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集会場は不信と不安がない交ぜになった奇妙な空気に満たされていた。
人狼なんて本当にいるのだろうか。
もしいるとすれば、あの旅のよそ者か。まさか、以前からの住人であるあいつが……
どうやらこの中には、村人が7人、人狼が1人、占い師が1人、霊能者が1人、守護者が1人、囁き狂人が1人、聖痕者が1人、智狼が1人含まれているようだ。
あー、諸君、聞いてくれ。もう噂になっているようだが、まずいことになった。
この間の旅人が殺された件、やはり人狼の仕業のようだ。
当日、現場に出入り出来たのは今ここにいる者で全部だ。
とにかく十分に注意してくれ。
自警団長 アーヴァインが「時間を進める」を選択しました
――――――
夕闇迫る古い町。街路灯にエルムの木の葉が黄金となって輝く中を、漆黒の髪がそよぐ。その肌は鮮やかな対比をなすように皙く、深い色の瞳は神秘的な光を湛えていた。
私は一瞬で心を吸い寄せられていた。
商業ビルのオープンスペースや公共建築へのオブジェ制作を造形制作の商業的な活動面での中心とするようになっていた頃のことだ。私は空間設計や素材の剛性についてより専門的な知識の必要性をひしひしと感じていた。
アートスクール卒業後数年を経て大学院に通うようになった私がその古風な趣のある港町で出会ったのは楚々とした美しい一人の女性だった。
――
──アンゼリカ店内 - 1階──
[スツールから降りた所から一歩も動けずにいたソフィーだったが、一際鋭くローズの声が響いた瞬間、目の前の青年の顔色が変わったのに気付いた。]
───え?
[リックに掴まれて、半ばよろけるように雑貨屋の扉をくぐる。どことなくリックが周囲を見渡し、更にショックを受けているように感じた。
ボブとウェンディは――わからない。]
リック、ウェンディは――
み、水でいいのね?
[ネリーはリックの立ちつくす場所を通り過ぎ、奥へ移動する。カウンターから完全に屋内スペースの所で一度振り返り、もう一度リックに確認する。]
―バンクロフト家・玄関―
[ファファラ……と一瞬喉から声が零れかけ、私は“今”という時を認識し咄嗟に言葉を詰まらせた。今はあの時ではない。6年前ではないのだ。
だが、私の“記憶”は彼女の姿を見た途端、あまりにも鮮明にその時の状況をリフレインしていた。]
……エイヴァリー先生。
[私はなるべく静虚な声音になるよう、言葉を空気にのせた。]
いらっしゃるなら、電話を戴ければお迎えに上がったのに。
[そう言うと歓迎を示すように両手を広げ、彼女を招き入れた。]
[ウェンディの呼吸を確かめるような姿勢。
見せかけの動作。耳元で何やら囁く。]
キミのことが、本当に心配なら離れないんじゃない?
本当なら、ここにいるのニィちゃんのはずだよ。
疑って考えれば、ニィちゃんはキミの近くより、
うちのネリーを選んだって見方できると思わない?
[妄想に似た物語を、甘い甘い口調で囁く。]
I'm the world largest love machine...クク。
[ぐらりと回る思考の中、頭の中で響くのは…粘着質な水音と恍惚とした、自分と同じ顔、同じ…熱のこもった声。
『ハーヴェイ…もっとだよ、もっと…俺に…頂戴…?』
『やだ、ユーイン、やだ、やだよ、やめ…!』]
う…ぇ…っ げほっ
[ソフィーの声も振り切って、奥にあるトイレへと駆け込み、胃にあるものを全て吐き出す。吐き出すものがなくなっても収まらず、苦しさは続いた]
う…ぅ
[壁に背をあずけながらずるずると床にしゃがみこむ。
立ち上がる気力も一緒に吐き出してしまったように]
[あられもなく叫び悶える女の身体に、止めを指すようにラストスパートをかける。
最奥の、弾力のある子宮の入口がもたらす刺激を味わい、快感を更に高めていき、]
ふ……ッ
ハーヴェイさん──?
[様子が変わったと思った次の瞬間、顔色を変えて奥へと駆け込んだハーヴェイの尋常ではない様子に驚き、ゆっくりと後を追う。]
[店内に入れば店自体はわりといつもどおりで、ただ少年の雰囲気だけに違和感があって。
その妙なギャップに首を捻りながらもそのまま声をかけてみようか]
…ただいま、リック。何があったの?どうかしたの?
[カウンターの奥へと僕は向かう。
確認を求めるネリーの声に振り返った]
水でいい。早く!
[頷いて視線を戻すと、ボブがウェンディに顔を近づけていた。
何か――囁いているとも、確かめるともとれるような様子だった]
……んっ……ああん………
[女性にしては低音とも言える「ネイ」の息遣いに高ぶったのか、エリザはソファの上で「ネイ」のシャツのボタンを外す。
以前、左側にボタンホールが付いたシャツを着たままエリザの指を身体に受けた時、エリザが左閉じのシャツに苦戦していたのを「ネイ」は思い出した。エリザにとっては手慣れた右閉じのシャツ。いとも簡単にボタンを外されると、ハートを象ったタトゥーが刻まれた、「乳房」というものが育たなかった「ネイ」胸が外気に晒される。]
やっ………
『ああ……「ネイ」、どうしてあなたはこんな「瑕」を負ってしまったの?あなたの綺麗な肌が台無しだわ……。』
ううん……嫌。嫌っ……
エリザお姉様……それは………あっ!
[困った顔をした「ネイ」の「熟さなかった乳房」の先端に、エリザの舌が触れた。]
いや……ぁあんっ……
『ネイ?嫌なの?何が嫌なのかしら?』
やん……っ。ここじゃ、嫌……
「エイヴァリー先生」
[わたしは微かに遠い記憶、されど忘れる事の決して出来ないテノールの声で囁かれた名前に、はっと息を呑み振り返る。
そこには6年前より断然旨味を増した彼の姿があった。]
……こんばんは。夜分お邪魔して申し訳ございませんわ。バンクロフトさん。迎えなんてそんな恐れ多い…。
こちらの都合で勝手にお邪魔してしまった非礼をお許しくださいませ。
[緊張で声が裏返らないように。
ただそれだけを気に掛けながら、わたしは暗闇から現れたバンクロフト親子に、丁寧にお辞儀をした。
そして広げる両手に戸惑いつつも近付き、彼の手をそっと握って軽い握手へと代える。]
[ローズマリーは嬌声をあげ、極みに達した。身体がびくびくと震え、中心部はギルバートを吸い込むかのように律動する]
くあんっっ、イクっ、ギルバートっっ!
[崩れそうになる身体を支えるためにギルバートにしがみつく]
――雑貨屋――
何、してるんだよ。ボブ。
[喉から洩れたのは思わずも硬い声。視線に険が混じっているのが自分でも感じ取れた。どこか油断ならない奴だ、そう印象を受けていることと、そう考えている僕自身とに嫌悪感を抱く。顔をしかめて、少しの間視線を逸らした]
……それで、ウェンディの容態は? どんなふう?
[トイレの前に立つと、中から青年の苦しげな呻きが聞こえて来た。]
あの…、大丈夫……?
[扉に向かって控えめに声を掛ける。
ローズマリーの嬌声は相変わらず続いていた。]
OK、わかったわ。水…
[振り返った時にウェンディもボブも視界に入った。ウェンディは横になっていたが、ボブの背中の向こうになり詳しくは判らない。
それよりもリックの剣幕に圧されてネリーは押し出されるようにカウンターを抜けた。]
冷蔵庫…あった、変わってない。
商品も混ざっているかもしれないけど、この際関係ないわ。
[ネリーはボトル2本を抱え、ブランダー家の変わらない屋内を通り抜け、カウンターのすぐそこまで来た。]
―雑貨屋 前―
[ルーサーの運転する車はブランダー家の前の通りで停止した、彼は車を降りると、そのまま店の入り口へと向かった。]
失礼するよ…… ん?
[ウェンディを囲んで人だかりできているの気づく。]
どうしたのかね。何かあったのかい。
[彼は人だかりに向かって声を掛けた。]
おやおや、ニィちゃんがキミのご機嫌取りに来たよ。
[小声で囁くと、困ったような表情をリックに向ける。]
呼吸を確かめてたんだけどさ、落ち着いた様子ないよ?
私も、お医者さんじゃあないからよくわかんないけど…。
どうすんの?放っておけないじゃあないの!
[あくまで、ウェンディを心配する善意の第三者に徹する。]
[従姉の声に視線を上げそちらを見た。どうやら事態をはっきりとは認識していないように見えた]
ああ、ニーナ。
ウェンディが――急に、倒れて。
そこの棚から、ハンマーを取るように言ったんだけど、その少し後に突然、力が抜けたみたいになって。立ち眩みや貧血というには唐突っていうか、……よく、判らないんだ。
―バンクロフト家・アプローチ―
いえいえ。生徒一人一人へのお心遣いに感謝しています。
[私は彼女と軽く握手をする。その柔らかな感触は確かに心に刻まれたものだった。]
どうぞ、こちらへ――
[母屋には父がおり、なにかと煩い。私は、アトリエの方にステラをいざなう。
シャーロットの表情に宿る硬さを見て取った私は、心配ない、というようにぽんぽんと彼女の背中の肩近くを敲いた。]
[ステラが近付くとわずかな香水の香りがふわりと漂う。]
『ステラ先生ってこんな人だったかしら。
こんな風に、女の人っぽい女の人──だっけ?
お化粧? 学校じゃなくて夜に見るから?』
[髪をひとつにまとめた地味な先生だと言う印象だったはずだ。エリザが見れば、眉をしかめるのでは無いか、と何故か何も知らないはずのシャーロットは思った。]
いらっしゃいませ、先生。
──…今日は、よろしくお願いします。
[ルーサーの訪れに、誇大なくらいの態度]
あーあ、ルーサーさん。大変だ、大変だよぅ!
ウェンディちゃんがさぁ……ほらほら、こんな具合なんだ!
[心配に歪んだような顔で、示す。]
[太腿にこぼれてくる自分の体液とギルバートの精を感じつつ、ローズマリーは恍惚として壁に身体を預けた。
息は荒く、かろうじてギルバートにしがみつくことで床にずりおちずにいる]
ギルバート…、よかったわ…。
…急に?……そう、それで今は?
[従弟の姿奥に見える外国者の持ち主の存在に少し眉を寄せるだろうか。
いつになく不安定なリックの様子に小さく息をついて]
…少し落ち着きなさい、貴方。
焦る気持ちは分るけど、慌てたって事態は変わらないんじゃないの?
[そのままウェンディのほうへと足をすすめようとしたけれど、店の扉を開けた姿にそちらへと軽く振り返り、人の姿を認めれば会釈程度の挨拶を]
[ミントンのティーセットと可憐な白い薔薇に自分のあられもない姿を監視される環境――ソファの上でのまぐわいを拒んだ「ネイ」は、エリザと共に秘密の部屋の奥にあるベッドへと向かう。
ベッドに倒れ込んだ2人はどちらからともなく唇を寄せ、絡み付くようなくちづけを交わす。]
やん……っ。エリザお姉様も……脱いで……
[「ネイ」の指先が、エリザの豊かな乳房の上をなぞる。ボタンの位置を確認すると、エリザのシャツのボタンをひとつずつ外す。]
――ぷつん、ぷつん、ぷつん。
[開け放たれたシャツの間から、白い豊かな乳房と、複雑に編み込まれたレースの下着がのぞく。]
ねぇ……お姉様も………
[「ネイ」の手は下着越しにエリザの乳房をまさぐる。最初は控え目に、徐々に緩やかに……大きく。
下着越しにエリザの胸の突起を見つけ出すと、「ネイ」は緩やかに微笑み、エリザの下着の中に自分の指先を滑り込ませた。]
[中を開けて様子を見るべきか迷っていると、クライマックスに達したローズマリー声が容赦なく店内を駆け抜けた。]
──…。
[扉を叩こうと上げかけた手が止まった。]
[むしゃぶりつく女の身体をしっかりと支え、固く抱き締めた。
ローズマリーの豊かな乳房が厚みのある胸板の上で潰れる。じっとりと汗ばむ膚を合わせて、女の髪に漂う甘い匂いを嗅いだ。]
ロティ、どうしたんだ。
なにか悪さでもしたのかい?
[私は冗談めかしてシャーロットに語りかけながら、ステラに表情を傾けた。]
先生、うちの娘がなにかしたっていうわけじゃないんでしょう?
列車強盗とか、砦の襲撃だとか。
[軽口を叩いているうちに、少しだけ平静を取り戻す。いや、むしろ饒舌になりすぎるくらいだっただろうか。]
[まだローズマリーの体内に己を収めたまま、笑いかける。
目蓋の上と唇に軽いキスをして、]
ローズマリー……ローズと呼んでいいか?
[ルーサーに呼び返す黒人の声を意識から排除。
目を閉じて深呼吸。ニーナの青い瞳を見つめ返した]
そうだね、慌てても変わらない。
だが、急いだ方が良いのは確かだよ。ニーナ。
今、ネリーが水を持って来てくれる。
少し飲ませて、出来れば吐かせた方が良いのかもしれない。
[そう言って、住居部分に目を向けた]
『ふっ……うん……』
[硬く、丸く膨らんだ小さな半球体を指先で弄られたエリザは、力無くベッドの上で崩れた。その隙を見た「ネイ」は、エリザとの位置を逆転させ、エリザの上へと覆い被さる。]
『やっ……ネイ……』
お姉様……私ね、お姉様が気持ち良くなるところが……見たいの……
[エリザのシャツと下着は、「ネイ」の手によりあっさりとその主から離れる。露になった双の乳房を「ネイ」の手が包み込む。上へ、下へ。色づいた半球を指の間に挟み、もみしだく。]
『ああん……や……あああっ!』
[エリザの甘い嬌声が、部屋の中に響いた。]
いえ、生徒一人と仰いますが。わたしにとっては唯一無二な存在ですわ。なのでお気に為さらずに。
最近大規模な災害が起きたばかりですし、こうして…
[会話を続けながらわたしは彼の傍らに佇む少女へ、視線を投げ掛ける。あくまでも好意的な眼差し。]
ご自宅に伺う事で自分の目で生徒達の無事を確認出来ますから…。
[再び彼に視線を戻して笑顔を零す。握り返された手の感触に、一瞬。ほんの一瞬だけ、絡みつくような熱を帯びた物を潜ませる。つい先程の逢瀬でナサニエルに指摘されたことを思い出し、それはそれは細心の注意を払いながら]
「どうぞ、こちらへ――」
[間も無くしてするりとどちらかとも無く外した手に、わたしは埋み火を煽られる。しかしその熱を持ち合わせた理性を総動員して押さえ込ませて。]
ではよろしくお願いいたします。
[案内されるままわたしは彼らの後を付いて行った。]
[ヒューバートの案内先を見て、使用人のマーティンがお茶の準備をするために、奥に引き上げて行く。
シャーロットは歩きながら、ゆっくりと瞬きをした。
ソファで三者面談の形で座る頃には、エントランスで見たステラへの違和感は消えていた。]
列車強盗なんて、パパ。
…私に出来る訳ないじゃない。
──…学校を時々、さぼってること。
パパは、知ってて黙っててくれるんだって、分かってるわ。ママも少しだけ知ってる。けど、転校が上手く行かなかった事も分かってるから、時々酷く腹を立てた時以外はママにしては厳しい事を言うのを避けてる。
ニーナ、ベッド……は二階だな。居間のソファに、ウェンディを寝かせられるよう準備してきてくれないか?
運ぶのは男手があるから大丈夫だろう。
堅めのクッションを枕にして、タオルケットを用意して欲しい。
頼める?
[ゆっくりと考えをまとめつつ、家の奥を指差した]
ウェンディ、ウェンディは!?
[ネリーは瓶を抱えてカウンターへ出てきた。兄妹の従姉のニーナに…知らない人も増えている。買い物客だろうか。]
[ようやく落ち着いたらしいリックに少しだけ微笑むと]
そうね。
慌てることは望ましくないけれど早急に冷静な対処は必要ね。
…何かを口にしたの?あの子は。
[微笑みはすぐにいつもの少し不機嫌そうな表情へと戻り、彼が視線で示したほうへと視線を向けて。
ボブの存在にため息をひとつつくと、その部屋へと向かっていきながら]
…ネリー?
あの人、うちのどこに何があるかなんて知らないんじゃないの?
貴方か私が直接取りに行ったほうが早いんじゃ──
[ネリーが以前この家で雇用されていたことを知らないゆえの発言と共に、ウェンディの傍らに存在するボブの前へときちんと姿を現すだろう]
大丈夫?大丈夫かっ!?
[慌てて、ウェンディに顔を近づける。
あくまで、様態を心配したように見せかけて。]
ほらほら、お医者さんが来たというのに、
あの態度を見てごらんよ…本当にキミが心配なら…
まあ、言わなくてもわかるよね?わかるね?
[心配故の付きっきりを装って、囁く。]
[静かになった店内に、事が終わったのだと知り、2階へと続く階段に目をやる。]
『大丈夫、きっとすぐには降りて来られない──。』
[出来る事なら主が降りて来る前に店を出たかったが、応答のないハーヴェイの事も心配だった。]
[ちらりとボブを一瞥したあと、リックの依頼に]
…そう、わかったわ。
他に必要なものは何かある?
[踵を返しかけながらリックに問いかければちょうどミネラルのボトルを抱えたネリーが視界に入り、僅かに頭を下げるだろうか]
ローズ、君は凄く素敵だ……
[高揚は既に潮が引くように薄れていたが、未だ余韻を残す女に報いるようにキスの雨を額に頬に降らせる。]
[ローズマリーの絶頂の声がトイレの中まで響く。何も残っていない胃は更に容赦ない苦しさを与えてきた。何とか耐え、ようやく収まった後、トイレットペーパーで顔の汚れをふき取り、何とか立ちあがってドアを開けた。そこにたたずむのは同じく青い顔をしたソフィー]
…すみません…、情けない所を…
ソフィーさんは…大丈夫…ですか?
――――
ファファラか。素敵な名前だ。
[彼女の口にした、艶麗とした響きのイタリア語の名前に私は笑みを零しながら返した。]
男は、いつも蝶を求め彷徨うものなんだ。
虫取り籠を持って、空を首が痛くなるほど見つめたままで。
……それで、木の根っこに蹴躓く。
[私の言葉に、彼女の赫い唇は微笑んでいただろうか――]
――
[ウェンディから顔を離し、ニーナを見て]
ああ、どうしようどうしよう…ああ…。
[取り繕ったような心配声。ニーナの様子に、
「かわいくない子だ」と呟きつつ]
――――
[そうして出会った彼女は、妻が与えてはくれない官能を私の中に呼び覚ました。それは、私にとって数少ないbutterfly days -享楽の日々-だった。
私は、彼女を誘う時にその名前の連想から「今晩イタリア料理でもどうだい?」と口にした。それは、密なる時間を求める隠語だった。
――
―アトリエ・リビング―
[さて、今日の夕食にイタリア料理が出た記憶はないのだが――とくだらないことを考えているうちに、リビングに着いていた。
「学校を時々、さぼってること」とシャーロットが口にすると、私はぐるりと目をまわしておどけ、口笛を軽く吹いた。
それがなにか問題でも?――というように。]
―雑貨屋―
[静かだか通る声で]
リック、闇雲に病人を動かしてはいけない。やめなさい。
[ルーサーを無視して慌しく動くリックを制止し、ウェンディへと近づく]
[ネリーはリックに素早く水の入ったボトルを手渡した。
ニーナが側に見える。久しぶりに見る顔だ。年は私と同じぐらいだった筈。しかし今はそれどころではなく、軽く一礼するにとどめる。]
[「ネイ」の湿った舌はエリザの乳房をなぞり、右手はコンサバティブなデザインのロングスカートの奥へと忍び込む。ロングスカートの下、ベージュのストッキングを乗り越えて、レースの下着の奥に指を滑り込ませる。]
『………あああっ!だめよ、ネイ!だめぇぇぇっ!』
[エリザは、甘く甲高い声を上げた。彼女の放つ言葉とは裏腹に、エリザの脚は開き、「ネイ」の指先を受け入れる。]
お姉様……いっぱい……濡れてる………
[「ネイ」の指先が、エリザの蜜壺を掻き混ぜる。エリザの腰がその動きに合わせて、緩やかに上下した。]
『あああん!ああっ!いや、ネイ!あああああっ!』
[控え目な女の嬌声が、天井まで届いた。]
[ギルバートにかけられる言葉とあちらこちらに落される口づけに満たされるのを感じる]
ギルバート…。
[ギルバートの顔をひきよせ、深く口づけようとした]
[礼儀正しく挨拶をするシャーロットを見、わたしは教師らしく優しい笑顔を浮かべて]
こちらこそよろしくお願いいたします。
あまり硬くならないで?今日はただお顔を拝見する為に出向いたのだから…。
[安心感を与えるように言葉柔らかく紡いだ。
そして列車強盗だとか砦の襲撃だとか物騒な事を言い出す父親の言葉に、わたしは思わず小さな声を上げながら笑い]
そんなこと…男の子じゃ有るまいし。
彼女はそんな子では有りませんわよ?それはお父様が一番良く理解なさっておいででは?
[お父様――
自分で紡いだ言葉に虫酸が走りそうになり、思わず握る左手に力を込めた。きっと掌には爪痕がくっきりと残った事だろう。
嗚呼、さっきの背中に立てられた爪といい、今日は身体に傷をつけてばかりだと思う。そういえば最近背中の疼きが激しい。絵画の状態は大丈夫だろうか。この訪問が終ったら、ルーサー先生の許へ訊ねていこう。
わたしは今この場には関係ない事柄で思考を巡らせ、気を紛らわそうとしていた。]
他には――そうだな、着替えかな。
でも、まだそこまでは考えなくても、良いんじゃないかな。
[従姉に答え、居住部から戻ったネリーへ視線で指示する]
――ああ、ネリー。有難う。
ウェンディはそこ、カウンターの奥に。
すまない、場所を空けていただけるだろうか、ボブ?
[リックには、今更取り繕っても遅いよという
妄想を広げたような表情を見せた後]
そうだね……やっとキミも落ち着いてきたようで良かったよ!
[さっとウェンディから離れる。]
大事な大事な妹が、こんな状況だってのに
放るかのように、外に飛び出すくらい動転してたんだね。
[ウェンディへの妄想の物語を、広げるかのように強調しつつ]
[戻って来たハーヴェイは、顔色こそ良くなかったものの、一応落ち着いたようではあった。その事に安心して、頷く。]
はい──私は大丈夫。
でも、ハーヴェイさんは……?
[突然の事に、まだ少し戸惑っている。]
[ローズマリーに引き寄せられるまま、唇を重ねた。
抱き締める腕は、今は欲望を掻き立てるのではなく、女に安心を与える為にあった。]
[エリザの下半身を覆う布を脱がせる。エリザが腰を浮かせたこともあり、「ネイ」はそれを容易にやりとげた。]
脚……広げて………
[エリザの脚の付け根に、「ネイ」の鼻先が近付く。ぬらぬらと光るその場所に、「ネイ」は舌を這わせる。]
『いやあああああっ!いやっ、ネイ、それはやめてっ!!』
ううん……だめ……
だって、お姉様が「これ」が好きなの、私知ってるから……
[すっかり膨張したエリザの乳房の先端と、その向こうにあるエリザの顔を見て、「ネイ」はにこりと笑った。]
そう。では着替えも一応用意してくるわ。
[ボブの呟きはきちんと耳に入っているがそんなこと気にもかけないかのように、むしろ彼の存在そのものを無視するかのようにネリーと入れ違いで少しだけ速い足取りで居住部へと向かう。
自分の部屋へと依頼を受けたものを取りにいくためだ]
[心配そうにこちらを見てくるソフィーへ、珍しく少し柔らか気な笑顔を見せ]
すみません…大丈夫です。
多分上でネズミか何かいたんじゃないですか?ここ、食べ物扱うし。
[あくまで話を逸らそうと下手な作り話を。これ以上詮索するような会話を続けたくなかったのもあるが]
…俺特に用事もないしこれで失礼しますけど…ソフィーさんどうします?車だし、送りましょうか?
今は夜はもちろん昼でもあんまり一人歩きよくないでしょうし。
『病人? 病人なんかじゃない……ウェンディが倒れたのは病気のせいなんかじゃない』
[祈るような気持ちと苛立ちとが半々に現れては消える。小さくて軽い頭にできるだけ振動を与えないよう、そっと腕を差し入れた。綺麗なブロンドが流れて床に広がる]
ほら、水だ……ウェンディ、飲めよ。
[唇にミネラルウォーターのボトルを近づける。それでも、ウェンディはかすかに反応するだけで自分から飲む様子は見せなかった]
リック、聞きなさい。
ウェンディの様子はおかしい。きちんと診る必要がある。君の助けが必要だ。力を貸して欲しい。彼女にもしものことがあったらどうするんだ。
[ルーサーは静かに、しかし強い調子で言った。]
[優しい口づけに満足するとローズマリーは急に階下が気になりだして]
そういえば、誰か下にいるみたい…。
聞かれてしまったかしら…。
[そっとギルバートから離れようとするとずるりと自身から抜け出したギルバートを感じ、もう一度軽くいってしまい、床にへたりこむ]
く、ふあぁぁんっ…。はあっ、はあっ。
もう、パパ。
先生は真面目なお話をしにきたのに。
そんな反応だと、先生が怒ったり出来ないじゃない。
[緊張感が少し解け、ステラが笑ったのと同時くらいに、シャーロットも軽くヒューバートの腕に触れて小さく笑い声をあげた。]
学校はいま、家が壊れちゃった人たちの避難所になってるって。
新学期になっても、このままだったら良いなとかちょっと思ってしまったわ。
先生は、被災した生徒が気になって、わざわざお休みの間に、特別に全員の家に家庭訪問をしてるんだって、聞いたわ。先生のお家は大丈夫なの?
もう学校には通ってないけど、リックがこの前心配してた。
いたずらばかりしてたけど、リックは結構先生の事が好きだったみたい。
そうね。
リックが居た頃は、わたしもまだ…──学校に行くのが嫌だったわけじゃないんだけど。
[そこまで言って言葉を切り、シャーロットは笑ったような困ったような顔になって、アトリエの大きな窓の方へ一度、顔を背けた。学校へ行かないのが良い事だとか、登校を拒否することが特別で楽しいことだと思っている訳では無いのだが。
窓ガラスにぽつりと小さな雨粒があたる。]
…また、雨?
[顔をステラとヒューバートの方へ戻す。]
[「ネイ」の舌先は、その動きを休めることなくエリザの濡れた場所を撫で上げる。時折、「秘密の森」の小道の奥にある蜜壺に舌を捩じ込むと、エリザはさらに大きな嬌声を上げた。]
ふふっ……私、お姉様がいく顔が好き……
[「ネイ」は上体を起こし、エリザの様子を確認する。が、その瞬間……]
……………っ!
[「ネイ」の一瞬の隙をついたエリザが、「ネイ」の身体の上に乗った。]
[ネリーは心配そうにウェンディのほうを覗き込んだ。
5年前ぐらいだろうか、リックとウェンディの外見、雰囲気は瓜二つに近く、大人が子供を着せ替え人形を愉しむかの如く、衣服や髪の長さで違いが出ている程度であったが、今は二人は別々の姿へ歩み始めているかもしれない、と思った。]
[異性である事を感じさせない中世的な顔立ちのハーヴェイは、近くに立っていても緊張せずに話せる相手だったが、手を伸ばして触れる事には躊躇いがあった。
不自然に上げかけたままの手を胸元に引き寄せ、アイスブルーの瞳で心配そうにハーヴェイを見上げる。]
ええ、そうですね。
───…、…きっと。
[先ほどまで聞こえていた声を誤魔化すかのようなハーヴェイの言葉に感謝しながら、小声で同意を示す。]
……私もそろそろ帰らないと。
[用事は残っていたが、今やそんな事はどうでもいい。]
もし、ご迷惑でなければ。
[申し出には、控えめに頷いた。]
[ネリーに、心配そうな表情を向けながら]
ルーサーさんも来てくださったことだし、
人手が多いのも逆効果だと思わないか?
私も心配だし、キミも心配だとは思うが…
彼に委ねるのが、最善なのは間違いないし、
我々は失礼した方がいいと思うんだけどさ。
[ルーサーに任せるのが最善と、殊更に強調しながら
ネリーに帰りを促す。]
――アトリエ内 リビング――
[通された場所は明らかに普段の生活習慣が漂う場所ではなく…何というべきか、生活観が漂わない場所だった。
そして過去に聞いた彼の生業を思い出し、記憶と合致させここが俗に言うアトリエと呼ばれる作業場というところだということを、わたしはおぼろげながら拾い読んだ。]
[本題は、シャーロット自身の口から紡がれていた。
「無断で学校を休んでいる」
でもわたしはそれに対して咎めるつもりは無かった。
確かに教師的立場としては咎めなければならないのだろう。しかし学校での教えが全てだとは思わない。それに――
『困るか困らないか位、判別は付く歳だから…ね』]
[なので理由を聞いても口笛一つで済ませてしまう父親の態度も、咎めるつもりは無かった。ただ一応教師らしい事をしなければという、仮面を被る為だけにわたしは静かに口を開いた。]
学校を休む事が悪いとは言ってはいないわ。
ただ、休むからにはきちんと理由を教えて頂戴?でないとわたしだってあなたが具合が悪くて休みたいのか、ただ単に気が向かなくて休みたいのか判らなくて…色々心配してしまうの。
これは教師としての立場ではなくて…一人の人間として思うことよ?
[嘘つき。
わたしは心の中で自分を嘲笑った。]
[床にへたり込んだローズマリーの腕を取り、立たせようとして]
ンン……俺は構わないけど。
ローズはまずいのか?俺としたのが知られると困る?
[少し真面目な顔で問い掛けた。]
[ルーサーの言葉はもっともらしく僕の耳に響いた。けれど、感情に揺さぶられる僕の脳は受け入れることを拒絶する]
もしものこと? 縁起でもない!
[肩を掴む手が煩わしく、振りほどこうとする。だがウェンディの頭を抱えているせいもあって力強い動きは出来なかった]
[リックの呟きに]
病気じゃない? 何か心当たりでもあるのかい?
[リックの脇からウェンディを覗き込むと、手馴れた手つきで様子を診る。]
…… ふむ、ウェンディは時折こういうことがあるのかい? それとも初めて?
[ウェンディの容態を観察しながら、思案気にリックに問う。ルーサーの頭の中では、ウェンディの様子と、これまで診た症例との照合が猛スピードで行われている。]
[一糸纏わぬ姿のままではしゃぐエリザに乗られた「ネイ」は、負けじとエリザの乳房と下腹部を指で愛撫する。]
[2人の声が絡み合う小さな部屋。エリザは少女のように笑いながら、「ネイ」の温もりを弄んでいる。
そして、エリザの指先が「ネイ」の胸元から動き出し、ツッと下へ降りた。]
あっ……………!
[そして、その指先は「ネイ」の黒いズボンのチャックに触れた。]
だめっ!だめぇぇぇっ!!
[反射的に「ネイ」の手がエリザの敏感な場所から離れ、両手でエリザの手を押さえ込んだ。]
そう…ですね。旦那様。
[ボブがネリーに促す。
この雑貨屋の主人に極めて嫌悪感を抱いてはいるが、ネリーの意志は現在はリック、ニーナ、ウェンディ達の方への意識が上回っている。
とは言うもののボブの言う事にも一理はある。
ネリーはYESの合図をボブに向け、その後リックの方を見た。]
―アトリエ・リビング―
[「ただ顔を見るためだけ」というステラの言葉に安堵し、シャーロットに微笑みかけた。]
先生は怒ったりなんか、しないさ。
ロティは私を怒らせるようなことをなに一つしたことがないっていうのに。先生にだってそうだろう?
[彼女のステラの問いかけを耳にしながらステラを見ると、彼女が腰掛けている対面のソファーの背中側にあたる壁にかけてある一枚の絵画が目に入った。
それは、エドゥワール・ダンタンの『A Casting from Life』の複製画だった。
自戒と一種の自嘲混じりの諧謔でそこに掲げてあったものだったが、そのいささか色っぽい絵画は教師の訪問を向かえるにはあまり穏当なものではなかったかもしれない。むしろ、決まりの悪い居心地の悪さを感じたのはそこに描かれているシチュエーション故だっただろうか。]
[控えめな態度で申し出を受けるソフィーへ]
分かりました。車鍵開いてるから、好きな所に座っててください。俺少し水を失敬してから行きます。
[人とそう話すことは好まないのだが、どうにも今の状況で一人になればまたぐるぐると嫌なことを思い出す。
1日トイレと仲良くするくらいなら、好まなくても気がまぎれるように誰かといたほうがまだましだと、そんな気持ちからの申し出だったが]
…ここには来辛くなったな。
[勝手に拝借し、だんっ、と苛立ち気に置いたグラスに残った水はここに誰かいた事を示すことになるが、それが意図的かどうかは誰も知らないだろう]
何故ボブ、貴方はそれが最善だと判るんだ?
ウェンディの様子をまともに見もしないで病気だなんてあっさり断定するような男の手に、大事な妹を委ねるのが?
[店内で様子を見守る―というか、眺めるという感じを今の彼からは受けていた―ボブに問いかける。同時に疑念が生まれてくる]
『ボブ……彼もこいつの信奉者のひとりか? だったら、尚更だ。任せる訳になんていかない』
やっ……
[エリザの愛撫を拒絶するように、「ネイ」の手はエリザの手を封じている。]
『何故……?ネイ、私もあなたのことを……』
……でもっ……そこはだめ……
だって……
[「ネイ」は、エリザの顔から視線を外し、頬を紅潮させた。]
私が「男の子」だって、分かってしまうから………!
