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逃亡者 カミーラ は、学生 メイ を占った。
次の日の朝、自警団長 アーヴァイン が無残な姿で発見された。
……そして、その日、村には新たなルールが付け加えられた。
見分けの付かない人狼を排するため、1日1人ずつ疑わしい者を処刑する。誰を処刑するかは全員の投票によって決める……
無辜の者も犠牲になるが、やむを得ない……
そして、人間と人狼の暗く静かな戦いが始まった。
現在の生存者は、見習い看護婦 ニーナ、見習いメイド ネリー、書生 ハーヴェイ、未亡人 オードリー、異国人 マンジロー、冒険家 ナサニエル、学生 メイ、医師 ヴィンセント、鍛冶屋 ゴードン、逃亡者 カミーラ、農夫 グレン、吟遊詩人 コーネリアス、お尋ね者 クインジーの13名。
――二階/食堂→三階/自室――
[議論にまで発展しかねなさそうに熱を帯びた会話は穏やかに終結したと見えた。さつきは内心の安堵に胸を撫でおろしつつ、退出のために声を掛けた]
済みませんが、用事がありますもので。
失礼しますわね。また、後ほど。
天賀谷さんは今は落ち着いている様子ですよ。
むしろ、常軌を逸して異態となっているのは天賀谷さん以外の――この外の風景かもしれませんが。
[私はこの別荘の有り様をむしろ冗談めかして語った。それが私自身の幻想であればよいと願いながら。]
書生 ハーヴェイは、学生 メイ を能力(守る)の対象に選びました。
医師 ヴィンセントが「時間を進める」を選択しました
[席には既にさつきが着いていた。
形ばかりの笑みを返すと、杏とかいう女中に促されて着席する。
邸内にいる使用人とは別に自分着きの使用人とは、いいご身分だ]
おはようございます、さつきさん。
そうですね……それでは紅茶を戴けますでしょうか。ミルクは別に、砂糖は要りません。
[微かに強張った表情で着席する]
……昨晩は体調を崩されていたようですが、お加減は如何ですか?皆様随分と心配なさっていたようですしね。
それに……この空ですから。
[中空を見つめながら、呟く]
逃亡者 カミーラは、見習い看護婦 ニーナ を能力(占う)の対象に選びました。
逃亡者 カミーラは、医師 ヴィンセント を能力(占う)の対象に選びました。
[工具を片付けると、食堂へ戻った。
入るときに、先ず一礼。
何時になく穏やかな調子と表情で言葉を紡ぐ江原に向け、控えめにお辞儀をして報告を行う。]
御部屋の修繕、
完了いたしました。
また何か気付いたことがございましたら
何なりとお申し付けください。
[それから、集った人たちへと飲み物を出す為に厨房へと向かった。]
……?
[...はさつきの目線を追って、だんだんと高まっていく興奮も露に、万次郎にはずいぶんと前時代的にも思えるサムライ像を望月へと語って聞かせている江原にちらりと目をやる。
彼を見てのはにかむようなさつきの笑み方に何を言われるのかとやや構えるが、背伸びをする様子に、何事か耳打ちされるのだと気付くと急ぎ膝をかがめ]
『枚坂以外にも誰か居るようだな。
少し待つか』
[明かりのない階段の上で、扉にもたれかかった。
気配を殺し、隣室の会話に意識を集中する。]
[――名を覚えていないのだと聞こえると、思わず噴出してしまいそうになったが、どうにか堪えた]
……今望月様と話されている、胸にどちらかの勲章を飾られたあの方のことでございますね?
[年若い淑女に名を覚えられていない事を江原に聞かせてしまい気付かれることないよう、何食わぬ顔で小さく囁くように答えた]
あちら、江原…
[別荘へと入る時改めさせて頂いた手紙に記されていた、下の名前までもを思い出すべく一瞬の間]
…江原健様でいらっしゃいます。
お尋ね者 クインジーが「時間を進める」を選択しました
お尋ね者 クインジーが「時間を進める」を取り消しました
森に半ば隠れちゃいますが、お天道様と一緒に真っ赤な薄気味の悪い月が…──ね。
[枚坂の横に並び、]
自分は、此処に勤めて非情に長いと言う訳じゃあ有りませんが。旦那様がずっと不死と屍鬼を求めていらっしゃったのは、昨日の今日で…合点が行く部分が有るンです。
お客人方や他の者の話を聞くに。
とうに無駄と言う気もしなくもなく、おそろしいのですが、十三様が一体、屍鬼をどうしたいのか…。
問い正しいたく。
麓の村につい最近、屍鬼が出たと──。
人死にが有った話を詳しく旦那様に伝えた、自分の責任のとしても…。
[十三を覗き込む。]
――二階/食堂→三階/自室――
[挨拶を返すコーネルへ、不躾とは思いながらも口早に云う]
すみません、先生。
父から言い付かった用件を、すっかり失念してしまって――杏は残しておきますので、御用がありましたら何なりと、此方へ。
叔父様の部屋に居ると思いますから、では、失敬!
[バタリ、と音を立てかねない勢いで自室の扉を閉めた]
『失敬、なんて。子供の頃読んだ探偵小説みたいな――ふふ』
[緊張したことの反動か、妙に可笑しげな気持ちを感じながら、荷物を収めた――半ばは出されていたが――鞄を手に取った]
[来海は使用人をつかまえると水を持ってこさせ、勢いよく飲み干した。そして枚坂のほうを向き直って尋ねる。]
枚坂といったか、お前。天賀谷の様子はどうだ。俺はあいつに話があるんだが、面会はできるか。
農夫 グレンは、鍛冶屋 ゴードン を投票先に選びました。
不死を求めていた……
奇妙な話です。
いや、社会的な成功を収めた人なら、誰もが思い描く夢なのかもしれないが。
でも、貴女の口ぶりを聞くと、もっと深い理由がありそうだ。貴女は何か識って――?
[私は天賀谷氏と彼女から視線を背けたまま、言葉を紡いでいた。酷く頭が痛かった。
この場所には、忌まわしい気配が満ちている――]
[足早に去るさつきの姿に内心苦いモノを感じながら、軽い会釈をする]
『全く、この私を無視とはどういう了見だ小娘が……』
[それは、恐らくは嫉妬。]
さて、杏さん、でしたか?
あの様子ではさつきさんはもう大丈夫なのでしょうね。
しかし、あのように衰弱なされた天賀谷老に御用とは、果たして何なのでしょうか……
―食堂―
[今更ながら水を飲んだ。汗が冷えてしまって、肌に張り付く服が少し気持悪い]
今が昼なのか夜なのか、分からん空だねえ。
[外を見やりながら誰にとも無く呟く]
カタ、カタカタ、カタ
[耳を押さえる。ああ、また鍔鳴りの幻聴が]
カタカタカタ、カタカタカタカタ、カタ
『もうだまされないぞ、大体刀など食堂には飾られていないのだ』
カタカタカタカタカタカタカタカタカタ……!
[しかしその音はやがて食堂に居合わせたほかの客の耳にも届くだろう]
―2F食堂厨房―
[食器を綺麗に片付けながら声を聞く。
昼なのか夜なのか分からない空。
西に紅い紅い月。]
ええ、
そう―――ですね。
朝からずっとああだから……。
[窓の外を見る。
皿を取り落としそうになって慌てて掴んだ。]
医師 ヴィンセントは、吟遊詩人 コーネリアス を投票先に選びました。
医師 ヴィンセントは、鍛冶屋 ゴードン を投票先に選びました。
――三階/自室→十三私室――
[其の手紙は、十三叔父に面会した時、必ず直接手渡すように、と父から念押しされていた物であった。間違いなく本人の元に届く事を必要として、さつきに送られてきた物であったのだろう]
……忘れて、た……うち。
……倒れはって、読んで貰えるんやろか……。
[不安げな呟きが唇を衝く。さつき一人しか居らぬ室内に、其の声は吸い込まれていった。それでも立ち上がって鏡に向かえば、映り込んだ中には明確な意志を宿した娘の姿があった]
……もしかしたら、目覚めていらっしゃるかも知れないじゃない。
……他の皆も、起きている様子だったもの。
[だが、さつきのつたない希いの言葉は、十三の部屋へと足を進めるほどに、春雪よりも儚く融け失せてしまうのであった――]
地震?では、なさそうだ。
[望月は食堂の壁を見回す。円月刀や甲冑の類はあるが、鍔が鳴る様な本式の日本刀は見当たらない]
これは……。
[はっとした。その鍔鳴りの音は、望月自身の持つ刀から発せられている]
[夜桜が食堂へと入ってくる。
手早く申し付けられた仕事を終わらせたらしい、翠もだ。
退出したさつきを見送り、それから入れ違いのような形で中へと入ってきた彼女に先生と呼ばれている男にも頭を下げた]
紅茶と…
[――ミルク。
新聞と牛乳を配達する鳶口少年は来なかった。
いつかは無くなってしまうかもしれないが、今はまだあったはずだ。
常に柔和な雰囲気を醸し出していると見え、それでいて異国風な面立ちの中の硝子のごとき碧眼が、時に人をひどく見下しているようにも見えてしまうのは気のせいだろうか。
…だからそんなシロタに、完全に新鮮なものではないと、さつきの師ならば肥えている舌を満足させられずに文句を言われねば良いがと思いながら、盆に載せたそれらを杏と呼ばれるメイドと話す彼の邪魔にならぬよう静かに運んだ]
…お待たせいたしました。
[枚坂が不自然に目を背けたまま語る事に気付いた。
帽子の奥から枚坂をじっと見つめる。]
『医者先生には、もしかして旦那様に死相が見えるのか…。
あたしでも何か不吉を感じる程だ……奇妙な話じゃあ無い。』
細かい話は分からぬのです。
自分には学が無いモンで…。
只、この場所をわざわざ選んで別荘を建てた事、水鏡を求め此処へ籠る様になった事、麓の村に屍鬼が出た──このタイミングで招待状を出した事。
…全ては偶然では無く。
[十三は動かない──未だ眠っている様に見える。
…──掠れた声で。]
何を考えてらっしゃるのです、旦那様。
鍔鳴り……?
[眉を寄せ、一歩厨房から食堂へ歩み出る]
望月様、其の刀―――
[翠の眼が見開かれる。
此の刀は、鳴いているのだ。
血が騒ぐような。]
[ぎょっとして思わず鍔の辺りを手で押さえる。しかし、いっかな音は止まらない]
なんだ、どうしたって言うんだ。
[思わず口走る。こんな鍔鳴り、まるで妖刀ででもあるかのように……]
[長髪の使用人が、紅茶とミルクを運んできた。
……それをいつまで楽しめるかも、今は知らずに。]
ありがとうございます。流石に名だたる名家ですね、素晴らしい紅茶だ。全てにおいて抜かりはありませんな。
……このように奇妙なこととなっても、日々は変わらずに在りたいものですな。
[そう呟いて、ティーカップに口をつける。
が、]
……なんですか、この音は?
[腐っても楽師である。その耳は微かな金音のような響きを捉えていた]
また、いつぞやの幻聴というやつですかね?
この場所……
そう……貴女はどんな話を識っているんだろうね。
たわいもない話だよ。
死人が黄泉がえるとか、動き出すといった話は……
[その声はひどく乾いた響きだった。]
「――振り返ってはいけない。振り返ると死人が――」
[旧い記憶が囁く。
だが、仁科は天賀谷に語りかけていた。
私は、ゆっくりと振り返る。
そこには部屋を出た時そのままに静かに横たわる十三の姿があった。]
どうしたのですか。
其の刀。
お前は――何を呼んでいるのですか。
[不吉な耳鳴りのように
小刻みに震える鍔鳴りは食堂に響いた。]
幻聴でしたら、
皆様の耳に届く筈が……ありませんでしょう。
[コルネールの言葉に小さく呟き、
視線は刀に注いだままで。]
(ふぅ……)
[なぜか感じていた緊張の糸は急に途切れ、私は虚脱したようにその場で息をついた。
眼鏡を外し、眼鏡拭きで丹念に拭う。
少々疲れているのかもしれなかった。
彼に死の予感を感じるとは。]
……?
[水を飲んだ望月が、空を見やって呟いた後耳を押さえ始めた。
失礼と知りつつ怪訝な表情でそれを見てしまい、加減が悪いならば枚坂先生を探し来て頂くべきだろうかと考えていた矢先のことだ。
妙な音が響く]
一体何を……?
[どう見てもそれは、望月の持つ刀から発せられている。
この場で刀を抜くつもりだろうかと、思わず慄いた。
だが気付くまで所持する本人までもが辺りを見回していたのだから、彼の意志で鳴らしているわけではないと思い直す]
刀が勝手に……動いているんですか?
[屋敷を閉ざすかのような赤い光で空に輝く月も奇妙だが、今目の前で起こっていることも奇妙には間違いない。
心もち後ずさり警戒しながらも、注目は続ける]
[背を駆け抜ける悪寒がある。しっかりとどめておかねば今にも刀が鞘走るのではないかという、意味も無い恐れもまた]
止まれ。
[その声は必死だった]
……落ち着け、落ち着くんだ。
[誰かに言い聞かせるかのように言う]
誰か。
は?
[望月の声に面食らいつつ、
鍔鳴りは更に大きくなっていく。
これは拙い。
拙い気がする。
大きく息を吸うと]
失礼します!
[傍にあった硝子のコップを取ると、
望月に向け水を―――]
[其の時、唐突に天賀谷が眼球が零れんばかりに目を見開き、身体を起こした。枚坂が繋いでくれていた医療設備に天賀谷は気付く事も無く、強引な動作で、幾つかの管がブチリと音を立てて外れた…──。]
[皆から江原と呼ばれる男の嘲笑に、嘲笑を返しながら]
はて、私がいつ喚いたとおっしゃるのでしょうか?
喚いているのはむしろ、あちらの刀を持った青年では?
いやはや、音楽などをやっておりますと、こちらには敏感になるものでしてね。アレが聞こえないという豪胆さには感じ入るものがございますよ。
ほら、あちらの女性もそう仰っているではありませんか?
[あくまでも、柔和なままに。
そして、視線の先には]
……水もしたたる、というには冗談が過ぎますか、ね。
[2人の女性から水をかけられようとするサムライ]
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ…!
[鍔鳴りを押さえ込もうとする望月に向け、ザバリ、パシャリと水がかけられる。ものの見事に濡れ鼠]
……カタカタ、…カタ。
[望月は濡れた絨毯に座り込む]
……ふう。
[鍔鳴りは止んでいた]
逃亡者 カミーラは、医師 ヴィンセント を投票先に選びました。
逃亡者 カミーラは、学生 メイ を投票先に選びました。
[天賀谷はそのまま寝台から転げ落ちそうになり乍ら、しかし、寝台から無理矢理に降りる。取り憑かれた様に、書斎へ繋がる階段の方へ──…二階へ行こうと言うのか、蟲の様に這って行こうとする。]
…完成させねばならん。
[扉の傍の来海の声は勿論、仁科や枚坂の姿すら視界に入っている様子は無い。やはり、倒れる前と同じく、何かに取り憑かれた状態の様に見える。]
アマゾンの説話なのだが、川を巨大なアナコンダが遡り、
5種類の人間になったとされる。
首長、シャーマン、戦士、楽師、奴隷…
………これは実際の社会秩序の順なのだが。
[コルネールの方も見ようとしない。]
貴様は楽師か。なるほど、楽師とは卑しき身分よ。
[もはや彼とは話すことはないとばかりに、
望月の様子を*凝視している*。]
失礼しました、望月さま。
直ぐに何か拭くものを。
[夜桜は裏手にとって返すと、大きなタオルを持ってきた。跪き、水の滴る髪や肌、服の水分を吸収させてゆく。]
[絨毯の上を這う天賀谷の背が何かに押されひしゃげた様に曲がる。グゲッと言う両生類の様な声を出して、十三はその場に吐血した。]
……俺は、阿呆だ。
[頭を垂れる]
身を清く保たなければ、いつ何時こういうことを招くか分からない、とよく親父に説教されたのに。
簡易な水垢離だが効果があってよかったよ。
[二人の女性を見上げつつ、どんな顔をしていいのか分からずにいる]
ええと。
[夜桜に触れられていることを急に意識して、少し緊張]
その、自分でやるよ。いや、やり、ます……。
[自分で自分が情けなくなったらしい]
[タオルをもう一枚、と思ったが
夜桜が既に持って来ていた。]
ごめんね、夜桜さん。
ありがとう。
[頭を下げると雑巾を手にし
床を掃除し始めた。]
……禊ですか。
[朝、井戸の水を浴びたことを思い出しながら]
もし、気になられるようでしたら
裏手に綺麗な水を汲める井戸がありますから……
[...にとってしてみればさつきともそう変わらず完璧な優雅さを以て目に映る、シロタのカップを口に運ぶ所作]
はい…、シロタ様やすべてのお客様に快適にご滞在頂けますよう…
[昨夜は倒れた天賀谷を気遣う様子も見せずに、食事を続けたシロタ。
だが静かに啜った後の非のうちどころなしとの感想に、万次郎はそれを彼の紳士らしい優しさによるものと信じ昨夜のことは意識から外れた。
恐縮して再び頭を下げたのだった]
…使用人一同、身を粉にして尽くさせて頂きます。
[だから本当は響いた唾鳴りの音も、幻聴だと肯定したかったのだ。
だがそれも、どうやら叶わない。
翠の否定する言葉を肯定し、黙って頷いた。
――そして望月は叫ぶ。水をかけてくれと]
……ええっ?
[言われた通りをすぐさま行う度胸も無ければ、水をぶちまげる夜桜や翠を慌てて止める行動力も無い。ぽかんと見守った]
あ……。
[だがどうやら効果はあった。
絨毯と望月を水で濡らして、少なくとも鍔鳴りは止まる。]
天賀谷さん!!
[天賀谷の躰になにか不自然な力が加わったかのようだった、どす黒い赤色が床に飛散する。]
なんだ!?
[私は慌てて眼鏡をかけ直した。]
[天賀谷は大量の血に続き、白っぽい肉の様な物。
内臓を次々にその場に吐き出し始めた。
臓腑を引き摺り乍ら、十三は其れでも二階の書斎へ続く階段へ向かおうと──。
押し潰された身体の側面、背中からも出血がはじまる。身体の何処にどの様な圧力がかかっているのか、外側からは伺い知る事が出来ない。血液は皮膚を内側から破り、複数の噴出口を有する噴水の様に勢い良く吹き出し始める。]
いいえ、望月さまは凝っとしていて下さい。
[流し目で微笑み、やんわりとタオルに伸ばした指を留めて首を振った。]
あたしもここで働いているんですから。
当然です。
[掃除をし始めた翠に]
書生 ハーヴェイが「時間を進める」を選択しました
[夜桜に身を拭われ、翠に掃除をさせている現状をようやく認識する。下賎なる庶民として、途方にくれるべきというかもしかすると喜んでしまいかねないこの現状に恐縮してしまう]
ああ、いや。
何もかも俺が悪いんだから、自分で掃除もするし、濡れた服なんか脱げば済むよ、うん。
[二人に世話してもらうのは正直なところ嬉しい。嬉しいのだが]
――三階/十三部屋前――
厭……
厭…………
厭………………
『それでも』
『嗚呼――それでも』
開けなくては、いけないのだわ……。
[さつきは半ば讒言めいた呟きと共に、ドアノブに手を掛け――開いた]
[見れば翠は、早くも床の掃除までも始めていた。
ぼんやりと見守るだけだった自分もせめてタオルくらいはと小走りで取りに行き、それを望月に渡そうとしながら]
いいえどうぞ掃除など、お客様はお構いなく。
身を清く……ですか?
[見開いた目で、望月の姿を上から下まで眺め]
それで水をかけてくれと仰ったので……?
望月様は特に汚れてはいらっしゃいませんし、失礼ながら温かい湯も浴室の方で、当家は準備できますが…
[彼が言っている意味とは外れているやもしれぬと気付けたのは、タオルを手渡した後のこと]
[其のまま──どれ程の時間が経過したのか。
人間噴水の様に成っても尚、目を見開いたままだった天賀谷の顎が崩れる様に落ち、噴き出す血液が止まった。]
ねぇ、望月さま。
今のは一体何だったのですか?
[一通り拭き終え、「早く召し物も代えないと」と言いつつも、夜桜は控え目な態度で問いかけた。]
[江原の揶揄に一瞬眉を吊り上げそうになるものの、すぐに気を取り直して]
なるほど、それは実に興味深い話ですね。
ということは、貴方はアマゾンの蛮人の一家のお生まれなのでしょうか?
これはこれは興味深い。そういった方に私めのような者の音楽が伝わりうるか否か、これは生涯の課題になりそうですなあ。
[そう芝居がかった口調で話すと、望月を苦笑いで見つめた]
さて、サムライということは戦士たる貴方は私の少し上でしたか。どうですか、お加減は?
……どうやら、止みましたね。
あの耳障りなスタッカートは。
うん、そうだね。
[夜桜に微笑んで、床を綺麗に拭いた。
戸惑っている様子の望月にも微笑みかけた。]
どうかお気になさいませんよう。
鍔鳴りは態とではないのでしょう?
そうですね。服は乾かさないといけませんね。
暖炉に翳しましょうか。
[提案してみた。]
[先程、面会を要望した来海に“ええ”とか“ああ”といった気もそぞろな返答をしたのは天賀谷と仁科の遣り取りに樹を取られていた所以だった。
その天賀谷は今――]
うわぁ! あああぁあああぁああ!!
[それは数多くの死体を見慣れた筈の私にすら戦慄を覚える光景だった。堪えきれず喉が震え、呼吸が絞り出される。
その絶叫が私自身のものと自覚する余裕がないほどに動顛しながら、天賀谷の側に駈け寄った。]
――三階/十三私室・扉口――
[いったい他に、どの様な言葉が云い得ただろう。さつきは眼前の光景に手紙を取り落とし、両手を口に当てて立ち竦んだ]
――叔父様ッ!!
[抑えようも無い悲鳴が、室内に大きく響いた]
―書斎へ続く階段―
[狼狽てた人々の声と、異様な息遣いに続いて、何かが扉を叩くのが感じられた。
扉の下の隙間から、液体が滲み出してくる。
暗闇の中で色は不明瞭だが、その匂いは間違いようもなかった。]
『……遅かった、か。』
[隣室の喧騒に気配を紛らわせて、そっと書斎へと階段を降りた。]
[夜桜の顔をまともに見られぬまま、首をかしげる]
なんだったんだろう。俺もこんなことは初めてで戸惑っているんだ。
ただ……親父はよく言っていた。
妖かしに魅入られたくなければ、穢れを祓わねばならぬと。
…汗に汚れたままでいつまでもここにいたせいだと思っていたんだが、はて。
[...はすでにそれも夜桜がしてくれていたとハッと気付き少し恥じ入り、しかし今は絨毯が染みにならぬよう、遅れて手渡そうとしてしまっていたタオルを軽く叩きながら水分を吸わせることに使っている]
おお…
…やはり良いタオルを使うと、水もすぐ乾く。
[...は上等なタオルの吸水力に嬉しそうにする。
絨毯に染みはできないに違いない。
――食堂の床に広がったのは水に過ぎないから。
そして階上から騒ぎが聞こえた気がして、万次郎は首を傾げた。
拭っても拭っても落ちぬであろう赤に染まった部屋からそれが響いていると、まだ知らぬ顔で]
[望月は何も知らない。水をかけられたのと、天賀谷の事切れた瞬間が時を同じくしていたことなど]
俺にはわからなくても、この刀には分かるものがあるのかもしれない。
こういった品は、しばしば人間よりはるかに鋭敏に出来ているものだからな。
[幸い、刀の刀身には水は入り込んでいないようだ]
[天鵞絨の眼が鋭く釣りあがった。
ただならぬ空気が。
死の香りが漂う。]
すいません、様子を見てきます。
[そう謂うと、
翠は食堂から足早に上の階へと向かった。]
妖──。
古来より水は穢れを祓うものですものね。
[濡れた目が望月の眸を一瞬捉える]
───…この声は
[直ぐに階上より聞こえてきた声に反応する。断末魔ではない、理性的ではない本能的にあげられた人間の叫び声だった。]
天賀谷さん!
天賀谷さん!!
