情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 エピローグ 終了 / 最新
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [メモ/メモ履歴] / 発言欄へ
集会場は不信と不安がない交ぜになった奇妙な空気に満たされていた。
人狼なんて本当にいるのだろうか。
もしいるとすれば、あの旅のよそ者か。まさか、以前からの住人であるあいつが……
どうやらこの中には、村人が4人、人狼が2人、占い師が1人、霊能者が1人、守護者が1人、智狼が1人含まれているようだ。
悪戯好き イリスが「時間を進める」を選択しました
ちんぴら ノーマンは、文学少女 セシリア を能力(占う)の対象に選びました。
あ、パンだ。ありがとう…そして、頂きます。
[カミーラはクインジーからパンを貰い、それを食べ始めた。
後、彼に旅の理由を聞かれたので、その質問に答え始める。]
[クインジーに旅の理由を聞かれたので、その質問について答え始める。]
私が旅を始めた理由は、自分の住んでいた村が人狼達によって滅ぼされたからだ。
この村に来る以前にも、私はいくつかの村を訪れた。しかし、いずれも私の村と同じく人狼によって滅んでしまった。
幸い私は、このように生き延びているのだけどな。
[この村に関する話を聞いて、表情が曇る]
くっ、この村もそうだったのか。
だが…もう人狼達の好きにはさせない…!
[カミーラは、今度こそ人狼から自分を…そしてこの村を守る、という決意を固める。]
―宿坊―
人狼……
……まさか……
[パンを食する彼女への眼差しは柔らかいものだったが、彼女の旅の理由を聞くに及んでやや表情が険しくなった。]
……知らなかったな。否――本当だとは思っていなかった。
まさかこの地でまで――
[カミーラの言葉に、眉を蹙めながら……一時の黙思に心を沈ませた。その眸子は遠い過去に誘われるように虚空を彷徨う。
不意に我に帰ると、カミーラの方に向き直った。]
……ああ、すまない。
なあ、できたら……その話は皆の前で詳しく聞かせてもらえないか?
これから、詰め所前の広場に行こうと思っているんだが。
──詰め所前・檻──
[子ども達が去った後も、何度か投石があった。
セシリアは、足元に転がったままの母親の指を伏せ目がちに眺めていた。ジェーンの指は檻の中で、色を失い硬くなりはじめている。
あれから、しばらくノーマンやあの場に居たノーマンの取り巻き達は姿を見せてはいない。]
……お母さん。
……ぁあ。
──…お母さんの血の匂い。
[石に打たれた箇所から流れる血や、人狼だからと言っても感じないわけではない痛みを忘れて、心ここにあらずと言った様子で溜め息を付いた。
風が俯いたセシリアの髪を揺らす。]
――檻前――
[こんな田舎とは思えぬほど緊張した表情の兵士に声をかけると、すぐに詰め所にいた村長のもとへ案内された。双方が知っているこの地方の有力者、遠い血縁、パドヴァの大学、といったお互いを値踏みする短い遣り取りに続いて、すぐに本題に入った。]
昨日その町で、この村で人狼が捕まったと聞きましてね。
少し寄り道して、真偽を確かめるのも面白いんじゃないかと考えたわけです。
何でも、ほんの子供の姿をした人狼に、自警団が何人も殺されて、隊長は虫の息だとか。
いや。信じたわけじゃありませんが。噂は物事を十倍にも二十倍にしますからね。
[だが村長は、むしろ満足げにその噂を肯定したのだった。
全てが事実だと言う村長に、不信感を隠しきれないまま連れて行かれた、その場にあったのが檻とその中の少女だった。]
[落ちた母親の指を見つめながら、セシリアは淡い微笑を浮かべる。
そして、小さな口唇で──…セシリアは歌い始めた。
人間には誰にもわからない──言葉で紡がれた。
異国の旋律のような────。
人狼だけが耳にする事が出来る歌。]
ふぅむ。彼女が、人狼ですか。
どうして一体、銀の檻など用意してまで、こんな場所に?
[檻の外から、俯いたセシリアの顔を覗き込む。]
[クインジーの一言にカミーラは同意する。]
詰め所前の広場に行くのか。
分かった…ついていく。
もしかしたら私も、この村へ何かしらの力になれるかもしれないしな。
-村長宅/納屋-
[手下を引き連れ、中に入る。]
おうおう、ババア。
[ニヤニヤと眺める。]
似合うぜ、その格好。
[小指を切られ、暴行を受けてボロボロになっている。]
―村長宅/納屋―
[嗚咽]
[乱れた髪を梳かそうともせず]
[身体の苦痛を堪え][監禁に程近い軟禁]
[若者が椅子に座り][血のついたナイフを玩ぶ][落ちた数十本の髪の束]
セシリア……セシリアに会わせて。
[唾棄された唾が頬にかかる][涙と混じって落ちる]
[その時、納屋の戸が開けられる音がしてジェーンは顔を上げた。傲慢な表情で笑みを浮かべるノーマンの目が白刃のような輝きを放っている]
……。
[唾を拭い、泣き腫らした目で見上げた。]
[擦り傷、投石によって出来た傷、先刻のノーマンによって傷付けられた打撲傷がすこしずつ、ゆっくりと再生しはじめている。一番再生が遅いのは、何故か聖銀の鎖によって出来た擦り傷──セシリアの傷の中で一番軽傷に部類されるものだった。]
(…良かった、ちゃんと治癒してる。)
[顔を伏せていたセシリアは視線をあげて、明らかにただの村人とは違う身なりの良い男が、目の前に現れた事に気付く。]
―宿坊→広場―
すまねえな。
頼むよ。
皆、わからねえからこそ混乱してるみたいだからな……
[クインジーはそう言うと、カミーラを広場の方へと案内していった。]
ほう……そうかいそうかい。
セシリアに会いたいか……。
[ジェーンの顎を、威圧的に握る。]
俺も鬼じゃあねえ。人並みの情けってえのはある。
いいぜ。犬ッころの娘に会わせてやんよ。
ただし……
[見張りの若者に、促しナイフを転がす。]
そのナイフで、てめえの右目ぇ突いたら会わせてやんよ。
妙な気ぃ起こすなよな?
[彼の背後には、屈強な男たち。]
―宿坊から広場への移動―
[カミーラはクインジーによる案内を受けている。彼女はこの時、人狼対策として若干の荷物を所持している。
銀で出来たナイフ1本と複数の様々な銀製品である。]
―広場―
[広場につくと、身なりのいい見慣れない男が檻のそばで中を覗き込んでいた。]
おや……
失礼だが、誰だい?
村で見かけたことはないな……
[栗色のやや長めの髪は真ん中で分けられ、貴重品である眼鏡をかけている]
―村長宅/納屋―
[ノーマンの足に縋りつこうとした行動は若者によって防がれた。代わりに投げられたのは一振りのナイフ。]
ぁ…ぁぁ……。
[歯を食い縛り、溢れる涙を止める事は出来ない]
――本当に、右目を突けば……セシリアに会わせて頂けるの?
[唇が震え][蒼褪め][男達の影の中で呟く]
[目の前の男に見覚えがあった。
「喋れるのかね。君は。」と言う言葉から察するに、彼はセシリアの事を記憶していないのだろう。セシリアは続けようとした言葉をのみ込み、ヴィンセントに頷いた。]
あーあ、本当だ。
[いやらしい笑みを浮かべながら、見る。]
俺ぁ嘘はつかねえ。まあ、信じるも信じねえも
ババア…てめえ次第だぜ?
[カミーラを振り返ると、所持品を気にしている様子に見受けられた。目は油断なく周囲に配られている。
人狼によって滅ぼされたという村で彼女がどんな経験をしたのか。
そのどこか張り詰めた気配から、彼女の語った過去が手触りのある実感として伝わってくるようだった]
―村長宅/納屋―
はぁ―――はぁ―――ふぅ―――
[歯がカチカチと鳴る]
セシリア。
[右目にナイフを合わせ、だが刺せない。セシリアへの気持ちと自傷の恐怖が”未だ”拮抗している。ぶるりと身が震え――]
[檻の中で不自然に固定されている身体の、さらに俯いた顔から表情をうかがうのは難しい。
だが、セシリアはわずかに頷いたようだった。]
アーノルド氏によれば、君は素手で鉄格子が壊せて、もちろん人もばらばらにし、取り押さえる時に出来た傷もすっかり消えるという信じられない芸当ができるそうだが。
[震えている様子を、嘲笑する。]
アーハッハッハッハッハッハッハ!!
その様子じゃあ、ビビって突けねえようだな。
[冷徹に見下ろす。]
てめえのビビりのせいで、娘に会えねえわけだ。
[風に乗って、広場の方角からセシリアの「檻」の方へ。
嫌な匂いが漂って来る。
黒衣を纏い旅人の風体をした女が、クインジーと共に檻に向かって来る事に気付いた。カミーラだ。]
……銀。
それも血のにおいの痕跡のある。
[呟きかけて首を振る。
カミーラがやってくるにせよ、セシリアが檻から動く事は無いのだ。]
―村長宅/納屋―
[ぐ――]
[その言葉が引き金だったように、ナイフを突き刺した]
ぎゃぁああああああああ
[納屋の外へも漏れ出す悲鳴]
ぁ、く、ぁああああ
ヴヴぅアアアアアア…ぁぁぁぁぁ、ぅ、ぅ、ぁあ、ぁぁあああおおおおおおお
ぉぉ、、おぉぅ…… ぉ、ぉ、ぉぉお
[痛みで身体が痙攣している]
[首筋を流れる一筋の川][悲鳴が耐え切れない唇]
ぁ…はぁ、ぁ、ぁ、…はぁぁ、っあ
[紡ごうとした言葉は苦痛の声に――唯、還元される。]
お願い………ぃ………ぅふ、すっ…はっ、はぁ……はぁ、あ……シリア。
[絶え間ない呼吸音]
―檻の傍ら―
[クインジーは修繕した椅子を檻の傍らにまで引き出す。
檻の中の少女に執心の様子のこの身なりのよい男性の言葉を聞き逃すことのないよう、耳を欹てている。
肩から提げた袋から羊皮紙を出し、記録をとりはじめた。]
[カミーラは辺りを軽く見回してみた。檻が1つある。檻の中には少女が一人入れられているようだ。ついでに檻の近くには眼鏡をかけた男が一人いた。]
…これは一体…!?
[そう思いつつ、カミーラは檻に近づくことにする。]
[ヴィンセントになんと答えて良いのか迷い、もう一度俯く。彼は忘れているかもしれないが、セシリアはヴィンセントに本を借りた事があった。
数秒してから顔を上げ、不自由な首を少し傾け、淡い微笑を浮かべて言った。]
学門的な好奇心で、わざわざこの村まで?
ヴィンセントさん…ですよ……ね。
[今度は聞き取れる程度の小さな声で、]
人狼の力が見たいならば──。
…檻に入って、私の目の前にいらっしゃれば分かります。
もしくは、誰かを此処に放り込むか。
銀、と言ったのかな?
君は本当に、銀が苦手なのかね?
銀は鉄よりずっと曲げやすいはずなんだが……。
確かに君はまだこの鎖を引きちぎっていない。
君が鉄の格子を曲げたのが事実だとすれば、そういう事になるが。私は、単なる迷信は信じない事にしているんだよ。
アーハッハッハッハッハッハッハ!!
大変……大変結構だ。いい覚悟だったぜえ。
おい、野郎ども!!ババアを娘んとこ連れて行ってやりな!
[男たちはジェーンの服を剝ぎとり、
暴行を加えながら麻袋に押し込む。]
で、おまえたちはこっちの処理をしとけ。
[別の麻袋を、手下に手渡す。
そのとき、中身が転がり落ちジェーンの左目に映る。]
ちぃッ…てめえら何してやがるッ!!
[それは、村長アーノルドだった。
体がまるで狼に切り裂かれたようになっている。
人狼にやられたようだが、実際はそう見せかけたものだ。]
ふん……昔から俺ぁ兄貴が大嫌いだったんだ。
あの世で俺に詫び続けろ、アーノルドォォォォ!!!
[村長の死体は、じきに森で発見されるだろう。
手下が、先に村長が入った麻袋を運び出す。
ジェーンの体を麻袋に押し込むと、檻の前へ急ぐ。]
[そう言った瞬間、顔を上げた少女と眼が合った。
少女の鼻の上に架かっているのが、拘束具ではなく眼鏡だと気づいて、一瞬呆然とした。]
君は……。
さて。
みんな、聞いてくれ。
[檻の少女に気をとられている男から話を聞くことは今はできまい、と判じたものか、クインジーはそこに集まっている村人たちに声をかけた。]
ここにいる女は、かつて人狼に滅ぼされた村に居たそうだ。
人狼がどんなヤツだったか、詳しい話が聞けることだろう。
[そう呼びかけると、カミーラを促し、彼女に視線を向ける]
カミーラ、お前のいた村を滅ぼしたという狼憑きには、それとわかる特徴でもあったか?
[ズルリ――と、ナイフを抜き出して]
お願い……あの子は…違うわ…ちが…ぁぁあ、
[残る瞳で、睨みつける][暴行――傷痕が増える]
約……束よ…あの子に。あの子に、会わせて!!!
[叫んだ声][麻袋に押し込まれる瞬間][見知った顔の――]
おおお……ぁあ、貴方は――
[血相を変えたノーマンの表情]
[麻袋に押し込まれ、怒声にかき消された呟き]
悪魔だわ。
[麻袋の中、運命に抗う術を忘れたように弛緩した]
[カミーラは檻に近づこうとしたが、クインジーに話の促しを受けたので、人狼についての話を始めることにした。]
人狼というものは、普段は我々人間と同じ様に振舞う等をして潜伏をしている。しかし、夜になると正体を現し、人を喰らっていく恐ろしい怪物となるのだ。
[足枷の先に繋がれた鉄球の錘に視線を流す。]
──この枷を解いて下されば、あなたの見たい物が見れます…。
首、両手、両脚に枷。鎖。銀の檻。
これだけ厳重にしているのだもの…。
足枷を片方外したって、私は逃げられはしないわ。
[ヴィンセントが眼鏡に気付いた事に、瞬き。]
生前は父がお世話になりました。
それに私も一度だけ……御本を。
[カミーラが話している様子である。
檻の前に、どっかと座りこむ。]
ああ、邪魔ぁしねえや。
俺ぁこの犬ッころとの約束を果たしにきただけだからよ。
[手下に、麻袋を厳重に取り囲ませる。]
「人間と同じ様に――」
[その言葉に村人たちは背筋を震わせた。彼らの眼差しが交差し、思い描いたことを打ち消すように視線を俯かせる。]
『ひょっとするとこの中の誰かが?』
[そう、狼は誰に憑いているか容易には知れないのだ。
疑心がひたひたと人々の心に染みいくようだった。]
何と。本当だと認めるのかね?
しかも君が……?
[呆れた様に首を振る。
その間にも、檻の周囲には、次々人が集まってきた。
その流れに押しのけられるように、檻から少し離れる。]
[カミーラは人狼についての話を語っている。]
…だが安心して欲しい。
幸いなことに、こんなに恐ろしい人狼達を見つける方法がいくつかある。
ひとつは、人狼か否かを見破る術をもつ者の能力を使う。但し、誰もがその能力を持っているとは限らないのが玉に傷だけどな。
もうひとつは、いわゆる邪悪なものを祓う聖なる物質を人狼に近づける。銀製品などがこれに該当しているな。
これが見つけるための主な方法…ってところだな。
[檻の前は騒がしかった。
檻やセシリアを拘束する聖銀とはまた異なるにおいをまとわり付かせた女が、村人達に人狼の話をはじめる。見覚えの無い旅人──それも女による演説。
人狼は捕獲されているのだ。
セシリアが多くの兵士達を倒したと言う事実は、その現場を目撃していない村人達に「人狼」と言う存在に確信を持たせていたわけではない。
ただ、よく見知った村の少女がこうやって捕えられていると言う事実。人として扱う必要が無いと言う現実に村人の意識は向いていた。
ヴィンセントの様に、冷静にセシリアの言葉を聞こうとする者は、この場には居ない。
アーノルドが言った様に、本当に他にも人狼がいるのならば──?
