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農夫 グレンが「時間を進める」を選択しました
[まだ半分以上残っていた煙草をもみ消し、口の空いた箱も、鞄の奥に押し込む。またしても胡坐をかいていたデスクの上から跳ね降りたとき
───幾人かの咽喉から発せられる悲鳴。]
何だ?
[聞こえた声の大きさから察するに、ここからさほど遠くはあるまい。]
様子を見てくるか。
─回想・3F自室→3F天賀矢私室前─
[廊下に出る。翠・藤峰・望月らが、相次いで階段を上って来、一様に向かう先は天賀矢の部屋か。
自分も後を追って、廊下から見たものは]
……っ!───これは……
[体から血を噴出し、内臓を吐き出し、およそありえない状態でいるのは天賀矢。
2階から駆けつけた者たちや、元からここにいた者、無論自分にも*なす術はない。*]
―2階・食堂―
[騒ぎを尻目に、一人天を見上げている。
皆の様子から大まかな事態は把握している。]
……不死か。愚かな。天命……だな。
[顔色ひとつ*変えない*。]
─天賀谷家・庭一隅─
[片膝をついてしゃがみこみ、地面にそろえた右の手指を突き立てる。
かれこれ、三時間以上もこの動作を続けているだろうか。
にもかかわらず、不思議と指先を傷めた様子はない。]
やれやれ、長いことサボってたのは覿面だな。これじゃぁ、何かあったときに間に合いやしないんじゃないか?
……でも、何かってのは何なんだろうな……
[昨晩。奇怪な死を遂げた天賀谷。屍鬼に取り付かれての事か。]
首を刎ねねばならんかもしれんと望月さんは言っていたな。その場合は自分がやる、と。やはり腕に覚えのある人だったか。
[一人ごちつつも、地面を突く動作は決してやめない。]
──黄泉平坂。
ですわね。
[翠、藤峰、望月が次々と食堂を後にする。
夜桜は、江原へと一瞥を向けた。妖しげな色香を、ひとひらでは、微かにしか感じぬ桜の匂いのように、纏っている。]
この様子、天賀谷さまは死んでしまったご様子。
[食堂に隣接するホールからは、よく調律されたピアノから澄んだ──だが物悲しいメロディが流れてくる。三階の悲惨な場景に比べると、未だ美しさが際立つ音色である。]
[夜桜は、三階へと向かう──。]
──二階食堂→三階へ──
[椿は落ちる時に花より落ちる。
ぽとりと。首が落ちるように──。
夜桜が辿りついた時には、女──大河内碧子が崩折れた時であった。だが、その様にも表情を変える事はない。施波が、藤峰に指示をやっているが、藤峰はその指示に従う事をしぶっている。(どうやら職務としてのものを望まなくなっている。)]
[ヒューバートが屍鬼について語っていたことの断片が脳裏に浮かぶ。]
「まぁ、屍鬼ってやつはヴァンパイア的なものと考えても間違いではないようだ。」
とすると、心臓に致命的なダメージを与えることでも滅ぼすことができるってことになりそうだ。
なるほど、それで俺は……
[自分が延々とやってきた事の意味にようやく気づいたようだ。
半ば無意識の行動の理由を認識できてほっとしたせいもあろうか、
ふと動作をやめ、立ち上がってあたりを見渡す。
ここに来たとき見惚れた花。今は月と太陽の相反する性質の光に照らされているせいか、禍々しさを孕んだ色に見えてしまう。]
[「自らの命」を一番にと考え始めているのだろう。既に出来上がっている人間関係が崩壊してゆく──否、そのようなものは簡単に崩壊するのだ。薄氷の上に、現実は成り立っているのであるから。
夜桜より見れば、藤峰もスクリーンの中の登場人物の一人であり、薄膜の向こう側に存在(い)る人物なのであった。]
―自室―
う……。
[緊張の糸が切れたのか、刀を抱えたままベッドに倒れ込んでしまう]
いけない、刀の手入れをしないと……。
[呟くが、長時間の素振りに疲労していた身体は、本人の意志に従わない。瞬く間に眠りに落ちてしまう。
望月は曖昧な時間の中で、切れ切れの夢を見ている]
[立ち上がってみると、咽喉が渇いていたのに気づく。]
食堂にでも行って、紅茶でもいただいてくるか。……でもそういえば……、
ここの主人が亡くなったとなると、ここで働いている人たちはどうなるんだろう?