[グラグラと歪む現実。到底受け入れられない怪事はしかし、眼前で起きたのだ。
天賀谷の有様を見るに、到底“生きて”いるとは思えない。
彼が“絶命”していることは医学的な検査をするまでもなく明白なことと思われた。]
ダメだ……
“死んでる”……。
『――此れは、血の臭いだ……!』
[全身が総毛立つような悪寒が走った。
既に駆け足だった。
飾られた刀をすれ違い様に手に取り、構える。
臭いを追う。
それは、
此の館の主人の部屋の方へ―――]
「天賀谷さん!
天賀谷さん!!」
[狼狽、畏れ、焦り、恐怖、
様々な者が滲む声がする。
寝室前、一歩踏み込めば
そこは
地獄絵図]
――――な……
[翠は呆然と眼を見開き、
紅で塗りつぶされた部屋に立ち尽くした。]
……だ、んな、さま……?
いけない!
このままでは……
[私は慌てて床に広がっている天賀谷の臓腑をかき集める。白くぶよぶよとしたそれを手早く彼の躰の中へと押し込んでいった。
そのさなかも、視線は周囲を彷徨う。
開かれた扉の向こうに、求めていた人物――さつきの姿を認めた。]
吟遊詩人 コーネリアスは、書生 ハーヴェイ を投票先に選びました。
[呆けていたが、さつきの姿に気付き、
翠はぎゅっと掌に爪を立てて己を叱咤した。]
さつき様!いけません。
早く、此方へ……!
杏さん、さつき様をっ
[さつきの身体を庇うようにしながら、
常に付き従うさつきのメイドを呼んだ。]
さつき君!
大変なことになったよ。
ああ、私にも一体どうしてこんな有様になったのか、うまく説明できないのだがね。
[さつきの向こうには翠の姿が見える。呆然自失とした表情で、瞳がかすかに揺れていた。]
ええと、天賀谷さんに一番近しい人――となると誰になるんだろうね。
私の認識に誤りがなければ、姪であるさつき君、君なのだろうが――。
[刀が人間よりはるかに鋭敏で、何かを感じ取って鳴ったと?
望月も己の刀にずいぶん常を超えた力の付加しているが如く言うものだと、普段ならば思ったかもしれない。
しかし空には赤い月、そして目の前でひとりでに鳴ったそれを目にした今であったので、どことなく説得力も感じた]
分かることを伝えたかったのかもしれない刀、ですか…
[一瞬思案し]
…実は先ほど階上から何か叫ぶ声を耳にしたような覚えがありまして、気のせいかもしれないのですが気になっております。
私も、失礼します。
[剣術の心得があるだとかいう翠も、また敏感に何か感じ取ったのだろうか?
迷いを見せない足取りで食堂を出て行くの彼女の姿もやはり気がかりに拍車をかけ、刀に水が入ったか検分でもしたらしい望月に頭を下げてから、万次郎も階段を上がった]
[水浸しの青年と、それを必死に拭く使用人の姿を笑いを堪えながら見つめていると、何やら外から喧騒が響いている]
……はて、随分と騒がしいですね?
[何か異変を感じたのが、女中どもが駆け出す。]
……まあ、おおかた天賀谷翁の容態でも変わったのでしょう。あそこには医者がいます。あとは屋敷の方とお医者様に任せておけば宜しいでしょう。
[何やら落ち着かぬ様子の杏にそう声をかけ、改めて紅茶に口をつける。
飲み干したのを見計らうや否や、少女は二杯目を注ぐ。少し濃くなった水色に、ミルクの白がくるくる、狂々と溶けてゆく。
その白魚の如き少女の手を見つめる瞳の奥底に、微かに好色の種火が灯った]
[十三がころげ落ちた最初に彼を支えようとしたその場所に座り込み、ただ呆然と目を見開いて居た。
声を上げ様として、喉から出たのはヒューと言う笛を鳴らす様な奇妙な音だげ。]
[天賀谷氏の“遺骸”に顔を埋めるように懸命に臓腑と格闘していた私の眼鏡には彼の鮮血が粘りついていた。
部屋の中が赤く滲む。
ごしごしと白衣の裾で血潮を拭ったが、レンズの汚れが広がっただけだった。]
さつき君、動顛していることと思うが、君に聞くほかないんだ。
[さつきを庇い、部屋から遠ざけようとする翠の向こうにいるさつきに尚も追い縋るように言葉をかける。]
どうするかね?
天賀谷さんをこのまま放っておいたら、本当に“死んで”しまうぞ。
[藤峰に答える。ただし最後の一言は声には出さなかった]
ああ、こいつが口をきいたら何をしゃべってくれるのかな。『少なくとも俺よりよほど頭がいいに違いない』
[怪我の功名というべきか。水をかけられて身体がやけにさっぱりとした。それが物理的なものか、呪術的なものなのかは分からないが、望月はふと気づく]
……刀が、軽くなった……?
[考えている間に藤峰は一言告げて階上へ上がっていった]
あ、待てよ。
[後を追いかけた]
―――……それで、合っている筈です。
さつき様が、一番近しい方、で。
[声を極力押さえたため、
常より低く響いただろうか。
と、二品が奥で呆然と座り込んでいるのを見て翠は声を上げた。]
仁科さん!
[仁科も、此の惨状を目の当たりにしたのだろうか?
翠の瞳が揺れた。]
仁科さん、
しっかりして……!
此処に居てはいけない、見てはいけません。
[追い縋るような枚坂の声が重なる]
[人の声がする。それに、微かだけれど、異様な臭いが感じられた]
おい、藤峰さん。
[天賀谷の部屋を知らぬ望月は、藤峰の姿を見失ってきょろきょろする]
――三階/十三の部屋――
[扉を開けた瞬間、さつきの視界に飛び込んできたのは九穴から血液を噴き上げる十三の姿であった。否、其れが十三だとは――或いは其れがひとの姿であるとは、さつきには一瞥で見て取る事が出来なかった。まるで公園や駅前の広場にある噴水のようだと、場違いに過ぎた思考が脳裏を走ったのだ。
だが其れは紛れも無く、十三であるとさつきは頭の中の何処かで理解していた。或いはいつかこの様のな日が来ると、識っていたのかも知れぬ。だが――所詮はやはり、未だ十六の娘でしかない。さつきは言葉も失った様子で、開け放たれたままの扉枠にもたれかかるように、身を傾けさせた]
[目の前の惨状さえも受け入れがたく感じているらしい少女の様子は無理からぬことだったが、私は応えを求めずにはいられなかった。一刻を争うのだ。]
さつきくん、大丈夫さ。
吃驚するようなことじゃないんだ。
これはまだ、大丈夫だ。
もっとおぞましいことにだってなり得るんだから。
[その言葉が慰めらしきものとなっているかどうかはわからなかったが、ただ焦りだけが私を突き動かしていた。
未だ聢りと定まった様子のない彼女に向けてよろよろと歩み出す。]
――三階/十三の部屋――
[何とか正気に返そうと言葉をつくして呼びかける枚坂の言葉が届いたのか――さつきは操り人形のようにゆらりと顔を上げる。だが矢張り、瞳は茫洋としたままだった]
せん……せ……?
こーねる、せん……せ……や、ない……のん……?
…翠さん。
[首を曲げすぎた所為で、後ろ側に帽子が落ちた。
重厚なカーテンが半分閉じた暗い室内では仁科の金目は目立たない。翠は兎も角、他の者ははじめてみるのだろうが。だが、十三の成れの果ての姿に誰もが心を奪われ、仁科の顔など誰も見ないだろう。]
アァ、先生様は何をおっしゃっているんで?
[じっと、無理矢理内臓が詰め込まれ行く十三と血塗れの眼鏡を掛けた枚坂を交互にじっと見つめる。]
さつき様……ッ
[支えるように抱きとめ、
そのまま自身も地に膝を着いた。
仁科が僅かに視線を動かしたのが見えた。]
仁科さん……っ
枚坂さん、仁科さんを、
[翠は自分の声が上擦ったのに気付いて
口元を押さえた。
落ち着け、と小さく呟く。
さつきが、何処か心此処に在らずの笑みを浮かべ、手を差し伸べていた。]
さつき君、君はどうしたいんだい?
叔父さんを愛しているかい?
君が叔父さんをこんな姿のまま放っておけないと思うなら……私にもできることがあるんだが。
あ、望月様!
旦那様のお部屋でしたら、こちらでございま……
え?
[望月も階段を上がって来たようで、万次郎は望月に声を張り上げようとした後でそれを見た]
そんな、まさか…
……はは。
[むせ返るような匂いで、烈し過ぎる鮮やかさで目に飛び込んでくるそれは、血だとわかる。
だがこの全て、天賀谷の体から流れ出たものだとしたら――…そこから先が考えられない。
動かない天賀谷を前にして佇む面々にもまた、所々血に塗れた者が居る]
私は……君の先生では……
[少女の瞳は現実から遊離しているように思えた。これ以上問うても無駄なのだろうか。]
大丈夫……。
[気持ちを安らがせるように、さつきの手をそっととった]
――三階/十三の部屋――
[「本当に“死んで”しまうぞ」――さつきの頭の中の正常な部分もまた、枚坂の言葉の真意を読み取れぬように思考の経路が途絶していた]
『本当に……?
あの姿は……どうみても。
最早、精気も抜け果てた無残ななきがらだというのに……』
[其の想いがさつきの声帯を震わせることは無く、代わりに彼女の口元に不可思議な笑みを浮かべさせるだけであった]
[呼びかけてくれる藤峰の声にほっとして、広すぎる邸内を歩いていく。何もまだ知らずに]
ああ、ありがとう。
[警告するかのように再びかたかた、と鍔が鳴るのに気づきもしない]
天賀谷さんは発作でも起こしたのか……。
[廊下の角を曲がって、目にしたものは広がる朱色。言葉が止まる]
[これだけの人間が居て、天賀谷をソファだかベッドだかに運ばずに、いつまでも床に伏した姿のままでいさせていることも、天賀谷の体からはみ出す何かも……どこか現実感を伴わない。
まるで何かの冗談のようだった。
滑稽を感じて笑った自分の声が乾いているなと人事のように思ってから、ふらつく足が万次郎の体を後方にさがらせた。
壁に背がついてしまいこれ以上はさがれぬと知ってからやっと、他の者と等しく叫び声をあげる。
衝撃の大きい客や同僚を慮ろうとする余裕は、そこに無かった。
さつきを安らがせようと、その手を取る枚坂に対し]
…枚坂先生、今この時に何をしておいでです?
そんな場合と思ってらっしゃるので?
さつき様以上に、お加減の悪い旦那様が今床で…
そうですとも、先生ならばできることは数限りなくおありでしょうとも!
早く旦那様を助けてください!!
[異様な事が1つ有った。
身体に入っている血液の量は一定で、天賀谷は死亡時にその全てを内臓と共に噴出させてしまった様に見えた。実際に血液は止まった。
にも関わらず、十三の身体から流出し絨毯に広がった血液が、じわりじわり広がり*面積を増しはじめているのだ*。]
何を……って?
[仁科からの問いかけに、当惑したような呟きを漏らした。]
天賀谷さんは確かに死んでしまっているように見えるかもしれない。
だが、このまま放っておいたらもっと恐ろしいことになる。
その躰は腐乱し朽ち果てていく。
そうなったら本当に終わりだ。
もう、取り返しがつかない――。
[杏と呼ばれた女中は、まだ童女と呼んでも差し支えないほどの幼さを残している。
そのような少女が自分に無言でかしづいている光景に、下卑た欲望が沸々と沸き上がるのを覚え、]
……杏くん、と言いましたね?
随分と愛らしいのに、このように女中風情に身をやつすのは勿体無い。
どうです、今度……
[そう言いながら手を取ろうとした矢先、ドアの外から翠の呼び声が響く。
それが耳に入るや否や、少女は一礼だにせず主の元へと駆け出した]
……ちっ、全くなんだというのだ?
叔父の死相でも見て倒れたのか?
これだから小娘は……
[そう独りごちながら、残りの紅茶を飲み干した]
[双眸が次第に焦点を合わせ、枚坂の姿をたしかに認めて光を取り戻した。何処から聞き取れていたものか、さつきは唇を開く]
叔父様を、愛……?
ええと、良くは判りませぬけれども……、そう、ですね……。
少なくとも、このままの姿にしておくのは、親族としてもあまりに無残な心地が致します。
枚坂先生、せめて叔父の……
『……臓物くらいは、戻し、』
[さつきが思い浮かべたのと、胃を抑えたのはほぼ等しかった]
[そっと枚坂にさつきの体を預け、
翠は立ち上がった]
藤峰さん……。
[ゆるりと振り返った翠の眼は暗い色をしていた。]
分かっているでしょう、
旦那様は、
旦那様は―――
[じわりじわりと染みが広がって行く。
血が湧き出てくるようだ。
絨毯が汚されていく。]
[夜明け前に感じたのと同じ恐怖。
氷の様な恐怖が今此処にある…──。]
『あの怒りが殺したのだ。』
[目の前で枚坂や翠、藤峰の声を聞き、話し掛け乍ら、現実とは違う薄闇の中に乖離した様に仁科の意識が有る。]
『憤怒の貌が。
あの──白い貌が旦那様を殺した。』
藤峰君!
[藤峰の言葉に勇気づけられるように、立ち上がる。ぐじゅり、と踏みしめた絨毯は重く湿っていた。いつの間にか広がった染みの奇怪な有り様に意識を向ける暇もなく、再び天賀谷の躰に向かう。]
ああ。私にできることはやってみよう。
[膝を折り背を丸め込むようにして、さつきは床に崩れた。吐瀉物は掌からも溢れ、床に零れ落ちる。朝食に摂った分量はさして多くも無かったが、胃の内容物すべてを吐き出しても尚、さつきの嘔吐感は止まらぬ様子であった]
――っ、うっ、っく、……はぁっ、
――はっ、は……
――ぅぐ、っぼぁ、げぇぇぇっ……
――っ、はぁっ、はぁ、はぁ……
[人の亡骸を見たのは、無論初めてではない。だが、刀をいつでも抜けるようにしておきたいと思うほどの、こんな亡骸は初めてだ。
これでは、まるで噂に聞いた屍鬼の――]
発作、ではなさそうだな。
[亡くなったのか、と尋ねようとしたが、皆の様子を見て、押し黙る]
[天賀谷の重い肉体を引き上げる。注意深く抑えていてもその胴体からは再びずるりと臓物が零れ落ちる。
羽織った白衣も、その下のスーツも、粘つく血糊におどろに彩られていた。]
[今度は藤峰を見上げる──。
今度は反対側に首を傾け、枚坂と藤峰に、]
…取り返しがつかない。
[言葉を繰り返してから、]
…其れなら寧ろ、旦那様の首を落とさねばならないンじゃあありませんか?
[掠れた小さな声だが何とか話す事が出来た。]
旦那様がもし、屍鬼になってしまったら。
取り返しがつかない。
ひっ…
[...は広い絨毯をすでに十分過ぎるほど染め――
…それでも一体どのような力が働けばそうなるのか、なお広がってくる血が足元まで近付いてくる前に逃れるべく、今度は横方向にずれる。
だが枚坂の声が――…医者による天賀谷の死よりも腐ることを懸念するかのような言葉が聞こえてしまうと訳もわからず、ほとんど睨む目を向ける]
……一体何を仰っているので?
旦那様がお亡くなりになる以上のどう恐ろしい事が、あると言うんです?
死んでしまったらそれで、腐ったり朽ちたりを待つまでもなく全部終わりじゃありませんか!
”本当に”も何も、あったものじゃないっ
死んだ時点で取り返しなど、つくものか!
[目尻に涙が浮かぶ。お嬢様と呼ばれていようとどんな生まれであろうと、此の情景の前に何ほどの違いがあろうか。枚坂は医師であるから見慣れてもいよう。それにメイドであるさつきや、背後で叫ぶ藤峰は、平常心を保つ事も仕事の内であったろうが――]
『其れに較べれば……私など……』
[情無い思いで目を横に逸らせば、封筒が次第に血に濡れ行く様子が見えた。ただこれだけは幸いというべきか、吐瀉物に汚れまではして居なかった]
[今、視界を隠さんばかりに流れて来る大量の血液。何処から此の血は流れてくるのか。此の血は天賀谷の物なのか。
…荒涼とした赤い闇の中、仁科は独りだ。]
[重い。力を失った人の躰はこんなにも重い。
その躰を抱き上げたままの私に仁科と藤峰の言葉が届いた。]
君たちは……
それでいいんだな?
死んでしまったらそれまで……か…
[天賀谷の躰を寝台に横たえ、虚脱したようにその脇に座り込んだ]
[膝はまだ床についた儘、さつきは袖で口元を拭って後ろを振り返った]
……ありがとう、翠さん。
……お陰で、なんとか楽になりました。
[そうは云ったものの、さつきの顔色は青白かった]
止めて下さいよ!
[...は翠の暗い瞳の色から逃げるように目を逸らす]
翠さんがそんな、諦めたような事を言っては、目が覚めた時に旦那様も嘆かれるに違いな―――…
[―――…床に崩れたさつきが背を丸めて、嘔吐するのが目に入る。
慌てずそれでいて素早い行動で、それを助けようとするのが本来、自分もまたするべきことだ。
しかし時に愛らしい少女らしさを、場に相応しい場面では毅然と天賀谷の姓を持つ年若い淑女として振る舞っていた者のそんな姿は…
受け入れ難い事実は、正しくもう起きてしまったのだと…万次郎に現実感を伴わせるに十分だった]
ああ……。
[使用人としての全ての義務も放って、顔を覆わんとしていた手が止まる。
「分かっているでしょう、旦那様は―――」?
―――もうお亡くなりになっているのだとしたら、「私にできることはやってみよう」と頷いた枚坂は今、何をしようとしていると言うのか?]
[ちらりと天賀谷の顔が見えた。苦痛とも恐怖ともつかないが、血まみれのその顔は歪んだ相を浮かべているように望月には思えてならない]
いけないよ。いけない。
[歌うような抑揚で誰にとも無く低い声で言う]
無念を残して死ぬものは、此の世に帰りたがってしまう。
そのまんまじゃ、天賀谷さんは逝けない。
[何かを否定する様に首を横に振り乍ら、]
…望月様ァ。
あたしや枚坂先生が殺したなら、良かったですよ。
警察に突き出せば仕舞いだ──…。
[誰も彼も皆食堂を出てしまった。
自分もまた、紅茶を飲み干した挙句に給仕も無いとなればやることもなく]
かといって、騒ぎに加わるのも好かんな。
ならばせめて、恐らくは亡者と為りゆく主人の為に楽の音を捧げるのも悪くはあるまい。
[そう呟き、まだ残る数名の使用人にピアノを借りることを告げると]
せめて天では楽の音を解するようになることを祈るのだな、金の亡者め。
[そう呟いて弾き始めるのは、ショパンのピアノソナタ第三番 変ロ短調 作品35――『葬送』――その第三楽章、葬送行進曲。
指が達者に廻るばかりの空虚な音色を、ホールに所在無さげに漂わせ、楽師は*一人悦に入っていた。*]
[さつきが何度か頷く様子を見て、
翠は表情を少し和らげた。]
……よかった。
さつき様、立てますか……?
[此処に長居していては、さつきが辛いだろう。
そう思って翠は尋ねた。
首を落とす、
出来ることがある。
様々な言葉が血塗れの部屋に響いた]
……枚坂さま、
出来ることとは……なんでしょう?
[臓物の欠片が未だ残っている。
変わり果てた、敬愛する主人の姿。
何とかできるのだろうか。
そんな思いも込めて。]
[望月の言葉を聞いた仁科の中に、1つの単語が浮かぶ。
「──…屍鬼」
──…そうだ。屍鬼が、十三を殺したのだ。
あの闇に浮かんだ憤怒の白い貌こそが、屍鬼なのだ。]
[仁科に頷き、なだめるようにその髪に触れようとする]
誰もおまえさんがたが殺したなんて言っちゃいない。こりゃあ、人間に出来る業じゃねえよ……。
『ああ、受け入れねばならないのか。ここに屍鬼が居ることを』
藤峰君。
確かに人は死ぬ。
だが、人を本当の死に至らしめるのは、その死を見届ける者の意志なんだよ……。
[私は独り言のように呟いた。]
ああ、
落ち着かなければならない。
私は此の家の使用人なのだから。
御客様を。
御客様を。
不安にさせて は
お 願い。
助けて。
旦那様。
旦那様。
どうして。
こんな。
[扉枠に手を添えて、さつきは何とか立ち上がった。十三の身体が寝台に横たわっているのを見て、枚坂に頭を下げる]
枚坂先生、すみませんがどうか宜しくお願いします。せめて人らしい形には――。
[無惨な姿からは目を反らしつつ、どうにかそう云った]
月が沈まないの。
太陽が昇らないの。
鬼が、来るの。
ねえ。
旦那様の声が聞こえるの。
お願い、死が来るよ。
呼んでいる。
あの水の底から。
私は、
死を視る者。
旦那様の
美術品
それでよかった
のに
どうして。
―――……っ
[枚坂が引き上げると、天賀谷の胴体から臓物が零れ落ちる。
…もうソレが天賀谷だからと言うより、直視し続けるには胃から内容物をこみあげさせる生々しさの過ぎる遺体を見ずに済むよう、体ごと顔を逸らす]
…取り返しがつかない?
[代わりに、枚坂の言葉をくり返す仁科を見る]
首を切り落とすって……!
[――続いた仁科の言葉に、ハッとする。
ああそうか。…そうだったのか]
屍鬼になってまうことこそが、”取り返しがつかない”と……
[...は仁科の言葉でやっと枚坂が言わんとしていたことが分かり、息を詰めて細めた目で遺体を見る]
首を切らねばならない……のか?
俺には旦那様がむしろ屍鬼を、待ち望まれておられたのだと昨夜の発言では思えてしまった…。
このままでは屍鬼になるのだとして、旦那様にとってそれはむしろ、喜びであるんじゃあ…
[血に染まる部屋から外へと一歩下がり、そこで漸く気付いた様に、さつきは望月へと声を掛ける]
そのままでは、いけない――?
[何か不吉な気配を感じとったかの様に、オウム返しに口に上せた]
[人肌の感触の所為か、異様な事態が浸透してきた所為か。先刻よりは、真っ暗に思えた視界が広く成って来た様に思う。
翠が目に入り、彼女が天賀谷の死を悼んでいる事が分かり、少しだけ安堵を覚えた。]
…望月様、枚坂様。
旦那様は何処へ行けるんで…──。
[囁き声が染み込む。其の声が優しく*更に頬を濡らす水量が増えて行くのだった*。]
翠さん。
私が医師としていままで取り組んできた主要なテーマは人の生き死にの境界のことだった。
一度失われた命はもう戻らないと思われている。
だが、可能性はある。
時間が経てば、その可能性は損なわれていくばかりだがね。
天賀谷さんの死を受け入れるなら、見えないように棺に入れしっかり蓋を閉め、焼き尽くしてしまうことだよ。
土に埋めてはいけない。
土に埋めては――
[私はおぼつかない足取りで扉の方へと向かう。
その背中に、さつきの声が届く。]
いいんだね?
では、せめてそのように――
[――未練が残る、と微かな呟きは扉の向こうに*かき消えた*。]
[仁科の視界を完全に天賀谷の血液が覆うと、真紅の闇は暗黒へと転じた。…何も見えない。噎せ返る様な匂いだけが血塗れである事を示す。
何処とも知れぬ此の世界の中で視界が完全に閉ざされた変わりに、現実世界での仁科の視界は明るくなったのだった。]
……逝ききらんのは、不幸せなことだ。
それに、残されたものが嘆いていいのか望めばいいのか、判らずにいるのも不幸せだ。
[望月には、この場に自分が居合わせたことが運命と思われてならなかった]
どうか俺に、その人の首を落とさせてくれ。
死んでしまったと、もう認識されていたのなら…
[天賀谷の躰を寝台に横たえさせた後、その脇に座り込み呟く枚坂を見ると]
先生は先ほどから、何をしようとされていたんですか…?
……亡くなった…旦那様…に……、それ以上何をしようと?
[その答を意味するのかもしれない言葉が、枚坂の口から独り言のように届き]
”人を本当の死に至らしめるのは、その死を見届ける者の意志”……。
[――意志?