村人達は顔を見合わせ、ヒソヒソと話をはじめる。]
ああ、そうだな。
狼憑きも魔女も、なんらかのしるしがある。
それを探す裁判官たちがいる。
そして、尋問と拷問が行われる――。
[クインジーは唇の端を歪め笑顔を形作る。]
色んな方法があるみたいだぜ。
もっとも――
[人狼より人間の方が数多く裁かれるみたいだがな、とその声は低く絞り出された。]
もっと早い話があるぜぇ?
[ニイッと笑みを浮かべる。]
この犬ッころに吐かせちまえばいいのさ。
幸い、何でもペラペラ喋りたくなるような
ゲストを連れてきているからなあ。
[手下に命じて、セシリアだけに麻袋の中身を
見えるような恰好にする。]
ただの銀と、聖銀は違う…。
[銀器全般に触れる事が出来ないなら、人狼が人に紛れて暮らす事は場合によっては非常に困難になる。
意味があるのは、あくまで「聖銀」だ。]
ノーマン……約束よ……ここを………
[声は、届いただろうか。否、届いたとしても、ノーマンの気分一つで約束など違えられる。]
[麻袋の紐が緩められ、新鮮な空気が入ってくる。]
セシリア……
[仰向けの頭を逸らし、外を見ようとした]
[ノーマンの提案に対して、カミーラはこう答える。]
ほぉほぉ…確かにそれは有効な手段と言えるな。
そいつは色々と期待できそうだ。
[そして、人狼についての話を引き続き続行する。]
人狼は群れで行動をするものだ。
少なくとも、人狼はおそらく檻の中にいる者以外に1〜2匹潜伏していると考えられる。
…先程出てきた提案も有効活用したいものだな。
[まだ閉じたままの麻袋を見た時、怯える様な影がセシリアの表情に過ったかもしれない。その表情をノーマンに見られる事を避けたくて、首を振り、ノーマンに蹴られた時から乱れたままになっている前髪で目許を隠した。]
…血のにおい。
────それに、
[流されたばかりの][新鮮な][親しい者の血]
…………お母さん。
[檻の中の少女が立ち去る身なりのいい眼鏡の男に微笑みかけるのが目に入る。]
知り合い……か?
どんな密談があったのやら……
[素性の知れない男はひょっとしたらセシリアを逃がそうとするのではないか。クインジーは男がおかしな動きをしないか気にかけておいた方がいいかもしれない、と思いながら人波に呑まれる後ろ姿を見送った。
ノーマンは、麻袋の中身をセシリアの前で指し示しているようだ。麻袋は不自然に蠕動し、赤黒く滲んでいる箇所もある。]
なんだ……?
[立ち上がり、ジェーンの入った麻袋を踏みつける。]
感動の再会だな。約束は果たしたぜ。
じゃあ、今度は俺とお喋りしようや?
[眼光鋭くセシリアを見る。]
てめえのお仲間は何匹だ?
[青痣][右目の欠如][血色の悪さ][艶やかだった髪質は、今は見る影もない][それでも――ジェーンは、セシリアの姿を狭い麻袋の入り口から認めると、残る左目から新たに涙を流し、笑みを、浮かべたのだった。]
ぁあ……。
[苦痛の中、安堵の、笑みを。]
[フレームが歪みかけた眼鏡の向う側で、セシリアの瞳が大きく見開かれる。
──袋の中から、無惨に痛めつけられた痕の残る顔だけを覗かせたジェーンを凝視した。]
─詰め所前─
[ルーサーは無表情のまま、大股でずんずんと歩いた。
詰め所の中で起きている騒ぎを遠巻きに眺めていた村人達は、彼が現われると気まずそうに口を噤んで、おずおずと挨拶らしきものを呟いた。
ルーサーはそれに優しく丁寧に挨拶を返しながらも、瞳の底の光は決して和らぐことはなかった。
聡い者はそれに気付き、何か一波乱起きそうな気配を感じ取っていた。]
「…………お母さん。」
[セシリアの小さな呟きが耳に届いた。]
なんだって!?
――おい
[クインジーは檻の方に向けられている袋の口の中身を確かめようと、麻袋に近づく。]
[こうして人狼に関する説明を一通り終えると、カミーラは何を思ったのか、ふと檻へ近づく。]
人が説明していたときに、さっきからブツブツとうるさかったんだけど。
[足元にあった石を拾って、檻の中にいるセシリアの顔に投げつけた。]
おっと。
[ノーマンの手下が、クインジーの行く手を阻む。]
この中には、豚が1匹入ってるだけだぜ?
犬ッころの飯になりそうだからよぉ。
コイツの口に合うかどうか聞こうと
連れてきただけなんだよ。
[彼の表情を支配するニヤニヤ]
[行く手はノーマンの手下によって阻まれた。
クインジーは心外そうに首を振った。]
やれやれ、ノーマンさん。
見せちゃァくれないんですか?
楽しそうなことなら、俺も話に混ぜてもらいたいンですがねえ……
[そう言って、唇の端を歪める]
アンタぁ、豚がそんなに見たいのかい?
下手に見ると、余計な騒ぎになるぜ。
[見下すように。]
見ちまえば、情が移って犬ッころに食わせるときに
余計な感情を持っちまうだろうが。
これは、俺なりの配慮ってもんよ。
─広場─
[檻の前には人だかりが出来ていた。
檻を中心として異様な熱気が渦巻いているのが感じられ、ルーサーは眉を顰めた。
魅入られたように立ち尽くす村人達を掻き分け、前へと進む。
肩に手を掛けられた村人はむっとして振り返ったが、相手が神父と知ると、大人しく脇にどいて彼を通した。]
[ジェーンに向かい、何時もの、家族としての、親密な笑みを浮かべかけて止める。首を横に振る。
そのままノーマンを睨みつけようとして、堪えきれなかった涙が一筋流れる。]
……仲間なんて居ないわ。
他の人狼なんて…──誰も…知らない。
[セシリアはちらりとカミーラの方を見る。
視線を向けた瞬間、石が投げ入れられ、セシリアの口元に当たった。]
…──ッ。
[それが真実、セシリアの母親だったのなら、少女はどのような反応を見せるのだろう。
魂の奥底まで人狼であるなら、母親であろうとその安否は気にかからぬだろうか。それとも、魂は未だ人であるのか。
はたまた、人狼たるセシリアは同じく人狼である母親を案じるのだろうか。
それとも、まったくの無実か――?
クインジーはノーマンと話をしながらも、セシリアの反応を注視していた。]
[セシリアへ石を投げた後、少し周囲のやりとりを見ていたその時、カミーラの身体へ眠気が急に襲ってきた。]
…う〜ん、何だか急に眠くなってきたな。
さてと、私はそろそろ宿坊に戻るとするか。
[こうしてカミーラは、就寝の為に宿坊がある*教会へ戻っていった*]
[女が、セシリアの顔に石を投げる。
周囲の男達が、その科白にわっとはやし立てる。
その様子に、表情がひきつった。
晒し物にされた罪人に、見物する側が石を投げるのは、珍しい光景ではない。
だが相手が、その少女だと知ってしまっては。]
「下手に見ると騒ぎに」
「情が移る」
[ノーマンの言葉の端から、おそらく袋の中身は想像した通りであろうと確信を得た。
ならば、わざわざ見るほどのことはない。]
なるほどねえ……
ノーマンさん、あんた、見込んだ通り行動力がある人だ。
[そう口にしていたのは、ジェーンが手酷いリンチを受け、片目が抉られていることを知らずにいたからだったが。
クインジーは今はむしろセシリアの反応に意識が向かっていた]
んんー……さすが犬ッころ。イイ声で鳴くねえ。
[やや悦に入ったような調子で。]
やめるもやめねえも、てめえの心がけ次第だぜ?
てめえの仲間ぁ、何匹だい。
[再度問う。]
[殴打][殴打][殴打]
[見えない位置から振り下ろされる棍棒]
[男達は、恐怖や嘲りを振り下ろす力に変え、殴り続ける]
[絶え間ない衝撃が息を詰まらせ、声すら上げられない][くぐもった、引き攣ったような音しか――]
[神父の声が聞こえる。彼の顔が露骨に不機嫌に。]
いえねえ、ちょっとこの子とお喋りしているだけだって。
[手下が、厳重に麻袋を取り囲む。]
[囃し立て石を投げていた周囲の者達が、ギョッとした表情でルーサーを見詰める。
その視線に全く頓着することなく彼は歩を進め、檻の側のノーマンへと近付いた。
歩きつつ、朗々と言葉を続ける。]
貴方が暴行を加えた少年は死にました。
私が先程看取りました。
俺が暴行を加えた少年だぁ?
[演技だと丸わかりの驚き具合で。]
知らねえなあ。何のことだかさっぱりだ。
そんな大昔の記憶、俺にゃあねえよ。
[セシリアからは、ノーマンの手下の動作、殴られるジェーンの表情、声──全ての情報が手に取る様に分かる。]
…お母さんを。お母さんを殴るなら──私にしてッ!
[ノーマンに、]
あなたがしたいなら、私に何をしても…いい…から。
私が何人だって言ったって一緒でしょう?
1人だと言おうが、2人だと言おうが。
…人を嬲れるなら、誰だって良いんでしょう?
[首を横に振る。
眼球を抉られたなら、人狼でも再生するかは怪しい。
もっとも、セシリアは経験した事が無かったが。
もう一度、セシリアは首を横に振る。]
……………。
…神父様ッ!
袋の中に、袋の中にお母さんが入れられてるんです!
助けて──助けて下さい。
このままじゃ……殺されてしまう。
そして、手当を。手当をお願いします。
[だが――]
『妙だな。袋の中から先刻からハッキリとは声が聞こえない。
呻き声だけだ。
もしかしたら――』
[その時神父が姿を現した。峻厳な表情で一喝する。
手下が厳重に麻袋を囲むその姿に、疑心は大きくなった]
『もしかしたら、中に入っているのは母親ではなく一芝居うってるんじゃねえか?』
[少年が死んだ――という言葉に表情が険しくなった]
やーだね。どうして俺が、犬ッころの言うこと聞かなきゃなんねえ?
ただの犬畜生のくせに、人間様に意見しようたぁ
どういう了見だ。
[ルーサーが麻袋に近寄らないよう、手下に目くばせ。]
質問の答えになってねえな。おい、やれや。
[再び、手下に暴行の合図。]
[必死で聖職者であるルーサーに言い縋る。
セシリアを繋いだ鎖が四肢のあちこちに食い込み、擦り傷が擦れ血が流れたが頓着している場合ではなかった。
ノーマンの様な男がこの状況に満足するはずは無い。
少年だけではなく、セシリアでも、ジェーンだけでもなく、誰でも──彼の兄ですら殺してしまいそうだ。]
これまでは上手く誤魔化してきたつもりでしょうが、明らかな証人が居る以上もう言い逃れは出来ませんよ。
村長がどうにかするからと仰るので、事を大きくするよりはと貴方の悔悛を待っていましたが……。
本院を通じて御領主殿にお話をさせていただきます。
[決然と告げた。]
おいおい。
[クインジーは背筋を逸らせ、見下ろすようにセシリアに冷厳な瞳睛を向ける]
よせよ。
本気でもねェことを云うのは。
[カツカツと檻に近づいてゆく。立ちはだかる手下の肩を掴むと、脇に力づくで押しのける]
――どうせ……
[そして、麻袋を掴んだ]
明らかな証人?誰だい、そりゃあ。
おーい!てめえらの中に、俺がそんなことするの
見たってえヤツいるのかね?
[檻を取り囲む村人たちに問いかける。
皆、下を向いたまま押し黙っている。]
ほーら、誰も名乗り出ねえよ。証人なんていやしない。
────…ぁ、ああ、あ。
お母さん、お母さん、ごめんなさい…──ッ。
[更に悲鳴の様な声。
麻袋からもノーマンからも顔を逸らし、一瞬クインジーをノーマンの替わりに睨む。
すぐにノーマンを震える眼差しでじっと見つめ直し──、絞り出す様な声で。]
……ほ、本当の事を言います。
…ノーマンさん──。
だから止めて──…止めてください。お願いです。
[ルーサーは悲痛な叫びを上げる「セシリア」を訝しげに見た。]
お母さん……? アーチボルト夫人のことですか?
何故そんなことが分かるのです?
その袋の中身は、アーチボルト夫人なのですか?
[声音は平坦だが、よく響く。
麻袋を取り囲む手下に近寄ろうとする。]
てめえら、ソイツをそれから引き離せ!!
[手下に命じて、クインジーをジェーンから
引き離そうとする、やっとセシリアが吐きそうなのに。]
[麻袋が破け、襤褸襤褸になったジェーンが姿が衆人の元に曝されたその瞬間──、セシリアは叫んでいた。]
……ふ、2人。
2人なの…。私の他は──。
だから、だから……許して、許して下さい。
[そこには裸婦が居た]
[唇から血を滲ませ、右目は抉られた無残な顔]
[殴打を続けられた肌は、変色し、身体は動かぬ骸に程近い]
[それでも、微かに息はあった]
[咳き込み、吐く息には血臭]
[セシリアの髪の色と同じ色の髪が、はらりと地に落ちた]
……証人はクインジー、彼が見たと私に教えてくれました。
村人ならばどうとでも押さえつけられるでしょうが、彼は教会の人間です。
[ちらりとクインジーに視線をやり──それは反論を許さない鋭い視線だったが──ノーマンを睨んだ。]
[袋の中からは、アーチボルド家の寡婦、ジェーンの姿が現れ出た。
酷い有様だった。
体には様々な打撲傷が見え、皮膚が赤黒く変色している。
なにより無惨なことには、片目が抉られ眼窩からはどろりと眼球の名残が垂れ下がっていたことだった]
チッ!!
マジかよ――
[ノーマンの怒声に振り返る。]
[麻袋から転がり出た、人の身体。
そしてセシリアの叫び。]
……ま、まさか。
ジェーン夫人……!
[人の群を掻き分けて、ジェーンの元へ駆け寄る。]
[はらりと……セシリアと同じ色の髪が零れる。
破れた袋からまろび出たのは豊かな肉置きの、だが無残に痛めつけられた中年の女性だった。]
……──なるほど。
[低く呟いた。]
[クインジーを突き飛ばすように、
正体が露呈してしまった中身に駆け寄る。]
おーっと、そこまでだ。
この犬ッころは誠意を見せてくれたようだぜ。
[セシリアの、「仲間は2人」という発言にニンマリ。]
この通り、中身は豚だったろ?
で、返してほしいのか。だったら―
[クインジーを見て。]
アンタぁ、俺がガキを殺すところ見たんだって?
それぁ本当か?ん?
で、神父さん。アンタぁ、こういうことにゃ
やけに否定的だよなあ?
もしかしたら、アンタ人狼なんじゃねえの?
[ルーサーの足元に棍棒を放る。]
アンタもこの豚欲しいのかい?