[気のいい青年に見えた藤峰、なかなかに利発そうな翠、温厚篤実を絵に描いたような施波といった人々の顔を思い浮かべる。
自分がどうこうできるものでも、自分にそういう力もないのを承知で
彼らの今後がどうなってしまうのか、と考えつつ屋敷へ戻る。]
──三階/天賀谷私室──
[施波や集まっていた他の使用人達から、この場で起こった事の大体のあらましを聞いた。施波の制止も聞かず、夜桜は静かに室内へと入る。
ひたひたと寄る血──女の陰より溢れ出す血のように留まる事はない。臓腑と吐瀉物の入り混じった臭いにおいが室内を満たしていた。
天賀谷は寝台の上に寝かされている。]
屍鬼とし、黄泉還ろうとするならば首を斬るしか道はないと思います。主人、天賀谷さまの御意志がどうであろうとも、黄泉に逝ったものは現世へ戻ってはこれぬさだめ。
還ってこようと、それはもう黄泉の国の住人なのです。
[室内へ、おっとりとした夜桜の声が満ちた。]
─庭→2F食堂─
[食堂に入りかけたメイドを見かけて、紅茶とマーマレードを頼む。
入ってみると、江原が一人立っている。]
よう。お前さんも落ち着かないのか、この異常事態で。
主人として見えようと。中身は違おうておるでしょう。
[屍鬼から喰われれば、単なる死者に成り下がるのみであろうが。]
[天賀谷自身が黄泉還ろうとしている様子はない。] [が]
[夜桜は、この場の一時的なる纏りを与えるため、単なる意見として述べたのであった。]
[境目たるこの異界にて、蠢く血液。屍鬼と化そうとはなさぬものの──吉凶の類ともまた違う予感を、夜桜に齎した。]
―3F客間―
……血が。
血が止まらない。
何なの、此れは……。
[不吉な紅い河は屋敷を這いずって行く。
夜桜がその根源へと歩みを進めていく。]
夜桜さん、いけない――……
[囁くような声しか出ない。
それでも翠は制止の言葉を掛けた。
夜桜は止まらない。
彼女の落ち着いた、静かな声色が響く。]
―――……。
[奇妙なもので、夢の中でまで望月は鍛錬をやめない。
素振りではなく、据物斬りをひたすら続けているのだ。
畳を斬り、竹を割り、生木を倒し、堅い陣笠をも断ち切った。
鮮やかな切り口を見せて転がる据物に飽きたらず、石灯籠に斬りつける。其れすら他愛なく二つに斬れてずり落ちる。
斬る。斬る。斬る。
――しかし、足りない。こんな事を己は欲しているのではない]
オキナワ、ね。
[自分と江原は所属が違っていたため、同じ戦場に立つ事はなかった。
もっとも、オキナワの戦地の模様は聞いたことがある。悲惨を極める状況だったらしい。]
『……でも、ダッハウも相当なものだったんだがな』
[口には出さない。体験した戦地の悲惨さ比べなど、悪趣味というものだろうし、
語りたいものでもなかったから。]
―書斎―
[上階に集まった人々の騒ぐ声が、何故か遠いものに聞こえる。
書斎は奇妙に静かだった。]
『誰も彼も、天賀谷の部屋に集まっているのだろう。
となれば、今の内に……』
[書き物机に寄って、抽出を検めようとする。
奇妙な音に気づいたのは、その時だった。]
『水音……?』
[階段の方を見やる。
――ぴちゃり。ぴちゃり。
階段の暗がりから、何か暗い影が床に広がって、窓から入る明かりに照らされた領域に侵入した。
暗黒が、光に触れて、赤黒い色彩を帯びた。]
[オキナワ―江原が活躍した戦場でもあり、
同時に彼の故郷でもあった。]
……私は名誉と引き換えに、大事なものを失ったのだよ。
[左手で印綬に触れる。左腕の動きがぎこちない。]
………まあ、私の話はいい。
聞こえた話によると、天賀谷氏の首を刎ねる刎ねないで
揉めているようだな。違うか?
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