…しかし、自分に何ができるだろう?
...は枚坂の言葉をくり返した後は、口を噤んで首を横に振る]
境界……。
[繰り返す、朧の様な声。
藤峰の声ももう遠い。
天賀谷はもう居ない。
首を落として。
燃やして。
灰になって。
居ない、
居ない、
居ない。]
―――……首を。
お願い。
望月様……旦那様を、
眠らせて……あげて。
[それは、きっと翠自身の願いだったのだろう。
自分の泪に気付いたのか
それを拭い、*無理矢理に堰き止めようとした。*]
[幾人もの言葉がさつきの耳に届く]
「――むしろ、喜びであるんじゃあ……」
「――土に埋めてはいけない」
「――何処へ行けるんで…」
「――その人の首を落とさせてくれ」
[呪つ言葉にも思える其れは意識の中で渾然と混じりあい、どれが誰の言った言葉かもあやふやな様相を呈し始めて居るかに、さつきには感じられた]
[低く歌うように逝けないと呟く望月にも、怪訝な表情を向け]
このままでは旦那様は逝けないと?
…それでは、どうなさるおつもりですか?
[「…──屍鬼が旦那様を」
仁科の声は余りに衝撃大きく万次郎の耳に届く。
そうだ。
たとえ天賀谷が大病に冒されていたとして、このような死に方を病が人にもたらすだろうか?]
旦那様は屍鬼を待ち望んでいたとしても、その屍鬼が旦那様を殺したのだとしたら、それは…
何と言う罪だろう……!
声がする。
殺されたんだよ、
殺されたんだよ。
魂が揺らめくようだ。
「嗚呼、矢張り見込んだとおりの」
尚も狂気にとらわれた声。
翠の眼が揺れる。
泣いてはいけない。
御客様が居るの。
確りしないといけない。
旦那様を殺したのは誰。
首を落とさないといけない。
―――御客様なのに?
―――否、敵だから。
『……厭……厭……厭……』
「――さつき様!」
[ぱたぱたと足音を立て走ってきた姿は杏であった。ともすれば再び崩れそうになる膝に、其の声で支える力が戻る]
――っ。杏……。
[上目遣いに見上げる杏に手を伸ばしかけ、其れが己の胃液に汚れた儘であると気づいて引っ込める。代りに室内へ歩み入り、床に落とした儘の封筒を手に取った]
[仁科も翠も泣いている。さつきや藤峰の嘆きが自分にはわからない。そのことが済まなく思えた]
こんなときにすぐに決断できることでも、無い、な……。
[皆の反対を押し切ってでも天賀谷の首を斬ればよかったといつか思うのかもしれない。だが、今の望月にはそこまで惨いこともいえなかった]
もし、決心がついたら俺を呼んでくれ。
苦しみを少しでも覗いてやれるように、俺が…。
『それも、おこがましいことか』
[そっと仁科から手を離し、踵を返した。いつの間にか自分の足元まで血の海が広がっていたことに望月は気づかない。廊下に赤い足跡を残して*自分の部屋へ*]
私は拾われた美術品の様なものだ。
打ち捨てられたものを
旦那様により
泥の中から拾い上げられたのだ。
恩義に報いようと誓った。
それなのに。
それなのに。
居合いとて、
護る為に覚えたのに。
無残に殺された。
傍に居た。
護るなどおこがましかったのか。
それならせめて、
仇を討とう。
護る為でなく、
私は殺すために此れを*使う*
『血……中にまで入り込んでいる、のかしら』
[十三の血を吸った厚手の封筒には皺が生まれ、宛名と差出人の名も歪んで見える。とは云え此の儘にしておく訳にもいかぬ]
中身だけでも、確かめておかなくてば……。
[だが精神的な疲労は極限に達しつつあった。会釈を残すことも出来ず、杏に支えられてさつきは自室へと*戻って行った*]
[己の言葉で後じさったさつきに対しても、職務を思い出し丁寧な目礼を返すことすらしなかった。
翠の、そして仁科の悲しみの涙さえ、万次郎に他を気遣う余裕を取り戻させるのにまだ足りない。
ただ枚坂の去り際の声にのみ、頷く]
土に埋めてはいけない…
土に埋めては時間と共に零れ落ちていく万に一つの可能性をも、焼いてしまうことになるから、ですか…
[枚坂が言ったようにまだ残る可能性が、天賀谷を横たわっているベッドから起き上がらせれば良いのにと万次郎は思った。
だから望月の発言に目を剥く]
俺に首を落とさせてくれ……ですって!?
医師 ヴィンセントは、書生 ハーヴェイ を投票先に選びました。
[もし決心がついたら呼んでくれと去って行く望月の声が思いの他、穏やかに耳に響くようだった。
万次郎は近付くことなく、部屋の壁に背を当てたまま物言わぬ天賀谷を見る]
どうすればいいんだ…?
…少しでもまた起き上がってくださる可能性があるなら、枚坂様の仰るように土になぞ埋めず、首だって落とさせずに、このままにしておきたい。
屍鬼になってしまうとしても、旦那様自身が「待っていた」とまで仰ったんだ。
それをお望みなら、旦那様が屍鬼になってしまわれても……俺はそれでいいとも思う。でも……。
[「苦しみを少しでも除いてやれるように」
望月の去り際の言葉が万次郎の心を乱す]
――…わからない。
旦那様……。
旦那様は、そのままでいらっしゃりたいですか?
それとも―――……苦しいのですか?
[――問いかけてももちろん、天賀谷は口を開くことない。
それでも答を求めるようにその場に長く佇んでいた万次郎は、ぼんやりとした表情の浮かばない顔で*部屋を後にした*]
─3階・天賀谷の私室(前日の朝の回想)─
[天賀谷に面会を求めると、若いメイドは困惑した表情で「旦那様はまだお休みになっておいでのようです」と言いつつも、天賀谷の寝室まで案内してくれた。
丁度枚坂医師は席を外しており、容態が急変した時の為に一人年嵩のメイドが付き添いに付いている他は誰も居なかった。
ベッドに横たわる天賀谷へと静かに近付くと、痩せ衰えたその顔には色濃い影が張り付いていた。
ドーランで白塗りした面の下に隠そうとしていたもの、それは死の影、であったのかも知れない。]
天賀谷様、天賀谷様。
[囁く様に話し掛けるが、明確な反応は返って来ない。]
[天賀谷のぺったりと額に張り付いた髪を白い指で丁寧に整える。
死相の浮かんだその顔を、そっと撫でた。]
お屋敷の外の空が……
[硬く瞼を閉ざした天賀谷の顔をじっと見詰める。]
天賀谷様、貴方が待ち望んでらっしゃったのは今のこの状況でしたの?
不死はあると仰って、八方に手を尽くして貴方が手にお入れになったのはあの水鏡だった。
あれにどんな意味がおありになるの、あれは……あれが、このお屋敷をこんな風にしてしまった原因ですの?
貴方は屍鬼を呼び寄せて、どうしようとなさったの。
──貴方の仰る、屍鬼とは一体何なのですか。
雲井様が説明されたような……人を襲う化け物だと云うのなら、何故…
[答えの返って来ない問い掛け。
目を伏せて、小さく溜息をついた。]
[メイド達に、くれぐれも天賀谷を頼む、と言い置いて、枚坂の帰りを待たずに部屋を出た。
勿論部外者にそう言われなくても彼女達は主の為に出来るだけの事はするのであろうが、碧子がそういう言葉を言ってもおかしくない程天賀谷と親しい間柄であることもまた確かであった。]
[天賀谷からはもう到底真実は聞けそうに無い。であれば、もう一人雲井に尋ねる他は無い。
廊下に出た時、丁度行き会った執事の施波を呼び止め、雲井が何処にいるか*尋ねた。*]
[異界に落ち込んだ天賀谷邸の中では、“あちら側”の彼女の身体が、施波に案内されて雲井の泊まっている客室へと向かっている。]
[──が。
”こちら側”では。]
[赫く玄い闇がじんわりと、壁から床から染み出して、天賀谷の横たわる寝室の中に拡がってゆく。
──刻が……止まる。]
[白い染みがぽつり、
一点天井に浮かんだかと思うと、瞬く間にそれは拡がり、
真っ白い花の蕾が開く様に形を変えて。
そのうちに……それは白くうつくしい女の顔になった。]
[ふゆふゆと白い貌が、天賀谷の真上に漂っていく。
ふうわりと黒い髪が靡いて、その白い貌の周囲を縁取っているが……
それより他は。
ある筈の白い肩も、胸も、手足も其処には繋がっていない。
ただ顔だけが。うつくしく白い、貌だけが。
其処に在って、目を半眼に開いて、昏々と眠る男を眺めているのだった。]
[“あちら側”とは異なる則で動く“こちら側”の世界では時の流れも空間の広がりも意味を持たない。
そして、“こちら側”と接触して“あちら側”の理を外れたこの場所も。
故に今、彼女は“あちら側”の自分の身体とは違う場所、違う時に同時に存在していた。]
時が来たわ、天賀谷様。
貴方の待ち望んだその時が。
[白い貌が淡々と静かに囁いた。
しかしその聲は、世界に轟く大音声となって谺した。]
[その聲が虚空に響き渡ると同時。
突如として、天賀谷が目を開けた。
眼球が眼窩から零れてしまうのではないかと思われる程、一杯に見開いて宙空に漂う「それ」を凝視する。
彼に「それ」が何であるかを認識できたかどうか。
「それ」はかたちの良い紅い唇の両端を持ち上げて嗤った。]
天賀谷様──…
[ねっとりと甘い聲。]
[がばり、と身を起こし、天賀谷は寝台から降りようとした。急激な動きに身体に繋がれた点滴や医療器具の管が引っ張られ、外れたり寝台の上へと倒れこんだりと、惨状を呈する。
しかし、天賀谷は周囲の状況には一切頓着せず、憔悴した顔を狂おしい輝きで満たして転げ落ちるように寝台を降りる。]
[白い貌がすいと降りてきて、天賀谷の背後に迫った。]
まァ天賀谷様…どうなさったの……
何処に行かれるの……
碧子が参りましたわよ……
貴方の愛しい碧子が……
[クスクスと羽のように軽やかな嗤い。]
[白い貌から逃れようとしてか、それよりももっと心を占める何かに取り憑かれてか。
天賀谷は立ち上がれないまま床に這い蹲って、じりじりと書斎に繋がる階段の方へと進もうとする。
その有様は地を這う蟲の様でもあり、凄愴であると同時に何処か滑稽でもあった。]
「…完成させねばならん。」
[譫言なのか、狂気の滲んだ声が男の唇から洩れた。]
[男の床を這う姿を、嗤いを含んで冷ややかに見詰めていたその眸が、スッと細められた。]
あの水鏡で……貴方は何をしたの。
[白い面が冷たく硬く能面の様に冴え渡り、内に秘めていた憤怒がちりちりと白い炎の形で周囲の闇に溢れ出してきた。]
[炎は男の背に取り付いて、瞬く間に覆い尽くす。
と、炎に覆われた男の背が、グッと上から何かを押し付けられた様にひしゃげていく。
男の喉から奇妙な呻きが洩れ、次いで真っ赤な血がそこから溢れ出た。
更には……白いぶよぶよとしたもの…内臓まで。]
[それでも尚、男は懸命に階下へ向かおうと床を這う。
男が身体の中のものを吐き出す異音と血塗れた音が、紅く玄い部屋に満ちる。]
[怒りの消えた白い貌に艶やかな笑みを浮かべて、男のむくろ…と云うよりは残骸に囁く。]
──無事に黄泉還られたならばまたお逢いしましょう……天賀谷様。
もっとも…
黄泉還る保証も無ければ、黄泉還っても動けるかどうかも分かりませんけれど。
それに。
私が貴方の仰る屍鬼と同じものかどうかは分かりませんもの。
私が昔仲間から聞いたのは、「飛頭蛮(ひとうばん)」という名でしたから…──
[微笑の残像を残して、白い貌は現れたと反対に、赫く玄い闇に溶けるように滲んで、白い染みとなり、点となって*消えた。*]
─3階廊下・雲井の客室前(回想)─
[執事の施波に案内して貰って、雲井の客室を訪ねた。
が、施波がノックをして中に声を掛けても返事は返って来ない。]
…まだお休みになってらっしゃるのかしら。
「食堂の方にお出になっていらっしゃるかも知れません。お食事の用意をいたしておりますので」
[訝しげに呟くと、施波が控えめな口調で答えた。]
ご免なさいね、お仕事の邪魔をしてしまって。
[すまなさそうに笑みを見せると、施波は「滞在したお客様にご奉仕するのも私共の務めですので」と職業的な無表情を一瞬だけ緩めて微笑み返した。
未亡人 オードリーが「時間を進める」を選択しました
未亡人 オードリーは、逃亡者 カミーラ を能力(襲う)の対象に選びました。
未亡人 オードリーは、書生 ハーヴェイ を能力(襲う)の対象に選びました。
未亡人 オードリーは、鍛冶屋 ゴードン を投票先に選びました。
天賀谷様があんなご様子で…
空がおかしくなってしまって…
これから…どうなってしまうのでしょうか……
私達、ここから出られるのかしら……
[憂いに沈んだ顔を伏せる。睫毛が白い膚の上に濃い影を落とした。
施波は何か言いたそうな表情をしていたが、ただ「きっと何とかなりますよ」とだけ声に出した。]
─3階廊下・雲井の客室前(回想)─
[暫し廊下に佇んでいると、何やら悲鳴らしき声や慌しい物音が天賀谷の私室の方から聞こえてくる。]
? 何かあったのかしら…
まさか、天賀谷様のご容態が、
[「失礼します。様子を見て参ります」と丁寧に一礼した後、施波は小走りに廊下を駆けていく。日頃落ち着き払った執事らしからぬ振る舞いだ。
それ程の只ならぬ様子であった。]
[碧子は。
恐怖と不安をその白い貌に満面に湛えてその場に立っていた。どうして良いか分からない、と云う様に茫然と廊下の先を眺めている。
が、やがて意を決した様に厳しい表情を形作ると、騒乱の元と思しい天賀谷の寝室へと歩き出した。]
[丁度開け放たれた寝室の扉の前に人が何人か居るのが分かった頃合いだった。
顔面蒼白の施波が物凄い勢いで引き返して来て、必死の形相で碧子の行く手を遮った。]
「いけません、碧子様。此処から先へは…」
どうしたんですの、施波さん。天賀谷様に何があったの。
もし天賀谷様が…
[亡くなったのならば、とは口には出せず、]
…覚悟は出来て居ります。どの様なお姿でも…
[気丈に言い張った。]
[しかし施波は、]
「いけません。ご覧になってはいけません。あれは…旦那様のお姿は、碧子様がご覧になって良いものでは御座いません。」
[そう繰り返すだけだった。]
退いて下さい、施波さん。
私も天賀谷様にお会いしなければ…
[強引に施波の横をすり抜けようとする。その身体に触れるのを躊躇った施波が制止しかねているところを振り切って走り出す。]
「碧子様!!」
[戸口で立ち尽くす人影の合間から“それ”を覗き込み、]
見習いメイド ネリーが「時間を進める」を選択しました
―天賀谷自室―
[ざわめきが大きくなる。
悲鳴を聞き付けた使用人たちが集まって居るのか。
「碧子様!」
施波の声が一際大きく響いた。
どさり。
崩れ折れる音。
翠は刀を握り締めたまま立ち上がり振り向いた。]
大河原様!
[施波が駆け寄って居る。
助け起こしに向かい、触れようとして翠は自分が血に汚れて居る事に気付き]
どなたか大河原様をお願いします……!
[そう呼びかけた]
扉を閉めて。
騒いでは駄目、旦那様を眠らせてさしあげて。
望月様に、お願いをして。
仁科さん、こっちへ……!
[仁科に歩み寄って手を伸ばしながら、
指示を、願いを思い付くまま口にした。そうする事が崩れ落ちない為の精一杯だった。
肉塊から溢れ出す紅い染みは、*どんどんと床を浸食して行く*]
―天賀谷自室前―
ふ…、ふふふっ…。
[部屋から出た万次郎は肩を震わせる。
階下から小さく万次郎の耳にも届く、ピアノの音。
――楽師シロタの手によるものだろうか?
この騒ぎにも心惑わされることなく、優雅に音楽を奏でてでもいるのかもしれない。
この場に彼の姿が見えようと見えまいと、万次郎にはどうでも良いことだった。
名も知らぬその曲は悲しみを誘うかのごとくに響いてはいるが、彼が肩を震わせたのは、心を切り裂くような思いにとらわれてのことでは無かった]
[人里から閉ざされた屋敷。
唐突に命を奪われ、横たわるその主。
招かれた鑑定家は刀で、その首を斬らせてくれと言う。
紅に染まった部屋。
ざわめく使用人達。
階下からは悲しいピアノが、バッググランドミュージックまでをも奏でているのだ]
ああ――。
これじゃあまるで、映画の中にいるみたいじゃあないか?
[職務を忘れず、他の使用人達に指示を飛ばす西洋人形のような翠の動き。
凛と響く指示の声も万次郎にはどこか痛々しさを感じさせ、これがスクリーンの中にあれば彼女は美しく映画に華を添えるはずだ。
そしてまた一つ、人々の目を惹き付けて物語を盛り上げるのに違いない、美貌の女の倒れる姿]
[「どなたか大河原様をお願いします……!」
哀れ椿の花は、無残な主の姿を目にして床の上。
翠は仁科に声をかけ、施波は主人の惨状を前にしてさえ冷静さを失わぬよう努め、それでも初老にさしかかるその男に一人の大人の女を運ぶことは難しい。
若く、今場にいる者の中では大河原を運ぶのにも問題ないはずの力と、使用人の義務があるはずの万次郎に、施波は指示する]
よくやるよ……翠さんも、仁科さんも、施波さんも。
[だが万次郎は、すぐには返事をしなかった]
俺達が彼らを丁重に扱っていたのは、旦那様にとって大事なお客様だからというだけの理由じゃなかったのか。
旦那様がああなってしまわれた今…、招かれたお客様とやらの立場にどれほどの意味があるんだ。
仕える主がああでいて今…、使用人という俺達の立場に、どれほどの意味が?
ましてや――、
旦那様を死に至らしめた者が、あるいはこの屋敷の中に居るかもしれぬと言うのに。
その可能性はお客様であろうと俺達であろうと、等しく……
[万次郎の呟きには取り合わず、くり返し指示の言葉を続ける施波]
……わかったよ。
[...は使用人の顔を形式的に取り戻して、動かぬ主を前にした苦しい胸の内を取り繕う微笑みすら見せずに、無造作に床へ倒れている大河原に歩み寄る]
それではお客様…、今お運びしますので。
[万次郎には到底軽々というわけにはいかずとも、力を込めた腕でその女を抱え上げると、大河原の部屋へと運んだ。
誰も見ていないその部屋の中で、自分を天賀谷の部屋前から離れさせたその「お客様」をベッドへと横たえさせる万次郎の所作は、とても丁重とは言えなかった。
...が放り出すようにベッドへと投げる美しい女を、柔らかなマットだけが優しく*受け止める*]
──三階・天賀谷自室──
[望月が離れて行く時に再び目を見開いた。
不死の話を匂わせながら出て行く枚坂と、首を切り落とす決心が出来たなら呼んでくれと言う望月の対照的なうしろ姿に──、]
…アァ、自分は旦那様の考えが分かりません。
死相が見えるなんてえ生易しいもンじゃあ無く、此れ程恐ろしい目に遭うかもしれぬと言うのに、何を成したかったと言うんでしょ。
…自分には分かりません。
もしかして、屍鬼を利用して不死身になりたかったのですか…ね?
確かに、死ぬのはおそろしい。
失われてしまうのは、おそろしい。
だが、人成らざるものに変わってしまうのは……。
屍鬼に旦那様は本気で成りたかったんで?
アァ、自分は何を言っているのか。
[二階ホールから、シロタの奏でる葬送行進曲が現実離れして空虚に響いてくる。現実的なのは、施波と翠の声。呼びかけられ、伸ばされる手を取り、震える膝で何とか立ち上がる。]
『動かなくちゃ…いけねえ。』
自分は、望月様を──呼びに。
[「呼びに行く」と言おうとして、絨毯の血の海に足を取られずるりと滑る。]
[十三は既にこと切れ、十分に血を(内臓まで)吐き出し切ったと言うのに、床の赤黒い血の沁みは、まだ広がり続けている。毛足の長い絨毯の上に、血溜りと言うより池と呼んだ方が良い程の量に増加していた──。]
[さつきの手紙はすっかり血に浸り、封筒の一部と思しき部分だけが赤い海から姿を覗かせているばかり。
血はまるで粘液質の生き物の様にうねり、広がり…──。
その動きは何かを探し求めている様にも思える。
事実、血液は三階の廊下へは広がらず、十三の部屋の奥にある二階の書斎へ続く階段へと、誰の目にも明らかな程、大量に流れ込みはじめた。]
[仁科は思わず血の海に転げそうになり、手を付く。
生温い感触に鳥肌が立つ。血の海に手を入れた事も、此処までの量の血液の匂いを嗅いだ事も無い。嘔吐感がこみ上げるが堪えた。]
──…血が。
な、んだ…生きてるみたいな此れは……。
『本当に血なのか?』
『もし、本物の血なら、此のままでは二階の、旦那様の一番大切なコレクションが血に水没してしまう。』
[現実離れしすぎた光景に、やはり日常的なのか非日常なのか分からない事を考えた。]
─回想─
[江原と望月を置いて自室に戻ってから、煙草を灰にし続けている]
……望月さん、だったな、彼は。江原にサムライ呼ばわりされて、ちょっと困っていたようだったが。
彼も、屍鬼対策で呼び出されたか?
[望月は素振りがどうとか言っていた。剣術の心得はあるのだろう。]
長物が扱えるわけではない俺は、何のために?
[煙草を指に挟んだ自分の右手に目をやる。]
……修練をやっといたほうがいいのかも知れんな。
農夫 グレンが「時間を進める」を選択しました
[まだ半分以上残っていた煙草をもみ消し、口の空いた箱も、鞄の奥に押し込む。またしても胡坐をかいていたデスクの上から跳ね降りたとき
───幾人かの咽喉から発せられる悲鳴。]
何だ?
[聞こえた声の大きさから察するに、ここからさほど遠くはあるまい。]
様子を見てくるか。
─回想・3F自室→3F天賀矢私室前─
[廊下に出る。翠・藤峰・望月らが、相次いで階段を上って来、一様に向かう先は天賀矢の部屋か。
自分も後を追って、廊下から見たものは]
……っ!───これは……
[体から血を噴出し、内臓を吐き出し、およそありえない状態でいるのは天賀矢。
2階から駆けつけた者たちや、元からここにいた者、無論自分にも*なす術はない。*]
―2階・食堂―
[騒ぎを尻目に、一人天を見上げている。
皆の様子から大まかな事態は把握している。]
……不死か。愚かな。天命……だな。
[顔色ひとつ*変えない*。]
─天賀谷家・庭一隅─
[片膝をついてしゃがみこみ、地面にそろえた右の手指を突き立てる。
かれこれ、三時間以上もこの動作を続けているだろうか。
にもかかわらず、不思議と指先を傷めた様子はない。]
やれやれ、長いことサボってたのは覿面だな。これじゃぁ、何かあったときに間に合いやしないんじゃないか?