だったら、この犬ッころソイツで殴れや。
ノーマンさん、本気にしてるンですか!?
わかンねェな――
[少年の死については今は意識に及んではいない。
叫ぶセシリアの声に苛立たしげな眼差しを向ける。]
芝居はよせ!
こいつがてめェの母親だと!? じゃあ、こいつも狼か!!?
それとも、狼が人間の心配をするってのか?
狼が――人間のフリをするんじゃねえ!
[そう云うと、怒りに任せてジェーンの髪を掴み持ち上げる。
檻にその顔をこすりつけ、挑むような眼差しでセシリアの瞳を睨みつけた]
……お母さんを、お母さんを…助けてください。
[檻の周囲に居た大抵の村人達は後方に下がって様子見をしている。
村長の弟のノーマン、聖職者と言う村の権威であるルーサー、クインジーもルーサーと同じ側に所属している。3人の誰に対しても、夫々の近寄り難さがあるのだろう。
ヴィンセントが駆け寄る事が出来るのは、その身分に由来するのかもしれない。セシリアは4人の誰でも良い──と、助けを求め続けた。
その声が、クインジーの行動にぴたりと止まる。]
チッ!
誰だ!
仲間か!?
[片腕を捉えた身なりのいい紳士の腕を振り払う]
さァ、はっきり云え!
てめェは狼なのか人間なのか――どっちなんだ!
狼なら――
二人ってェのは本当なんだろうな!
──貴方のように愚かしく、無駄の多い方法で悪魔を祓えるとは思っていないだけです。
[鉄の自制心の仮面にも亀裂が入ったか、明らかに蔑む眼差しでノーマンを眺めやる。
棍棒は拾わない──しかしクインジーも止めはしなかった。]
ふぅぅぅ…ふぅぅぅ…
[全身が痙攣している]
[目は見えているのだろうか?]
[腕が、ぶらんと檻に触れて][指だけを檻の棒に引っ掛けた][ぬるりとぬめった]
「……お母さんを、お母さんを…助けて」
[セシリアの言葉に、クインジーの表情はますます苛立たしげになっていくのだった]
チッ!!
[なぜ、こんなに何もかもが腹立たしいのか。クインジーは凶相を更に歪めてゆく]
今この人が狼だと言ったな?
人狼は鉄を曲げるんじゃないのかね!?
傷は治るだって?
麻袋さえ引き破れないこの人が、人狼だと言うなら、随分な冗談もあったものじゃないか。
尋問なら、せめて人狼だと解ってる相手にすればいい。
ジェーン夫人に手を出すなら、この人が人狼という証拠を出してからにするんだな。
そうだね。この人の眼がもう一度生えてくるとかね。
[鋭い口調で、一息にそう言った。]
[普段のノーマンなら、ルーサーの行動に
あァ!?ってーと、てめえは狼なんだな?
おい、てめえらコイツをやっちまえ!!
大事な神父さんに化けている犬ッころだ!
とでも叫んでいただろう。]
あ……おぉ…。
[しかし、今は彼は予想外の事態に怯むしかなかった。]
悪魔はどのような見せかけも装えるし、その言葉にも信<まこと>などない……
それを貴方は分かって居ない。
[大股で檻に近付き、嫌悪の眼差しで聖なる鎖に縛られた「人狼」を見詰めた。]
愛らしい外見も、哀れを誘う声も、アーチボルト夫人を気遣う仕草も……全てはまやかし。人を惑わす嘘、つくりごとなのです。
悪魔の言葉を素直に聴いてはなりません。
畜生――
バカにしやがって……
[クインジーはジェーンの髪を掴んでいた手を離した。
彼女の体はズルズルとその場に崩れ落ちる。
クインジーは荒々しく息をついていたが、やがて首を振った。]
コ…コイツら……。
[正直、ルーサーとクインジーを侮っていた部分があった。
聖職者なんぞ村の精神的シンボルに過ぎない、と。
慈悲だ施しだ何だと、ただのヌルいヤツだ、と。]
うぉ……。
[今は、その想定が破られた衝撃に支配されるしかない。]
――神父。
……取り乱しちまってェすいません。
[足下のジェーンの背中に手を携え、抱き起こす。]
手当をしてやってもらえませんか。
宿坊までは俺が運びますから。
証拠ねぇ……
[眼鏡の紳士に鋭い眼光を投げる。]
証拠なら、これからいくらでも見つけ出して見せますよ。
[そう、吐き捨てるように云った]
[ジェーンの女性としての過去は、決して幸福であるとは言い難かった。一子、二子ともどもを流行り病で亡くし、悲嘆にくれた歳月。女性としては最後のチャンスであったろう、遅くに授かった子供であるセシリア。娘にかける愛情は並々ならぬものがあった。]
[檻の傍で、襤褸雑巾のように崩れ落ちるも、その指はセシリアに触れたいとばかりに、棒を握ろうとしていた。]
この期に及んでもまだ「セシリア」の振りをするとは……やはり悪魔は一筋縄ではゆかぬものです。
[クインジーと抱き起こされたジェーンに目をやり、暫し顎に手を当て、考え込む仕草をする。]
そうですねえ……とは言え、まだアーチボルト夫人も人狼でないとは決まっておりませんよ。
[セシリアの貌から──徐々に表情が消えて行く。]
[クインジーが側に来ている事も忘れて、檻に押し付けられた母親に手を伸ばした。セシリアの指先を彼が折るかもしれない。傷付けるかもしれない。
セシリアの指の先が僅かにジェーンの髪を掠る。
そして、ジェーンが滑り落ちるように、その場に崩れる。]
…………嘘なんか付かないわ…。
人間であったならば勿論憐れむべき女性なのですが。
「仲間が居る」という言葉、それも嘘かも知れませんが、事実だとして、その「仲間」がアーチボルト夫人でないと言えますか?
傷の治りは確かに遅いですが、それも悪魔ならば……或いは。
[平静な眼差しで、傷ついた女性を見ている。]
資産家 ジェーンが「時間を進める」を選択しました
――そうか
[セシリアの人狼としての言葉が芝居でないとすれば、それはそのままジェーンが人狼であることを示すことになる。]
わからねェ……
[クインジーは深まる懊悩に表情を歪めながら、髪を掻いた]
[いずれ、セシリアの何が真実で何が偽りであるかは見定めねばならぬのだろう、と思いながらクインジーは神父の言葉に耳を傾けている]
[茫然としていたが、遠くの方から聞こえる
「村長が森で殺されている。」との言葉に、
気を取り直したように行動する。]
な……なんだって!!!
兄貴!兄貴ィィィィィィィィ!!!!
[絶叫して駆け出していく。
兄の身を案じる弟。そう映っただろう。
しかし、一瞬彼の顔は笑っていた。]
[ヴィンセントの存在に今気付いたというように横目で見遣り]
勝手なことをされては困ります。家に連れ帰られては逃げられるかも知れない。監視せねば。
私はこの教区を預かる神父ルーサーです。
失礼ですが、貴方は?
[向き直り柔らかい微笑を浮かべる。──しかしやはり眼に浮かぶ色は冷たく固いままだ。]
[ルーサーの言葉に、苛立ったように。]
ああ。では監視したまえ。
君達が言う「人間」を傷つける者がいないようにも監視して欲しいものだね。
私はヴィンセント・ギャドスン、この人の知人だよ。
――詰め所、檻の前――
[ウェンディは再び詰め所までやや大股で歩いてきた。欲求不満。と顔に書いてある。]
人狼ってみんなみんな言うけど、私が檻に入ってお姉ちゃんを触った時はさっぱり解らなかったわ。 ちんぷんかんぷん。
[詰め所の敷地内に入り、檻の方角をみる。檻そのものの場所へはまだある。 遠目に覗き込むと――大多数の大人が檻に視線を投げかけているのが見える。
突然、男性が脱兎のごとく、ウェンディの側を駆け抜けていった。]
あっ、最初にいたおじさん…どうしたのかしら?
忘れ物をした、という顔ではないわね。
そんなに気になるんなら、教会に付き添えば宜しかろう。
[そうヴィンセントと名乗る紳士に伝え、ひとまずジェーンを抱き上げる。
その耳に、凶事を知らせる遠い声が響く。]
また災難か……
[面倒なことになりそうだ、とクインジーは顔を*蹙めた*]
[無表情である事は意図してなのか、感情が激し過ぎた結果なのかは分からない。ただ、両目から滴る涙を止める事は出来なくなっている。寧ろ誰も聞かなければ良いと呟く。]
わ、私が何者であっても…。
…お母さん…は、お母さんに、決まってるじゃないの……。
[ただ、ジェーンが死なずに済む事を願った。]
[ウェンディは足を止め、遠巻きに檻を注視する。
明らかに大の大人が寄ってたかって何かをしているように見える。それも友好的ではなく、威圧的、一方的だ。]
あれ?セシリアお姉ちゃんが囚われている筈なんだけど…檻の外でも何かあったのかしら?
もう別の人狼が…とか。
[ウェンディは檻のほうへ近づきたい、と思った。だが流石に『子供は見ちゃ駄目』の一点張りで突き帰されるような気がする。ウェンディは進むのを躊躇している。]
―森―
[人だかりができている辺りに駆け寄る。]
兄貴ッ!!兄貴ィィィィ!!!!
[無残にもボロボロに転がっている死体に縋る。]
そんな……嘘だろ!?兄貴…兄貴ィィィィ!!!
[群がる人々は、ノーマンを憐れむような目で見ている。
兄を殺された弟という、彼が思い描いた図式通りに。]
うっ………くっ…。
[一見して、村長が狼に殺されたのか別の誰かに
殺されたのかを判断する術はなかった。
釘を並べて引っ掻いた傷は、肉食獣のそれに似ていた。
ノーマンが策を練り、村長が狼に殺されたように
見せかけているのだから。]
[「村長が殺されている」という叫びに眉間に深い皺が刻まれる。短く祈りを唱え、]
……ギャドスン殿。人は罪深く、「人狼」という敵を目の前にしても我欲しか頭にない、憐れむべき存在が居るのですよ……。
ともあれ、その女性は預かりましょう。人間かも知れぬならば、最低限手当ては必要でしょう。
……貴方は医学の心得がおありですか?
私も多少知識はありますが本格的に学んだ訳ではないので……。私の師は優れた治療者でしたが、やはり医師ではありませんでした。
[すっくと立ち上がる。その目には涙。]
みんな……聞いてくれ…。
[涙ながらに、演説を始める。]
兄貴は……兄貴は、人狼と戦うために、
みんなの士気を高めるためにあの演説をした。
そして、無残にも人狼の犠牲に……。
[言葉に詰まる。]
なぜだ!なぜなんだ!!なぜ兄のような勇敢なヤツほど、
犠牲として葬られてしまうのだ!!
俺は……俺は、人狼を決して許さないッ!!
みんなの愛した勇敢な村長を……
そして、大事な俺の兄貴を殺した人狼をッ!!
[ウェンディが最初に檻に入った時の大柄な男性が檻の側にいる。 何やら大きそうなものを抱えているようだが、はっきりとは確認できない。
その他にも神父様や大人が幾人か、檻の前で話し合っている。]
うーん…大人の人も気になるし、セシリアお姉ちゃんも気になる。怪我とかしてないといいのだけど。
[ウェンディはずかずかと檻の目の前まで向かった。 もし大人に止められなかったら、セシリアに再度話しかけてみたいと思った。]
[群集の知識は如何ほどのものか。
閉鎖的な村に突如現れたに等しい、噂の実体化とも言えなくはない「セシリア・アーチボルト」という檻の中の人狼少女。向けられる視線は冷たいが、嫌悪と好奇と憎悪と、優越感が入り混じる目の色。
その一挙一動は、娯楽が乏しい環境に置いて、甘露なる刺激で精神を賦活させるものだ。特に、子供にとっては尚の事だろう。
同じく、現在クインジーによって運ばれる母親ジェーンへ注がれる視線は、裸ではある事に同情的な色合いの視線は果たしてあったのだろうか?むしろ、日常の異物であるとしか見えなかったのではないだろうか。]
[ウェンディは神父さまはじめ大人達を子供特有の軽快さで横切ろうとした。
つまみ出されないか、と心配しつつ。
神父さまが男性(ヴィンセント)に語りかけている内容は子供なので全く理解できない。]
そうですね。クインジーの言う通り、教会にお出でなさい。その方がよろしいでしょう。
[ふ、と息を吐き]
私はちょっと村長を見て参ります。
教会へはクインジーが案内してくれるでしょう。
それではまた後ほど…。
[丁寧に礼をし、大股でノーマンの去った方角へと*歩み去る。*]
俺は兄貴の遺志を継ぎ、人狼と戦っていくつもりだ。
絶対……絶対、人狼を生かして村から出すなッ!
みんな…俺についてきてくれるか?
[そこまで喋り終えると、村人たちから
ノーマンに惜しみない拍手が送られる。
それは、彼が村長代行として認められた証であった。]
みんな……ありがとう…ありがとう……。
[その場にいた村人は、彼の思惑通りに心を掌握されたようだ。
再び、村長の遺体に縋るように泣き声を上げる。
誰も気づかなかったが、彼は*笑っていた*。]
―詰め所→教会―
[取り囲んだ群衆の好奇の眼差しに気づき、クインジーは辛うじて襤褸となった麻布でジェーンの体を僅かなりと隠した。それは、気休め程度の覆いとしかならなかったが。
ジェーンを宿坊の寝台の一つに横たえる。
手当を医術の心得のある者に委ねることにし、彼女の体に毛布をかけるとその場を後にした。]
[檻へ近づこうとすると、解散なのか人数が少しずつ減っていく。大柄な男性は女性を抱えていたように見えた。神父さまも檻から離れる。
ウェンディはもう一人の男性に声をかけるか、セシリアに声をかけるか迷った。]
―檻―
[森の中での出来事も僅かに気にはなっていた。だが、クインジーの足は檻の方へと向かう。
なにかが引っかかっていたのだろうか。
檻のそばには、戸惑ったようなウェンディの姿があった]
ディ……気をつけるんだぜ。
セシリアだけじゃない。誰かが石を投げつけるかもしれないからな。
[そして、クインジーは衛士の許可をとる。
檻の中へと足を踏み入れた。]
クインジーさん。
あの!私も檻にまた入りたいです。
セシリアおねえちゃんが心配なの。大丈夫。誰かが石を投げそうになったら逃げるわ。
ちょっと前に、私と同じくらいの子が石を檻に向かって投げてるのを見たけど、私、あんなの大嫌い。
[石は絶対に投げたくない、というのは間違いのない気持ちだった。]
ううん。セシリアお姉ちゃんが酷い目に遭ってないか、確かめたいだけ。怪我をしていたら手当てしないといけないし、お腹がすいてたらパンかスープもこっそり持ってきたい。
私、お父さんお母さんには朝ごはんを食べたふりをして、お腹の中に隠して持ってくるつもりよ。
[セシリアが困っているなら助けてあげたいのは本心だが、自分の中に生まれつつある知的好奇心の対象である事は伏せておく事にした。]
[セシリアの身を案じるウェンディに複雑な表情で頷き、檻の中へと導く。]
食糧を持ってくるのは考えた方がいいがな……
[もし、それが他の村人に気づかれたなら、ウェンディ自身が今度は人狼の嫌疑に晒されるように思われた。
――彼女がそうでない保証はどこにもなかったのだが。セシリア自身がその見目形からは決して人狼とは思えぬのと同じように。]
―檻の中―
[檻の中央のセシリア。
鎖に弛緩した躰を委ね、その姿は微かに揺れている。]
セシリア……?
