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鍛冶屋 ゴードン の役職希望が 村人 に自動決定されました。
吟遊詩人 コーネリアス の役職希望が 村人 に自動決定されました。
集会場は不信と不安がない交ぜになった奇妙な空気に満たされていた。
人狼なんて本当にいるのだろうか。
もしいるとすれば、あの旅のよそ者か。まさか、以前からの住人であるあいつが……
どうやらこの中には、村人が8人、人狼が2人、占い師が1人、霊能者が1人、狂人が1人、守護者が1人含まれているようだ。
あー、諸君、聞いてくれ。もう噂になっているようだが、まずいことになった。
この間の旅人が殺された件、やはり人狼の仕業のようだ。
当日、現場に出入り出来たのは今ここにいる者で全部だ。
とにかく十分に注意してくれ。
自警団長 アーヴァインが「時間を進める」を選択しました
[部屋を出てきた翠に声をかけられ]
いや、どういたしまして。ここにいる間はお世話になるわけだし。
改めて、よろしく。
[会釈をひとつ。]
逃亡者 カミーラは、医師 ヴィンセント を能力(占う)の対象に選びました。
―三階、客間―
さて、それでは行くとしようか……皆様にご教授せねば、ね……
[年季物の旅行鞄から煤けた燕尾服を取り出し、埃を払う。
それに袖を通し終えると、一端の楽師の貌へと変わっていた。
たとえ、それが外面以上のものでなかったとしても、だ]
では、参りましょうか。
[誰にともなく呟くと、楽譜を抱えたまま客間の戸を開けてホールへと向かった。]
農夫 グレンが「時間を進める」を選択しました
[会釈をされて、翠は深々と頭を下げた。
同僚から話は聞いている。
此の男性は由良様だろう。]
はい、御用がありましたら
何なりとお申し付けくださいませ、由良様。
[と、微かに柱時計が時を告げる音が響いた。
使用人たちが晩餐の準備が整ったことを
客室へと知らせに回っている。]
いけない、急がないと。
由良様、雲井様、まもなく晩餐会が開かれます。
食堂までお越しくださいませ。
[それでは、と翠は半ば走って立ち去った。
先ずは服を置いてこなければ。]
吟遊詩人 コーネリアスが「時間を進める」を選択しました
天賀谷さん以上に識っているかどうかはわからないが……。
[夜桜の問いかけに思案しながら記憶を辿る。]
私は戦時中は軍医でね。
中国に居たんだ。
そこでは様々な死の事例を調べる機会があった。
戦争中の混乱した時期とはいえ、実に様々な死があるものだよ。
その中で、常識では考えられないような死に様を迎えた死体と対面する機会があった。
見習いメイド ネリーが「時間を進める」を選択しました
──食堂──
[蝋燭とシャンデリアの仄暗い室内。
馳走が並ぶ食卓の端に、何時の間にやら天賀谷の姿が有る。仁科が見て驚いた様に急激に痩せ落窪んだ貌を隠すためか、何故か白塗りにされた顔面に舞台役者の様な朱が頬にさされている。]
──…時が来た。
望んでいた時が…。
[天賀谷は未だ人の集まらぬ室内で、独り悦に入った様な笑いを浮かべ乍ら葡萄酒の入った杯を掲げた…──。]
逃亡者 カミーラは、見習いメイド ネリー を能力(占う)の対象に選びました。
―三階廊下―
[走り去る女中を一瞥すると、形ばかりの礼を交わす]
「全く、揃いも揃って不躾な連中だ。所詮、成り上がり者の其れか……たかが知れている」
[悪態は、柱時計の残響に解けた。]
―二階/廊下―
[客室で着替えたのだろう。
ディナージャケットに正装して、階段を降りてきた。
ホールの前には、今宵の客たちが集まって賑やかだ。
その顔ぶれに素早く目を走らせて、眉をひそめた。
彼らの背後から、水盤を一瞥する。
話を披露している枚坂の横顔に、真意の掴めない強い視線を当てた。]
[走り去る少女の後姿に軽く手を振ると、]
──はて。晩餐会ともなると、それなりのなりをしていくべきなんだろうなぁ。
…………似合わないんだよなぁ、俺。そういう格好ってのは。
[深々と溜息を吐くと、ここに来る事になった原因である知人に言われて持ってきたタキシードに着替えるべく部屋に入った。]
──使用人部屋──
[運転手の自分に晩餐会は無縁である──と、仁科に割り当てられた部屋で、独りまた酒でも…寝台に腰掛け寛ごうとしていた仁科は、響いてきた柱時計の音に目を細めた。]
──…おや。
[使用人を呼び止めて]
オイ、貴様、天賀谷は食堂にいるのか
[使用人が肯くと来海は自分の席が用意されていることを確かめ食堂へと足早に向かった]
尋常ならざる力で引きちぎられたような。
猛獣に襲われたかのように無惨に喰い散らかされたような――
[言いかけ、私は我に返る。女性を相手にする話ではなかった。ましてや食事の前には――]
ああ、いや、忘れてくれ。
いずれにしても、そうした謎めいた検体を調査する過程で自然、そうした伝承を耳にする機会があったんだよ。
[その時、柱時計のベルが鳴り響いた。]
[すれ違いざま、見る水盆。
水の気配。
あの水盆は。
水鏡は。
間違いようの無い呪物。]
……。
[自分の“視る”ものとは関係が無い。
それでも畏ろしい。
水が、揺れている。]
鍛冶屋 ゴードンが「時間を進める」を選択しました
―二階・水鏡の前―
[枚坂の話を聞いているのかいないのか、水鏡から目をそらしながら呟いた]
……可哀そうに。
きっちりと引導を渡してもらえなくて、彷徨っているわけか。
[柱時計の音が響く。使用人達のざわめきも聞こえてきた]
お尋ね者 クインジーが「時間を進める」を選択しました
……俺の刀ならば、迷わせずに済んだだろうに。
その首を落として、滅ぼしてやれただろうに。
痛みを感じる間も与えずに。
……ああ、かわいそうに。
[使用人の部屋が連なる棟は既に静かだ。
皆準備に追われているのだろう。]
「翠、急いで」
ええ、直ぐ行く。
[自室に服をそっと置くと、
翠は髪を手早く整えて晩餐会会場へと向かった。
久しく遠ざかっていたざわめきが近づいてくる。]
[杯を傾け乍ら──、]
ロクでも無い話なら、今までも散々寝物語に聞いて来たもんだが、どうにもいけないね。──…聞いた直後の数日はやはり自分でも薄気味が悪いが。
其れだけじゃあなく。
何かこう──…屍鬼なんてえのが、流石に此処に来てはじめましてな所為か。否、旦那様が急にお窶れになったのが気に掛かるのか…。
妙に不吉な。
─3F廊下→2F食堂前─
……ああ、首が苦しい。こんなもんつけて飯が咽喉を通るもんかね、果たして。
[ぼやきながら食堂に向かう。先ほど自分を案内してくれた青年もこのような硬いなりをしていたが]
あれは慣れなのかね。なかなか板についてたな。まだ若いのに、えらいもんだ。
冒険家 ナサニエルが「時間を進める」を選択しました
[枚坂に頷きかけた。]
そう。
そう云う話はなさらない方がいい。
ご婦人方の前というだけではなくてね。
向こうに居たなら、ご存知かもしれないが。
こう云う諺も有りますよ。
曹操の話をすると曹操が現れる。
[すっと、食堂へ入っていった。]
――黄昏時・二階――
[時を告げる重々しい音色が廊下に響く。傍らの少女がさつきをちらと見て、思案げな風にしたものの、何を云うでもなく背後へ控えた]
いつだったか、お父様が仰っていた通りだわ。
この水盤が此処に在ると云う事は――けれど、これは、屍鬼を――
『――災いを招くもの、なのに』
[真白いドレスの袖を両手で抱き、さつきは身を走る悪い予感に躯を震わせた。戦前にまだ長彦が上海に居た頃に聞き及んだという怪奇事件――其れは実業家の父らしくもなく、事実であったと知る者の確信と共に聞かされた出来事だった]
―三階廊下から二階食堂ホールへ―
[見知らぬ人間と、先日見たばかりの人間が続々と食堂に吸い込まれていく。
それぞれに軽い会釈をしていると、どこかで覚えのある香りが鼻を刺した]
……さて、なんだったか……
どうにも、覚えがあるが……まあ、関係あるまい。
[視界の端に「親愛なる生徒」の姿を認めると、それっきり考えを巡らすのを止めた。]
おや、時間かな?