……でも、何かってのは何なんだろうな……
[昨晩。奇怪な死を遂げた天賀谷。屍鬼に取り付かれての事か。]
首を刎ねねばならんかもしれんと望月さんは言っていたな。その場合は自分がやる、と。やはり腕に覚えのある人だったか。
[一人ごちつつも、地面を突く動作は決してやめない。]
──黄泉平坂。
ですわね。
[翠、藤峰、望月が次々と食堂を後にする。
夜桜は、江原へと一瞥を向けた。妖しげな色香を、ひとひらでは、微かにしか感じぬ桜の匂いのように、纏っている。]
この様子、天賀谷さまは死んでしまったご様子。
[食堂に隣接するホールからは、よく調律されたピアノから澄んだ──だが物悲しいメロディが流れてくる。三階の悲惨な場景に比べると、未だ美しさが際立つ音色である。]
[夜桜は、三階へと向かう──。]
──二階食堂→三階へ──
[椿は落ちる時に花より落ちる。
ぽとりと。首が落ちるように──。
夜桜が辿りついた時には、女──大河内碧子が崩折れた時であった。だが、その様にも表情を変える事はない。施波が、藤峰に指示をやっているが、藤峰はその指示に従う事をしぶっている。(どうやら職務としてのものを望まなくなっている。)]
[ヒューバートが屍鬼について語っていたことの断片が脳裏に浮かぶ。]
「まぁ、屍鬼ってやつはヴァンパイア的なものと考えても間違いではないようだ。」
とすると、心臓に致命的なダメージを与えることでも滅ぼすことができるってことになりそうだ。
なるほど、それで俺は……
[自分が延々とやってきた事の意味にようやく気づいたようだ。
半ば無意識の行動の理由を認識できてほっとしたせいもあろうか、
ふと動作をやめ、立ち上がってあたりを見渡す。
ここに来たとき見惚れた花。今は月と太陽の相反する性質の光に照らされているせいか、禍々しさを孕んだ色に見えてしまう。]
[「自らの命」を一番にと考え始めているのだろう。既に出来上がっている人間関係が崩壊してゆく──否、そのようなものは簡単に崩壊するのだ。薄氷の上に、現実は成り立っているのであるから。
夜桜より見れば、藤峰もスクリーンの中の登場人物の一人であり、薄膜の向こう側に存在(い)る人物なのであった。]
―自室―
う……。
[緊張の糸が切れたのか、刀を抱えたままベッドに倒れ込んでしまう]
いけない、刀の手入れをしないと……。
[呟くが、長時間の素振りに疲労していた身体は、本人の意志に従わない。瞬く間に眠りに落ちてしまう。
望月は曖昧な時間の中で、切れ切れの夢を見ている]
[立ち上がってみると、咽喉が渇いていたのに気づく。]
食堂にでも行って、紅茶でもいただいてくるか。……でもそういえば……、
ここの主人が亡くなったとなると、ここで働いている人たちはどうなるんだろう?
[気のいい青年に見えた藤峰、なかなかに利発そうな翠、温厚篤実を絵に描いたような施波といった人々の顔を思い浮かべる。
自分がどうこうできるものでも、自分にそういう力もないのを承知で
彼らの今後がどうなってしまうのか、と考えつつ屋敷へ戻る。]
──三階/天賀谷私室──
[施波や集まっていた他の使用人達から、この場で起こった事の大体のあらましを聞いた。施波の制止も聞かず、夜桜は静かに室内へと入る。
ひたひたと寄る血──女の陰より溢れ出す血のように留まる事はない。臓腑と吐瀉物の入り混じった臭いにおいが室内を満たしていた。
天賀谷は寝台の上に寝かされている。]
屍鬼とし、黄泉還ろうとするならば首を斬るしか道はないと思います。主人、天賀谷さまの御意志がどうであろうとも、黄泉に逝ったものは現世へ戻ってはこれぬさだめ。
還ってこようと、それはもう黄泉の国の住人なのです。
[室内へ、おっとりとした夜桜の声が満ちた。]
─庭→2F食堂─
[食堂に入りかけたメイドを見かけて、紅茶とマーマレードを頼む。
入ってみると、江原が一人立っている。]
よう。お前さんも落ち着かないのか、この異常事態で。
主人として見えようと。中身は違おうておるでしょう。
[屍鬼から喰われれば、単なる死者に成り下がるのみであろうが。]
[天賀谷自身が黄泉還ろうとしている様子はない。] [が]
[夜桜は、この場の一時的なる纏りを与えるため、単なる意見として述べたのであった。]
[境目たるこの異界にて、蠢く血液。屍鬼と化そうとはなさぬものの──吉凶の類ともまた違う予感を、夜桜に齎した。]
―3F客間―
……血が。
血が止まらない。
何なの、此れは……。
[不吉な紅い河は屋敷を這いずって行く。
夜桜がその根源へと歩みを進めていく。]
夜桜さん、いけない――……
[囁くような声しか出ない。
それでも翠は制止の言葉を掛けた。
夜桜は止まらない。
彼女の落ち着いた、静かな声色が響く。]
―――……。
[奇妙なもので、夢の中でまで望月は鍛錬をやめない。
素振りではなく、据物斬りをひたすら続けているのだ。
畳を斬り、竹を割り、生木を倒し、堅い陣笠をも断ち切った。
鮮やかな切り口を見せて転がる据物に飽きたらず、石灯籠に斬りつける。其れすら他愛なく二つに斬れてずり落ちる。
斬る。斬る。斬る。
――しかし、足りない。こんな事を己は欲しているのではない]
オキナワ、ね。
[自分と江原は所属が違っていたため、同じ戦場に立つ事はなかった。
もっとも、オキナワの戦地の模様は聞いたことがある。悲惨を極める状況だったらしい。]
『……でも、ダッハウも相当なものだったんだがな』
[口には出さない。体験した戦地の悲惨さ比べなど、悪趣味というものだろうし、
語りたいものでもなかったから。]
―書斎―
[上階に集まった人々の騒ぐ声が、何故か遠いものに聞こえる。
書斎は奇妙に静かだった。]
『誰も彼も、天賀谷の部屋に集まっているのだろう。
となれば、今の内に……』
[書き物机に寄って、抽出を検めようとする。
奇妙な音に気づいたのは、その時だった。]
『水音……?』
[階段の方を見やる。
――ぴちゃり。ぴちゃり。
階段の暗がりから、何か暗い影が床に広がって、窓から入る明かりに照らされた領域に侵入した。
暗黒が、光に触れて、赤黒い色彩を帯びた。]
[オキナワ―江原が活躍した戦場でもあり、
同時に彼の故郷でもあった。]
……私は名誉と引き換えに、大事なものを失ったのだよ。
[左手で印綬に触れる。左腕の動きがぎこちない。]
………まあ、私の話はいい。
聞こえた話によると、天賀谷氏の首を刎ねる刎ねないで
揉めているようだな。違うか?
さあ、あたしにも。
翠さん、主人のこの血──何をなそうとしているのかしら。
[吐き気を齎す光景と匂いの中、翠を振り返る]
流れ、流れゆく先は、
階下みたい。
ああ、屍鬼に憑かれてしまった者は、首を刎ねないと解放されないとか、そんな話だったようだ。
とはいえ、長らく使えていた人たちが、「はい、そうですか」と納得できるかどうかは判らないがね。
[自分もうろ覚えのことを江原に*説明する*]
首を切るしか、
ないのなら。
[刀を手に。]
そうすべきだと思います。
其の時は、
「自分に謂え」
と望月様が仰っておられました。
もしも御客様の手を汚すことを良しとしないのであれば、私が。
[言葉を其処で切り]
[夜桜が翠の方を振り返った。
何故だろう、とても落ち着いて見えるのは。]
まるで意思を持っているように見える。
何かを伝えようとしているのかしら。
……階下に向けて……
行く先は……水盆?
[まさか、と思いながらも
水盆に固執する今は亡き主人の姿が脳裏に甦った。]
―自室・夢―
この塔はなに?
[そう訊ねるのは幼い望月龍一]
「山田浅右衛門が建てた供養塔だ」
……誰の供養をしてるのさ。
「浅右衛門自身が斬首した罪人たちだ。屍さえうち捨てられる者たちのため、私財を投じてこうして供養の塔を建てたという。
希有な一族だな、君の先祖は」
[気づくと連れは天賀谷の姿になっている]
「死刑執行人として、罪人に苦痛なく死を与えるための鍛錬を怠らず、辞世など詠む者の心を理解するために和歌を学んだ。それが君の先祖だ」
………ふん。
[思想家の顔から、軍人の顔へ。]
その甘さが、我々に取り返しのつかない事態を
引き起こしたらどうするつもりか、ド素人め。
[士気を高める江原を尻目に、由良は自室へ引き上げていった。]
[夜桜は翠の決意を聞くと頷いた。]
翠さん、刀を扱えるのね。
──あたし達も、向かいましょう。
[夜桜は、翠達を促した。
今や河のように流れる血。不気味である。
仁科は、濡れた頬もそのままに、この匂いに苦しそうであった。夜桜は、清潔な手拭(形は殆どハンカチだ)を取り出して、汚れた顔を拭ってやる。匂いを遮るようにと、仁科に渡したままにした。]
[来海は呆けていた。
物音がした。自分は叫んだ。
自分のよく見知っている人間、
それでいて変わり果てた人間がそこに立っていた。
彼の手が空を掴んだ。その目が何かを捉えた。
その刹那ふと彼と世界を結んでいた糸が切れた。
死んだ。 『毒』? 異常な光景だった。
紅い、黒い、おぞましい臭気。
周囲で声がした。『屍鬼』?
何をバカな。何をバカな。
これは夢だ。何かの悪い夢だ。]
[望月は幼い声のまま、憧れに満ちた表情で答える]
山田流居合術の極意は、死んだ者が迷わぬように導くことなんだ。
[それはもはや、形骸化した教えだと言うことを、幼い頃は理解していなかったから]
じいちゃんはすごかったって、みんな言うんだよ。
[本気で山田浅右衛門に憧れ、己もなれると思っていた少年の頃。その心のままで天賀谷に言う]
たとえ屍鬼でも、迷わせずに送ってやれるんだ!
[――屍鬼?]
―書斎―
[階上を確かめるまでもない。]
『人一人から、普通に出る血の量じゃない……。
これも怪異の内か。
まずいな。これを見たら、此処にも誰か来るぞ。』
[その血液は、ゆっくりとしかし確実に、ある方向を目指して流れ、いや移動していた。
それを避けるように廊下に向かう。
床に散乱している巻物は放っておけばその流れに浸されてしまうだろう。
取敢えず傍のテーブルに投げるように移した。
廊下へ出て、後ろ手に扉を閉める。]
……はい。
[決意を滲ませる厳しい表情で夜桜に頷く。
仁科の顔を拭う様子に、
小さく息を漏らした。
泣いていた彼女を思い出す。]
……。
[翠は刀を握り締め、階下へ向かった。]
(お、俺はどうなる。
天賀谷の支援がなければ、次の選挙が。
石神井先生との約束が。
カネが要る。返り咲くためにはカネが。
いや、違う。そんなことはどうでもいい。
『死』だ。ここには『死』の臭いが漂ってる。
嫌だ。ここには居たくない。嫌だ。死にたくない)
逃亡者 カミーラは、医師 ヴィンセント を投票先に選びました。
―自室―
[ベッドの上に起きあがって辺りを見回す]
俺に、言い聞かせようとでも言うのか。
[つい手放さぬまま眠ってしまった刀を抱いた]
死に行く者を迷わせぬ事に心を砕いていた先祖を、俺は誇りに思っていた。
死んでしまった者であっても、俺がここにいるからは、せめて。
[首さえ落とせば成仏できる。そんなものは己の盲信かも知れぬという畏れが胸をかすめる。しかし]
『俺に出来ることがあるのならば』
[天賀谷とのつきあいは短いものだった。しかし、望月が天賀谷に抱いていた人間的な好意は金ゆえではなかった。
その死で取り乱すには及ばぬまでも、彼が亡者に、屍鬼に堕ちかけているならば、救ってやらねばならないと思った]
[来海は定まらない視線でゆっくりと歩き出した。
屋敷の出口に向かって、麓の村に向かって。
いや、どこかに向かったのではなかった。
『ここ』でなければどこでもよかった。]
―回想・刻が変わる前:深夜/天賀谷別荘敷地
[一揃いの医療器具は医療車輌に積んできたはずだった。
しかし、私が考えていたよりずっと早く訪れたこの状況に対処するには、まだ足りないもの、為さねばならないことがいくつもあった。私はせめて東京の助手に新たな機器と予備の医薬品の手配を要請するべく、連絡をとりたかった。
屋敷にも電話はあったかもしれないが、あまり詮索されたいことではない。
リンカーンの扉を開き、エンジンをかける。エンジンが暖まる間に医療車輌との間を繋いでいた牽引装置のロックを解除し、切り離した。あの崖道をこの車輌を引いたまま往復するのは至難だ。
運転席に乗り込みハンドルを握りかけ、しかし私は発進を遅疑した。医療車輌を振り返る。
僅かな間とはいえ、“あれ”をこの場に置き去りにしてよいものか――。]
[錠を外す僅かな時間さえも、いつにも増して長く感じられる。
私は一抱えの大きな防水布の包みを抱き上げ医療車輌から戻ると、リンカーンの後部座席に叮嚀に横たえた。
医療車輌の錠を元のようにかけ直すと、寸毫の遅延も惜しむように急ぎ車を走らせた。]
……天賀谷さんにも困ったものだ。
民間人があんなものを手に入れて……
どんなことになっても知りませんよ。
[煙草を吸わない私だったが、煙草を愛飲する習慣がある者がこの時ばかりは羨ましくなった。車を運転しながら気持ちを落ち着かせるのに、それは手っ取り早い方法だっただろう。]
なんだ?
……妙だな。
[車を停めることのできる見通しのよい前庭から木々の中へと入ったところで、一向に周囲の景色が変わる気配もない。
闇の奥深くからざわざわと糸杉の波が湧き出でては、また新たな波が押し寄せてくる。]
――くっ
なんだこれは……
[天賀谷氏と対面した前後に頭部に感じていた疼痛がそれまで以上の強さで甦ってきた。]
ぅあ! く!
……ダメだ。
[私はアクセルを踏むのをやめ、苛立たしげにハンドルを叩いた。]
―天賀谷死亡直後
[行けども行けども別荘の敷地から抜け出すことができなかったという事実を皆にどう説明したものか。
この別荘に起きていることについて一度、そこに居る者たちが集まって意見を交換することが必要なようにも思われた。
だが、さしあたっては天賀谷の処置が私が為さねばならない最優先のことだった。]
搬出入用の昇降機を利用させてもらえないだろうか。
[こうした大きな建物、とりわけ厨房と食堂が離れた豪華な建物では食材の搬出入やワゴンの移動のために設置されてあっても不思議はない設備だ。執事の施波に頼んでみると、果たしてそれは屋敷の裏手側にあった。
台車を用いての医療用ポンプや発電機、電気的除細動器に心電図計といった医療機器の移動は使用人の手伝いもあって比較的迅速に行われた。]
―天賀谷自室
[天賀谷の居室に向かう私の耳に、『葬送行進曲』の音色が届いた。あの楽師の青年が演奏しているのだろう。
誰かが彼にその演奏を要望したものか、それとも彼自身の内なる動機によって演奏されたものであったか。私はそれを知るよしもなかった。ただ――]
人はこうして彼岸へ送り届けられるのか――
[天賀谷は過去と現在の狭間から、過去の領域に属する人へと移り変わりつつある。そのことに一つの感慨があった。]
天賀谷さん。
安心してください。
すぐに元の姿に戻して差し上げますよ。
[私は縫合用の針と糸を手にとって、横たわる彼に向き直った。]
―自室―
[身支度を始めた。刀も仔細に改めるが何処も異常はない。……あれほど鍔鳴りしたというのに鍔に少しのゆるみもないのが異常と言えば異常なのかも知れなかったが]
……よし。
[刀を手に、廊下へ出る]
水垢離をするべきだろうな。
―部屋→廊下(→井戸)
[血管を切開し、医療用ポンプに接合する。ドッドッドッという規則正しい発動音と共に、ポンプは作動を始めた。
天賀谷の躰から血液が吸い出されていくかに見えた。
だが、おかしなことに、体内に血液はほとんど残されてはいなかった。]
――妙だな?
手間が省けるといえばその通りだが……
[失血死であっても常識的には考えられないことだ。首をかしげながら、視線を落とした先に、異様に広がった血の海が横たわっていた。]
これは一体……
―井戸―
ざばり。
『冷たい』
ざばり。
『痛いくらい』
ざばり。
『けれど、今の己は穢れてはいけない』
ざばり。
『澄んだ刀身のごとく在りたい』
*ざばり*
[来海は歩いていた。夜の道を。
月明かりの下。いや月は出ていなかった。
それどころか、夜ですらない?
しかし、道は暗かった。
どれくらい歩いたのか、時間の感覚がない。
あるいはほんの一瞬の出来事だったのかもしれない。
来海は櫻の樹の下に人が横たわっているのを見た。]
女、か……? おい、お前、そこで何をしている……
おい、おいッ、オイッ!!
[返事はない、来海の声が空しく響く]
「黄泉に逝ったものは現世へ戻ってはこれぬ――」
[私の耳に、夜桜の声が届いた。]
それはどうかな?
夜桜さん。
[ずたずたになった臓腑ばかりでなく、天賀谷の肉体の損傷は思った以上だった。容易に元通りというわけにはいかない。
だが、欠損していない部位だけはどうにか縫合し終える。冷媒を頭部や躰の周囲に敷き詰め、体内には特殊な溶液を流し込んでいく。
時間のかかる処置を終え、私は一息ついた。]
―天賀谷私室へと向かう廊下、窓の前―
……まるで道化だ。
[...は窓に薄く映る己の姿に独白した。
客達よりも華やかにならぬように。
それでいて主人がその財力や、品の良さを誇示できるように。
そのような目的を以て、男性室内使用人へ宛がわれるお仕着せ。
しかし客をもてなすべき義務も、天賀谷が完全に健在であった時ほどには自分にとって重要と、もはや感じていない。
そんな万次郎には、ぱりぱりに糊の効いた白シャツも、沢山付いているのに実際に役割を果たすのはただ一つのボタンに過ぎない上着も、ただ窮屈なだけのものだった]
[にも関わらず、それを完璧に着こなしていることを確認するかのように、窓へと自分の姿を映してしまった自分への評価がそれだ]
動きやすいことが、今は一番に決まっているじゃないか。
旦那様を手にかけた者がいるとして、この屋敷内に存在するなら、警察へ……。
[――いや。
...は今この瞬間も屋敷が異界に閉ざされているのだろう事を、窓越しの紅月を見止め何となく察する]
……それが適わないなら。
殺人者に相応の報復を…、今ここに居る者達だけですることになるのかもしれないんだ。
[...は首のタイをむしり、上着を前で留める金ボタンをも外し、楽に襟元をくつろげた。
副執事から藤峰万次郎へと戻ろうとしていることへの気持ちの表れかもしれなかった]
[来海は近付くのを躊躇った。
頭の後ろで声がする。『ニゲロ』
それは理性の叫びだったのかもしれない。
それでも何かが彼の背を押した。
そして来海は見た。
女、かつて女であったもの、人間であったものが、そこに横たわっていた。もはやそれは物体だった。醜悪な物体でしかなかった。
その手には手紙のようなものが握り締められている。
もはや来海の神経は完全に麻痺していた。来海は女の手に握られている紙片を手に取ろうとした……]
[演奏の手を止め、怪訝そうにドアの外を見やる]
……随分と遅いな。しかも騒がしい。
全く、何をグダグダとやっているのだろうね?
まあ、死に顔くらいは見に行かねばなるまい。
『一応』賓客扱いはされているようだからな。
[鍵盤の蓋を閉めると、普段のそれと変わらぬ調子でゆったりと歩き出した。
この先に、どんな悪夢、どんな魔境が待っているかも*知らずに。*]
―天賀谷私室への扉前―
……。
[それでも天賀谷の部屋へ足を踏み入れようとする時、万次郎はその扉を使用人としての手付きで叩いた。
――入って良いと、旦那様の声がすれば良いのに。
適わぬ夢と知りつつ、万次郎は顔を伏せて返事を待ってしまう]
──二階/書斎前──
主人の、天賀谷さまより出でた血が、こちらの部屋へ。
私室の階段より流れて行ったのです。
[雲井を僅か見上げる形で、夜桜は答えた]
たくたくと、血池が出来得るほどの血がこの部屋へと。
雲井様……?
[夜桜が尋ねる。
其の名を復唱するように呟いた。]
……何が、……
[どう謂おう、翠は謂い澱む。
迷う間にも血は尚もその領域を広げていった。]
―自室→書斎
[処置を終えると手を洗い、服を着替えに自室に戻った。
手早く着替えを済ませ、天賀谷に渡す予定だったロセッティの素描を手にとる。]
――こんなことになってしまったが。
[そのことには、書斎に足を踏み入れる口実を得たい気持ちも僅かに含まれていたかもしれない。血溜まりは書斎に向けて不気味な影を形作っていた。]
天賀谷さんは云っていたな。
「完成させなければ」――と。
一体何を……?
[私は書斎へと向かった。]
―書斎―
[血の流れは、途中で捻じ曲げるようにして、床の上で向かう方向を変えていた。
そう。雲井がその流れから離して移した、あの巻物に向かって壁際の椅子へと。
その流れは椅子の脚を這い上がり、巻物を赤黒く浸し、そして猶も壁を上へと流れていた。
物理現象に反する流れは、ずるり、ずるり、と音を立てつつ、既に椅子とその後方の壁を覆い尽くしていく。]
[来海が女の手に触れようとした刹那。
『それ』がかすかに動き、『その』目が来海を捉えた]
アアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!
[来海は自分でも気づかぬうちに叫んでいた。
『それ』から飛び退くと、もつれる足で走り出した。
振り返ると『それ』は相変わらず櫻の樹の下に横たわっていた。花びらが舞っている。美しい。
ひょっとすると『それ』は動きはしなかったのかもしれない。あるいは櫻の花が見せた幻だったのか。
しかし、そんなことはどうでもよかった。ただただ恐ろしかった。来海は恐怖に押しつぶされそうだった。]
[壁の上で蠢動していた、最早赤い液体の様な何か、としか形容できない其は、突然本来の習性を思い出した様に、床へと落下した。
――びしゃん、と飛沫が跳ね、壁際に溜まった液体は、漸く動くのを止めた。
壁には、血の跡が残った。
文字の様な、否文字としか見えない痕跡が。
天賀谷 十三
仁科 美蘭
翠
江原 健
大河原 碧子
藤峰 万次郎
望月 龍一
賀谷 さつき
枚坂 征人
来海 洋右
神居 零
由良 ジェイク 秀一
コルネール ローゼンシュトック シロタ
雲井 晋治]
[天賀谷 十三 と読める行だけが、不鮮明に、まるで打ち消し線を引いたように血の滲みを引いていた。
文字そのものから滲み出したような赤い雫が滴って、その下に「屍鬼殺害」と読める文字を描いた。]
[だが、返事などありはしないのだ]
失礼します…。
[...は天賀谷私室へと足を踏み入れる。
一つでもいい、主人の死に関わる何かを見付けたかったのだ。
ベッドの上で凄惨に横たわっているはずの天賀谷へと近付き、万次郎は驚きに目を見開く]
これは……!
[――天賀谷、無残な姿で息絶え横たわっていたはずの男は今、最初に目撃した時よりずっとましな姿になっていた]
どうして……?
[ほんの一瞬だけ、今にも目ざめて起き上がってくれるのではないかと期待するが、目を凝らせば肌を縫い合わせた小さな痕に気付く事ができる]
……枚坂様。ありがとうございます…!
[あの方が処置して下さったのだと知り、万次郎はその場に居らぬ者へ対して深く深く頭を下げた]
[下げた頭の下――…
そう、血はまだ流れ続けるが如く広がりを見せていた]
……!
[そればかりが蠢くそれは生き物のように、天賀谷の私室から階段で続く、書斎兼コレクションルームへと意志を持って下りて行っているように見える]
何かを探しに行かれているのですか、旦那様…大事になさっていた骨董の元へ向かわれているので…?
それとも何かを伝えたくて…これはその道標?
[異常な血の状態を薄気味悪く思うよりも、万次郎の足は素早く階段へと向かっていた]
―天賀谷私室から書斎兼コレクションルームへ―
―廊下―
[水を浴びた後持参の服に着替え、刀を手に歩く。
ぽたり、ぽたり。
服は濡れていないが、髪は乾ききらず、しずくが時折肩や絨毯に滴り落ちる]
……。
[水鏡を見やるが、無言で通り過ぎる。
冷えた身体ゆえ、唇にも色が無い]
投票を委任します。
鍛冶屋 ゴードンは、見習い看護婦 ニーナ に投票を委任しました。
投票を委任します。
鍛冶屋 ゴードンは、お尋ね者 クインジー に投票を委任しました。
鍛冶屋 ゴードンが「時間を進める」を選択しました
なんだ!?