[その頬にはうっすらと筋が残され、縁を赤く染めた目の縁には水晶のような泪の雫が留まっていた。その事実に一瞬たじろぐ。
我知らず、胸が詰まった。]
芝居のためであっても――泪を流せるとはたいしたものだな。
[一瞬去来した感情から目を背けるようにそう吐き捨てた。
彼女から瞳を逸らして]
[私は、床に転がるそれを改める仕草に擬態して、我が主の御許に跪いた。]
やっと……謝する機会を得ました。
――申し訳ありませぬ。
己が不明を恥じております。
貴女様を桎梏より解き放つために必要なことは
なんなりとお命じ下さい。
その誇り高き御名と共に――
[血の一滴、肉の一欠片の悉くに至るまで、己が身は古き盟約により主君に捧げた。
そして魂もまた。
私は、その誓いを新たにすべく、臣服の礼と共に恭しく主の足の甲に接吻した。]
……こいつは…
[口蓋の奥で軋む音がした。
土気色になり、乾燥したそれはつい先刻切り落とされたものではないだろう。
それは、女のものと思しき小指だった。
宿坊に運んだ際に見た、ジェーンの片手の欠損を思いだす。
それと同時に、シーツを取り払った際の何かを訴えるような彼女の瞳の色が不意に甦った]
もちろん、堂々とパンを持って来るような事はしないわ。するならこっそりよ。 ネリーお姉ちゃんが餌、餌って言うものだから本当に餌みたいなものしか食べてないと思うもん。
[ウェンディは檻の入口付近でクインジーやセシリアを見ている。どうやら服を着替えさせたらしい。セシリア本人はぐったりしているだろうか。]
[唇を噛む。少女の顔を見ることができない。
喉を詰まらせ、立ち上がったクインジーは無言のまま、彼女の掌にその指を握らせた。]
[ウェンディはセシリアの顔や上半身付近のほうへ寄り、座り込んで彼女をじっと見た。暴れたのか鎖が締め付けたのか、うっすらと傷ついている。眼鏡の奥は泣きはらしたような顔。
長い髪や豊かな胸は女性らしさの特徴なのか、と感じた。]
お姉ちゃん…
くそ!!
[そして、去来したやり場のない感情を叩きつけるように、銀の檻を烈しく打ち据えた。]
ああ……そうしてくれ。
[こっそりとだというウェンディの言葉に、その通りであればと願う。彼女が人であれ、獣であれ――ただ今は、悽愴たる疑惑の渦中の人とならなければよいと願うばかりだった。]
/*
――――
我が願いは、人としてどれ程傲然と振る舞おうとも、魂――人狼として――は主の下にあることだ。
主がそれをお許し戴くならば、私にとってその他の諸々の事柄は些少なことに過ぎぬ。
私の過去になにがあったかは、主の言葉に従い告白することになろう。
願わくば、我が主がそれをお許しにならんことを――
――――
*/
こんなにぎゅうぎゅうに鎖を巻きつけていたら、息もするのも苦しいと思うわ。せめて半分くらいにできないのかしら。
[ウェンディは遅かれ早かれ、セシリアの戒めを彼女の希望に弛めてあげたいと思った。逆に自分の思うような巻き付け方もしてみたいとも感じるのだった。]
[そうして、クインジーは二人から目を背けたまま、じっと遠くの何かを睨んでいた。
ウェンディが檻から*出る時まで*。]
[ウェンディはセシリアの全身を見ながら、ひとり考えに耽るのだった。]
私…セシリアお姉ちゃんに何をしたいのだろう。何をして欲しいのだろう。 お姉ちゃんが狼だから何でもしていいって言われたけど。
もしその通りに私がしたい事をするのなら、それは私にとっていい事でみんなにとってもいい事なのかしら。
でも。村長さんがいろいろ言ってたわよね。村長さんはセシリアお姉ちゃんをどうしたいのかしら。その…やっぱり、死刑にしてしまうのかしら。
なら何もこんなことしなくてもいいのに。
お姉ちゃん、ごめんね。私、たとえお姉ちゃんが悪い人でも助けたいと思うの。でも、それは絶対無理なような気がする…
[ウェンディは申し訳なさそうに、そのままゆっくりと*檻から出ていった。*]
―宿坊―
[カミーラは、たった今ベッドから起床をした。だが、周りに何かしらの違和感が生じている。なんと一人の中年女性が、自分が寝ていた場所の近くにあるベッドで横たわっているのではないか。]
…何だこれは…!?
[寝ている女性の状態を見て驚き、思わず一言発してしまった。]
それより…腹が減ってきたことだし、朝食でも食うか。
[カミーラは、煮炊きができる暖炉を使い*料理を作り始めた*]
[しかし料理をしている最中、カミーラの頭に突然痛みが生じてきた。
わけの分からない幻聴が、徐々にカミーラを*襲い始める。*]
[ジェーンを憐れむ者、彼女が差し当り教会へ運ばれた事に安堵するが居ないわけでは無かった。
セシリアが人狼ならばせシリアには罪がある。
が、ジェーンが人狼とは限らない。
ジェーンが人間ならば、寧ろ悪鬼はノーマンだ。衆人環視の元、酷い暴行を受け、更に裸で転がされたジェーン──。]
「ジェーンもこれじゃ、いずれ死ンぢゃうわよ。ね?」
「アイツにぶつからずに済んで良かった。」
「……ちょい待て。
い、今、叫びながら、ノーマンが笑ってたぜ…。」
[安堵][驚愕][良く知ったチンピラへの嫌悪]
「一瞬だったけど、あの気持ち悪い顔が満面の笑みに──。」
「泣き顔じゃなくて?」[疑問符]
「……でも、村長さんが殺されたって聞こえたわよ?
神父様だってほら、森に向かわれるって。」「2人は兄弟よ?」
[したり顔][舌打ち]
「莫迦」
「どンだけあの二人がいがみ合っているか。」
「出来損ないのクズって言ってるじゃねえか、村長さんは何時も人前で。」[失笑][嘲笑]
「そうだぜ、ノーマンならアーノルドさんが死んだら、自分が村長だって思ってるだろ。」
[唾棄]
「──嫌だ。」
「やめてくれッ!ノーマンに俺の姉は犯されたんだぞ。姉さんはだから未だに嫁げやしないんだ。」[引き絞る様な呻き声]
「神父様が村をどうにかしてくだされば──。」
「そうだ神父様なら、悪魔が厄災をもたらしても、我々を救って下さる。」
「聖銀を作られたのは神父様ですって。」
「副団長は駄目だな。」
「なら、馬で駆けつけられたあの方(ヴィンセント)は?」
「神父様にクインジーも揃っていれば、ノーマン1人<だけ>なら敵じゃないわよね。あの顔とあの体格だもの──。」
「お前、あの用心棒に気があるのかッ!」
「──────兎も角、ノーマンは論外だ。」
[派閥が分かれる。人間関係が錯綜し、村に不吉な暗雲が*広がりはじめていた*。]
─森─
[彼が現場に着いたのは、ノーマンの大仰な演説が終わりに近付いた頃だった。概ね善良な─そして単純で愚かな─村民達と異なり、彼はこの芝居がかった嘆きの仕草に明らかな偽善の香りを嗅ぎ取っていた。
ルーサーは歩を緩めずありったけの威厳─と自制心─を保って近付き、村長の遺骸の側に跪いた。
そして、短く聖句を唱えた後、大げさに悲嘆に暮れた素振りを続けるノーマンの肩に手を掛けた。]
兄を喪って悲しみにくれるのは無理からぬことですが、そのように嘆くのはお止めなさい。
死は苦しみからの解放であり、栄光に満ちた主の御許に迎え入れられることを意味するのですから。
ですから、むしろ彼の魂のために祈りなさい。
[立ち上がって両手を広げ、彼は居並ぶ村人に向かってよく通る声で宣言した。]
村長……アーノルドはこの村のために尽くした、立派な人物でした。
私は彼の葬儀を教会にて執り行いましょう。
皆さん、彼の魂が罪の赦しを得、永遠の安らぎを得られるように祈りましょう。
神父さん……。
[目を潤ませて、ルーサーに抱きつく格好。]
ありがとな…本当にありがとなァ……。
[ルーサーの登場すら、村人たちの心を掴む
駄目押しの策に転じようとする。]
[今この場に居る人々の大半は、騙されやすく権威に弱い心脆い人々だ。そのことはルーサーにも痛いほど良く分かっている。
それは同時に、彼らが『まだ』教会の権威とそれがもたらす罪の赦しや死後の安息、そして教会からそれが得られなかった時の煉獄や地獄の恐ろしさを愚直に信じている、と言うことだ。]
さあ、村のために犠牲となったアーノルドを教会へ!
[ルーサーは居並ぶ人々に向かって決然と命じた。自分が先頭に立つべく、教会に向かって歩き出す。
ノーマンにはもう*一瞥もくれずに。*]
ああ…ノーマン。
私は貴方が十分な悔悛の情を見せるまで、当分教会の敷地内への立ち入りを禁じます。
……破門しないのは、貴方の悔悟を期待しているからです。主もきっとそれをお望みだと思います。
[目を遣ることもせずにノーマンに慇懃に言い放つと、そのまま大股で*歩んでいった。*]
[ルーサーの背中を、憎悪たっぷりに眺める。
少なくとも、決死の演技でこの場の村人の
心は掌握できたはずだが、ルーサーはそれさえも
凌ぐカリスマ性を誇っているのではないか、と。]
ふん…まだだ。まだ終わっちゃあいねえ。
俺にゃあ、まだ奥の手が残っているんだ。
へっ、今に見てろよ。誰も俺に頭ぁあがらなくなるぜ。
[*呟いた*。]
──檻──
[ジェーンが運ばれたのを見届けたセシリアは、脱力した様に息を付いた。上方からつり下がる忌々しい鎖にもたれ掛った姿勢。虚ろな眼差し。
着替の前と比べて、鎖は全身に、不均一に巻き付けてあるものの、以前よりは、やや巻きが少なくなっている。特にノーマンが押さえていた方の腕には、彼の怒りを恐れた兵士には、あまり鎖を巻き付ける事が出来なかった様だ。
それ故に先刻のセシリアはギリギリ格子に触れる事が出来たのだった。
いつの間にかやって来た>>146ウェンディがまた檻に入ってこようとしている事に気付き、セシリアは*力無く呟いた*。]
あなたの様な子どもは、もう此処に来ちゃ駄目なのよ…。
―屋敷―
[セシリアの着替えを手伝った後、ネリーは屋敷に戻りセシリアの食事――否、「餌」の準備をしていた。]
ほンだってまァ……
狼っ子はなァにを喰うんだべかなァ……
[村長をはじめ、他の者が居ないことを良いことに、つい独り言に故郷のにおいが混じる。]
あの狼っ子が肉を喰うとしてもなァ……旦那さまァが、「餌に金ェかけるな」っておっしゃるもンでのぅ……はぁ……
[先ほどの食事で余った野菜クズと、干肉の切れ端を鍋に入れ、水で煮込む。塩をほんの少しだけ入れ――]
まァ、こンくらいは入れてもいいべ……
こンでもよォ、オレん故郷で喰うモンよりはァずぅっとマトモなメシだかンなァ……
[赤ワインをドボリとひとつ、鍋の中へ。]
[彼女の雇主、村長・アーノルドの死を知らぬネリーは、どうしたものかと思案しながら「餌」づくりをしている――]
―広場へと向かう道にて―
[鍋に入ったスープ(とおぼしきもの)をトレイに乗せ、ネリーはとぼとぼと広場に向かって歩いている。]
[ざわめき声、悲鳴。
運ばれている影がひとつ。そして、もうひとつ。]
………ん?
ありゃァ、何だべなァ……
[不穏な空気を嗅ぎ分け、ネリーは思わず眉をしかめ、首を傾げた。]
まァた化けモンが人喰ったンだべかのぅ……おお、怖ぇ怖ぇ。
オレもそのうち喰われちまうかのぅ……
オレが喰われてもよォ、旦那さまァのご一家もだれも、みぃんなオレの代わりを雇えばいいとしか思わねンだろォなァ……
オレの田舎の父ちゃんや母ちゃんも……
[はた、と止まり、鍋を見つめる。
――果たして、金のために自分を売った親が、自分の死を悲しむだろうか――
その確証がない――「確証」などという言葉をネリーはそもそも知らぬのだから、もっと漠然とした不安と推測される――ネリーは、ぶんぶんと首を左右に振った。]
………死ぬのは、怖ぇのぅ………
[トレイの上に乗った鍋の中が冷めぬうちに――そうネリーは考えながら、広場へ向かう歩みを*早めた*]
でも、パン…餌をあげる時はどうやってあげたらいいのだろう。
多分、ネリーお姉ちゃんが一番詳しくて、慣れてるんじゃないかな。今度聞いてみようっと。
村長さんにも一度聞いてみたいわ。
[ウェンディは自宅のほうへ*歩いていく*]
[ヴィンセントは困惑していた。
ジェーンの手当てはしたものの、とうてい事情を聞きだせる状態ではない。
セシリアが、拷問によって荒唐無稽な自白に追い込まれた、というのが最も自然だと考えた彼は、親子が無実だと証明すべく調べて回ったのだが。
まずは、医学を修めたと明かして、セシリアを取り押さえる際に負傷した兵士たちを診察した。一人一人に負傷の状況を訊ねても、彼らの証言、そして負傷そのものも一致しきっている。巧妙な偽証とするには、何より彼らを傷つけた他の何者かを想定しなければならない……。
彼がセシリアと話している間に殺されてしまった、村長の事もある。この村に尋常でない何かがある事は間違いないように思われた。]
―教会/宿坊―
[ジェーンは傷の手当てをされて眠っている]
[手酷く痛めつけられ動かない体][顔半分を占める包帯]
[時折の呻き声]
[深い傷は、脂汗が浮かび上がらせ、ろくな看護もない状況では、今は起き上がる事すら侭ならない。]
――詰め所――
[硬い表情の副団長との、三度目の押し問答。]
だから、そのアーヴァインさんに会わせてもらいたいんだよ。
意識がないにしても、何か手がかりになるかもしれない。
もちろん、話に聞く通りの容態なら、私に命を救えるという保障はないが。私の治療が彼の命を縮めるはずもないだろう?
[そう言ってから気づく。
自分も、彼らからしてみれば「アーチボルト家の味方」、「怪しげな余所者」なのだと。]
―詰め所―
[押し問答をしている、ヴィンセントの後ろに近づく。]
あれ、アンタぁ…ちょっと前に見かけた余所者じゃねえか。
[ニヤニヤ顔で、肩に手をかける。]
何やってんだこんなとこで。
いやね。
その、セシリアを人狼だと見抜いたというアーヴァインさんに会わせてくれと頼んでいるんだが……。
人と話せる状態ではない、の一点張りでね。
これでも私は、自然科学と医学の学位を持っているんだよ。彼の役に立たないはずはないと、言っているんだが。
ほう………。
[中空を眺めている。策謀を巡らしているときの癖。]
俺が認めりゃあ、会うことぁできると思うがなぁ。
ただし、1つだけ条件飲んでくれや。
[ヴィンセントに顔を近づける。]
人狼を割り出す、とっておきの方法思いついたのよ。
まあ、あの犬ッころから聞き出す証拠ぉ見つけるんだけど。
そのために、いくつか道具集めなきゃあなんないんだが、
俺ぁ今、教会の敷地に入ることができねえんだ。
[ニヤリ。]
教会から、この村の見取り図と振り子型の聖銀
くすねて来てくれや。そしたら、俺が融通利かせてやるよ。
こりゃあ、兄貴がくたばっちまった今、
俺にしかできねえ方法なんだがな…。
俺ぁ、兄貴を殺った人狼を許せねえ。
悪い話じゃねえだろ?力ぁ貸してくんねえか。
[その兄を殺したのは、彼本人なのだが。]
あなたが、お兄さんから自警団の指揮を受け継いでいたのか。
それはありがたいが……。
し、しかし、教会にそんな物があるなら、司祭の、何と言ったかな?