[周囲を見渡すと、廊下の交差する二階の中心とも言えるこの水盆近くには気がつけばいくつもの人影が増えていた。
視線を感じ振り返ると長い髪の青年が強い眼差しを向けていた。]
『彼はどこかで……?』
[視線が交差した彼の言葉に私はいささか赤面しながら頭を掻いた。]
そうだね。この話は――
[盛装に身を包んだ利発そうな少女の姿も見える。華やかな宴席の前にはあまりに不似合いなその話題を私は中断することにした。]
どうにも最近の旦那様は、否、自分が最初にお会いした時からそうだったのかもしれないが──何かに魅入られた様に、危うい方へ向かわれている様な。
[額に手をやる。
蟒蛇の如く酔う事の無い仁科は、ふと酩酊感を感じている自分に違和感を感じた。]
あたしが、酔った──のか?
珍しい。
[食卓をちらりと見やると、恐ろしくやつれた顔を白く化粧した男の姿。]
『……?あれが、天賀谷氏か?』
[辣腕の美術商である知人を出し抜いてまんまと水鏡を手に入れたやり手のはずだ。もう少し精力的な男を想像していたのに。]
『それとも何か、水鏡の魔力の由縁ってやつか?』
[目は、天賀谷氏から離れ、水鏡を探してあちらこちらをさまよう。
藤峰と翠の姿も見えた。何とはなしに、知った顔を見かけてほっとする。]
[枚坂と、見知らぬ、しかし立派な身なりの男の話すのを聞いて、改めて己の場違いを思う。
しかし顔には出さない]
呼ばれているようだな。
→水鏡前→食堂
―二階廊下―
[視界の隅に映るさつきの姿がふと薄れゆく映像のように感じたと思った次の瞬間、彼女が眩暈でも起こしたようにふらつくのが見えた。
其れを抱き止めるのは、先ほど玄関で会った怪しげな男。]
「立場上、行かねばなるまい」
[足早に駆け寄ると、その顔を覗き込むように]
……大丈夫ですか、さつきお嬢様?
─食堂─
[ダンスのステップにも似て、軽やかに室内に入場して来たのは、真っ黒い妖華とでも喩えられるべき姿だった。
真っ黒なイブニングドレスに、真っ黒の靴、真っ黒な長手袋。結上げた艶やかな黒髪にはこれまた黒い造花の薔薇を挿している。
その黒ずくめの中に白い貌が輝いていて、艶冶な微笑を浮かべた。]
御機嫌よう、天賀谷様。
― 自室→晩餐会会場 ―
[ごめんね、と同僚達に小さく謝りながら
翠は素早く持ち場に着いた。
と]
―――ぁッ
[くらり、足元が揺れる感覚。
急によろめいた翠に同僚の少女が声を掛ける。
「大丈夫?」]
う、うん……大丈夫。
[謂いつつ、額に手をやる。
何だろう、今のは。
天鵞絨の眼を細めて、記憶を追うような仕草を見せたがそれも直ぐに消え]
[さつきの感じた眩暈はやがて去り、足許の覚束ない感覚からも次第に回復していった。毛足の長い絨毯に取られる事も無く、そっと雲井の腕を押しやって立つ]
嗚呼……済みません、ご迷惑をおかけしまして。
有難う御座います。
……初めてお目に掛かりますでしょうか?
未亡人 オードリーが「時間を進める」を選択しました
[立ち上がると特に身体に違和感は無く、本当に酔っているのか良く分からない。「酔う」事自体が久しぶりなので違和感があるのだろうか。]
──…多分。
あの兄さんが、ただの人殺しなら。
あたしは、何時もの癖で少しばかり濡れるだけで……其れでお終いだ。
[腕で自らの身体を抱き、傍にある簡素な鏡を覗き込み目の色を確認した。充血はしていない──。]
…屍鬼が、麓に出ても──この山荘は別世界──だろうに?
マァ、自分も他の使用人達と同じく、連日の客人の送迎で疲れているのかもしれないや。
晩餐会の隙に、庭でも散歩をするか──。
「――曹操の話をすると曹操が現れる」
[不吉な予兆のような彼の言葉が心に残った。]
大丈夫かい?
宴席には出られそうかな。
それとも、部屋で休養した方がいいだろうか。
気付け薬が要りようなら処方するが……
[少女に言葉をかける。]
[藤峰に声をかけて水を一杯汲んでもらう]
ああ、あとできれば濡れ手ぬぐいも。細いお嬢さんだからな、旅で疲れたか。
[とっさに、タオルという単語は出てこなかったようだ。
さつきたちのところへ行って水を差し出す]
ほら、一口飲め。
ええ、大丈夫です。
此方の方が、支えて下さいましたから。
[シロタへと答える声は平静なものだったが、さつきの背後ではメイドの娘が微かに身を竦ませたようであった。さつきは其の様子に気づくこともなく、用事を申し出た望月青年へと笑顔を向ける]
いえ、そこまでして頂く程には及びませんの。
其れに、御水でしたら――
医師 ヴィンセントが「時間を進める」を選択しました
そう言わず、少し休んだ方がいい。
頭でも打つと事だ。
……そう。
お嬢さんと初めてお目にかかるのは初めてですな。
[さつきに頷いた。]
――ほら、此処に。
[そう云ってさつきは屈むと掌までを浸した。水の冷たさを愉しむように目を閉じる。ゆらりと掻き混ぜると水面が波立ち、其処に映し込まれていた面々の姿を曖昧な形へとぼやけさせた]
[帽子を深く被り乍ら廊下に出た仁科は翠の姿を見つけた。]
──アァ、翠さん。
お疲れさま。
此れだけの客人が一同に──となると慣れないもんで、自分も珍しく酔っちまったみたいだ。少しばかり裏庭の崖の方にある櫻の方へ、風に当たりに行って来るが、気にしないでおくれ。
──…後、難しいお客人が居たら、自分を呼んでくれると良い。手伝うよ。
[近寄ってみると、どうやら他にも世話を焼く人間がいたらしい。
なるほど、資産家の血族となれば皆も構わずにはいられないのだろう……そんなことを考えながら、彼らに一礼し]
成る程、皆様に「私の生徒」がお世話になったようで……心より感謝致します。
さつきお嬢様、どうなさいましたか?
珍しいこともあるものですね、お嬢様がご気分を悪くされるなど……
[かくいう我が身にも、何かしらの「違和感」のようなものがあった。先程さつきに感じた感覚は……
まあ、深く考えても詮無きこと。そう呟き、水鏡にふと目を落とす]
[冷たい水をたたえたグラスを受け取ってもらえぬまま、途方にくれてさつきを見ている]
さつき、さん……?
水がどうしたって言うんだ。
[訳が分からないながらも、背筋に何故か冷たい汗が流れる]
……厭な気配だな……。
[なにやら自分のいる空間が歪んでいるような感覚。無性に煙草が欲しくなる。が]
……何ぼなんでも、衆人環視の中であれに手は出せないな。
[小さく舌打ちを一つ。]
にしても何なんだ、この感覚は……イタリアにいた頃でもこんな……
…………いや、爺さんを見舞ったときにこんな感じがしたが。
[第二次大戦後初めて日本に来た際、九州に住んでいた祖父を見舞ったときの病院の雰囲気が、強いて言えば、今のそれに近いか。]
[平坂の申し出にもさつきは緩く首を振り、謝意と否定を示す]
あら、それほど私は病弱に見えるのでしょうか……其れは確かに、叔父様が患っていらっしゃるとの噂も御座いますけれど。
でも、このように。
[云いながら立ち上がる。其の時には既に、望月が手早く水の入ったグラスを差し出した時であった]
[ゆらり、
ゆらぁり。
水面が揺れる。
ゆわぁん、ゆよぉん、
写し見は揺れて、現身は歪む。]
――、……。
[さつきが掌を浸した、水鏡。
そこに映る自らの姿もまた、薄明の彼方に在るような……希薄なモノのように。
それはこのみすぼらしい服装故なのか、それとももっと禍禍しい何かなのか]
ふっ、
[唯、自嘲する。それ以上の表現を彼は持たない。
音楽すらも。]
お嬢さん。
貴女の様な人は、こう云う物にあまり近寄らない方がいい。
さあ。
身体の方がもう大丈夫というのなら、晩餐が始まりますよ。
[数秒の沈黙を紛らわすように、殊更張りのある声で言った。]
仁科さん。
[声を掛けられて振り向き]
お疲れ様です、
酔ったって……大丈夫ですか?
