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うん、そうだね。
[夜桜に微笑んで、床を綺麗に拭いた。
戸惑っている様子の望月にも微笑みかけた。]
どうかお気になさいませんよう。
鍔鳴りは態とではないのでしょう?
そうですね。服は乾かさないといけませんね。
暖炉に翳しましょうか。
[提案してみた。]
[先程、面会を要望した来海に“ええ”とか“ああ”といった気もそぞろな返答をしたのは天賀谷と仁科の遣り取りに樹を取られていた所以だった。
その天賀谷は今――]
うわぁ! あああぁあああぁああ!!
[それは数多くの死体を見慣れた筈の私にすら戦慄を覚える光景だった。堪えきれず喉が震え、呼吸が絞り出される。
その絶叫が私自身のものと自覚する余裕がないほどに動顛しながら、天賀谷の側に駈け寄った。]
――三階/十三私室・扉口――
[いったい他に、どの様な言葉が云い得ただろう。さつきは眼前の光景に手紙を取り落とし、両手を口に当てて立ち竦んだ]
――叔父様ッ!!
[抑えようも無い悲鳴が、室内に大きく響いた]
―書斎へ続く階段―
[狼狽てた人々の声と、異様な息遣いに続いて、何かが扉を叩くのが感じられた。
扉の下の隙間から、液体が滲み出してくる。
暗闇の中で色は不明瞭だが、その匂いは間違いようもなかった。]
『……遅かった、か。』
[隣室の喧騒に気配を紛らわせて、そっと書斎へと階段を降りた。]
[夜桜の顔をまともに見られぬまま、首をかしげる]
なんだったんだろう。俺もこんなことは初めてで戸惑っているんだ。
ただ……親父はよく言っていた。
妖かしに魅入られたくなければ、穢れを祓わねばならぬと。
…汗に汚れたままでいつまでもここにいたせいだと思っていたんだが、はて。
[...はすでにそれも夜桜がしてくれていたとハッと気付き少し恥じ入り、しかし今は絨毯が染みにならぬよう、遅れて手渡そうとしてしまっていたタオルを軽く叩きながら水分を吸わせることに使っている]
おお…
…やはり良いタオルを使うと、水もすぐ乾く。
[...は上等なタオルの吸水力に嬉しそうにする。
絨毯に染みはできないに違いない。
――食堂の床に広がったのは水に過ぎないから。
そして階上から騒ぎが聞こえた気がして、万次郎は首を傾げた。
拭っても拭っても落ちぬであろう赤に染まった部屋からそれが響いていると、まだ知らぬ顔で]
[望月は何も知らない。水をかけられたのと、天賀谷の事切れた瞬間が時を同じくしていたことなど]
俺にはわからなくても、この刀には分かるものがあるのかもしれない。
こういった品は、しばしば人間よりはるかに鋭敏に出来ているものだからな。
[幸い、刀の刀身には水は入り込んでいないようだ]
[天鵞絨の眼が鋭く釣りあがった。
ただならぬ空気が。
死の香りが漂う。]
すいません、様子を見てきます。
[そう謂うと、
翠は食堂から足早に上の階へと向かった。]
妖──。
古来より水は穢れを祓うものですものね。
[濡れた目が望月の眸を一瞬捉える]
───…この声は
[直ぐに階上より聞こえてきた声に反応する。断末魔ではない、理性的ではない本能的にあげられた人間の叫び声だった。]
天賀谷さん!
天賀谷さん!!
[グラグラと歪む現実。到底受け入れられない怪事はしかし、眼前で起きたのだ。
天賀谷の有様を見るに、到底“生きて”いるとは思えない。
彼が“絶命”していることは医学的な検査をするまでもなく明白なことと思われた。]
ダメだ……
“死んでる”……。
『――此れは、血の臭いだ……!』
[全身が総毛立つような悪寒が走った。
既に駆け足だった。
飾られた刀をすれ違い様に手に取り、構える。
臭いを追う。
それは、
此の館の主人の部屋の方へ―――]
「天賀谷さん!
天賀谷さん!!」
[狼狽、畏れ、焦り、恐怖、
様々な者が滲む声がする。
寝室前、一歩踏み込めば
そこは
地獄絵図]
――――な……
[翠は呆然と眼を見開き、
紅で塗りつぶされた部屋に立ち尽くした。]
……だ、んな、さま……?
いけない!
このままでは……
[私は慌てて床に広がっている天賀谷の臓腑をかき集める。白くぶよぶよとしたそれを手早く彼の躰の中へと押し込んでいった。
そのさなかも、視線は周囲を彷徨う。
開かれた扉の向こうに、求めていた人物――さつきの姿を認めた。]
吟遊詩人 コーネリアスは、書生 ハーヴェイ を投票先に選びました。
[呆けていたが、さつきの姿に気付き、
翠はぎゅっと掌に爪を立てて己を叱咤した。]
さつき様!いけません。
早く、此方へ……!
杏さん、さつき様をっ
[さつきの身体を庇うようにしながら、
常に付き従うさつきのメイドを呼んだ。]
さつき君!
大変なことになったよ。
ああ、私にも一体どうしてこんな有様になったのか、うまく説明できないのだがね。
[さつきの向こうには翠の姿が見える。呆然自失とした表情で、瞳がかすかに揺れていた。]
ええと、天賀谷さんに一番近しい人――となると誰になるんだろうね。
私の認識に誤りがなければ、姪であるさつき君、君なのだろうが――。
[刀が人間よりはるかに鋭敏で、何かを感じ取って鳴ったと?
望月も己の刀にずいぶん常を超えた力の付加しているが如く言うものだと、普段ならば思ったかもしれない。
しかし空には赤い月、そして目の前でひとりでに鳴ったそれを目にした今であったので、どことなく説得力も感じた]
分かることを伝えたかったのかもしれない刀、ですか…
[一瞬思案し]
…実は先ほど階上から何か叫ぶ声を耳にしたような覚えがありまして、気のせいかもしれないのですが気になっております。
私も、失礼します。
[剣術の心得があるだとかいう翠も、また敏感に何か感じ取ったのだろうか?
迷いを見せない足取りで食堂を出て行くの彼女の姿もやはり気がかりに拍車をかけ、刀に水が入ったか検分でもしたらしい望月に頭を下げてから、万次郎も階段を上がった]
[水浸しの青年と、それを必死に拭く使用人の姿を笑いを堪えながら見つめていると、何やら外から喧騒が響いている]
……はて、随分と騒がしいですね?
[何か異変を感じたのが、女中どもが駆け出す。]
……まあ、おおかた天賀谷翁の容態でも変わったのでしょう。あそこには医者がいます。あとは屋敷の方とお医者様に任せておけば宜しいでしょう。
[何やら落ち着かぬ様子の杏にそう声をかけ、改めて紅茶に口をつける。
飲み干したのを見計らうや否や、少女は二杯目を注ぐ。少し濃くなった水色に、ミルクの白がくるくる、狂々と溶けてゆく。
その白魚の如き少女の手を見つめる瞳の奥底に、微かに好色の種火が灯った]
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