彼は頭は硬そうだったが、人狼を探すつもりは充分にあるようだったぞ。彼が当然取り扱っているのでは?
なぁに、アレは俺と兄貴にしか使えねえシロモノさ。
自分にゃあ意味のないモノぉ、肌身離さずって
わけねえだろうが。絶対教会のどこかにあるはずだ。
[ヴィンセントの心をつかもうと言葉を続ける。]
それにだ、俺がこの方法を使えばよ。
村全体の心をがっちり掌握できるじゃねえか。
そうすりゃ、あの神父だって俺のこと無視できねえだろ。
そうすれば、アンタに最大限の便宜を図るぜ。
余所者が立ち入ってはいけないとこに行きたきゃ、
許可出すし、会いたいヤツがいれば会わせてやる。
[首をかしげながら。]
これでも、ふんぎりつかねえか?悪い話だと思わねえんだが。
俺んちの前に、でかい井戸があるだろ?
あれぁ、俺と兄貴で掘り当てたもんなんだ。
[ヴィンセントの質問に。]
どっからか来た余所者から、俺と兄貴が習った方法なんだ。
なんでも、本来は地下水脈を探す術らしい。
それを応用すりゃあ…決定的証拠をつかむことが
できるんじゃあねえかと思うわけよ。
[満面の笑みで。]
そのコツぁ、俺ぁ誰にも教えてねえし、
兄貴だって墓場まで持って行っちまうはずだ。
だから、俺と兄貴にしか使えねえってわけよ。
[ノーマンの迫力に圧されるように。]
つまり、司祭さんにとっては意味のない品物だというんだね?
あなたに渡しても、他に誰に迷惑がかかるわけでもないと……?
地図と振り子か。
そんな方法で人狼が見つけ出せるなら、ぜひ私もこの目で見てみたいものだが。
そうそう、アンタぁ話がわかるじゃねえか。
まあ、正確には人狼を割り出すというよりは、
犬ッころから聞き出すための証拠を探すんだけどな。
[気迫十分に。]
アンタぁ、何ていったっけか?やってくれるか。
いいだろう。
無闇に人間を拷問して回るよりは、ずっと良い方法のように思えるしね。
そうだ。
私も、その証拠探しに、立ち合わせてもらえるだろうね?
[その品物の使用法に、興味を隠しきれない。]
ああいいぜ。証拠さえ出ちまえば、
後は犬ッころの体に聞きゃあいいって寸法よ。
だが、悪いがコツまでは教えらんねえけどな。
[ヴィンセントの気持ちを引き付けたようで、
ご満悦そうにしている。]
よっしゃ、取引成立ってわけだ。
俺ぁ部屋で待ってるから、持ってきたら
誰でもいいから、俺んちのヤツに言ってくれ。
[ヴィンセントを抱きしめた後、宅へ向かう。]
じゃあ、待ってるぜ。
―広場にて―
[スープらしきものを手にしたネリーが、広場に現れた。先ほどまでよりはざわめきも人の数も減ったとはいえ、先ほどの悪い知らせの余韻は消えず――]
……………?
[人々の噂が、ネリーの耳に入る。中には、ネリーが村長一家の屋敷で働いていることを知る者が、さも憐れそうにネリーをチラチラと見ているのも分かる。]
………え………っ!?
村長さまァが……死んじまったァ……だと?
化けモンの仕業かァ!?化けモンの………!
[ネリーの全身がガタガタと震え、あやうく鍋を取り落としそうになる。]
……ど、どうして……?
化けモンのせいかェ!?
村長さまァがおっ死んじまったのは、あン化けモンのせいかェ!?
…………………
オレぁこれから、どォしたらいいんだよォ………!
[ひどく困惑した様子で、ネリーはキョロキョロとあたりを見回している。]
オレのお給金は……!?
オレの働き場所は……!?
オレ、村長さまァん家からおん出されちまったらよォ、働くとこ無くて、死んじまうよォ………!
……………ッ!!
[続いて、ネリーの耳に「セシリア」の母親が檻の前に引き摺り出された顛末を耳にするも――その言葉は、ネリーの頭の中でもはや大きな地位を占めるものとはなり得なかった。]
化けモン、おめさんかェ!?
おめさんが、村長さまァ食らって殺したんかェ……!?
[歯を食いしばり、檻の中を睨んだ。]
―広場―
[セシリアから聴取しようと考えていたクインジーは、檻の中へ椅子を二脚運び、卓を組み立てていた。
広場との間を往復していると、おろおろしているネリーの様子が目に入る。]
おう、ネリー。
一体どうした?
額の怪我は大丈夫か?
[ネリーはというと、檻の近くまで寄り、険悪な表情を浮かべている。]
――村長が…?
[彼女の言葉が耳に入った。
死んだ、というのは狼に喰らわれたということだったのか――と先程の騒ぎが思いおこされる。]
[額の怪我を気遣う声が聞こえ、はっと我に返り赤毛の聖職者の方を見た。]
……いいえェ。怪我は唾ァつけとけば、大丈夫でござェます……
[ふるふると小さく首を横に振る。彼女の頭の両側のお下げが、静かに揺れた。]
それより……村長さまァが亡くなったっていう話を聞いたンですが……旅ン方は何かお知りでござェますかぇ?
私は手にかけておりません。
妙だ……
[私は、同族のみの耳に届く音域の声を発した。
それは異国の響きを帯びていた。]
唾つけときゃ治るってなァ……
[クインジーは苦笑する。]
年頃の娘がそれじゃいかんだろう。
膿んで痕になったら困るぞ。ちゃんと見てもらっとけ。
[だが、村長の話に表情を曇らせた。]
「旅」のってェと……あの、カミーラという女のことか?
俺もまだ、村長のことはハッキリとした話は聴いていないんだが……
ワタクシにァ、年頃もなァンも関係ござェません……ただ生きるために、死ぬまで働いて、働いて、働くだけでござェます……。肥桶担いで、家畜の世話して、鶏締め殺して食肉にして……そうやって生きるンが、ワタクシの生きる道でござェまさァ……。嫁にいくなんてェ、甘ァい夢は見えやしませんェ。
[ふぅ……とひとつ、溜め息をつく。]
おンや、旅のお方っていうのは、あんたさまァのことだったんですがァ。……あんたさまァの名ァ知らんから、つい。
すんませんのぅ……
[ネリーのように奉公に出された娘は、労働の対価に奉公先がいずれ結婚相手を見つけ、持参金を用立ててくれるのが世の常だった。
だが、ネリーの言葉を聞くと、そのような先行きの幸福を思い描くのが難しい。村長の屋敷での扱いが酷薄なものであることが察せられた。
とはいえ、ネリーにとっては、父親を喪ったようなものであろうか、とクインジーは考えた。
痩せこけた彼女を見ていると行く末に幸あれかしと願わずにはいられない。
手に持った鍋に目が留まる。]
ネリーはもう食べたのか?
もうちょっといい物喰わせてもらえ。多少図々しいくらいでちょうどいいんだぜ。
[飢饉の頻発していたこの時代にあっては、難しいことではあっただろうが。]
ああ、そうか。
村長の家は結構離れているし、水車小屋は教会から森の中に入ったところにあるからなあ……
[クインジーは頭を掻いた。数年前よりこの村に居を構えているとはいえ、ネリーの姿をこちらから見ることはあっても直接話した機会は皆無だったことを思いだした。]
俺は、クインジーという。
この近くの森を荘園とする修道会に身を置いている……用心棒だ。
もう、こうして生きているだけでオレは十分図太いわァ。若ェ娘がやるにゃァ酷だの何だのと言われて死なねェ仕事やっててもなお生きてンだ。平気さァ……。
きっと嫁にいくとしてもよォ、どうせオレはただの働き手よォ。夢も希望もありゃァしねェ。
[ふっ、と小さく笑う。]
そうかェ。あんたさまァは、水車小屋の人かァ……。そいつァ失礼したのぅ……。なにせ、ワタクシはァ、朝の仕事以外はマトモに屋敷の外には出られねぇモンでなァ……
ワタクシん名はァ、……もう知ってるかもしンないけれどもよォ、ネリーって言うンでござェます。
今さら言うのもなんだが、よろしくのぅ。
[小柄で痩せた彼女はクインジーの前では一際小さく見える。クインジーは漸く鳩尾のあたりの身長の彼女と話すのに、やや身を屈めて話していた。]
こちらこそ、よろしく。
[そうして、ネリーがセシリアに食事を与える仕事の様子を見守った。]
―檻の中―
[警備の者に頼み、檻の扉を開けてもらう。ぺこりと一礼し、ネリーは中に入った。]
なァ……化けモンさんよォ……
[鍋の中にあるスープをスプーンで掬い、そっとセシリアの口許に運ぶ。後ろに控えているウェンディには、「あまり近付きすぎねェでな」と気遣いつつ、ネリーは己の仕事を遂行する。]
こんメシぁマズイかもしンねェけどよ、我慢して食らってくれよォ……
[セシリアの目をじいっと見つめ、一定の動きでスープを食べさせている――]
─森から教会への道すがら─
[村長の亡骸を運ぶべく、教会に向けて先導をするその表情は、彼の庇護を求める迷える羊達にはすっかり落ち着いて見えただろう。
だが、]
私の見立てが間違っていないとすれば……。
いや、確証はないのだ。
後で亡骸を十分に調べねばなるまい。そう、夜にでも……。
[思わず洩れた独り言は、周囲の耳に届くことこそなかったが、苦渋に満ちていた。]
[ウェンディは、村長の死に衝撃を受ける周囲の喧噪とは別世界に居るかの様に無邪気に見えた。
セシリアは、何処かやるせなさを含んだ眼差しをウェンディに向け、彼女が思い付いた事をしゃべるに任せた。
妖精の様な外見のプラチナブロンドの少女は、何故かセシリアの胸元に食い込んだ鎖に、その澄んだ瞳を輝かせている様だ。]
──…餌。
(誰かに、獣の様に地に這って食え──と言われかねない…な…。)
[気怠くウェンディを見つめながら、セシリアは呟いた。
頬についた涙の跡を拭う事も出来ず黙り込むセシリアは、一連のジェーン──セシリアの愛する母親への暴行から、絶望感を感じているのだ、と言う風に見えたかもしれない。
やがてネリーが訪れ、セシリアに餌を与え始める。]
「おめさんが、村長さまァ食らって殺したんかェ……!?」
[ネリーの言葉に、セシリアは夢から醒めた様に淡い微笑を浮かべた。]
──ずっと檻の中に居る私がどうやって。
あの黒衣の女(カミーラ)が言った様に、「人狼は群れで行動する。」だから、私が仲間と共謀して殺させたとでも…?
[ネリーの頭が弱いのではと言う嘲笑が、昨夜檻の見張り番をしていたらしき兵士達からあがった。ネリーの主人は、アーノルド死亡後はノーマンになってしまうのだろうか。]
………………ッ。
[ピチャリ。]
[スプーンで与えられる、ワイン以外の味のやや薄いスープに大人しく口を開ける。零れない様にゆっくりと舐めた。
ネリーの目をじっと見つめ返す。
暗くなり始めた夕刻の気配。
ネリーの手元が逸れた時に、セシリアの顎に流れた淡い紅色のスープ。舌先でそれを拭う、セシリアの瞳が一瞬黄金色に輝く。]
ネリーが村長さんを殺したのでは無いの…?
…アーノルド一人が死んでも、ネリーの人生は変わらない…か。
(檻に閉じ込められてしまった私も。同じ。)
(村人全員が死んでしまえば──良いのだわ。)
(この村が滅びてしまえば。)
──檻(夜)──
──…滅びよ。
人間で有る事、それ自体がすでに罪だ──。
罪深きもの達は、全て。
************ **** *** ****** *******
──…血の海でのたうち、苦しみの果てに命を落とすが良い。
焔に灼かれ、灰に還えるが良い──。
[セシリアは、暗い目で月の光る天を仰ぎ見る。
そして、セシリアを知る者が聞けば、震えてしまいそうな低い低い声で、呪詛の言葉を紡いだ。
──わざと。人狼の言葉では無く、人間の言葉で。]
[暗転──*時刻は翌朝へ*]
――夜/水車番詰め所――
――――――――
クインジーは何やら思案しているようであった。
卓の上に羊皮紙を広げながらもすぐに書き始めるでなく、窓外の黒々とした森の向こう、遥か遠くに視線を彷徨わせている。
この日は、ジェーンを巡っての諍いの後も大きな出来事があった。
村長のアーノルドが森で何者かに襲撃され死亡した。
そして、ノーマンが新たに村長として名乗りを上げたのだった。
それは確かに村にとっては一大事であったろう。だが、クインジー自身はさほどそのことに思い煩っているわけではなかった。
アーノルドなる男は使用人のネリーの扱いにしても、人狼との容疑を確信したものであれセシリアなる少女を見せ物のように扱ったことにしても、クインジーにとっては惜しむべき人物とも思われなかった。
彼が教会へと運ばれたと聞き弔礼に赴いたものの、それは完全に儀礼的なものであった。
「ヤツが人狼に……ねぇ……」
クインジーはノーマンと村長の確執に気づいていないわけではなかった。それを人狼の行状として記録しておくべきか、その時点では保留することにしたようだ。
ともあれ、今はその書きだしをどうしたものか先刻より思考を巡らし一向に筆が進まない。
それには、理由があった。
クインジーはその記録を自著として記述すべきか、躊躇していたのだ。聖職者として現在表に出にくい立場に身を置くことになった過去――。それは、クインジー自身が忘れたくとも必ず追い縋ってきた。
やがて、何か打開策を見いだしたものか、予の方を向くと謎めいた表情を見せる。
予は厭な予感に重い息を吐く。
書き出しが決まったのか、男は羊皮紙にペンを走らせ始めた。
――――――――
「予を筆者に仕立て上げるつもりか」
[エトワールは不満げに喉を鳴らした。]
仕方がなかろう。
私の真名は、異端者として記録されているのだから。
[私は弁解するように呟く。
一日の記録を終えると、謡うように遠くへ声を飛ばした。
月の光を浴びながら。]
―宿坊→檻の前―
[カミーラは朝食をすませた。]
…そうだ、檻の方はどうなっているのかな。
少し様子を見てみるか。
[カミーラは、人狼が入れられている檻がある例の場所へ向かった。]
―翌朝/教会・宿坊―
[クインジーはジェーンの容態を気にかけ、彼女を見舞うため宿坊を訪れた。]
――よう
怪我の調子はどうだ?