ええ、お水とか欲しかったら声掛けてくださいね。
[そう謂うと心配そうに顔を覗き込んだ。
続いた言葉に微笑を浮かべて]
はい、
頼りにしてます。
[天賀谷は碧子の姿を認めると、食堂の奥まった一番暗い席から楽しそうに視線を向けた。僅かに蝋燭の灯りに照らされるその貌は、やはり控えめに言って窶れている…──。
そして、水鏡の周囲が騒がしい事に気付くと、大仰に眉を上げた。]
ああ、どうなさったの。矢張り御加減がお悪いのかしら。
それにしては随分と楽しそうなお顔をなさっているわ…何か良い事でもありましたの?
[天賀谷の変貌も異相にも、全く動じた様子は無く話し掛ける。気にならないのか、或いは言及してはならないと思っているのか。]
嗚呼、そう。天賀谷様。
天賀谷様から招待状を戴いて、私(わたくし)、本当に吃驚致しましたのよ。
だってこちらに引っ越されてからは、東京へは全然お出にならないのですもの。K…の方もすっかりお見限りだと黒田さん、嘆いてらっしゃったわ。
てっきり私の事もご一緒にお忘れになられたものとばかり。お手紙は何通も戴きましたけれど…
[少しく咎める様な流し目を送った。]
政治家の偉い先生やら、何やら難しいお客人もいらっしゃる様で。マァ、実は翠さんが半端な男子より強いのは知ってるが。
[親しげに笑う。水と言う言葉には、片手にまだ持ったままの銚子を無言で見せた。
軽く手を振って、制服姿のまま──*裏庭へ*。]
[天賀谷の目線が廊下に向かったのに合わせて振り返り、]
あら…どうなさったのかしら。人が集まってらっしゃるわね。
[たった今気付いたと云う様に不思議そうに小首を傾げた。]
[さつきがグラスを受け取ってくれたので、だいぶほっとした顔をする。それからコーネルに礼を言われたのに答えて]
あ、いや。礼には及ばない。
[何気なくコーネルの表情に不思議なものを感じた]
楽師の先生、あんたもどうかしたのかい。
それなら、よかった。
ここは麓とは寒暖の差が大きいからね。
体調を崩しても不思議はないから、変調があったら用心した方がいいよ。
[謎めいた水盆の水を混ぜる、幼さの残る仕草に笑みを含みながら言った]
いいえ、何でも有りませんわ、望月さま。水の揺らぎに酔いでもしたのでしょうか――汽車に一日揺られても、何とも有りませんでしたのに。
[望月にそう答えてグラスを口に含んださつきへと、小柄な娘が近寄る。囁こうとするのを手で制し、ゆっくりと彼女を見詰めた]
杏。貴女が支えて下さらないから、皆様にこれほどのご心配をお掛けしてしまって。それに此の儘では叔父様をお待たせしてしまいますわね……。
「……申し訳ありません、お嬢様。
皆様も、お騒がせしてしまって申し訳御座いませんでした」
[杏と呼ばれたメイドはさつきに口応えする様子も無く、一同に向かって深々と頭を下げた。良く手入れのされた唐繰り人形がするように、滑らかで静かな動きであった]
[ふっと我に返る。廊下になにやら人だかりがしていることにいまさら気づき、
何事なのかと向かう。
探していた水鏡はそこに。]
『うわ、何を寝ぼけてるんだ、俺は。こんなところに』
[髪に手をやってかきむしってやりたい衝動に駆られたが、さすがに自重した。]
[視界に入った大河原夫人の姿を、翠は眼で追った。
艶やかな、大輪の牡丹のような、
薔薇の様な。
どうやら翠の主人と話をしている様子で。]
―――……
[続いた仁科の声に視線を戻した。]
うん、そうみたいですね。
政治家の方は気性も荒いものなのかしら。
あは、ありがとうございます。
でも御客様に手荒な真似は出来ませんよ。
[ついと仁科が掲げた銚子を見て
「相変らずなんだから」
と苦笑を漏らし、後姿を見送った。]
[碧子の言葉が天賀谷に正しく通じているのか定かでは無い。立ち上がった、やはり黒ずくめの正装の十三は幽鬼めいて居る。碧子に近付き彼女の手を恭しく取ると、老王の様な動作で口付けた。]
──…美しい。
美しい貴婦人にお会い出来ない日々等、塵屑の様だ。
[十三の手は震えている。それは屍鬼を見たと言う麓の村の若者の様子にも似ていた。
白塗りのドーランが碧子の美しい手に付いたかもしれない。]
──…して、水鏡に。
何かが映ったのかね?
此の日が此の日が──とうとうこの屋敷にも訪れたのかね?
[最後の方は早口で聞き取り難い。
天賀谷が人だかりの前の場所でよろめく。傍に居た無表情なメイドが十三を慌てて支えた。]
[なんだろう。何故だろう。
息詰まるような空気があたりに充満していく]
この水盆に、本当に何かが見えるっていうのか……?
[今、どうしようもなく、傍らに刀が欲しかった]
貴方は音楽の先生でしたか。
よろしく。
[青年の面立ちは彫像のように整い、日本人とは隔たった容貌だ。異国の血を引いているのだろう。天賀谷氏が招いた人々の多彩な顔ぶれに少々驚きながら挨拶を交わす。]
[水鏡の周囲にいるのは、白いドレスの少女に、先ほど翠とやり取りしていた男、自分より若干年下であろうかと思われる青年に、眼鏡をかけたインテリ風の男と、蓬髪の燕尾服を着た男。
それぞれに軽く会釈をすると]
これが水鏡、ですね。
[と誰に言うともなく。]
[廊下に現れた天賀谷に、苦々しげな視線を向けた。]
天賀谷さん。
あんたまで、そんな事を謂うようでどうする。
もしこれが噂通りの代物なら、妖怪退治の道具じゃない。
怪異を招き寄せる代物だ。
そうですわね。食堂へと――あら?
叔父様には先客がいらっしゃるのかしら。
[雲井に答えて開かれた扉の向こうを見遣ったさつきの瞳は、麗々しく着飾った女性の姿を認めた。遠目ではそうまで詳しくは判らなかったとはいえ、さつきの纏ったデビュタント・ドレス――初めて社交界に初めて出る年頃の娘を飾るような、清楚なものだ――とは明らかに異なる、目にもあでやかな装いであった]
[人だかりは水盆の周りに出来ているようだ。
翠はあの水盆が何時になく奇妙な空気を纏っているような気がしてならなかった。]
……気のせい。
[言い聞かせる様に呟いた。]
[天賀谷は雲井にニタリと嗤う。何かに既に取り憑かれたかの様な貌だ──。]
──…遂に。
麓の村に──遂に屍鬼が出たのだ。
此の日を待っておった。
此の村ならと──待っておった。
[天賀谷と大河原未亡人が話しているのを見かけると来海はずかずかと近寄っていった]
ヤアヤア、大河原様、はじめまして来海と申します。あなたのお噂はお伺いしております。噂以上にお美しい方ですな。いや、ハハハ。
おや、もうお部屋に帰られるのですかな? それは残念です。また、お会いすることもあるでしょう。どうぞお見知りおきを。
[一方的にまくし立てた後、来海は天賀谷のほうに向き直った]
オイ、天賀谷聞け、今度選挙がある。石神井先生からお話があってな。復党すれば、通産大臣にご推挙いただく手筈になってる。
ついては、お前の助けが必要だ。力を貸せ。
[興味無さそうに閉口する天賀谷は水鏡を見つめながらぶつぶつとつぶやいたかたと思うと来海を置いて歩き出した]
お、オイ、聞いているのか、天賀谷、おい
[天賀谷につきそう使用人たちがさえぎるように壁になる。来海の呼びかけに天賀谷は反応を示さなかった。]
[これだけ人だかりが出来ては、私が自ら何かすることもあるまい……
そう判断して天賀谷氏に挨拶しようとした刹那、何気ない言葉が神経に刺さった]
……私は音楽家です。教師は、副業のようなものですね……ええ、副業に過ぎませんよ、「お医者様」でしたっけ?
[笑いを少しだけ強張らせて、自らに言い聞かせるように告げた。
歳不相応に白んだ髪を風に靡かせ、踵を返そうとした、が]
……どうにか、か。
そうですね、確かに「何かが」「どうにか」したような……何だったのでしょうね。
[青年の問いかけに、ふと視線を中空に泳がせる。その先には幽鬼の如き老人。]
ああ、そうみたいだよ。
[奇妙なかたちの帽子を被った青年と言葉を交わした。日本語のイントネーションにやや癖を感じたのは気のせいだっただろうか。]
[さつきの容態は案ずるほどのことではないようだった。私は食堂の方に視線を移し、人波の向こうに館の主の姿を認めた。
以前会った時に比べ、覇気が減じているように思える。
体調が思わしくないという噂は真実だったのだろうか。
突然、その体が傾ぎ、私は慌てて駈け寄った。]
天賀谷さん!