[ギルバートに腕を引き上げられるままによろよろと立ち上がり]
困ったりなんかしないわ。
わたしはフリーだもの。
[ローズマリーはギルバートに微笑んで見せた]
ただ、聞きたくない人に聞かせちゃったりしたら申し訳なかったかしらと、ね。
[初めの内は途切れ途切れだった会話も、時間が経つにつれて談笑へと変化していく。
しかしわたしの心は親子の会話が円滑になればなるほど、きりきりと痛みを増し。
その痛みを耐えるために左腕を右手で抱かかえるように押さえつけなければならない程にまでなっていた。]
「先生のお家は大丈夫なの?」
[問い返される言葉をようやく拾い、わたしは微笑を湛えたまま素直に頷く。
「リックが心配していた」との言葉にあの悪戯が過ぎても何故か憎めない、金髪の少年の顔がぼんやりと脳裏を駆け巡った。]
[拒絶を無視した勝手な行動に怒りが爆発した。押しとどめる事が出来ないまま、憤激を言葉に変えて黒尽くめの男の耳元に叩き付けた]
やめろ!
触れるなと言っているのが判らないのか!
この……糞野郎!!
押し売り紛いの偽善者なんてこの町には要らないんだよ!
さっさと出て行け!
[ネリーは激しい意志の飛ばしあいを黙って凝視していた。
言い争いはネリーの最も苦手とする手合いだ。訓練をしたこともまるでない。
むしろネリーはそれを避けよう避けようとして生きていたと言える。明確な意見があるならともかくも、割って入る勇気など、とてもない。]
[先に乗っていろという青年の言葉に頷き、カウンターに置きっぱなしにしていた紙袋を取って店を出る。
車は店先に停められていた。見覚えのあるその車の助手席の扉を開けると、袋を膝に抱えて乗り込んだ。]
──…。
[ローズマリーが2階の何処に居たのはわからないが、あれだけはっきりと声が聞こえて来たと言う事は、もしかしたら此方の呼び掛けも聞こえていたかもしれない。
憂鬱になりそうな気分を振り切るように頭を振った。]
[「ネイ」は目を伏せたまま、言葉を紡ぐ。]
お姉様……私……、お姉様が気持ち良くなってくれるのが……いちばん嬉しいの。
ね?
だから……私の手で……いって……!
[謝罪代わりの深いくちづけを交わすと、「ネイ」は再びエリザの身体をベッドの上へと横たえた。
舌先が、エリザの脚の間を這い回る。何度も何度も、どちらの体液ともつかない水音を立てながら、2人の「乙女」は身体をわななかせる。]
『ああっ!あああああっ!
ネイ……いっちゃう……いっちゃ………!』
[刹那、ブルブルと大きく身を震わせたエリザは恍惚の時を迎え、そのままゆっくりとベッドに沈み込んだ――]
[ローズマリーは降ろされた下着を元通りにはき、胸元のボタンを整えた]
ギルバート、あなたが嫌でなかったら、また、抱いてちょうだい。
気が向いたときでかまわないわ。
[自室へ戻るとよさそうな硬さのクッションとタオルケットを選び、今のソファへと用意してから戻ってくる。
ちらりとボブとネリーを一瞥するも何も口にすることはなくすぐに視線をはずし、そしてルーサートリックへと視線は向かう
相変わらずウェンディの具合はなんともいえないようで、ウェンディを背後に守るように立つリックの様子に少しだけ肩を竦めながら、彼をなるべく刺激しないようにそっと後ろから訪ねる]
…リック、向こうに準備してきたから。
私、ウェンディを連れて行きましょうか?
[従妹の傍らにひざを落としてその様子を少し伺いながら]
[「聞きたくない人」のあたりはやや不思議そうな表情になったが、すぐにそれは消え、]
下へ降りるんなら身支度しないとまずいな。
……続きは、お客さんが帰って後に戸締りしてからでも?
[意味ありげな視線を向けて笑った。]
[ソフィーを待たせたのは短い時間。それでも申し訳なさそうに運転席へ乗り込み]
お待たせしました、行きますか。
俺運転下手だからシートベルトして下さいよ?
[まだ尾を引くソフィーへまた声を掛け]
この場合俺達が邪魔者ってことでしょう。
忘れた方がいいですよ、お互いの為にもね。
それより猫がネズミに捕まってないといいんですけど。
[何の揶揄かよくわからない言葉を吐きながらふと見上げた空、雲行きも怪しくフロントガラスに落ちる水滴に顔を顰め]
雨…ですね。小降りのうちに早く戻りますか。
[ソフィーの自宅が昔と変わっていなければそう時間もかからず送り届けることが出来るだろう]
――雑貨屋――
[負傷した獣のように爛々と光る眼差しで、その場にいる全員を眺め回した。いつの間にか僕は大きく荒い息をついていた]
……ニーナ、ネリー。二人は、どう思う?
そっちの二人よりも、君たちはウェンディと過ごしてきた時間が長いはずだ。その目で見て、何か病気を隠していたような様子はあったと思うか?
そうじゃないんなら、僕はひとつ心当たりがある。そっちの黒ずくめに言うつもりはない。これは家の中の問題だから。
そして、出来ればネリー、君にはウェンディの様子を看ててやって欲しい。無理にでも、とは言わないが。
ああ、ああ。ネリー行こう行こう。
[ネリーの手を引いて、戸口へ行こうとする。]
別にルーサーさんが、どんな人物であっても
医学知識0の私なら、その肩書きの権威に
ひれ伏しちゃうけどねえ……。
個人的感情が悪くても、大事な人を救うためなら
藁にだって何にだって縋りたい気持ちになると思うし。
[聞こえによっては、ルーサーの価値をその肩書きに
限定しているような響きを持つかもしれない。]
どっちにしろ、我々は邪魔にならないように
退散すべきだろうと思うんだけどな。さ、ネリー行こう。
[引いていた手を離し、車へ向かい、エンジンをかける。]
ファ……
[左腕を庇うようなステラの右腕の為草に気遣いの言葉をかけようとした私は、つい彼女の古い名前を呼びそうになっている自分に気づき語尾を打ち消した。]
……エイヴァリー先生。どうかしましたか?
[天候が変わりつつあるのかもしれなかった。本格的に降り始める前に、彼女を送っていった方がいいのだろうか。]
エイヴァリー先生。車でお宅まで送りましょうか?
本降りになってはいけない。
[その後どんな会話がなされたのか。わたしは薄らぼんやりとしか記憶に無かった。断片的に収集された言葉から察するに、彼女は今の学校に魅力を感じ得ない事と、しかし家に居ても特別これといったものはなく然程変わらない生活を送っているという事位だったろうか。]
「あ、雨――」
[どれ位時が経ってからだろうか。
ふいに外を見つめたシャーロットの声に、わたしはふと我に返る。言われた通りに窓へと視線を向けると、雨粒が数滴窓ガラスを濡らし始めていた。]
また…豪雨になるのかしら…。
[不安を独り言に代えて、わたしはふと彼へと視線を向けた。彼の視線は壁に掛けられている一枚の絵画へと向けられていた。裸体の女性――足許の男。
それらを性的な意味で捉えるか否かで、反応もまた変わってくるだろう。
わたしは、その絵画を一瞥して視線を逸らした。勿論純潔を重んじる外面を演じるために。]
―それから、数十分の後―
『ありがとう』
[その言葉と共に、元通りにコンサバティブな服を着込んだエリザは、茶封筒を男に手渡した。]
……いえ、奥様。
御入り用の際は、またお呼び下さいませ。
[そう言ってひとつ礼をすると、男は「秘密の部屋」から退出する。]
[退屈を持て余し、昼夜の区別すらつかなくなった惰眠を貪る機械の群。男はそれを眺めながら彼ら(或いは、「彼女ら」だろうか?)の間を擦り抜け、男は工場を後にした。]
──…学校に行きたく無い理由。
それは……、
[未来が無いからだった。
ヘイヴンの外から来たと言うステラにこの閉塞感が分かるだろうか。分からない相手だからこそ、実は言いやすい事かもしれない、とチラリと考えた。
だが、父親の前で家の事や町の事を──悪く言うのは、言ってはいけない事のような気がした。]
……分からない。
でも、今年で学校もお終いなのだもの。
ちゃんと卒業出来るようには…──頑張るわ。
[ふと腕を抑えるステラをいぶかしく思う。
熱心な先生だが実は身体が弱いのだと言っていた誰かの言葉を思い出し、]
そうね。
雨も降って来たし、帰りはパパが送ってあげるといいんじゃないかしら。
[いっそとばかりに思い切り良くズボンを脱いで裸になる。
それを肩にかけて客室へと戻る途中で振り返り、ローズマリーに向けてチュッと*唇を鳴らして見せた。*]
…別に場所を移すくらいはかまわないでしょう、ミスター。
ここは店だもの、もし彼女が病気だったとするならいるべきところではないはずだわ。
[ウェンディの上半身をなるべくゆっくり起こしながら]
リックも、ミスターも少し落ち着いたほうがいいわ。
ウェンディは具合が悪いんだから、せめて静かにしてあげて。
[ボブとネリーが店を去っていくのを冷ややかな視線で眺めながら小さく呟く。
それはどう聞いてみてもボブに向けた言葉だったわけだが]
…掻き乱すだけ掻き乱して、いい気なものね。まったく。
あら、まだ続けられるというの?
ギルバート、あなた、すごいわね。
今日はお客さんも来ないようだし、店じまいしてしまってもいいわね。
[くすりと笑って]
続きに期待してもいいのかしら?
[ハーヴェイを待つ間、押し黙ったままじっと紙袋を見つめていたが、運転席の開く音に漸く顔を上げた。]
──あ、はい。
[久しぶりに車に乗った為に忘れていた。
慌てて手を伸ばしてシートベルトを締める。
直接何の事かは言わないが、こちらを気遣うように忘れた方がいいと言ってくれる青年には再び感謝しつつも、何と答えていいかわからずに沈黙を守った。
──本当に、忘れられるのだろうか。]
リック、落ち着くんだ。
いいかい、キミがウェンディを病気でないと言い切れる根拠は何かね。既往症でないとしても、最近、発症したものである可能性もあるんだよ。
私が信用できないというのなら、他の医者でもいいんだ。一度、ウェンディをきちんと医師に診させなさい。お願いだから。
[パッシングをしつつ、大声でネリーを呼ぶ。]
ネリー、ネリー。行こうじゃあないか。
どうやら、彼はルーサーさんの医者という肩書以上に
ウェンディちゃんを救える自信があるようだ。
[ネリーへ。というよりも、ウェンディへの
呼びかけのような響きを持った言葉。]
私なんか、肌の色で満足に医療の恩恵を受けられなかった
というのに、贅沢な話だよなあ。まったく。
もしもを避けるためならともかく、公開処刑を
見るために残る趣味は、私にはないんだよ。
おおい、ネリー。早くしなさいよ。
[少し憤ったような声色で、呼び続ける。]
[素裸になって客室に戻るギルバートの背中を眺め、また下半身が熱くなるのを感じる]
ギルバートがいいというのなら…。
[今日はもう一度彼を堪能したい。できればベッドの中でもっと肌を密着させて彼の匂いを確かめたい]
[ローズマリーは身支度を整え、軽く手櫛で髪をすくと階下に降りて行った]
猫──?
[何の事だろう。
僅かに首を傾げて考えていると、フロントガラスに水滴が当たり始めるのがソフィーの目にも入った。]
雨、ですね。
[見上げると、空は厚い雲に覆われているようだった。]
荒れるでしょうか。
また、酷くならなければいいけれど──。
[落ち着いた静かな調子の声。ニーナは信頼できる、と思えた]
ああ、ニーナ。
……悪い。すぐ、行く。
[答えてウェンディの上半身に腕を差し入れる]
ニーナは腰と、膝の裏を支えて。そっちの方が、軽いから。
[ふいにテノールに名を呼ばれ、わたしはぱちりと瞳を瞬かせ、声のする方へと振り向いた。
かち合う視線には、昔の名残が漂っているようでつい理性が崩れそうになる。]
いいえ…なんでもありませんわ。
そうですね…本降りにならない前に…お暇致しましょう。
ごめんなさいね?復旧作業で疲れている所にお邪魔したりして…。
でもシャーロット、あなたの無事な姿を確認する事ができて…良かったわ。学校には無理に来いとは言わないけれど。でもたまには顔を見せて頂戴ね?これはわたしとの約束よ。出来れば守って欲しいかしら…。
[わたしは悪戯っぽい笑顔を浮かべて、彼女の瞳を覗きこんだ。綺麗な瞳――彼の寵愛を一身に受けている……
だめ――これ以上見つめたら。
本能が警鐘を鳴らす。わたしはすっと彼女から視線を逸らし、車での送迎を申し出る彼にやんわりと断りを入れた。]
お気遣い無く…。お父様もお疲れでしょうから…。
わたしは一人でも大丈夫ですので…。
[立ち去ろうとするボブに鼻を鳴らした]
権威にひれ伏するなんていうようなあんたはきっと、心が折れて戻って来ちまったんだろ。“逃避地(ヘイヴン)”から“逃避地”へ。
邪魔なのは、横から足を引っ張る奴らだって、あんた自身もわかってることなんじゃないのか?
―工場の外―
………雨、か………。
[急いでトヨペットクラウンに乗り込むと、工場から少し離れた場所まで車を走らせる。]
ちっと厄介な雨だなァ……
[車を停め、男は昨日と同じようにメモ紙を取り出し、何かの走り書きを開始する。もしもの時に備えてエンジンはかけたままにしているため、車の中に排気ガスの臭いが微かに広がった。
男が咥えるメンソールの紫煙の先にはカーラジオ。相変わらず陽気な音楽が流れている。
Y,M,C,A! Y,M,C,A!....
脳天気なコーラスの上に艶めいたサックスの音が大胆に跨るのを聞きながら、男は何かを思い出し、*軽く鼻先で笑った*]
[店に戻り扉をあけ、CLOSEの看板を確かめる]
鍵をかけるのを忘れていたのね。
すぐに戻ってくるつもりだったし。迂闊だったわ。
ああ、雨、ね。また酷くなるのかしら…。
[不安げにつぶやくと扉に鍵をかけた。
店にいたのはソフィーらしいことはわかっていたが、カウンターに置かれている水の残ったコップは彼女らしくない気がした]
他にも誰か…?
[ソフィーが雨に気が付く。ついでに雨に心底うんざりしたようにため息を一つ]
本当に。折角車の泥を落としたのにまた洗わないといけなくなる。
小降りで済む事を祈るだけですよ。
ソフィーさんとこは前の災害の時大丈夫だったんですか?
[ソフィーの顔を見るわけでもなく、心なしか勢いを増してきたように見える雨から前方を見失わないように視線を外さずに言葉をかける]
[シャーロットから紡がれる一つの決意を耳にして、わたしはやわらかく息を吐き出し]
そうね。卒業だけは…しましょう?
その為だったら、わたしも全力でお手伝いさせていただくわ?
多少の改竄だって、ね?
[無邪気に微笑む。でも視線は合わせない。合わせられない。]
[目を細め、牧師の言葉を吟味する。それでも信用ならなかった]
いいや、ルーサー。それを言う訳には行かない。
この町の人間ならともかく、余所者のあんたには。
診せる――そうだね、それは言われるまでもない。デボラ婆さんに診てもらうとも。
いいえ、気にしないで。
…ありがとう、じゃあ向こうへ。
[足元を、と口にするリックに微かに微笑む。
ちらりとどうしようか迷っているらしいネリーへ視線をやってからウェンディの足元から腰の部分を支えるようにして抱き上げる]
あっ…はい、旦那様。
[ネリーは扉をくぐり5歩自動車の方へ軽い足取りで寄った。だがそのままリックの方を振り返る。空は自分の心の模様のように少し小降りかもしれない。]
[扉の外から続くボブの声に眉根を寄せる。迷ったようなネリーに小さく肩を竦めた]
いいよ、行けば。
昔はともかく、今のネリーはうちとは何の関係も無いんだろ。
だったら、今の主人に従っていけば良いさ。
ほら、早くしなよ。
あんなにホーンを鳴らされちゃ、こっちだって困るんだから。
卒業……か
[学校について語るシャーロットの言葉はどこか憂鬱に感じられた。
シャーロットはどうするつもりなのだろうか。
私は、娘とのこの時が永続するものであるように錯覚していたのだろう。先のことを考えると、胸が騒いだ。
「お気遣いなく」というステラの言葉は柔らかかったが、そこには確然とした意志が顕れている気がした。
それ以上求めることで心情の一旦なりと曝かずにいられる自信もなく、私は肯いた。]
そうですか。遠慮なさらずともいいんですが。
では、傘をお持ちください。
[そう言うと、来客用の傘を取り出し彼女に渡した]
ふん……若造には、わかるまいな。
我々が、この黒い肌を持つことに誇りを
持てるようになるまでの苦労を。
[黒人であるボブの、ヘイヴンにおける見られ方。
ムーヴメントとして、全米的に黒人としての
価値を見いだせるようになった歴史。
それらを思い、汚されたようで苛立った。]
どっちにしろ、今は言い争っているべきじゃあないだろうが。
私は、キミのオナニーに付き合うほど暇ではないんだ。
自尊心の自慰行為の道具にされる、ウェンディちゃんは
本当にたまったもんじゃあねえな。
[コップを片づけ、水滴とこぼれた水で汚れたカウンターを掃除し、店の電気を落す]
一度シャワーを浴びて、それから…。
[ローズマリーはシャワーを浴びた後、再びギルバートの部屋を*訪れるであろう*]
[ネリーは眼前のリックの笑みにもドキッとする。こんな事をする子だっただろうか。
真後ろのボブにもドキッとする。こんな事をする人だとは知っているが人前でするのは極めて稀。]
──えぇ。
私の自宅は大した被害には遭わなかったんですよ。
少し、地下貯蔵庫に水が入りましたけど。
[そこに保存してあった野菜なんかはみんな駄目になっちゃいました、と困ったような笑みを浮かべる。]
でも、泥もそんなに酷くはないですし、アーヴァインさんのお陰で父も無事に避難する事が出来て……。幸運でした。
[話している間にも雨脚は強くなるようだ。
ガラス越しに不安げに空を眺める。]
困りましたね。
今雨に振られると固まりかけた地面が元に戻ってしまう。
物資の運搬にも支障をきたしそうです……。
[ぐったりとしたウェンディの身体を抱え直し、視線を通路へ向けた。進路を確認してからルーサーの方をちらりと見ると、心配そうな面持ちで見守っているのが目に入った]
『もしかするとこの男は本当に案じているのかもしれない。
……それでも。
……駄目だ。信じて良いのは、ヘイヴンに縁のある人間だけ。
……いや、違うな……』
[ボブの言い様にいい加減にしてほしいとばかりに大きくため息をつけば彼のほうに冷ややかな視線だけ向けながら]
…お帰りになるのであれば、早いほうがよろしいのでは?
雨がまた大降りになれば大変でしょうから。
[これ以上リックたちを刺激してほしくないとばかりに一瞥して。
ネリーへと向けた視線にはさっさと彼と共に帰ってほしいとばかりに]
[デボラを呼ぶというリックの言葉に。]
分かった。これ以上はよそう。ただし、少しでも不安があればいつでも私を呼びなさい。それから ……
[ルーサーは、自分の連絡先、ヘイブンから山を隔てて隣町の医師の連絡先、当面の処置について記したメモを手渡した。そして、周囲に軽く会釈すると、後ろ髪惹かれる思いで店を出て車へと*向かった。*]
『ヘイヴンに縁の無い人間を信じてはならない。』
[論理学の言葉でいえばその二つは対偶。
一方が真ならもう一方も真。
それでも受ける印象は大きく異なる。子供の頃は、前者の論理で暮らしていた。町の人間は皆、顔見知りの親しい人物だったから。多少の疎遠さも、顔を合わせて近況を話せばごく身近な事ばかりですぐに顔馴染みになれた。けれど――]
―リビング→戸口―
[ステラからシャーロットに向けられた言葉は模範的な教師らしく熱意と配慮に満ちたものだったが、彼女の瞳はシャーロットを見つめてはいなかった。
リビングから戸口へステラを導く途中、話しかける。]
まぜっかえしてすいませんね。先生。
あの娘は――学校ではあまりよくない生徒なんでしょうか。
それは良かったじゃないですか。
仕立て屋さんの布にしみがついたら売り物にならないですし。
食べ物なら援助来るかもですけど流石に商売道具まで援助してくれないでしょう。
それにお父様もソフィーさんも無事で何よりですよ
[止んで欲しいという気持ちと裏腹に更に強くなる雨脚に]
…まぁこれが自然のすることなら受け入れるしかないですけどね。雨乞いしてまで雨を降らせる地域もあるのに。
アーヴァインさんにお願いして陽乞いでもしてもらいましょうか。
[他愛もない話が続くが、そろそろソフィーの家が見えて来る頃だろうか]
[けれど、10年前。
その印象は錯覚にすぎなかったのだと僕は知った。
突然、人が変わったように――人でなく獣になったように、荒々しく野蛮な表情を見せ襲い掛かってきた隣人。思い出そうとしたことなんて、今まで無かったけれど。
それでもあの日、僕は知った]
『たとえヘイヴンに縁のある人間でも、全てを信じてはならない』
[――のだ、と]
[わたしにはこの親子がどういう関係を望み、どういう未来を描きたいのかははっきりと把握は出来なかった。いいえ、したくは無かったのかも知れない。
だから親身になるような振りをして、実の所何一つ教師らしい事を言わなかったのだろうかと、少しずつ呼吸が荒くなっていく身体を宥めながら理由付けをしようとする。
しかしそれは今ひとつ明確な理由に欠けるような気がして、また正しくないようにも思えた。]
遠慮なんてそんな…。
ではお言葉に甘えて、傘だけ。お借りいたしますわ。
[送り届けて貰う事を断ると、彼は傘を差し出してくれた。それをわたしは有り難く受け取り]
ではまた後日――傘をお返しに上がりますね。
ごきげんよう。
[彼らは果たして玄関先まで見送ってくれただろうか?それとも断りを真に受けて部屋でのみ見送ってくれただろうか?]
『だから、守ってやらなきゃ。
ウェンディは、僕が。兄貴なんだから』
[そう自分に言い聞かせ、熱を帯びた腕の中の身体を抱え直した。少し苛ついたようなニーナの声が聞こえる。視線を辿り、未だ逡巡するネリーの姿を見て取った]
染みがつかなくても然して売れはしませんけどね──。
ハーヴェイさんの車も、無事で良かったです。
お陰でこうして、私も雨を逃れる事が出来ましたし。
[冗談めかしてくすりと笑う。
そうこうするうちに車外の風景が見慣れた町内の景色に変わり、ふと思い出したようにソフィーは尋ねてみた。]
あの──。
ハーヴェイさん、ご存知ないですか?
父を診て下さるような、精神科の先生を……。
[シャーロットとはリビングで別れたのか。戸口へ向かう途中彼から囁かれた言葉に、わたしは精一杯の笑顔を努め]
いいえ、お父様が心配なさるほど悪い生徒ではございませんわ?
だから気にする事は無いと思いますの…。
[それは本当に教師として口からついで出た言葉だったのか。私には判別付かなかった。]
そんなに、いつまでも迷っていなくて良いのに。
それとも、本当は残って手伝っていたいのかな、ネリー?
こんな指摘をすると、また“旦那様”の機嫌を損ねるかも知れないけど。でも、それはそれで嬉しい事だね、ネリー。
もし何時かまた奉公する先を探すことになったら、うちを一番に考えてくれると良いと思うよ。今なら、決定権を持っているのは僕しかしないことだしね。
ネリー、ネリー。雨に打たれ、キミまで
具合悪くなったらどうする?
[彼の深層に潜む、支配欲が彼女を押し倒してしまう
ことも確かに、確かにあった。
しかし、身も心も打たれ続けた人生を歩んだ彼にとって、
自分に尽くしてくれるネリーは、本心から
かけがえがないと思える存在であった。]
キミにまで何かあったら、私は後悔するよ。
頼むから、私に雨という鞭でキミを打たせる
マネをするのは、どうかやめてくれよ。
[ネリーは何かを呟いたかもしれない。それは誰にも聞き取れないものであったか。謝罪の言葉にも聞こえるか。
小降りの雨を受けて長い前髪が瞳を隠し、少し俯いているようにも見える。]
行きましょう、旦那様。
[ネリーはボブの助手席の側へ行き、ドアに手をかけた。]
―アトリエ・戸口―
――そうですか。
よかった。
[彼女の内心までは知るよしもなく、私は素直に安堵していた。その表情は常の父親と変わりのないものだっただろう。]
――雑貨屋→居間――
[ニーナに目配せで合図し、足元を確かめつつウェンディの身体を運び始める。腕から伝わる体重はさして重くなかった。けれど体温は高く、熱が見せる悪夢に魘されているかのように呼吸は小さく早かった]
……ん。こっちが頭、だね。わかった。
……下ろすよ。そう、ニーナの方が先で。
……ありがとう。
[ゆっくりとソファに横たえてニーナを見ると、うっすら汗をかいているように思えた。ごめん、と頭を下げて水のボトルを一本渡す]
[ネリーが来たことに、安堵の表情を見せる。
小さな小さな子供のような、笑顔。]
ウェンディちゃん、お大事にね。
[リックに見せる表情は、厳しい。]
じゃあ、ネリー行こうか。
[ネリーが乗り込んだのを確認すると、アクセルを踏む。]
これでも一生懸命掃除してやったんです。
そしたらまたこの雨ですからね。
俺に乗られたばかりに不幸な車ですよ。
[ソフィーの真面目な質問に、少し考え込むように黙り込むが]
精神科の先生、ですか…。少なくともこの町で精神科がフィールドの先生は知らないですね…。俺が行ってた大学の近くにならいくつかありましたけど。
もしこのまま道の整備が進んだら町の外に出てみたらどうですか?もしかしたら俺の叔父も知ってるかもしれないし。
はい、旦那様。
[前髪や方をタオルで拭く。ボブだって何時だって私をしっかりと見てくれているのだ。軽はずみに行くわけにもいかない。
ネリーは小さな声でリックに謝った。]
[言い方はおかしいかもしれないが、ネリーがようやくボブをつれて帰ってくれたことに大きく息をひとつ吐くとリックの合図に応じてウェンディを居間へと。
普段から重い本を相手にしているとはいえ、流石に軽く疲れたところにミネラルのボトルを差し出されれば礼と共に受け取るだろうか]
ありがとう。
…大丈夫かしらね。
[ちら、とウェンディの様子を見やり、その頬や額にミネラルで少しだけ冷えた手で触れて]
―戸口→玄関―
[戸口で傘を開き、ステラの上に掲げる。私も傘を持ち、彼女を玄関まで見送った。
彼女を送って――送ってどうするつもりだったんだ?
小雨が降る中、彼女を乗せるのは屋根のついたセダン――彼女と出会った時のあの車だったことだろう。
ステラの歩みと共に、ロングスカートは空気を孕みその長い足に纏い付くように流れ、また膨らむ。柔らかい布地が彼女の太股を滑り、愛撫する。
服の下の彼女の肉体を、私の目は鮮明に甦らせていた。
だが、それは6年前のものだった。断絶した時が彼女の上で重なっていただけだった。私はその残像と呼び覚まされそうになる渇望を辛うじて払いのけた。
――どうもしないさ。家では娘が待っているんだ。
今は姿を見ないが、エリザも――
別れ際にステラに笑顔を向けた時には、葛藤は顕れてはいかなかった。]
エイヴァリー先生。来て戴いてありがとうございます。
[そうして、私は彼女を見送った。]
――居間――
[ウェンディの額に浮き出た汗の玉を拭い、唇にボトルの口を寄せる。それでもやはり嚥下する様子はなく、水はただ頬から首筋を伝って落ちるだけだった]
……うー……ん……。
……仕方ない、よね。それとも、ニーナがする?
[こく、と一口分の水を含んで従姉を見上げる。
次に指差したのはウェンディの唇。ニーナが頷けば任せるつもりで、とりあえずその一口分は飲み下した]
[ウェンディの様子を見つめるニーナの声。僕は背後を確かめた。少なくとも、この説明だけは部外者に聞かれる訳にはいかなかった]
……大丈夫、だとは思うよ。
……たぶん、一種のバッドトリップだから。
[ネリーは顔を上げた。いつもの車にいつもの景色。
ただ景色が少し違う。やや薄暗い。
この景色、ごく最近見た記憶がある。…でなければいいが。]
[安堵する姿。その面影はわたしの知っている彼ではなく。
娘を耽溺する父親の姿でしかなかった。]
えぇ、だからあまりお父様も心配なさらないように。
親の不安は子にも伝染わってしまいますから…。まずは親御さんがしっかりなさらないと…。
[落胆する姿を見せまいと、わたしは無理に振舞って彼を励まして見せた。今この時こそ自分が滑稽に思えたことは無い。]
では雨も本降りになってきましたので、この辺で。
お邪魔致しました。
[相槌を入れられないように少々捲くし立てるように別れの言葉を告げて。わたしは雨の中へと飛び出していった。]
−居間−
[しっとりと汗ばむ従妹の肌に微かに背筋に何かを感じて、ゆるりと小さく首を横に振ってその熱を払い]
…いいわ、私がやるわ。
[少し見上げるリックの視線に瞳を緩く細めればウェンディの傍らへと膝をついて]
[その後、わたしはあの家の明かりが届かなくなる所まで、泥が跳ねるのも気にも留めずに走り続けた。まるで彼の絡み付くような視線から逃れるかのように。]
――これ以上あの人の傍にいたなら…。わたし理性を押さえつけられる自身なんて…ない…。
[打ちつける雨は思ったより激しくわたしの身体を濡らして行く。背中の疼き。荒くなる呼吸。そして歩く度に何故か引けていく血の気――。
それらは体調を崩す際のわたしなりのサイン。]
復旧作業で…無理…しすぎたのかな…?
家に帰る前に…ルーサー先生に…診て…貰わなきゃ…。
[急速に鉛のように重くなっていく身体を引き摺りながら、わたしはこの町に来てまだ間もないルーサー医師の自宅へと出向き――]
留守…なのかしら…。だったら少しここで待っていても…いいです…か?
[戸口にもたれ掛る様に体を預け。
わたしは不在の主の帰りを*待つことにした*
少しでも雨から身を護る様に、小さく身を寄せて――]
あら、ハーヴェイさんに運転して貰える車は幸せですよ。
だって同じ運転手なら、ハンサムな方がいいでしょう?
[ね──と、車に語りかけるような細い音。]
──そう、ですか。
いえ、有難う御座います。
以前かかっていたお医者様と先日の嵐で連絡が取れなくなってしまって、代わりの方を探していたんですけど、なかなかすぐには見つからなくて。
──えぇ、そうですね。落ち着いたら。
[頷き、視線を前方に向けると、白い木造の家が見えて来た。]
あ、あそこです。
家の前に停めてくださいますか?
[ニーナに場所を譲り、僕は向かいのチェアに腰掛けた。
多分、説明は要領を得ないだろうと思いながら話し始めた]
……カウンターの中に、手紙があったんだよ。
……ううん、今回重要なのは中身じゃなくて、その外側。
[小さく息を吸い、嘆息にして吐き出す]
切手の代わりに、別な物が貼ってあった。レベッカ――母さんから「絶対勝手に使っちゃ駄目」って言われてた印紙のシートだ。
でも、印紙なんかじゃなかった。
どこの州のでも、郡のでも、市のでもない。
私製の、特殊な印紙。幻覚剤を染み込ませた。
……あれは、そういうものだったんだ。
[リックの言葉に、膝をついたまま少しだけ青い瞳を彼のほうへと向けるだろう。
次の瞬間には特に何かリアクションをするということもなく]
…そう、分ったわ。
[小さく頷くとミネラルのボトルを手に、まずはウェンディの意識があるか確認をする。
弱々しくてもそれなりの反応があれば少し目を細めてからミネラルを口に含み、それをゆっくりとウェンディに口移しで与える。
彼女がゆっくり一口分のみ干したなら、少し間をおいてからもう一口分与え]
旦那様、手間取ってしまってすみませんでした。
[ネリーは謝りつつも、話題を変えようとする。]
何か、空が曇ってきてますね。あくまでも勘ですけど、気温も下がってるような…
[通行人に、泥を跳ね上げるのも気にせず、
いつもにも増して荒い運転だった。]
…思い知ればいい。思い知ればいい。思い知ればいい。
貧乏くじ引くのが、常に我々なのは不公平だ。
求めても、届かない思いを味わえばいいんだ。
[リックだけでなく、彼を含有する何かの総体への
呪詛のように、呟いている。]
[ネリーの言葉が耳に入らないかのように、
ずっと呟いていたが、ハッと我に返り]
あ……あぁ…そうだねえ。
私も、もう若くはないから急に気温下がると
体調崩してしまうかもしれないなあ。
ネリーに迷惑かけるから、気をつけないと。ハハハ。
[きまりが悪そうに笑う。]
[一方的な告白を終え、僕はもう一度息を吐き出した。
肺の中の空気がすっかりなくなってしまうまで、長く、長く。]
……どうして知ってるかは、秘密。
……どうしてそんなものがうちにあるかも、秘密。
おおよそ想像はつくだろうけどね。でも、ウェンディが使う可能性なんて考えてなかった。気づかせずに、ずっと。
……隠しとおせると、思ってたんだ。そんな訳ないのにな。
[ボブの危なっかしいハンドルの握り方を心配する余裕はネリーにもとてもなかった。
ただ、私にもっと的確なジャッジメントがあれば変わったのかもしれない、と唇を噛んだ。]
あ。あ、はい。
私も今後旦那様にご迷惑をおかけしないようにします。
[ネリーはちょっぴりくすっと*笑った*]
ハンサム?俺が?
[ふふっ、と面白そうに喉を鳴らす。初めて言われたらしい]
なら尚更この車は不幸だね。
たまたまハンサムが運転する車だったばかりに俺が乗せる人に嫉妬しないといけないでしょう?
