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[双眸が次第に焦点を合わせ、枚坂の姿をたしかに認めて光を取り戻した。何処から聞き取れていたものか、さつきは唇を開く]
叔父様を、愛……?
ええと、良くは判りませぬけれども……、そう、ですね……。
少なくとも、このままの姿にしておくのは、親族としてもあまりに無残な心地が致します。
枚坂先生、せめて叔父の……
『……臓物くらいは、戻し、』
[さつきが思い浮かべたのと、胃を抑えたのはほぼ等しかった]
[そっと枚坂にさつきの体を預け、
翠は立ち上がった]
藤峰さん……。
[ゆるりと振り返った翠の眼は暗い色をしていた。]
分かっているでしょう、
旦那様は、
旦那様は―――
[じわりじわりと染みが広がって行く。
血が湧き出てくるようだ。
絨毯が汚されていく。]
[夜明け前に感じたのと同じ恐怖。
氷の様な恐怖が今此処にある…──。]
『あの怒りが殺したのだ。』
[目の前で枚坂や翠、藤峰の声を聞き、話し掛け乍ら、現実とは違う薄闇の中に乖離した様に仁科の意識が有る。]
『憤怒の貌が。
あの──白い貌が旦那様を殺した。』
藤峰君!
[藤峰の言葉に勇気づけられるように、立ち上がる。ぐじゅり、と踏みしめた絨毯は重く湿っていた。いつの間にか広がった染みの奇怪な有り様に意識を向ける暇もなく、再び天賀谷の躰に向かう。]
ああ。私にできることはやってみよう。
[膝を折り背を丸め込むようにして、さつきは床に崩れた。吐瀉物は掌からも溢れ、床に零れ落ちる。朝食に摂った分量はさして多くも無かったが、胃の内容物すべてを吐き出しても尚、さつきの嘔吐感は止まらぬ様子であった]
――っ、うっ、っく、……はぁっ、
――はっ、は……
――ぅぐ、っぼぁ、げぇぇぇっ……
――っ、はぁっ、はぁ、はぁ……
[人の亡骸を見たのは、無論初めてではない。だが、刀をいつでも抜けるようにしておきたいと思うほどの、こんな亡骸は初めてだ。
これでは、まるで噂に聞いた屍鬼の――]
発作、ではなさそうだな。
[亡くなったのか、と尋ねようとしたが、皆の様子を見て、押し黙る]
[天賀谷の重い肉体を引き上げる。注意深く抑えていてもその胴体からは再びずるりと臓物が零れ落ちる。
羽織った白衣も、その下のスーツも、粘つく血糊におどろに彩られていた。]
[今度は藤峰を見上げる──。
今度は反対側に首を傾け、枚坂と藤峰に、]
…取り返しがつかない。
[言葉を繰り返してから、]
…其れなら寧ろ、旦那様の首を落とさねばならないンじゃあありませんか?
[掠れた小さな声だが何とか話す事が出来た。]
旦那様がもし、屍鬼になってしまったら。
取り返しがつかない。
ひっ…
[...は広い絨毯をすでに十分過ぎるほど染め――
…それでも一体どのような力が働けばそうなるのか、なお広がってくる血が足元まで近付いてくる前に逃れるべく、今度は横方向にずれる。
だが枚坂の声が――…医者による天賀谷の死よりも腐ることを懸念するかのような言葉が聞こえてしまうと訳もわからず、ほとんど睨む目を向ける]
……一体何を仰っているので?
旦那様がお亡くなりになる以上のどう恐ろしい事が、あると言うんです?
死んでしまったらそれで、腐ったり朽ちたりを待つまでもなく全部終わりじゃありませんか!
”本当に”も何も、あったものじゃないっ
死んだ時点で取り返しなど、つくものか!
[目尻に涙が浮かぶ。お嬢様と呼ばれていようとどんな生まれであろうと、此の情景の前に何ほどの違いがあろうか。枚坂は医師であるから見慣れてもいよう。それにメイドであるさつきや、背後で叫ぶ藤峰は、平常心を保つ事も仕事の内であったろうが――]
『其れに較べれば……私など……』
[情無い思いで目を横に逸らせば、封筒が次第に血に濡れ行く様子が見えた。ただこれだけは幸いというべきか、吐瀉物に汚れまではして居なかった]
[今、視界を隠さんばかりに流れて来る大量の血液。何処から此の血は流れてくるのか。此の血は天賀谷の物なのか。
…荒涼とした赤い闇の中、仁科は独りだ。]
[重い。力を失った人の躰はこんなにも重い。
その躰を抱き上げたままの私に仁科と藤峰の言葉が届いた。]
君たちは……
それでいいんだな?
死んでしまったらそれまで……か…
[天賀谷の躰を寝台に横たえ、虚脱したようにその脇に座り込んだ]
[膝はまだ床についた儘、さつきは袖で口元を拭って後ろを振り返った]
……ありがとう、翠さん。
……お陰で、なんとか楽になりました。
[そうは云ったものの、さつきの顔色は青白かった]
止めて下さいよ!
[...は翠の暗い瞳の色から逃げるように目を逸らす]
翠さんがそんな、諦めたような事を言っては、目が覚めた時に旦那様も嘆かれるに違いな―――…
[―――…床に崩れたさつきが背を丸めて、嘔吐するのが目に入る。
慌てずそれでいて素早い行動で、それを助けようとするのが本来、自分もまたするべきことだ。
しかし時に愛らしい少女らしさを、場に相応しい場面では毅然と天賀谷の姓を持つ年若い淑女として振る舞っていた者のそんな姿は…
受け入れ難い事実は、正しくもう起きてしまったのだと…万次郎に現実感を伴わせるに十分だった]
ああ……。
[使用人としての全ての義務も放って、顔を覆わんとしていた手が止まる。
「分かっているでしょう、旦那様は―――」?
―――もうお亡くなりになっているのだとしたら、「私にできることはやってみよう」と頷いた枚坂は今、何をしようとしていると言うのか?]
[ちらりと天賀谷の顔が見えた。苦痛とも恐怖ともつかないが、血まみれのその顔は歪んだ相を浮かべているように望月には思えてならない]
いけないよ。いけない。
[歌うような抑揚で誰にとも無く低い声で言う]
無念を残して死ぬものは、此の世に帰りたがってしまう。
そのまんまじゃ、天賀谷さんは逝けない。
[何かを否定する様に首を横に振り乍ら、]
…望月様ァ。
あたしや枚坂先生が殺したなら、良かったですよ。
警察に突き出せば仕舞いだ──…。
[誰も彼も皆食堂を出てしまった。
自分もまた、紅茶を飲み干した挙句に給仕も無いとなればやることもなく]
かといって、騒ぎに加わるのも好かんな。
ならばせめて、恐らくは亡者と為りゆく主人の為に楽の音を捧げるのも悪くはあるまい。
[そう呟き、まだ残る数名の使用人にピアノを借りることを告げると]
せめて天では楽の音を解するようになることを祈るのだな、金の亡者め。
[そう呟いて弾き始めるのは、ショパンのピアノソナタ第三番 変ロ短調 作品35――『葬送』――その第三楽章、葬送行進曲。
指が達者に廻るばかりの空虚な音色を、ホールに所在無さげに漂わせ、楽師は*一人悦に入っていた。*]
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