御久しぶりで御座います、十三叔父様。
……叔父様は、この日が来る事を望んでいらしたのですか。
……それとも、この日が来る事を恐れていらしたのですか。
[さつきの呟きは問いかけとも独白ともつかない、平板な口調で発せられた。或いは彼女自身にも、どちらかは判然としなかったのであろう。水盤に引き寄せられたように視線を向けたままの十三が、聞きとったとも思えなかった。しかし、其の答えは直ぐに齎された]
[待っていたとの天賀谷の謂いに肌が粟立つのを覚えた。]
『……屍鬼を、待っていただぁ?
正気なのか、天賀谷氏は』
[が、その身体がよろめくのを見て、思わず手を伸ばし、支える。]
『……想像以上にとんでもないものらしいな、この水鏡は。』
[淑女らしいさつきの姿に満足した様に頷く。
それは親しみの有る姪に向けたものなのか、さつきが水盆に無造作に触れていた事に関係があるのか──天賀谷の血走った目を見るにどうにも定かでは無い。翠に支えられて居る事にも気付いているのかどうか。]
屍鬼が現れた場所は異界に落ちる──。
屍鬼は、首を切らねばならんのだ。
──…わしはその為に刀剣を集めておった。
西洋の剣は、骨を砕く野蛮な物。
日本刀で無くてはの…──。
[一瞬、望月の方へ視線を走らせ、また焦点の合わなくなった目で嗤う。]
[「ああ、失礼した――」とコルネールに詫びるのもつかの間のことだった。
この場に訪れた不穏な気配に、細やかな気遣いをするゆとりもなく、私は天賀谷氏の様子に気を配る。]
天賀谷さん、やはり容態がよくないんじゃないですか?
[長い白銀とも見える髪を靡かせて、コーネルは視線を宙に泳がせる。その様を怪訝そうに見ていた]
「──…遂に。…」
[その声を聞いて振り返る。その幽鬼のような様に目を見張りつつも、天賀谷と認識する]
―――旦那様?
屍鬼だなんて……
[捲し立てる男が天賀谷の背後に居る。
あれが来海――だろう。
使用人の間ではもう既に話が伝わっていた。]
おやめください、
旦那様はまだお体が本調子ではないのです。
[来海を真っ直ぐ見た後、そう謂う。
仁科を呼ぶことになるだろうか、
そんな事を思いながら。]
[さつきの様子や、雲井の言葉が耳に入っているのかもあやしい。十三の身体を支えた枚坂に、]
──…君は屍鬼を知っているか。
[掠れた声で囁く。
そしてまた吠える様に嗤い始め…──そのまま白目を剥いて*その場に倒れた*。]
[天賀谷の弁は続く。
それは不吉で、重く、ゆらゆらと、場を覆いつくすような錯覚さえ覚えるような昏さを帯びる。]
……首を。
[翠は思い出す。
見事な刀剣の数々を。
見惚れたことも一度や二度ではない。
翠にとっての憧れ。
だが、それがそのような目的をもって集められていたなど。]
旦那様ッ!!
[倒れた天賀谷の身体を支え、
半ば悲鳴の様な声を上げる。]
担架を、
旦那様をお部屋まで……ッ。
[翠は近くの同僚に声を掛け、応急処置を施そうとした。]
枚坂様、
お手をお借りすることは出来ますでしょうか。
天賀谷さん!
天賀谷さん、しっかりしてください!!
[朦朧とした様子の彼の脇に屈み込み、その表情を覗き込む。]
「――君は屍鬼を知っているか」
[その言葉はズキズキと血流が拍つ頭蓋に残響となって響いた。]
天賀谷さん!!
『異界――』
[老いた男が洩らした、讒言めいた単語がさつきの耳に止まる。屍鬼の話は父親だけでなく、やはり当時の上海に居た乳母からも聞かされていた。尤も彼女からは、怪談めいた御伽噺としてであったが。
異界堕ち――其の点にさしかかる度、さつきは尋ねたものであった。では何故この御話が知られているの、と。乳母の答えもまた、判で捺した様に決まったものだった]
[昏倒する天賀谷。]
『……ヒューさん、俺に天賀谷氏のこの姿を見せて、どういうつもりなんだ?』
[招待された自分の代わりに天賀谷のところに行くよう自分に頼んできた美術商に、
届きはしないし、答えも返ってこないとわかってはいたが、心の中で問いかける。]
この人を部屋に運ぶの、手伝いましょうか?
[先ほどまで、天賀谷の身体を支えていた眼鏡の男に声をかけた。]
[翠を睨みつけ、また天賀谷に詰め寄ろうとしたとき天賀谷が崩れ落ちた]
…… お、おい、天賀谷、天賀谷。
お、女 (翠)、い、医者を呼べ。急げ。
[視線の先には、唾棄すべき成り上がりの老人が老醜を晒す光景が。]
屍鬼?呼び寄せる、だと?……下らん。
何を言っているんだ、あのご老人は?
[だが、その狂気に満ちた表情は妄念と片付けるにはおぞまし過ぎた。半ば呆然とその姿を見つめていると、やがて白目を剥いて倒れ行く様が視界に映った]
……何がしたいのだ、ご老体?
[惧れではなく、嫌悪を満面に込めて、独り呟いた]
翠さん、勿論だ。
私がここにいるからには安心してくれ。
担架を――
[翠を安心させるように、確然とした表情で肯く。]
ありがとう。君も手伝ってくれるんだね。
脳に障害が残ってはいけない。人出が必要だ。
[由良の助力を頼んだ。]
[乳母の声が記憶の中から囁く。そして、もし自分達が其の場に居合わせて仕舞ったら――]
「――良くは判りませんけれど。屍鬼を退治するしか、無いのじゃないでしょうか。喩え人の姿をしていても、化物なのですから――」
喩え人の姿をしていても、化物なのですから――。
[記憶をなぞるように、さつきは小声で口にした]
『――屍鬼。ええ、識っていますよ。』
[白目を剥き意識を失った天賀谷氏に屈み込んだ私に浮かんでいた表情を知る者は*いなかった*。]
[来海の言葉に、ゆっくり首を振った。]
もう、遅い。
天賀谷の言った事が真実なら、ここはもう屍鬼の領域だ。
[ふと気を取り直したように、口調を改めて。]
ああ。いや。
「医者」なら、居ますな。
枚坂軍医中佐が。
[てきぱきと使用人たちを指揮する枚坂を、どこか皮肉そうに見やった。]
屍鬼……首を、落とす、だって?
[カタ、カタカタ、カタカタカタ、カタカタカタカタカタ……!]
病気が見せた、そんなものは夢だよ。天賀谷さん。
[どこからともなく鍔鳴りの音がする。抜き放たれる時を今か今かと待ち受ける妖刀が血に飢えて騒ぐかのような]
熱が引けば、きっと。
[カタカタカタカタカタ]
……うるさい。
[耳のすぐ近くで響く鍔鳴りの音]
馬鹿な考えは消えるに決まっている。だから。
[カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ]
[担架が運ばれてきた。枚坂と言うらしき男とともに天賀谷を担架に乗せ]
天賀谷さんの部屋は?どなたか案内していただけると助かりますが。
ありがとうございます、枚坂様。
[確然とした態度の枚坂に
翠は感謝の意を込め礼をした。
それから、来海の方を向いて]
枚板様は御医者様です。
だから、どうか御安心ください。
[内心主人が酷く心配だったが、
それを表に出す翠ではなかった。
いつもの顔で言葉を紡ぐ。
程なく使用人が担架を運んできた。
手伝う由良にも小さく頭を下げ]
ありがとうございます、
旦那様の御部屋まで御案内します。
[謂うと、立ち上がった。]
[叫んでから、はっと我に返った。
……鍔鳴りなど聞こえるはずがない。ここに刀はないのだから]
あ……。
[瞬きして、あたりを見回した]
[雲井をまじまじと見ながら]
貴様、どこかで見たことがあるな……
それにその動き、軍人か…… まあいい。
それより『屍鬼』とは何だ? 『領域』?
天賀谷は何と言ったんだ?
[僅か耳に入ったさつきの呟き。
右腕を左手で握り締めた。
――恐ろしい御伽噺 ならば 良かったのに
甦る、いつか聞いた口伝。
望月が怒鳴る。
翠はびくりと振り向いて]
い、如何なされました……か?
[来海の言葉に唇を歪めて。]
噛み砕いて言うと、こう云う意味ですよ。
『人間を取って喰う化け物をここに呼び寄せた。
どちらも逃げ場はない。
屍鬼を殺せ。さもなくば殺されるぞ』
とね。
軍人ね。
男で、十年前に軍人でなかった者の方が珍しいんじゃありませんか?