俺だって一緒にいるなら綺麗な人の方がいいですからね。
次ソフィーさんが乗ったらきっとこいつヘソ曲げますよ
[珍しく多弁であったのはあの出来事をさっさと消し去りたいから。普段はしないような冗談口も叩く。
ソフィーから示された家を確認し、指定された場所へと車を着ける]
どうぞ、お疲れ様でした。足もと気をつけて。
[母親が亡くなって数年経つ今、血の繋がった
肉親は、いない。正確に言えばわからない。
今、ネリーや動物たちに囲まれた生活。
それはそれで、極上の幸せなのかもと*思った*。]
…そう。
そういう心配があるなら。
隠したい秘密があるなら。
きちんと秘密の戸棚に鍵をかけてしまっておかなきゃだめよ。
[いい勉強になったんじゃない?と首を小さく捻れば、床に視線を落としてしまったリックに苦笑する。
もっと、と水をほしがるように自分のブラウスの袖を軽く引くウェンディに請われるまま、彼女が飽きるまで幾度でも口づけて少女に*水分を与えた*]
ふふ、そうですね。
きっと女の子を乗せたら嫉妬しますよ。
──あら、それじゃあ私も嫉妬されたのかしら?
[ソフィーの方も、いつになく饒舌に、会話が途切れる事を恐れるかのように喋り続ける。
互いに先程の事に触れぬよう努めているのが伝わって来る。]
今日は本当に有難う御座いました。
このお礼は、後日必ず。
[家に着くと、丁寧に礼を言って車を降りる。
別れ際、窓から覗き込むようにちらりと青年の目を盗み見た。]
俺女の人に嫉妬されたことないですけどね。
車に嫉妬されたら下手すると…怖いですよ。
もう載せられないかな。
[また小さく笑う。
ソフィーから礼の言葉が聞こえると]
かまわないですよ、家の途中だし。礼なんていりません。
また雨脚が強くなってきた。気をつけて下さいね。
[別れ際、こちらを見るソフィーの視線に気が付くと小さく会釈を返し、我が家へと車を走らせる]
――居間――
[しばらくの間、ばかみたいに僕はロッキングチェアを揺らしていた。ふと目を上げてウェンディにニーナが水を飲ませる様子は絵になるな、なんてリビドーそのままの思考が走っていくのをぼんやりと感じていた。ささやかな反応とはいえ、ウェンディの動作が見られて安心したのかもしれない]
『秘密の戸棚の鍵?
……どうしてだろう。無くなってしまったみたいだ。
……母さんが、持っていっちゃったのかな』
[ニーナの言葉が逆に呼び水になった。先刻の追憶が甦る。
10年前のあの時、6歳の僕とウェンディがそこに居た]
『ぐったりとしたウェンディ。ずきずきと痛む身体の奥。擦り傷。涙。両腕で抱えた猟銃の感触。引き金が落ちる重さ。銃声。
……血の匂い』
[視界は朱と白に染まっていた。僕は呆然として目を閉じる]
……ん。ごめん、ニーナ。
さっきの言い争いで少し頭が痛いみたい。
ずっと此処で見ている訳にもいかないだろうし。
[視線で着替えを示し、チェアから立った]
一度、部屋に戻ってくるよ。また何かあったら知らせて。
[一見女性のようにも見える綺麗な顔立ちの青年。
近くに居ても性を感じさせる事の少ない彼だったが、そうは言っても健康的な大学生の男子。アンゼリカの2階で何が行われていたかくらいは理解しているのだろう。]
ハーヴェイさんこそお気をつけて。
路面が濡れてますから、事故を起こさぬよう。
[彼はさっき何を考えていたのだろうか。
走り去る車のテールランプを見送りながら、ソフィーはしばらく家の前で雨に打たれるままに*佇んでいた*。]
―アトリエ・リビング―
[少し経ってリビングに戻り、ソファーに身を沈めた。飲みかけのギネスを煽る。
緊張を強いる時間だったが、致命的な過ちは犯さなかったことにやや安堵していた。ステラの様子はやや気がかりだったが――
視線の先には、エドゥワール・ダンタンの『A Casting from Life』があった。私はつい先日そこで交わされた会話を思い出していた。]
―回想―
「で? 娘なんだろう? あの作品のモデルは」
[アートスクール時代からの悪友、ホレス・ワイズマンは鼻を膨らませながら言った。嵐でヘイヴンと外部との連絡が取れなくなってすぐ、駆けつけてくれたのは他ならぬ彼だ。無論、彼が心配したのは私ではなく私の一連の作品だったのだろうが、それはむしろありがたいことだ。作り手としては、作品を愛してくれる以上に好ましいことはない。
災害に遭うと、さすがにこの場所が作品の保管場所として適しているかどうか不安にはなる。彼の助言に従って町外に新たな倉庫を確保し、いくつかの作品はそちらへ移動することになった。
それらの手続きをほぼすべて担ってくれたのは彼だったが、彼の好奇の問いかけを私はウンザリするようにあしらっていた。]
誰だっていいだろう?
学芸員にとって作品は作品。モデルはモデル。それに、私は型取りを作品制作には用いない。
[そう、彼はシカゴの美術館に勤める学芸員だった。私の作品に値をつけ時には預かり、美術館に展示してくれていた。時にはクライアントとの売買の仲介をしてくれてもいた。]
「よくはないさ。あんな綺麗な娘なんだから、できればお近づきになりたいね」
[そう言う彼を私は蹴飛ばす。ははは、と苦笑いする彼は、ふと不思議そうな表情になると問いかけた。]
「だが、なぜ型取りはしないんだ?」
[つきあいの長い彼は、私がモデルから直接型をとる直取りの手法を作品制作には用いないことを知っている。型取りを行うのは、記憶が混乱しないための記録を目的としたものに限定していた。だが、確かにその理由を話したことはなかった。単純ではない理由をどのように説明したものか。
間をおいて、『A Casting from Life』を指し示すと口火を切った]
この絵を見てくれ。型取りをする二人の男は、モデルに傅いているように見えないか?
彫刻の素材はブロンズや石膏や大理石といった単一の固形物だ。本物の型を取って本物そのものを再現しようとしたってとても再現できるものじゃない。人体の劣化した模造品だ。
もちろん、型取りに手法として新しい試みが持ち込まれたり冒険的な別の意図があるなら例外だけど、ただ単純に本物の形だけを写し取ろうとする試みならそれは創造を放棄しモデルの価値に身を委ねているに過ぎないのだと思う。
[言葉を選んでも、創作について語ることは難しいことだった。語調が厳しくなっていないだろうか、と内省しながら言葉を紡ぐ。]
造形は、一度対象の姿を自らの内側で受けとめなければならないんだ。対象の持つ美を最も的確に現すことができる道筋を追い求める。モデルそのままではモデル本人の美に到底及ばない。自分に従いすぎれば対象は逃げる。
だから、モデルと自分との間のどこかにある理想の美を探し求める。それでも、複雑で精緻極まりない人間の美に近づくのは難しい。
[黙って聞いていたホレスは、それだけ聞くと口を開いた]
「それで、そうやって、完璧だと思えるものを作れたことはあるのかい?」
いや。
[私は笑って首を振った。]
挑んで挑んで、私はいつも敗北する。
この絵の男達と同じく、やっぱりモデルに屈服する。
だが、同じ敗北でもそちらの方がどこかへたどり着けるのだろうと思ってる。
それにこうした敗北は常に幸福なものだよ。
また挑みたいという気持ちになる。
[まして、それが自分の娘ならば、という胸の中の想いは口にはしなかったが。]
―アトリエ・リビング―
シャーロット。
君をモデルにした作品だけど、評判がいいみたいだ。
[ホレスの度重なる勧めに従って一度美術館に貸し出したシャーロットをモデルとしたいくつかの作品。それらは派手な目新しさを盛り込んだ前衛的な作品ではなく、むしろ古典的な作品と解されるものと考えていたのだが、予想していたより遥かに評判がよかった。
かつて、二十代になったばかりの頃、私が発表した具象的な作品についての評価は「リアルそのものだが創造的な魂が宿っているとは感じられない」というのがほとんどだったにも関わらず。
新たに受け取った評価は、娘との制作過程を経ずしては得ることができなかったものに違いなかった。
私はホレスの置いていった美術雑誌と目録を彼女に手渡した。
窓の外に広がる幽邃とした森林に、静かに雨が吸い込まれてゆく。静謐な夜の親密さの中で、私は一時の*幸福の中にいた*。]
──……、………
……──……、 ……
──── 、 ……。
[不明瞭な切れ切れの、それは声にならない声。
音にならない音。 ノイズ。]
―― 町の路上 車中 ――
ふう、参ったな。当分、雨は御免蒙りたいんだかな……
[ルーサーの頭には先日の暴風雨の猛威が頭を過ぎる。]
ああ、そういえば頼んでいた薬…… まあ、今戻っても、な……
[ブランダー家での出来事を思い、沈んだ面持ちを浮かべる。]
私は、ウェンディを、リックを、置き去りにしてきてよかったのだろうか…… たとえ何を言われようと私はあの場を離れるべきでは無かったのではないか。しかし……
[ルーサーは、ブランダー家に引き返したい思いを抑えながら、車を自宅へと*走らせた。*]
−回想−
[ソフィーを送り届けた後、真っ直ぐに自宅へと戻る。
去り際にこちらを見るソフィーが不思議だったが、自分が考えていた事は恐らく彼女が思っていることとは正反対だろう。
両親に毎夜罵られ、殴られ、一人震え泣いている所に優越感すら漂わせ無理矢理覆いかぶさってくるもう一人の自分。
その時、その顔は酷く醜く見えていたことを覚えている。
あれが自分の顔なのかと思えば、自分の容姿を見たくないもう一つの理由となった。
誰かに触れられるのもまっぴらだった。
大学入学後、言い寄ってくる女性はいたが殆どをつっぱねた。
人との付き合い方をしらなかったし何より誰にも関わりたくなかった。
押しに負け付き合った数少ない女性も身体を重ねたのはほんの数回程度。
前戯はこなしても挿入前の、自分を求める顔にどうしようもない嫌悪感を感じ、大体はそこで終ってしまうからだった]
[宵の口から降り始めた雨は、夜が更けゆくにしたがって徐々に激しくなっていった。
やがてそれは豪雨となって、先日の暴風雨の痛手から立ち直りきらない町に容赦なく降り注いだ。
そして、散々に痛めつけられた山腹の斜面のどこかで、不吉な鳴動が始まった……。]
─酒場「アンゼリカ」2階客室─
[窓辺に立ち、外を眺める。朝だというのに、低く垂れ込めた暗雲が太陽を遮り、町は夜明け前のように薄暗い。
家々の屋根を、路面を打つ雨音。ごぼごぼと流れゆく泥水。
夜が明けてからは幾分か雨足も弱まったとは言え、酷い雨であるのは変わらない。]
[雨の音を聞きながら]
どんどんひどくなっていくんだわ。
また、被害がでるのかしら。
この雨じゃ、注文したものをとどけてもらうことも難しいかもしれないわね。
一度店に行くべきかしら。
ひとつ幸いだったことは、昨日洗濯をしておいたことだわね。
[洗濯から連想された昨日の一連のできごとに微妙な笑みを浮かべた]
[きっと聞かれたであろう、あの行為の声。気配を感じながらも声を落そうとしなかった自分。行為に没頭していたからというのはいいわけにすぎないのだと]
[昨夜はあれからローズマリーと幾度となく身体を重ねた。
容赦ない攻撃を加えながら、昇りつめていく表情の美しさを、うねる肢体の柔らかさを、蜜が溢れる内奥の熱さを熱心に囁いた。]
ブランダーの店に頼んだものを取りにいくなら今のうちだわ。
このぐらいならまだでかけられる。
[ローズマリーはブランダーの店に電話をかけようとした]
もう少し色々見てみたかったんだが、この分だとしばらくお預けかな……。
[昨日洗濯してもらった自分の服を着て、彼女の姿を求めて階下に降りて行った。]
−回想−
[ローズマリーはギルバートの客室を訪れ、何度も快楽の頂点に昇り詰めた。
まるで知っていたかのように弱点を攻められ、ローズマリーは喘ぎ、叫び、ギルバートにしがみついた]
おはよう、ローズ。
[ニッと笑みを浮かべてローズマリーに歩み寄り、その頬に軽いキスしようと顔を近付けた。]
邪魔だったかな? 電話するつもりだったんだろう?
[ギルバートのキスを頬に受けて微笑みながら]
ええ、ブランダーの店に注文していた品物をどうしようかと思案していたところなの。
雨だし、取りにいった方がいいかしら。
ギルバート、あなた、車の運転はできる?
ンン……
まあ、一応は。
[と頷いて見せた。]
じゃあ一緒に取りに行くかい?
ブランダーの店って、雑貨屋かな?高校生くらいの女の子が店番してる・・・。
ありがとう。戴くよ。
[食卓につき、ローズマリーの用意してくれたクロワッサンとスクランブルエッグを、旺盛な食欲で平らげる。]
ええ、そうよ。
知ってるの? ああ、昨日散歩したときに寄ったのかしら?
かわいい娘でしょ、ウェンディちゃんっていうのよ。
ギルバートが車の運転できるんだったらお願いしようかしら。
[ギルバートがたべ終わるのを見届け、コーヒーをだして]
小さい車だから、あなたには窮屈かもしれないけど。
ちょっとした荷物ぐらいは積めるわ。
ブランダーの店までのおつかい、お願いしてもいいかしら?
ログ、ざっと見て。
ネリーさんは絡むことを気にしすぎてる気がしますね。
相手に絡みを求めるのではなく、自分から相手がそう反応するような状況にもっていくべきではと思うのです。
[ローズマリーはギルバートに車のキーと買い物用のお金を手渡した]
何か他にも必要そうなものがあったら買ってきてちょうだいね。
ああ。まあ適当に見てくるよ。
[自動車のキーと買物代金を受け取り、ローズマリーの唇に短いキスを送る。
教えられた通りに店の裏手に回ると、丸っこいボディの小型車が駐車していた。
ローズマリーは窮屈かもと言っていたが、乗ってしまえば案外とそうでもない。
エンジンを掛け、強雨のなかブランダーの店を目指して走り出した。]
[別にローズマリーが誰に抱かれても実際自分には全く関係ないし卑下する気もない。人間である以上、誰かを求めるのは当然のことなのだし知らない振りをしていればいい。
それでもあの声は自分に思い出させたくないことを思い出させた。
ようやっと蓋が閉じかけていたのに。缶切りがあけたのは缶詰ではなく自分の記憶の蓋だったらしい。
恨むべくは、こんな記憶を植えつけたユーインに他ならないのだが。
ナイトキャップにと、偶にほんの少しだけ手をつけていたブランデーをグラスに乱暴に注ぎ、それをあおる。焼け付くような感触は苦しかったがそれでも手は止まらない。
『忘れろ忘れろ忘れろ、夢だ夢だ夢だ』
普段飲み慣れぬ癖にこれだけ強いものを呷れば結果は明白で。
数杯重ね、ボトルの中身が大分減った様に見えた頃、前後不覚となり、上半身だけベッドに突っ伏した自分が居た]
兄さん…いつまで…いつまで俺を苦しめるんだよ…!
どうしたら…気が済むんだよ…!
[頬を伝うものは苦しさからか、悔しさからか。
シーツを握り締めた手には薄っすらと血が滲んでいた*]
[まるで恋人のように振る舞うギルバートに微笑んで、短い間なのだからと自らを戒める]
[ギルバートを一人で送り出したのは、二人でいるとまた求めてしまいそうになるから]
どうかしているわ、わたし。
[ローズマリーは受話器をとるとブランダーの店に電話をかけ、品物をギルバートが取りにいくことを告げた]
[ワイパーが忙しなく動いているのに、あっという間にフロントガラスは雨滴で曇っていく。
田舎の鄙びた景色が雨で煙って見える。]
『自動車の運転を教えてくれたのは、あれは誰だったか』
[ふっと過去の断片が浮かんだが、思い出す間もなくそれは切れ切れに消えた。
それほど多くのことは憶えては居られない。時はあっという間に過ぎていくのだから。
今だけが全てなのだ。]
[夢を見ることもなく夜が明けた。
酷い二日酔いだったが、自業自得、仕方ない。
目覚めた途端、またトイレに駆け込む羽目にはなったが。
冷蔵庫の中にこの間雑貨屋から買った食料品はまだあったけれども、外の雨が今後を不安にさせる]
買いに行った方がいいか…?
[車ならまだ外に出られる程度の雨、家に閉じ込められる前に買っておくものは買っておいた方がいいか。
ぐらぐらする頭を何とか持ち直し、身支度をする]
悪いな、こんな雨の中ばかり走らせて。もう少し、我慢してくれな
[ガレージの中で不満を醸し出しているだろう愛車に声をかけ、雑貨屋に向かって走らせる。
向かう先に何か妙な胸騒ぎがするのは、きっと二日酔いのせいだろうか]
─雑貨屋の前─
[どれほど視力が優れていても、雨で滲むガラス越しの景色から看板の文字を読み取るのは骨だ。それでも何とか教えられた通りに、“ブレンダーズ”の看板を掲げた、見覚えのある店先に自動車を停めることができた。]
[車を降りると、出る時に持たされた傘を開き、急いで店の入口に走る。]
[大降りになってきたが勝手知ったるヘイヴンの町、そう迷うこともなくブレンダーの店へと辿り着く。
傘を入れておくのを忘れた為雨に出来るだけぬれないよう、入り口との最短距離を狙って車を止め、店の中へ。
自分のほかに先客がいたようだったが気にとめず]
こんちわ…って…
[店番をしているブレンダーの人とはもちろん顔見知り、挨拶と一緒に店内に入ると先客の後ろ姿がある。
見覚えのあるその姿、一瞬顔が曇った]
[ウェンディにずっと付き添いながら雨の一晩を過ごす。
やがて店の扉が開く音で顔をあげるとちらりとウェンディが眠る様子を確認してから店へと出てこようか]
いらっしゃいませー…。
[不眠の一夜を過ごしたために少しだけ気だるそうな面持ちで店内に現れた]
─雑貨屋店内─
[出てきたのは昨日この店の前で会った、瞳が印象的な若い女性だった。]
やあ。ローズが頼んでた食料品受け取りに来たんだけど。
[人懐っこい笑顔で笑いかける。]
[図書館で働いているはずのニーナが何故ここに?
ギルバートを見て少し顔は青ざめたが、とりあえず目的は買い物なので用件だけはすまさないといけない]
あれ、ニーナさん。図書館は今日はいいんですか?
[傘を差さなかったせいで濡れて店内を汚していたがやはり気にしていない]
[車が店の前に停まる音がしてすぐに入口の扉が開いて、ほっそりとした人影が飛び込んでくる。
振り返って見ると、それはこの町に来て最初の日に、ローズの店に居た少年と分かった。
何故か青ざめているその顔にも構わずに笑顔を向ける。]
―ブランダーの店・店内―
[店へと出れば昨日扉の向こう側であった男とハーヴェイ。
ギルバートの用件に、やはりローズの身内らしいという認識をしながら]
…そう。
伝票はお持ちかしら?
[リックではないから、何の発注をうけているかまではしらず、少し自らの髪を指先でなおしながら]
あ、あぁ、どうも。
[向けられた笑顔にぎこちなく挨拶を返す。
二度も顔を合わせれば無視するわけにもいかないか]
ローズマリーさんとこにいらっしゃる方…ですよね。
買出しですか?
[挨拶は最低限に留めようとする。
下手に時間を延ばしてしまえばまた例の記憶が蘇るから]
[ニーナに伝票と言われ思案するように]
ンン…伝票は貰ってこなかったなあ。実を言うと何を頼んだのか知らないんだ。ローズに聞いてもらえば分かると思うけど。
[そこで丁度「図書館」と言う言葉が耳に入り]
……図書館に勤めてるの?
[さりげない態で身を少し乗り出した。]
何故って…自分の家の手伝いよ?
全部リックたちに任せておくわけには行かないわ。
だから暫く司書は休業よ。
[ハーヴェイから落ちる雨水で濡れる床に僅かに眉を潜めるけれど、この天候では仕方ないとばかりに肩をすくめただけ]
[ニーナの方に身を乗り出したまま、顔だけをハーヴェイを向ける。]
ローズに頼まれてね。
そういう君はローズの店に来てた人だよね。名前は……ええと…
[琥珀色の瞳が問い掛けるようにハーヴェイの中性的な貌に据えられる。]
ええ…?
……しかたないわね。
[小さく肩をすくめたあと、戸棚から受注伝票のファイルを取り出してめくりながら、視線はそのままに]
そうよ、図書館司書。
それがどうかしたの?
ふーん…。てっきり図書館にいるもんだと思ってたからさ。
[家の手伝い、といわれればそれはそうかと納得。
ニーナの眉が少し動くと同時に『あ』と今更ながら自分が濡れて店を汚していることに気づく]
…掃除していった方がいいかな?
[申し訳なさそうに]
で、俺これ買いに来たんだけど…出しもらえる?
[手近にあったメモ帳とペンを拝借し、さらさらと必要物の名前を書き出していく。食料品から一部雑貨まで。もちろん今度は缶きりも忘れない]
人に名前を聞くときは自分から、てのはヘイヴンだけの礼儀でしょうかね。
[琥珀色の目とは視線を合わせないよう、ぶっきらぼうに答える。
それでも律儀に]
…ドナヒューといいます。ハーヴェイ・ドナヒュー。
お名前、伺ってもよろしいですか?
[嫌味のように、丁寧に聞きかえす]
いいわ、別に少しくらい。
あとでふいておくもの。
[ハーヴェイからリストを受け取り、先にアンゼリカ受注分から商品を揃えてゆく]
別に図書館にすんでる訳じゃないもの。
たまには店にだって出るわ。
ギルバートさん、ですね。
改めてよろしく。
[覗き込まれた顔はわずかに逸らす。自分が二日酔いで酒臭いかもしれないことも知られたくなかった]
大丈夫ですよ。少し経てば直りますから。
[それでも気分的にはまた吐き気がこみ上げてきていたのだが]
[少しだけ眉をはねあげて]
…似合う?
そんなに私は神経質そうに見えるのかしら。
[ギルのほうをちらりと見てから色々オーダーを受けていた商品を集め]
[顔を逸らしたハーヴェイをじっと見詰める。
しかしそれ以上は追求せずに、ニーナに向き直る。
突っかかってくるニーナに少しからかうように唇を歪め、]
何故、図書館に勤めてると「神経質そうに見える」って思うのかなあ?
俺はただ、本が好きそうな、きちんとした女性だなって思っただけさ。
それとも君は「神経質」ていつも言われてるのかい?
悪いね。後で何かお詫びするよ
[ニーナのつっけんどんな言い方はとうに慣れている。
それよりさっきから妙に寒気がする。流石に二日酔いではないだろう]
ごめん、タオルか何か貸してもらえる?
床これ以上ぬらしちゃいけないし。
家に帰ってさっさと風呂に入った方がよさそうだ。
[アンゼリカ名義で注文された商品を揃えると、またちらりとギルバートをみやり]
よく言われるし、そういう気質の同僚も多いわ。
それだけよ。
この回答では不満かしら。
…ずいぶん繊細な体をお持ちなのね。
[ハーヴェイの注文のリストを用意していれば小さく肩をすくめる。
カウンターから椅子を出すとそこに座れと言うように視線を向け]
長旅で疲れてたんだよ。久しぶりに戻ればこんな災害だし。繊細認定してくれるなら労ってほしいね。
[お言葉に甘え、椅子を拝借し]
相変わらず可愛くないな
[苦笑いしながらぼそりと聞こえないように。]
[ギルバートの言葉が不意打ち過ぎて思わずかぁ、と朱を頬にのせ。
しかし次の瞬間にはギルバートを睨んで]
…下らないこといってると、売らないわよ。
[カリキュレーターのボタンを押しながら合間あいまで睨み付け]
――居間――
『……誰かの声がする』
[雨音を背景に聞こえる会話音。僕はうっすらと目を開き、ロッキングチェアの上で膝を抱えていた事に気づいた]
ん……ウェンディ……?
[瞼をこするとタオルケットが床に落ちた。自分で持ってきたのかニーナが掛けてくれたのかも憶えていない。身体はひどく重かった]
[ローズマリーはギルバートを見送ると開店の準備を始める]
そういえば、ハーヴェイさんが缶切りを欲しがっていたんだわね…。
[ローズマリーは引き出しから予備の缶切りを取り出すとキッチンの端に置いた]
可愛くなくて結構よ。
それよりさっさと服脱いで。
叔父さんのでよければ、服の代え出してあげるわ。
[ちらりとハーヴェイを一瞥すればカウンターの奥へと少しだけ消えて、少しもしないうちに大判のバスタオルと洋服を用意して戻ってくるか]
[店の方からは従姉の声]
……ニーナだ。
……誰か、客?
[きぃっとチェアを揺らして床に降り、妙な癖が付いた髪を指先で解きほぐす。ウェンディの眠りは落ち着いているように見えた]
ちょっと離れるよ、ウェンディ。
[睨み付ける視線も柳に風と受け流し、悪戯な笑いは止まらない。琥珀色の瞳が楽しそうに煌めいている。]
下らなくないさ。君が可愛いってのはホントだからなあ。
嘘は言ってない。
売ってくれないと俺はともかくローズが困るな。
[声を立てずに笑ったところで。
店の奥から、昨日出会った金髪の少女と同じ顔立ちの少年が現れた。]
――雑貨屋――
『……服を脱げ?』
[店内にいる人物を認めたと同時に耳に飛び込んできたのはニーナのその台詞で、僕は幾度か目ばたきした。ともかく、お客に会釈する]
やあ、ハーヴェイ、それに……他所の人?
またひどい雨みたいだね。今度は早く去ってくれると良いんだけど。
[軽薄そうだが陽気な青年の口から出た名前に、僕は少し視線を弛めた]
ローズマリーの知り合いなのか、貴方。
ああ、――この伝票ね。
ごめんニーナ、手間掛けたな。あと他には何を出せばいい?
[従姉の横あいから発注書を覗き、アンゼリカからのものと確認。ニーナの指示通りに品物を揃えることにした]
あぁ。俺はギルバート・ブレイク。
ベアリングさんのところに世話になってる。
そいや、昨日君の妹さんが店番してる時に、ここで煙草買ったよ。可愛い妹さんだね。君に良く似てる。
[少年が視線を逸らすのも構わず、ニッコリと微笑んだ。]
お世話になりますね
[ニーナの申し出を大して悪びれもなく受け、タオルと着替えを受け取る。
この場で着替えるのは少し抵抗があったのか、戸惑っているとおくからリックの声が]
あぁ、リック、ご無沙汰。元気?
展開的にはいい感じー。一人でいってもらって正解。
しかーし、自分の絡むチャンスを潰したよねー、わたし。
一度ブランダーの店にいかないと。
[愉快犯とも見えるギルバートの視線に青い瞳は強く歪められる。
微かに小さく言葉を呟き]
…まるで口から生まれたみたいね、貴方。
どうやったらそんなにひらひらと言葉がでてくるのかしら。
リック、トイレ借りていいかな?
[流石に背中の傷を見せるわけにはいかない。
ズボンも濡れていることから隠れて着替える言い訳にはなるだろう。
大学で体を見せれば大体そんな対象として見られていたから、体を見せたくないのは癖でもあった。
ニーナをからかったり、リックへ話しかけるギルバートへ一瞥をくれたが、何もいわず。
目を逸らすリックも、何か彼から妙な雰囲気を感じ取っているのだろうか]
ああ、おかげさまで僕は。
……というか、僕だけは、かな。
[皮肉混じりな自分の表情を意識せざるを得なかった。小さく息を吐きいて続ける]
ウェンディがちょっと昨日、何かに中(あた)っちゃったみたいで。今は居間で寝かせてる。もしかすると、時々休業させて貰うかもしれないな……母さんがあんな事になっちゃった後だしね。
[現れたリックに少し微笑み]
おはようリック、少しお寝坊さんかしら?
もう、あとは会計だけだから…そうね、そこの濡れ鼠君にバスルーム貸してあげて?
[ちらりとハーヴェイを見て示し]
そう。
結構な誉め言葉で何よりじゃない。
[ギルバートを冷ややかに見ながらあきれたようにため息をつく。
しかし彼から琥珀の陽気な瞳の輝きが途絶え、それを上塗りするように満ちていく甘い甘い蜂蜜のような光に微かに唇が震え。
瞬きひとつ、三拍おいて静かに覚めた瞳を向け]
…何かしら、ギルバート。
[青年の指摘に首を傾げた]
似てる?
……そう。最近は違ってきたって言われるようになったんだけどね。やっぱり双子は双子って事かな。
[連想されるのは幼い頃の記憶。妹と服を取り替えて遊んでいた時の、面白がって笑う大人達の声。
そして薄汚い欲求に歪んだ――]
『……取り替えてなくても、同じだった筈だ』
― アトリエ - 翌朝 ―
[昨晩から降り募っていた雨は、目を醒ました時には沛雨となっていた。激しい雨脚に打たれ、森の木々がさざめいている。どうやら簡単に止む気配はなかった。
シャワーを浴びて寝汗を落とした後、ラストレッドのシャツに濃いハンターグリーンのパンツに着替える。]
ロティ。少しばかり出かけようと思うんだが、一緒に来るかい?
[白いマッキントッシュのレインコートを羽織り、ショートレインブーツを履くとシャーロットに声をかけた。
この大雨なので使い古した車の方が気楽だった。父の乗っていた旧式のシボレーに乗り込み、エンジンを*かけた*。]
『……あの時、10年前のあの日、僕がウェンディと服を取り替えていたのは、多分、それで良かったんだ。ううん、あの事自体を良かったなんて言う事はどうやったって出来ないけど。
けど、そうじゃなかったら。僕は単に殴り倒されて、ウェンディだけが襲われて――殺されてただろう。
先に僕が襲われたから――隙が出来たんだ』
『……そうだ。そう考えなくちゃとても、あんな事実(きおく)を抱えたまま、正気でなんかいられない。
あの時の僕は、正しかったんだ――』
[複雑な表情をするリックへかける言葉に少し戸惑うが、ウェンディが臥せっていると聞き、やはり顔を顰める]
それは…お気の毒だったね。
早く治るといいけども。
医者にも早く診せないといけないだろうけどこの雨だと難しいのかな…
[ちらりと外を見ながら。そしてニーナからバスルームの使用許可がでると]
それじゃお言葉に甘えてお借りするよ。
[寒気のほかに頭痛がするような。
風邪を引くほどやわではないはずなのに。
昨日からあるこの妙な言葉にできない不快感と不調はなんなのだろうか。
今は雨に濡れたせいだと自分に言い聞かせ、着替えを済ませようとバスルームへ]
[一瞬のうちに幻のように暖かい眼差しは消えて。
出現するのは、先ほどまでと同じ悪戯な笑い。]
いや。君のとんがらがった唇があんまり可愛いんでね。
もっと見たくなった。
――雑貨屋――
[ニーナへ頷いたまま固まっていた僕は、慌てて顔を上げる]
……ん、あぁ。トイレとバスルーム、隣あってるから。こっちだよ。
[ハーヴェイを案内しようと、彼の腕に手を*伸ばした*]
[ニーナをからかう間にも、リックとハーヴェイの会話も聞いていたようで]
……あの子病気なのか。昨日見た時は元気そうだったのに。
[小さく呟いた。]
[ギルバートの続けた言葉にあからさまに眉を寄せ、無言で請求書をつきつける。
リックには早くハーヴェイをバスルームに連れていけとばかりに視線を向けた]
[不機嫌丸出しの表情で領収書を差し出し、そして別会計でマルボロを。
タバコの箱を僅かに見て静かにため息をついたけれど、それは何かに発展することはなく]
…何で男の人って煙草好きなのかしらね。
[静かな静かな呟き]
――居間――
[ハーヴェイを浴室に案内した後、僕は居間へ戻る事にした。理由はどうあれニーナは苛立っているようだったし、そんな時の彼女にあまり構うのは得策ではない。下手に手を出すと噛みついてくる猫みたいな印象が、普段無口な従姉にはあった]
ん……ウェンディ。
目が醒めた? 気分はどう?
[ソファで小さく寝返りを打つ妹の姿に僕はほっとした。薄く瞼が開かれて榛色の瞳を覗かせ、また閉じる。ウェンディはいつもこうだ。寝起きが悪い。僕は静かに、彼女が横たわるソファへと*近寄った*]
―自宅―
よし、出来上がり。けれどもあれは私らしくなかったな。
[少し強めの雨が降る。ここへ戻って来る前の雑貨店前でのやりとり。
ネリーには揺らめくものが多々あった。それを振り払うか、あるいは逃げんかの如く少しばかり豪勢な料理をボブのために作る。
ジェノバソース基調のグリルチキン、もやし、人参、ローズマリー、パプリカ。]
旦那様は・・・私は・・・
[ボブは抑圧されて生きてきた人だ。私も経験の差は比べるまでもない差だが、抑圧され続けてきた。
だからこそ、私はボブの気概が誰よりも理解しやすい。そんな自負が自分の中にある。]
[ボブも私も境遇は似ているかもしれない。だが決定的に違う部分がある。
ボブはそれは全く望んでいない事。それを払いのけてでも生きていかなければならず、そして火の粉は払ってきた。対して私は抑圧され続けっぱなしだ。
もっとも、かつての主に対して最後の最後で暴発はしたが。]
ウェンディは心配だけど大丈夫、きっとね。
[ウェンディが体調を急に崩した。あの時の目の映り方。胸の動き。
初めて見たものではなかった。取引先の為、遠方へ出かけた時のあの時のノーマンと一緒だ。
私は慌てたが両親からさりげなく聞かされていた事やノーマンが直接私に言ってきた対処法を基にその場はなんとか乗り切った。リックがウェンディに対して施していたものと同じだ。]
あと気になるのは・・・あの人。私に優しくしてくれたあの人だけど、あの人は気になるわ。普通はお金とか何かしらお返し見返りを求めるのが普通だもの。
[ネリーは唇や顎をなぞりながら*考える*]
――昨晩 ルーサー宅前――
[雨垂れの音を聞きながら、いつ帰宅するか判らない相手を待つ時間ほど苦痛に満ちることは無いと、底冷えする寒さに体温を奪われていく様に成す術も無く身を硬くして、わたしは呆れた様に苦笑を漏らした。]
――ふっ…これも道徳に背いた罰というのですか?神よ…。
[だるさだけが急速に増していく身体。冷たさで震える唇は、きっと動いても醜く歪んだだけだろう。
そう、恋焦がれてやっとで再会した相手は、過去の蜜月など当に忘れてしまい、今は愛娘に入れ込む傍から見たら子煩悩な父親という、すっかり毒気が抜け切ってしまった一見模範的に見えるふざけた男に成り下がった彼を、目の当たりにしてしまった馬鹿な女を嘲笑うかのように。]
―アンジェリカ―
ふぁ〜 ひどい雨だ。
[私は裏手に車を停めると、軒先で雨を払い落とす。扉の前にいたローズはclosedの札をちょうどopenにするところだった。]
グッドタイミングだ。
[私は彼女に微笑みかけ、扉の中へ入った。]
なんかないか? 喰えるもん。
ハラペコなんだ。
テイクアウトでいい。二人分な。
[肩からは革紐でつり下げられた革張りした羽子板状の文房具-ホーンブックだ-を揺らし、小脇に本を抱えている。カウンターに本を起き、早速注文を告げる。空腹からかいかにも余裕のないせわしなさだった]
[ヒューバートに気がつき、微笑みかける]
テイクアウト?