――これは。
[眼前の光景が信じられないかのように、首を振る。]
天賀谷さん、貴方は何をしようというんだ!
[書斎から天賀谷の居室へと伸びる階段を見上げ、叫ぶ。]
──赫い、文字。
嗚、そう。
この血は──そう謂う事だったのね。
[夜桜は笑った。
自身の本名を見て、風に煽られた桜の花吹雪のように過去が想起された──。]
[不意に、喉の奥でくっくと声が漏れた。その衝動は私を突き上げる。
私はそれを止めることができない。
哄笑が湧き起こり、身を波打たせた。]
アハハハハハハ!
あーっはっはは!!
天賀谷さん、貴方、やっぱり生きているじゃぁないか!
まったく人騒がせな人だ。
相変わらず、人を驚かせるのが好きな様子だね。
あーっはっはっは!
[しかし、その嗤い声は赤黒い紋様が文字のように定まっていくにしたがって、尻つぼみに掻き消えた。]
――なんだ?
私の名前が書かれているじゃないか。
それに……
[「屍鬼殺害」、と天賀谷の名の下に冷厳な文字が刻まれていた。]
[刀を持った手とは逆の手で、
翠は口元を押さえた。
本能的な恐れが体を震わせた。]
……名前?
私達の……
旦那様の名前、消えて―――
[柳眉を寄せて、それでも翠は其のおぞましい光景から眼を離せずに居る。
――屍鬼が 殺したんだよ
其処には
確かな殺意が浮かび上がっていた。]
[――ギクリ。
階下から複数の人間の声、そして今枚坂が天賀谷へ向けて問い叫ぶ声が耳に届き]
……何だっ!?
[...は向かう足を早めた。
天賀谷私室から続く階段を下り書斎へたどり着くと、そこには自分以外にも赴いていた者達がすでに居り]
…それ、は?
[血は書斎の壁に、意志持つ何かが描いているかのように跡を残していた。
呆然と立ち尽くし、その場にいる者達へ事情を問うような目を向ける]
文字…?
血は文字を描いて……?
[やはりそれは物語の中であるかのように、妙な雰囲気であることに変わりなかった。
静かに笑む夜桜、哄笑の声をあげる枚坂。
...は自分もその一員だろうかとどこかずれた思いにとらわれながら、その場へ佇んでいる]
「天賀谷さん、貴方、やっぱり生きているじゃぁないか!」
[階段の上から枚坂の声が聞こえ、歩を早めた。刀を握る手に力を込めて。階段を上がれば書斎に集まった人々を認めるだろうか]
→書斎近くの廊下へ
……やれやれ。
最悪の予想という物は、何時でも的中するものだな。
しかも、最悪の形で……。
[ぎしり、と歯をきしませた。]
─3階・碧子の泊まっている客室─
[藤峰が放り投げるように横たえた、そのままの姿で眠り続けている。
結っていた髪は床に倒れた時の弾みで乱れて、真白いシーツの上に、白い貌を縁取って放射線状に拡がっていた。
細い眉が何かに耐える様に寄せられ、滑らかな瞼にはほんの少し、暗い翳りが浮かんでいる。
と。
その目が急に、ぱちり、と開いた。]
[来海は朦朧とする意識の中彷徨していた
自分がどこを歩いているのかがわからない
自分がどうして歩いているのかがわからない
足が重い、やけに喉が渇く……
来海は崩れ落ちた、そのままピクリとも動かない
地面の冷たさが心地よい、身体に力が入らない]
疲れた
眠い……
やれやれ。
こんなのは簡単なトリックじゃァないか。
どこかに映写機が隠してあるに相違ないよ。
時計仕掛けで動くようにさえ仕込んでおけば、彼自身がこの場に居なくとも問題はない。
………。
[哄笑が静かに書斎の空気へ溶ける頃、万次郎はやっと文字を読めるほど近くへと足を向けることができた]
名前……。
[――上から六番目。
そこに在ったのは自分の名前であるはずだ。
学があるとは言えぬ万次郎は、文字の読み間違いなどせぬよう慎重に名の一つ一つを確かめる。
だがすぐに分かった]
こ、れは……。
ほとんどが旦那様が屋敷へと招かれた方々の名?
使用人のものも…勝手にこの屋敷へ入って来た者の名まで…
[そして線で消された天賀谷の名の下、「屍鬼殺害」と見えた瞬間]
そうか――…屍鬼が。
屍鬼が、旦那様を……!
[溜息を一つ。]
枚坂さん。
映写機で液体が動かせると、貴方ほどの人が本気で思うのか?
現実を、有りの儘に受け入れる態度を、科学的と謂うのじゃなかったのか?
[階段と廊下に血の跡を認めて、改めて書斎を見やる]
……天賀谷さんが生きているとは、どういう意味だ。先生。
[枚坂に問いかけながら書斎のほうへ。その手には刀。髪は濡れて、今もしずくを滴らせている]
この血はいったい……。
[雲井の声に、万次郎はそちらへと目を向ける]
最悪?
……そうでしょうか。
やはり血は、道標で……。
どうするべきか、旦那様の死後俺たちが何を成すべきか、これは伝えてくれているのではないですか?
病死か自死か事故か、あるいは望んだ死であったかもしれぬものを、この血は違うと教えてくれたのだとは…
屍鬼。
屍鬼の糞が旦那様を殺したのだと。
おかげで今それを、俺達は知る事ができたのだとは、そうは思いませんか雲井様…?
最悪などということは、きっと…ありませんよ!
――待ってくれ。
こんな話は聴いてない。
聴いちゃいないよ、天賀谷さん!
[苛立たしげに髪を掻きむしる私に、雲井の声が届いた。]
科学の埒外の現実――
雲井さん、貴方は先刻、「最悪の予想」と云ったね。
貴方は何を識ってるっていうんだ。
[ゆっくりと雲井に向き直った。]
[藤峰が謂う。
旦那様を。
旦那様を。]
……そう、居る。
居るんです、枚坂様。
……人の姿を模し
……人に紛れ
……人を喰う―――鬼。
[翠は刀をぎりりと握り締める。
天鵞絨の眼が釣りあがった。]
[そのままじっと、横たわって動かぬままに、天井を見詰めている。
開かれたその瞳はただ目の前にあるものを映すだけで、茫洋と定まらない。]
[血で書かれた名前、名前、名前。そして、屍鬼殺害の文字]
……俺の名もあるのか。
[口に出しては見たが、どこか、当然のことであるような気がしていた]
屍鬼に殺されたものは、屍鬼になると聞く……
[憂い顔を見せる]
やはり、いけない。このままでは……。
天賀谷さまは、
余程、水鏡と屍鬼に腐心されておられたのですねェ。
[聞こえるか聞こえないか、ギリギリの小さな声。
枚坂と雲井の会話が始まろうとしている。
夜桜──神居零は、翠の傍へと近づいた。]
翠さん、間違えちゃならない──。
[耳朶を息で擽る程近くへと]
──(回想)/三階・天賀谷自室…→二階・書斎──
[夜桜から受けとった手拭はヒヤリとしていた。張り付いて血塗れの顔を其れで拭う。生物の様に床を這う血液が内階段を伝い、書斎に向かって行くのを、呆然と眺めていたが…──。]
『…行かなくては。
旦那様のコレクションが。』
[血の後を追う様に、内階段の手摺に上半身を預け、滑る様にして書斎へ降りた。(階段はまだ血の海で到底、人が降りられた物ではなかった。)
無意識に手拭で両手の血を拭う。手拭は既に真っ赤に染まっていた。]
[仁科が降り切った後の書斎に、既に雲井の姿は無い。
血液が意志を持って、書物の方へ向かって居る事に気付く。
慌てて、机の上に転がっている物を全て回収しようとして、最初に目についた明らかな十三の自筆の絹張りの本の様な何か──を手に取った。書き付けの様な物だろうか。]
とりっく…時計仕掛け…?
[...はおずおずと尋ねる]
もしそうだとして…いやしかし…
しかし…旦那様がお亡くなりになったこと、あれは…とりっくでは無いのですよね?
[これがただのトリックで、それなのに何の手がかりも無く天賀谷が殺されてしまったのだとしたらそれは何と絶望をもたらす事実か]
いや…いや!血が蠢くなどと…
映写機で映されたものが、足を血で濡らしますか?
やはりこれは、仕掛けなどではなく…っ
[せめてこれは我々への道標であってほしいと、どこか縋るような目を枚坂に向ける。
確信したかのような夜桜の声はむしろ救いだった。
どこから持ってきたのか、刀を握る翠の声も同様に]
ずいぶんはっきり言うな夜桜さん。
それに…翠さんも?
あなた方にはまるで迷いというものが感じられないようにも、俺には聞こえる。
何か知っていることがあるなら、言ってはくれないか?
[板坂に]
貴方も識っているでしょう。
大陸で、先進的軍事研究と称して、どれだけ荒唐無稽な事象が研究されていたか。
貴方たち医官も随分動員されて居たはずですよ。
困ったことに、その中の幾つかは……完全に荒唐無稽とも言えなかった。
「屍鬼」はその一つですよ。
私も詳細まで知ってはいない。
何度か軍が遭遇した事件から、最初は日本への所謂テロルとして追及されていたものが、ある時から「高次の機密」に格上げされたという事くらいしかね。
それは「死んでも死なない技術」の研究だと噂されていた……。
[次に、中国の墨文字で書かれたと思しき巻物が目に付いた。
恐らく美術的な価値のある物か──其れとも、屍鬼に関係のある物か。]
『駄目だ…なんて気味が悪ィ…──。』
[ガクガクと差し出しかけた手が震える。
遡って机の方へ向かって来る血の流れが恐ろしくて、仁科は巻物を回収する事が出来ず、壁際に下がった。
後は──…その巻物を染めた血が仁科が居るのとは別の壁に向かい、血文字を描き終えるまでを──…只、呆然と見つめる事しか出来なかった。
何時の間にか、扉が開き──雲井や夜桜達が入って来ていた。]
[翠にやってきた藤峰青年、天賀谷の使用人であった彼らが主の敵の名に色めくのは無理からぬことのように思えた。]
屍鬼……
ちょっと待ってくれ。
この中の誰かの中に、そいつが潜んでいるっていうのかい?
[「居る」と云う翠の言葉にも未だ確信めいた現実として受け入れられずにいた。]
[夜桜の声が直ぐ傍で聞こえる。
耳にかかる息にびくりと身を振るわせた。]
……な、に……を?
[瞳を夜桜へ向け、問うた。]
[その音が発せられ、そして空(くう)に消えていくと。
瞳に僅かに光が戻った。]
……雲井様。雲井様にお会いしなければ。
[だがその表情はまだ、夢中にある者のそれであり、現が見えておらぬ者の瞳であった。]
屍鬼に殺されたものは、屍鬼になると……
[望月の声にハッと目を向ける]
それでは、やはり?
枚坂先生が仰っていたように、可能性はあったんですね…?
旦那様が再び目を開け起き上がる、その可能性が!
ならば…
[憂う望月に懇願する、しかし強い目を向ける]
ならばあのままにしておきましょう!
首を切り可能性を失わせてしまうことこそが、いけないことだ…
死んでも死なない…。
そんなものがいるんだろうか。
[雲井の言葉に素朴な疑問を投げかける。望月の屍鬼への知識は噂話の寄せ集めに過ぎない。だから、それについて思うことも、個人的な感想にすぎないのだが]
それはもう、生きている者じゃない。
自分が死んだことを受け入れることが出来なくって、迷ってるだけなんじゃないのか。
『この中の、誰かが、本当はもう、死んで、迷って』
[来海が目を覚ますと屋敷のベッドの上だった]
そんな…… あれは、夢、まさか……
[呆然とする来海に屋敷の使用人が説明する
天賀谷の死を目の前にして動転した来海がふらふらと歩き出して廊下ですぐに倒れたこと
それからベッドに運ばれて眠っていたこと
それにしても腑に落ちない
あの感覚が、夢?
そのとき来海は声をハッキリと聞いた
『バカガ ニゲラレルト オモッタノカ?』
!!??]
[確保した十三の書付と思しき本を抱えたまま、]
──…施波さんやら。
名前が無い者が居ますやねえ…。
あたしの名は、多分此処では旦那様しかご存知無いのに「美蘭」と書かれている。
此れは…一体。
――ほう
雲井さん。貴方、よくご存じのようだ。
貴方は一体何者だい?
[雲井は私に向けて「識っているはずだ」という。まさか、あの場所のことを識る者が……?]
無論、様々な研究が行われていたことだろうね。
そして、君は「荒唐無稽」というが、そこに居た研究者は皆大まじめだったことだろうさ。
「死んでも死なない」そういう現象もありえるだろう?
人は簡単には死なない――。
[望月の言葉に頷き。]
そうでしょうな。
だが、あの頃その違いを云々する者は居なかった。
致命傷を負っても戦い続ける兵士が存在し得るなら……。
命令さえ聞くなら、それが生きていようと死んでいようと、気にしなかったでしょうな。
[翠にだけ聞こえる声で囁こうとした夜桜は、だが、藤峰が尋ねかける声に口を噤んだ。──が、再度、藤峰の注意が、望月や雲井達へ向くと、口を開いた。]
さつきさまは、屍鬼ではない。
[翠にだけ囁く。問い返そうとした翠へ向け、指をあてるとそれ以上の追求を留めた。雲井達による話が始まっている。]
[藤峰をじっと見る。その狂おしい思いのほどを量ろうとするかのように]
天賀谷さんを死なせないということは、あの人を生きられない身にするということじゃないのか。
[首を静かに横に振りながら]
藤峰さん。あんたは天賀谷さんを輪廻転生の輪から弾かれて、生きておらず死んでおらぬ惨めな彷徨い人にしたいのか。
自分が死んだことを受け入れることが出来なくって、迷ってるだけ…?
だが望月さん!
[首を横に振り]
自分が死んだことを、それに自分が死ぬことを受け入れることができる人間なんて、果たしてこの世にいますかね?
誰だって生きてたいはずだ。
誰だってずっと、死にたくないはずだ。
旦那様もきっとそうだった。
生きている者じゃないとして…
死んでもいない者なら、旦那様がまた目を開け身を起こし手足を動かせるなら…
それでいいじゃ、ありませんか……?
如何にかして、この屋敷を元の世界に戻して、自由になる術を突き止めねば……
[異界の闇の中では、白い貌が冴え冴えとした聲で呟いていた。
その重たげに半分だけ閉ざされた瞼の奥の、夜より黒い瞳が冷たい光を放った。]
[藤峰の言葉に首を振る]
それでもいいかも、知れないね。
ただ屍鬼は、人を襲うらしいよ。
それが、正確にどう謂う意味か迄は解らないが。
君の旦那様が、もし身を起こし手足を動かして……此処に居る我々を襲い始めたら……それでも、いいかな?
藤峰君、可能性はあるんだよ。
屍鬼になってしまう、そんな話はさておいても。
それをなんて呼ぶかは、意味のないことだ。
一度死んだかに思えた人が、戻ってくる――それは決してありえないことではない。
土葬した棺を掘り起こすとね、その棺の蓋の裏には、幾筋もの爪の後が残されていた――そんな話は聞いたことがないかい?
埋葬した後、息を吹き返した事例はいくつも記録されている。
[雲井を見ぬまま、哀しそうな声で]
不慮の死、非業の死、苦しみの多い死を遂げた人は鬼になりやすいと聞く。戦場には、そんな死が満ち満ちていた。…屍鬼を産む母胎として、あれ以上の場はないだろうな。
[短い期間だが戦場を見た望月には、少し判る気がした]
[さつき様は、屍鬼ではない。]
……ぇ?
[眼を丸く見開く。
夜桜の囁きを反芻する。
口を開こうとして、夜桜の指に制された。
小さく頷く。
そうか、彼女は伝承の―――?
雲井たちの言葉が続く。
水鏡は今も揺れているだろうか。]
[さながら夢遊病者の様に…否、ある意味そうであるのかも知れないが…寝台から起き上がると、ゆらゆらと覚束無い足取りで扉へと歩いて行く。]
惨めだって…?
[望月の自分の思いを量り、そして諭そうとするかのような目付き。
だが望月が言わんとすることが、万次郎にはわからない。
行き場の思いを己の頭をかきむしるようにぶつけ、それは乱れゆく]
旦那様を死なせないということは、あの方を生きられない身にすること…
……何を言ってんです?
りんねてんせい…、それが、それが何ですか。
その輪から弾かれるということが、一体どれほどのことだと言うんです?
旦那様が再び動き、物を言い、また俺を…俺達をその目に映す。
叶うというのなら、それの何が惨めだ?
[藤峰に向ける声は優しいまでの響きを帯びている]
それでも、生まれたものはいつか死ぬ。
それが定めだ。いつまでも中有を彷徨っていては、本当に逝けなくなる。業が深まれば、いっそう悪い。
[なまじ、天賀谷の亡骸があればこそ藤峰がこんなにも揺れるのだ。それも一つの業ではないか]
藤峰君、間違っていない。
間違っているものか。
脳梗塞などの病に倒れ、意識を失った者はたとえ命をとりとめたとしても、後に重い障害を負っていることはしばしばだ。
言葉が通じなくなったり、以前と違った人となってしまったように思えることだってあるだろうさ。
それでも、家族がその者を愛していれば、見捨てることはできるものじゃない。
[目の前では、不老不死に関する研究のおぞましい話が現実に有った事として語られ始めた。
しかし、その話が無かったとしても、]
…──藤峰君。
あたしは麓の村で屍鬼の話を聞いたよ。
屍鬼は生きた人間の肉を求めて彷徨うのだと……。戦争ならば、敵兵を殺して其の肉を喰らってくれれば良いが。
[枚坂に、]
アァ、麓の村も──土葬でしたねえ。
…だから、屍鬼が。
俺は、斬らねばならない。
[藤峰に、というより己に向けたかのような言葉]
どこに屍鬼がいようとも、それで少なくとも天賀谷さんは終われるんだ。
[大きな声ではないのに、その声が奇妙に余韻を残す]
[翠が頷いたのを見、こちらも小さく頷き返す。
夜桜は、彼らの話に集中する事にした。]
藤峰さん。
──世の理は。
黄泉還りを否定するのです。
それこそ、神代の世より。
国生みの夫婦神の話は知っていますでしょう。
醜く浅ましい姿と堕ちた天賀谷さまの姿を、藤峰さんは見たいのですか。不死者となろうと、屍鬼は生きた人間の肉を好むと──…
[ちらと、仁科を見て]
天賀谷さまも、屍鬼の話を
………。
[雲井の言葉が耳に届くと、頭をかきむしる手が止まる]
屍鬼は人を襲う……
…そんなことなら、俺だって聞いた事がある。
いいなんて、思っちゃいないんだ。
だってその屍鬼が旦那様を襲って、あんなふうにしたに違いないとわかった。
あんなふうに人を襲う者に…したいだなんて俺は、思ってないです。
でも、だけど、旦那様なら…
天賀谷様なら?
あの方なら、たとえ鬼の力なんぞを借りてこの世に戻ったとして、そんなことしないんじゃないかと…
そう…
[――思っているのではない。
思いたいのだ。
だから万次郎の声は最後に近付くにつれ、小さくなっていった]
……俺は、天賀谷さんの首を落とす。
[小さな呟き。しかし聴こうと思うものの耳には届くだろう。
踵を返すと、血に染まった廊下を歩んで天賀谷の部屋を目指す]
――仁科さん。
天賀谷さんが、どれだけのことを識っていてこの場所を選んだのかは判らない。
でもね――
[「――振り返ってはいけない。振り返ると……」 村人たちの囁きがザワザワと耳の奥を擽る。]
この場所なら、ありえないことではないと――そう天賀谷さんが考えたとしても不思議はないよ。
此処では時々……死んだ人が帰ってくるというからね。
麓の村から…──
あたしが車で連れて来ちまったんだろうか。
何故だか、そんな気がして成らない。
否、旦那様は……。
随分と窶れていらっしゃったが。
……枚坂先生。
[...は力なく悲しい目で、それでも笑んだ]
そういう意味でおっしゃっていたんですね?
つまり死んだと思っていた者が実は、本当には死んでいなかった。
息は止まったが、実は生きる力をまだその身に残していた。
そういう人達が埋葬した土のした、棺の中で息を吹き返すことがあるという、そういう意味で…。
だけど旦那様ははらわただって、血だってあれほど吹き出してしまわれていた…。
それでも…形さえ整えれば戻る可能性があると…
先生はそのように?
…俺は馬鹿だし、人間は陶器の壷でないと分かっちゃいます。
でもすっかり粉々になったものは、もうどう頑張っても元の形には戻せなかった…。
天賀谷様も…あれはまるで粉々のそれでした…よね。
屍鬼を…。
あたしが連れて来ちまったんだろうか。
その所為で、旦那様は殺されて…──。
アァ、こんな事はおそろし過ぎて口にも出来やしない。
[「振り返ると――死人が……」 私は部屋を出ようと踵をかえす望月青年を振り返った。その視線の先には階上の扉。]
天賀谷さんはそこにいる!
眠ってはいるが、以前とは変わらぬ姿で!!
貴方は二度も彼を“殺す”のか――
―廊下―
[枚坂の声が聞こえる。答えながらも歩みは止めない]
……眠らせてやりたいんだよ。
あのまんまじゃ、天賀谷さんはどこへもいけない……。
定めなんてどうでもいいじゃないか!?
少しは想像してみたらいいんだ!
あんたにとってちょっとでも大事な人が、死んでしまった時のことでも!
[望月の優しいまでの響きが逆に悔しいのだ。
叫びにも似た声量で言葉を向けてしまっていることにも、後悔の気持ちが生まれる余裕がない]
いつか死ぬとして…それが今じゃなくたって、良かったじゃないか。
本当に逝けなくなる…どこに。
教えてくれ、どこに?
大事な唯一の全部は、俺達が生きている、ここ…
ここだけじゃあ、ないんですか。
藤峰君、私は医者だ。
医者の努めは、患者をその家族が見放さない限り、元通りになる可能性を追い求めることだと思っているよ。
[私は藤峰青年にできる限りの真摯さで答えた。]
諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽
[諸行は無常であってこれは生滅の法であり、生滅の法は苦である」
「この生と滅とを滅しおわって、生なく滅なきを寂滅とす。寂滅は即ち涅槃、是れ楽なり」
――止めてくれと言ってるのに!
[天賀谷の部屋へと向かう望月の背に叫ぶ。
間違っていないと肯定してくれる枚坂の声もその後押しになった。
元通りになる可能性を追い求めることこそ医者の務めと思っていると言う言葉には、いくらか感じ入った目で頭を下げて。
屍鬼は生きた人間の肉を求めて彷徨うのだと…そう言った仁科の声は聞こえないふりをした。
醜く浅ましい姿と堕ちた天賀谷さまの姿を、藤峰さんは見たいのですか…その夜桜の声からは手を使って耳を塞いだ。
止めたいと今はそれだけを願い、万次郎は望月の後を追って部屋を出る]
俺はどこにも行かせたくないし…終わらせたくないんだ…!
―天賀谷私室の前―
[声から離れるに従い、空気は血に澱んでいくが、望月の心は澄んでいく。自分に向けられた声も、すでに遠く感じられた]
『生きるってことは――』
[扉を開けた]
『死んでいくってことなんじゃないのか?』
[仁科の意識が遠のいて行く。
麓の村での記憶を探ろうとして…──何かが上手く繋がらない事に気付く。]
──…自分は…。
あの日、どうやって。
[葬式の終ったばかりの農家] [妹の恋人]
[独りだけの青年] [鉈] [鎌]
[血塗れの…──]
[血塗れの…──]
[血塗れの…──]
[────…記憶が無い。]
[昂ぶった感情のせいで、書斎内の階段を使えば良いと気付けなかった。
足ももつれ、いつもよりも息が乱れる。
追いつくことができるかできないかより、諦めたくないという気持ちがそうさせた]
やめてくれ、止まってくれよ……望月さん!
[藤峰青年に斯様に慕われる天賀谷は幸福な人物であるように思えた。
ただ一介の知人である私に望月青年を止められる道理もない。
だが、姪のさつきがこの場に居たらどうしたであろう。
結婚を申し込まれていた、 碧子ならどうしたかったであろう。
さほどの交流のない親類であれば、その運命は容易に見切りのつくものだっただろうか?
