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[ネリーはリックの父――ノーマンの元で3年、あるいは4年ほど住み込みとして働き続けていた。
ヘイヴン育ちのネリーであったが、社会、特に裏に潜む社会にとっては無知に近かった。ノーマンはそこに目をつけた。
ノーマンは家族、特に子供達の前では特に、ネリーが見える部分ではネリーへの対する仕打ちというものは見せなかった。
だが隠れてネリーに人として許されざる事、踏みにじる行為を続けていたのだ。]
―シャーロット自室―
[私は、制作への昂ぶりに僅かな緊張を感じながら、シャーロットの自室の扉をノックした]
シャーロット、いるかい?
[扉を開けた彼女に、微笑みかけながら問う。]
今から、モデルになって欲しいんだが、大丈夫かな。
時間はそれほど長くはかからないと思うんだが。
[ステラの説明が耳に入るのが一瞬遅れたソフィーは、
急な移動に軽い貧血を起こし、腕で身体を隠すように蹲った。]
そう、ですか。
ローズさんの──。
すみません、ご迷惑をお掛けして……。
[眠っていた女性の目が覚め、ローズマリーとステラは彼女にかかりきりになった。
階下の店入り口で聞こえるドアの開閉の音には気付かないようだ。
続いて、不機嫌な男の声が聞こえてきた。]
[ネリーは生き抜く為に真実を隠し続けた。
そうする事でしか、生きる術がなかったのだ。
もし真実が公になれば、州をあげての大問題になるであろうな程、虐待、蹂躙はエスカレートしていた。
そして遂に――ネリーの感情が暴発したのだ。]
[突然立ち上がったソフィーに、わたしは一瞬だけ戸惑うがすぐに毛布で体を包んで]
落ち着いて…落ち着いてソフィー…。
お父様は大丈夫よ。それよりあなた…まだこんなに身体が熱いじゃない…。大人しく寝ていなさい。お父様の前にあなたがどうかしちゃうわよ?
[少しきつい口調で彼女を制する。普段はこんなきつい声なんて、出した事はない。少なくてもこの町の人の前では。]
いるのか…いねえのか…どっちだ。
[そう呟いて、ピアノの前に座る。
話し相手がいなければ、無性にピアノが弾きたい気分。
誰かいれば、その音で現れるかもしれないと思った。]
構わないわ、ソフィー…。それより体調はどうなの?
このまま休んでいても…大丈夫?
[落ち着きを取り戻したソフィーを抱かかえるように腕を回し、肩を静かに叩いた。]
殺してやる――っ
[ノーマンはネリーの静寂にも烈火の如き感情を不意打ちとは言えまともに受けた。
結果、ノーマンは激しく傷つき、瀕死の重傷を負った。
社会復帰を要するのに、数ヶ月の時間を要した。
官憲力、法廷その他へネリーを突き出す事は容易ではあったが、自分の首も絞まる可能性を憂慮し、訴える事はなかった。
だが、ノーマンも然る者。恐るべき報復がネリーを待ちかまえていた。]
[階下から男の叫ぶ声が聞こえて来て、
部屋の入り口に目をやると、いつの間にそこにいたのか、
見知らぬ人影が足音も無く部屋を出て行く所だった。]
あの人は──…。
[一瞬見えた人影は、どこかで見た事があるような──。
ソフィーの意識が一瞬記憶の中の人影を求めて彷徨う。
しかしすぐに、ステラの声に現実に引き戻された。]
……あ、え、えぇ…。
[見た事のないようなきつい口調に気圧されたように頷き、
掛けられた毛布を手で押えてベッドの縁に腰掛けた。]
今開けますよ。ちょっと待ってて下さい。
[と大声を張り上げながら階段を下りると、フロアに置いてあるピアノの前に黒人の男が一人立っているのが見えた。]
すみません。ベアリングさんはちょっと今取り込み中なんですよ。
だもんで店は開いてないんです。
[こちらに、近づいてくる人の気配を感じた。
幸運なこと。そう思った。そして、世界で最も嫌いな
曲を、無性に弾きたい気分になってきた。]
Oh, say can you see,
by the dawn's early light
What so proudly we hailed
at the twilight's last gleaming?