これからどこかにでかけるの?
じゃあ、サンドイッチがいいわね。
[手早くトマトをスライスし、レタスをちぎる。クロワッサンにナイフを入れ、トマトとレタス、生ハムを挟む。
これを二つ。
スクランブルエッグを作り、それもクロワッサンに挟む。
サンドイッチを作りながら紅茶を淹れ、ポットの準備をする]
紅茶もいるでしょう?
そうなんだよ。
[カウンターに置いた本を指し示す。ヘイヴンの地理や地誌、郷土史の本が積み重ねられていた。]
長い間かりっぱになってた本を返しに行かないといけないんだ。
いやさ、さっき車を停める前はclosedってかかってたもんだから。ダメもとでなにか作ってもらえないかってちょっと降りたんだ。
[待たせてるの?との問いかけにそう答えた]
[クロワッサンサンドを包み、ポットに紅茶をいれたものと一緒にヒューバートに渡す]
ポットは帰りがけにでも届けてくれればいいわ。
誰とどこにおでかけなのかしら?
[ローズマリーはヒューバートをからかい気味に尋ねた]
サンキューサンキュー♪
エクセレント!
[私はテイクアウトと頼んだことを忘れ、早速サンドイッチにかぶりついていた。一切れを飲み干すように食べるのに2、3秒ほどもかからなかっただろう]
むぐむぐ。
もちろん! 紅茶もくれ。
[ポットは帰りでいい、という彼女の心配りに感謝した]
いつも悪いな。サンキュ
誰と出かけるかって?
絶世の美人とさ。
[そう言って、あははと笑う]
……いや
[一旦言葉を句切り、悪戯っぽい笑みを向けた]
ローズも美人だが、ローズは女神だからな。
[ポットに淹れた分とは別にマグカップになみなみと紅茶を注いでヒューバートに渡した]
いい食べっぷりね。
欠食児童のようだわ。
あら、ありがとう。
褒めても紅茶ぐらいしかでないけれどね。
絶世の美女ってことは、愛娘のシャーロットちゃんとおでかけかしら?
[彼女の名前、ローズマリーの語源はラテン語ros(泡)とmarinus (海)から成り立っている。だから私は、時々彼女をからかってアフロディテと呼んだ。
その女神が男女関係に奔放だった……ということを私が意識して半分からかっていた――ということは口にしないほうが花というものだろう]
まあね。
うん、このサンドイッチすげーうまい。
できたらもう一個追加で頼むよ。
[パンをスライスし始めた彼女に、ふと思い出したように声をかけた。]
そういえば、裏に車留めたらローズの車がなかったぜ。故障でもしたのか?
[バスルームで着替えを終え、リックとニーナに礼と代金を渡すと、そのまま店を出た。
服は流石にサイズが合わなかったけれども濡れたものをそのままにするよりは遙かにまし。
先程よりは随分雨脚も緩んできたようで、このまま帰宅しても大丈夫だろう。
車を出し、自宅へ帰る途中に思い出す]
そういえば…メモ…ローズマリーさんとこ…
[すでに缶きりは入手している。別にあんなメモ程度の用事を済ませる為にあの店へ行くのは非常に気が引けたが、このまま足を遠のかせればあの場に居たことが疑われる。
こんな災害のときに自分から行き先を減らしていくのは賢明ではないはず。
散々悩んだ末、もし居たら挨拶すればいいかと車を返す。
後から気が付いたことだったが、あの雑貨店を出た…というよりも、ギルバートから離れた瞬間にあの寒気や頭痛は消えうせていた]
――昨晩 ルーサー宅前――
[自嘲は、カチカチとスタッカートを刻む歯の重なり合う音に遮られていく。だるさに加え恐ろしいほどの寒気がいよいよ身体を蝕んでいく。高熱の上がるサイン。危機感が滑稽なわたしの全身を素早く覆った。]
嗚呼…このまま深い眠りにつけたなら…。わたしはどんなに幸せな事でしょう…。
でも――主は決して天使の迎えなど寄越してはくれないでしょうけどもね…。
[もし神が死を以て罰とし、罪を償わせる事を考えで居るならば。わたしは当の昔に命を落としていただろう。この町にも、そして彼にも逢う事無く、苦しみを抱えて生きて行く事も無かったのだろう。
そう、6年前のあの日。死ぬつもりで訪れた海岸で援助者に拾われることも、異国の地でもある港町で、彼、ヒューバートにも逢う事もなかった筈なのだから。]
ああ、車?
ギルバートに買い出しを頼んだの。
あ、ヒューバートはギルバートは知らないわね。
弟が泊めてやってくれって、うちを尋ねてきた人なのよ。
[アンゼリカに近づくにつれ、また憂鬱になってきたが仕方ない。
期待したクローズの看板が…かかっていなかった。
あまりにも憂鬱だったしそのまま帰ろうかと思っていると見慣れない車が一台。
ここでこんな車を乗るとしたら思い当たるのは一人だけ]
もしかして…先生、いるのかな。
[さっきの憂鬱な気持が幾分和らぎ、寧ろ嬉しそうな表情さえ浮かべて雨の中ドアを開ける]
ギルバート? へえ……
[知らない男の名前を耳にして、好奇心が疼く。いや、好奇心を掻き立てられたのは、ローズの表情を過ぎ去った一瞬の気配に引きつけられたためだっただろうか。
瞳が悪戯っぽく輝いた。]
おっとローズさん!
もしかして? もしかしてーっ!?
[嬌声を上げたところ、後ろの扉が開いた。よく見知った年下の友人、ハーヴェイだった]
[ドアを開けると案の定、そこにいたのはローズマリー。
昨日の今日、流石に隠し切れず顔は少し引きつったが、同時にカウンターで勢いよくサンドイッチと紅茶を腹に収めるヒューバート。何か子供のように騒いでいる彼を目の当たりにして次はしばし呆然]
あ…と…先生…どうも…
[何となくこういうタイミングで入るのが多いのは何故だろうか]
もしかなんてしないわよ。
[笑みを含んだ口調でヒューバートにかえす]
ギルバートは旅人ですもの。
[ハーヴェイがはいってきたのに気づいて]
あら、ハーヴェイさん。
缶切りを取りに来たのかしら?
それとも、お食事?
[キッチンに置いておいた缶切りを持ち上げ、軽く振って見せた]
────
キ……ル…カ。
……キ…エ……ラ、…タ……。
[ノイズに一瞬だけ明瞭な音が混じった。]
[──が、それも僅かな間のこと。]
[再び、沈黙。]
[この人こんなんだったっけ…と頭をひねるが、芸術家とは得てしてこんなもの。自分の教授だって一歩間違えれば変人だ]
お元気そうで。お出かけですか?
あんまりとっちめすぎてそのスイートハニーがスパイシーボーンにならないように注意して下さいね。
俺は別にそれが誰でも興味ないですけど
[缶切りを振るローズマリーには無表情で必要最低限の応えを]
…いえ、缶切りあったんで…お手数かけました。
飲み物だけ、頂けますか?先生と同じで結構なんで。
──自宅(早朝)──
[まだ朝陽も昇り切らぬ時間。ソフィーは藤の揺り椅子に深く腰掛けた男の柔らかいブラウンの髪を丁寧に梳っていた。]
When you wish upon a star
Make no difference who you are
Anything your heart desires
Will come to you
[簡素な室内には、清潔に整えられたベッドと淡い緑の葉を茂らす小さな観葉植物の乗ったサイドテーブル。
それに男の座る揺り椅子だけがあった。]
[何がどうと言うこともなく、私は廊下を歩いていた筈だ。]
……キ…エ……ラ、…タ……。
ッッ!!
[私は前のめりに倒れてしまった。
こんなの、エレメンタリースクールの頃以来ではないか?]
あら、そうなの?
缶詰のお礼ができないわね。
それじゃ、この紅茶はおごりね。
[ハーヴェイにヒューバートと同じ紅茶を淹れてだした]
えーっ 旅人って、ほんとかよ。
それだけ?
[疑わしげに瞳を覗き込む。]
いやさ、これからは、『Smile A Little Smile For Me』をかけてもマジ怒りされずに済みそうだって思ったのにさ。
[いつか、励まそうとしてかあるいはからかってだったか、そのフライング・マシーンのヒット曲をかけたらローズの瞳の端に光るものがあって、私はその冗談があまりに不謹慎だったことを知ったのだった。
彼女はまだクインジーのことを引きずっているのではないかと思っていたのだ。
それだけに、新しい恋愛に進展があるなら応援したい気持ちだったのだが、彼女にはぐらかされたもので、私はそれ以上追求するのはやめておいた。]
[6年前幾重にも及ぶ偶然によって、わたしは彼、ヒューバートと出逢った。初めて逢った当時はわたしは商売を仕込まれたばかりの花売り娘で、彼は一夜の花を求める客だった。]
[わたしと客の間で行われる行為は、本国を出る前に強要されていた行為と然程変わりは無かった。男達はわたしを罵り跨り、そして欲を吐き出した。そう先の契約でナサニエルが羅列させたその物を、素肌の上で繰り返すばかりだった。違ったのはその行為の前後に金銭が与えられる事。]
[そんな客を自尊心を傷付けられる者と仲間は嫌がって居たが、既に全てを失ったわたしにとって素肌をなぞる脂ぎった男達はどれも同じに思えた。
【肉人形――】
彼らもまた、わたしにとってはそれ以上でもそれ以下でもなかった。要は同じ穴のムジナといった所だろう。]
If your heart is in your dream
No request is too extreme
When you wish upon a star
As dreamers do
[部屋を満たすザァザァという雨音に紛れて、子供をあやすようなゆったりとしたリズムの歌声が、紅も引かぬソフィーの瑞々しい唇から零れ落ちる。]
[誰か暴漢にでもまた襲われるかもしれない。
そうでなければウェンディゴでも現れたのか。激しく息を繰り返し、振り向く――]
はっ、はっ、はっ……
[おそらく私の気のせいなのだろう。
はしたなくも唾液を口元から零していた。何事もなかったのように拭き取る。]
─雑貨店─
[ニーナをからかいながら釣りを受け取り、紙袋3袋ほどに纏められた品物を受け取る。
それらを難なく両腕に抱えて出口に向かう。塞がった手の代わりに肘と脚を使って扉を開けた。]
じゃあお世話様。
[戸口で振り返り、ニーナに向かってウィンクした。]
ヒューバート、別にその曲をかけても、もう怒ったりなんかはしないわよ。
わたしはフリーでいたいの。
結婚なんかもうごめんだわ。
[あきあきした、というような表情をつくってヒューバートに肩をあげてみせる]
[そんな貶し合いの日常の中で、わたしはヒューバートと出逢った。彼は初めて逢った時から他の客とは一線を画していた。
良く言えば純粋、悪く言えば子供染みた彼とのセックスは、実に単調で逆に新鮮だった。型通りの流れでよくわたしの中で果てた。それはそれは素直に。
それでいながら、わたしを買う時は必ずと言っていいほど紳士振るのだ。
「イタリア料理でも食べませんか?」と、まるでデートの誘いでもするかのように――]
[その当時裏切りに裏切りを重ねられ味わい尽くしてきたわたしは、この世の中すべての物を意趣し、また猜疑していたのだが、躰を重ねる度に何故か彼だけには心を開いてもいいような気がして。
許してしまった。何もかも全て――]
そして彼を愛してしまった…。ははっ…この世の中に裏切りは腐るほど溢れていると判っていたのに…ね――
あはははっ…ホント、わたしってお馬鹿さんねぇ。
[苦笑交じりの自嘲はいよいよ持って大きさを増し、わたしはひとり雨の中口嗤う。不謹慎な声を攫うかのように、雨足は強さを増し、容赦なくわたしに降りかかった。]
ああ、そうだ。ハーヴェイ。
例のものができたよ。
手伝ってくれてありがとう。
[私は、ハーヴェイに肩から提げているホーンブックを渡し、見せた。]
[無意識に、カウンターに置いた本をパラパラとめくる。
このあたりの土壌は大体、平坦な古世代の粘土や頁岩、砂岩層から成っていて、その中に石灰岩および石炭の層が挟まれている。
こうして形成された台地は長い間の流水や土石流で開析され、比較的急峻な斜面を形成していた。
こうした開析谷の更新世の地層には、氷河によるアウトウォッシュや氷縞粘土などが堆積しており、地層の断絶、露岩の風化と、粘土岩や頁岩の風化生成物による下方へのクリープは元々地滑りの潜在的要因として存在していた。
――そこへきての暴風雨であり、この雨だった。
私は本を取り上げ、そこに書いてあった内容をかいつまんで話していた。]
今度は被害が出なければいいんだけどな……。
[雨がしきりに窓ガラスを敲く。滲む景色に一瞬目をやって呟いていた。]
[ローズから紅茶を受け取ると小さく一口。
ローズがあんなことをしていても、紅茶は変わらずに自分好みである]
…お言葉に甘えて。ご馳走様。
そういえば先生、この間のホーンブック、どうでした?俺結局完成品見てなかったから完成したのかなと思って。
[手渡されたホーンブック、子供の手に丁度いいあつらえで、その外見も綺麗に出来上がっている]
へぇ…。いい出来ですね。
俺も自分で作ってみようかな、こういうの。
子供の勉強用ってだけじゃなくても色々使えるし。
[大人しくソフィーに髪を弄らせている男は、焦点の合わぬ瞳を部屋に一つだけの小窓に向け、厚い雲に覆われた灰色空をじっと見上げているようであった。]
雨、早くやむといいね。
このまま降り続いたらまた大変な事になるわ。
あまり酷いと、また道が塞がってしまうし……。
[一旦歌を止め、優しい手付きで髪を梳きながら世間話に移る。
男からの返事はないが、ソフィーが気にした様子はない。]
[紅茶を飲むハーヴェイに微笑んで、そのままその微笑みをヒューバートに向ける]
そんな人達は勝手に嘆かせておけばいいのよ。
[窓に向かってつぶやくヒューバートに軽く頷いて]
ええ、そうね。せっかくもとの日常が戻りそうになったと思ったのに…。
…え?
[何かが耳を掠めたが呆然としている間にギルバートは既に扉を押し開けていて]
ま、まって―――
[慌てて店の入り口へ向かうと腕と足で押し開けた扉を開けて]
[振り出した雨は、一向に止みそうも無い。
しかしわたしは既に自力で動ける気力も体力も消耗しきっていた。
頼みの綱だった傘を持つ手も悴み、既に力が入らない]
でもルーサー先生…?
こんな惨めなわたしでも…それでも貴方はわたしを赦して下さいますか…?
迷える羔だと、慈愛に満ちたその手を…差し出してください…ます…か――
[薄れていく意識の中で、ようやく救いを求めるようにわたしは本心を唇へと上げる。
やがて闇を切り裂くヘッドライトは、ゆっくりとわたしの姿を照らし出すだろう。その光の一端を瞳に捉えた所で、意識が遠退く感覚を*味わった*]
──自宅(早朝)──
[髪を整えると櫛を置き、前に回ってシャツのボタンを外す。]
ねぇ、お父さん覚えてる?
明日は私の誕生日なのよ。
後でローズさんのお店に行ってシャンパンを1本貰って来るから、今年も一緒にお祝いしてね。
[本当は昨日買って来るつもりだったんだけど…とは言わず。
ボタンを外し終わると軽く父の手を引き、シャツを脱がせて熱いタオルで上半身を拭いた。]
[ポットと本を抱え走り去っていくヒューバートに挨拶をした後]
あ。
シャーロットのこと聞くの忘れた…。
[ぼんやり暫く見なかった顔馴染みの少女のことを思い出す。さぞ綺麗になっていることだろう。また会う機会はあるだろうから、特に今知る必要はないけれども]
忙しいひとね。
いってらっしゃい、ヒューバート。
ポットはいつでもいいからね。
[軽くヒューバートに手をり、後ろ姿を見送った]
―自宅―
[ネリーはボブと共に食事を楽しんだ。お互いに何か通じるものがあるのだろう。]
そう言えば旦那様、カナヅチは何に使うのでしたでしょうか? 犬小屋か何かの修理でしょうか?
──自宅(早朝)──
[他愛ない話を続けながら、手は休まる事無く動いている。
寝汗を綺麗にふき取った後は、洗いたての、生成りのスタンドカラーシャツに袖を通させ、上から二つ残して釦を嵌める。]
今、朝食を持って来きますね。
少し待ってて、お父さん。
[湯の入った桶と汚れたシャツを持って部屋を出、洗濯籠にシャツを入れるとキッチンに向かった。]
[横目でローズマリーを見るが、出来ればあまり話をしたくないようで。聞かれたことも至極簡潔に]
…一応。昔先生の授業を受けてたことがあって…。
俺も今美術専攻だから…時々帰省した時に挨拶してます。
[抱えた紙袋を揺すり上げて持ち直すと、店の前に停めたビートルに向かって走り出した。
傘は腕にぶら下げたままだ。
たちまちずぶ濡れになる。]
─雑貨店前─
[悪戦苦闘してドアを開け、助手席に袋を纏めて放り込む。ついでとばかりに傘も一緒に床に転がした。
濡れた身体を車内に押し込み、シートに座るとエンジンを掛けた。]
[キッチンのいくつかの引き出しには小さな鍵穴がついていた。
カチリ。
淡いブルーのワンピースのポケットから取り出した鍵を鍵穴に差込むと、小さな音を立てて鍵は開き、中にあった何本かのナイフのうちパン切りナイフを掴んだソフィーは、昨日買ったパンを薄くスライスし、温めたスープと一緒に皿に載せ、再び父の待つ部屋へと戻った。]
お待たせ。
温かいスープとパンよ。食べて。
[スプーンでスープを掬い、父の口元へと運ぶ。
父は素直に口を開け、スープを一口飲み下す。]
さぁ、もう一口。
[一口飲み終わるともうひと匙。
ひな鳥に餌を与える親のごとく、ひと匙ひと匙、口へと運ぶ。]
[隣に車が二台ほど停まっていたのは店の客だろうか。]
ひゃあ。酷い雨だった。
[全身から水を滴らせながら、店内に飛び込んだ。]
[席を立とうとするハーヴェイを訝しげにみやって]
そう?
もっとゆっくりしていってもいいのに。
[店内に飛び込んできたギルバートに気づいて]
あら、おかえりなさい、ギルバート。
酷い雨だったようね。
[いそいそと奥にタオルを取りに走った]
[またずきりと頭痛が走る。家に帰って休んだ方がいい。これはきっと風邪のはず。
ドアを開けようとノブに手を伸ばした瞬間、飛び込んできた琥珀色の影]
───!
[全身を駆け巡ったのは驚きか、怯えかそれとも別のものか。一瞬硬直するも、挨拶もせずすぐに脇を通り抜けようと]
美味しい?
[パンを千切って口元に運ぶと、これもまた素直に食べてくれる。
その間絶えず何かしら語りかけるソフィーの目は、大きな子供の世話を面倒がる様子もなく、優しく父に注がれている。]
ほら、零さないでお父さん。
[男の口元から飲みきれなかったスープが一筋零れる。]
───…。
[それを見たソフィーは目を細め。
黙って父の頬に唇を寄せた。]
[振り向いた所為か、丁度身体で戸口を塞ぐ形となって、ハーヴェイとぶつかりそうになる。]
おっと、失礼。
[紙袋を抱え直して前を見れば、さっき雑貨屋で別れたばかりのハーヴェイという少年。]
──自宅(早朝)──
───……ね。
気をつけないと、着替えたばかりのシャツが汚れてしまうわ。
[父の唇を掠めるようにスープを舐め取ったソフィーは、絞った布巾で跡を拭き、何事もなかったかのように食事を続けた。]
そうか、君が旅人の……
[ローズの言葉を思い出す。]
ああ……私はヒューバート・バンクロフト。
[手を差し出して、握手を求める。]
こんな町へわざわざ来るなんて、物好きだね。ここはなんにもないところだぜ。
[笑って肩を竦めかけ……その眼差しは彼の琥珀色の瞳に吸い寄せられた。]
…………。
[その瞳の色にはまるで、本物の琥珀のように長い時間が凝縮され閉じこめられているような深みがあった。]
―自宅(早朝)―
[雨は一向に衰える気配はない。ボブの屋敷は並大抵のものでは被害を被ることはないが、それでもネリーの気を揉むのには十分だった。]
動物ちゃん達もどこかしら心配そう。
どうしようかしら。外の様子を見に行こうかしら――
ようこそ、ヴァレンタイン・マイケル・スミス、地球へ。
[一瞬囚われかけた深淵から目をそらす。彼の瞳を見ないよう頬のあたりを見つめながら、ジョークで刹那の揺らぎを掻き消す。彼はどこか異世界の住人のように思えた]
……いや、この町以外の人にとっては、この町が火星みたいに見えるだろうな。
なんにしても、歓迎するよ。
生憎手が塞がってるんで…
[そう断ってから、紙袋をカウンターの端に置き、改めて差し出されたヒューバートの手を握る。]
ギルバート・ブレイクです。
いや。セドリック…ベアリングさんの弟さんと友達になったんで、興味を引かれて。
[と、目の前の男が急に口を噤んだのを、訝しげに見詰め、]
……どうかしました?何かヘンですかね?
──自宅 - 玄関(現在)──
それじゃお父さん、ちょっと行って来ます。
暗くならないうちに戻って来るわ。
[玄関先で傘を開きながら、いつもの通り声を掛ける。
向かう先は昨日用事を済ませ損ねたアンゼリカ。
道の端には流れきらない雨水が小さな川を作っていた。]
――居間――
[車のエンジン音が遠ざかっていく。さっきの彼が出て行ったんだな、と思いつつ、目をこすってようやく目覚めたらしい妹を見下ろした]
ちゃんと起きたか、ウェンディ?
「おはよう、リック。ギルバートは行っちゃったのね。呼んだのに、届かなかったのかしら」
『ギルバート?』
[しばらくの間、僕はその単語が何を意味するのか分からなかった。ヘイヴンにそんな名前の奴が居ただろうかと記憶を追いかける。ウェンディが可笑しそうに笑い声を上げた]
え――?
「あら、たった今まで店に居たでしょ? ローズマリーからのお使いで。マールボロを最後に買ってった、ほら」
……あ、あぁ。
いや、タバコの銘柄とか知らないけど。
でも、一体どうして――
「それより、私お腹空いたな。
朝ご飯なに? リック?」
[彼女が話す内容に混乱して僕は思考が纏まらない。やけに朗らかな表情といいテンションの高さといい、明らかに変だった。ウェンディは低血圧で朝食だって食べない事がしょっちゅうなのに]
『ウェンディはさっき起きたばかりのはず。声が聞こえてた? いや、まさか。いくらなんでも、店内の会話が居間にまで筒抜けになるような粗雑な作りじゃない。なぜ……?』
「お兄ちゃん?
そんな事で悩んでるとハゲちゃうよ?
アーヴァインさんみたいに。あはは!」
[再び、彼女は可笑しそうに笑った。その様子がどこか不気味で不自然に感じられ、僕は思わず後じさった]
[ギルバートを避けて車に乗り込み、ぐったりと車のハンドルに頭を押し付ける。収まってきた二日酔いの頭痛がまたぶり返してきたようだ]
はぁ…。頭…痛い…
何なんだよ、これ…。
[やまない雨、見上げるとふと思い出すのは昨日のソフィー。確か医者がいなくて大変だったと言っていたか]
あの人…大丈夫だったかな…
[我ながら尾を引いて人の心配をするのは珍しいが、あの大人しい人にそこまでつっぱねる理由がなかった。
ぐるぐると考えを巡らしている内、疲れが出たのか、車を止めたままにハンドルによりかかり、なんとはなしにうつらうつらと始めた*]
あっ……と。荷物もあるのに、呼び止めて悪かった。
これから行くところがあったんだ。
機会があったら旅の話でも聴かせてくれよ。
[そう言って軽くウインクすると、足早に車の方へと*向かった*]
[去っていくギルバートの車に何かを口にしようと唇が”i”の形に歪む。
けれどそれは言葉にはならずゆるゆると息を吐き出し。
そしてぼんやりとした表情で扉を閉めればふらふらとした足取りのまま電話を手に取る。
しばらくのコール音のあと、電話の向こうから返事があったなら、居住部には届かぬような小さな声で”希う”]
…お願い。
……お願い、助けて、”兄さん”──
[ローズマリーは奥からバスタオルをとってきて、ヒューバートとギルバートが親しげに話しているように見えるのをいぶかった]
あら、ヒューバートとギルバートはお知り合い?
[答えを聞く間もなく、ヒューバートはなにか叫んで外にでていってしまう]
まったく、あわただしい人。
[その口調には親しげな調子がこめられていた]
ギルバート、これで拭いてちょうだいな。
風邪ひくわよ。
……はぁ。
[我知らず溜息が零れる。
雨は嫌いだ。
母を土に還した日も、こんな冷たい雨が降っていたから。]
『「気の毒にねぇ」
「ソフィアさん、顔もわからない状態だったって」
「……が、炎上……て、娘の……だけ…」
「父親は何をしてるんだ?」
「娘一人に……て、どうな……んだい」』
[埋葬の終わった墓を見つめて言葉もなく立ち尽くすソフィーの耳に届いて来た、親戚達の心無い噂話が甦る。]
[空から流れる雨は人の心をも曇らせるのか。
雨にはいろいろな思い入れがある。
怒りのノーマンに髪を掴まれて乱暴されたのも雨だったし、
路頭に迷った時に救ってくれたボブとの出会いもこんなだったか。
シャーロットがどこか退廃的な顔をかつてネリーに向けたのも雨空の時だったか。]
雨…やむといいな…
[ヒューバートの「火星人」の言葉に苦笑し、]
まあ、俺みたいなのは何処に行っても火星人扱いですがね……。
何しろ「良識的な市民」の皆さんにとっちゃ、俺のやることなすことが神経逆撫でするみたいなんで。
――居間――
「やだな、お兄ちゃん。
どうしたの?変だよ?」
いや、……何処でその名前、聞いたんだ?
ギルバートって。
寝てた筈だろ、ウェンディ。
「寝てたけど、聞こえてきたの。夢に見たっていうのかな。よくは分からないけど。リックは感じなかった?」
……何をだよ。
[知らず、僕の表情は固くなる。昨日から何度も甦っていた記憶。あのすぐ後ならいざ知らず、それ以降十年近くも思い出す事なかった事件]
「……“あの時”と同じ雰囲気を、よ」
[そう言って口を閉ざしたウェンディの唇には、まぎれもない笑みが浮かんでいた。三日月のような、肉食獣のような笑みだった]
[ローズマリーに礼を言ってタオルを受け取る。
その目は慌しく去って行ったヒューバートという男をまだ追っていた。]
面白い人だね。ローズの知り合い?
[あの日、とうとう最後まで父は現れなかった。
叔父の助けを借りて何とか葬儀を終えたソフィーが家に帰った時、父は真っ暗な部屋の中で一人膝を抱えて蹲っていた。]
『お父さん……。』
[垂れ込めた雲のように重く陰気な気分に押しつぶされそうになり、ソフィーは振り切るように首を振って残りの道を急いだ。]
「――ところで、お兄ちゃん?」
[唐突にウェンディが口を開いた。何を言い出すのかとその動きを凝視する。妹ではない何者かを見る思いがした]
「行ってあげないの?
呼んでるわよ、助けてって。
――“兄さん”?」
…やっぱりウェンディが気になるわ。
もうかなり時間も経っている事だし、リックもいるし大丈夫でしょう。
でも、すぐ帰ってこなくっちゃ。
[ネリーはボブにその旨を申し出た。ボブはネリーが可愛いからか、ネリーのわがままをあっさり快諾してくれた。
ネリーは髪を整え、雑貨屋を目指しはじめた。]
[ウェンディが見ていたのは店舗の方。あれから客がなければ、ニーナしか居ない筈だった]
……何の事だ?
「聞こえたの。今度は夢じゃなくて肉声。
行ってあげたら?」
何言ってるんだ。
声なんて一言も聞こえなかったけど?
[そう答えた僕に、ウェンディは納得したような残念そうな、微妙な表情を返した。憐憫の色さえ含んだ声が僕の耳に届く]
「……そう。じゃ、私はお店にいるから。兄さんは出てきたら? 配達、あるんでしょ。デボラさんじゃない方に」
ええ、ギルバート、わたしの古くからの知り合いよ。
幼なじみみたいなものかしらね。
本当に、面白い人よ。芸術家だものね。
―自宅・書斎―
[昼に起きる生活洋式に慣れきった男は、いつも通りの時間に目を覚ました。外は大雨であるが故に、今が朝か昼かの区別はつかなかったが、漠然と「いつもの時間」ということを、男は感知した。]
[重い身体を引摺り、いつもどおりブランダー家の雑貨屋から配達された段ボール箱に手を伸ばす。煙草、缶詰、紅茶缶、コーヒー、パスタ、ノート、拘束具、LSD、咳止め薬が2ダース。]
あー………
[咳止め薬の瓶を1本手にし、蓋を開けようとした瞬間、男が背を向けている廊下の方から電話の声がした。]
………ハロー。こちらナサニエル・メラーズ。
[男は、レースとピンクのキルトに包まれた受話器を手にし、電話の向こう側に語りかける。]
―雑貨屋前―
結局戻ってきてしまったわね。ウェンディは元気かしら。
[ネリーはとうとうと歩き、雑貨屋が遙か彼方に目にところまで進んだ。]
[振るえる手でダイヤルを回す。
ややして聞こえてくるナサニエルの声に、僅かに安堵の息がこぼれて、そして受話器でぎりぎりひろえる程度の声量で電話の向こうの相手へと]
…ニーナ、です。
あの…今晩、お伺いして、よろしいですか。
助けて、ほしいんです。
…お願い。
お願い、助けて兄さん──
[泣きそうに震える声は、既に現実と空想の区別があいまいになっていて、縋るように相手へと発される]
――居間→雑貨店――
『……ルーサーは。悪人ではないんだろう。でも、な……』
[むしろ世間一般の基準で言えばむしろ善人に入る部類なんだろう。それでも、僕はどうしても純朴な信頼を向けるような気にはなれないでいた]
『無償の善意と、その価値を信じている人物。どうにも僕とは違いすぎる。もしかしたらその差異は、この“村”の成り立ちそのものにまで遡るのかもしれない……』
[とりとめのない思考で目前の憂鬱を脇にやり、カウンターに置かれていた注文書を手に取った]
今晩……
[手帳をめくり、ざっとスケジュールを確認する。]
オーケー、了解。
俺の家に来たら、いつもどおり呼び鈴を鳴らしてくれ。
……では、また後ほど。
[ニーナの言葉に淡々と応えた男は、用件を済ませ電話を切った。]
──アンゼリカ前──
[ザァァァァ───。
雨は絶え間なく続き、傘を打つ雨音はうるさい程に響く。]
──。
[OPENの札が掲げられた扉の前でソフィーは迷っていた。]
―昨晩 夜道―
[激しく雨がフロントガラスに打ちつけ、視界がやけに狭い。]
……
[聞こえるのは雨音だけ。]
……
[まるで彼の心を映し出すかのような情景]
[急いで来たはいいが、中に入るには矢張り勇気を必要とする。
昨日の今日で、どんな顔をして会えばいいのだろうか。
きっとローズマリーは自分が居た事に気付いている。
いい年をして気にしすぎだとも思うが、晩熟なソフィーにとって情事は秘め事であるべきと考えていたから、こちらに聞かせるかのように声を張り上げていたローズが、自分をからかっていたのではないかと言う妄想まで浮かんで来る始末だった。」
──アンゼリカ横・ヒューバートの車の中──
(ハーヴェイ到着前)
[ローズマリーに食事を頼んで来ると言って、アンゼリカの中へヒューバートが入って行った後、シャーロットは車の中で窓の外の景色を見ていた。]
…なんだか、雨足が強くなって来たみたい。
ママは、大丈夫なのかしら。
雨漏りを見つけて、急遽、修理の人の作業を見届けるまで戻れないなんて。それじゃあ、徹夜だったんじゃないの。
その後、この雨の中、工場から車で帰って来るってなんだか怖いわ。
地面だって、また緩くなってる気がするし。
──あら、車。
…誰だろう。暗くて見えないわ。
んん、よく見えない。
…細いなァ。
もしかして、こっちに戻って来てるハーヴ?
ハーヴのとこの車ってあんなのだっけ。
[声をかける間も無く、ハーヴェイもアンゼリカへと入って行く。扉の隙間から灯りが漏れた。]
[こくりと、電話の向こうの相手にはわからないのに小さく頷き、向こうで受話器が下ろされるのを確認してからこちらも受話器を下ろす。
そこではじめてリックの視線がこちらへと向いていることに気がつき、ひとつ瞬きをすればいつもどおりのニーナのあまり穏やかとはいえそうにない常の顔があり]
…私、これからちょっと出かけてくるから。
遅くなると思うから、先に休んでて?