[それは、ヴィンセントなる医者の治療が適切か、また常軌を逸した治りの早さを見せてはいないかを見定めるためのものでもあり、唯に善意からの見舞いとは言い難かったかもしれないが。
炉辺で温めたスープにパンを溶かし、できあがった粥状のものを彼女に勧める]
──檻(夜)──
[ジェーンを打ち据えながらノーマンに脅迫された時、セシリアが答えた「村に人狼が2人」と言う言葉は、ほとんど出鱈目だった。常日頃の推測が思わず零れたと言う意味では嘘では無いが。
以前から村、若しくは近隣に自分以外に人狼が居るらしい、徘徊しているらしい──と言う事は薄々気が付いて居たものの。セシリア・アーチボルドとして暮らす事を決めていた以上、どの様な人外とも接触を持つ気は無かったのだ。]
―教会/宿坊―
[打ち身のように出来た痣は生々しい。
ジェーンは寝台に横たわったままだったが、クインジーの呼び声に、左目を薄っすらと開いた。
目だけが、彼の行動を、追う。
全身の痛みが勝るのか、一夜明けただけでは、そのぐったりとした様子に然程の変化が見当たらないようにも思えるが――]
……否。
本来の私はこの村に来てから、2年半以上の歳月を。
──セシリアと言う少女のその血潮の波の間に。
混濁した意識は少女と混じり合い、胎児の様に眠っていた──。
セシリアとして暮らし、時折、人狼の力を振るい──人の血肉を闇の中で貪りながら。
この村へ来る以前の、深い傷を癒す為に…──。
―檻の前―
[カミーラはセシリアが入っている檻の前に到着した。どうやら周囲に人はいないようだ。]
…!!
[カミーラは、セシリアに視線を合わせた。
すさまじい威圧感か何かはよく分からないが、途端に身体に若干の寒気が襲い掛かってきた。]
―教会/宿坊―
[呼吸は、喉の奥で引き攣れた濁音を混じらせている。]
――――
[無言のうちに悲痛な空気を纏いつかせているのは、それは、親ゆえか、それとも。]
こ…こは……セシリア……
[乾き、罅割れのようになった唇からだみ声が漏れ出す。]
――教会・聖堂前――
[詰め所から教会へ向かう道すがら、昨夜ジェーンを運んだ宿坊に泊まっていた女とすれ違った。
通りがけに宿坊の方をうかがうと、人の気配がある。
中に誰がいるのかは確かめずに、聖堂に向かった。
ノーマンから依頼された器具を探し出して、そしてどうするのか。
まだ決めかねている。
ノーマンの主張通りなら、それを貸し出してくれるよう、司祭に頼んでもいい。
だがその二人の間に、険悪な雰囲気があることは、昨日檻の前で見た諍いから充分見て取れた。
自分で司祭に頼んでも無駄だと思ったからこそ、ノーマンもわざわざこんな取引を持ちかけてきたに違いない。正直に事情を話したら、司祭はモーマンに貸すことを許してくれるだろうか。
それを諦めるなら、別の口実を設けるか、断らずに持ち出して、司祭が気づかないことを祈るしかないが……。]
まずは、見つかるかどうかだ。
聖堂に行って祈る。誰でもすることじゃないか。
[迷いを振り払うように、大股で中へ入っていった。]
[痛々しい様の彼女に、さすがに身を案じたものかクインジーの眉間の皺は一際濃くなった。
ジェーンの背中に手を回し、痛まぬよう慎重に抱き起こす。]
あまり食いたい気分じゃないかもしれないが、ともかく食ってくれ。
食べねェと気力も湧かないし治りも遅い。
[そうして、匙で粥を掬うと彼女の口元へ運ぶ。]
[カミーラ。名は知らぬものの、檻の前で、人狼事件の被害者だと語っていた旅人だ。投石した女とは分かる。
村には居ない重い色の短い髪、喪に服したまま時間が止まった様な黒衣が印象に残る。男ならまだしも平凡な女は旅に等でないだろう事を考えれば、彼女の人生が人狼の所為で180度変わってしまったであろう事は、セシリアには簡単に予想できた。何故なら、此処に辿り着く前、幾つかの村をセシリアは滅ぼして来たのだから──。]
────…。
[セシリアは黄金色に輝く瞳でカミーラを見つめ返し、僅かに口唇を三日月型に歪めた。]
昨日は手荒に扱った。
狼憑きの嫌疑の濃いあいつを吐かせるためだ。詫びようたァ思わねえが――もし、あいつが万が一にでも無罪放免されることになるなら、その時には俺を如何様にでもしてくれていい。
[セシリアの表情を見て、身体に寒気が増していく。
カミーラは、人狼少女のあまりの恐ろしさに、
その場から動けなかった。
視線をそらしたくても*そらせなかった。*]
[遠くから響いたような声が聞こえた。]
眷属だと…一体何のことだ!?
[どうやらカミーラは、この幻聴の正体が分かっていないようだ。]
[早朝、見張りを除いて檻の周囲に人の姿は無い。
村人では無いカミーラに対して人狼である事を隠す必要が無い事が、無意識に影響しているのかは定かでは無いが、カミーラへ向かう笑みは、本来の「セシリア」と異なっている様に見える。
硬直するカミーラに今度は声を立てて笑い、彼女の持っている袋に視線を投げた。昨日も感じた聖銀の臭いがするのは間違いでは無い様だ。]
その袋の中身で、私を殺しに来たのではないのか──?
…人狼に村を滅ぼされたのだろう。
―教会/宿坊―
っ……ぅうん、うぅ…
[それでも、筋肉を動かす事が痛かったのか、苦痛混じりの深い呼吸を吐き出した。
匙を差し出す仕草に]
―――いいえ
[目を瞑って首を振る。
ここが何処なのか、そして、セシリアがどうなったのかを聞くまでは、食べたいとも思わなかったし、そもそも食事が喉を通るのかも怪しいものだった。口内は傷つき、鉄の味が未だする。]
………。
[目の前の男の告白を聞き、ようやっと――昨日の悪夢のような時間が浮かび上がり、欠片が歪な記憶として纏まろうとした。]
おお……。
[漏れるのは、やはり、嗚咽。枯れ果てる事のない泉のように、涙。亡くした代償は還る事はない。]
あぁぁぁぁ…っ、うっ、うぅ…
[肩を震わせ、泣く。]
――ああ。
そういや、あんたは教会には足を運んでも、宿坊に泊まったことはなかったっけな。
ここは、教会の宿坊だよ。
心配ない。セシリアは今のところひどい目にはあわされてはいない。
[その状態がいつまで続き得るものかはあやしいものだが――とは思ったが。魔女の容疑をかけられたものの扱いが酷薄なものであり、人狼への対処が更に烈しいものだということをクインジーはよく知っていた。]
お、おい。
どうした――
[泪にくれるジェーンに、戸惑ったように声をかける]
[幻聴を聞いた人間の様に振る舞うカミーラの様子に、セシリアは興味を持つ。]
(──…この女は。
自分が人狼だと気付いていないのか。)
(面白い。)
(自らの現実に気付くまで、放っておこうか。)
[更に声を上げてセシリアは嗤う。]
[嗚咽を堪えるように、口元に手をあて]
見苦しい…所をお見せしました……。こうして、貴方と直に話すのは――初めてでしょうか。
[泣き腫らした目、やつれた顔で微笑む。それは、角度によっては自嘲のようにも見えた事だろう。]
――檻の前――
[ネリーが食事を用意して檻に現れたのをウェンディは見止めた。
ふと、周囲の人々がネリーへ憐れみか、好奇の目を向ける。 誰かがネリーに吹き込んだものを通じて、ウェンディはアーノルドが亡くなった事を知った。]
村長さん…?あの人死んじゃったの?
村長さんって、最初に檻の前でお話をしていた人だよね?
その…つまり。あっという間に誰かが死んでしまう事もあるのか…セシリアお姉ちゃんに止めさせないといけないわ。
[ネリーが檻の中に入り、食事――ネリーは餌と言っている、をセシリアに与えている。ウェンディ見物人の先頭付近でそれを見ていた。]
そうだ。なぜセシリアお姉ちゃんなんだろう。お姉ちゃん、どうしてあんな目に遭っちゃったのかな。
誰か、人狼について詳しい人はいないかしら。
[あれやこれやと考えているうちに夜を向かえ、ウェンディは自宅に帰り、眠り、朝を迎えるのだった。]
疵も酷い。
――無理もない。
[「見苦しい所を――」という彼女に首を振る。]
そうだな……
こうして話をするのは初めてだろう。
もっとも、日頃からあまり村の者と親しくしているわけでもないのだが。
そう――セシリアは、まだ、無事。
[だが、その先など見えているだろう。この身体が証拠だ。ジェーンは、無言。沈黙の数十秒。そして、]
一応名乗っておいた方が良いかしら……もっとも、もう、この村で知らないものなんて誰もいないでしょうね……。
[右手が左腕部から手の甲へ滑り、欠損した指の近くで止まった。]
………クインジー、でしたね。
[乱れた髪が揺れる。]
私はどうなっても良いのです……けれど、
[骨を親指で触る。]
セシリアは、私の娘です……狼憑きではありません。
[震えて。
クインジーの問いに答える前に、
震えながらも、きっぱりとそう言葉を紡ぎ上げた。]
……ああ。
あんたの名前は…知っているよ。
[一瞬、口を噤む。]
[だが、悲歎にくれるジェーンに、残酷だが真実であろう言葉を告げておかねばならなかった。]
セシリアが人狼であれ、咎なき無実の人であれ、彼女は村長によって「人狼」と断定され村人の多くはそれを信じきっている。
悪いことに、その村長は死に、彼の言葉によってそれが覆されることはありえない。
娘のことは諦める他ない……
――到底、受け入れ難いことだろうが……な。
──回想・檻(村長死亡直後)──
[セシリアでは無く『彼女』の意識が。
セシリア・アーチボルドと言う平凡な人間として生きて行こうとする程に、人間の内側に潜み、闇の中で沈黙していた『彼女』の意識が、完全に元の様に明瞭になり始めたのは──。
もはや、灰塵に帰し永劫に再会する事は無いだろうと思われた、古き時代に盟約を交した…従僕との檻の中での再会。
臣服の礼として差し出された足元への彼の接吻だった。]
…再び、相見える事があるとは思わなかった。
[『彼女』はゆっくりと瞬きをする。]
[混濁の中から覚醒する意識。] [闇の中から花が浮かび上がる様に。]
[込み上げて来る恍惚にも似た感覚。]
嫌……嫌、嫌……
[また涙が零れる。]
嫌よ――セシリアは、セシリアは私の…ゴホッ…たった、たった1人の――ゴホッゴホ…!
[後は頭を振って示す。]
相見えるどころか。
…お前が、同じ村に居るとは思いもよらなかった。
過ぎ去りし歳月の隙間を埋めるのは、我ら眷属の刻。
すべては生命の月の輝く夜に──。
夜闇の森を抜けて、我が元へ。
[一瞬だけ笑みを浮かべた『彼女』は告げる。
人では無い言葉を僅かに2、3だけ、檻の中で交し合った──。
『彼女』に完全に支配されていた間──「セシリア」はただ、手枷の鎖につり下げられた姿勢で、人形の様に虚ろな無表情を曝していた。]
[──*回想終了*]
[ジェーンの襟首を握る仕草に、感情が籠もっていた。
クインジーは振りほどこうとはしなかった。
やがて、手が離れる。
目の前の女がセシリアと“同族”故に庇うのか、人として人狼である彼女を信じているのか。それとも、セシリアはやはり人であるのか――
クインジーの中で疑問が渦巻く。]
……なあ。
例えば、の話だ。
「セシリア」が人狼なら……
……あいつはあんたの知っている娘じゃないんだろうぜ。
贋者なんだ。
あんたの娘を奪った人狼を許せるのか?
――朝、自宅周辺――
[ウェンディは独り考え込んでいた。セシリアは何をしたいのか。或いはして欲しいのか。 私は。私は何をしたいのか。
セシリアはこの村を八つ裂きにしたいという感情も持ち合わせているが、当のウェンディにはとんと知らない話。ウェンディにとっては優しいお姉ちゃんとしか見えていない。当然、セシリアが見せていないからであるが。]
まだ私は確かめてないよね。お姉ちゃんは「助けて」とか「ここから出して」とか言ってないの。これってどういう事なのかしら。
そして私は…どうすればいいのかな。
[自分の中で思考がぐるぐる回る。]
そして、人狼はまだまだいるらしい事。そして村長さんが亡くなっちゃった事。
そもそも。生命ってなんだろう。どうやったら人は生まれて、どうやったら人は死ぬのだろう。
…セシリアお姉ちゃんは知ってるはずだし。聞いてみようかな。
[よく言えば怖いもの知らず、悪く言えば子供特有の無邪気さ、残酷さがあった。]
クインジー。
では、何時セシリアが人狼と成り代わったというのですか。
[悲鳴のような声。声をあげるだけで節々が痛み、熟れた熱が右目から頭の中へ流れ込むようだ。]
贋者が――母親を騙せますか。
連れてゆかれるまで、あの子はあの子のままでした――もし、成り代わっていたのなら……私には分かった筈です。
[「何時」「何時なのです」と、ジェーンは再度重ねる。]
[クインジーは暗澹として重い息を吐く。
ジェーンの嗟歎はこれまで多く見てきたものだった。]
村の皆を見てみろ。
セシリアが無罪放免となることはあり得なかろうぜ。
だから――
“人狼”だと思いきっちまった方が楽なんだよ――
[その言葉は、どこか自分自身に言い聞かせるような響きだった。]
知りたい事はいっぱいあるけれど、どこへ行けばいいかしら。
私、字を読むのはあんまり得意じゃないし、教会もひとりで行った事ないしなあ。
セシリアお姉ちゃんに聞いてもいいけど、他の人からも聞いてみたい。人狼ってどんなもの?って。
[ウェンディは考えに耽った。]
痛むかもしれないが、無理にでも食っておいた方がいい。
粥だから、水分も摂れる。
[粥の入った鉢を預けると、クインジーはゆっくりと立ち上がった。]
思い切らねェと、それがあんたの命取りになるぜ。
あんたが狼なら娘と同じところに行けるなァ本望だろうが――
人なら、人の間で生きていくしかねェさ……
[最後の言葉は顔を背けて。呟くように云うと、そっと宿坊を*出て行った*]
[既に去り行く大きな背中へ向けて。]
……お願いします。貴方がセシリアの無実を今信じなくてもいいから、ノーマンを、あの男だけはあの子に決して近寄らせないで!
彼は、彼は、……
[ぶるぶると一層震える。]
お願い……あの悪魔を、決して…決して……
[ぽたり、と。
スープに波紋が*出来た。*]
ノーマン……
[取り乱した彼女の様子に心が動かされる。]
……覚えておくよ
[そう言い残して、その場を後にする。
クインジーの足は、真実の所在を求めて*歩み出していた*]
…哀れな女。
その袋の中身を開き──その刃を私に向けよ。
(己の真の姿には気付かぬまま)
人狼に積年の恨みを持つ人間として、衆人環視の元、私を人狼だとそのナイフを使って告発してみると良い。
過去の恐怖を、トラウマを。
哀れな子羊であった絶望を。
永遠に明けない夜に震えた日々を思い出し乍ら。
無意識に村人の同情心と共感を煽る様な声で、仕草で──私を切り裂くが良い。
──お前は、幻聴が聞こえる程に追い詰められた、村人。
(好奇心が強く、被虐が快楽に繋がるのは、自身の悪い性質だ…。)
[嘯くかの様に『彼女』は『彼女』の習い性になっている何時もの冷笑を浮かべ、カミーラに「幻聴」を吹き込んだ。]
(刻まれながら、告発されるのも面白いが、この女が、聖性をナイフに纏わせ、真実を占い見る力を得たと信じるのも面白いかもしれないな。)
[『彼女』は獲物を目前にした肉食獣の様に眼光を光らせる。]
(それにしても、本当にこの村には人狼が2人も居たと言う事になるのか。
ならば、この女がアーノルドを…?
否、案外人間の仕業かもしれないな。
あの男も万人に愛される指導者と言う訳でも無い。)
[瞬き。早朝の風に乗せて、従僕への言葉を紡ぐ。]
──…***************.