[俄かに恐慌状態に陥り始めた周囲の様子に嘆息する。
何をほざいているのだこいつらは?
これから天才たる私が凡人どもに音楽のなんたるかを教授してやろうと思ったのに]
――興が削がれる、な。
[ふと目をやれば、日本刀の柄に手をかけてかたかたと震える青年が。
誰が斬られようと関係ないが]
失礼ですが、このような場で刀を抜かれる気でしょうか?
ご婦人方も多数いらっしゃいます、とりあえず落ち着かれてはいかがですか?
[貼りついたままの微笑で、そう嗜めたのはあくまでも巻き添えを食わないためであり……
自分の常識にしがみつく為に必要な儀式でもあった。]
[由良と翠に声をかけられて、ようやく平静に戻ってくる]
ああ、すまない。
[こめかみを押さえて呻く]
耳が、今おかしくなって……俺もどうかしているみたいだ。
[ふと目を擦る。]
いや、このような場で刀など差している筈が御座いませんね。
これは失礼……今すぐにでも人を斬りかねないような顔をなさっていたのでね、つい。
[このような錯覚こそが、まさに恐怖故の物であることを認めたくはなかった、が]
じゃ、行きましょうか。
[翠の先導で、枚坂と二人天賀谷を乗せた担架を運ぶ。]
─2F廊下→3F天賀谷自室─
[自室の寝台に寝かされた天賀谷を、枚坂が手当てし始める。何かあったら声をかけてくれ、と言い、いったん部屋から出た。]
[コーネルに力無く笑って]
ああ、この場に刀が無くてよかったよ。
あったらちょっとした惨事だ。
[鍔鳴りに憑かれて、狂わされる自分など想像したくはなかった]
[担架で運ばれて行こうとする十三を横目でちらりと見、何処か熱を失ったような――乃至は軽く失望したような表情をさつきは浮かべた。それらの変化もまたさつきは自覚して居なかったが、己の名を呼ぶ心配げな声にふと振り向いた]
「……様、さつきお嬢様。如何なされたのですか?」
いいえ、何でもないの。
只――此処が、騒がしくて。
[望月が叩きつけるような怒声を上げた。びくり、と杏は身を竦ませる。しかし其の対象が何と知ってか、さつきの声色は静かな儘だった]
……ほら、ね。
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此の状況では……仕方のないことです。
どうか、御気になさいませんよう。
[望月と、そしてコルネールに目配せして精一杯微笑み、また部屋へと案内を始めた。
そう、異常事態なのだ。
白目を剥いた天賀谷は何も語らない。
ただただ、不安だけが煽られる。
料理も冷めてしまっているだろう。
ひいやり、と。]
─2F廊下→3F天賀谷自室─
…………。
[枚坂が処置を施す様子を、
翠は心配そうに見守っている。]
天賀谷さんは、屋敷の人が運んでくれたみたいだな。
[水鏡をちらりと見る。しかし何故か覗き込むのが怖くなった]
騒いですまなかった。……俺も疲れているみたいだ。
もう、晩餐どころではないようだし、下がらせてもらうよ。
[こめかみを押さえる。ともすればまた頭の奥であの音がまた鳴り出しそうだ]
─3F廊下─
やれやれ、前線でもあるまいに、神経の立ってる面子が多いこった。
[腕組みし、枚坂から声がかかれば何かできるよう、何とはなしに待っている。]
……ま、無理からぬことではあるけど。
[自分自身、何かしらの変調を感じている。
曰くありげな面々。雲井とか言う男が“異界に閉じ込められた”とか言っていたが、誰が何をどこまで知っているものなのか。]
[来海を少し気の毒そうに見やって。]
まあ。
直に解りますよ。
……しかし。
……今日集められた客も、何か理由有っての事なのか?
屍鬼と、屍鬼を滅し得る者……。
天賀谷さんは、何処まで知っていたんだ……。
──裏庭──
[久しく大勢の客人を迎える事の無かった山荘の二階漏れて来る灯りに目を細め息をつく。只晩餐が始まったにしては騒がしい気もした。翠と約束した事も有り様子が気に掛かりはしたが、どうにも仁科は十三と顔を合わせたく無い様な気がした。…其れに先刻の目眩は何だったのか。一旦、落ち着きたいと言う思いが有った。
塀の無い天賀谷の山荘、近隣の森と庭との境界線の付近に、一本だけぽつりと櫻が植わっている。懐中電灯一本片手に時折、仁科は落ち着かぬ夜、その櫻の下で酒を呑む事が有った。今夜も同様に──。
そうすれば落ち着くだろうと…。]
…はて?
[天賀谷が運ばれてゆくのを見送り、自室に帰ろうとするが、去り際に雲井に声を掛ける]
ただ徴兵でとられた使い捨てと職業軍人の違い位、俺にでも判るよ…… 殺した数などもはや憶えていまい。
まあ、あの頃の話はやめようか。おそらく、お互いあまりいい思い出もないだろうしな。じゃあな、わしは部屋に戻る。
[そう言うと来海は部屋へと*消えていった*]
[その様子を案じて、夜桜が水を渡してくれた。頷いてその水を飲んだ]
ふう。
[少し落ち着いたようで、手近な椅子に座り込むと*俯いた*]
[雲井の噛み砕いた言い方さえ拒絶するような来海の強張った貌を一瞥し、興味無さげにさつきは其の視線を外した。ふと首を傾げて微笑する。どこか甘い、毒を忍ばせた蜜のような笑顔を雲井に向けた]
あら……けれど、其の云い方でしたら。
屍鬼を殺せば、殺されない――と云う事には成りませんわね。
屍鬼を殺そうと、殺すまいと――化物だと思ってしまえば、女も子供も同じなのでしょう?
『――喩え、人であったとしても』
[顔を合わせた客たちのことを思い浮かべる。]
───雲井とかいう仁、誰かに指摘されてたが、言われてみればあれは確かにかつてのご同業の身ごなしか。
で、水鏡のことを知っていて屍鬼についても───。
つまりあの御仁はかつて関東軍にいたと言うことか。
それに───
―3F天賀谷自室─
……必要なものがあれば、お持ちします。
[そう枚坂に謂い、部屋の隅、扉の近くで翠は佇んでいる。指を祈る形に絡めて、行儀よく背筋を伸ばし。]
『刀を……握る事になるだろうか』
[天賀谷の言葉が何度も何度も甦る。
皆の様子が一変したことにも気づいた。
屍鬼。
おそろしい
おそろしい
御伽噺――で、あればよかったのに。]
『旦那様に害が及ぶことになれば、私は……刀を。』
[ぎゅっと、手を*握り締めた*]
本当は、あたしは酔っている──のか?
[歩けど歩けども、一向に櫻が近付かない。懐中電灯一本とは言え慣れた道のはずが、狐に化かされた様にぐるぐると同じ場所を歩いている様に思える。]
…一体、どういう。
[ハッとする。背筋を冷たい物が走った。
新聞ではなくカストリ雑誌の記事で読んだ。屍鬼が現れた時の話──…「場」其の物が歪み、一定の場所から出られなくなってしまうと言う不可解で理不尽な其れを……。]
──…まさか。
──裏庭…→使用人部屋──
[屋敷へ戻る道は拍子抜けする程、はやかった。何時も通りだ──。最初に誰か使用人に声を掛けようと裏口へ回ったが未だ誰も居ない。厨房の面々とはあまり馴染みが無い(馬が合わないとでも言うのだろうか)仁科は、二階へ向かう…。]
──二階──
[ちょうど夜桜に水を貰っている望月に出会う。
何が起きたのか不吉な予感を感じ乍ら、事情を二人に聞いた…。]
『あたしの話を──…誰にどうやって打ち明けたものか。』
[自分は酔って等居ない。其の事は漠然だとだが理解出来た。傍らの夜桜を少し放心した様な態で暫し見つめていた。]
[翠の心遣いを硝子の如き碧眼で受け流し、皆が騒然とする中ホールへと歩む]
全く、食事の用意があるというのに誰も彼も気に留めないとは、つい10年前まで飢えていた国民とは思えない羽振りの良さですね、皆様。
在るかどうかも解らぬバケモノ風情に殺される前に、餓えて死んではどうにもなりませぬ。
さて、この膳はどなたが片付けてくれるというのですか?