[従弟妹達には少しだけ見せる柔らかい表情で、雨用の外套を羽織ると傘を手に外へと]
――雑貨屋――
『声……電話? ウェンディはニーナの事を言ってたのか。けど、ニーナの兄さんはもう……』
[伯父伯母の夫妻と一緒に事故で亡くなったのは五年程前だった。ニーナがちょうど、今のウェンディと同じくらいの頃。訃報を聞いて駆けつけた時には彼女は一人ぼっちで泣いていたと思い出す]
…………ニーナ。
―昨晩 自宅前―
[車がルーサーの邸宅にたどり着いたとき、玄関の扉の前に人影が]
あれは……
[雨で前がよく見えず、「それ」が誰か判らない。
車をガレージに停めて、警戒しながらゆっくりと人影のほう近づくと……]
ステラ! ステラじゃないか!!
どうしたんだ、こんなところで。
[彼女の意識を確かめる。]
[男はシャワーを浴び、クローゼットから服を引っ張り出し、身支度を整える。
白いワイシャツ、グレーがかった黒い細身のパンツ。黒いネクタイを絞め、小さな引き出しから銀色の腕時計を取り出して、はめる。服を着込むと男は鏡台に向かい、無香料のヘアワックスを手にして毛先を緩やかに整えた。]
[そして煙草を欲していた身体に、メンソールが強烈ないつもの煙草ではなく、甘いチェリーの香りがするリトルシガーの煙を流し込む。まるで自分の身体に染み込ませるように。]
雨……か。
[曇ったガラスに指先をそっと滑らせ、窓の向こう側の景色を眺めた。]
……はぁ。
[再びの溜息。
ぐるぐると思考が同じ所を回り続ける。
そうしているうちにいつも時間ばかりが過ぎる。
自分の悪い癖だ。]
……こんにちは。
[思い切って扉を開け、傘を閉じながら中へ進んだ。]
[ローズマリーは店の戸口に誰かの気配を感じた]
…誰かいるのかしら…?
[ローズマリーは店の扉を内側からノックしてみた]
[遠退く意識の端で、わたしは男の人の声を聴いたような気がした。
聞き覚えのある声。手を伸ばしたのは無意識だろうか]
あ…せんせ…ぃ…やっと…帰ってきたんです…ね…
――雑貨屋前――
[まだ雨脚の強い中、出て行くニーナを見送ろうと後について店先に出た。突風が雨粒を叩き付けてくる]
ニーナ。
気をつけて。
[それだけ言って後ろ姿を見つめた。店内に戻ろうとして、反対側からやってくる徒歩の姿に気づいた]
[扉をでようとしたところで自分の名前を呼ぶリックの声に少し足を止め]
…何?どうか、した?
[少し首をかしげるも、時折ちらりと扉の外を見やるのは彼女にしては珍しく気がせいているからで]
…ああ。
ハーヴなら会いたいわ。
でも、さすがに私は未成年だもの。
酒場まで追い掛けて入るわけには…。
[ライトが道筋に光ってみえ、丸っこいフォルムの小さな車がもう一台店に近付いて来る。ハーヴェイを見逃したのが悔しかったのか、今度はシャーロットは窓をあけて、雨の中、身を乗り出した。
ライトに浮かび上がる、向かって来るの車の運転席には──、]
……カウボーイ?
[ヘンな帽子、と呟きかけ。
運転席の男、と目が合った気がして、シャーロットはとっさに車内に身を引っ込め、頭を低くした。]
きゃ!
[気をつけて、という言葉に瞳を細め小さくうなずき]
ええ、ありがとう。
鍵は持って出るから、戸締りよろしくね。
[いってきます、と扉を閉める。
小さく息をつくと、傘など邪魔だと、この雨では意味がないばかりに扉の脇に立てかけ、そして雨の中を最初は急ぎ足で、しかししばらくしないうちに駆け出して。
雨で人の姿がないことが幸いというべきか、人通りの普段から少ない道を通ったが人とすれ違うことなくナサニエルの自宅へと到着したころには全身濡れ鼠、それでもかまわず呼び鈴を押して]
[ローズマリーは戸口近くで扉の気配を確かめようとしていた。
扉がひらき、ソフィーが顔をのぞかせる]
あら、ソフィーだったの?
さっさと入ってくればよかったのに。
[と口にしてから、ソフィーに昨日の情事を聞かれていたのかもしれないということに思い当たり、微妙な微笑みをローズマリーは浮かべた]
[扉を開けた所で、内側からノックしようと腕を上げたローズ視線が合い、思わず小さく声を出して驚いた。]
うわっ……あ、………こんにちは、ローズさん。
[心の準備をしていなかったソフィーは、少し上擦った声で答えた。]
―自宅前―
[呼びかけに反応があったことに安心しながら、額へと手を当てる。]
ふむ、少し熱があるね。立てるかい。ほら、こんな所にいちゃダメだ。こんなに濡れてしまって。ひとまず中に入ろう。
[ステラに肩を貸して、立ち上がらせると。扉の鍵を開ける。]
……知らない人だわ。
町の人じゃない。
こんな空が真っ暗になるほどの雨の中。
また、テレビの人…にしては1人よね。
[一瞬、光ってみえたのは琥珀色の瞳。]
……なんだろう。
[車のドアを開閉する音。
しばらく、間を置いて再びそろりと窓の外をのぞくと、アンゼリカの扉に手をかけたギルバートが一瞬、何かを見透かしたように振り返った。]
あれは…
[今日の出掛けの服装は、日焼けする心配もないので白と黒のギンガム模様のノースリーブシャツ。黒のニットのタイトスカート。
あと100マイルと言った所だろうか、雑貨屋から人影が現れ、ネリーとは関係ない方向へ駆けていった。傘模様もなかった。何かのっぴきならない事でも誰かあったのだろうか。
ニーナにも見えるが断定はできなかった。
やがて、ブラウンの色をした八角形の傘が近づき、雑貨屋の屋根に到着した。]
――ルーサー宅前――
[額に冷たい感触。少しだけ身体が楽になった気がした。気休めだろうけども。]
ごめんなさい…わたしっ…いつも先生に…ご迷惑ばかり掛けてる…
[差し出された左肩にしがみ付くように両手を乗せて。わたしは何とか立ち上がると、雨音に紛れて開錠する音を瞳を閉じたまま聞いていた。]
――キンコーン………
[呼び鈴の音が聞こえる。
書斎の鍵を掛け、鍵は鏡台の中へ。
緩慢な動きで、男は玄関まで歩き、扉を開けた。]
ニーナ………
[玄関ですっかり濡れ鼠になった青い髪の少女の様子に、男は目を丸くした。]
どうしたんだい……ニーナ。
そんなに雨に濡れて……!
[そしてもたれ掛るように室内へと足を踏み入れたわたしの身体は、近くにあるソファに座らされる。やわらかい感触に安堵は沸きあがり。]
せんせ…わたし…眠…い――
[遠退く意識に身を委ねたまま、深い眠りへと落ちていった。]
―アンジェリカ裏・シボレー―
[小走りに駈け寄り車のドアを開ける。シャーロットは窓の外のなにかを注視していた。]
ごめんごめん!
ちょっとだけ立ち話してたんだ。
[車のエンジンをかけかけ、シャーロットの視線の先を辿る。]
……ああ。彼はギルバートだよ。
[中であった話を聞かせた]
―自宅 1F 居間―
ほら、これで体を拭きなさい。自分で拭けるかい? 大丈夫? すぐに着替えを持ってくるから、待ってて。
[バスタオルをステラに渡しながら、そう言い残すとルーサーは 2F の一室に向かった。]
確かマリアの寝間着が……
[ルーサーが向かった部屋、そこは彼の死別した妻の部屋だった。もっとも彼女はこの部屋で暮らしたことはない。以前、住んでいた部屋に遺されたものをルーサーがヘイブンに移り住んだときに持ち込んだのだ。
彼は部屋のクロゼットにしまってあった寝間着を掴むと階下に引き返した。]
ステラ、すまない。うちにはこんなものしかないんだが、ないよりはマシだろう。着替えられるかい? 私はあちらでコーヒーを入れてくるから、その間に…… ああ、紅茶のほうがよかったかな。すまない、紅茶は切らしていてね。ミルクを温めようか?
――雑貨屋前――
ネリー!
ずぶ濡れじゃないか、どうして!?
[雨脚が強まったのはネリーがダンソック邸を出た後だったのだろうか。それともあちら側ではまだマシな程度の降りだったのか。いずれにしても、軽装のネリーはずいぶん雨に濡れているように見えた]
[呼び鈴を鳴らしてしばらくすれば、現れた”兄”は目を丸くしていて。
外套なんて着たところで意味はなくブラウスもスカートも全てが雨に濡れていて]
…傘、この雨脚じゃ意味ないと思って…それで。
[すっかり雨を吸って重たくなった外套を脱ぎ落としながら、タオルを貸してほしいとナサニエルに願い出る]
…なんだろう。
さっきの人と目が合った瞬間。
一瞬、心臓がドキッとした…──。
[車内に低く伏せたままで、ぱちぱちと瞬きをして呟く。
カーディガンの襟元を握った手を心臓の音を確かめるように胸に滑らせる。]
…こわいな。
はやく、パパが戻って来たらいいのに。
[それから何分間が経過したのか。
雨に混じり扉が開く音。足音。近くて車の扉が開閉する音が聞こえて来た。]
[反応がないステラを覗き込む]
寝て、しまったか……
弱ったな。しょうがない。
[ルーサーはステラの体についた水滴を拭き取ると、服を脱がせ、寝間着へと着替えさせた。]
――雑貨屋前→中――
まあ、良いや。とりあえず入って。何がどうしたのか知らないけど。
[ニーナが立てかけて行った傘をかざし、店内へとネリーを誘った]
『表情は別に暗くないな。沈んでる様子もないし。ボブと特に何かあった訳でもなさそうだ』
──パパ!
[ヒューバートが帰って来たのだ。
父親がシートに座る前に思わず抱きつく。それから、ギルバートの話を聞いて、目が合ったと思った瞬間にこわくなった自分がはずかしくなった。]
―雑貨屋前―
[ネリーはリックの姿を認めた。先程よりも精神的に余裕のなさが伺える。
いつもよりしなだれているネリーの髪が濡れ具合を物語っていた。]
ど、どうしてもウェンディが心配になって来てしまったの…
ウェンディは?ニーナは?
[今すぐにでも見たい、と焦燥の色が雨で冷たくなった顔からでも見える。]
[ローズマリーはソフィーに言われて彼女が濡れて寒そうにしていることに気づく]
あら、ごめんなさい、タオルを貸してあげるわ。
[彼女の話しを半分聞きながら奥へ走り、バスタオルを一枚ソフィーに渡す]
お店の床がぬれたってどうということはないわよ。
あら、明日がお誕生日なのね。
おめでとう。いくつになるのかしら?
[ソフィーが何歳ぐらいなのだろうかと見当をつけようと不躾に眺めて]
大丈夫?ニーナ。
ほら、上がって。
……いいよ、濡れたまんまで。風邪ひいたらまずいだろ?
[ニーナの身体を右腕で引き寄せ、半ば強引に家の中に招き入れる。]
ニーナ……身体、冷たい……
シャワー浴びておいで。タオル持ってくるから。
[寝息を立てるステラを横目に立ち上がると、ルーサーはキッチンへと向かい、湯を沸かし、コーヒー豆を轢いた。]
それにしても、こんな時間に彼女は独りでどうしたんだろうか……
[彼女の身の回りによくないことが起きているのではないか。そんな胸騒ぎがする。]
これ以上あの子を試みに遭わせないでください……
[ルーサーは沸き立つ湯を見ながら、弱々しくひとりごちた。]
ははは。
ごめん、ごめん
[シャーロットを抱き寄せ、目を細める。頬にやわらかく口づけた。
クロワッサンサンドを彼女に渡し、ポットを開ける。紅茶をカップに注ぐとすすめた。]
[膚を掠める感触。それは性的なものを感じさせない。
まるで親が子に接するような。そんな温かい――]
せんせ…ごめんなさい――
[無意識の内に零れ落ちる謝罪は、ステラ自身の本心から出た言葉だったのだろう。]
…うん。
[小さく頷くと家の中へと。
シャワーは確かに使いたかったけれど]
やっぱり、タオルいらない。
シャワーよりも、兄さんにあっためてほしい。
[それは普段の彼女であれば絶対に言わないような言葉。
ぴたりと、”兄”の背に抱きついて]
…だめ?
[不安そうな小さな声で尋ね]
[小声で礼を言いながらタオルを受け取る。
少し戻って、玄関先で水を滴らせるスカートの裾を軽く絞り、濡れた足と髪を拭いながら、カウンターへと進んだ。]
どうも、ありがとうございます。
今年で25になります。
[言葉少なに歳を告げると、こちらをじっと見つめるローズマリーの視線に気付き、居心地の悪さに俯いた。]
[まだ熱いカップを受けとる。クロワッサンのバターの香りにシャーロットのぐうとなるお腹の音が響いた。]
私もお腹がぺこぺこ。
──先にここで食べていい?
あ、ねえ。隣にとまってる車って、もしかしてじゃあハーヴ?
知らない人が出入りしてた後だから、あっちに人が戻って来た時、確認しにくかったの。
[シャーロットも小さな口を大きく開け、ヒューバートのようにサンドイッチにかじりついた。]
25歳…。
もうそんななのね…。
あら、ごめんなさいね。
シャンパンだったわね。
あの時のとは年が違うけど。それでよければ同じ銘柄のシャンパンがあるわ。
ウェンディは大丈夫……だと、思う。
さっき起きたんだけどね。
[店内を見回しても彼女の姿はなかった]
こっちにはまだ出て来てないな。居間なのかも。
買い物に来たんじゃないなら、しばらくゆっくりしてけば良い。入ってよ。
やっぱりあれはニーナだったのね。じゃ、ウェンディも一安心、なのかな。
[リックってこんな前へ出る子だったっけ?と内心思いつつ、首を下げてリックの心意気を体で受け取る。
リック自身、落ち着いているようにも見え、少しほっとする。]
―シボレー車内―
すっかり待たせちゃったな。
おなかすいただろう?
[クロワッサンサンドを彼女に勧める。食べる為草に口元を綻ばせた。]
昨日、ママはどうしたんだろうね。
[工場の様子を見に行くのだと言って出て行った彼女は遅くに帰ってきたのか、朝はひどく焦燥していて朝食を用意していなかったのだった。
シャーロットの問いかけに、アンゼリカ店内でハーヴと会ったことやそこでした話も語った。]
挨拶するかい?
―朝 自宅―
んっ、ん……
[イスに腰掛けながら、ステラの様子を看ているうちにルーサーは眠ってしまったらしい。]
朝か。ステラは……
[ソファで毛布にくるまって寝ているステラを覗き込む]
ニー………ナ?
[タオルを取りに行こうと歩み出した男の背中に、外気のにおいを帯びた湿気が貼りつく。ニーナの腕が、微かに震えているような気がした。]
俺は……“兄”としてニーナが心配な………
[言い掛けて、首を左右に振る。]
ニーナ。可哀想なニーナ。
……こんなに震えて……
大丈夫。俺がいるよ………
[向き直り、ニーナの身体を強く抱き締める。そして……]
いいよ………おいで。
[ニーナの耳元で小さく囁くと、彼女の手を取り2階の寝室へ誘った。]
[あの日父と母が並んで座っていた席。
そのスツールの縁を指先で撫でながら思う。
この店の事を語る父と母の、楽しそうな笑顔を。]
[微かに拒否するようなそぶりはあったけれど、抱きしめられれば嬉しそうに頬を緩めて]
…嬉しい。ごめんね、兄さん…我侭で。
[少し動作すれば、雨水を吸ったブラウスからもスカートからも雫がまるで足跡のように床を濡らす。
二階へと誘われていく後にも残っていたから、まるでそれは足跡のようだった]
[ソフィーの「父も」という言葉を聞いて、そういえば事故があったのだったかと思い出し]
わかったわ。
シャンパンとお父様のブランデーね。
[ソフィーに頷くと近くのテーブルに座るようにと言い、地下のワイン倉庫に降りて行った]
――朝 ルーサー宅――
[差し込む明るさに誘われるように静かに目を覚ますと、そこは見慣れないような見慣れた場所だった。]
んっ…朝…?にしては…
[思わず起き上がろうとした身体は、まだ熱っぽくだるさを覚える。
と、そこで覗き込んできた先生の瞳とかち合って。わたしは少し恥ずかしそうに無理矢理笑顔を作りながら熱い吐息で挨拶をする。]
おはようございます…せんせ…
[視界に入る程度でウェンディを探したが、目にとめることはできなかった。しかしリックの言っている事は本当なのだろう。ネリーは安心した。]
うん、ウェンディが心配で来ちゃったから、買い物ではないのよ。
──車内──
工場で何かあったのなら、パパや私に話してくれたら良いのに…。
結局、ママは寝てないまま、今日も仕事に出掛けたでしょう。
[母親の話に眉を顰めた後、ヒューバートに首を傾ける。
サンドイッチがなくなるのはとてもはやかった。]
ああ、やっぱりハーヴなのね。
じゃあ、ちょっと声を掛けてみようかな。
[包みをきちんと片付けてから、傘をさして車から地面へ降り立った。カーディガンの下は、淡いグレーのストライプのノースリーブのワンピース姿だ。]
―2階・寝室―
[寝室にニーナを招き入れる。
シンプルで真っ白な部屋に、小さな棚とテーブル、灰皿。小さな窓。それから柔らかなベッド。あまり使われていないその部屋の壁に、2人の影が映った。]
………ニーナ………
[男は“妹”を抱き寄せ、唇を重ねた。]
……ダメだよね、俺。ごめんね。
俺、妹に、こんな………
[ニーナの頬を両手で包み込んだまま、“兄”は首を左右に振った。視界に入るのは、すっかり“妹”の身体に貼りついた服が描くラインと、ところどころ透けて見える肌の色。それから目を逸らすかのように、“兄”は“妹”を再び抱き寄せた。]
[コップを洗ってキッチンから戻り、ステラの熱をみようとしたとき、彼女は目を覚まし、照れたように挨拶をした。]
やあ、おはよう。気分はどうだい?
あいにく、物資は底をついているが、君の食欲があればパンを焼くことくらいならできるよ。
とりあえず、ほら、ミルクだ。熱いから、気をつけて……
あてられている…か。私もこの数日どうも落ち着かない、と言うべきなのか、ね。
どうしたものかしら。
[ネリーはぺろっと下を出してウィンク。]
[ルーサーは、昨夜の彼女の行動の理由を聞きたいと思ったが、彼女が自分から話し出そうとするまでは自分から聞くまいと思った。]
[窓ガラスを叩かれる音で覚醒した。
夢を見ていたようなぼんやりした顔は、叩く主を見極められないか、暫くその人影を眺めていたけれどもそれが見覚えのある人物─シャーロットだと知る]
先生…と…シャロ…?!
[言われた通りに近くの席に腰掛け、三つ編みを解いてバスタオルに水を吸わせる。そうしてからもう一度三つ編みを結い直す。]
『ああ、もっと、きて、ギルバート』
[静かになった店内に、ローズマリーの声が甦る。]
『欲しい、ギルバート、ちょうだい、あなたの、これを!』
[頭を振って振り切ろうとするが、声は張り付いたようにソフィーの耳元でリピートし、ソフィーの頬は知らずほんのりと赤く染まって行く。]
たしか、これだったはず。アラン・ロベール。
7年前の記憶は定かではないけれど、たしかにこのラベルだったはずだわ。
[ローズマリーはシャンパンの瓶を布でさっと拭くと慎重に階段をあがっていく]
あとは、お父様のブランデーね。
[シャンパンをカウンターに置き、飾り棚の酒瓶を順繰りにながめ、やっと探し出した]
レミーのVSOPこれね。
[二つの瓶を抱えるとソフィーのいるテーブルに持っていった]
ハーヴ、大丈夫かい?
寝不足なら、途中で居眠り運転しないようにね。
路面が荒れてるし、あぶないぜ。
[シャーロットの後ろから話しかける]
[ウェンディにみた症状、初めて見るものではなかった。外出先のノーマンでも一度あった。
それを彼ら――このシンメトリックな子達は知っているのか。ただ、その時はウェンディほどの症状ではなかった。
彼は『外気に触れすぎた』とひとりごちていた。ヘイヴン――ヘイヴニアンのみが持つものなのか。]
−ナサニエル宅・2F/寝室−
[唇にあたたかく触れる柔らかさにうっすらと陶然とした表情を浮かべて]
謝らないで…私、兄さんが好きよ。大好きなの。
兄さんだけのものになりたいの。
…だから。
[再び抱き寄せられれば冷たい指先を"兄"の頬に寄せて、自分から唇を重ねて、そして至近距離で微かに呟く]
…抱いて。
ん…わるくは…ないかな?
[わたしは無理にブランケットから這い出し、差し出されたミルクカップを受け取り]
ありがとう。
[子供のような笑顔を浮かべた。目も息も全てがまだ熱っぽい。だからだろうか。つい、先生に甘えたくなって――]
あのね…せんせ…わたしの懺悔…聞いてくれますか?
[ホットミルクをゆっくりと啜りながら、わたしは伺うように先生の瞳を見上げるように見つめた。]
[かがんだ拍子にはらりと流れた髪を、片手で軽く抑えて頬笑みながら。]
──おひさしぶりね、ハーヴ。
やだ、こんな場所で眠いの?
[シャーロットの言葉とほぼ同時にヒューバートが同じ内容を言う。シャーロットはくすくす笑いながら、]
居眠り運転よりは、先に寝ちゃう方がずっといいけど。
ねえ、こんな時だけど、そろそろ帰省してるなら家に来てくれるかなあって、楽しみにしてたのよ。
ハーヴが見たがってた画集も届いてるんだから。
[仮にも自分が師事した人物と、親しい少女を雨の中立たせたままにするのは礼に反するだろうが、寝起きの頭ではどうしていいかすぐには考えられないがそれでも窓を開け、顔を覗かせ応える]
すみません、こんな所を…。
今後ろのドア開けますから、座って下さい。
[慌てた様子で、せめて二人が雨に濡れない提案を]
懺悔、かい。そいつは重たい言葉だね。
ああ、でも私でよければ話を聞かせておくれ……
[ルーサーはソファの前に置いたイスに腰掛けると、ステラをまっすぐに見つめた。]
[表情を曇らせ思い悩む“兄”の頬に冷たい指先が触れる。唇を動かし、何かを告げようとした瞬間、“妹”の冷たくて温かい唇が重なった。]
あ……………ああ
[“妹”の言葉を聞き、“兄”は唇をぎゅっと噛み締めた。次の瞬間、“兄”の手は“妹”の身体を拘束する服へと伸びる。]
[ローズマリーの奔放な性格は噂に聞いて知っていたが、今まであんな事は一度もなかったし、実際に話をしている時の彼女はごく常識的な、明るく気持ちのいい女性だった。]
『何故急に……あんな……。』
[だから、ローズの昨夜の、非常識とも取れる行動が疑問だった。一体何故──と、そこまで考えた所で、戻って来たローズの足音に気付いて弾かれたように顔を上げた。]
あの──、
[ギルバートさんと言うのは、どなたですか?]
………あ、いえ。
[思わず、記憶の中の名を問おうとして、慌てて口を噤む。
何を馬鹿な事を聞こうとしているのか。]
あぁ、それです。
一年に一度しか来れないのに、ちゃんと綺麗に拭いてある。
ありがとう、ございます……。
[差し出された2本のボトルを見れば、嬉しそうに目を細めた。]
[ネリーはリックととりとめのない話を交わす。
初めて会ったのは5年ぐらい前だろうか。ネリーが今の双子の兄妹と同じ年齢の頃だ。ノーマンに連れられていた故、この雑貨屋にいる期間は少なかったが、彼らの事はよく知っていた。髪型もきっちり揃えてお互いのフリをしても、一目で見破るぐらいの自信はある。]
[こんなに濡れてるんだから車できたのではないわよね
ローズマリーはミルクパンにカップ1杯分のミルクを注ぎ、シナモンの枝を放り込んだ。
あたたまったところでシナモンをとりだし、カップに注ぎ、ブランデーを数滴たらした]
これ、飲むといいわ。
身体があたたまるわよ。
[あまり他人と目を合わせない自分だったが、シャロやヒューバートに対しては酷く優しい顔を向け]
久しぶりだね、シャロ。
少し見ないうちに随分綺麗になったじゃないか。
そろそろ素敵な彼氏でも見つけたかい?
早く挨拶に行こうと思っていたんだけど…なかなかね。
あの災害の後だし、いきなりお邪魔しても迷惑かなって。
[ヒューバートへ向き直り]
シャーロットさんもお元気そうでよかったです。
先生にはまたお伺いしたいこともありますし、近いうちお邪魔させて頂きますよ。
是非例の画集も見せてもらいたいですしね
―ハーヴェイの自動車脇―
[後ろで傘を差し掛けている私のすぐ目の前には光によって時に青みを帯び神秘的に輝く黒髪。そこからのぞく白い耳は息のかかるほどの近さにある。
神秘的で流麗な曲線を描きながら、細やかな肌はうねりとなって迷宮を形作っていた。ずっと見ていると、その螺旋の中に心が彷徨ったまま出てこられないのではないかと思われるほどだった。
シャーロットはほつれた髪を元に戻そうと手を擡げ、その指先が――]
ん?
ああ……
[気がつくと、ハーヴェイは私になにかを言っていたようだった。私は生返事していたことに気づき、赤面しながら咳払いとともに誤魔化した]
[重たい言葉。その言葉にわたしの胸が痛む。
もしかしたら懺悔にも満たないかも知れない。でもどうしても先生の前では、嘘偽り無い私で居たかった。
シスターであった過去も、娼婦であった過去も全て曝け出したいと]
昨日、またわたしは…神に叛く行為を行ってしまいました。一度は主に全てを捧げた見であるのにもかかわらず…。この身を汚してしまいました。同性愛という禁忌と、子孫繁栄に関係の無い快楽に溺れて…。
そして…教師であるにも拘らず、自分の欲望の為に生徒に…嫉妬してしまいました。
一瞬でしたけど…わたしは彼女にどす黒い感情を抱いてしまいました。
ねぇ、せんせ…。
本当に神様が居るのなら…何故わたし達はこんなにも欲深く何かを求めてしまうの?
自分自身を戒める為にこうして――
[わたしは床にカップを置き、するりと寝間着のボタンを外し――]
背中に大罪を背負って生きているのに…何故――?
償えないわたしは…やっぱり神にとっては罪な羔なのでしょうか?
[背中に描かれた七つの大罪の内の二つ、色欲と傲慢の入墨を先生に晒した。]
やれやれ、よしてくれよ。
彼氏だって?
[笑いかけていた私だったが、シャーロットを見て、ハーヴェイに視線を送り……次第に心穏やかでない気持ちになっていた。]
おいおい、まさかね。
ハーヴ、なにか知ってるのかい?
それとも、君がそうだって言ったりしないよな。
…ごめんね、こんな妹で。
[微かにためらうような様子に申し訳なさそうな視線は"兄"から緩くはずされた。
頬に添えた手をそのまま滑らせ、"兄"の首筋へと腕を絡ませながらブラウスのボタンが一つ一つはずされていくのを少し頬を染めながら、けれどその青い瞳はもどかしげに眺めて]
先生?
[訝しげに恩師を見上げる。何を聞かれているのか良く分からないが]
俺とシャーロットが何か?
彼女とはいい友達ですよ。
[あっさりと裏のない態で返事を返す。事実、彼にとっては妹のような存在であったのだから]
[気づかわしげにソフィーの顔を覗き込み]
少しあたたまったら早めに帰って休んだ方がいいわね。
そのまえに暖かいシャワーかしら。
あなたが倒れてしまったら大変なことになるでしょう。
気をつけてね、ソフィー。
[ハーヴェイに「いつでも来てくれ」と笑いかけ、つけ加えた。]
でも、ハーヴ。娘とつきあうようになったんなら言ってくれよ。
それと、身長を測らせてくれ。
棺桶の注文を出すのに必要なんだ。
[そう言って、笑った。]
──ボーイフレンド。
やだ、からかわないでハーヴったら。
[指先を軽くみずからの口唇にあてる。]
ヘイヴンでそんな人居るわけ無いわ。男の子って言ったら、リックか時々帰って来るあなたくらいなのに……。
リックも随分背が伸びたけど。…ん。
[雨が心無しか強くなって来たようだ。]
…あ、だめよ。後部座席が濡れちゃうわ。
近いうちに本当に遊びに来てね。
[今からでもいいのよ、と少し笑って。]
私達、図書館に寄ってから雑貨屋へ行くの。
ねえ、パパ。新しい彫刻の材料を取りに行くのよね…?
[ヒューバートを振り返る。
仄赤い父の顔に不思議そうにまばたき。ハーヴェイの「いい友達ですよ」と言う言葉が背中に聞こえ、わずかに一瞬だけ、翳りをおびた笑みをみせる。すぐに表情を変えて、ヒューバートの腕をぽんと叩いた。]
──パパの考え過ぎです。
[頬笑。]
俺も先生みたいな髭生やすまで生きていたいですからね。少なくとも自分の寿命縮めるようなことはしませんよ。
俺まだ成長するつもりなんで測っても使い物にならないかもしれませんけどね。
なんだったらヘイヴンで一番大きな男性の身長で作るといいですよ。
どんな慎重の人にも対応できますから?
[つられて笑うが、ヒューバートの言葉が本気なのか冗談なのか、いまいち掴めない]
[心配してこちらを覗き込んだローズを見つめ返し]
『綺麗なひと──。』
[細い眉にくっきりとした目元。艶やかな唇。
ぼんやりとローズの顔の造詣を視線でなぞる。]
『こういうひとなら、人前で堂々とあんな事も──。』
[まただ。
ふるりとゆるやかに頭を振って、カップを置いた。]
[ルーサーはそっとステラの背中に毛布を掛けた]
服を着なさい。体を冷やして風邪をこじらせたら大変だ……
[ルーサーは静かに思案気に言葉を継いだ……]
ううん………
謝らないで、ニーナ……
俺の方こそ………
[首に回された“妹”の手を振りほどかぬよう慎重に、“兄”は首を左右に振った。]
ニーナ……
[仄かにいろづいた“妹”の身体から服をそっと剥がす。下着姿となった“妹”の肉体を、“兄”は眩しそうに見つめた。]
………………っ!
[“妹”の身体を強く抱き締め、“兄”は“妹”の身体をベッドへと導いた。]
あはは。いや、それならいいんだ。
[ハーヴの言葉になにげないように笑う。内心を去来したのは間違いなく安堵だったはずだが、私はその感情から目を背けた]
考えすぎかい?
[と、シャーロットの言葉に]
雰囲気出てたんだけどな……
[そう言ってウインクした。
もし、実は恋人なのだと聞かされていたなら、そんな余裕を見せるどころではなかっただろうが。]
[濡れた服が少しづつ剥がされてゆけば当然濡れた体は空気に触れることで冷えて。
それゆえに逆に"兄"の体温がまざまざと感じられて、それだけで肌は花弁のような色に染まる]
…兄さん、寒い。
[導かれた寝台の上、その温度を少しでも早く強く感じたいとばかりに請う。
青い瞳にはとろりとした艶が滲むだろうか]
ひどいな、髭生やすまでって……
[ハーヴェイの言葉に苦笑する。]
私はまだそんなに年くってないぜ。
[そう言いながら、口元に生やした髭を撫でた。髭は剃るべきなんだろうかと思いながら。]
まだ成長するつもりっていうのは頼もしい。
じゃあ、今度一緒にジムにでも行こう。
[シャロの顔に一瞬翳りが差したのは見えたか見えなかったか。ボーイフレンドの話などして気にさわったのだろうか。心中、申し訳ないとわびながら]
図書館?そういえば…
先生さっきホーンブック忘れてましたよね?
[助手席から先程のホーンブックを取り出すと]
これどうします?
先生が持っていかれてもいいですし俺でもいいですし。
それにどうでもいいですけど折角の力作なんですから忘れないで下さいよね。
それこそ棺桶行きですよ?
[背中に掛けられる毛布の感触が背筋を走り落ちる。]
はい…せんせ…。
でもね、時々思うの…。先生みたいな聖職者の人に触れられたら…傷を付けられたら…。
もしかしたら…わたしの罪は少しは軽減されるのかなって――
それはわたしの思い込みだけかもしれないけど…。
[促されるままわたしは再び寝間着を羽織る。
こうして時々彼に入墨を見せることによって、心なしかわたしは救われるような気がしてならない。
でも――]
これはさすがに先生にも…見せられないの…
[そっと呟いてわたしは包帯の巻かれた左腕を一度だけ抱きしめた。そして唇を当ててそっと願いを呟く。]
嗚呼…お願いだから目覚めないで…。
いい子だから――
[身形を整えたわたしは、再びカップを持ちミルクで唇を濡らした。
扱った白い液体は、もうすでに人肌まで温くなっていた。]
──ご馳走様でした。
[礼を言って立ち上がるが足元が覚束ない。]
これはおいくらでしたっけ……。
[尋ね、必要な分の紙幣をテーブルに置く。
父のブランデーの分は、実はもう既に一本分のお金を去年のうちに支払ってしまっていた。お店に置いてもらっているのは、母が生きていた頃の思い出の場所を、そのままにしておきたいが為。]
ああ! すまない。
まあ、ハーヴが預かってくれててもいいんだが……
ちょうど図書館に行くところだし、持って行くことにするよ。
[そう言って、彼からホーンブックを受け取って礼を言った。シャーロットの言葉に頷いて彼女を車の方に促す。]
じゃあ、ハーヴ。また。
[シャーロットが言うように、雑貨店には取り置きされている私宛の荷物が待っていた]
[ローズマリーはソフィーからお金を受け取ってカウンターに戻り、釣り銭と紅茶の缶を一缶持ってきた]
はい、お釣り。
こっちはわたしからのバースディプレゼントよ。
こんなものでごめんなさい。
このあと、どこかに行くつもり?