[それは、盟約の時代からの古の名前。
カミーラには『彼女』が命じた相手が誰かは分からないであろう。]
***************. アーノルドを殺した者が誰か。
探り、その名を私に告げよ──。
[もう一度『彼女』は*黄金を瞬かせた*。]
――――――――
主の声が心を震わせる。
漣のような震えが感情の隅々まで行き渡り、感慨が魂の深淵の奥底に届いた。
最早再び聞くことは叶わぬものかと絶望が心を凝らせることが幾度もあれど、終に捨て去ることのできなかった翹望。
その声が厳寒の中凍てついた心を緩やかに溶かす。
私は深く、息を吐いた。
「盟約を――捨て去らずにいて戴けましたか」
感悦の思いが胸を充たした。
人間の娘がすぐ近くに居る。
語り尽くせぬ思いがあれど、それを口にする時ではない。
ただ今は主を此処より解き放つことを第一に考えなければならなかった。
私は誓いを胸に、その一瞬の邂逅を終えた。
――――――――
――――――――
紅蓮の炎に包まれた我等の最期。
我が主は、新たなる肉体による完全なる転生を要し、私もまた深い疵を負った。
呪わしいことに、私がその恢復を待つ間に主の身は奪い去られたのだった。
おそらくは姿形が変わっているであろう、主を探し求める道程は荊棘の道であった。情報が集まる修道会に身を寄せ、巡礼者からは各地の伝聞を事細かに訊ねた。そうして、一つ一つの痕跡を丹念に洗い、漸くこの地に辿り着いたのだ。
姿形は変われどそれがかの人であると、一目見た時に魂が訴えた。だが、かの人が気づく気配がない。
呼びかける“声”に答えはなく、ひとたび至った確信は迷妄の波に攫われていった。私がこの地に留まり続けたのは、今思えば妄執に近い感情であったのかもしれない。
主がこの地で人として生きることができるのは幸いなことと思えた。晏息の日々がついに訪れたのだ。
一抹の寂寞の思いがなかったといえば嘘になろう。
だが、私はその清祥をただ見守ることができれば幸甚であった。
その静泰が破られることになろうとは……
――それも、あのような形で……
今にして思えば、私の未練こそが罪悪であったろう。
水車小屋側の物見櫓からアーチボルド家まではギリギリ私の“声”が届く距離であった。
月の見える夜にはそこへ昇り、闇の中へそっと我知らずかの人の名を呼んでいた。閉ざされた晦暗の中で出口を求めるように。井戸の底で、月明かりを希うように。
そのことが、あるいは人狼としての目覚めを促してしまったのではないか。
あの日、アーヴァインからのセシリア捕縛への助力を断った直後。
私は物見櫓から今までになく大きな思念を乗せて声を飛ばした。
その声にいらえはなく、私は森の中をただ駆けた。
館の周囲には既に見張りがあり、私は踏み込むことを一瞬躊躇した。
セシリアは“声”が聞こえない。そのまま“人”として詮議をやり過ごすのではないか――。
その時、我が主の魂は覚醒することのない眠りに閉ざされているのではないかと希望を見失いかけていた。そのことも、遅疑した理由であったかもしれない。
私は確かに、判断を誤ったのだ。
――主よ。
[古き名を呼ぶ主の声に、肩の皮膚の下に眠る五筋の刻印が震える。それは主の爪によってつけられた盟約の証。]
私が異端審問官を僭称し、真実を見定める力があると皆を説得しようと考えているのですが。
かつては弾劾を受けた身。奴らの手口はよく知り得ています。
女は――
[ナイフを持つ者が成り済ますに相応しい“者”は別にあろうかと思い浮かべる。]
[そして、私は先程知り得た事実を“声”に乗せた。
ジェーンがノーマンを極度に恐れ、セシリアに近づけてはならぬと云っていたことを。]
確たる証拠はまだ掴んではいませんが、ジェーンが監禁されていた場所を調べや手下を問い詰めれば、手懸かりが得られるやもしれませぬ。凶器が発見できれば一番ですが。
これについてはアーノルドの遺体を預かっている神父からもなにかを聞けるかとも思っております。
[人狼としての“カミーラ”と未だ対峙してはいない。
だが、巡礼者から人狼の風聞を委細漏らさず聴取し、また現地の調査も可能な限り行っていた私のことだ。
まして、かの人の居た場所であるならば――
私は、“カミーラ”とかつて会ったことがあるのではないかと過去を*振り返った*]
ううん。待って。
人狼は人間を食べる悪い人たち、と言ってた。
じゃあ、セシリアお姉ちゃんも…? 他も誰かがそんな事してるって言うの?
[ウェンディは未知の存在に漠然と複雑な*感情を覚えた*]
─教会・聖堂内─
[現在アーノルドの遺体は、柩に納められて聖堂の一角に安置されている。元村長の身分に相応しい、急ごしらえではありながらも立派な柩であった。
祭壇の前にルーサーは跪いていた。
今は祈りの時ではなかったが、心にある重荷のために彼は祈りを必要としていた。
長い沈黙の祈り──祈りとは本来的に声に出すものであったが、この場合それは相応しくないように思えた──の後に、彼は立ち上がり台に置かれた聖書に手を掛けた。]
主よ、誤り多き私に道をお示し下さい……。
[目を閉じ、両手でそれを開くと、右手の人差し指をページの上に置いた。
そして、目を開いて指が指し示す箇所を読み上げた。]
しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はすべて裁きを受ける。兄弟に『愚か者』と言う者は、最高法院に引き渡され、『ばか』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる……
[読み上げる声が微かに震えた。]
[マタイによる福音書5章22節。
その語句は彼の古い傷を抉り出したのか、まるで鋭い刃で突き刺されたように固く青ざめた顔を痛苦に歪めた。
ルーサーはもう一度今度はその1節を噛み締めるように読み上げた。
その直前の21節からゆっくりと。]
昔の人々に『殺すな。殺す者は裁判を受けねばならない』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。 ……
[ルーサーは、再度祭壇の前に跪き感謝を捧げてから、扉に向かった。
外には彼が世話しなくてはならない信徒達が待っており、片付けなければならない仕事は山積みだった。修道院の中と違い、祈りにだけかまけることは許されない。
示された「殺人」と言う言葉と、憤怒と傲慢の罪について神が与え給うた啓示に*熟考しつつ。*]
──朝・村の鍛冶場──
[物語の登場人物に取っては、まったく関与しない話題ではあるかもしれないが。
早朝に村の鍛冶場で2つの首吊り死体が発見される。鍛冶屋ゴードンとセシリアの友人で有ったヘンリエッタが、仲良く心中するかの様に天井から変わり果てた姿でぶら下がって居たと言う。
ウェンディの自宅近くの出来事であるが、ウェンディは気付かないかもしれない。セシリア・アーチボルドによる真夜中の呪詛が影響しているのかもしれないが、その事実に気付く村人は*居ないだろう*。]
――聖堂――
[人気のない聖堂の中は虚ろで、想像よりもずっと広く思えた。
といっても、村人が礼拝に集まれば、手狭に感じられるだろう、簡素な造りだ。奥の祭壇に灯がついたままなるのを目当てに、壁沿いを進む間も、これといって目当ての品物らしき装飾は見当たらなかった。
その場にあった蝋燭の一つに火を移し、周囲を見回す。蝋燭は火を消してそれほど経っていないらしく、まだ温かかった。]
神父?
[ほとんどささやく位の声で呼びかけながら、側面の壁に見つけた扉を開いた。]
____________
[激烈を極めた弾劾。]
[町ひとつを巻き込んだ──あの業火。]
[崩壊した壁の隙間に、焼け爛れ崩れかけた躯を挟み込む様にして、]
[灼熱に揺れる石畳の向う側に──埋もれる様に消えて行く背中を、息を詰めて見送るしかなかった。]
(本来の盟約には、我が倒れし時は──死したるその血肉を彼に与える事が含まれている。従僕は喰らうことで、主の魔力を得る事になる。
主としての盟約が果たせないまま、私は──、)
[絶望とは己の無力さでは無かったのか。]
[従僕が名乗ると言った事で、カミーラに「予言者や占い師の様な方法で」告発される事への興味は失われたもの、『彼女』のカミーラの持つ袋の中身への関心は失われては居ない。]
人狼の血──無実の人間の血。
聖銀に血の呪いが染み付いているならば、それはまた別の魔力を持つだろう。
(──突き刺されてみたい。)
[カミーラは力を持たぬ村人を装うにせよ、過去を理由に刃をセシリアに向けるべきであろう。]
[まずは、彼女が自分自身の真の姿を知らず、復讐者として振る舞う事。
そして、尋問者が出そろった後に──。
村人達が殺気立ち「お互いを“処刑”し始める少し前の頃合い」を見計らって──死者の事が分かる力があるとでも言えばいいのだ。
何故なら、カミーラは余所者ゆえに早期に村の処刑対象にあがるであろう事が予想されるから。
カミーラが自分自身が狼に憑かれていると気付くにせよ、気付かぬにせよ、彼女自身の境遇を考えると何かしらの名乗りは必要に思えた。]
…どう思う?
[無自覚なカミーラの無意識は、何をどうしたいと望んでいるのかにも、興味をそそられる。
『彼女』は、彼にともカミーラにとも無く*問うた*。]
[そこは聖具室で、やはり無人だった。といっても町の大きな教会のような、聖遺物が飾り立てられて奉安されている場所ではない。やはり銀製の振り子のような物は目につかなかった。
整頓された部屋の中で、そんな品物があるとしたら、櫃の中くらいだろう。そっとひとつの蓋を持ち上げると、きしみもせずに開いた。中には、几帳面に畳まれた祭服が詰められていた。
失望しながら、もうひとつ、より小さな櫃の蓋を試す。こちらには錠前がついていた。といっても、見るからにしっかりした造りではない。何か、薄くて堅い物を鍵穴に差し込めば、容易に開きそうだ。とはいえ、それはさすがにためらわれた。
鍵穴を見下ろして、どの位考えただろうか。迷った末に、もう一度他の場所を検めることにした。]
[祭壇の奥を検めるのも後に回した。信心に凝り固まっているつもりはない彼だが、やはりそれもためらわれたのだ。
聖堂の一隅には、灯りを持たずに歩いていた時は気づかなかったものがあった。棺である。まだ覆われていないその中には、昨日少しばかり話をした村長の遺骸が安置されていた。
一応その遺骸は整えられているものの、顔に至るまで引き裂かれた様子は、実に無残だった。蝋燭をかかげで傷を観察するヴィンセントの表情が、はっと変わった。]
これは……。
[蝋燭をその場に立てると、遺骸から服を脱がせるという、困難な作業に取り掛かった。]
[教会の聖堂内にヴィンセントが入った頃。
宿坊を出たところでルーサーと行き会ったクインジーは、ジェーンの容態とそこで聴いた話について掻い摘んで話した。
そして、やや迷いはあったが、セシリアからの聴取の証人としてジェーンの立ち会いの許可を求めた。
クインジーは再びジェーンの元を訪れ、出席を乞うた。
檻の隣に幄舎が張られ、簡易寝台が設置される。
ジェーンの許しが得られるなら、その場所に担架で運ばれることだろう。]
―檻―
[宙づりになった状態そのものが拷問そのものだっただろう。
クインジーは四肢を檻に固定していた鎖を外し、セシリアを椅子に座らせた。
足枷の鎖を椅子に巻き付け、勝手に移動できない程度には拘束する。両腕の枷はそれ以上の拘束は行わず、卓の上に載せられている。
アーヴァインの聴取の内容と副団長の記録を元に、セシリアから確認をとりながら正式な告訴状を書きはじめた。]
彼は……狼に襲われたように見せかけて、殺されたんだ。
重い物で頭蓋骨が陥没する程殴られているし、傷の位置もおかしい。
人狼騒動は何者かの陰謀なのか……?
いや……他の兵士たちの傷は?
これとは全く違っていたぞ?
やはりとにかく、アーヴァインに会わなければ。
[独り興奮したヴィンセントは、村長の遺骸に再び服を着せ、姿勢を整えるももどかしい作業を終えると、急いで聖具室へ向かった。発見した新事実、それがアーチボルト親子を救う手がかりになるかもしれないという思いが、逡巡を吹き飛ばしていた。]
お許しを賜り――幸甚です。
[僅かなりの贖罪にもなりはしないだろうが、私はそうせずにはいられなかった。主の許し(>>*36)が得られたことを忻ぶ。
セシリアの足の鎖を直す時、僅かに跪いた]
do ich vor ir kniete da si saz
かの人の坐りいる前に我、跪きし時、
und ir sorgen gar vergaz.
憂いはすべて消え失せぬ。
-村長宅/ノーマンの部屋-
[部屋から、屈強そうな集団が出ていく。
1人は麻袋に何やら道具を抱えているようだ。]
………。
[村長の遺体を調べられ、万一のことを考えたのだろう。
相手はあのルーサーだ。対応を見る限りは、
どうも自分を疑っている節があると思っている。]
…念の為ってえヤツだな。
[その最悪の事態を想定して、頭の中にも
筋肉が詰まっているような連中と話し合いの
場を設けたのだろう。実際は、見た目通りの連中で、
実質、ノーマン1人で考え指示を出したに過ぎないが。]
――村の中心へ続く道――
[ウェンディは一度セシリアに会って、本当に人を殺した等を尋ねようと思った。
またセシリアの友人知人、家族にも会えないかとも考えていた。]
もしセシリアお姉ちゃんが本当に人狼なら、罰は受けないかも知れない。でもどんな罰が正しいのかしら?