碧子が、たとえどのような姿になっても愛するというほどに天賀谷への思いがあれば、結婚を既に受け入れていたのであろうか――などと、私はその周囲の人間模様に思いを馳せていた。]
未亡人 オードリーは、異国人 マンジロー を能力(襲う)の対象に選びました。
―天賀谷私室―
[じっと天賀谷を見ている。なるほど、枚坂の腕は確かだ。あれほどむごたらしかった亡骸なのに、今は眠っているように見えなくもない]
天賀谷さん。
此の世に不死なんて、ないんだ。
[すらりと刀を抜く]
……鍔鳴りが、聞こえる。
[その音は、望月以外の誰にも聞こえまい。刀に震えはない。鍔も鳴ってはいない。
音は、ただ望月の中にある。
…まだ震えている]
私は嫌……。
私は嫌です。
旦那様が屍鬼となって、
かつて旦那様が自分で語られたような、、
あの恐ろしい鬼になって徘徊する姿など見たくない!
人を殺め、喰わずには居られないなど、そんなのは、そんなのは……!
[翠の言葉の最後は悲鳴のようだった。
我侭なのだろうか。
分からなかった。
*――分からなかった。*]
こんなに頼んでいるのにどうして!
[痛みを感じるほどの声で叫ぼうと、頼もうと、喚こうと、言葉を吐こうと――…望月は止まってくれないのだった。
声は次第に悲痛さを増し、万次郎は怒りすら感じ始めているようだった]
どうしてそんなに首を斬りたいんだ…望月さん!
――望月!
もしやおまえが旦那様を殺した屍鬼で、旦那様が目覚め犯人の名を言っては困るからか?
……どうなんだ!
[真に迫るその声は、しかし完全なる本気と言うわけでは無さそうだった。
ただそれで、彼の足が止まってくれればと思っているということは伝わってしまうかもしれない。
それでも諦める気持ちではなくて、怒りを燃やしてそのことが自分の足をもっと早く動かしてくれればと万次郎は強く願った。
そしてすらり刀を抜いた望月の腕を、万次郎は強く掴む]
止めろ!!
[迷わぬように。それだけがただ祈り。涅槃経を唱えながら、刀の柄に添えた右手の指に力を入れて握りなおしていく]
…諸行無常、是生滅法、生滅滅已……
[人差し指、中指、薬指、と指を握って行く]
あんまりだ…あんまりじゃないか?
経など唱えて、それはあんたが今からこの人をもう一度殺すのだと、自覚しているからじゃないのか!
[怒りよ燃えてくれと、万次郎は強く願っている。
そうすればこのびくとも動かない腕をどうにか、どうにか止められるかもしれないではないか?
それでも動かぬ腕に、望月の腕を掴んだのと逆の手で刀を握っていく指を剥がしたく願い、それをも外そうと手を伸ばしもがく]
……寂滅為楽
[刀を振り下ろす動きが藤峰を振りほどく。
さぱっ、と軽い音がして、望月の刀は天賀谷の首はおろか、ベッドの中ほどまで切り込んでいた]
「――せんせい」
[なぜか、夜桜の声が聞こえた気がした。]
斬れることは――
思い切れることは幸せなことだ……
[呟きが漏れる。望月青年に向けた眼差しはどこか眩しげに細められていた。
ゆっくりとその姿を追い、階上へ向かう。]
「あの恐ろしい鬼になって――」
[悲痛な翠の叫びが耳を打った。彼女もまた……識っているのだろうか?
死はおぞましい彼岸のことに相違ない。]
どうしてそんな静かな顔を……!
[望月の横顔は哀しさすら感じさせた。
――わからない。
この静かに経を唱え天賀谷の解放を望む男。
それからその瞳に己を映し、それまでの生涯でただ一度頭を撫でてくれた男をどのような姿ででもこの世に在らしめたいと願い――執着だろうか?
…執着ゆえに恐らくは鬼の形相で、醜く浅ましい姿になると知りつつも、天賀谷をこの世に残そうとしている自分と。
どちらが――間違っているのか]
………っ!
[迷いは望月に掴みかかる手を緩め…いや、きっと緩まなくとも望月はやってのけていた。
...は振りほどかれ、床へ転がった姿でそれを見た]
[斬られた胴体にもはや血液はほとんど残っていまい。切り口はつるりと鮮やかであった。
刀をベッドから抜くと、シーツで拭って鞘に収めた]
…おまえさんも泣いてやれ。天賀谷さんのために。
[藤峰にそういうと、手近なタオルでそっと天賀谷の首を包んでやった]
[――望月が刀を振り下ろすのを見た。
音は床へと己が転がる衝撃で、聞こえなかった。
だが刀が天賀谷の首を、ベッドの中ほどまで振り下ろされた刀によって切断されるのを、悪夢のように見ていた。
首は床に落ちた。
もう今は胴から離れ、それは床へと転がり――
…床へ転がった”それ”の瞳は、決して自分を映してくれてはいやしない。
初めて会った時のように、これほど近くに在るのに]
〜〜〜〜っっ!!
[獣が絞められている時のような声が聞こえると、体から魂の剥離したような心持ちでそれを耳にした。
…そうではない。
それは自分の声だった。
だが叫んでいるのか泣いているのか喚いているのか、怒りの声を望月にぶつけているのか、自分でもさっぱり分からない]
…………。
こうなってしまったら、仕方がないね。
望月君、その首級をどうするんだい?
思い切るなら焼き尽くしてしまう他ないと思うが……
[私は沈痛な面持ちで訊ねた。斬られた首の断面からは透明の不凍溶液が零れだしている。]
[抱きかかえた首の重さを感じながら、天賀谷の往生を願った]
天賀谷さんの好きな香を上げて、好きな花を捧げて、この人を、終わらせてくれ。
[藤峰にそう告げるけれど、泣くとも喚くともつかぬ声をあげる彼に届くだろうか]
……藤峰……。
[床に座り込む青年を見て、首を抱えたまま、そっと傍らに己も片膝をついた]
……あ。
[気がつくと、望月自身の頬を涙が伝っていた]
[望月が天賀谷の首を包むときの動作で、彼が天賀谷を憎んで首を斬ったのでないとは分かる。
感情だけが、治まりがつかないのだ。
ぼたぼたと、天賀谷の遺体を最初に目にした日にも流れなかったものが頬を通り、顎の先から落ちて掌を濡らした]
あ…ああ……!
[...は誰かが自分の肩に触れるのを感じながらもそれを見て初めて、ああ自分は泣いているんだなと*思った*]
よかったな。
[抱きかかえた首に望月は話しかけた]
おまえさんを慕って泣く人間が、ここにいてくれる。
[藤峰を見ながら呟いた]
天賀谷さんは幸せ者だったんだよ。
[首に静かに言い聞かせながら、望月も静かに*涙をこぼし続けている*]
[天賀谷の最期は無惨なものだったが、その結末は幸福なものだったのではないか。彼のことを惜しむ人たちがいたのだ。]
彼の躰が失われても、彼の心は君の中に……
必ず……。
[藤峰青年に向けた言葉は囁きのように小さかった。
傍らの望月青年もその重い務めを自身に課していたのだろう。
何が彼をそうさせるのだろうか、と思いを巡らした。]
少し、休んではどうかな。
もし、睡眠薬や鎮静剤の処方が必要なら云ってくれ。
[静かな足取りで天賀谷の寝台に歩み寄る。その躰を前に一瞬の逡巡があったが、やがて、差し込まれている管を*引き抜いた*。]
──(回想)二階・書斎…→──
[仁科は必死で、麓の村で聞いた話を克明に思い出そうとしていた。何か今後の生死を分ける様な話を、自分はあの青年から聞いていたかもしれないのだ…──。]
藤峰君!
麓の村では、そうやって…──
家族だからとお互いを殺し合う事が出来ず。
屍鬼を家に入れてしまい…
十数人の家族が、其処に住む一族が死滅したンだ。
──…望月様に首を。
首を切って戴かなくちゃあならない。
[藤峰が望月を追う。
其の後ろを本を抱えたままの仁科も追う。
誰しもの足どりも確かでは無い──…が。]
『藤峰君が望月様に追い付いては不味い。
駄目だ、駄目だ、駄目だ。
…アァ、でも。
女の細腕じゃあ、例え追い付いても、背格好の良い藤峰君を押さえる事は無理だ。』
…誰か。
『そうだ、こういう時は男だ…──。』
──(回想)二階・廊下…→食堂──
[食堂には、由良が去った後も江原が残っていた。
江原の胸元を見れば、仁科にも直ぐ彼の職業が知れる。確か名前は──、]
…江原様ァ。
江原様。
藤峰君を止めて下さいませんか。
旦那様の首を落として戴かねばならんのです…。
[膝を付き、必死で、本を持たない右手で江原の手を握った。
下から江原をじっと見上げ、無意識に胸元を江原の脚に押し付ける。
仁科の姿は、黒い制服は色の所為で目立たないが、血を吸って濡れたままぴたりと肌に張り付き随分と不快だった。元々、細身の制服ゆえに動きにくくも有る。酷い恰好だ。血塗れの其の姿で猫の様に媚びても、そして軍人であり革命思想を持つ彼に対してそう言った行為に効果があるとは、客観的には思えなかっただろうが。]
此の屋敷の中に、屍鬼が居るのです。
旦那様を殺した屍鬼が。
あの屋敷の様に(麓の農家を示して居るが、江原に其れが通じるとは思えない。)成ってはお終いなのです。
此れ以上、屍鬼を…──増やしてはならんのです。
[江原を服を仁科の全身に染み付いた血が汚す。
無理矢理、腕をひっぱり…──江原を三階の十三の部屋へ向かわせようとした。]
──(回想)二階・食堂──
『アァ。
江原様、一人だけじゃあ、足りないかもしれない。』
[碧子やさつきが止めたら…──どうするのか。
逆に碧子が雲井に頼んで止める様な事があったら?]
『首切りを止めそうな方には、部屋から出て戴かない方がいい──…。』
[仁科は三階へ走る。]
──二階・食堂…→三階へ──
──三階・廊下…→由良 秀一の部屋…→──
[碧子の部屋を探そうとして、仁科が間違って開いたのは由良の部屋だった。]
屍鬼が──。
誰かが屍鬼なのだ…から。
[うわ言の様に言い、しかし江原の様に分かりやすく軍事関係者であったとは見えない由良にはそれ以上の事は告げず、血塗れの鬼気迫る姿だけを見せて、碧子の部屋を探しにまた廊下を走り出す。]
[血液と臓物で埋め尽くされたおぞましくも冷たい闇の中、仁科はもがいている。
現実世界でも、何故、此れ程までに焦燥に駆られるのか。
──…理由が分からない。
走れども走れども、何処にも辿り着けない心地がする。]
──三階・廊下…→大河原 碧子の部屋──
[幾つかの扉を強引に開き。
とうとう、血塗れの姿のまま、碧子の部屋の扉を唐突に開け放った。
扉が壊れそうな程、強い音。
仁科の其の姿を見れば、碧子とて異様な事態に気付き、寧ろ十三の部屋へ向かうか、雲井の処へ急ぐのではないかとは、仁科は思い付かない。]
[現実世界で仁科は、焦点の合わない目をした美貌の未亡人と正面から改めて向かい合う。]
此の方は何処を見て…──いらっしゃるんで?
…よし、碧子様は居る。
[確認だけ出来た事に満足して、仁科はまた*廊下を走って行った*。]
──三階・碧子の部屋…→十三の部屋へ──
書生 ハーヴェイは、逃亡者 カミーラ を能力(守る)の対象に選びました。
書生 ハーヴェイは、吟遊詩人 コーネリアス を投票先に選びました。
―食堂/回想―
[今の江原は思想家である。しかし、沸き立つ血の臭い、
纏わりつくような異様な雰囲気が、軍人の日々を思い出させる。]
…………ん。
[江原に懇願する猫がいる。柔らかいものが脚に当たる。]
「藤峰君を止めて下さいませんか。
旦那様の首を落として戴かねばならんのです…。」
[人は、非日常においては異常な行動を示す。
オキナワでも、江原の戦友が狂ったように
弾丸が飛び交う平地に飛び出し、命を落とした。]
……………。
[左の二の腕を押さえる。]
[勿論、江原は天賀谷の首を刎ねるべきと考えていた。
平和とは犠牲の上に成り立つ、常に危ういものである。
その尊い犠牲に対して、情けとかいうものを
介在させたら物事が立ち行かなくなってしまう。
もしも、藤峰がこのまま抵抗を続けるのであれば、
江原は、藤峰の命を奪うことすら考えていた。]
……………ん。
[仁科が、江原の左腕を引っ張る。激痛が走り、
江原の顔が、苦悶に歪む。]
……構わん!向かうから先に行け!
[仁科から詳しい話を聞いた後、額から噴出す汗を拭く。]
……やれやれ。
[苦痛を表情に残したままやっと立ち上がり、
十三の部屋へと*足を向ける*。]
―天賀谷私室―
[床に膝を付き、望月は首を抱いている。その頬には涙が光っている]
天賀谷さんは幸せだったんだ。だから、迷わないでくれ。
[あやすように語り掛けながら、人の首の重さは赤子の重さにほぼ等しいのだという話を思い出した。
首の重みを抱えたまま、藤峰が落ち着いたなら彼に首を託すべきだろうか、と*考えている*]
─3階・天賀谷の書斎─
[じくじくと天井の一角から、赤黒いものが染み出し拡がっていく。
そのうちに、白、の色が、ぽつりと絵の具を落としたかのように加わり。
やがて、目を伏せた女の顔ばせをくっきりと描き出す。
白と黒と紅で描かれた女の、その繊毛のような睫毛で縁取られた目が、ぱちりと開く。
すると、平面に過ぎなかった貌が、壁からせり出し……浮彫(レリーフ)の様に凹凸を備え始め……口接けを求める様に紅い唇がうっすらと開いて。
緩やかに巻いた後ろ髪まですっかりと、壁の中から抜け出すと、ふうわりと音も無く宙を舞った。]
──回想──
「斬れることは――
思い切れることは幸せなことだ……」
──せんせい。
あなたさまは、何か──後悔していますの?
[枚坂の後に続くように階上へ歩く。
血池が出来ていた箇所は、そこだけ黒ずみ、私室の奥より続く階段へ、軟体動物が這ったような血痕だけが残っている。
神気すら漂っているのではないかと思われた刀が、振るわれた。]
あはれ。
[男二人が静かに頬を濡らして泣いている。]
望月さま、ありがとうございました。
[深々とお辞儀をして礼を言うた。
死したものへの執着は、また、人を狂わせる。
死を受け入れるために──人は死者を弔う。弔いは、生者のためもあろう。]
藤峰さん。
[枚坂が藤峰から離れ、夜桜は近づいた──。]
主人を弔いましょう。
[涙溢るる頬に掌をあててすくいあげる。もう片の腕(かいな)を伸ばし、藤峰の頭を慰めるように*抱きしめようとした。*]
主人は死んでも、みな生きています。
藤峰さんは──ひとりではないのです。
─3階・天賀谷の書斎(異時空)─
[そこには何人もの人間が集まっていた。天賀谷に招待された客も居れば、使用人も居る。
皆、壁に描かれた血文字を見ているのだった。
そこに書かれた、自分と他人の名を。それは全部で14人分あった。
そして、「天賀谷 十三」の名の部分には、不鮮明ながらも赤い一本の線が抹消線の如くに引かれ、その下には「屍鬼殺害」と読める文字が追加されていた。
天井の隅から抜け出した女の貌は、血文字を認めると滑る様に降りて来て、居並ぶ人々の間に漂った。]
─3階・天賀谷の書斎(異時空)─
[奇妙なことに、首から上しかない女の貌がすぐ横に浮かんでいると云うのに、傍らに居る人々は一向にそれに驚いていない様子である。それどころか、その存在に気付いてさえ居ない事が窺える。
白い貌は、壁の血文字を凝視すると、眦を吊り上げた。]
……そうか。そうであったのか。
この屋敷を覆う結界はわたしを利用したもの……
“こちら”に在るわたしを“こちら側”に引き寄せる力の核として、この者達の生命を“あちら側”に打ち込んだ楔として……
わたしを狭間に留め外へと逃がさぬ為の呪……
わたしか、この者達の何れかが滅さぬ限り、その力の綱引きは中途で釣り合ったまま……永劫に出られはせぬ。
ええい、口惜しい……天賀谷め。
ようも、ようも……。
これが生命を賭してお前の為そうとした事であったか。あの水鏡は、これを為す為の呪物でもあったのか。
[ぎりぎりと歯を…今や牙の如く尖り出したそれを…咬み鳴らす。憤怒はまた、白い焔となって四方に散った。]
――承前>>128・自室――
[覚束ない足取りを杏に支えられて部屋へ戻ったさつきは、少女の手が導くままに長椅子に腰掛けた。憔悴の色濃い瞳には力もなく、朱に染まる封筒の重さに耐えかねたように手はだらりと垂れていた]
「……さつき、様。……お預かり、しますね」
[さつきの手から封筒を取って丸机に置くと、杏は室内の扉へと姿を消す。やがて水音が聞こえ始めた]
『――何の音、なの、かな――』
[浮かんだ疑問も泡沫に消えていく。何を考える気力も起きず、さつきはじっと座っていた。戻ってきた杏は更に幾度か部屋を出入りし、やがてさつきの腕を引いた]
「……さつき様、お湯の準備ができました」
――自室/バスルーム――
[杏の小さな手が石鹸をあぶく立てる。
其の掌が滑らかに往復し、逍遥としたさつきの素肌を細やかな白い泡で覆いつくしていく。裾をからげ、袖を捲り、甲斐甲斐しく奉仕を続けるメイドは傍らから手桶を取り、呼び掛けた。かすかに頷いたさつきの背中に温かな湯が注がれ、其の身が帯びた汚れと穢れを洗ぎ流していった]
――杏。
「――なんでしょう」
[主の呼びかけに、杏は傍らから其の貌を覗き込んだ。表情は無色。何物をも感じさせない声音がタイル張りの浴室に響いた]
――貴女も、脱ぎなさい。
[え、と息を詰めた少女の反応に、さつきは手桶を取って冷水の蛇口を捻った。其の行動の意図を解するよりも早く、杏に向け、桶を満たした水がぶち撒けられた]
――ほら。其の儘では、風邪を引いてしまうでしょう?
[濡れ濡れと紅い唇がくっと歪んだ。]
殺してやる。喰ろうてやる。
この者達、皆殺して此処から出てやる。
[その白い貌に大輪の牡丹のような艶やかな笑みが浮かぶ。
瞋恚の炎はいっそ灼熱を突き抜けて、全てを灰燼と化す劫火と変わった。]
──回想・3F自室──
[突然自室の扉が開かれる。戸口から覗き込んだ女が自分の顔を見てちょっと意外そうな表情になった。ここで見かけたことはあるものの、ほとんど言葉を交わしたことはない。確か──]
えー、仁科さんでしたか、お名前は。
……また何か起こりましたか?
[かなり慌てている風情の仁科から、それでも聞き出せたのは、壁に浮かんだ血文字の事。しかし仁科は慌ただしく去っていった。]
血文字の中に俺の名前もあった、か。……見てくるべきか。
ああ…望月さん。
天賀谷様が幸せだったかどうかなど、そんなこと…
[かつて主人が過ごした部屋の中。
自分同様涙を零し続ける望月を見ながら、万次郎の瞳は濡れ続けようとも、声は静かに搾り出した]
…きっと俺には、どうでも良いことだったのだ。
[慰めてくれるかのように肩に置かれた枚坂の手は万次郎にとって温かかったが、その言葉はどうやら届かない]
心…?
まともに言葉も交わさなかった天賀谷様の心を…俺はほんの僅かでも知っていたろうか。
”ありがとうございました”と…、あんたはそう言えるのだな、夜桜さん。
[夜桜が自分の頭を抱きしめようとしてくれるのを、万次郎は抗わなかった。
そのまま彼女の言葉を聞く]
「藤峰さんは──ひとりではないのです。」
[――ああそれは何と、甘やかに優しく響いたことか。
しかし万次郎は息を飲むと、その力は弱々しいものではあったが、夜桜の肩に近い胸を押さえ身を引き剥がそうとした]
ひとりではない…それは俺がどうしても、どうしても欲しかった言葉に相違ない。
親にも要らぬと言われた俺は家より捨てられることが決まった日より…、いや本当はきっとそのずっと前から自分はひとりなのだと思ったよ。
だからこそただ一度頭を撫で瞳に俺を映し、優しい言葉をくれた天賀谷様に父を思い、その復活の可能性にこうも執着したのだ。
…天賀谷様のお心の内も人と成りも、実のところ全てどうでも良いままに。
その証拠に、もう二度と動きはせぬ天賀谷様のことなど……。
[...は望月が赤子を扱うがごとくその腕に抱く天賀谷の首を、タオル越しででも目に映して、もう自分の心が何も感じぬのを確かめようとした]
……どうでも、どうでも良い。
もう俺にとってあれは…、何の意味も持たない。
[結局は伏せた顔を、再び夜桜に向き直し]
…だから弔いだって夜桜さん、あんたがやってくれたら良いんだ。
仁科さんでも、翠さんでもいい。
大河原様が良いかもしれない。或いはさつき様か。
古くからのご友人雲井様でだっていい。
いずれにせよ、そう…
…天賀谷様が迷わず逝けるよう首を落とされたことに対して、”ありがとう”と言える人だけが…真にあの方を思っていた人間だ。
そう思えた者だけが…
恐らくは彼の方を弔うに相応しいのだ。
そうとも俺は、弔いなどしない…するべきでない。
[...は立ち上がり、ゆるゆると部屋の出口へ向かう。
出てしまう前に一度立ち止まり、扉に手をかけ言う]
だからもう言わないでくれ、ひとりではないなどと。
…お医者様はきっと多くの死を見てきたろう。
軍におられた他の方々とて、それは同じ。
だが貧しい俺の故郷でだって、人一人死ぬることくらい、そう珍しいことでもなかったはずだ。
それなのにたかだか人一人、亡くなっただけでこうも心をかき乱されたのは…
ひとりではないなどと…その亡くなった一人がおれをひとりにしない唯一の人と、まともに顔も合わせぬくせして、手前勝手に心を寄せたからだ。
だからこそ、こうも辛いのだろう。
…だとしたら、夜桜さん。
こう思った方がずっと楽ではないか?
天賀谷様が亡くなっても、みな生きている。
ただし、それぞれにひとりで──たったひとりでだ。
そう思えば誰が死のうと、誰が殺されようと…いっそ殺してしまおうとも、もはや心を動かされるはずもない。
…そうして楽に心安く、そしてただただ自分が生きることだけ、考えていれば良いのだ。
[...は扉を開ける]
…睡眠薬や鎮静剤は必要ありません、枚坂先生。
ですがきっと先生の仰る通り、休むべきなのでしょう。
この中に人の肉を喰らう屍鬼が居るのなら、体力はある方が良いに決まっている…。
いつでも、自分だけは殺されぬよう身を守る力を…
…あるいは仁科さんの言っていた通り、それを倒すための力を、残しておく為にも。
藤峰さん。
あたしは、たかが一ヶ月やそこらの召使いに過ぎません。
親しみの篭もるやり取りもなければ、天賀谷さまへの愛情も、藤峰さんや仁科さん──ここにいる使用人の誰よりも薄くありましょう。
いいえ、弔いはあなたがしなければなりませんわ。
心凍りしは、心を堰き止め、何時の日か鉄砲水となりましょう。
[母親が子供を抱きしめるように、藤峰を胸元に抱いていた夜桜は、普段の何分もの一もない力で引き剥がされる事に抵抗しない。]
それに──
[夜桜は続ける]
あたしは、あのように泣けません。
流す心を持ちません。
[藤峰の眸へと夜桜は視線を合わせている。]
―書斎―
[禍々しい血の文字、屍鬼殺害と消された名。]
旦那様……。
[夜桜が去ったのにも気づかず、
立ち尽くした翠はゆるゆる首を振った。]
守る為に刀を取った筈なのに、
私は、……殺す為にこれを振るうのだろうか。
[唇を噛んだ。
ああ、それでも]
―――憎い。
[天賀谷を殺した屍鬼が。
瞳の底で炎が揺れた。]
『逃げないで下さいましな。』
[その言葉を、夜桜は飲み込む──。今の藤峰に届くかどうか解らず、また、今はそっとしておいた方がよいと思えた。]
人はひとりでありましょう。
そう、ひとりですわ。
ですが、ひとりで生きる事は叶いません。
それが、人の理。
ねェ、藤峰さん。
人は、鬼にも仏にもなれますけれど、それも他者あってのことと思いません?