お客さんもいないことだし、車で送るわ。
もう一度雨にうたれない方がいいと思うのよ。
[ローズマリーに大丈夫かと尋ねられれば]
平気──です、…多分。
[心許ない返事。
胸の辺りがむかむかする。]
『いけない──…。帰らないと…。』
[本格的に体調を崩した事に気付き、父の顔を思い出す。
迂闊だった。
自分が倒れたら誰が彼に食事をさせるのか。]
う……ん
[深い海の底に、鮮やかな色が浮かぶような――“妹”の瞳の色が揺らぐ様に、“兄”の視線は釘付けになる。]
ニ…ナ……
[呟くように“妹”の名を呼び、“兄”は己の身体を包む服をそっと脱いだ。胸には、心臓にも似た脈うつハート型のタトゥー。左腕には薔薇の花びら。]
ああ………!
[自分と“妹”の身体を柔らかな毛布で包み込み、“妹”を抱き締めて温もりを貪った。]
[髭と言う言葉にも、くすくすと笑い転げる。
一瞬、翳った表情は嘘だったかのように。]
──大きくなるなら、髭よりも、ハーヴはもうちょっと太ると良いのよ。パパとジムも良いけど、あんまりマッチョにならないでね。
ローズさんのお店のご飯も美味しかったけど、うちで食べたらタダなんだから遠慮しちゃダメ、とも付け加える。
[ミルクを飲む、ステラに穏やかに語りかける]
ステラ、いいかい、キミだけじゃない。我々は生まれながら罪の奴隷だ。
人間の考えること、欲すること、企てることは、時として下劣で、よこしまで、不法で、汚れている。誰もが完璧ではないからね。
それでも神は我々を愛し、許し、生かしてくださる。だから、キミが自身の罪を知り、それを悔い改めようとする限り、救いへの道はいつでも開かれている。
私が聖職者だって? よく見てごらん、ただの弱く、愚かな罪人さ。キミを傷つけるなんてバカなことを言っちゃいけない……
えぇ、雨ですからお気をつけて。
またお伺いしますんで。
[車の中から二人を見送り、ため息を一つ]
冗談じゃない…まだ先生に殺されたくないですよ。
[少し頬に赤みが差していたのは気のせいか。
それでも本当にシャロは綺麗になったと思う。
それだけは素直に思ったのだが。
少しこぼれた苦笑はいつもとは違うものだった]
…にぃ、さん。
[暖かな肌と毛布の柔らかさとにほっとしたように瞳を細めたけれど、それだけでは嫌とばかり似、腕を絡めたままをよいことに唇から首筋、鎖骨のくぼみへと口付け、柔らかい舌を這わせて]
[起き去りにされた紅茶の缶を手にとり、戸口のソフィーを追いかけ]
ぜんぜん大丈夫には見えないわ。
無理しちゃ駄目よ、ソフィー。
もし、よければ、もう少しキミのことを聞かせてくれないか。ステラ。
キミは、神に身を捧げた、と言ったね。キミは、信仰を持つ身だったのかい?
[追い掛けて来るローズの声が遠い。
歪む視界を振り切るように店を出て数歩行った所で]
お父さ──…。
[闇へと吸い込まれるように*ソフィーの意識はそこで途切れた。*]
本当に?
本当にせんせいは…そう思いますか?
人は…生まれながらに罪深い生き物なのですか?
その罪深い人間すら主は無償の愛を注いでくださるのですか?
だったら何故――…
わたしは神父様たちの手で忌み者として扱われなければ…ならなかったのでしょう?
あの日、主の許で穢されたわたしは、それ以降淫楽に溺れる事を夢見て仕方がありません。その度にわたしは苦しまなければならないのです。
罪を思い知らされる度にまた、新たな罪を犯してしまう…。
そんなわたしに、一体いつ救いの道は開かれるのでしょう?
[わたしは飲み干したカップを手に乗せたまま、静かにでも揺るがない強さで先生に問い掛けた。]
せんせいは…少なくてもわたしから見たら聖職者ですよ…?愚かな罪人ではない…。
だからそんなことは言わないで?せんせいがご自身を卑下するたびに、わたしはまるで奈落の底に落とされたような気分になる…
ん……っ、
[不意に舌で首筋をなぞられ、“兄”の目はふっと細くなる。]
ニナ。……今日は大胆だね。
どうしたの?
[鎖骨に舌が触れ、一瞬だけ目を閉じる。再び目を開けて“妹”の髪を撫でると、]
………可愛い。ニナ。
[唇の緊張がふと緩む。髪を撫でていた手がそっと降り、頬から首筋、鎖骨を横になぞり、胸の谷間へと降りる。]
ニナ………ねぇ、声を……聴かせて。
甘い、甘い、ニナの声を。
[そのまま手を横に動かし、“妹”の胸を手で包んだ。]
──シボレー・車内──
[ハーヴェイの車が背後に遠ざかって行く。雨が窓を覆う。
車の中は、心地良く慣れ親しんだ二人の密室だ。
図書館のある町の中心部へ向かって行く車の中で、窓の外へ視線を投げかける。]
…もう、パパ。
はずかしい事言っちゃ嫌よ……。
[呟いたのは心の中でだけ。]
―車内・路上:図書館→―
[図書館で借りていた本を返し、資料用に制作したホーンブックを託した。
車に乗り込むと、今度は雑貨屋へと向かう。]
どうせドライブするなら、晴れた日にどこかへ遊びに行ければいいね。
[そう言って微笑んだが、気持ちはどこか憂鬱だった。
少しでも気持ちが高揚するよう、なにか楽しい音楽がかからないかとカーラジオのスイッチを入れた。
狭い町のことだ。雑談という雑談をするほどの間もなく、雑貨屋についていた]
[わたしは込上げてくる思いを制御出来ず、吐き出すかのように言葉を紡ぎ――]
えぇ、わたしは6年前まで…本国でシスターとして主と共に暮らし、主に純潔を捧げていました。
―雑貨店―
[シャーロットの心の中の呟きは知るよしもなかったが、車を降りる頃には私の表情も常とはさして変わってはいなかったことだろう。]
開いてるかな。
[雑貨店の扉を開いた]
[ステラが辛そうに言葉を吐き出すたび、ルーサーの胸は締め付けられた。無力感が彼を苛む。]
[ルーサーはうまく言葉を継げない。涙が、彼の頬を伝う。]
大丈夫、大丈夫、大丈夫だから……
[彼はまるで自分に言い聞かせるように呟きながら、彼女の告白に耳を傾けた。]
[ソフィーが倒れる数分前。シャロとヒューバートを見送った後、自分も戻ろうとエンジンをかける。先程の頬の赤みは綺麗に消えていた]
雨、結局止むのかな。
また災害なんてことにはならないでほしいけど…
[恩師とその愛娘に会えたことは嬉しかったが、この雨だけがどうしても憂鬱だった。何かの前触れのようで。
体の不調も風邪だと信じられるのが今のうちだけな気がした*]
[雨の所為か、ラジオの音に雑音がわずかに混じる。]
──そうね、パパ。
この前の暴風雨で町の人はみんな雨が嫌いになってしまったかも。
今度出掛けるなら、晴れた日に馬に乗りに行きたいな。
…その時は、私がお弁当を作るわ。
大丈夫、ケーキだけがおかずなんて事は無いから。
[不吉な予兆の様なものは、シャーロットの胸にもわだかまっていたようだ。雑貨屋についたので車を降りる。差し出された傘に自然にエスコートされるように。]
──車→雑貨屋──
…いつも、兄さんがしてくれることを、真似しただけ。
早く、あったまりたいの。
…嫌、だった?
[少し不安そうな瞳で"兄"を見上げる。
神を撫でる手のひらも肌に触れる指も、全てが兄のものではないとわかっていてもそれでも焦がれずにはいられなくて]
…ん、ぁ
[手のひらの中に胸が包まれれば、微かに鼻にかかったような高めの声がこぼれるだろうか]
どうして…?
どうしてせんせいが泣くの?
わたし…行けないことでも言ったの…?
[静かに頬を伝う涙。穢れないその雫はきっと聖水のようだとわたしは思った。
そんな彼の頬に触れてもいいかと戸惑いながらも、思わず右指を伸ばしてしまう。拒まれてもいい。でも何かして差し上げたかった。]
泣かないで…せんせ…なかないで…――
[まるで涙の枯れた私の代わりに泣いてくれているように思えた。ううん、そう思いたかった。]
―雑貨店前―
乗馬もいいね。ロティが弁当を作ってくれるなんて、楽しみだ。
[不吉な予感も未来への憂鬱も娘の言葉にわずかに遠のいていた。]
リック。いるかい?
[店の中を覗き込むと、奥へと声をかけた]
[車が走り出した途端、後ろからかすかに聞こえた悲鳴。窓を開けていなければ気が付かなかっただろう。
後ろを見てみれば倒れた金髪の女性と駆け寄るローズマリー]
あれ?…ソフィーさん?
倒れてる…のか?
[ローズの表情が尋常ではない。戻った方がよさそうか、でも確かあそこにはギルバートがいたはず。
戸惑いながらも結局車をアンゼリカへ戻す]
ローズマリーさん、どうしました?
ソフィーさん?なんで倒れて…
とりあえず店の中に。
[ソフィーを背負い、アンゼリカの中へ運ぼうとする]
──雑貨屋・店内──
[ヒューバートと共に慣れた様子で店内に足を踏み入れる。
店頭にリックの姿は見えない。]
この雨だものね。
お客さんなんて来そうに無いから奥に居るのかな?
[首を傾けると、聞き慣れたリックの声ともう一人女性の声が聞こえた。]
この声は、…まさかネリー?
[自分が進んだ後ろから自動車の音が聞こえた。その自動車が止まったように感じてから、聞いたことのある声がひとつふたつ。]
ヒューバート…それにシャーロット…?
[ハーヴェイが駆け寄ってくるのに気がついて]
ああ、ハーヴェイさん、ソフィーが、ソフィーが…。
[ローズマリーはいくらか動転し、うまく状況が説明できない]
俺の……真似?
[“妹”の言葉を聴き、“兄”は戸惑うように小さく笑った。
ふわりとした感触、細く掠れた“妹”の声。“兄”は目を細めて、何度も、何度も、“妹”の甘く切ない声を引き出そうと身体をなぞる。]
ニナ……
俺、ニナの肌、好き……。声も、瞳も、全部……。
[“妹”の白い肌の上に唇を押し当て、左腕に色づいた花びらと同じ紅色を刻む。ひとつ、ふたつ、みっつ………]
ニナ……ニナ……誰にも渡さない。俺だけのものになって。俺だけの……
ニナ……
[“妹”の身体の上で、“兄”の肌が湿った摩擦を起こす。“妹”の太股に膨張した“兄”の熱いぬくもりが乗ると、小さく深い溜め息をついた。]
[片手をさらに下ろし、“兄”は“妹”の下腹部へと、指を――…]
[店内にソフィーを運び込もうとするハーヴェイのためにドアを大きく開け、隅のソファーの上をあける]
ハーヴェイさん、ありがとう。助かったわ。
ソフィーさんはここに寝かせて…。
ああ、びしょ濡れだわ…。
[バンクロフト家の父娘。会うのはいつ以来だろうか。
挨拶を交わす程度ではあるが、4〜5年ぐらい前から知ってはいる。芸術に聡いヒューバート。そして美しく成長しつつあるシャーロット。
ネリーは一瞬シャーロットに見とれた。ジェラシーを感じる程、美人になっているかもしれない。
そしてその感情を必死に隠す。]
ヒューバートさんこんにちは。シャーロットも…どうしたのですか?
[ネリーは父娘に明るい*笑顔を向けた*]
[ステラが涙を拭おうとした手に気づき]
ああ、ありがとう。みっともないところを見せたね。昔から、泣き虫なんだ。
[ルーサーは冗談めかして静かに笑った。そして、ステラを見つめなおして真剣な表情で続けた。]
そして許して欲しい。キミの苦しみに報いる言葉を私は知らない…… キミの心に平穏が与えることは私には出来ない…… それは主にのみ成しうる御業で、そのときが「いつ」訪れるのか、私に時を告げることは出来ない。
そうなんだ。先ほどキミは私のことを「聖職者」と言っただろう? しかし、何が出来るわけではないんだ。出来ることと言えば、ただただ、馬鹿みたいに神を信じ、祈ることだけなんだよ。
そして、キミは私のことを愚かな罪人ではないとか、卑下していると言ったね…… 私はそんな上等な人間ではないんだよ……
[ルーサーは憂鬱そうな表情で何かを語りだそうかと逡巡している。]
よいしょ…っと
[ソフィーを下ろし、寝かせる。何があったのかは分からないが状況だけでもとローズマリーから聞き出す]
ソフィーさん、熱あるみたいだし…風邪ですかね?
とりあえず、毛布と乾いた衣類とタオルと氷水用意してもらった方がいいかもしれないです。
濡れた服も取り替えないと。
[ローズマリーは濡れたソフィー身体をタオルでよく拭いて]
ハーヴェイさん、申し訳ないんだけど、もう一度ソフィーを運んでくれないかしら?
二階のわたしの部屋まで。
ここに寝かせておくわけにはいかないもの。
階段を登るのは大変だと思うのだけれど、お願いできるかしら?
分かりました。途中でコケたら面倒見て下さいね。
あと運んだあと、服の換えとかはどうかお願いします。
それは流石にできないですからね。
[もう一度ソフィーを背負う。背中から感じる体温は熱く、高熱を出していると想像させる。
小柄なソフィーを運ぶにしてもやはり階段はきつかったようで。自分の非力さに隠れて苦笑した]
ここでいいですか?
[辿り着いたのは二階のローズマリーの部屋の前]
…あ、ぁ……あっ、う、んっ……ぁ…っ
[肌を幾度も幾度も"兄"の手のひらや、唇が通り過ぎればそのたびに細やかな喘ぎが空気に溶けて消える]
…兄、さん…っ
兄さんが、すき、大好き…っ
[太股に"兄"そのものを感じれば瞳は更に熱に揺れる。
ゆるりと経その下を指先がなぞっていけば、既にその終着の泉は既に溢れて卑猥な音とともにその指を飲み込む]
う。あ、あ、…っ
やあ、ネリー。
店に来てたのか。
[店の奥から顔をのぞかせた彼女は、かつてノーマンの使用人だった女性だろうか。彼女の姿をこの店で見かけたことは今までほとんどなかった気がする。
私が彼女に挨拶をすれば、その奥からリックが顔を出した。]
リック、くつろいでたところだったらすまないね。
[そう言って詫びると、今は故人となってしまったレベッカに出していた発注書の受け取りを指し示した。]
随分預かってもらってたみたいで――
[そのように来訪の事情を説明した]
ハーヴェイさん、ありがとう。
[自室のドアを開け、ベッドを指し示して]
あそこにもう一度寝かせてあげてくれるかしら?
[ソフィーをそっと寝かせるハーヴェイに感謝しつつ]
ありがとう。あとはわたしがやるから大丈夫。
今度、お食事でもおごるわ。
そうだわ、玄関先にガラスのかけらが落ちているかもしれないから気をつけて。
私は、……
[ルーサーは何かを言いかけてその続きをためらい、黙った。]
ステラ、私はこれから少しの間2階の執務室でやらなければいけないことがあるんだ。すまない。
この家はキミの家だと思って、ゆっくりしていってくれて構わない。もし、何かあれば、私を呼びなさい。2階にいるから。
さあ、そしてキミのために祈らせてくれ……
[ルーサーはステラの前で黙祷を捧げると2階に上がって*行った*。]
――居間→店内――
[ヒューバートとシャーロットに挨拶をし、先日来預かっていたという荷物の内容を確かめた]
……ふむふむ。これなら、裏の倉庫にもう届いているみたいだね。積み込んで帰るなら、車まで運ぶよ。
[そう言って鍵を取り、勝手口に足を向けた]
ううん、泣き虫だなんてとんでもない…。
人前で泣ける事はそれだけで強い人間だと…わたしは思うのです。
[差し出した指は、しかしせんせいを穢す事になると思え。結局静かに引き戻して。]
構いません。わたしはせんせいに胸の内こそは打ち明けても、それに対して何かをして頂きたいとは思っては居ないのです…。
ただ――異国の地、人目も気にせずに何もかも全て曝け出せる人が欲しいんです。身体ではなく、心を…。
時を告げる事が出来なくてもいい。主の救いなんていらない…。わたしはただっ…。人としてわたしの存在を赦して…いえ、認めてくれる存在が欲しい。ただそれだけなんです。
それに…上等な人間ではないと仰いますが、この宗教を毛嫌う町で人を憎む事無く祈りを捧げ、人々に慈愛を捧げるせんせいの、どこを取ったら上等ではないと言えるのでしょうか?
[憂鬱そうな表情は窺い知れた。
せんせいだって人間。だから綺麗事だけでは済まされない過去をお持ちであろう事は解ったけれど…。
でも走り出した感情は止まらず、発熱も手伝ってか思いの丈を全てを吐き出してしまう。]
[ソフィーを再び寝かせると、ローズの返答にいちいちうなづく]
いえ…それはいいんですが…ソフィーさんのお父様が心配ですね…。
誰か様子見れる人っているんですか?
[ローズマリーがどれだけソフィーの生活を知っているかは想像も付かないが]
──雑貨屋・店内──
[居間の方から明るい表情で顔をだすネリー。彼女が居ることに何を思ったのか、一瞬目を大きく見開き静止してから瞬きをした。薄く口唇を開いたまま固まった瞬間の表情は人形のようだったかもしれない。]
…やっぱり、ネリー。
お久しぶりね。今の勤め先はボブさんのお家だったっけ。
[表情を元に戻す。
ボブの家。…エリザが決して近付かないように、とシャーロットに何度も言い含めている「あのボブ」だ。ヒューバートよりもシャーロットの記憶が確かなのは、リックの家に居た頃からネリーの事が奇妙に気になる存在だからだった。]
『なんだろう…。何時もネリーを見た時に感じるこのモヤモヤは。』
ああ、リック。ありがとう。
ママがもし、人手が足りないならうちの使用人──マーティンじゃない方ね──をこちらに通わせるから遠慮しないでって言ってたわ。事務所が片付いたらママも顔を出すって。
ノーマン叔父さんはまだ戻らないのよね……。
随分、ほったらかしなのねって、これもママが怒ってたわ。
あまり、帰って来ないようなら、うちに来てくれてもいいからとも。
[ウェンディが顔を出したので、先刻の不可解なウェンディを知らないシャーロットは普通に手を振った。]
[途切れ途切れの嬌声を放つ“妹”の唇に、“兄”はわざと音を立てて軽いキスをした。
ほてった自分の「熱」の代わりに、“兄”は自分の指を何度も何度も出し入れする。“妹”の奥に潜む小さな泉は、柔らかな熱泉と化し、時折しなやかに身を捩らせながら“兄”の指を包み込む。]
ねぇ………
[“兄”はふと顔を上げて、“妹”の奥から指を引き抜く。彼の指の間には、きらきらと光る滑らかな“妹”の愛液。]
……………挿れて、いい?
[“妹”の耳元で囁くと、ベッドサイドの棚からゴム製の避妊具を取り出した。]
そうなのよね。
ひとまず、ソフィーの調子がよくならないようだったら、ステラに頼んでみようかしら。
彼女も仕事はあるはずだけれど、今はたぶん、休校なはず。
――倉庫――
うわ、結構あるな……。
[思った以上に品物の梱包は大きく、一人では多少手間がかかりそうに思えた。勝手口から顔を出し、店内へと呼びかける]
ネリー。すまないけど、ちょっと手伝ってくれないか? すぐ終わる筈だから!
さあ、ソフィーの着替えをさせるから。
[ローズマリーはハーヴェイをちらりと見て]
それとも、ソフィーの着替えを見守っていたいのかしら?
―店内―
[発注書にある通りの代金のドル札と貨幣をキャッシャー脇の受け皿に揃えた。
リックの親切な申し出に、軽く笑って答える]
いや、ここまで出してくれたら、あとは私が運んでおくよ。雨も降ってるし、そこまでしてくれなくてもいいさ。
[少年の黄金の髪は柔らかく、儚くゆるやかな曲線を描いてそのおもてを彩っていた。時に繊細さを感じる面差しに、彼がいつも力仕事をしていると言ってもいい大人が手伝わせてしまうことには後ろめたさを感じずにはいられなかった]
[吐息は既に荒く、口付けのたびの微かな囀りは空気を振るわせる。
体は既に指では我慢できなくて、でも自分から求めるのははしたない気がしてほんの少しの理性が許さなくて、だから指の数が増えればそのたびに艶やかな声は閨の空気の中甘く尾を引いて]
…いれ、て。にいさんが、ほしの。
[耳元に落とされる情欲交じりの声音に少し舌っ足らずで甘えるような声の返事と共に頷く]
[しかし躊躇いがちに開きかけた口は、辛そうに結ばれ。
わたしに少しの自由と黙祷を捧げて二階へと立ち去っていった。
その後姿を見つめてわたしは押し寄せる罪悪感に身を屈める。]
嗚呼どうして…?
どうしてこうもわたしは――…っ
いとも簡単に人を傷つけてしまうの?優しさに甘えて頼るだなんてそんな恐れ多い事をっ…。
ごめんなさい、せんせい……あなたを問い詰めるつもりは…なかったのに――
[立ち去る後姿。その背中に漂う悲しみのような断片を、わたしはせんせいの中に見出してしまい自己嫌悪に陥る。]
言われなくても出て行きますから。
もしステラさんがいなかったら…とりあえず連絡下さい。病人の様子見るくらいならできますから。
それじゃ、後はお願いしますね。
[あっさりと立ち去り、自宅へと戻る。
恐らく、連絡を待つ前に体調不良からすぐにベッドにダイブすることになるだろうが*]
[首を振って、ネリーを見るのを止めた。
少し不躾な視線になってしまっていたかもしれない。]
…ねえ、ウェンディ。
二三日みない間に、リックの背また伸びたんじゃない?
[気を取り直すようにウェンディに話し掛ける。
荷詰みが完了したのを見て、車に乗り込んだ。]
──雨がこれ以上酷くなる前にもどらなきゃね、パパ。
―雑貨店―
リック、ありがとう。
[彼が運び入れるのにさすがに私もかけつけ、トランクに仕舞った。]
なにかあったらいつでも言ってくれ。電話をもらったら駆けつけるよ。
[レベッカが亡くなってからエリザが多少手伝いに来たことはあっただろうが、彼やウェンディはよく店を守り切り盛りしていた。その背中は実際の年齢以上に頼もしく見えた。
それにしても……と思う。故人となったレベッカへの最後の思い出が、彼女があの品に“衛生用品”と表記した思いやりだったというのはひどく私にとって滑稽で情けのない話だった。
現実は喜劇としか思えない有り様で時に悲劇を彩る。]
[ローズマリーはハーヴェイの申し出に頷いた]
そうね、ソフィーが気がついたら伝えておくわ。
ありがとう。
[入り口に向かうハーヴェイに微笑みかけ、彼がドアを絞めるのを見守る。
扉がしまるとローズマリーはソフィーの濡れた服を脱がせ、バスローブに包み、毛布をかけた]
またあとで様子を見に来るわ。
[そう、一人ごちると、店の入り口付近に散らばっているだろうガラスのかけらを*片づけにいった*]
[“妹”の甘えたような声に微笑むと、わざとらしくゼリーでかためたゴムで、自分の「熱」を包み込んだ。]
……ごめんね。
本当はニナの身体に直接触れたい……。でも、ニナに万が一子どもができたら……俺そっくりの子が産まれたら、ニナをきっと苦しめる。それに、父さんと母さんも、苦しむと思うから……。
[言い訳をするように呟き、それを振り払うように左右に首を振る。その言葉とは裏腹に、“兄”の膨張は頂点に達していた。
もう一度“妹”の唇にキスを落とすと、緩慢な動作で自分の突起を“妹”の泉の中に差し込む。]
………はあああ………っ!
[指先で感じるより何十倍も敏感な器官から、震えるような温もりが伝わって来る。
柔らかな場所の感触は、何度も往来することでその味を知ることができる――本能的にそれを知っている“兄”は、腰をゆっくりと上下させ、自分の「熱」を“妹”に擦りつけている。]
きっとわたしは…ルーサーさんにとっても悪影響を与えてしまう存在なんだわ…。
それもそうよね…。だってわたしの身体には…悪魔が…描かれているの。
だから――
[長居はしてはいけない。
好意に甘えたい気持ちを抑えてわたしはふらつく身体を支えながら何とか立ち上がり、借りた寝間着を剥ぎ濡れた服へと着替えようとした時――]
[はらり――]
[左腕に巻かれていた包帯の一部が解けて床へと向かって螺旋を描く。]
あっ…だめっ!
[わたしは着替える手を休めて急いで包帯をつまみ、再び腕へと巻き取らせた。]
―雑貨店―
[シャーロットの言葉に、空を仰ぎ見た。]
そうだね。
そろそろ帰ろうか。
[レベッカの気遣いに、トランクに運び入れてくれたリック。私はひどく自分自身を罵倒しながら、トランクのドアを落とす。
傘をシャーロットに差し掛け、車の方へと*導いていった*]
…に、ぃ、さん……。
[言い訳でもあるし、当然でもある理由が悲しくて少し涙が零れたけれど、それはすべて自分で拭って。
瞳を彩る悲しみを拭うかのように落ちてきた口付けが余計に寂しくて涙がまた零れた]
……ぁう……ッ…!
[自分の中へとゆっくり入り込む質量の大きさに少しだけ息を詰まらせたけれど、体のほうはすぐにそれに慣れてしまい、やがて詰まる息は緩やかに嬌声へと変化していく]
[幸い解けた包帯は、先端部分の僅かな部分でしかなくて。]
よかっ…た――…誰も…居なくて…
[わたしは居ないと解っていても条件反射で周りを見渡し、杞憂である事確認して息を吐く。
しかしほっと胸を撫で下ろした瞬間、熱を帯びた身体はへたりと床に座り込んでしまった。
その反動で止め処理をして居なかった左腕の隙間から、赤い光が一瞬だけ顔を覗かせる。それを急いで包帯で隠す。]
やっぱり…ここには長居出来ない。これ以上長居したら…せんせいを更に傷つけてしまう…。
あっ……く……ぅっ………
ニナ……ニナ……
[柔らかなベッドの上で、“兄”は“妹”の身体を突き、揺さぶる。
――ギシ…ギシ…ギシリ……
規則的に立つ音とリズムに従い、“兄”の背筋には寒気にも似た微かな甘い痺れが走る。]
ニナ、ニナ、……ああっ……ニナぁ……
好きだよ、ニナ。好き……すっ……
[繰り返し“妹”の名を呼びながら、滑らかで絡み付くような、ダンスにも似た腰の動き。それは徐々に激しくなり、より深くなってゆく。汗ばむ肌と肌がペタリと一瞬だけ貼りつき、離れ、音を立てる。
繋がる2つの粘膜の間には、“妹”が締め付ける故か、或いは“兄”が膨張する故か――境目が無くなり、身体じゅうが溶け出すような感覚が広がってゆく。]
あっ……あっ……あっ……
ニナ……ニナぁぁぁぁぁぁ!!
[急いで冷たく重い服を身に着け。わたしは逃げるかのようにせんせいの自宅を後にした。
立ち去る間際、借りた寝間着の上に謝罪を並べた置き手紙を載せて――]
天にましますわれらの父よ、
願わくは御名の尊まれんことを、
御国の来らんことを、
御旨の天に行わるる如く地にも行われんことを。
我等の日用の糧を、今日我等に与え給え。
我等が人に赦す如く、我等の罪を赦し給え。
我等を試みに引き給わざれ、我等を悪より救い給え。
アーメン。
[わたしはせんせいの為だけに、捨てた筈の神へ祈りを捧げた。そして小さく十字を切る。カトリックの教えを守って。]
あ、んっ、あ、ふぁぁっ…!
[寝台の軋みなど気にしている余裕もなく、貫かれ揺さぶられ、そのたびに甘い声はひっきりなしに空気を揺らし、自分の鼓膜を震わせ、それが余計に淫靡さを増して]
にいさん…っ、いい…、きもち、いいの…っ…
私も、兄さんが好き、兄さんじゃなきゃ嫌…!
[次第に声が高さを増していくのは、体の高揚に比例しているかのように。
頂上を求めるかのように内の襞は中の"兄"を強く強く締め付け]
あ、や、ぁ…に、さん…っ…ふぁぁあああ…っっ!!
せんせい…ごめんなさい…
無言で立ち去る無礼を、許して――
[果たして背徳的な者の祈りを、神は素直に受け入れてくれるだろうか――
でも祈らずにはいられなかった。わたしには与えられなかった加護を、せめて先生だけには与えて欲しいと――]
雨…強いな…。
でも家まで我慢して?わたしの身体…。
[重い身体を引き摺って。わたしは自宅へと向かうと、残り僅かな解熱剤を甘いミルクで流し込み、暫しベッドへ潜り込んだ。
目覚める頃にはきっと今の熱が嘘のように下がっている事に確信を*得ながら*]
ああっ!!
ニナ!ニナ!!
……………っああッ!!
[“兄”が“妹”を突き上げてから幾度目の振動だろうか。“兄”の中でついに絶頂――「おわり」の瞬間がやってきた。腰のあたりから放出された痺れと、頭の中を支配するぼんやりとした「白」が背筋の上で交叉する瞬間がやってくる。
程なくして、“妹”を突き上げていた“兄”の器官からは、頭の中を支配していた「白」が噴き出されたのだった――]
……………っ。は……あっ……
ニナ……っ……は……ぁ
気持ち、い……良かっ……た?
[額に大粒の汗を光らせ、荒い息を整えながら、“兄”は“妹”の髪を撫でる。]
俺も……ニナのこと……好き。
ありがと、ニナ………。
[“兄”はそう言って微笑むと、“妹”が流した涙の跡にそっとくちづけを施した――*]
[内側に存る"兄"を強く強く締め付けたのは、ちょうど兄がひときわ強く突きあげたそのタイミングで。
きしりと寝台は名残の様に啼いて、それから静かになった]
んん……は、ぁ、んー……
…うん…あったかくて…気持ち、よかった…。
[時折微弱な快感の名残に肌を震わせる。
髪をなでるその手に、再び涙がこぼれたけれど、それすらもかれの唇はぬぐってゆき]
…兄さん…大、好き………大好き、よ…。
[雨に濡れて全力で走ってきた後の高位だった成果疲労は大きく、そのまま寝台に埋もれて眠りに*つくだろう*]
─酒場2階・客室─
[熱いシャワーの下に立って、全身を水流に打たせながら、物思いに耽る。
頭の隅に引っかかるノイズ。]
『いる。確かに。
では、やはりここは思ったとおり、』
『だが、どこだ。』
『見つけ出さねばならない。』
[階段を上がってくる足音に、思考は中断された。
一人がローズマリーなのは気配と足音の立て方から大体分かる。だが、もう一人の足取りは不自然に重く、歩調も一定していない。重い荷物を抱えているかのようだ。
コックを捻って水流を止めた。バスタオルで身体を拭きながら耳を澄ませば、ローズマリーとハーヴェイの会話がはっきりと聞こえてきた。
それがあの、自分を避けているように見える、線の細い少年と気付き、片眉を吊り上げた。]
[服を着替えて廊下に出ると、ちょうどローズマリーも自室から廊下に出たところだった。
何があったのか尋ねると、ソフィーという女性が急に具合が悪くなって倒れたのだと教えてくれた。]
あぁ。ちょうどシャワー浴びてたもんで、気付かなくて。
言ってくれれば幾らでも手伝うから。ローズ。
しかし、運ぶの大変だったろう。あの子、力仕事苦手そうだものな。
[歳のあまり変わらなさそうなハーヴェイを「あの子」と呼び、小さく笑った。]
─アーヴァインの自宅─
[昨夜の豪雨、そして今も止まない雨にアーヴァインは不安を覚え、朝学校に電話をしてみることにした。今日一日休むつもりではあったが、場合によっては出勤せざるを得ないだろう。
時間を見計らって電話を掛けると、学校に泊まっている同僚が出た。彼の自宅は到底住める状態ではなく、親戚も皆似たり寄ったりの状態なので、家族ともども学校に泊り込んでいたのだ。
報告を受け、話し合った結果、こちらの支度が済み次第一度役場に出ることになった。
今からでは昼になるだろうな、と思いつつ、万一に備えて荷物を纏めておくことにした。]
──……
オ……ハ ダレ…?
ドコ… …ル
キコ……イ……ラ …ン…ヲ……──
[ノイズに混じった音が徐々に明確な形を*取り始める。*]
[まだ時間も早いのにさっさとベッドにもぐりこんでしまったが、どうしても頭痛と寒気が直らない。
アンゼリカ…いや、あのギルバートという男に近づくと酷い頭痛を覚える。
そしてまた、ノイズのような不気味な音]
ま…た…かよ…っ
何だ…何なんだよ…これ…
う…あぁああああっ…!