[古い詩の文句が胸に満ちた。
郷愁に心誘われる己を叱咤するように顔を振り、今は人であり異端審問官であると――そう自分自身に言い聞かせる。
立ち上がった時には、その表情からは迷妄は消え失せていた。]
[彼女の両手がある程度自由に動かせるようにしてあるのは、彼女自身による署名が必要な箇所があるからだ。法的な手続きに則るなら、自供とそれに対する署名がなければ処刑は行えない。
訴状が書き上がると、クインジーは広場の檻が見える場所に村人たちを集め話を始めた。]
―広場/檻の前―
[人々を集め、話を始めたクインジーは、無頼の用心棒の顔ではなかった。
言葉は聖職者のものではあったが、ルーサーのような人々を説き導く神父とはまた違った厳格さを帯びていた。それは或いは判事のようであった。]
人狼や悪魔の恐ろしさは皆も噂では聞いていることだろう。
[そのような言葉で話を始める。
何かが起きる予感に、そこに居合わせた人々は水を打ったように静まりかえっていた。]
悪魔は時に天変地異を引き起こす。地震や雷、飢饉は彼らの手によって引き起こされるものだ。
シトー会士ハイステルバッハのカエサリウス師は『奇蹟についての対話』で、ある村の教会に雷が落ちた際、聖職者がその教会で悪魔をみたと書いている。
また、ドミニコ会士、トマス師は『蜜蜂の普遍的善』にて、一二五六年のトリーアで、雷で葡萄畑がほぼ完全に壊滅した時の模様について述べている。この時、獣のような姿をした悪魔がその場所に現れた。
[一二二二年キプロス、一二二三年ケルンの地震。十三世紀のドミニコ会士ブルボンのエチエンヌの説教範例集にも話が及んだ。]
同じ様な事例は枚挙に暇がない。
凶事ある時、そこには必ず悪魔や悪しき“獣”の力が働いていることを、忘れてはならない。
さて、この村で何が起きたか――
[村人たちがざわめく。
クインジーは皆の顔を一度ゆっくりと見渡した。
そして、訴状を読み始めた。]
――広場/檻の前――
[再びウェンディは檻の前までやってきた。程々の人だかりができている。ウェンディは身を少し屈めながら前へ進み、観衆をくぐり、最前列に近い所まで来た。 昨日のクインジーが何やら話を始めている。 果たして彼女――ウェンディに理解できる内容であるのか。]
――村長宅――
[聖堂から出たヴィンセントは、徒歩で急ぎノーマンに教えられた村長宅へと向かった。馬は従者と一緒に昨夜、アーチボルト家に送らせてしまっていたのだ。
息を切らせたまま、使用人を呼び止める。]
ノーマンさんだったかな、会う約束をしているんだ。
─詰め所─
[セシリアの聴取に立ち合うべく、詰め所の敷地へと入っていく。
クインジーがジェーンを証人にすると言うので付き添おうとしたのだが、途中行き会った村人に、鍛冶屋が若い娘と首を吊って死んだ…と知らされ、そちらの対応に向かったのである。
人狼騒ぎの渦中であり、村長の件もあったことから一応遺体を改めたが、謀殺の疑いはなく2人が誘いあわせて心中したものと思われた。
周囲の者達にも娘の家族にも、2人の関係について思い当たる節はないというのが奇妙であったが、自殺であることがほぼ確実である以上、教会で葬儀は行えない。いずれ2人は村の外の四辻に埋められることになるだろう。]
[訴状を読み始める少し前のこと。
助役を担う信徒の手によって、ジェーンを乗せた担架がゆっくりと檻の近くへと運ばれ来る。
村人の間からは怒声が投げかけられ、人波はそこに満ちる負の感情によってザワザワと波打った。]
――静粛に
[クインジーは儼然とした語調で彼らを誡めた。
不満げな呻吟が燻っていたが、やがて静粛が訪れる。]
ジェーンのは叮嚀に今は証人席となった幄舎の寝台へと横たえられる。
その横顔をクインジーはただ一瞬省みた。
怪我によって腫れあがりながらも、端厳とした佇まいさえ感じられる横顔だった。
クインジーの彼女に向かう表情は今は冷厳として、その感情は他の者には容易に窺い知れない。
再び聴衆に向き直った彼は、羊皮紙に綴られた訴状を掲げた。]
――――――――――
訴状――
神の恩寵によりてイングランド、スコットランド、フランス、およびアイルランドの王にあらせられ、また信仰の守護者等々にあらせられるXX陛下の御代の第X年の第X月のXの日、および、それ以前乃至以後なる日々並びに時において、アーチボルド家息女セシリア・アーチボルド、英語においては魔女術および呪術と呼ばるる憎むべき術をば、前述X州のN村において、X州のN村の農夫ワット・クレイグが妻ノーラ・クレイグ、農夫にして自警団員たるダドリー、同団員テッド、木挽きデリクに対し、悪意と犯意を以てこれを用い、実施し、実行せり。これなる邪悪なる術によりて、前述四名、極めて危険かつ致命的なる病に罹り、衰弱せり。而して先述X年の第X月のXの日、これなるノーラ・C、X日ダドリー、テッド、X日デリク、先述の術によりて前述の地にて死亡せり。
X州N村のB・Hなる人物の所有するところの、五ポンドの品物および動産に値する黒き色の馬に対して、邪術あるいは呪文と呼ばるる、最も悪質なる術の何らかを準備し、実行し、用いたるや否や。この術によりて、前述のN村において、Xの日に、前述のB・Hの所有になる同馬は状態が著しく悪化し、衰弱せり。
A・W所有の牛三頭、D・P所有の豚においても同様の術を行使せり。
――中略――
先述X年の第X月のXの日、ノーラ・クレイグの縁者にして自警団の長たるアーヴァインによる聴取中、狼憑きの呪術によりて彼の者を襲い、極めて危険かつ致命的なる疵を与えり。その折、捕縛にあたりし自警団員に抵抗し、暴行の後、下記の傷害を与えり。
――中略――
かくして前述の陪審員、まことに以下の如く起訴するものなり。
先述せる村に住むこのセシリア・アーチボルド、容疑の通りに、自発的に、悪意を以て、かつ犯意を以て、魔女術を行使せり。また憎むべき狼憑きにて、我らが統治者なる王の御代の平安に、その王冠と名誉に背けるものにして、かくなる場合が備えとして作成され規定されたる法令が規定にも反せるものなり。証人――
――――――――――
何を言っているのだろう。たぶん、セシリアお姉ちゃんの事について言っているのは分かるのだけど、全然分からない。まるで外国の言葉みたいだわ。
[イングランド、信仰、セシリア・アーチボルド程度しか理解できず、ウェンディにとっては
その理解度は1割にも満たないだろう。]
[ヴィンセントから受け取った包みの中を確認。
一目見て、その表情はにんまりと。]
おう……これだこれだ。ありがとうな。
自警団には、すでに話ぁ通してある。
団長に会いたきゃ、会っても大丈夫だぜ。
[眼光鋭く。]
だが、どうもあんまり良くないらしいな。
早くしないと、くたばっちまうかもしれねえぜ。
─檻の前─
[…気がついたら、檻がある詰め所に人が次々と集っていた。そのせいか、カミーラの身体の硬直が徐々に収まっていく。だが、正体不明の幻聴が未だに聞こえ続けている。]
─広場─
[まだ日の高い今頃は、生活の糧を得るため大抵の者は働いている時刻だが、やはり今日も檻の周囲に人は集まっている。
ルーサーは嘆かわしげにそれを眺めながらも、咎める事はしなかった。
何時ものようにきびきびと大股で近付いていくと、丁度訴状を読み上げ始めたクインジーの厳然たる声が聞こえてきた。]
そうだわ。セシリアお姉ちゃんはどうなってるのかしら…
[ウェンディは檻の中を遠目に見た。セシリアの姿を見つけることは出来たが、表情等は全く伺い知る事は出来ない。
どうやら椅子に座らされているようだ。]
[村人たちは如何にも納得した様子であった。
訴状は法に則り、その訴えの内容も書式も完全に当時の法慣習に則ったものであったからである。
だが、クインジー自身は自分で読み上げた内容をどこか空々しくさえ感じていた。実のところ、アーヴァインの聴取中に見せたセシリアの抵抗を除いては、アーヴァインが罪状と考え訴追要件とした全ての事柄は全く証拠に欠けるものだったからである。
――だが、人狼、という存在そのものの立証に果たして客観的で動かしがたい証拠があるものだろうか? 呪術という正体の知れぬ物の証拠を見出し得るものだろうか?
否。証拠はこれから“見つける”のだ。
拷問という完全に法的な手続きに於いて
それが、人狼裁判であった。]
そ、そうか。
手配してくれたことには礼を言うが。
その品物は、物事が落ち着いたら穏便に教会に返すようにしてもらえるだろうね。
そういえば、お兄さんだが……。
[人狼に殺されたのではない。と教えようとして、ふとためらった。
ノーマンは兄を人狼に殺されたと思えばこそ、この品物に執着していたのだ。今水を差すのは得策ではないかもしれない。
まずはアーヴァインに会ってからだ。]
[カミーラが持っている袋の中身には、すべて聖銀の製品が詰まっている。何かしらの祈りに使うような十字架、少々短めの鎖、小型のハンマー等…どれも強力な聖の力が宿っているようだ。]
私にはこれらの聖なる加護がついている。
貴様らなんぞに屈しはしない…!
[短く、ふむ……と呟くと立ち止まり、顎に手を当てて考え込む仕草をする。その目は群集の頭ごしに垣間見える特徴的な赤毛の主──クインジーを凝視していた。]
あァん、兄貴?
[ピクッと反応する。勘のいいものならば、
やや不審な反応に見えたことだろう。]
ああ、あの教会の手伝いにでも渡しとくよ。
[話を逸らすような風に。]
――さて
セシリア。話してもらおうか。
何があったか――を。
[クインジーは檻の方へ向かいなおる。
卓につくと、調書を手に取った。]
[聴衆はクインジーの演説に対して基本的に好意的な感情を抱いているらしい。 ウェンディはまるで理解の出来ないものであったが。]
セシリアお姉ちゃんが人狼だって事よね。じゃあ何かを発見したのかしら?
―広場―
[ネリーは、敷き藁と小さな肥桶を持って、広場に現れた。]
[朗々と響くクインジーの声と、それに聞き入る観衆の姿。だが、ネリーにはその意味すら分からない。かろうじて――]
『ああ、かみさまのおはなしかェ…』
[――と理解するにとどまるのみである。
だが、故郷の父母が彼女に贈った数少ない教え――「かみさまのお話の時は、静かにして、ちゃんと聞くようにな」という言葉――にきわめて忠実に、ネリーは檻の裏側で、黙って立っている。]
そして私が持っているこの聖なる刃で、
邪悪な貴様らを…絶つ!
[カミーラが現在持っている愛用のナイフの材質も、袋の中身と同じく魔を退く効果を持つ聖銀である。
だが、その刃は…これまでの旅で切り捨てた幾多の魔物や、少数の無実の人間の返り血によって、
聖なる力を使い果たしてしまった。
したがって、今では愛用のナイフは知らず知らずのうちに、既に禍々しく穢れている。]
――神父
勝手に始めてしまって申し訳ありません。
[ルーサーの姿を見いだし、声をかける。]
神父もセシリアにお聞きになりたいことがあれば、どうぞ。
[ウェンディはネリーの姿を見つけた。ネリーは少し離れた所で立っているので、私が今こそこそ――ちょろまかと動けば摘み出されるかもしれない。
ネリーに事情を聞いてみたくなったが、そこはぐっと押しとどめてクインジーの演説を話半分に聞いていた。]
実の兄貴の葬儀なのによ、俺ぁ出れねえんだぜ。
あの神父めに、教会の敷地への立ち入りを
拒否されちまったからよぉ……。
[兄貴を殺された不幸な弟を印象付けようと。]
そ、そうだったね。
ともかく私はアーヴァインに会ってこよう。
ではいずれ。
ああ。忘れるところだった。
それを使う時はぜひ知らせてくれ。
[あわただしく出て行った。]
[幻聴がハッキリと聞こえる。カミーラはその声をかき消すようにこう叫んだ。]
ええい黙れッ!これ以上私を惑わせるなぁッ!
…くっ、こうなったらあの檻の奴を…ッ!!
[カミーラは檻の中にいる人狼の少女をナイフで切り刻んでやろうと思った。]
[ウェンディなりに、かなりの時間粘ったが、結局クインジーや神父様の演説は最後まで理解できなさそうだ。ウェンディはとうとう直接聞きいる事を投げてしまうことにした。
小足で人混みを掻き分け、ネリーのそばに寄った。]
ねねねねね、ネリーお姉ちゃん。セシリアお姉ちゃんどうなるの?
[ウェンディは小声でネリーに尋ねた。肥桶等にはあまり気づいていない。]
[声を掛けられ、ルーサーは顎に当てていた手を降ろした。
海が割れるように開いた人垣の間を、クインジーを見据えてゆっくりと近付く。]
……私から付け加えることは何もありません。見事なものです。
[頭を回して檻の中のセシリアに視線を向ける。]
[近付いてくるウェンディに、ちらりと視線を送る。]
さァ………オレにァ、わかんね。
ただ……あのクインジーとかいう御方がよォ、あの化けモンをどうにかしようとしてンじゃねェかなァ……
村長さまァがしたみたく、「ずんもん」でもすンのかなァ………
[ぽつりと呟いた。]
[ネリーが自分の事をオレと指している事に驚きつつも、のべつまくなしに聞くウェンディ。
一応、聴衆が皆聞き入っているので、自分だけ派手に動くのもまずいのか、視線を檻に向けながら話す。]
「ずんもん」って何?
[恐ろしいものである事はつゆ知らずに。]
長話は、オレにァわかんね。
ただよォ……そこン藁を、換えさせてくんねェかなァ。檻ン中、くさくてたまンなくなるぞ……。
見習いメイド ネリーが「時間を進める」を選択しました
さて、人狼や悪魔は狡猾にして、容易にその尻尾を掴むことはできない。従って、推定の根拠=インディキア=が確認できれば、拷問によって罪を認めさせることが必要になる。
セシリア。
今のうちにすべてを自白してしまうことだ。
罪を認め、残りの人狼をすべて告白し、神へ悔悛したまえ。
お前が無罪放免となることは最早あり得ないと思っていい。
そうすることが苦しみをまだしも少なくする唯一の方法だ。
[酷薄な響きの言葉が彼女に突きつけられる。]
[クインジーはこれからいかなる拷問が行われ得るかを一つ一つ話していった。これは、尋問の予備拷問=ケスティヨン・プレパラトワール=の段階にあたる。
これによって、自供を強要するのが手続きの第一段階だった。
無論、これは罠だ。
拷問を受ける前の自供はその真実の価値が低いものと見なされており、被告は結局拷問によって供述を確認させられるのが常だった。]
時に、ジェーン。
貴女の知る、セシリアについて話しては貰えないだろうか。
セシリアが人狼へと変じた切欠や、その奇行の徴候らしきものを知っていたならば。
或いは、無実たる証拠があるならば。
心証だけでもいい。
過去の出来事についても特筆すべきことがあれば話してもらいたい。
[クインジーは証人席のジェーンに向き直り、問いかけた]
「ずんもん」かェ?
オレもよォ、村長さまァからはくわしーぃ話は聞いてねンだがよ。
なんでも、あの狼っ子に話を聞くだとがいうことだってよ……
[敷き藁を桶の中に詰め込み、ウェンディと同じように檻に目をやる。]
たァだ……
そンために、「からだに聞く」こともあるとがいう話だったなァ……
[気がついたら、檻のある場所には人々が集っていた。そのせいか、多少の平常心をとりもどす。]
…試しに檻の中へ、行ってみるか…。
[カミーラは、自分の目の前で豹変したセシリアに近づくため、檻の中に入っていく。愛用のナイフを手に。]
狼っ子。やっぱりセシリアお姉ちゃんは狼なのかな…最初に私が見た時は全然分からなかったのに。
大人の人って調べるのが上手よね。
その。「からだに聞く」って、どういう意味なの?
―檻―
[檻の中でセシリアから聴取していたクインジーは剣呑な雰囲気を身に纏わせたカミーラに、訝しげな眼差しを向ける]
? カミーラ?
どうかしたのか?
[ギラリと鈍い光がその手に煌めいているのに気づく]
――な
何をしようとしている。
実はオレもよ、
[目を凝らして檻の中を見る。]
……あの「狼っ子」……セシリアとかいうのが狼の姿してンのは、見たことねェんだ。たァだみんなが、あン娘が狼っ子だとか騒いでっからよォ……証拠があるとか言ってっからよォ……ま、用心にァこしたことねェってことだな。
……とはいえ、オレぁあの「狼っ子」の世話係……メシやってるとこで噛まれりゃァ、一発で神様ンとこ行きだァ。
[ふぅ、と溜め息が漏れる。]
……ま、そんなオレがよ、「ずんもん」だの「からだに聞く」だのいう話のくわしーぃことなんか、教えてもらえるわけ、ねェよな。
―檻の中―
[クインジーの問いに、落ち着いた口調で答えた。]
何を…って、決まってるだろ。
この化け物を切り刻みにきた。
[次の瞬間、セシリアに向けて無言でナイフを振りまわし、彼女の身体をズタズタに切り刻み始めた。]
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [メモ/メモ履歴] / 発言欄へ
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 エピローグ 終了 / 最新