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天賀谷邸に向かう車の中で来海はこれまでの人生を振り返っていた。
(ようやくこの時が来た……)
彼の元に師である石神井から電話があったのは3日前のことだった。
石神井『ここだけの話にしておいて欲しいんだがね、近いうちに選挙がある』
来海『いよいよ解散ですか』
石神井『吉山はよく粘ったが、もうこれ以上の続投は鳩田が許さんだろう』
来海『先生はどちらにつかれるおつもりですか』
石神井『私は私だ。それより君のことなんだがね』
──別荘/庭──
[車を定位置に停車させようとして、トレーラーを牽引して来たと思しきリンカーンが停車している事に気付く。]
おや、立派な車だが、トレーラー?
招待客なのだろうね。
話がしてみたいと言ったなら、天賀谷様に叱られてしまうだろうかねえ…。
[首を捻る。]
来海は静かに息を飲んだ そして電話の向こうから聞こえる声に全神経を集中させた
石神井『禊ももう済んだだろう、大衆は忘れやすい生き物だ』
石神井『党の説得は私に任せろ。いきなりの復党が難しければ、当分、表向き無所属ということにしておけばいい』
来海『有難うございます』
石神井『ただ、君が出る予定の地区なんだが、労産党が吾妻という学者を引っ張り出すというもっぱらの噂だ』
来海『吾妻、ですか……』
石神井『分かっているとは思うが負けは許されんぞ』
吾妻は新進気鋭の経済学者で論壇の寵児だ。
彼は、戦時中、数多くの自由主義者やマルクス主義者たちが国家主義へ転向してゆく中、大学の自治を頑なに主張し、当局に批判的な姿勢を崩そうとはしなかった。しかし、それは吾妻家という名家に生まれたが故に許されうる恵まれた反抗でもあった。
彼への執拗な批判は、戦後突如として賞賛へと取って代わった。将に日本が転向した瞬間だった。彼はこの体験をしばしば皮肉をこめて講演し、脚光を浴びた。
来海は吾妻のような人間が大嫌いだった。究極的に自分の手を汚さず、安全圏から正論ばかりを吐く人間。それは、これまでの彼の人生が決して平坦なものではなかったことに由来する。
[少女の血筋が米国か露西亜か英吉利か、詳しい身の上は知らず、また詮索する気もなかった。
ただ、人里離れた屋敷にある彼女の姿には、此処が俗世とは隔たった場所であるかのように幻惑させられるのだった。
私は礼をいい、部屋の中へ入っていった。]
きっと、御会いになれると思います。
揃われた際の晩餐会の準備も仰せつかっていますし。
[実際、この屋敷の主人は顔を滅多に出さない。
翠をはじめとする使用人たちには何も詳しいことは分からなかった。
―――医者が必要なら。
枚坂の言葉に笑みを浮かべて頷いた。]
其の時には頼りにさせていただきますね。
後で、御茶をお持ちします。
[夜桜が御茶を淹れに厨房へ向かっていたはずだ。
程なくこの扉を叩くことだろう。]
はい、ゆっくりお休みくださいませ。
来海は保守的な地方で商家の妾腹として生を享けた。
彼の母は来海を生んですぐに死んだ。貧農の出身で口減らしのために女衒に売られ、来海の父に囲われ、来海を生んだときはまだ20歳だった。
来海は親の愛というものを知らない。売春婦の息子として蔑まれ、生家での虐待に耐えかねて12歳のとき東京の親戚を頼って家を出た。それは来海家にしてみても体のよい厄介払いであった。
上京後、来海は劣等感をバネに苦学した。大学を卒業し、新聞社に職を得ると時流に乗って国家主義賛美の論説を書き散らした。
それは思想の表明や発露というよりも、これまで彼が抑えていた感情の爆発だったのかもしれない。
[頭を下げる翠前の扉が閉じられる。
顔を上げ、踵を返すと聞きなれたエンジンの駆動音がかすかに鼓膜を振るわせた。]
――ああ、仁科さんかしら
『いけない、早く行かないと』
[翠は小さく呟くと、足早に玄関に向かった。]
あるとき、来海の記事に目を留め声を掛けたものがいた。それが石神井だった。
石神井は来海の『力』への異常な執着を面白がり、その歪んだ情念を気に入った。そして来海にある男を紹介した。こうして来海は天賀谷の知遇を得ることになる。
やがて、来海は石神井に手を引かれるまま政界入りした。
彼を待っていたのは政治の暗部ともいうべきヘドロのような仕事の山だったが、天賀谷の経済的支援を受けながら、彼は石神井の懐刀として根気強くどんな仕事もやってのけた。
――別荘/庭――
[無意識にも感じていた振動が収まっていることに気づいてか、さつきは目を開けた。視界は未だぼんやりと霞む。とはいえ窓の向こうに、市中でもそうは見かけぬ豪壮な屋敷の姿を認めるにはさして間を要しなかった]
……ん……着いた、ん……?
日本の先鋭化が進むたび、来海の手は泥と血に塗れた。そして終戦を迎えたときには、もはやその汚れを落とすことは不可能だった。
石神井が公職追放になり、天賀谷が狂気に犯されてゆく中、来海を守るものは誰ひとりとしてなく、彼は旧時代の無用の政治家として糾弾された。
すべてを犠牲にして築き上げた地位と権力を失った彼は、石神井先生が公職追放から解除され政界に復帰したときも獄中にいた。
―階段→エントランス―
[途中で茶器を運ぶ夜桜とすれ違い、
翠は部屋の場所を指し示した。
よろしくね、と謂うとまたエントランスへ向け歩き始める。]
今、来海は最後の再起の機会を迎えていた。
次の選挙は必ず勝たねばならない。そのためには天賀谷の全面的な協力が不可欠である。
来海は逸る気持ちを抑えながら、車を天賀谷邸に走らせていた……
[運転席から届いたアルトの囁きも、ただ穏やかに響く音の塊のようにさつきには聞こえていた]
……ぅ、ん……?
[頭を上げようとしているのか、其れとも安楽な姿勢を探っているのか、さつきの様子は判然としない。助手席からそれを眺めた男性は、苦笑した風で車を降りた]
[さつきの座っている運転席後部の扉に歩み寄った男性は、仁科に断りを入れてその窓をノックした。コンコン、と振動が伝わり、びくとしてさつきは身を震わせた]
……ぅぅ……っ、んっ!?
[頭を振り、目的地に到着したことをようやくはっきりと認識した様子でさつきは大きく一呼吸した]
あ……っ。
寝てしもてたんかな、うち……?
[深い森から糸杉の並ぶ庭までの境界線や塀の様な物は見当たらず、其れは天賀谷の所有する土地の面積の広さをあらわしても居た。
扉を開き乍ら、麓よりも更に暗い闇の中に浮かび上がる天賀谷自慢の西洋建築の山荘に視線を流す。石造りのアーチと何処か教会の窓枠にも似たの金属の曲線の形が、特徴的な形をしている。]
[近付いていた使用人に、二人分の部屋を用意する様に伝える。
さつきを覗き込み、]
直ぐにお部屋とおやすみ前のお茶を用意させます。
其の使用人について三階へお上がり下さい、さつき様。
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