[前よりも長い、声の様なものがガンガンと頭に響く。
それでも息を切らせながら、必死に耐え続けた*]
─アーヴァインの自宅─
[数日の泊り込みに対応して予備の衣服を用意した後で、自分が居ない間に家が浸水した時のことを考えて、動かせる物は皆高所に動かした。風に備えて窓も厳重に閉め、或いは目張りをしておく。
一番大事なコレクションルームは2階にあるので恐らくは大丈夫と思い、普段と同じく厳重に鍵を掛けるだけにした。
しかし、もしも自分がいない間にあれが失われたら、と思うと落ち着かない。どれもこれももう二度と手に入らない貴重なものだ。
いや、万が一にもあれが人目に触れたら自分は一巻の終わりだ。この町には居られないだろう。
胃の締め付けられるような恐怖を感じたが、彼には写真を処分することなど出来よう筈もなかった。何故ならそれは、彼の魂そのものだったからだ。]
[アーヴァインは玄関を閉め、ガレージに向かった。
傘を差していても、レインコートを着ていないとずぶ濡れになるような雨だ。
膨れ上がった旅行鞄と共に、ピックアップトラックに乗り込む。
とりあえず学校へと車を走らせて、数分経った、ちょうどその時。
それが起こった。]
[恐ろしい鳴動。致命的な震動。
轟音は長く続いた。]
[そして。
アーヴァインは目の当たりにした。
行く手の先に、夥しい泥土が激流と化して雪崩れ込み、大通りとその脇の家を呑み込んでいくのを。]
――自宅――
[僅か数時間にしか満たない睡眠でも、薬の効果は絶大だった。わたしは先程まで悩ませていただるさが嘘のように引いていることに気付き、ゆっくりと起き上がって床に足を付く]
眩暈もしないし、熱っぽさも感じない…。しっかり下がったようね。
[何も身に着けない素肌から、重力に逆らえず毛布達がずるりと身体から離れていく。露になる裸体。細すぎはしないけど、やはり男を誘惑していた時と比べれば幾分肉が削げ落ちたような気がする。]
時の経過は残酷ね…。4年という歳月はもう貴方の知らない事ばかりをこの躰に蓄積させているわ…バート…。
[思わず呟いた言葉にわたしは驚きそして静かに笑う。未練がましいと思いながらも断ち切れない思い。それは裏切りとも思われる心情を突きつけられても拭い去る事はできない。それは全く同じ意味でローズにも言えること。]
[気が付けば彼らの思いを、心を手に入れたいと願ってしまう欲望。それは時に形振り構わずに貪りつくしたいという姿に変わりわたしに襲い掛かる。狂ってしまえたらどれ程楽だろうか。偽りの潔癖という服を剥いで町中を練り歩き人々の喫驚を買いたいものだと押し寄せる波のように願ってしまう一時がある。それがわたしに与えられる罰なら喜んで飲み干してしまいたいと。]
[しかしわたしはそこまで思い切れる人間ではなく。だからナサニエルに契約を申し込む。【娼婦】としての自分と、【背徳の聖女】としての自分の、欲望を宥めるために――]
雨は…まだ止みそうにも無いわ…。そう言えばソフィーとローズは…大丈夫なのかしら?二人とも女手しかないはずだし…。何か手伝える事があるのなら…。
[そう思ってわたしは手近なブランケットを身体に纏いで電話機に視線を向けた。
と、その時――]
[けたたましいまるで天地を裂くような光と音が、町中を包み込んでいった。]
[反射的に身を屈めて恐怖に耐えようとする。耳を裂くような轟音が窓を家中の壁を振動させる。
それがどれ位の被害を与えるものかは想像できなかったが、少なくてもようやく復旧した生活に、再び暗色の影を落とす事だけはわたしにも理解できた]
――…たいへん…ローズは?ソフィーは?
あの二人は大丈夫…なの?
[わたしは通り過ぎた振動から逃れるように上体を起こして。先程気に掛けていた二人の名前を呼ぶと引き摺るブランケットの裾をたくし上げ、電話機へと手を伸ばした。]
え…? やだ…もしかして…電話が――…通じ…ない?
[何度確かめても、受話器からは発信音が聞こえてこない。それ所か電力の供給も…不安定な状態だった。]
[次第に現実を把握しながら、わたしは健気にも女手一つで店を守っている彼女達の安否がどうしても気になり始めて仕方が無くなっていた。
お父様の介護と仕立て屋の仕事で、多大なる心労を抱きながらもその微塵をも表には出そうとしない健気なソフィー。
そして奔放に男と渡り歩いているけど、それは空虚を埋めるためだとしか思えない脆さを感じさせる、愛しいローズ。
同性でもあるわたしが、彼女達に差し伸べられるものは男に比べたら極端にも少ないかもしれない。でも――]
行かなくちゃ…。わたしだって何か手伝える事が…あるかもしれないし。店の片付けや僅かな補強。そして必要ならば食事介助だって…。
[進んで奉仕してきた過去を振り返り、わたしは決意に一つ頷いて使い物にならない受話器を元に戻した]
――まさか…過去が今これほどにまでわたしを奮い立たせてくれるだなんて…。嗚呼今この時だけは、神の御心による導きを感謝します…。
[思わず天を仰ぎ十字を切る。そんな自分もまた滑稽だと可笑しくなるのだが。]
―自宅―
情が移った……ってヤツなのかねえ。
[世界のあらゆる事象には、反動概念が存在する。
彼の受けた抑圧には、支配欲が用意されていた。
法の下の平等に、何の意味があるのだろう。
音楽家として成功した彼。しかし、アメリカの同志は
未だに、白人の優越意識に晒されている者もいる。]
肌の色は白でも、連中のソウルの色は真っ黒…。
だが、肌の色が違うネリーとの生活が幸せに思える。
……私も、ステレオタイプに考えてたってことね。
[ネリーは娘のような存在。それは確固として自覚された。
しかし、やはりすべての白人種を許すことはできなかった。]
さて、そろそろ打ち合わせの電話があるはずなのだが…。
[1ヶ月後、比較的大規模なコンサートへの出演が
決まっており、その関係の電話が来るはずだった。
しかし、いつまで待ってもベルはならない。
電力供給も不安定のようだが、光という明確な形さえ
関係ない彼がそれに気づくのは、後になってからだった。]
……おかしいな。ウンともスンとも言わない。
[何度フックを押しても、何も聞こえない。]
機械のくせに、この私に逆らいやがって。DAMN!
[落ち着かなくなってきた。不満が湧き上がった。
それに任せて、車に乗り込んで*出かけることにした*。]
[決意をした後の行動は、自分でも驚くほど早かった。
チェストから下着を引っ張り出し身に着けて服を着込み、全身にタオルを巻いてその上から外套を羽織った。
引き摺りだした下着が、いつものコットン製ではなく原色の派手派手しい物だったのは、無意識かそれとも――]
まずは…ローズの店に行ってから…ね。
[身支度を整えたわたしは、声に出して行動の確認を取る。初めの行き先を彼女の所にしたのには、複数のそれなりの理由があったから。そう自分に言い聞かせてわたしはようやく電気が安定した家を後にして、酒場アンゼリカへと向かった。役に立つかと僅かな嗜好品を籠に入れて――]
――自宅→酒場・アンゼリカ――
[ギルバートに助けを頼まなかったのはどうしてだろうかと、片づけにででいく背中を見ながら考える。
ギルバートがソフィーを抱き上げる…。
そんな場面を想像しただけで心臓が締めつけられる。
執着には懲りているはずなのに。今度は自分がそれをしようとしているのかと…]
[ローズマリーはそんな考えを振り払うように頭を振った]
ソフィーはまだ目を覚まさないわね。
ステラに連絡をしてみようかしら。
[受話器をあげ、耳に押しつけると、聞こえてくるのは空虚な音だけ。
ローズマリーは受話器受けの突起を何度も何度も押してみた]
…だめだわ…。
――酒場 アンゼリカ――
[激しい雨の中、ようやく到着した店の前には見知らぬ男の姿があった。どうやら店の前で誰かが酒瓶を壊したらしい。その片付けに負われている姿は、何故かこの酒場に属しているような。そんな雰囲気を感じさせた]
新しい従業員でも…雇っていたのかしら?
でも人の行き来を極端に嫌う町に…新しい人…?
[彼の存在を不思議に思いながらも、また新しい慰め人なのだろうかと醜い想像が脳裏を駆け巡ったのも事実で。
わたしは眉を顰めながら横を通り過ぎ、いつものように店のドアを3回ノックした]
ローズ、居る?わたし…ステラよ。
─酒場前─
[店の入口に散らばったガラスの破片をダストパンに掻き集める。水に浸かった大き目の破片はブラシでは取り難く、素手で拾って放り込んだ。
またもや衣服が濡れたがさして気にならなかった。]
[彼の鋭い耳と感覚は既に異変を嗅ぎ取っていた。
が、この町の住民たちがそれに気付くまでは動くつもりはなかった。]
[ローズマリーはステラの声に気づき、受話器をもどし、店の扉に駆け寄り、扉をあけた]
ステラ、いいところにきてくれたわ!
[ローズマリーは安堵したこともあり、ステラを抱きしめた]
[わたしはドアが開くのを待つ間、ふと引寄せられるように店前で片付けをする男の姿に視線を落とした。
散らばった破片を手で取る姿と、容赦なく降り注ぐ雨に濡れていく姿は、ローズの相手として認識するわたしにはあまりいい印象を与えてはくれなかったが、しかしそのまま見過ごす訳にも行かず――]
よかったら…傘をどうぞ?
[彼に近付き、差していた淡い色の傘を差し出す]
[そして雨音交じりに聞こえて来た足音に振り返り――]
ローズ!無事だったのね…。心配してたのよ?
[濡れる事も厭わない様子で抱きついてきた彼女の身体を、わたしは躊躇いがちにそっと受け入れ、回した腕に少しだけ力を込めた。]
嵐になったわね。
[ローズマリーはステラから身体を離すとステラを店に入るようにうながした]
ああ、心配してくれてありがとう。
それよりも、大変なのことがあって、あなたの助けが必要なの。
[ローズマリーは入り口でギルバートを振り返り]
びしょ濡れじゃないの、ギルバート。
…ごめんなさい、こんなに雨がひどくなってるとは思っていなくて。
大きなかけらがなくなったらもういいわ。
ありがとう。
[ガラスの破片が乗ったダストパンを手に、抱きあう二人の女性を見る。
「友達?」と、目線だけでローズに問うた後で、黒髪の女性に向かってにこやかな笑顔を向ける。]
そういや、ここに来た最初の日に店に居た方ですか?
俺、ギルバート・ブレイクと言います。ベアリングさんの家に厄介になってます。
[苦笑し、]
ローズが濡れるよりは良いだろう。俺は丈夫だからね。
……これ、捨ててくるよ。
[気を利かせたつもりなのか、ステラに会釈すると店奥に引っ込んだ。]
嵐に加えて雷まで…。折角立て直したのに一からまたやり直しね…。
[先の復旧作業を思い出して、私は疲労感に覆われた体から溜息を一つ吐いて促されるまま店内へと足を組み入れた。]
所で助けって…何かあったの?
[ローズの後姿越しに疑問を投げかけながら、件の男の名がギルバートということを認識する。]
『ギルバート…ねぇ…。好色そうな…男』
[昔培った感が働く。さぞかし淫らな一時を迎えたのかしらと、わたしは意地の悪い思考を二人の姿に滲ませて口嗤った。気付かれないようにそっと――]
[と、投げかけられた笑みにわたしは脳裏を過ぎるものを払拭するように微笑み返して――]
ここにきた最初の日…?
あぁ、そうかも…ね?多分入れ違いだったと思うけれど…。
初めまして、ギルバートさんね。わたし、ステラ・エイヴァリーと申します。貴方のような方がローズの傍に就いているなんて、彼女の友達としても少し安心したわ。
何かあったら、護って上げて?
[饒舌は本心でも無い言葉を唇に乗せる。会釈もそれなりに。この6年間で培われたもの。それは嘘だけが上達する事。]
[会釈をして立ち去っていく姿に、何故か胸はざわつきを覚え――]
なんだろう…あまり気持ちの良いものでは…ないわね…
[左腕を掴んだのは無意識だろうか。きつく締め上げるように指に力を込めながら、わたしはギルバートの後姿を見送った]
[ステラをカウンター席に座らせる]
ああ、ステラ、濡れていないかしら?
大丈夫?
あのね、ソフィーがうちの店で倒れちゃったのよ。
雨に濡れて…風邪でもひいたのかもしれないわ。
熱があって。
わたしの部屋で今、寝かせているの。
そんなに具合は悪くはなさそうなのだけれど、彼女のお父様が心配で…。
どうしたらいいかしら。
[私は室内へと入るなり、濡れた外套を脱ぎタオルを剥ぎ取った。お陰で私の服以下のものは全く持って無事だった。]
大丈夫よ、ローズ。それより…
[ローズの端正な赤い唇から滑る言葉に耳を傾け――]
ソフィー…が?
――そう。この雨ですもの…お父様の事も心配ね…。
[私は一瞬だけ思考を巡らせ――]
ねぇローズ、あなたはここに居てソフィーの看病をしていて?わたし…彼女の自宅へと行って来るわ。
状態と…場合によっては食事の介助も必要でしょうし…。
[思い立つと同時に、私は再び外套を身に着ける。重装備はそれなりに大変だけれど、身を護るには変えられない。]
[すぐに出て行きそうになるステラに]
ギルバートが車を運転できるわ。
わたしの車で行って。
たぶん、それが一番いいんじゃないかと思うの。
[ゴミ箱にガラスの破片を無造作に放り込む。掃除用具入れにブラシとダストパンを仕舞ったところで、掌に走る創傷に気付いた。ガラスの破片を拾った時に切ったらしいが、彼の苦痛閾はかなり高い為に分からなかったようだ。
じわりと赤い血が開いた傷口に盛り上がる。]
[手を握りこんで傷を隠し、そっと2階に上がる。幸い二人は話し込んでいて、こちらに注意は向けないだろうと思われた。
客室に入り、小さな洗面台で手についた血を洗い流す。
その頃には、傷口はほぼ塞がり、*細く赤い線となっていた。*]
車で行けば、ここにお父様を連れてくることもできるでしょう?
車椅子を積んでくるのは無理かもしれないけど。
その方が安心じゃないかしら?
──バンクロフト家所有の工場・事務所(回想)──
[『ネイ』が去った後。簡易キッチンには、二人の「女性」が仲良く並んで洗い物をした名残りのように、ティーポットとカップ&ソーサーが伏せられてる。天井には雨漏りの修理の跡。キッチンを背に、事務所の机に向かって細い背中を神経質そうにこわばらせているのは──…エリザ。
カリカリとペンを走らせる音が続く。時折、手元にある黒い帳簿を確認しながら、帳簿とよく似た黒い背表紙のノートに向かって彼女は何かを書きつけている。]
[車で出掛けるようにと手配するローズに、わたしは半ば懇願するような表情で制そうとする。]
まって、ローズ!わたしなら大丈夫だし…それに…若い男の人と二人っきりで狭い空間に閉じ込められるなんて…。
わたし…耐えられない――
[そんな恥じらいは、当の昔に投げ捨ててきているのだけど。でもわたしは彼女が思い描いている潔癖な女を演じ上げようと必死だった。ただ嫌われたくない。その一心で]
────────────────────────
197X年 X月 XX日(曇のち雨)
換気扇を回して随分時間が経つと言うのに、まだ部屋に『ネイ』の残して行ったおしろいと苺の甘ったるいフレイバーが残っているような気がする。
私は自分がまだ正常であるのか自信が持てない。
随分とおかしなことになってしまった。何がどうねじくれてこんな事になってしまったのだろう。
分からない。分からないからこそ、書かなくてはならない。
これが仕事で疲れた私が見る、くだらない悪夢だったらどんなに良いだろう。けれども、二重帳簿につけた『ネイ』に支払った代価の数字が、私が確信犯的に繰り返している現実なのだと教えてくれる。「帳簿が教えてくれる」なんて皮肉なのかしら。
帳簿の数字が示している問題は、『ネイ』との密会の頻度が上がって来ていると言うことだ。
最初から8ヶ月、次は3ヶ月、1月ちょっと、半月…。
あの暴風雨がなければもっとはやかったかもしれない。
ゾッとする。どうして私はこんな薄気味の悪い行為を繰り返しているのだろう。
でも止められない。止められないのだ。
────────────────────────
────────────────────────
確認してみたところ、やはり。
後、二週間で『ネイ』に再会してちょうど一年目になるらしい。
当時の日記を読み返すと、ちょうど休日にこの事務所に来る用事があった事が分かる。
あの日も、私は私なりにいそがしく働いていた。経営の傾いた工場、事務所、たよりにならない叔父の養鶏所。実質の収入はバートの彫刻家としての成功に頼り切っていて、私がしているのはバンクロフト家の過去にしがみつく親族たちの心の慰み程度のことなのだろう。バートが成功するまでは、家計のやりくりには少し自信を持っていた。生活が苦しいにも関わらず、先代からいた使用人を解雇もせずにやってきたのだから。
今はきっと私が働く必要は無い。
むしろ、バートやロティは、私が働く事を止めヘイヴンを出て行く事の方を望むのでは無いかとすら思える。私にはここから出る事など、想像もつかないと言うのに。
…と、話が逸れてしまった。
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────────────────────────
人気の無い休日の工場の近くで、私は『ネイ』に車をぶつけてしまったのだ。
かすり傷だという『ネイ』を慌ててこの事務所へ運び──。
何故。
何故なのか。
と私は私自身に問いたい。
「彼」がかつてのジュニアハイの下級生、ナサニエル・サイソンだと思い出すのに時間は掛からなかった。何故なら、ヘイヴンに戻ってきた最近のかれには奇妙な噂があったから。かつては、あの少人数のクラスでも印象に残らないような少年で、たしか祖母と暮らしていた。そして珍しくヘイヴンを出て行ったのだ。
随分と変わり果てた姿だった。
入墨をいれるような人間とは、顔見知りでもない限り私は口を利かないだろう。彼を轢いたと言う負い目がなかったら、知り合いであっても声すら掛けなかったかもしれない。
どうやら本当にかすり傷らしいと分かって、安心したことは当然のように記憶している。そこから何を話したのかは曖昧だ。ただ、冗談のような真剣なような顔で彼は「俺は天使なんだ」と言った。
一体、何が天使なのか──。
そして、
────────────────────────
[エリザは時計を見上げ、ハッとしたように立ち上がる。
窶れた顔と同様に、束ねたくすんだブロンドの髪が少しほつれている。
受話器を持ち上げる。]
マーティン。遅くなったけど今から帰るわ。
[受話器を置く音。
眼鏡のふちに指をかけ、一瞬立ち止まるエリザ。日記の続きは、また後で仕事の合間に*書く事に決める*。]
[ローズマリーは何かに思い当たったように]
…そうね。ごめんなさい、ステラ。
わたしが運転していくわ。
ソフィーの様子は落ち着いているようだし、なにかあったらギルバートに対応してもらうように言っておくわ。
ちょっと待っていて。
[ローズマリーは二階に上がると客室のギルバートに事情を説明してから降りてきた]
[考え直してくれたローズに、わたしほふっと溜息を吐き――]
ごめんなさい、難儀な性格で…。
でも…どうしても駄目なの。男の人は…苦手――
[二階に上がっていく姿をぼんやりと眺めながら、私は一人語ちた。もしわたし自身が車を運転出来たなら。こんな手を煩わせることもなかったのだろうかと、どうでもいい考えを巡らせる。]
えっと…ソフィーの話からだと…端座位も立位も一応取れるのよね。だったら玄関先に車を着けてもらえれば…わたし一人でも大丈夫…。
[まるで罪悪感から逃げるかのように移乗の手順を思い出しながら確認して。わたしはローズの姿を静かに待った。]
お待たせ。
行きましょう、ステラ。
あなたが来てくれて本当に助かったわ。
車を回してくるから入り口で待っていて。
[ローズマリーは車のキーをとると土砂降りの中飛び出して行った]
[姿を現したローズに、わたしはゆっくりと視線を上げ]
そんなこと…。
でもあなたの役に立てるなら…こんな嬉しい事はないわ。
[ふわりと微笑み。車の鍵を手に一足先に建物を飛び出していったローズの後姿を見送りつつ、わたしも店の入り口へと向かって歩き出した]
[声が聞こえると同時にわたしは雨の中に飛び出し、車内のシートへと身を埋めた]
えっと、玄関先ギリギリに車をつけて頂戴。えぇ、助手席側を…。
そしたらわたしが車椅子でお父様を連れて来るから。
――うん、一人で大丈夫。でも出来るだけ急いで…。雨が強い…。
わかったわ!
[ローズマリーは車を発進させた。
雨がひどく、前方がかなりかすんでいる。
急いでとステラに言われたにもかかわらず、車は慎重にしか進めなかった]
雨がひどくて、前が見えにくいわ。
あまりスピードだせそうにないわね。
[やがてソフィーの家が見えてきた。
ローズマリーは玄関先に慎重に車を着け、ソフィーのバッグから借りてきた家の鍵らしきものをステラに渡した]
たぶん、これが家の鍵であってると思うの。
お願い。
[急ぎたい気持ちとそうは出来ない葛藤に、わたしは雨を恨んだ。]
そうね…ここで事故に遭ったら…。
[相槌を打っているうちに、ソフィーの自宅が視界に入る。
わたしはローズから家の鍵らしきものを受け取ると、彼女に一つ念を押した。]
お願いローズ。あなたは車から出ちゃ駄目…。わたしが来るまでここにいて。
[そう言ってわたしは車を飛び出し、家の中へと入っていった。]
――ソフィーの自宅――
[部屋に入るなりわたしの視界を捉えたのは、悪天候によって酷く動揺した初老の男の姿。
不安そうに辺りをきょろきょろと見渡し、恐怖に怯えている。]
おとうさん、ごめんなさいっ…こんな最中に一人にして…。
[わたしは混乱を避けようと、ソフィーの振りをして彼に近付いた。彼はわたしの姿を見るなり安堵からか酷く興奮をし、わたしの腕を掴み胸元へと手を伸ばしてきた。
その時わたしは思い出す。
彼女から聞かされていた、家族間で行われていた背徳の行為を――]
あっ――
おとうさん…待って――
[素早い動きで胸元を露にしようとしてきた「父親」を拒まない程度に制して、わたしはそっとおとうさんに身を寄せ、耳元で囁いた]
あのね、お父さん…。外は酷い雨なの。だからここで今、こんな事をしていたら危ないわ。だからこれで…我慢して――
[そう言ってわたしは一瞬身を離してから――
「父親」の頬を両手で包み込んで、自らの唇を重ねた。そして舌を滑り込ませて口内を思う存分弄るように、動きを強めた]
[淫らな粘着音が部屋に響き渡る。背筋に回される手の感触に、思わす声が漏れてしまって頬が紅潮する]
――んっ…ふ……う…ん…ぁ…ん…
[一通り満足するように与えた口付けを、唇を舐めるように舌でなぞり終わりの合図へと変え。]
さぁ、おとうさん…。この車椅子に乗って?
大丈夫、避難先はここより安全だし。第一私がいるから…安心して?
[納得させるように抱きしめ落ち着かせると。わたしは「父親」を車椅子に移乗させて、何事も無かったかのように車へと戻った。]
――ソフィー宅 玄関前――
ローズ!お待たせしたわ。ちょっと中から手伝って!
[わたしは車のドアを開け、中で待っていたローズに声を掛けた。
そして彼女の手を借りながらなんとかお父様を座席に座らせ――]
これで一安心…ね。助かったわ、ローズ…。
[室内での行為など微塵も感じさせないまま、微笑んで。
わたしは彼女にお礼を述べて再び酒場へと戻るように*願い出た*]
[浅い眠りは鮮明な夢をもたらす。
ベッドで絡み合う二つの影。
涙に枯れた声と喜色にあふれた声。
光る二つのピアス。
『やだ…もう…やだ…、お願い、もう…俺を…放して…
俺を一人に…してよ…!』
『駄目だよハーヴ?一人になったら何もできないだろう?
俺が一緒にいてあげる。ずっと一緒にいてあげる。
一人になんて、しないから…』
兄に抱かれたり兄を抱かされたり、どれだけ続いたか思い出したくもない。
そしていつだったろうか。
あのユーインに対する感情が殺意に変わったのは。
泣いて彼に死んでくれと請うたのは。]
─酒場2階・ローズマリーの部屋─
[二人の女性が出て行った後、ローズマリーの部屋に入った。ベッドには、彼女が言った通り、ブロンドの若い女性が眠っている。
その上に屈み込み、じっと彼女の寝顔を見詰める。何処となく何かを耐え忍んでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
指で前髪に触れ、湿った前髪を払う。指先はまた、その顔の上を彷徨い続け、目許、頬と来て、最後に唇で止まった。
しばらく、そのまま彼女を見詰めていた。]
[立ち上がり、部屋を出て行く。階下に居り、ローズマリー達がソフィーの父を連れて帰って来るのを*待った。*]
[また巡る夢。目をそらしたくてもそらせない、残酷な夢。
俺は泣きながらユーインを見下ろして、首を絞めている。
ユーインは笑っている。
『お願い…死んでくれよ…!
兄さんが蔑み続けた弟の…たった一つのお願いだから…!』
『いいよ…俺をずっと愛しててくれるなら…。俺だけを見ててくれるなら…』
そういって、ユーインは俺にキスをした。優しいキスだった。
歪んだユーインの笑みは何よりも綺麗だった。
だけども俺には何よりも醜いものに見えた──]
[ヒューバートとシャーロットに頼まれた商品について、リックの手伝いをしているさなか――また頭の中を突き抜けて来るものが。]
う・・・っ。
[思わず梱包を落としそうになる。しかしつとめて平静を装う。]
な、何よこれ・・・こんなの・・・いい加減にしてよ。
こんなのじゃ。これじゃ、
[戻ってきたステラとソフィーの父親を車に乗せる。
ステラが少し上気しているように見えたのは重い男性の介助をしてきたせいだろうか]
ありがとう、ステラ。
車をだすわ。
[クラッチを踏み、車のキーをひねりエンジンを始動する。
ソフィーの父親はうわ言にもならないような声をあげ、ステラはそれにいちいち頷いたり声をかけたりしている。
わたしにはとてもできなさそうだわ…とローズマリーは素直にそう思った]
ステラ、あなたがいてよかったわ。
本当に助かった。感謝するわ。
―雑貨店、及び周辺―
これでいいのかしら?リック。
[ナイスミドルを振り撒くヒューバート。芸術の才にも極めて恵まれている、と思う。
もしヒューバートが芸術家でなく、発明家だったら世界を驚かせる何かを作り上げるのではないか、と感じるほど。
そしてその親をもってしてなかなかどうして、あのような粛々とした娘のシャーロット。 私が母親になる日があるのなら、優しい母親になりたいなと、ふっと思った。]
[車はじきにアンゼリカに到着する。
ギルバートにも手伝ってもらってソフィーの父親をローズマリーの部屋まで運びこむ。
ソフィーの様子は熱はまだあるものの、呼吸は整っており、緊急を要する感じではなかった]
お父様にお食事が必要よね?
[ローズマリーはステラをソフィーの傍に残し、みなの食事の用意のためにアンゼリカに降りて行った]
村長の娘 シャーロットは、見習い看護婦 ニーナ を能力(占う)の対象に選びました。
[ネリーはリックと他愛ない会話を交わし、バンクロフト家の父娘に笑顔を向けた。
その笑顔――自分に何か違うものが感じられないか。いや、違うとはまた異なる。ネリーは自分に問いかける。
この1〜2年で自分は変わってしまっていないか。いや、変わった。確かに変わった。だが何が――
自らが変わった訳ではない。人として魅力が欠けるようになったという事でも、むしろ増したとも当てはまらない。退廃的、虚無的になった訳でもない。ましてやこの表情が仮初め・・・の筈がない。
言葉が見つからない。でも、何かが違う。何が。
――敢えて言葉を探せば、それは無機質的と言うべき*ものなのか*]
[アンゼリカから戻りすぐにベッドの虫になった。
浅い眠りは様々な夢を見せたようだが覚えていない。
頭が勝手に拒否しているのか。それでもひどい寝汗だったのだが。
遠くに大きな音を聞き、思わず目を覚ます。
まだ日は高い時間のはずなのに、部屋の中は薄暗い。
電気をつけようとスイッチに手を伸ばすが、音はすれども電気はつかず]
あれ?電気…切れた?
電気料金払い忘れてるのか?
[カチカチと何回押しなおしてもうんともすんともいわない。
嫌な予感が頭をよぎる]
山崩れに気付き、慌てて掛けた急ブレーキにアーヴァインのピックアップトラックが軋んだ。
目の前で、アーヴァインの500ヤードほど前方を走る車に、スピードを出す事でギリギリ山崩れを免れた対向車がスリップしてきて衝突する。前方車は衝突箇所が悪かったのか、大破して炎上したまま崖下へ落ちて行った。
バックミラーを確認するアーヴァイン。
後方には幸い車影は無い。もし、後ろから車が来ていれば自分も玉突き事故で──。
ハンドルを握ったままのアーヴァインの掌に冷や汗が滴る。
もう一台の車は、崖と逆方向の森林に突っ込んだようだ。
…車内の人間は無事なのか。
状況確認のため、アーヴァインはトラックを道路脇に停車させ、無線を片手に降り立った。
雨は降り続いている。
もう一度、山が崩れる可能性がある。
後ろから急に車が来たらまた怖いな、と思いアーヴァインは振り返る。
何時も見えているはずの家々の光が──すでに無かった。
ぐるりとやや薄くなり始めた髪が気になる頭をめぐらせる。
電線が切れたか。
嗚呼、だがこちら側が全戸停電──では無いようだ。
と、アーヴァインは呟いた。
クラッシュし、山道へ突っ込んだ車へ近付いて行く。
懐中電灯で照らしたその車に、当然、アーヴァインは見覚えが合った。
この車に乗っているのは…──。
車内を懐中電灯で照らし、声を掛けようとする。
アーヴァインは言葉に詰まり、込み上げる嘔吐感に脇を向いた。
運転手に関しては確認するまでもない。──…死んでいる。
他にも外に投げ出されてる生存者の可能性を考え、確認してみたところ、助手席や後部座席や同乗者はさいわい居なかったようだった。運転手のものなのか、大破したフロンガラスに引っ掛かる様にして本か手帳とおぼしきものがぶら下がっている。
この雨ではすぐにびしょぬれになって読めなくなってしまうだろう。
アーヴァインはすでに「遺品」となったその本を回収し、ピックアップトラックに戻る事にした。
──大丈夫と思える範囲内での、山崩れの状況確認を。
──電話が無理ならば無線で救援要請を。
──事故者たちの遺族への連絡を迅速に。
[元来た道をUターン。アーヴァインは*車を走らせる*。]
──養鶏場の近く・車内(回想/山崩れの前)──
[元々、叔父の頭が弱かった事もあって、副主任がしっかりとしていた為、養鶏所での仕事はすぐに終った。
本の様に背表紙が厚く黒い手帳。日記の続きをエリザは綴っている。今、ここで全てをカミングアウトしなくてはならないと思っているかのように。
雨足が強くなった事に気付き、一度事務所に戻って自宅に電話をかける。家族が心配しているかもしれない。どちらでも良いわと言った際、マーティンが取り次いだのはシャーロット。]
…大丈夫、ママも今から帰るわ、ロティ。
本当に酷い雨ばかりね。
[車内に戻り、日記を書き終え手帳を閉じ、エリザは息を付く。
夫と娘の居る家に帰りたい、と少し彼女は思った。日記の内容が気になるのか、かばんには仕舞わず助手席に乗せたまま、車を発進させる。
その手帳が一時間もたたずに、アーヴァインに遺品として回収される事を*彼女は知らない*。]
──回想 - 7年前──
[事故の起きた時、私は寝入ってしまっていて、気付いた時には全てが終わった後だったから、何が起きたのか詳しくは知らない。
ただ、車はガードレールを突き破って崖を滑り落ち、途中の木の幹に衝突して爆発、炎上。母の遺体は見る影も無く焼け焦げて顔もわからないような状態だったとだけ聞かされた。
父はろくに話も出来ない程憔悴し、私は全員に負った打撲の治療の為診療所に入院していたから、母の命を奪った事故の原因が些細なハンドル操作ミスだとわかったのも、事故から一週間以上が経過した頃の事だった。]
[母の葬儀の喪主を務めるのは本来父である筈だったが、その父が一向に回復しないので仕方なく手を差し伸べてくれたのが父の叔父にあたる人だった。
食事も満足に摂らず部屋に閉じこもりきりの父に代わって叔父は手際良く葬儀の手配を進めてくれた。
葬儀の当日になっても部屋から出て来ようとしない父は、他人から見れば取るべき責任を放棄した情け無い男に見えたかもしれない。
しかし、生前の二人の仲睦まじい姿を最も間近で見続けて来た私には、父の深い悲しみが痛いほどに伝わって来る気がして、なんとかして父を葬儀に引っ張り出そうと口角泡を飛ばす勢いで開かない扉に向かって声を張り上げる叔父を制し、私は一人で葬儀に参列する事を決めた。]
[葬儀を終えて戻ったソフィーを迎えたのは、明かりの灯らない家と静寂だった。
父の部屋を覗くと、扉に背を向けオブジェのように座り込んだままの父の背中が見えた。
一言声を掛けようと思わなくもなかったが、ソフィー自身まだ母を失った悲しみから立ち直るには日が浅く、慣れぬ葬儀で心身ともに疲れ果てていた為、一先ず休息を取る事にした。
部屋に戻ったソフィーは、靴を脱ぐのも忘れてベッドに倒れこむと、数分と経たぬうちに眠りの淵へと落ちて行き、次に目を覚ました時、まだ辺りは暗いままだった。
腕時計を見ると、まだ2時間しか経っていない事が判る。
重い身体を引きずってキッチンに立ったソフィーが、数日間何も口にしていないだろう父の為、ボイルしたソーセージとザワークラフトをトーストに挟んだだけの簡単なものをトレイに乗せて再び父の部屋を覗いた時、居る筈の父の姿は*消えていた*。]
─回想─
[ローズマリー達を待ちながら、彼はまた独り思いに耽る。]
[ギルバートは、「人狼」が生来持つ音声を伴わずに発する「声」──同族間の微弱なテレパシー──は、野生動物の間で普通に見られる鳴声によらない意志伝達と同じと考えていた。
彼はその声を自在に発することが出来たし、また強制的に意識から遮断することも、「耳に入ってはいるが聞いていない」状態にすることも可能だった。
が、未熟な「人狼」は往々にして自分の発する「声」や「聴覚」を意識的に制御できない。その傾向は、成長してから「人狼」に転じた「先祖帰り」に最も良く見られた。
子供の時から段階的に発達していく生まれつきの「人狼」や、頭の柔軟な思春期前に血を開花させた幸運な者達と異なり、成長しきってからの「先祖帰り」はそれまで無かった感覚や能力を一挙に持たされた結果、非常に混乱してしまうのだ。]
──酒場2階 - ローズマリーの部屋──
[ローズマリーの部屋に運ばれたイアンは、
車上とはうって変わって落ち着きを取り戻していた。
人が来ても焦点の結ばれぬ瞳は相変わらず。
見慣れぬ部屋にも、目の前の娘にも一切興味を示さず、
ただ、普段座っている揺り椅子を揺らす如く、
一定の周期で酒場の床を足先で*押しているのみだった*。]
[それにしてもこの町には「血族」が多い。側に寄っただけで人狼の血を引いているとはっきり分かる者だけでも数十人は居る。それ以外にも微妙に感覚的に引っかかる者が多数居た。かつて彼が訪れたどの村々よりもその数は多いだろう。
更に近世になっては人間の移動が激しくなってからは、一地域で人狼の血が拡散せずに保たれるということが少なくなってきてきた。もはや一村に「血族」が固まって存在している時代ではないのだろう。
その代わり、ある一定人口以上の街ならば、何処に行っても「血族」が居た。非常に希少だが、「先祖帰り」に遭遇することもあった。]
[この町には一体どれだけの数の「血族」が居るのだろう。
町の横たわるこの谷間には、それらの放つ微妙な思考のノイズ、声にもならない音が満ち満ちていた。
そのために、本来の「人狼」が放つ「声」が拾えないでいる。変化しきっていない未熟な「人狼」の発する声は小さ過ぎて、ノイズにかき消されてしまっていた。]
[だがそのノイズも、時間が経つにつれ次第に薄れてきた。]
ワ タ … ノ ヨ ビ カ … ガ 、… コ エ ル カ 。
キ コ エ … … ル ノ ナ ラ バ 、 コ タ … ロ 。
オ … エ ハ 、 ダ レ ダ 。 ド … ニ … ル 。
[空は雷模様か。空が激しく劈いていく。
私は雷が怖い振りをしてリックに勢いよく身体を預けた。
そして悟られないように歯を食いしばる。]
ワタ……ワタシ…
ワタシはワタシよ…
クダラナイこと言わないで頂戴…
[自身の意識とは離れた場所で呟いているかもしれない。]
[彼は目覚めたばかりの「人狼」に向かって、遠吠えを放った。
その「声」は人間には決して聞こえないだろう。
が、「人狼」ならばそれは、耳を圧する咆哮に聞こえた筈だ。]
[筋の通らない言葉をどこへ向けてでもなく発する。]
やめて…離して…
ヤメ…離してーーー!!