[「この中に人の肉を喰らう屍鬼が居るのなら、体力はある方が良いに決まっている…。」
──「いつでも、自分だけは殺されぬよう身を守る力を…」
──「…あるいは仁科さんの言っていた通り、それを倒すための力を、残しておく為にも。」
今は、それでよい。
生きるためには、それでよい。]
──回想・3F自室→2F書斎──
これはまた……なんだっていうんだ、一体。
[書斎の壁には、自分を含めて14人の名が赤い文字で記されている。
天賀谷の名の下には、屍鬼殺害、と。居合わせた雲井と翠に問いかける。]
これが、ひとりでに、ですか。
どうせ、
一度は捨てられた命。
[独白。
翠は刀を構え直すと、血文字を今一度見遣る。]
旦那様、
伝承通りなのでしょう。
この中に居るのですね。
そして、抗う術を持った者も、此処に。
[居ない男へ問いかける。
夜桜の囁きを思い返し、]
『さつき様は――屍鬼ではない。』
[眼を細めた。
彼女は“そう”なのだろうか。
息を一つ吐く]
─3階客室(回想)─
[覚束無い足取りで扉に近付いたその時、突然扉が開け放たれた。
戸口に立っていたのは仁科だった。衣服はぐっしょりと濡れそぼっている上に、手や顔に一目で血と分かる赤い汚れに塗れている。
ぼんやりとした瞳が異様な姿を認めて、小さく首を傾げている暇に、仁科はあっという間に走り去った。
また一人、取り残された碧子であったが、仁科の登場が刺激となったのか、急速にその顔にしゃんとした意志が浮かんできた。]
『屍鬼は仲間を殺さない。
屍鬼が喰らうのは人だから。
けれど、人が人を殺すなら、
私は、私の務めを――』
[そこまで思案が及んだところで、男の声に振り向いた。]
……由良様。
[ひとりでに?問われ、頷いた]
はい。
私、この眼で確かに見ました。
この文字が描かれるところを。
[刀を手にした翠。]
『この女性にも、そういった心得が……。
天賀谷氏は屍鬼のことに関して本気だったという事か。』
[いまさらながらの実感。
ひとりでに描かれた事を翠の言で確認すると]
――そうですか。
ところで、その刀は?というか、あなたにも望月さんのような心得が?
……はい。
居合いを、少し。
[刀に視線を落としながら翠は答えた。]
と謂っても、
これは旦那様の刀の一つなのですけれどもね。
望月様のように、自分の刀を持っているわけでもありません。
[この部屋の中に入ったときの翠の眦を決した表情をふと思い出す。]
……翠さん、あなたもしかして、天賀谷さんを自分の手で解放しようと
……そう思われてそれを?
[そう尋ねる表情には、この極楽トンボに似つかわしくない色が浮かんでいる。]
刀をとりたいと謂った時、
天賀谷はことに喜んだ。
あの時は何故あのように喜んだのかなど良くわからなかったけれど。
『今なら分かる』
彼は屍鬼を斬る刀を集めていたのだ。
使い手が増えるのは喜ばしい事だったのだろう。
「翠は佳い子だね」
笑っていた。
―天賀谷私室―
「望月さま、ありがとうございました。」
[望月はぴくりと肩を震わせた。夜桜の声であった。しばらく息を詰めていたが、やがて、ほう、と吐き出す。
そのとき、確かに『荷は軽くなった』と感じたのだ]
[藤峰を慰めるように言葉をかける夜桜を見ている。そして、その腕の中から身を引き剥がそうとする藤峰を見ている]
[何一つ語るべき言葉を持たないままで]
『……俺は、何をしている』
もし、そういうことだったなら。
それから、今後そんなことを考えられるようだったら。
――――刀は使えませんが、俺で肩代わりさせてはもらえないでしょうか?
[しばし言いよどんだ後、そう言った]
アァ、苦しい。
…苦しい、苦しい。
[走り続けても、身体に纏い付く生臭く冷えた粘液から逃れるどころか、息苦しさは増して行く。何処へ行けば楽になるのか。]
『…一体、何が起きてるって言うんで。
此れも屍鬼の所為なのか──。』
……────。
[──…闇が、唐突に開けた。
ふと気付ば見慣れた書斎の書棚が見える。其れに重厚な木で出来た十三の書き机も。只、何故か上下が逆なのである。目の前にはシャンデリアが逆さまにアンティーク硝子独特の重たげな光を放っている。重力に反して。]
…何が、起きて。
[否、仁科が天井に立っていた。立っていると言うより、首だけが天井から突き出した形で、書斎を俯瞰していた。]
──三階・天賀谷の書斎(異時空)──
──三階・天賀谷の書斎(異時空)──
[首を傾ける。
壁や床には量は減少している物の、先刻の血の残滓が未だ生き物の様に蠢いており、まるで其れは室内全体が人体の内部と化し、毛細血管の配置をパノラマ装置で再現した様な。]
[血の残滓は脈打っていた。
脈打ち乍ら、壁に書かれた仁科達の姓名に繋がり、文字が深い呪で持って籠を作る様に山荘中に繋がっているのが見て取れるのだった。
14名を除いて名前が無い様に思えたが、よくよく見てみれば、壁の奥深く血ではない影の様な色で、施波や他の使用人の名前を読み取る事が出来た。杏の名は、14名とそれら呪の外にあると思しき姓名達のちょうど中間に有った。]
―2F書斎―
………ふう。
[ジェイク、翠の様子を書斎戸口から伺っている。
悪趣味にも、盗み聞きまでしているようだ。]
どうやら、天賀谷氏と招待客との関係は
多くが良好だったようだな。
そうでないのは、もしや私だけかもしれぬな。
…──一体此れは。
あたしは何を見て。
[深く覗き込もうとして、室内が異様に熱い事に気付く。
其れは灼熱と言って良い程。]
──…っ。
[とても此の場には居られない。
此処に居ては焼け死んでしまう。
深く覗き込む事も敵わず、灼熱地獄から逃れる様に、仁科は*また走りだした*。]
『何を言い出してるんだ?俺は?』
すみません。妙なことを申し上げて。失礼します。
[言うだけ言って、翠に背を向け、立ち去る。
戸口に立っていた江原に]
出歯亀か、お前さんは。
[失敬極まりないことを*言い残して*]
仁科さん!
天賀谷様は──あまがいさまは、
待っ、て!!
[仁科は後ろから追い掛けて来る碧子に、気付いているのか居ないのか、振り返りもせずに真っ直ぐに走っていく。
息を切らして走りながら碧子は*懸命に叫ぶ。*]
─3階廊下→天賀谷の書斎─
いっそ俺を恨んでくれたなら、よほど気が楽になるのになあ。
[藤峰の姿が生き急ごうとするもののそれに見えて、嘆息する。ゆるりと立ち上がり、天賀谷の首を抱えたまま歩き出そうとした]
望月さま。
お疲れでしたでしょう。
一度、首を置いてお休み下さい。
あなたさまが屍鬼でないのでしたら、この先も――屍鬼を斬るためお力をお借りする事になりましょう。
[夜桜は再度頭を下げた。]
――え?
[肩代わりを――
由良は、確かにそう謂った。
翠は由良をじっと見つめて]
あ、あの、……それは――
[どういう意味なのですか。
聞こうとした時には由良はすでに背を向けていて]
ま、待ってください、
由良さまっ
[追おうと歩き出すと、
江原の姿があった。]
―天賀谷私室前廊下―
[夜桜の声に振り返る。抱きかかえたタオルの下のほうからはじわりじわりと、薄い色ながら血が滲み出していた]
……ありがとう。
[今まで見せたことのない、儚げな微笑を浮かべる]
しかし、弔ってくれるものがないのなら、せめて俺が天賀谷さんを……。
[バスタブの縁で後ろ手に身体を支え、さつきはじっと見守った。ぎゅっと目を閉じて躊躇いはしたものの、やがて杏の手は背の釦へと伸びる。はたりと衣擦れの音、御仕着せは濡れたタイルの床に滑り落ちた]
私も貴女も、これで同じね。でも……ねぇ、杏?
[答える声はない。露わにされた肌を隠すように腕を交差させ、伏せた睫毛を震わせながら杏は身を縮こまらせていた]
私は、貴女を屍鬼ではないと、人であると。
そう信じて――いいえ、知っているわ。
では、杏はどうなのかしら。私の事を、どう思っていて?
「…………」
わからない?
[さつきは身を起こし、杏に歩み寄って右手を伸ばす。未だ萌し始めたばかりの左胸に触れるか否か、という処で手を止めた。杏がハッとしたような瞳でさつきを見上げた]
真珠色の綺麗な肌。此の下では、貴女の心の臓が今も――
[平らかな胸のほぼ中央に、さつきは掌を押し当てた。伝わってきた鼓動は早く、とくんとくんと打っていた]
――血を巡らしているのね。
ねぇ、杏?
昨夜にも聞いたけれど――私が屍鬼だとは、思わない?
「……杏は」
[バスタブから上がる湯気を揺らし、か細い声が絞り出された]
「杏は、さつき様を信じております」
[はしばみ色をした杏の瞳には、其れまでに無かった強い光が宿っているようにさつきは感じた。だが、少女へと尋ね返す声はあくまで硬く、冷たい響きさえあった]
何故?
杏が私を信じるのに、一体どんな理由があるというのかしら。
私の胸の音を聞きもしないで?
「……それは。
……さつき様が、誰よりも初めて、杏のことを……ひとだ、と。
……そう、仰ってくださったからです……」
[哀切を交えた答えとともに、杏の両瞳からは透明な涙が流れ始めた。凭れかかる少女を抱き、さつきは胸中に起こる想いに瞼を*閉じた*]
あ、え、えっと……。
[江原に何と謂うべきか、翠は困っていた。
何故だか気まずい気がして。]
え、江原様も、
血を追って……此所に?
[問うてみた。
その間にも由良は行ってしまう。
次いで聞こえる、女性の叫び。聞き覚えがあった。]
―天賀谷私室前―
[ふふ、と小さく哂う]
無茶を言わないでくれ。俺は屍鬼を斬らねばならない。
……無理は承知なんだ。こんなところで気が抜けるなんて……。
[首を横に振る。そっと夜桜から離れようとしたところに重なる手……温かい]
……………。
[翠の質問に答えず、沈黙が続く。]
…誰が屍鬼かもわからぬ状況のようだな。
こうして話している私がそうかもしれないし、
私にとっても、君がそうであるかもしれない。
もしや君が懇意にしている人物が……。
どんな選択をするにしろ、後悔のないようにな。
[くるりと後ろを向く。]
私は天賀谷氏に詫びねばならぬことがあったのだが、
今となってはもう叶わぬことだ。
[ゆるりゆるりと自室へ*引き返していく*。]
『夜桜の声に甘えてしまえたら』
[そんな思いを振り払おうと声を上げる]
……施波さんも仁科さんが、首も落としてくれるのか……?
屍鬼になってしまったものの首を、あるいは、この異形の空の下、死んでしまった人間の首を落としてくれるのか?
[運命を信じ込んだ男は狂おしく呻く]
施波さんは刀の扱いに長けていると聞いた事はございません。仁科さんは、刀に触れた事もなきか弱き女でしょう――。
あたしは、
必要なれば、包丁でも鉈でも使います。
望月さま。
[はっ、と息を飲む。
江原の声はとても静かで]
……っ、わかって
……分かって、います。
[声が震えた。
刀を握り締める。
背を向けた江原が紡いだ言葉に、翠は問いを返す。]
……詫びる事……ですか?
旦那様に、何を――
[返事はない。
江原は歩み去ってしまう。]
[扉は開いたままだ。
望月は天賀谷の首を抱えている。
──仁科が走っている間に…既に、事は成されたのだ。]
……あ。
[其れを理解した瞬間。体内で潮が引いた様に感じた。
追って来る碧子の声にも漸く気付く。]
「首を斬りましょう」
[その言葉がじわりと身に染みてくる。
濡れた瞳を魅入られたように見つめて、望月はこくりと*頷いた*]
──三階・天賀谷十三の部屋前──
旦那様は…。
……此れで屍鬼にならずにすむ。
[溜め息の様な低い声。
天賀谷の事を知りたいであろう碧子にも、説明をせねばと思う。]
――二階/廊下――
[水盤の許に辿り着いたさつきは其の傍らへ屈みこむ。レースの手袋――ワンピースと同じく、黒であった――を外し、そっと水面に差し入れる]
『いまひとたび、想う者の姿を――真実の姿を――』
[無想の儘に水鏡を観じた先の折とは異なる念を籠め、緩やかに掻き動かす。方位磁石が磁北を示す様を連想した。観ずる者の名と姿を思い浮かべ、心に描いた磁針を其方へ向ける]
『示されるのは――北つ枕の赤か、其れとも人の白か。
仁科、さん――』
……そんな……っ!?
[驚愕の声がさつきの唇を衝いて出た。思わず腰を浮かしかけ、だがもう一度、確認とばかりに手をかざす]
……嘘、もう、一度……。
[目を閉じて深呼吸をする。あたう限りの平静さを集めて動揺を打ち消し、鏡面を回復した水盤へと再び手を差し入れた]
……そう……そうなら、仕方ない、わね……。
書生 ハーヴェイは、見習い看護婦 ニーナ を投票先に選びました。
―二階/書斎―
[階上から聞こえた声にはっとした様子で、立ち去っていく江原を追い越す歩調で三階に向かった。
廊下を、人の気配がする方へ向かうと、そこには血に塗れた仁科と、首を抱えた望月が……。]
落ち着き給え。仁科君。
[取り乱した様子の仁科に、声をかけた。]
あたしは何故…──此の様な場所で。
…苦しんで居るのだろう。
[泣きそうになり乍ら、必死で目を凝らす。
現実世界の仁科も粘液質の不快な闇に居る様な感覚を味わっている。]
……………。
[現実世界と異界の景色は混じり合い、仁科の視界はゆらゆらと揺れる。──目の前で、夜桜と望月の姿が水面に映った幻の様にユレテイル。]
…アァ。
見習い看護婦 ニーナは、逃亡者 カミーラ を能力(襲う)の対象に選びました。
見習い看護婦 ニーナは、学生 メイ を投票先に選びました。
―三階/天賀谷自室前―
仁科君、君は此処の家内でも、一番確りした人じゃないか。
[望月の抱えているものに、一瞬視線を移し。]
まあ……。
これじゃあ、どんな大人でも落ち着いては居られないかも、知れないがね。
──…あ。
[仁科は雲井の目の前で、抱えたままだった十三の書付を取り落とした。ページが捲れ今は既にこの世には無い、懐かしい十三の文字が見えた。
慌てて拾おうとする。]
―2F、書斎―
……。
[刀を手にしたまま、翠は立ち尽くした。
雲井は声のほうへと歩いていってしまう。
後には、血文字と。]
……誰が。
[誰が屍鬼か。
仁科や、藤峰が。ひょっとしたら夜桜も。
肩代わりしてくれると謂ってくれた由良青年も。
誰もがその可能性を孕んでいる。
そして自分も他人から見れば、“そう”なのだ。
血でべたつく身体を引き摺り、
翠は書斎を後にする。]
―書斎→庭へ―
[廊下にしゃがんだままの姿勢で、雲井を見上げ首を横に振る。]
違うのです、雲井様。
…自分は、望月様に旦那様の首を落としていただけて、安堵したのです。
良く知った旦那様が屍鬼に成ってしまわれたら。
それだけもで恐ろしいですが。
其の鬼に襲われたらなんとなるでしょう。
自分は藤峰の様に清い心では無く。
……怖いと思いました。
『己が殺される事が。』
[何故にか。
揺れる仁科の視界の中で、夜桜の首筋が白く甘い密の様に浮かび上がる。]
──…夜桜さんを、 喰らってしまいたい──。
そう、あたしの名はあの場にありませんでした。
[夜桜という──偽りの名は。
だが、それ以上望月には言わずに。
私室の前では、何時の間にか仁科達がやってきていた。]
[此の感覚は一体…──。
生きた女の柔らかな肉に対する渇望と、背中を滑る氷の様な感覚。
冷えきった死びとの様な指先を──…
異界の中で、 仁科は──…夜桜に………。]
[仁科に頷く。]
恐いのは……皆同じだろうな。
判って居なくとも、直に気づくはずさ。
それに、早く気づいていた君は、敏いな。
[覚束ない手つきで仁科の拾おうとする書物の、ページの間から、紙葉が廊下に散らばった。]
それは……書斎に在ったのか?
[──首を振る。]
麓の村で、屍鬼の所為で滅びた一家の話を聞いたばかりだった所為でしょう。
妹が屍鬼になってしまったかもと。
鎌を手に取った男の話を──…聞いたばかりだったのです。
[散らばった紙片に目を落とす。
其処には十三の字で、水鏡の効果について書かれている。]
──…影見?
―庭、井戸前―
……。
[空は矢張り朝と夜の狭間を彷徨う
怪しげな色をしていた。
翠は服を脱ぎ、徐に井戸の水を頭から被った。]
……彼岸を覗く者は
……また彼岸に覗かれているの。
[ざばり、ざばり。
白い肌を澄んだ水が濡らしていく。]
死は隣にある。
囚われない様に、私は―――
―天賀谷自室
後悔……
[夜桜の言葉を反芻する。振り返れば身を裂くような悔恨はいくつもあった。だが、それをどのような言葉で表せたものか。
私は、抱えていた風呂敷包みを解き、天賀谷の寝台脇の椅子の背に立てかけた。]
この絵を描いたロセッティという人は仕様のない人でね……。
婚約者の女性を崇め奉る心から、その女性に生のままの感情を向けることができなかった。その人と結婚しても、別の女性に心移りをした。
そのことが、奥さんを自殺に近い薬物による事故死へと追いやった。
彼は、奥さんの亡骸を自分の書いた詩と共に埋葬した。
彼女への哀惜の思いは死後尚も募り、それが彼に代表作となる『ベアタ・ベアトリクス』を描かせた。
だが、彼は禁忌を犯すことになる。
ある時、奥さんの埋められた墓を曝いたんだ。
妻と共に埋葬した詩の草稿が惜しくなったためだと云われている。
彼は墓から甦った詩で文学においても名声を博した。
水盆の中に、屍鬼の真実の姿を──…見る事が出来る者が居ると──…。
居ると書かれています、雲井様。
必ず、一人は居るだろうと……。
…此れは。
[少し嬉しそうな。]
―天賀谷私室前―
そうだったな。
『だとすれば、夜桜を屍鬼と疑わなくて良いのか』
『永らえて、万一の時も俺の首を斬ってもらえるのか』
ならば、良かった……。
[そう言ったとき、雲井と仁科の近づくのが見えた]
けれどね、その後……
――妻の亡霊が彼の前に現れるようになった。
彼は結局、亡霊にとり殺されるように、衰弱して亡くなった。
因果応報だ、と云う人もいるだろうね。
彼は、婚約者を愛していたのなら、愛し続けるべきだった。
愛がないのなら、結婚するべきじゃなかった。
詩を手向けたのなら、惜しむべきじゃなかった。
突き放せば、正論を云うことは簡単だろう。
いつも正しい選択をしていれば、決して悔いることがないんだろうか?
だが、正しいことなんて簡単にわからない。
目を凝らせば凝らすほどに、真実は曖昧な境をたゆたっているんだ。
過ちは悔いることなく忘れ、
なにものにも執着することなく、
ただ一人なのだと割りきるなら、
屹度自由なんだろう
だがそれじゃあ……
……まるで幻のようじゃないか……
[最初は夜桜になにか言葉を返すつもりだったはずの言葉は、誰に向けられたものなのか行方を見失い、ただ静かに死者の横たわる室内の虚空に向けて消えていった。]
[刺すほどに冷たい水が全身を滴った。
それは禊。
血を洗い流して穢れを祓う。]
―――人が人を殺すなら、
私は私の務めを――――
[先程心で呟いた言葉を、今度は唇に乗せる。
肩代わりを―――
そう謂った青年を思い出し、眼を伏せた。]
[十三の書付。
其処には、異界の様相(この屋敷が置かれた様な状況に酷似している)、影見、霊視の事。屍鬼もまた異界に捕われている事。また、屍鬼か異界化の影響を受けて狂える者が現れる可能性…──そう言った内容が、細かな字でまとめられていた。]
望月さま。
『もしも今、仮にあたしが隠し事をしたとしたっても、
いえ。』
[未だ、言うべき時ではないだろう──。]
仁科さん達が、ほら。
あれは一体何でしょう。
[十三の書付──。]
屍鬼を、見る事が出きる者?
どれ。
[首を傾げて、その紙葉を覗き込んだ。]
ひとたび異界に落ちれば、屍鬼を滅ぼさねば其処から出る事は叶わぬ。
さもなくば、屍鬼によって滅ぼされるのみ。
然し其れは同時に、屍鬼も生者を滅ぼす迄其処から逃げ去る事を不可能とする。
乃ち……
[そこで、書付は跡切れていた。]
冒険家 ナサニエルは、未亡人 オードリー を投票先に選びました。
未亡人 オードリーは、逃亡者 カミーラ を能力(襲う)の対象に選びました。
――二階/廊下→書斎――
[思考を言語化して展開しつつ、さつきは二階の廊下を歩む]
『何処へ向かうのが良いかしら。叔父様があの様になった事、施波さんが既に知っていれば良いけれど……いえ。
あの場に翠さんも藤峰さんも他の御客人も居たもの。
光景の衝撃は大きくても、何かしらの形で伝わっていると期待しましょう。騒ぎが起こっていない様子なのが未だしも幸いという所かしら。使用人の多くには伝わっていないのでしょうね』
[其の足取りは最初の内こそゆっくりと、だがやがて思考が行き着くと共に速度を増していった]
『で、あればまだ広がりは抑えられている筈。
そうすると……書斎、でしょうね。
執事として管理なさってきた文書なり書面なりを保全するのは施波さんの御仕事ですもの。それに、お父様の手紙を開封する場に、立ち会って頂かなくては』
[其の最後の部分こそがさつきの心中の望みであったのだが、意識の表層だけを占めるという訳でも無い。兎も角、杏を半ば置きざる形にしてさつきは書斎の扉で歩みを止めた]
──黄泉平坂。
[雲井の言葉に、ぽつり]
雲井さま、それは主人の書付でしょうか。
影見、霊視、屍鬼に狂えるもの──使用人達の間でも、それらの言葉は浸透しておりました。
──文字が途切れているのですね。
[綴が切れてしまった1枚を拾い上げ、]
アァ、此処には──水鏡に映る屍鬼の姿は首が無い。何故なら、屍鬼の首は既にこの世には無いからだと……。
[望月の抱える十三の首をちらりと振り返り、凝視する。]
──…生首。
否、まだあれはこの世にある首だ。
[背後の枚坂達を振り返り。]
枚坂さん。ご覧になりますか?
やれやれ……。
真意は兎も角、天賀谷は、本気だったんだなあ……。
[ぽたり、ぽたりと髪から雫を滴らせ、
天へ向かって呟いた。
かつて、楽しそうに嬉しそうに
屍鬼の伝承を語っていた。
それに抗う者の事も。
其の中の。]
私が彼岸を覗く者である事を、
知っていたのですか――――
[櫻が揺れる。
翠はきゅっと唇を引き結ぶと、
刀を手に自室へと戻った。]
―庭→自室/着替えて屋敷内へ―
[そっと夜桜の手を放そうとしながら]
…出られなかった。
俺はあの森から外へは行けなかった。
動かぬ霧が視界を邪魔して、歩けど歩けど櫻は遠いまま。
夜桜さん。
あの名前の羅列の中に、貴女の名前はなかった。
そのことは、私も気になっていた。
あの名前の中で、女性の名と思しきは――神居零……
ひょっとしたら、それが貴女の名前だと思っていたんだが。
できれば貴女の話も聴かせてくれないか。
―三階、客間にて―
なんだ……アレは一体なんだというのか……!
