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―天賀谷私室前―
[遠巻きにこちらを見ているメイドに気づいて差し招く]
……花と、香を。あの人はたしか伽羅を好んでいた。
[香華を頼み、首を持って室内へ向かう]
―2F・コレクションルームを兼ねた書斎―
…屍鬼は胴から首が離れれば死ぬし、心臓を貫かれても同様。人間とそう変わらないってわけだ。
[...はそこに先刻まではあった人の気配、あるいは今も居るのかもしれぬ人の気配にも、今は気を配ることをしていなかった。
あたりをつけていた物――天賀谷のコレクションの一つであった、見事な装飾のナイフへとまっすぐ向かい、それを手に取る]
これがいい…刀など俺の手には余る。
これならば大き過ぎず、刃も長くはないが…
[覆いを取って刃に指を這わせれば、僅かな力で指に赤い線が滲む。
指を口に含む万次郎に表情はない]
…生き物の肌を裂くのに十分な鋭さだ。
心臓も貫けよう…それに、いつでも持ち歩ける。
身を守るのにはぴったりだろう。
[ズボンのポケットにナイフを滑り込ませると、お仕着せの上等な薄い生地に形が浮かび上がりそうになるのを、燕尾服のテールで隠した]
――二階/書斎――
[ふう、と困った顔でさつきは杏をじっと見た。苛立ちの色がほんな一瞬だけ浮かび、直ぐさま掻き消えた]
部屋の中だからでしょう、杏?
貴女の影だって、翠さんや枚坂先生の影だって、今はぼやけていることでしょうに。
大した差では有りません。其れは先程の浴室でも、見ていたでしょう?
[江原に背を向けつつも]
……天賀谷さんは死んでしまったが、江原さんはまだ生きている。
詫びたければ、今からだって詫びられるんじゃないだろうか。
[首を机に置いたのは、さつきにも見えるだろうか]
[さつきに頷き、後を追う。
途端叫び声が聞こえ]
杏さん!?
[足早に近づいた。
杏がさつきの足元を見て震えているようで]
『……影が。』
[無い。
翠は眉根を寄せた。
確かに、自分の影もぼやけているが、しかし。]
[江原を振り返る。]
…死ねば会えず。
其れが常で────だから、死が怖い。
[突然に足元に転がされた銃に驚く。
──…慌てて拾い上げた。]
屍鬼は、内でも外でも等しく在るやもしれません。
あたしは、雲井さまのことをよく存じませんけれど、外から来たというだけで信用しないということはありません。
―天賀谷寝室内―
[メイドが亡き主のために焚く香が、清い薫りを放つ。しかし、血に澱んだ空気が早々晴れるものではなかった]
……屍鬼を、斬る。
[静かにそう告げた相手は、もしかすると天賀谷だったのだろうか]
[夜桜の言葉に、苦笑を浮かべ。]
そうだな。
誰も信用しない、のが正しいのかも知れない。
君には、何故だか信用して欲しかったんだが……ね。
[そうして幾らかほっとした所で、ようやく同じ書斎内、――しかし彼女は書斎内から天賀谷の部屋へと続く階段の所へ居る――に気付けた。
共に居るらしい杏と呼ばれていたメイドが、騒いでいるらしいのが聞こえる]
一体……?
[ズボンの上から先ほど己の命を守るものとして拠り所にしたナイフに触れつつ、そちらに向かっていく。
しかし何事かと目撃する前に、さつきは天賀谷の部屋へと上がっていったようだ。
そこへ居た翠に尋ねてみる]
先ほどの声は、何だったんだ?
…どうして。
[呆然としたまま。
此の銃は、脇を開いて構えるのだ。其れが米軍式だ。
撃ち方は見ただけの知識ならば知っている…──何度も見た。 ]
――三階/十三の部屋――
[窓からは妖しげに変化する光が差し込み、各人の影を床に落としていた。濃淡入れ替わる其の中でも、やはりさつきのものだけがはっきりと薄い。そうと確認し、さつきは溜息を吐いた]
ふぅ。誰か、私の事を見たのね……。
私にも、其の血は流れているようだけれど。
……ただ。
私を見たのならば、私が人である事は判っているでしょう。
そして私は、杏を見ました。杏は疑いなく人です。
その次に見たのは――いえ。
正しく云わなければね。
藤峰さん。
[声に振り返り]
今の声は、杏さんの声よ。
その、何と、謂うか。
……さつき様の影が―――
[そう謂って、
藤峰を促すようにさつきの足元を見遣った]
―天賀谷自室
影……
[さつきのそれが薄いものか濃いものか、部屋にいくつか置かれた燭台や天井灯、間接照明といった複数の光源に散らされ、私には察しがつかなかった。
翠が刀を抱えていることに、先程から感じていた違和感をぶつける。]
おや、翠さん。
その刀は書斎で整理してたとかではないんですか?
天賀谷さんの部屋にまで持ってきて……
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