[聞こえはしない筈だがリックが聞けば何とするか。]
─回想─
[しばらくしてローズマリー達がソフィーの父を連れて戻ってきた。
「ギルバート」と名乗る男は、何事もなかったかのように二人を出迎え、2階に彼を運ぶのを*手伝った。*]
[響く音ははっきりと声として脳に響いた。
表の意識が一瞬飛び、うわごとのように呟く。
いや、呟いたのか、『思った』のか、自分では分からない]
…だ…れ…?
俺は…此処…に……
──!
[呟きの後に響く咆哮に、びくりと身体を振るわせる。
逃げられないその声に、体温が抜けたように体が冷たくなった]
あ…ァ…!
[すぐそこに誰かがいる。たぶん、私しか解ってない。
リックに聞いてはダメ。探すの。]
近くにいる。
探して。
見つけても。
目はあわせないで。
肌や耳、そして全身で感じるの。
……う……ダメ……
[心拍数は150を数えるに至っているか。]
――酒場・アンゼリカ――
[帰りの車中、わたしは言葉にならない声を上げるお父様の気持ちを落ち着かせるために、後部座席から身を乗り出すような恰好になりながら幾度となく話し相手になった。
元々奉仕は嫌いではなかったし、人の役に立ちたいと幼心から抱いてシスターという道を歩もうと決意していたので、お父様の相手は苦痛ではなかった。
むしろ教職では味わえない充実感を与えられたようで、とても満ち足りた気持ちになっていた。]
[やがて到着した酒場。二階へと運ぶ動作はさすがに筋力低下が見られる身体とはいえ壮年期の男性は女手には重く、ギルバートの…男手の助けがこれほど頼もしいと思ったことはなかった。]
あの…ありがとう。お陰で助かったわ、ギルバート…さん。
[ロッキングチェアに座らされたお父様が、さして混乱もせず静かに宙を見つめている姿を確認してから、わたしは改めて彼にお礼を述べた。その時見つめた瞳に。背筋がざわついたのは気のせいだっただろうか?]
止んだ…
雨が冷たい…いま激しく体温が上がったのかも私…
ううん、それよりもまた来たらどうしよう。
誰…誰に相談すべき…デボラさん…いいえ…ああ…
――二階 ローズマリーの部屋――
[愛想よく微笑むギルバートから静かに視線を外し、食事の準備をするといって階下に向かったローズを見送って。わたしはソフィーの寝顔を見つめた。
寝汗で額に張り付いた髪筋を梳いてあげる。あどけなさが残る唇に視線が止まった時、わたしは先程お父様に施した行為を思い出して溜息を吐いた。]
[あれはいつの頃だったろうか。ヘイヴンという町に慣れ始めた頃、わたしは村にある小さな仕立て屋に通い詰めるようになっていた。勿論初めは服代を少しでも浮かせようとしてだったが、時が経つにつれ店を切り盛りしている年下の女性と意気投合した結果とも言えた。]
[ソフィーと名乗る女性は同性のわたしから見ても好意が持てる女性で、嫌味がないところにとても惹かれた。と言ってもこれは恋情対象ではないのだけれども。
時同じくして親しくなったローズとは正反対の女性。わたしはローズには性愛と軽蔑を、ソフィーには敬愛と私淑の念をそれぞれ持ち合わせていた。]
[そんな憧れだった彼女の、心の影を覗かされたのは偶然だったのだろうか。それとも緻密に計算された神から与えられた必然だったのだろうか。]
「父と関係を持っているの…」
[そのような意味合いの言葉に、当時のわたしは酷く神を恨んだ。嗚呼、何故主はこれ程まで人々を苦しめるのかと。
そして願った。もし許されるのなら、このわたしがソフィーの…彼女の苦しみ全てを請け負ってしまいたいと。]
[だから先程、わたしは少しも躊躇う事無く彼女のお父様と口付けを交わすことが出来た。時が許したのなら、そのままわたしは躰を許していた事だろう。それが彼らの…その場限りな救いにしかならなくても]
……それでも主は…純潔を穢すとまぐあう行為を忌み嫌いますか?
[寝苦しそうに寝返りを打つソフィーを見つめ。わたしは恨みとも取れる言葉を、天に向かって吐き出していた。]
電気…切れたっぽいな…何でだろ?
冷蔵庫も缶詰はいいとして…他のモンは食べないと腐るなぁ。
電話も駄目、か。
[ガチャガチャと電気製品を弄るが全滅。ため息をついてどうするかと思案にくれる。外は相変わらずの天気で更に憂鬱にさせるが、ここで物に当たっても仕方ない]
どうするかな。まずはこの服洗うのが先決か。
[幸い水道は大丈夫なようだったので、服を換え、きていたものは手洗いで洗い出す。乾くのはいつになるか分からないが]
先生もシャロもあれから大丈夫だったのかな。
雨やんだら気晴らしにでも先生の所行くか。
[借りてたアトリエに製作途中の模写があったはずだし、と一人呟き]
―回想―
[左腕を庇うように押さえていたステラ。災害への対処せざるを得なかった労苦は彼女の体に負担となって降り積もっていたのではないか。あるいは、行方不明者の捜索を手伝って怪我でもしていたのだろうか。
そうでなくても、元々体が弱かったことを思い出す。
この雨の中徒歩で返してしまったことを内心で悔いていた。
ギネスビールを置き受話器を取ると、手帳を頼りにほとんどかけたことがないその番号を回した。3コール、6コール。彼女は出ない。
電話口でどれくらい佇んでいただろうか。
不在か、あるいは電話にでるつもりがないのか。]
……ファファラ
[帰宅の途上でなにかあったのだろうか……膨らみそうになる不安を打ち消す。今更、彼女を追いかけるわけにはいかなかった。彼女は意志の籠もった足取りで走り去っていったのだ。
時に儚げに見える彼女の、しかしその奥に感じる芯の強さを信じることにした。それは、いかにも都合がよく狡い考え方だったに違いない。それもまた、自覚していることだったが。]
―回想/少し前―
[雑貨屋から車を巡らし、ポットをローズに返しにアンゼリカに寄った。私はそこでソフィーが倒れたことを耳にした。酒場に入ってよいものか逡巡していたシャーロットにも話し声は届いていたかもしれない。
なにか手伝いを申し出ようとも思ったが、ソフィーを運んだのはハーヴェイで、ギルバートもそこにはいた。男手は足りているようだった。
「なにかあったら気軽に電話してくれ」とだけ伝えると、娘の肩を抱いて車内へと戻っていった。]
―アトリエ・一階作業場―
[シャーロットは自室にでも戻っていたのだろうか。彼女の姿はそばになかった。
私は雑貨店から持ち帰ったダンボールを抱え、吹き抜けにかかる白い金属製の螺旋階段を降りてゆく。二階分の天井高のある作業場に降り立つと、床にダンボールを置き中身を出した。]
「二ダース!? 二個じゃなくて?」
[正気を疑うようなレベッカの表情を思い出す。
私がダンボールの中から取りだしたのは、卑猥そのものの形をした機械仕掛けの屹立、ディルドだった。電動モーターが内蔵されたそれはリモートコントロールができる最新型のもので、形態上邪魔になるコードなどの付属物ははみ出てはいない。
いくつかの種類を参考品として購入し、分解してみた結果最も目的に叶ったそれを私はひとまず2ダースほど購うことにしたのだった。]
これをレベッカの思い出にはしたくないな。
ていうか死にてえ……
[軽くどんよりした気持ちになったものの、電源スイッチを入れ、蠕動し始めたそれを見ているうちに純粋に機械的な好奇心にいつしか囚われる。その動きから派生する連想が翼をもたげ、空を羽ばたき始めた。
微かな翳りは一瞬で掻き消え、歓娯が胸を膨らませた。]
……おもしろい
[箱から取り出す僅かな時間ももどかしく、次々とディルドを取り出してゆく。
少し離れたところには、水族館の水槽に用いられる透明の強化アクリルを使って自作した、充分な強度のあるテーブルが置かれている。足につけられた台車用のキャスターのストッパーを外し、作業場の中心に移動させた。]
[24本のディルドはアクリルのテーブルの上に、横隊陣形の兵士たちのように等間隔で整然と整列していた。念のため底部を両面テープで固定する。
私は世紀の-あるいは性器の-一瞬を前に深呼吸し、無数のスイッチをONにした。]
[兵士達は一斉にいきりたち、昂奮に身を戦慄かせはじめた。]
わははは!
最高!
[むしろ、それは勇ましいというよりは悩ましげなウェーブになっていっただろうか。私はバタバタと膝を叩き、腹を抱えて笑った。]
おもしれーっ
ああっ そうだ。
[その様に一つの啓示を受けた私は壁際に設置されたオーディオセットに駈け寄ると、ラックから一枚のレコードを探しだした。針をのせると、陽気な音楽が流れ出した。ハリー・ベラフォンテの『Banana Boat』だった。]
――――
Day-o, day-o
朝だ! 朝だぜ
Daylight come and me wann' go home
朝日が射すと帰りてえ
――朝が来るまでバナナを積むんだ
計数員さんよ、俺のバナナを数えてくれ――
――6フィート、7フィート、8フィートも積んだバナナの山
A beautiful bunch of ripe banana
熟れたバナナの見事な山さ
Hide the deadly black tarantula
ヤベえ黒蜘蛛は隠してくれな
――
[時折手拍子を拍ちながらレコードの声に併せて唄い、屹立の群れの波に寄り添うように踊る。
吹き抜けの遥か上方で電話の子機がコールを鳴らした。母屋で誰かが取ったのだろう。すぐに静寂が訪れ、カリブの陽気なリズムだけがその場を支配した。]
デェーオ♪
[私はしばしの間の狂騒に身を委ねていた。遠い電話の向こうに横たわる感情の深淵を知ることもなく。]
―自宅2階・書斎―
[長い長い、まどろみ。
先ほどのまぐわいでその身に溜まった疲労感からか、男は少女を――否、“兄”は“妹”を腕に抱き締めたまましばし眠っていた。]
………………。
[ベッドからゆるりと起き上がり、“兄”は電気スタンドに手を伸ばした。]
――カチリ、カチリ。
――カチリ、カチリ。
[何度スイッチを入れても、部屋は明かりで照らされない。]
………………ん?
[“兄”は眉をしかめながら、ズボンのポケットからライターを取り出し、部屋を照らした。窓の外では、先ほどよりもさらに激しく雨が降っている。
火をつけたついでに、“兄”は甘いチェリーの香りがするリトルシガー――ニーナの兄が生前好んで吸っていたという――に火をつけた。]
>>583は結構強引だと思いますわ。
あの騒動のなか、どのタイミングで?と思いますもの。
ヒューバートがいれば、ステラを頼らなかったかもしれませんわ。
[窓の外を眺める。
激しい雷鳴と、大地を叩き付けるような大雨。]
こりゃあ………
[と言い掛けた男は、唇を歪め表情を変える。]
これは……まいったな。停電かも……。それに、凄い大雨だし。
どうやって、ニーナを「現実」へと返してあげればいいんだろう……?
[肌を晒した姿のまま、男は首を左右に振った。]
──回想 - 7年前──
───…はぁ、はぁ…。
[目覚めたソフィーは、嫌な予感に突き動かされ、
然して広くない家中を父の姿を求めて走り回った。]
何処…お父さん?
[バスルームにも、ガレージにも、貯蔵庫にも父の姿はない。
母屋にいない事を悟ると、ソフィーは家の外に飛び出した。]
『工房に明かり…。こんな時に仕事……?』
[隣接する建物の窓から薄ぼんやりとした光が漏れている。
予感はいよいよ大きくなった。]
[工房に入ると、捜し求めた父の姿がそこに在った。
父は工房に一体だけの女性用ボディに着せられた、
白いサマードレスの裾に縋って泣いていた。
何故かその姿は、少女の瞳に、赦しを乞う罪人の如くに映った。]
お父さん──。
[脅かさぬよう静かに声を掛けるが、父は振り返らない。
声を押し殺すように泣いている父の姿が痛ましくて、その悲しみを少しでも和らげようと、ソフィーは一歩ずつ父に近づいて行った。]
お父さ──…、
[ほんの少し手を伸ばせば父に触れられる距離まで近づいた所で、ようやく父が何か呟いているのが聞こえて来た。]
「済まない──。済まない、ソフィア…。」
「あの時の…は、俺じゃ……──。」
「我慢……きなかっ……だ──、
……を、喰う……りなんか無…っ……!!」
[意味を量りかねたソフィーが黙っていると
嗚咽交じりの涙声は更に続いた。]
「赦してくれ──ソフィア。」
「なぁ、ソフィ…──、待って…く……。」
「 《 俺も、今から、そっちへ行くから 》 」
[最後の一言が聞こえた時、ソフィーの身体は既に動いていた。
父に飛び掛ると、その手に握られた刃渡り15cm程もある裁ち鋏の刃を両手で掴んで取り上げようとしたが、父はしっかりと握り締めた柄を離そうとはしなかった。]
やめてお父さん、しっかりして!
お願い──、
私を見て…!!
[ローズマリーは簡単なスープをつくりロールパンを用意すると二階へと階段を上がる。
時折ふと電気が暗くなるのは雷のせいだろうか]
ロウソクを用意しておいた方がいいわね、きっと。
[自室の小さなダイニングに鍋とロールパンの入った籠を起き]
まずはお父様の食事ね。
[トレイに一人分のスープとロールパンを準備すると自室の扉を叩いた]
[ソフィーの悲痛な叫びも届かぬように、イアンは力を緩める事無く、掴んだ柄を縦横に振って鋏を取り返そうともがいた。
鋏を取り合って揉み合ううちに刃先が掠めたのか、ソフィーの首筋に鋭い痛みが走り、衝撃でソフィーは後ろ向きに床に倒れた。]
[パタタッ──。]
[レッドパインの白い床材に紅い鮮血の花びらが散った。
幸い深い傷ではなかったが、血の匂いは一瞬で周囲に満ち──]
「離せ!離してくれ!」
「ソフィアの所に行かせてくれ!」
「離ッ……」
[鋏を握って叫び続けていたイアンの動きが──、止まった。]
──…お父さん?
[不思議に思って顔を上げると、父は持っていた鋏を床に落とし、床を這うようにソフィーの元に近づいて来る所だった。]
……正気に、戻ったの?
[安心して力の抜けた娘を助け起こすように首筋に回された右腕。
それに甘えるように体重を乗せ、震える声で尋ねた時、熱く脈打つ傷口を、生暖かくぬらりとした感触がなぞるのを感じた。]
……ッ!!
おと……さん…?
[何が起きたのかわからず混乱するソフィーの耳元で、
ぴちゃりぴちゃりと音を立てて、イアンは娘の血を啜っていた。]
[その時不意に、先ほど父が呟いていた言葉を思い出した。]
《我慢出来なかったんだ》
《お前を喰うつもりなんか無かった》
『あぁ──……。』
[そういう、事だったんだ。
ソフィーにはそれがどんな病気なのか迄はわからなかった。
しかし、父が何らかの病によって母を喰い殺したのだと。
そう、理解した。]
おと、お父さ……、やめて…やめ……。
いや──…、お父さん……。
[恐怖に震える声で懇願するソフィーに構わず、
父の舌はぴちゃり、ぴちゃりと滲む血を舐めている。]
『やっぱり私の声は、お父さんには届かない。』
[絶望で目の前が真っ暗になった時、
ソフィーの脳裏にある一つのアイデアが天啓のように閃いた。
ソフィーは無心に血を啜る父の頭を抱き締め]
”イアン”──。
[と。母がいつも父を呼ぶ時と同じように、呼びかけた。
出来る限り母の仕草に似せて、優しく優しく、髪を梳く。
そうして自ら、獣のように口の周りを紅く染めた父の唇に、
──深く、唇を重ねた。]
―雑貨屋―
[リックに言われていた事を思い出す。シャーロットやウェンディと同じ年齢だ。
あの父をしてこのような子がうまれるとは、社会と言うものはつくづく分からないな、とネリーは思った。]
――二階 ローズマリーの部屋――
[ぼんやりと過去と現実へと想いを燻らせていると、ふいに部屋のドアがノックされた。
その音にあわせて、部屋の照明が揺らぐ。電力の供給は不安定ならしい。]
はい、ローズ?
待ってて、今開けるから。
[わたしはソフィーの許から立ち上がり、入り口のドアノブに手を掛けた。]
―作業場―
[ひとしきり踊り終えるとスイッチを切った。テーブルの天板に貼り付けられたディルドを一つ一つ外し、元のダンボール箱の中に押し込める。
これらを用いた制作のイメージは以前より鮮明になっていた。
創作への渇望が高まるのを感じる。
波が満ちるように、その時は次第に近づいているのだという感触があった。
私は地下作業場に保管していた粘土を台車で運び込み、練り始めた。]
[ローズマリーはトレイを手にドアの前。
ステラの手でドアがあけられる]
ステラ、お昼の準備ができたわ。
お父様に食べさせてあげることってできるのかしら?
[ローズマリーはステラにトレーを手渡そうとした]
ソフィーの様子はどう? まだ寝ているの?
[開け放ったドアからローズが顔を覗かせる。手にしたトレイを受け取りながら]
えぇ、食事介助は大丈夫よ。
ソフィーは…まだ眠っているみたい。
[ちらりと後ろに視線を送り、ローズに小さく笑んで見せた。]
──酒場2階 - ローズマリーの部屋──
[遠い昔の夢を見ていた。
初めて父と身体を重ねた夜の事を。
未だにあれが、自分が生きる為だけの行為なのか、
父への愛情故の行為だったのかさえ、判然としない。
ただ、母の名を呼びながら自分を抱き父の腕に、
ひと欠片の嫌悪すら抱かなかった事だけは確かだ。]
──…。
[熱のせいか、熱い吐息が漏れる。
目を開けると、目の前に見知らぬ天井があった。]
──自宅・浴室(帰宅直後)──
[荷物を運び込む際に、今度はシャーロットがヒューバートに傘を差しかけた。玄関までのわずかの距離で二人ともびしょぬれになってしまった事に驚く。帰宅までのわずかな時間に雨は暴力的な横殴りに変化していたようだ。
窓の外に小さな稲光が見える。わずかに天井のライトが揺れた。シャーロットは今、アトリエの二階の浴室で湯に浸かり終えほっと息を付いたところだった。]
…あ。
ママがまだ帰って来てないのに。
後で、養鶏所に電話かけてみようかな。
[手足が十分暖まったところで、バスタブ(冷え性のエリザとモデルで緊張した後のシャーロットが身をほぐす事が出来るようにと、特別に注文した深く大きなバスタブだ。大人が二人で入る事も出来るだろう。)の湯を抜き、シャーロットは冷水のシャワーのコックを捻った。上気した肌を落ちつけるために。
そして、タオルで軽く身体を拭き、鏡の前に置いた椅子に腰掛ける。]
……ん。
[ぱちりと、瞳を瞬かせる。
目の前が軽く霞んで、しっかりとした像が結ばれないが、
どうやら自宅ではないらしい事が理解出来た。]
──…っう…。
[一先ず起き上がろうと上体を起こすと、
ズキリとこめかみに鈍い痛みが走った。]
さぁ、お父様。お食事の時間ですよ?
[わたしは手近に有ったテーブルにトレイを置いて、お父様に声を掛けた。
と、その瞬間うめき声のような物が聞こえ、わたしは瞬時に振り返る。
そこには上体を起こして身を屈めるソフィーの姿があった。]
っ…大丈夫?ソフィー!あなた、熱があるのでしょう?
[思わず立ち上がり彼女に駆け寄る。]
[床に脱ぎ捨てた服を着込み、銀色の腕時計をはめる。ひんやりとした感覚が、左側の手首に伝わってきた。]
ニーナ……。
雨の中を走ってきた、ニーナ……。
「俺」に逢いに来てくれた………
[肌を晒して眠る“妹”の姿を見つめ、“兄”は悲しげな溜息をつく。]
……ごめんね、ニーナ。
君とずっと一緒にいてあげることができなくて……
[聞き覚えのある声に痛みを堪えて顔を上げる。]
……ぁ…、ステラ、さん…?
[見覚えのある、シックなモノトーンの服装に気が緩んだ。
助け起こしてくれる片腕に、存在を確かめるように手を乗せた。]
何故、あなたが……。
──…ここは?
[更に視点を変えると、酒場の主ローズマリーの姿もあった。]
[わずかなに歌を口ずさみながら、ローションを手に取り肌になじませる。
最初は腕、次は脚。剃刀をゆっくりと脚の先から上方へかけて滑らせて行く。凹凸の有る膝も丁寧に反り上げ──…太腿のあたりでピタリと手が止まる。]
……どうしよう。
今度のパパの作品ってどうなるのかしら。
何処まで処理していいのかわからないわ…。
聞いておけばよかったかも。
[鏡の前で困ったように微笑と瞬き。]
それにしても…。
リック、本当に2、3日で背が伸びたんじゃないかしら。
以前、冗談で「鍛えてるらしいじゃない」って言って、腹筋を触らせてもらったけど、なんだかこれからはそんな事言えない気がしてきたわ。男の子って……。
[脇腹から腰にかけてローションがついたままの指を滑らせ、]
……私は、太らないようにしなきゃね。
ママにスパッツだけで自転車に乗っちゃ行けませんって言われたけど、確かに。
…ん。
[目を閉じる。指先は、そのままシャーロットの内股に軽く触れる。]
…全部、剃っちゃおうか。
ううん、水着が着れるくらいがきっと無難ね。
──シャーロット自室(現在)──
[ヒューバートが扉をノックする音に「はい」と言って扉を開く。
バカンスで着るようなVネックのペパーミントグリーンのサマーワンピース。次にモデルになる日に備えて、下着を身に付けていない事が目立たない服装だ。]
…パパ?
[特にアテもなく走り続けた。ペットの犬を助手席に載せて。
最近では、ネリー以外の者が助手席に乗るのは、
人間以外でも久しぶりのことであった。]
ハァハァハァ……なんだってんだよまったく。
[無性に不機嫌であった。意味はわからない。
独りでいることが、不安で仕方がなかった。
こういうとき、ネリーがいないのが残念であった。
どれくらいの時間走っていたかわからない。
ボブのアルファロメオは、酒場の前に止まった。
急いで、戸口の前にやってくる。]
オーイ!誰かいねえか?
─酒場2階・ローズマリーの部屋─
[ソフィーの父を運び込んだ後も、追い出されないのを良いことに、何となくそこに留まり続けた。
まだそれ程の年齢ではないと見えるのに、この男はまるで何もかも喪った老人のような雰囲気が感じられる。
ローズマリーが用意した食事をステラが男に与えようとする様を見ながら立っていた。]
[支えるように手を差し伸べると、重ねられた手から体温が伝わる。
――熱い…]
ここは…ローズの部屋よ。あなた、熱を出して倒れたのですってね。それに…。
雨も酷くなっているから、あなたには無断でお父様もここに避難して頂いたわ。この身体ではお父様の面倒を見るのも辛いでしょう?
[状況を把握し切れていないソフィーに、わたしは優しく微笑みかけ、あやすように髪を梳いた。]
[状況を理解しようと2〜3度瞳を瞬かせていると、
キィ、キィ、と軋む何かの物音が聞こえて来た。
その聞きなれた音に、ベッドの足元に目をやる。]
──!!
お父さん──!?
[自宅に居る筈の父の姿を前に、軽い混乱がソフィーを襲う。]
『何故父が──?
私の助け無しには家を出る事も侭なら無い筈なのに……。』
[ステラの腕に縋り、慌ててベッドから立ち上がろうとすると、掛けられていた布団とバスタオルが滑り落ち、血管の透ける白い肌と、上向きの乳房が外気に晒された。]
[ネリーはリックの父――ノーマンの元で3年、あるいは4年ほど住み込みとして働き続けていた。
ヘイヴン育ちのネリーであったが、社会、特に裏に潜む社会にとっては無知に近かった。ノーマンはそこに目をつけた。
ノーマンは家族、特に子供達の前では特に、ネリーが見える部分ではネリーへの対する仕打ちというものは見せなかった。
だが隠れてネリーに人として許されざる事、踏みにじる行為を続けていたのだ。]
―シャーロット自室―
[私は、制作への昂ぶりに僅かな緊張を感じながら、シャーロットの自室の扉をノックした]
シャーロット、いるかい?
[扉を開けた彼女に、微笑みかけながら問う。]
今から、モデルになって欲しいんだが、大丈夫かな。
時間はそれほど長くはかからないと思うんだが。
[ステラの説明が耳に入るのが一瞬遅れたソフィーは、
急な移動に軽い貧血を起こし、腕で身体を隠すように蹲った。]
そう、ですか。
ローズさんの──。
すみません、ご迷惑をお掛けして……。
[眠っていた女性の目が覚め、ローズマリーとステラは彼女にかかりきりになった。
階下の店入り口で聞こえるドアの開閉の音には気付かないようだ。
続いて、不機嫌な男の声が聞こえてきた。]
[ネリーは生き抜く為に真実を隠し続けた。
そうする事でしか、生きる術がなかったのだ。
もし真実が公になれば、州をあげての大問題になるであろうな程、虐待、蹂躙はエスカレートしていた。
そして遂に――ネリーの感情が暴発したのだ。]
[突然立ち上がったソフィーに、わたしは一瞬だけ戸惑うがすぐに毛布で体を包んで]
落ち着いて…落ち着いてソフィー…。
お父様は大丈夫よ。それよりあなた…まだこんなに身体が熱いじゃない…。大人しく寝ていなさい。お父様の前にあなたがどうかしちゃうわよ?
[少しきつい口調で彼女を制する。普段はこんなきつい声なんて、出した事はない。少なくてもこの町の人の前では。]
いるのか…いねえのか…どっちだ。
[そう呟いて、ピアノの前に座る。
話し相手がいなければ、無性にピアノが弾きたい気分。
誰かいれば、その音で現れるかもしれないと思った。]
構わないわ、ソフィー…。それより体調はどうなの?
このまま休んでいても…大丈夫?
[落ち着きを取り戻したソフィーを抱かかえるように腕を回し、肩を静かに叩いた。]
殺してやる――っ
[ノーマンはネリーの静寂にも烈火の如き感情を不意打ちとは言えまともに受けた。
結果、ノーマンは激しく傷つき、瀕死の重傷を負った。
社会復帰を要するのに、数ヶ月の時間を要した。
官憲力、法廷その他へネリーを突き出す事は容易ではあったが、自分の首も絞まる可能性を憂慮し、訴える事はなかった。
だが、ノーマンも然る者。恐るべき報復がネリーを待ちかまえていた。]
[階下から男の叫ぶ声が聞こえて来て、
部屋の入り口に目をやると、いつの間にそこにいたのか、
見知らぬ人影が足音も無く部屋を出て行く所だった。]
あの人は──…。
[一瞬見えた人影は、どこかで見た事があるような──。
ソフィーの意識が一瞬記憶の中の人影を求めて彷徨う。
しかしすぐに、ステラの声に現実に引き戻された。]
……あ、え、えぇ…。
[見た事のないようなきつい口調に気圧されたように頷き、
掛けられた毛布を手で押えてベッドの縁に腰掛けた。]
今開けますよ。ちょっと待ってて下さい。
[と大声を張り上げながら階段を下りると、フロアに置いてあるピアノの前に黒人の男が一人立っているのが見えた。]
すみません。ベアリングさんはちょっと今取り込み中なんですよ。
だもんで店は開いてないんです。
[こちらに、近づいてくる人の気配を感じた。
幸運なこと。そう思った。そして、世界で最も嫌いな
曲を、無性に弾きたい気分になってきた。]
Oh, say can you see,
by the dawn's early light
What so proudly we hailed
at the twilight's last gleaming?
[アメリカ人なら、誰でも知っている曲。
吐き気がするほど、パトリオティックな。]
[扉に手をかけたまま、首を傾けてにっこり笑う。ヒューバートについて、アトリエへと降りて行く。]
今からって。
いいけど、さっきの荷解きは終ったの?
……今日はどんな風にするのか教えて?
[ノーマンはネリーを――最早拷問と言っていいだろう。拷問にかけ、ネリーの身体の一部をごく僅かながら、切除してしまった。
激しく傷ついたネリー。 ネリーは真実を今もひた隠しにして生きている。
主治医のデボラ意外には誰にも、親にさえも言っていない。
ノーマンが彼の家族へリークしていれば別だが、それでもこれらを知る人々は皆無に近いであろう。
余程の事が無い限り、ボブにも気づかれていないはずだ。]
[ニーナの服――雨のにおいがする、ずぶ濡れの布たち――を手にして部屋を出る。]
ニーナが風邪ひいたら……どうしよう。
せめて、洗濯だけでも……。
[勝手を知っているはずの家の中を「探し回り」、ニーナの“兄”はシャワールームの近くにある洗濯機を見つけた。中に入っている「見慣れぬ」男物の洗濯物を全て外に放り出し、“妹”の服の洗濯を優先しようと、スイッチを……]
……あれ?電源……入ってない?いや、違う……
ああ……停電……か。
[“兄”はガクリと肩を落とすと、“妹”の服に含まれた水分をシャワールームでできるかぎり搾る。]
[家の中を物色し、小さな倉庫から燭台を取り出す。十数年前のクリスマス以来使われていないらしく、すっかり埃まみれになっていた。もしかしたら火をつけただけで火事になるかもしれない――そんな奇妙な不安はあったが、無いよりはましだと“兄”は思い直した。]
[気休め程度に水気を搾った“妹”の服と、古めかしい燭台を手にし、“兄”は再び2階の寝室へと戻った。]
……
[薄暗い部屋の中で何とかやる事は終えると、所在なさげに自室のベッドへ倒れ込む。
綿の心地よい感触に普段なら安心する筈なのに、今は頭から離れない昔の記憶にまた嫌悪を抱く。
最後に兄と寝たのはこの部屋だったか。
どうして最後になったのか?
それは兄が死んだから。
確か警察の調べで兄は『自殺』と診断されていた。
兄の引き出しから遺書が出てきたから。
傍目には人にも恵まれ、優秀だった兄がどうして自殺?
小さな町で少し騒がれた事だったが、思春期であったことから何か自分達の知らない悩みでもあったのだろうと事は済んでいた]
兄さん…。俺は…
あなたは、この前私がピアノを弾いているときに
ここに訪れた方ですよね。ここに厄介になっているのですか。
[手元で、例の曲をポロンポロンと弾きながら答える。]
いえね、何となく話し相手が欲しい気分でしたから。
何か取り込み中であれば、これ一曲弾いて帰りますから。
[そう言って、嫌いな曲の続きを弾く。]
Whose broad stripes and bright stars,
through the perilous fight.
あの人…?
[ソフィーの言葉にわたしは振り返り、今当に出て行こうとするギルバートの後姿を黙認する。]
あぁ、ギルバートさんね。ここでお世話になっているそうよ?わたしもついさっき知ったんだけど…。
それより…お父様の事はわたしに任せて?まずはあなたの具合を治す事。良い?
まあ、ソフィー、気づいたのね。
よかったわ。
外は嵐で。
お父様が心配だったし、こっちに連れてきてしまったの。
勝手してごめんなさいね?
[ステラに再びねかしつけられたソフィーを心配そうに見下ろした]
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