[口の端で笑いながら、食卓に着く。
豪奢なシャンデリアと、贅を尽くした料理の数々が、主を失って呆然と佇んでいた。
楽師はフォークとナイフを手に取ると、まるで自らがこの席の主賓であるが如く悠然と口へ運び出した。]
[暫し考えた後、表情の硬い望月ではなく夜桜にだけ──、櫻の元へ辿り着けなかった話を小声で打ち明けた。(しかし余裕が無く望月にも聞こえたかもしれない。)]
…自分が酔っているだけなら良いンですけどね。
――二階/ホール――
[食堂への扉からは、一体何事かと興味深げに成り行きを窺う給仕やメイドの姿があった。客人らの様子を振り返り、さつきは
僅かに嘆息する]
嗚呼――あの様子では、晩餐とはなりませんわね。
叔父様も、倒れられて仕舞った事ですし。
……誰か?
[扉口へと呼びかけた声に、黒の御仕着せも折り目正しい男性が現われた。さつきの姿を見知った様子で近づいて来る]
─3F廊下→2F─
[しかし、腹が減った。室内の枚坂と翠に断って、再度食堂に向かう。
廊下の水鏡の前には女が二人と先ほど若干取り乱した青年。
彼らにも軽く頭を下げる。]
[しかし、仁科は酒は呑むものの基本的に酔いはしないのだ。天賀谷に会いたく無いと思った自分の直感も当たって居た様な気がした。一気に不吉な様相を帯びた見慣れた豪華な室内装飾を見上げた。視界には中国の円月刀。望月を巡る刀の話がそらおそろしかったが、]
『屍鬼、屍鬼と。
こう言う時は、本当は男に頼りたい…。
──若しくは。』
[悪寒を感じた様に、自らの肩を抱く。]
[執事の姿に見覚えは無かったものの、彼の会釈する間に杏がさつきへと耳打ちした]
「執事を務めております、施波で御座います。
さつき様の事は御主人様から伺っておりますが――」
ええ、でしたら結構です。
叔父様がお倒れになりましたから、ひとまず晩餐は持ち越し、と云う事にして下さい。もし、何かお召し上がりになる方がいらっしゃった時の為に、給仕はまだ暫く下げさせぬよう。
「かしこまりました。御主人様のご様子は……」
残念ながら、私には判りかねます。
平坂様と仰る方が診て居て下さるようですが。
[然様で御座いますか、と施波は多少の安堵を見せ、食堂へと踵を返す。其れに併せてさつきもホールを後にする事にした]
アァ、こう言う時こそ、食べなくっちゃあいけません。
…いけませんね。
[そう言ってから、仁科自身は水鏡に*視線を落とした*。]
晩餐会は中断みたいですね。
……お一人だけ続行なさってるようですが。
[室内で、一人豪勢な食事に舌鼓を打つ青年の方をちらりと見やる。
かといって並んで食べる気にもなれないのが困ったところで。]
……すみませんが、後で、俺の部屋に何か軽いものを持ってきていただけますか?お手数をおかけしますが。
[使用人らしい女性二人に頼むと、*自室に向かった*。]
[悠然と食事を続けながら、水鏡の周囲で騒然とする人々を遠目にちらりと見やり、]
全く、あるかどうかも解らぬバケモノがそんなに恐ろしいのか。
凡夫の考えることは解らぬよ。
何せ、使用人が賓客をもてなすことすらしないのだからなあ……。
[はっきりと皮肉な笑みを表しながら、食事を続ける。が、]
―――。
[手からフォークがかちゃりと零れたのは、震えによるものか、*否か*]
[満州から帰国した私は程なく、縁故を通じて国立大学の外科に雇い入れられた。戦後まもなくのことで医師不足だったということだけが、元軍医でありながら容易く医業に復帰できたことの理由ではなかった。
私は多くの患者の施術を同僚たちとは比較にならない早さでこなしていった。
内地にいた医師たちの誰よりも、人の体についてよく知っているという自負があった。血管の一本一本、神経の微細な繋がりから臓腑の隅々まで。]
[医師たちの中には驚きをもって問いを投げかける者もいた。]
「君はどうやってその若さでそんな技術を身につけたんだい?」
[それは、私にとって正確な答えを返すことが困難な質問だった。
その問いを受けるたびに、後ろめたさを感じずにはいられなかった。私は医療の発展のためとはいえ、あまりにもおぞましい早道を駆け抜けたからだ。]
『満州では内地よりずっと多くの患者を看なければならなかったからですよ。』
[それは一面の真実だったが、すべてを説明した言葉ではなかった。
たしかに、あの場所に居れば、たとえ凡庸な医師であっても、人並み外れた経験を得た名医になることができただろう。
それほど隔たった異境だったのだから。]
―天賀谷自室
脳梗塞や脳卒中、心筋梗塞といった命に関わる病状の徴候は見られない。
さしあたっては心配いらないよ。
[処置を終え、気遣わしげな様子の翠に振り返った。屍のように血の気が失われた天賀谷氏の様子はお世辞にも『健康』とはほど遠い容態だったが、現在できる処置はすべて施したのだ。あとは自然な体力の恢復を待つほかない。
不安な様子が抜けきらないように思える翠を元気づけるように、やや声を張りながら楽観的な観測を口にしたのだった。]
彼に必要なのは僅かな休息だよ。
大丈夫!
君は私のことをよく知らないだろうけど、これでも最新の医療に通じているんだよ。
安心してくれ。
心配かもしれないが、君も休める間に休んだ方がいい。
[翠に言葉を残し、点滴架台や予備の輸液といった医療器具を取りに向かうことにした。]
―2F/ホール―
[眉間に皺を寄せながら、無言で食事をする。]
…………。
[胸に、いくつかの略綬。青銅星章と称される
ものもついている。]
…ふん、蚊トンボが。
[そう呟くと、渋い表情で食事を続ける。]
[オキナワという島々での戦闘。
彼は日本の出身ではあるが、米国人として
太平洋戦線を勇猛に切り抜けてきた。
オキナワ戦を含む、彼の戦場での活躍を
知る者は、口々に「英雄」と呼ぶ。
彼の誇りは、日本のサムライと戦って勝利したこと。
しかし、敗戦後の日本を見るにその誇りが
汚されるような思いが募る一方である。
軟弱な蚊トンボに勝つのは当たり前である。
日本人は、もともとサムライだったのか、
最初から蚊トンボだったのか。いやいや。
サムライの心を忘れているに過ぎないのだ。
そうした自尊心の葛藤より、彼は日本の
極右思想家へと転向していった。]
書生 ハーヴェイが「時間を進める」を選択しました
―天賀谷別荘庭園
[屋敷の外へ出た。凛冽とした夜の中に微かに身を震わせながら足を踏み入れる。
昏い闇の中に、ぽつんとひとつだけ淡く霞のような白い影がある。目を凝らせば、櫻の樹であった。]
夜桜か……。
[遠いその姿は、まるで闇の中から誘う亡者の霊魂のように思えた。]
……私は…
[一、二歩彷徨った足取りに我に返り、その姿から目を背けた。私には為さねばならないことがある。今は――
静かに、愛車と牽引してきた医療車両の方へと歩みを*進めた*。]
[夜桜の、声であった。
今しがた階段を上って行った由良>>124に何事か頼まれた様で、其の視線には云い出しあぐねる気配が感じ取れた。云わんとする所を察した心算で、さつきは首肯した]
ええ、そうですね。夕食を摂られなかった他の方にも、部屋まで運んでお勧めするように云っておく事にしましょう。
施波さんに申し付ければ構いませんね?
[そう云えども彼女の憂いた気配は晴れぬ儘で、黒瞳はちらちらと、水盤と其れを見つめる仁科の間とを幾度も往復する。云い出そうとして云い出せない雰囲気は、他の三者とやはり同様であった]
「……ええ、いえ、ですが……其の事ではなく……」
……云い難い、事なのですか?
……杏、少し控えているように。
[怪事の内容は、父から聞かされていたものと概ね似た内容であった。曰く――]
『――異界に堕ちた者が中から出ようとしても、叶わない』
[それでもさつきが平静を保っていられたのは、伝聞した内容との差異――即ち、この場にあって消えた者が居らぬという点の故だった。件の事件で消えたのは十名余り、他の者は皆無事だったと云う。彼らから見れば、堕ちた者こそが消えたのだと云う事であった]
……そうですか。
暫くの間、その話は他のメイドや給仕には口外せぬよう。
叔父様が倒れられた所に、あらぬ噂を撒いて惑わせるようではなりませんから。
[さつきの言葉に頷いた夜桜が廊下の方を見遣った。別荘の者ではなく、他から尋ねられたとしたら、と云う意味合いだろう]
他のお客様にも――と云って、この夜中からもう御帰りになるとは思いませんが――同様に。帰りの方が出られるまでに、もう一度、仁科さんに確かめて来て頂きましょうか。
そうすれば、ご自分でも只の気の迷いだったと判るでしょうし。
其の様にして頂くと云う事で宜しくて、夜桜さん?