[アメリカ人なら、誰でも知っている曲。
吐き気がするほど、パトリオティックな。]
[扉に手をかけたまま、首を傾けてにっこり笑う。ヒューバートについて、アトリエへと降りて行く。]
今からって。
いいけど、さっきの荷解きは終ったの?
……今日はどんな風にするのか教えて?
[ノーマンはネリーを――最早拷問と言っていいだろう。拷問にかけ、ネリーの身体の一部をごく僅かながら、切除してしまった。
激しく傷ついたネリー。 ネリーは真実を今もひた隠しにして生きている。
主治医のデボラ意外には誰にも、親にさえも言っていない。
ノーマンが彼の家族へリークしていれば別だが、それでもこれらを知る人々は皆無に近いであろう。
余程の事が無い限り、ボブにも気づかれていないはずだ。]
[ニーナの服――雨のにおいがする、ずぶ濡れの布たち――を手にして部屋を出る。]
ニーナが風邪ひいたら……どうしよう。
せめて、洗濯だけでも……。
[勝手を知っているはずの家の中を「探し回り」、ニーナの“兄”はシャワールームの近くにある洗濯機を見つけた。中に入っている「見慣れぬ」男物の洗濯物を全て外に放り出し、“妹”の服の洗濯を優先しようと、スイッチを……]
……あれ?電源……入ってない?いや、違う……
ああ……停電……か。
[“兄”はガクリと肩を落とすと、“妹”の服に含まれた水分をシャワールームでできるかぎり搾る。]
[家の中を物色し、小さな倉庫から燭台を取り出す。十数年前のクリスマス以来使われていないらしく、すっかり埃まみれになっていた。もしかしたら火をつけただけで火事になるかもしれない――そんな奇妙な不安はあったが、無いよりはましだと“兄”は思い直した。]
[気休め程度に水気を搾った“妹”の服と、古めかしい燭台を手にし、“兄”は再び2階の寝室へと戻った。]
……
[薄暗い部屋の中で何とかやる事は終えると、所在なさげに自室のベッドへ倒れ込む。
綿の心地よい感触に普段なら安心する筈なのに、今は頭から離れない昔の記憶にまた嫌悪を抱く。
最後に兄と寝たのはこの部屋だったか。
どうして最後になったのか?
それは兄が死んだから。
確か警察の調べで兄は『自殺』と診断されていた。
兄の引き出しから遺書が出てきたから。
傍目には人にも恵まれ、優秀だった兄がどうして自殺?
小さな町で少し騒がれた事だったが、思春期であったことから何か自分達の知らない悩みでもあったのだろうと事は済んでいた]
兄さん…。俺は…
あなたは、この前私がピアノを弾いているときに
ここに訪れた方ですよね。ここに厄介になっているのですか。
[手元で、例の曲をポロンポロンと弾きながら答える。]
いえね、何となく話し相手が欲しい気分でしたから。
何か取り込み中であれば、これ一曲弾いて帰りますから。
[そう言って、嫌いな曲の続きを弾く。]
Whose broad stripes and bright stars,
through the perilous fight.
あの人…?
[ソフィーの言葉にわたしは振り返り、今当に出て行こうとするギルバートの後姿を黙認する。]
あぁ、ギルバートさんね。ここでお世話になっているそうよ?わたしもついさっき知ったんだけど…。
それより…お父様の事はわたしに任せて?まずはあなたの具合を治す事。良い?
まあ、ソフィー、気づいたのね。
よかったわ。
外は嵐で。
お父様が心配だったし、こっちに連れてきてしまったの。
勝手してごめんなさいね?
[ステラに再びねかしつけられたソフィーを心配そうに見下ろした]
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