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見習い看護婦 ニーナは、学生 メイ を投票先に選びました。
―三階/天賀谷自室前―
仁科君、君は此処の家内でも、一番確りした人じゃないか。
[望月の抱えているものに、一瞬視線を移し。]
まあ……。
これじゃあ、どんな大人でも落ち着いては居られないかも、知れないがね。
──…あ。
[仁科は雲井の目の前で、抱えたままだった十三の書付を取り落とした。ページが捲れ今は既にこの世には無い、懐かしい十三の文字が見えた。
慌てて拾おうとする。]
―2F、書斎―
……。
[刀を手にしたまま、翠は立ち尽くした。
雲井は声のほうへと歩いていってしまう。
後には、血文字と。]
……誰が。
[誰が屍鬼か。
仁科や、藤峰が。ひょっとしたら夜桜も。
肩代わりしてくれると謂ってくれた由良青年も。
誰もがその可能性を孕んでいる。
そして自分も他人から見れば、“そう”なのだ。
血でべたつく身体を引き摺り、
翠は書斎を後にする。]
―書斎→庭へ―
[廊下にしゃがんだままの姿勢で、雲井を見上げ首を横に振る。]
違うのです、雲井様。
…自分は、望月様に旦那様の首を落としていただけて、安堵したのです。
良く知った旦那様が屍鬼に成ってしまわれたら。
それだけもで恐ろしいですが。
其の鬼に襲われたらなんとなるでしょう。
自分は藤峰の様に清い心では無く。
……怖いと思いました。
『己が殺される事が。』
[何故にか。
揺れる仁科の視界の中で、夜桜の首筋が白く甘い密の様に浮かび上がる。]
──…夜桜さんを、 喰らってしまいたい──。
そう、あたしの名はあの場にありませんでした。
[夜桜という──偽りの名は。
だが、それ以上望月には言わずに。
私室の前では、何時の間にか仁科達がやってきていた。]
[此の感覚は一体…──。
生きた女の柔らかな肉に対する渇望と、背中を滑る氷の様な感覚。
冷えきった死びとの様な指先を──…
異界の中で、 仁科は──…夜桜に………。]
[仁科に頷く。]
恐いのは……皆同じだろうな。
判って居なくとも、直に気づくはずさ。
それに、早く気づいていた君は、敏いな。
[覚束ない手つきで仁科の拾おうとする書物の、ページの間から、紙葉が廊下に散らばった。]
それは……書斎に在ったのか?
[──首を振る。]
麓の村で、屍鬼の所為で滅びた一家の話を聞いたばかりだった所為でしょう。
妹が屍鬼になってしまったかもと。
鎌を手に取った男の話を──…聞いたばかりだったのです。
[散らばった紙片に目を落とす。
其処には十三の字で、水鏡の効果について書かれている。]
──…影見?
―庭、井戸前―
……。
[空は矢張り朝と夜の狭間を彷徨う
怪しげな色をしていた。
翠は服を脱ぎ、徐に井戸の水を頭から被った。]
……彼岸を覗く者は
……また彼岸に覗かれているの。
[ざばり、ざばり。
白い肌を澄んだ水が濡らしていく。]
死は隣にある。
囚われない様に、私は―――
―天賀谷自室
後悔……
[夜桜の言葉を反芻する。振り返れば身を裂くような悔恨はいくつもあった。だが、それをどのような言葉で表せたものか。
私は、抱えていた風呂敷包みを解き、天賀谷の寝台脇の椅子の背に立てかけた。]
この絵を描いたロセッティという人は仕様のない人でね……。
婚約者の女性を崇め奉る心から、その女性に生のままの感情を向けることができなかった。その人と結婚しても、別の女性に心移りをした。
そのことが、奥さんを自殺に近い薬物による事故死へと追いやった。
彼は、奥さんの亡骸を自分の書いた詩と共に埋葬した。
彼女への哀惜の思いは死後尚も募り、それが彼に代表作となる『ベアタ・ベアトリクス』を描かせた。
だが、彼は禁忌を犯すことになる。
ある時、奥さんの埋められた墓を曝いたんだ。
妻と共に埋葬した詩の草稿が惜しくなったためだと云われている。
彼は墓から甦った詩で文学においても名声を博した。
水盆の中に、屍鬼の真実の姿を──…見る事が出来る者が居ると──…。
居ると書かれています、雲井様。
必ず、一人は居るだろうと……。
…此れは。
[少し嬉しそうな。]
―天賀谷私室前―
そうだったな。
『だとすれば、夜桜を屍鬼と疑わなくて良いのか』
『永らえて、万一の時も俺の首を斬ってもらえるのか』
ならば、良かった……。
[そう言ったとき、雲井と仁科の近づくのが見えた]
けれどね、その後……
――妻の亡霊が彼の前に現れるようになった。
彼は結局、亡霊にとり殺されるように、衰弱して亡くなった。
因果応報だ、と云う人もいるだろうね。
彼は、婚約者を愛していたのなら、愛し続けるべきだった。
愛がないのなら、結婚するべきじゃなかった。
詩を手向けたのなら、惜しむべきじゃなかった。
突き放せば、正論を云うことは簡単だろう。
いつも正しい選択をしていれば、決して悔いることがないんだろうか?
だが、正しいことなんて簡単にわからない。
目を凝らせば凝らすほどに、真実は曖昧な境をたゆたっているんだ。
過ちは悔いることなく忘れ、
なにものにも執着することなく、
ただ一人なのだと割りきるなら、
屹度自由なんだろう
だがそれじゃあ……
……まるで幻のようじゃないか……
[最初は夜桜になにか言葉を返すつもりだったはずの言葉は、誰に向けられたものなのか行方を見失い、ただ静かに死者の横たわる室内の虚空に向けて消えていった。]
[刺すほどに冷たい水が全身を滴った。
それは禊。
血を洗い流して穢れを祓う。]
―――人が人を殺すなら、
私は私の務めを――――
[先程心で呟いた言葉を、今度は唇に乗せる。
肩代わりを―――
そう謂った青年を思い出し、眼を伏せた。]
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