[言い終えると、さつきは杏の名を呼んだ。小柄なメイドを従え、さつきはエントランスホールへと、階段を*降りて行った*]
[運ばれてきた食事を片付け食器を廊下に。煙草に手をつける気にもならぬまま、うろうろと室内を歩き回る。
立ち止まると、デスクの上で胡坐などかいている。これも人様には見せられない悪癖かもしれない。]
しかし、妙な雲行きになったもんだね、まったく。
――ヒューさんは、本当に何を考えていたんだ?まさかこの手の事態を予期してたとか、な。
─2階食堂(回想)─
まァ、天賀谷様はお口が御上手ですこと…。
[自分の手を取り口付ける、天賀谷のその手が不自然に震えているのを目にして、柳眉が僅か顰められる。]
矢張り御加減が悪いのでなくて?無理をなさらずに休まれて……
[と、そこへがさつな男が割り込んで来て、天賀谷に何やかやと捲くし立てる。
それを見た碧子の顔には、艶やかな笑顔こそ崩れていないがはっきりと侮蔑の色が浮かんでいる。]
しかし、肝心の天賀谷は、碧子の手を離すと覚束無い足取りで、熱に浮かされたように水盆に近付いて行く。]
―回想・一ヶ月ほど前のロサンゼルスにおける美術商ヒューバートとの会話―
「ジェイク(と、ミドルネームで呼びかけられた)、君は屍鬼と呼ばれる存在を知っているか?」
[に始まり、ヒューバートは自分が手に入れようとして果たせなかった“水鏡”なるものの来歴をひとしきり語る。
しかし、古美術にもそのような妖怪変化の類にもまったくもって門外漢の自分になぜそのような話をするのか。そう訝しんでいたところに]
「でだね、水鏡を手に入れた幸運児のMr.アマガヤからご招待を来月受けているんだが、あいにく私は別口の商談でその時期に日本に行くことは難しいのさ。」
そして、自分の代わりに天賀谷氏に会ってきてくれとのこと。
はぁ?俺がですか。
[多少の義理もあり、断りきれずに今回ここまでやっては来たのだが――]
――ヒューさんが厭な予感か何かでここに来たくなかったという可能性はある。
でも、その代理になんで俺なんだろう。ヒューさんところのスタッフのユージーンやギルさんでもよかったはずなのに――。
[なおも*考え続けている*]
屍鬼、ですって…?
天賀谷様、貴方はまさか。
[不安な色がさっと面に浮かぶ。]
あれ程そんな怪しげなものに手をお出しになるのはお止めになったらと申し上げましたのに。
[不穏な、ひずんだ空気。それは終戦直後に心を病んだ祖父の収容されていた病院のそれとどこか似ている。]
[いやらっさァ][まァホンに][アハハハハ][トッケもなかァ]
――爺さん、戦中に何を見たんだろう?
[イタリアで地獄を見たつもりでいた。が、いまだに自分は一応正気を保っていると思う。
いかなるものを見て祖父が心に癒えぬ深い傷を追ったのか。]
[天賀谷の後を追い、水盆の側へと近付く。
メイド達にやっと支えられて立っている天賀谷の有様に痛ましげな目を向ける。]
『この人は取り憑かれてしまって居る。』
[正気とも思えないその言動に、長い溜息をついた。]
この人の言う“屍鬼”が同じものであるかどうかは分からないけれど……
以前洩らした言葉が本当ならば。
厄介なものを探して出してくれたわ。
[長い間の癖となった独り言を聲として吐き出す。]
殺せる心算ならば殺してみると好いわ。
出来ると信じているのなら。
さて、君は
不死が欲しかったのかい?
それとも、
不死が怖くなったのかい?
[白目を剥いて倒れた天賀谷を枚板達が介抱する様子を、口元に手を遣りながら不安そうに眺める。
不吉な預言者じみた天賀谷の言葉に、この場の雰囲気が一気に不穏なものに変わってしまった。
皆何処となく恐れを漂わせ、ピリピリした空気を纏っている。男達の中には既にその目に剣呑な色を滲ませている者さえ居る。
やがて、天賀谷が担架で運ばれて行くのを見送ると、もう一度深く長い溜息をついた。]
[白く整った貌が今では幾分か強張っていた。]
気分が優れませんから部屋に戻らせて戴きますわ。
御機嫌よう。
[そう言って浮かべる笑みも、そこはかとなくぎこちない。
それでも優雅に膝を曲げる会釈をして、流れる様な足取りで宛がわれた客室へと*戻って行く。*]
[動きのぎこちない左腕を補うかのように、
右手を器用に扱って食事を終える。
表情は、まるで神経が抜かれたよう。]
………君。
[その場にいた使用人の1人に声をかける。]
私の部屋に、釘が飛び出していると見受けられる
箇所があるのだ。気になるので、何とかしてもらえるか?
[それだけ言うと、自室へと移動する。]
あれは、確かジェイク君だったか。
[思いがけず、この屋敷の中で見知った顔に出会った。
まだ会話は交わしていないが、自分の信念とはいえ
かつての”英雄”が、その思想を転向した姿を
見せるのは、やや複雑な胸中である。]
…………。
[眉間に皺を寄せたまま、*自室へ戻る*。]
―天賀谷自室―
[枚坂は手際よく処置を済ませた。知識のない翠でさえも素晴らしい腕だと分かる程だ。
「大丈夫」
穏やかにそう謂われて翠の表情が幾分和らいだ。]
……ありがとうございます。
枚坂様が居てくださって良かった。
[深々と頭を下げる。
部屋を出る枚坂を見送ると、翠は息を吐いた。]
『屍鬼……首……
旦那様はどうして……』
[部屋の奥、微動だにしない天賀谷が居る。晩餐会でのあの様子を思い起こすと空寒い心地がした]
……後片付け、しないと。
[呟くと、翠は部屋を後にした。]
――一階・炊事施設――
[...は朝食の準備をすすめる厨房の者達に、大抵いつもこの位の時間には、裏口をくぐっているはずの子供の姿が見当たらない事を尋ねた]
……鳶口くんが、まだ来ていないって?
[朝刊太郎こと鳶口は、あの長い長い山道を越えてこの別荘に毎朝、新聞と共に牛乳を運ぶ少年の名だ。
万次郎は配達された新聞にアイロンをかけ、施波の手で天賀谷へと渡してもらうために、いつも少年を迎えているのだった。
時に道中で花を摘み添えて、その代金も得ようとする少年の強かさも、厨房に響き渡るほどの大きさで礼を言う彼の元気の良い声も、万次郎は嫌いではない。
しかし今日の朝、雨の酷い日だろうが欠かさず通ってきていたその勤勉な少年の姿が見えないことへの感想も、どこかぼんやりと零した]
珍しいですね…。
[――昨夜の騒ぎが嘘であったかのような、静かなこの朝。
ああ、今思えば。
油を売っている所をからかわれて、自分が水鏡に瑕など付けるはずもないと枚坂に必死で否定したあの時も。
望月を案内して現れた夜桜からの伝言で、慌てて晩餐会の段取りを聞きに施波の元へ駆けて行き、叱責される間中目を瞑ってやり過ごしたあの時間さえも。
…その後の出来事を思えば、和やかな時間と呼べるものだったのだ]
心配ない、お客様の中にはお医者様がいらっしゃるんです。
[一部を別にすれば、その場に居合わせた客までも丁寧な態度で天賀谷を助けようとしてくれて、おろおろとし、ほとんど何もできなかった自分は心強さを感じてほっとしたのを覚えている]
診て頂けているのだから、あなた方はどうか精のつく朝食をなるべく早くお願いします。
倒れられたのは旦那様だけではないしね…私にもお客様に朝食をお運びする位できますから。
[...は心配無いと言って聞かせるものの、果たして説得力があったかどうか。
昨夜自分も感じた眩暈は今はもう無かったが、開け放たれた戸からの風に流れる結った黒髪の先に触れ、何度目かわからぬ溜息をついた]
[――…「鴉の濡れ羽だな」
天賀谷の別荘から本宅への道中にあった小さく貧しい農村が確か、自分の生まれた村だったはずだ。
奉公が適わなければ、もう顔も覚えていない母は口減らしで、自分を川に沈めていたかもしれない。
言わば命の恩人とも言えるこの男に、たとえ何をされようが文句は言えないのだろうと、部屋にまで呼ばれて幼心に覚悟したものだ。
長く言葉も無くこちらを見ていた天賀谷を、遠慮も知らずにただただ真直ぐ見返した。
あの時の天賀谷の目はしっかりとこの世を見据えたものに見えたし、自分にとってはそれまで見てきた中で最も知性溢れる男の目だった。
その天賀谷が、汚れに塗れ汚いと罵られていたはずの自分の頭に短い間だけ手を置いて、零した一言がそれだった。
意味は分からなかったが、それを口にした時の男の瞳の色で褒められていると分かったのだ]
あの頃はあんなに…
落ち窪んだ顔はしてなかった…よな。
[それに、人に妄言とも感じられてしまいそうな、いかにもうわ言じみた発言をする者らしい調子の声質でも無かったはずだ。
...は放せば背に流れていく低く結った毛先から手を離さずに、昨夜見たそれではない主人の健康的な顔色を思い出そうとしている。
…だが、上手く思い出せなかった。
あまり髪を切るまいと思ったそんなきっかけも、もうずっと長く忘れてしまっていた。
あの一言が自分が天賀谷に今まででも最も近しく顔を合わせた際に下された最初の言葉で、今日に至るまでそれが唯一の機会だったようにまで思えてくる。
あまりに長い時間、直に言葉を交わす機会も、主人に対し失礼にあたらないよう伏せぬ目で近く姿を見る機会も少な過ぎた。
だから悲鳴のように天賀谷の名を呼んで、不安に思う気持ちが痛いほど感じられた翠ほどに自分はもう、もしかしたら天賀谷に恩を感じてもいなかったのだ。
主人がというよりも、屋敷での、別荘での食べるに困らない生活こそが――自分には、ありがたく感じられているものなのだと、今この瞬間にだって思っている]
人々が噂していたように、お亡くなりになるんだろうか。
――本当に?
