないが。]
──最初に、人狼の力で持って神父を殺せば良い。
それは変わっていない。
[それと同時に、疑心暗鬼に駆られた村人の振りをして。
或いは、一種の正当防衛を装い──“村人として村人を殺した”と言う演出を、檻の外に居る二人が出来ないかと、ふと考えた。]
尋問官を装う者にはむずかしいかもしれないが。
カミーラならどうだろう。
誰なら自らの手で殺せそうだと思うか?
[声を飛ばす。]
ネリーあたりなら、世話に入った隙に私でも殺せるのかもしれない。
文学少女 セシリアは、見習いメイド ネリー を投票先に選びました。
[クインジーがジェーンを運んでいる間、『彼女』は中空をぼんやりと見つめてそんな事を考えていた。]
[下敷きなった腕が痺れ、そこには感覚が無い。
格子越しの青空は──今も昔も変わらなく澄んでいた。
完全に人狼に変化したと言う黒衣の女。
カミーラの事を思い出す。旅をする間に人間だった時代の彼女はすでに失われ、此処に辿り着いた頃には残骸だっただろうか。セシリアが捕獲されてから、村の警備やお互いの監視は信じられない程厳しくなっていた。もし、不審な女が一人逃げようとすれば、直ちに密告されるか、その場で殺されるか──。
カミーラも生き延びたくば、村の人口がちょうど良い頃合いに減るまで、人間のふりをし続けるしかないのだ。]
──檻──
[腕を下敷きにして仰向けに藁の上に寝転ぶセシリアは、異国の言葉の様な響きの歌を口ずさんでいる様に見えた。歌はやがて、異国ではなく古いイングランドの何かに──旋律を変える。
クインジーが戻って来た事に気付く。
衣類を見て、彼がジェーンから服を預かって来たのでは無いかと、瞬きをした。ジェーンは何か、言っていただろうか。それを口にする事は出来ない。]
[血溜りの近くの針傷は、教会の鐘が一度なる間に、小さな赤い痣を残すのみになっていた。再生の過程で、セシリアの肌はまた白く輝き、その頬は上気している。
──…傷を確認した後に、着替えまでを男の彼がする気らしいと気付くが、セシリアはぐったりとしてクインジーのするがままに任せた。敢えて逸らされている、視線を感じながらも。]
…──────。
[余談であるが、この時代に清潔を目的として下着を取り替える事は先進的だったと言えよう。セシリアはやはりこれは、ジェーンが頼んだのだろうか、と考える。
咎める様な視線にならざるを得なかったのは、ウェンディによって足の急所を刺された時に、全身を駆け抜けた刺激──…二種類の理由から、セシリアの下敷きになった藁は重く湿り気を帯びていたからだ。
尋問については、覚悟が決まっているのかセシリアからは何も口にしない。セシリアは躯の*位置を変えた*。]
―村長死亡の二日後・朝―
[セシリアがウェンディに一方的に遊ばれてから1日が経った。村長代理であったノーマンの負傷により、ルーサーが村人達の狂騒を静め統率をしている状態だ(尤もノーマンに村人達を健全に統率は出来ないだろうが)
明確な新しい方針をノーマンが打ち出せない中――、村人達は自然、死去した村長の言葉を思い出す事になる。
やっと捕まえた人狼、檻の中の少女を手がかりに――
「…この不浄なる魂を持つものに制裁を加えて欲しい。誰でもよい。方法も問わぬ。
おのおのが思い思いのやり方で積年の恨みを晴らして欲しい。と同時にこの者を使い、他の人狼を探し抜いて欲しいのだ。」
積年の恨み、それはセシリアによって負傷した人間が増えた事で倍増している事だろう。]
―アーチボルト家―
[石造りの茅葺の家。質素だが木造の家より頑丈で投石などでは破壊はされない――だが、現在、この家は静まりかえり、暗かった。
ノーマン派のもの達によって掘り返され、茶色い山が幾つも出来た庭。この頃であれば薬草として使われていた薔薇も植えられていたが、それも無残なものだった。こんなものなど相応しくないと突きつけるように。]
[ジェーンは暗い中、寝台に横たわりじっと悪夢と戦う事もなく、眠りについていた。
クインジーが家を去ってから、一人また泣き続け、深く疲労していたのだ。]
[泣き続け]
[泣き続け]
[全身の水分を無くし、混乱した感情の塊を吐き尽くし、引き裂かれるような憂いが全て白紙に戻せたと思える程の時間泣き続け――ジェーンは、やっと眼鏡をセシリアの部屋の小箱―布に包み―の中に置き、眠りについたのだった。]
[外には篝火――人狼の夜間の襲来に備えて。]
[彼女の世界がまた変質した日の
次の日の朝、一人、ジェーンは目覚めた。]
[藁を交換するネリーからは、肥溜のにおいがした。
その仕事が終わってから来たのか、においが染み付いているのか。
糞便の匂いの出もとが健康でさえあれば、その強烈さがペスト感染予防になると考えられていた時代もあるのだが、それはどうなのだろう。
腐臭にも似ていた。
かつて──あの日の当たらない地下の拷問室に、最初に足を踏み入れた瞬間を思い出す。うじがびっしりと張り付いた捻れた肉塊が壁一面に並ぶ、凄惨な光景。器具にこびり付いた肉片や、皮膚が張り付いたままの髪の束。生々しい痕跡──。隣室から聞こえて来る何かの回転音と悲鳴。あざけり声。
真っ黒な床の上を軋む様な鳴声と共に大量のねずみが駆け抜けて行く光景に、背筋が凍った。
あらゆる拷問風景を見せられた後、彼女は別部屋へと*連れて行かれた*。]
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