在り得ぬ、こんな奇怪なことなど在り得ぬ!
あんな低俗雑誌の戯言のようなことなど、何故、何故、何故……
[嗚呼、一体あれから何度このような怨嗟を吐いただろう。
悪夢でも見ているのかと願っただろう。
しかし、眠りの中で見るはあのおぞましき腐臭の真紅。目覚めた窓から覗くは、禍々しき朱の空。]
―これより、客間にて回想す……―
[夜桜に問いかけた私の耳に、雲井の読み上げる書付の言葉が届く。]
そんな……っ
み、見せてくれ!
[私は、雲井の差し出す書付に慌てて目を通した。]
其の様な生首の話は初耳です。
[──…金目と黒目の両方で、十三の首を凝視する。
供養され、真実に…──あの世へ向かった事を願って。]
…夜桜さん。
水鏡を見る事が出来る者は此の中に、本当に居る…んだろうか。
―天賀谷自室(戸口)―
古来より、サムライは首には魂が宿ると考えてきた。
[煙のように、江原は戸口に現れた。]
丁重に。丁重に扱うのだ。
[悲しそうな目つきで、天賀谷の首を見つめる。]
お尋ね者 クインジーは、農夫 グレン を投票先に選びました。
―二階食堂→廊下―
[食堂で独り、悦に入りながら空虚な楽の音を奏でていた男も、
この屋敷の客人である以上は主の急変に無関心であるわけにいかず]
……まあ、顔くらいは出してこようか。
もしかしたら連中め、私の音楽に夢中で阿呆のように聴き入っていたりしてな!主のことなどお構い無しに!
くくっ、愉快愉快……おっと、流石に神妙な顔にせねばなるまいて。
[半ば火事場でも覗きに行くが如き足取りで、食堂の扉を開けるや否や、]
!?なんだ、これは……この臭いは?
[本能が不測の事態であることをフォルティッシモで警告する。
理性が認めるのを拒否したくなるほど噎せ返る、血の臭いが、そこに漂っていた。]
[枚坂が夜桜に問い、
また書付に夢中になったのを背後より見詰める。]
居ますでしょう。
仁科さん。
主人は気が触れていたかもしれませんが、偽りは申さないでしょう。この屋敷が異界の、彼岸との狭間に落ち込んでしまった今、その書付にある事は真実だと──。
――二階/書斎――
施波さん、いらっしゃるかしら――?
[扉を抜けた途端、室内の血腥い空気がさつきの嗅覚を襲う。う、となって鼻から口に掛けてを手で覆った。先ほどの湯浴みで身に得た石鹸の残り香が感じられ、朦朧としかけた意識に鮮明さを回復させていった]
『紅……赤……朱……。
いちめんの、あか。
此れが……全部、叔父様の身体から?
其れとも、まさか。他にもう、新たな犠牲が――』
ハハハハ!
ァハハハハハ!!!
[私は信じられないというように首を振る。]
仁科さん、貴女は何を云ってるんだ。
私が亡者が見えたり話ができると云うのなら、こんな苦労を――
いや――
[僅かに言いよどむ。]
あれほどまでに、さつき君の意志を問うたりする必要などなかったんじゃないかね?
天賀谷さんの処遇を巡って。
私が天賀谷さんから直接聞けばいい話だっただろうからね。
[枚坂の言葉に、不審というよりも、納得したような視線を向けて頷いた。]
多分、その何かを再現するのが、天賀谷さんの目的、その一つだったんだ。
屹度、此処に集められた人間に、妙に屍鬼に由縁がある者、何か知っている者が多いのも、そのせいでしょうな。
―自室―
[翠は使用人服を着込み、襟元まで釦をきっちり留める。可愛らしい洋装や友禅は枕元に。
そっとそれを右手で撫ぜて]
……皆様は何処に。
[刀を握り、
先程声がしたと思しき方へ歩いて行く。]
[戸口に立ったまま、静かに]
貴様が、雲井という者か。元軍人の。
[正面を向く。胸には米軍の印綬。]
貴様らの言う影見だとか霊視だとか。
そのような矛があるのは、心強い。
貴様も軍人なら、もうわかっているだろう。
[じっと雲井を見据えて言う。]
我々が今何を為すべきなのか、をな。
所詮、我々の平和など犠牲の上に成り立つ脆弱なもの。
すでに血塗られた手。これ以上の淀みをどうして恐れようか。
自分には旦那様の首は、只の生首にしか見えねえんで。
ふと、先生なら…──と思ったんでさ。
[息を吐き乍ら、]
夜桜さんが居ると言えば、影見が此の場にちゃあんと居る気がする様な気もするねえ。
――二階/書斎――
[ふらふらと血文字に近寄り、名を確認する]
『杏の名は、無い――あら、此れは?
仁科、美蘭……み、らんと読むのかしら。
び、らんでは無いでしょうし』
[視線は下へと下がり、さつきの知らぬ名を読み取った。
唇が音を紡ぐ]
神居、零。
……そう、此れが。
……きっと、彼女の。
『杏ではない。そう、きっと此れは――』
―天賀谷自室前―
首に魂が……ないものが屍鬼なのだろう。
虚ろな首を斬りおとせば、ただの亡骸になって、輪廻の中に戻っていける……。
[呟く。そう信じる心が揺らがぬように]
[江原に向き直り、その視線を受け止める。]
貴方の様な人は気に入らんが。
まあ仰る事は判りますよ。
貴方こそ、自信が有るのかな?
此処に居る全員が死んだとしても、最後に生きている自信が……。
──…江原様?
[江原の腕に触れてしまい、怒鳴られた事を思い出す。
影見や霊視の話を聞き、気が緩んだ所為だろうか。遠慮がちに江原に近付く。]
首には魂が……
[戸口に現れた江原の突然の言葉。]
天賀谷さんがサムライだったかどうかは知らないがね。
ああ、望月君。
先刻からぶら下げている天賀谷さんの首――いったいどうするんだい?
彼の言葉じゃないが、たしかに首は大切なものだ。
私は、思い切るなら焼いてしまう他ないと思うがね。
………ふん。
[雲井の言葉に、尊大な態度をとる。]
私が、オキナワという死線を生き延びたのは
神が別に天命を授けた故なのであろう。
ここで死すれば、それが宿命なのであろう。
またここを切り抜けらば、まだ私には残したことがあるのだろう。
ただ、それだけの話だ。何を恐れる必要があろうか。
[漂う獣臭と皆の狼狽に、恐ろしい現実に出会いたくない恐怖と、未知の何かに出会う恐怖心が同時に生まれる。
――恐らくは、後者に身を委ねて踵を返して居れば或いは幸福だったのか?
――否、それでも狂気は肉を食い散らかしにやってくる。]
こ、これは、一体、何が、起こって、いる、と……
[狼狽の色を隠せぬ使用人どもの肩口から覗いた光景は]
[臓物を吐き散らかし、最早何処から出血しているかも判然としないしないほどの朱に染まった老人と、それを抱えて呆然とする医師]
嘘だ。
こレ は、嘘 ダ。
――――。
うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
―2F→3Fの道すがら―
[何とはなしに書斎が気になり、
覗き込んだ、其処には]
……さつき様?
[小さく、声を掛ける。
いつものように、丁寧に。]
[枚坂の言葉に頷いて]
焼くほかないと思うから、ずっと抱いて歩いていた。
灰にする前に、香なり花なり捧げてやりたいじゃないか。
[仁科が天賀谷の首に触れたことに、表情が少し明るくなる]
――二階/書斎――
「キャァアア――!」
――杏!
[背後に悲鳴が響いた。杏であった。緋色の海と化した室内の様子と、さつきの見つめる壁の血文字を目の当たりにしたのであろう]
――大丈夫、大丈夫よ、杏。
私に、ついてきて。其の手紙も、私が持っておきますから。
[ブルブルと震える手を包み、長彦からの手紙を取ってさつきは室内へ戻る。情景を見回した]
……要らぬッ!
[仁科の申し出に、必要以上の大声]
名誉の負傷だ。余計なことをするな。
今は前だ。前のみを見つめるのだ。恐れるな。
『米軍……?』
[江原の姿は東洋人のように見えた。そういえば、日系人部隊もあったろうか?
米国ゆかりの者でありながら、屍鬼について知り得ている様子の彼もまた謎めいた人物に思えた。]
「何を為すべき――」貴方はよく知っているようだね。
天賀谷さんとどういう関係だったのか……話を聞いてみたいものだ。
――二階/書斎――
[黒の袖に包まれた腕をワンピースの胸に当て、翠へと微笑んだ]
翠さん、嗚呼、良かった。
余りに人を見かけなかったものですから。
皆様、どちらにいらっしゃいますか?
其れと、施波さんか――または藤峰さんは何処に?
……さつき様。
[喪に服しているのだろうか。
その様に見える、楚々としたドレス。]
……もう起きても、
大丈夫なのですか?
[あの惨状を見たときの、
痛ましい様子を思い出して、翠は遠慮がちに尋ねた。]
[天賀谷との関係―その言葉に、無表情に]
貴様らは、屍鬼や温かい接点で繋がれておろうが、
私は彼とは、恨みという絆で結ばれているとしか思ってはおらぬ。
今の今も、彼は私への嫌悪を抱いたまま死したとしか。
[どこか慟哭のような。]
[さつきに問われて、翠は視線を
階段へと向けた。]
……恐らくは、旦那様の――御部屋に。
藤峰は分かりませんが、
施波は御客様の部屋を……
見ているのではないかと。
[此の異常事態で、
同僚達がどうしているのか。
名前のない者たちはどうしているのか、
分からないながらもたどたどしく答えた。]
――二階/書斎――
[はっきりと答える声は揺ぎ無く、こくりと頷いた]
大丈夫です。
私には……行わなければならない義務がありますもの。
天賀谷の血縁に連なるものとして。
そうでしょう?
[さつきの微笑みはゆっくりと様子を変えていた。
晩餐会のデビュタント・ドレスを白百合に喩えるとすれば――
黒を纏った今の姿は黒水仙と云うのが相応しかろうか]
――二階/書斎――
十三叔父様の部屋へは、確か其処の階段を上がって行けましたね。では、其方へ行きましょう。なるべく多くの方に知らせないと。
[室内に目を戻し、書棚の向こうに傾斜を描く階段を覗き見た]
……この、血も。階上から流れてきたのですか?
……階段を使えるなら、早いのですが。
嘘だ!何だ、なんだこれは!
こんな、こんな死があってなるものか!!!!
待て、まさか、我々もこんな風に?
こんな、こんな……!!
[そう口走りながら、走り去る。
最早何を言っていたか、何を言いたいのかすら自分では解らなかった。
この屋敷に居る者全てが居たわけではなさそうであったし、倒れている女も居た様な気がしたが、どうでも良かった。
ただ、逃げ出したかった。]
こんな、こんな、まさか、私は、あんな風に死ぬのか!?
この、この天才の私がこんな片田舎で襤褸のように!??
[誰か彼を死に誘うと言ったろう。これは一人合点に過ぎぬ。そうであって欲しいと、後々願うことになるのだろうが。
ただただ恐ろしいが故に、彼はすぐに部屋の寝台に引きこもり、かたかた、かたかたと震えていたのだった]
望月君、確かにね。
[そう云ったのは天賀谷の首ことだった。彼にそれ以上の言葉を紡ぐいとまもなく、私は階下の異変を知るべく駆けだしていた。江原青年のどこか哀しい響きのある言葉に心囚われながらも。]
さつき君!
一体どうした!!
……そう、ですね。
[はっきりと答える声は澄んでいる。
まるで、別の花のように咲いている―――翠にはそう見えた。]
いえ、此れが私の務めですから。
[屋敷の主人はもういないのに、
それでも翠はこの姿勢を崩すことに抵抗を感じていた。]
―三階/廊下―
[江原から視線を外し。]
取敢えずは、守りを固めるべきだろうな。
影見だの霊視だのが居るにしても、我々の知らぬ内に屍鬼に殺されては……意味がない。
先ずは全員の無事を確かめねば。
[階下の悲鳴に、何人かが階段を駆け下りて行く。]
『…あたしは小さい頃。
この目の色と[金目を指差す]ちょいとばかり見てくれが良い子どもだった所為か、軍人様の慰み者だったンで。
…小さい子ども<だけ>が好きな。
あれは何処か狂うた男だったのか…──。』
[困った様な表情を浮かべ江原に、]
嫌悪感。
…江原様は、穢れてらっしゃるだろうか?
[ごくごく小さな囁く様な声で、そうでは無いのでは無いかと言いたげに。
言い掛けた声は、さつきの悲鳴を気遣う枚坂の声に隠れる。]
――二階/書斎――
此の血は……
旦那様の部屋から。
[謂うべきか、
悩んだ後で矢張り思い直して続けた。]
旦那様のお体から流れ出たものです。
階段で行けますが、
血で汚れることは免れないでしょう。
――二階/書斎――
あれから、湯を浴んでいたのです、枚坂先生。
其の間に、また……此のような変事が起きてしまうなんて。
[そう云って血文字を視線で指し、続けて軽く会釈する]
居合わせられず、申し訳ない事でした。
叔父は……ちゃんと、永眠りますでしょうか?
『――屍鬼、殺害。如何すればあんな事が――』
──…生首。
そうだ、あたしが見たアレが屍鬼で──。
あれを捕まえれば……。
あたしはこの場所から解放されて。
[江原をじっと見ているうちに、仄かに身体が熱くなっている様な錯覚を覚える。]
アァ、余りにも奇妙で不快な悪夢に捕われすぎてしまった所為で、一瞬、自分まで死人に成ってしまったかの様に思えたけれど。
──…勘違いだった。
良かった。
―三階客室、回想から覚めて―
……何だ、一体、何が起こっている?
とりあえず、私はまだ生きている。
ならば、単に怪死として処理して、何処かへ行けるのでは?
……此処に居ては、ろくなことがない気がする……
[かたかたと震えの止まらぬ身体を、昨晩から何度自らの両の腕で抱いただろう]
……まずは、話を聞かねばなるまい。
あの娘なら、血縁として何か知っているのでは……
[とりあえず今は、独りで居るのがたまらなく怖かった。
すぐにでも素っ首を掻き切られる様な気がして]
―三階客間→三階廊下へ―
学生 メイは、農夫 グレン を投票先に選びました。
逃亡者 カミーラは、学生 メイ を投票先に選びました。
[血塗れの階段を踏みしめるたびに、グジュリと絨毯から革靴に血がしみ出てきた。手摺をしっかりと握り、どうにか滑って転倒することは免れる。
書斎には、さつきと気遣わしげな様子で寄り添う翠の姿があった。]
さつき君、大丈夫かい?
まさか、またなにか異変でも――!?
ああ、あんなことがあった後だからね。ゆっくり休んだ方がよかった。
叔父さんのことは気にしないでいい。
どうやら、天賀谷さんは火葬に付されることになりそうだ。
―2F・コレクションルーム兼書斎へと続く廊下―
[...は夜桜の言葉を思い出し、歩きながら呟く]
あのように泣けないだって?
涙を流す心を持たないと?
何故そんなことを…
[しかし夜桜の胸元に抱かれたとき、自分は確かに温かいと思った]
…そうは思えない。
そうは思えないが…そうだとしても、夜桜さん。
今この時、それは強さになりはしないか。
俺は羨ましく思うよ。
だってそれなら自分が助かるために迷い無く、屍鬼と疑わしきを殺せるだろう…。
もし襲われても首を撥ねるなり、心臓に刃を突き立てるなり…震えることなく攻撃を返せるだろう。
…探すべきだな。
俺もせめて、身を守るための何かを。
いいえ、何でもありません。
[影見や霊視が全員に知れ渡る事は、屍鬼もそれを知るという事。夜桜は何も言わずに、常の謎めいた微笑を浮かべるのみだった。]
[腕の中に丸く抱かれたままの首が一つ。
ぽたり、ぽたり。
とうとう赤い雫がタオルから漏れ出した]
江原さん。
天賀谷さんとの間に何があったのかは知らないが、死んでしまった者は何も言わない。
……水に流してやってはもらえんものかな。
この人への供養と思って。
[望月には、天賀谷への供養などそんなことくらいしか思いつかない]
―三階廊下―
[幽鬼の如き足取りで、廊下をフラフラと歩く。
廊下では例の凶状持ちのような男と、よりによって自分の音楽を罵倒したいけ好かぬ男が語らっていた。]
『……あのような蛮人こそ、死ねばいいのに』
[そう口の中で呟き、力無き視線で精一杯睨みつけると、二階へと降りていった。
先程から階下で、さつきと杏の声が微かに響いているのを追って。]
――二階/書斎→三階/十三の部屋――
[枚坂の声は室内の階段からするようだった。
翠に向けて、決然と言葉を告げる]
血で汚れようと――多少の時間も惜しい。構いませんわ。
杏、貴女は中央の階段で上がっても宜しくてよ。
此れは、私の為すべき事ですから。
[枚坂の言葉に深々と頷いて、其方へと歩いていく]
荼毘に付されましたら、叔父の霊も休まる事でしょう、きっと。
有難う御座います。
[さつきが階段に向かっていく。其の様子を、杏は心配げに、また逡巡する様子でじっと見つめていた。恐ろしいのであろう。
――と、唐突に杏が声を上げた]
「さつき様!
さつき様の――影、が!!」
[何事を云っているのか、という表情でさつきは振り返った]
どうしたの、杏。私の影が、何か――?
………そういう綺麗事で済めば、私も気が楽なのだがな。
[悲しげな瞳]
私には、詫びの機は与えられなかったのだ。
…私が水に流しても、死した彼がそうだとは。
―二階/書斎→三階/天賀谷自室
[少女が驚駭したのは、壁面の血文字のことであったか、と私はその様子に納得した。]
仁科さんが見つけた書付に色々なことが書かれていた。
よければ、君たちも集まった方がいいんじゃないかな。
[私はさつきと翠に、書付に書かれていたという力を持っているという者たちのことを説明しながら、彼女たちと共に階段を昇る。
私たちはそうして、再び天賀谷の自室へと入った。]
[夜桜の微笑に、かすかに眉を寄せるようにして。]
そうか……。
私、否外から来た者全員が信じられないと謂うのは仕方ないだろうが……。
―天賀谷私室前―
[遠巻きにこちらを見ているメイドに気づいて差し招く]
……花と、香を。あの人はたしか伽羅を好んでいた。
[香華を頼み、首を持って室内へ向かう]
―2F・コレクションルームを兼ねた書斎―
…屍鬼は胴から首が離れれば死ぬし、心臓を貫かれても同様。人間とそう変わらないってわけだ。
[...はそこに先刻まではあった人の気配、あるいは今も居るのかもしれぬ人の気配にも、今は気を配ることをしていなかった。
あたりをつけていた物――天賀谷のコレクションの一つであった、見事な装飾のナイフへとまっすぐ向かい、それを手に取る]
これがいい…刀など俺の手には余る。
これならば大き過ぎず、刃も長くはないが…
[覆いを取って刃に指を這わせれば、僅かな力で指に赤い線が滲む。
指を口に含む万次郎に表情はない]
…生き物の肌を裂くのに十分な鋭さだ。
心臓も貫けよう…それに、いつでも持ち歩ける。
身を守るのにはぴったりだろう。
[ズボンのポケットにナイフを滑り込ませると、お仕着せの上等な薄い生地に形が浮かび上がりそうになるのを、燕尾服のテールで隠した]
――二階/書斎――
[ふう、と困った顔でさつきは杏をじっと見た。苛立ちの色がほんな一瞬だけ浮かび、直ぐさま掻き消えた]
部屋の中だからでしょう、杏?
貴女の影だって、翠さんや枚坂先生の影だって、今はぼやけていることでしょうに。
大した差では有りません。其れは先程の浴室でも、見ていたでしょう?
[江原に背を向けつつも]
……天賀谷さんは死んでしまったが、江原さんはまだ生きている。
詫びたければ、今からだって詫びられるんじゃないだろうか。
[首を机に置いたのは、さつきにも見えるだろうか]
[さつきに頷き、後を追う。
途端叫び声が聞こえ]
杏さん!?
[足早に近づいた。
杏がさつきの足元を見て震えているようで]
『……影が。』
[無い。
翠は眉根を寄せた。
確かに、自分の影もぼやけているが、しかし。]
[江原を振り返る。]
…死ねば会えず。
其れが常で────だから、死が怖い。
[突然に足元に転がされた銃に驚く。
──…慌てて拾い上げた。]
屍鬼は、内でも外でも等しく在るやもしれません。
あたしは、雲井さまのことをよく存じませんけれど、外から来たというだけで信用しないということはありません。
―天賀谷寝室内―
[メイドが亡き主のために焚く香が、清い薫りを放つ。しかし、血に澱んだ空気が早々晴れるものではなかった]
……屍鬼を、斬る。
[静かにそう告げた相手は、もしかすると天賀谷だったのだろうか]
[夜桜の言葉に、苦笑を浮かべ。]
そうだな。
誰も信用しない、のが正しいのかも知れない。
君には、何故だか信用して欲しかったんだが……ね。
[そうして幾らかほっとした所で、ようやく同じ書斎内、――しかし彼女は書斎内から天賀谷の部屋へと続く階段の所へ居る――に気付けた。
共に居るらしい杏と呼ばれていたメイドが、騒いでいるらしいのが聞こえる]
一体……?
[ズボンの上から先ほど己の命を守るものとして拠り所にしたナイフに触れつつ、そちらに向かっていく。
しかし何事かと目撃する前に、さつきは天賀谷の部屋へと上がっていったようだ。
そこへ居た翠に尋ねてみる]
先ほどの声は、何だったんだ?
…どうして。
[呆然としたまま。
此の銃は、脇を開いて構えるのだ。其れが米軍式だ。
撃ち方は見ただけの知識ならば知っている…──何度も見た。 ]
――三階/十三の部屋――
[窓からは妖しげに変化する光が差し込み、各人の影を床に落としていた。濃淡入れ替わる其の中でも、やはりさつきのものだけがはっきりと薄い。そうと確認し、さつきは溜息を吐いた]
ふぅ。誰か、私の事を見たのね……。
私にも、其の血は流れているようだけれど。
……ただ。
私を見たのならば、私が人である事は判っているでしょう。
そして私は、杏を見ました。杏は疑いなく人です。
その次に見たのは――いえ。
正しく云わなければね。
藤峰さん。
[声に振り返り]
今の声は、杏さんの声よ。
その、何と、謂うか。
……さつき様の影が―――
[そう謂って、
藤峰を促すようにさつきの足元を見遣った]
―天賀谷自室
影……
[さつきのそれが薄いものか濃いものか、部屋にいくつか置かれた燭台や天井灯、間接照明といった複数の光源に散らされ、私には察しがつかなかった。
翠が刀を抱えていることに、先程から感じていた違和感をぶつける。]
おや、翠さん。
その刀は書斎で整理してたとかではないんですか?
天賀谷さんの部屋にまで持ってきて……
……きっと、私の血に流れる異能は半端なものなのでしょう。
……それが天賀谷の――父の血によるものなのか、或いは母の血によるものなのか。私は未だ知りませんが。けれど、真に影見の力を持つ方は此処に居ます。
そして其の方には屍鬼を見出し、退治て頂きたい。
此れは天賀谷さつき個人としてだけでなく、
天賀谷家を代表しての申し出と受け取っていただいても結構です。
そういえば、随分来海さんの姿を見てないな。
彼にも聞いてみたい話があったんだが……。
[周囲を見渡したが、その姿はなかった。]
何故なら、叔父である十三が屍鬼によって殺害された――此れを敵として討たずに居られる理由が、私の中には無いからです。
宜しいでしょうか、皆様方?
逃亡者 カミーラは、農夫 グレン を投票先に選びました。
[頷く。
生きたければ己が手で──前を。
当然の様に、銃弾が籠められた銃だった。
カチリッと動かした硬い金属の感触に背筋が凍る心地がする。
ちょうど、上がって来たばかりのさつきに銃口を向けた。]
『そう、私はまだ十六になったばかりに過ぎない――』
『けれど、其れでも。私は紛れも無く、天賀谷の人間たるという責務をこの見に負っているのだから』
『そして、此れを云うか。否か――いえ、云わなくては』
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