[だがそれを想像してみる万次郎の顔に、まるで表情らしい表情は浮かばない。
自身では気付かずともそれは万次郎が、今から自分が家から捨てられると知った時、それ以上胸が痛むことの無いように、無意識で感情を閉ざそうと努めた日の顔にも似ていた。
大病とやらが本当に天賀谷の身を蝕んでいて、彼の命を奪うだろうか。
あるいは、身を憔悴させるほど天賀谷の心を苛む何かが?
それとも――…]
屍鬼、が……?
[忙しく働く者の邪魔にならぬよう、万次郎は裏口の戸枠に凭れて外を見ている。
昨夜の天賀谷の言葉を呟く万次郎の目もまた、この世ではないどこかを見据えようとしているかのように人から見えるかもしれなかった]
「屍鬼が現れた場所は異界に落ちる」……か。
[――鳶口少年はまだ*姿を現さない*]
異国人 マンジローが「時間を進める」を選択しました
─早朝・天賀谷邸の庭─
[和洋折衷のこの庭園を逍遙する。
昨夜の妖艶とも云える黒の装いと打って変わって、シンプルな白いブラウスに萌黄のカーディガン、濃紺のスカートと云う至って質素な服装である。
まだ山間部特有の朝靄は其処此処に名残を留めていたけれど、上々の晴天に恵まれそうな空の下にあって、その白い貌は俯きがちに曇っていた。]
──昨晩の回想──
──いいえ、あたしの事は気になさらず。
本当に博識であられますね。
そのような伝承、もっと聞きとうございます。
[夜桜は枚坂に笑みかける。さつきを支える雲井の二人を視界にとどめ、枚坂の耳に唇を近づけて囁いた]
あたしも、中国に居た事がありますの──。
旧き国には、実に様々な怪が潜んでおられたのでしょうね。
枚坂さまの昔のお話を聞きたいですわ。
[やがて、幼子のようにあやしげに水に手をつける、さつき。]
[其れは真実の朝だったのだろうか。
晴天になりそうな空で有るにも関わらず、時間が経過しても一向に霧は消えず──。よくよくもう一度空を見上げてみれば、不可解な事。太陽とはまた別に、森の樹木に隠れて薄気味の悪い赤い血の様な満月が西の空に浮かんだままで有る事が見て取れただろう…。]
──昨晩の回想──
[──やがて場面は移る。
天賀谷十三の姿は過去見た時に比べ、萎びた枯れ木を思わせた。従順なる召使いのさま、夜桜は周囲の動揺などに心煩わせているようには見えない。あくまでも、職務として、そこに佇んでいるように見えるが、見方によっては(軍人はそう感じるかもしれないだろう)、親が子が死んでも涙一つ流さないのではないかという雰囲気もあった。]
屍鬼──。
[ぽつり呟いた言の葉は、ひらりと散る]
[天賀谷が倒れ、辺りが騒然とし──
傍らの望月が、内なる狂気に(少なくとも夜桜にはそう感じられた事であろう)身を焦がされるのを拒否するように、「──うるさい」と連呼している間も、冷静である。]
[枚坂が動かす車のエンジン音を聞いて、放心した様だった仁科も、漸く自らの車を動かして確認してみれば良いのだと思い至った。運転手が車の事を思い出さないとは余程どうかしている。
そして結果は…──。]
[黒塗りの高級車の運転席で、ハンドルに凭れたまま]
…アァ、駄目だ。やはり駄目だ。
あのリンカーンのお客人は、枚坂様とおっしゃられたか…十三様をみてくださったと言うお医者様。
あの方は、無事、此処から出られたのだろうか……。
──昨晩の回想──
[夜桜は炊事場にとって返し、グラスに水を汲んできた。
なみなみと入れたために気泡は多い。
歩く間に、気泡は消え──
そっと差し出すと、望月は一息に飲み、落ち着いたようだった。その望月に問う。]
申し訳ありません。
先程、耳に入ってしまったのですが──どちらかの剣豪さまの血を引いておられるのですか?山田──何某と
[聞こえてしまいました]
[語尾は尻すぼみと化した。何故ならば、夜桜の元へ仁科が来たからである。
仁科の話は、屍鬼が現れた事を明確に示す。一月とは言え、仁科が酒を飲んでも酔わないという事は同僚からの話や噂話に聞いている。(同僚の失敗談から始まった話だったのだが) これは遂に──]
仁科さん、これは主人に伝えてしまいましょう。
あたし達に出来る事は
[と言いかけ、口を噤む]
──昨晩の回想──
[首を斬る感触が、掌に甦った]
屍鬼が混じっているなら、
首を斬るか心臓を潰さないとなりません。
[本来であれば、水鏡はもう直ぐ、ここより運び出される筈であった。この水鏡は本来は、このような男が持つものではないのだ。]
あたしも、外へ確認に行きます。
[仁科に頷きかけた後だった。
由良に食事の用意を頼まれる。召使いに身を窶している限り、斯様な雑務からは解放され得ないのであろう。が、──]
──回想・夜明け前──
[屋敷の車を駐車される定位置は、客人用の駐車場の反対側にある。仁科は枚坂が車に向かって行く様子を見ただけで、実際に発車させる光景を見たわけではなかった。
エンジン音も実際に聞いた物なのか、幻聴なのか今と成っては非情に怪しかった。]
…ハァ。
旦那様のあの白塗りの顔を見てしまったのがいけないのかねえ。
──昨晩の回想──
[つ、と、さつきの姿に目がゆく。]
さつきさま……
[声をかけたのは思いつきからであったが。
夕食の事であると思いこんださつきの様子を見ているうちに、──夜桜はある事を思いつき、しおらしい召使いのままを装おう事にした。]
……ええ、いえ、ですが……其の事ではなく……
[興味を引くように、たっぷりと言葉を濁す。焦れたのか、さつきがじっと見詰めて来たのを、わざと視線を逸らしてみせた。
ぽつりぽつりと話して聞かせる。
この少女は、どのような対応をとろうとするであろうか。]
逃亡者 カミーラが「時間を進める」を選択しました
逃亡者 カミーラは、学生 メイ を能力(占う)の対象に選びました。
──昨晩の回想──
[この少女は、他者に知らせぬ事を選んだようだ。]
[命令しなれた声を後に、さつきと杏は階下へ降りてゆく]
[客室は三階である]
[どこへゆくのだろうか]
[夜桜は、しかし由良のために食事を用意すると三階へと持ってあがった。控えめにノックをすると、知った匂いがプゥンと香る。]
珍しい煙草の匂いですね。
[簡単な雑談をし(主人の事も少し話しただろうか)、夜桜は、由良の部屋を後にする。その足で、夜桜は屋敷の外へ向かった]
──昨晩の回想──
[仁科が辿りつけぬという、櫻の元へと歩む。
先の戦争では、ソメイヨシノが慶ばれたが、この古樹は新参者ではないらしい。]
[いけどもいけども]
[歩む事は叶うのに、一向にたどり着かぬ。]
[夜桜は、この屋敷が「場」に落ちた事を知った───。]
[仁科が帰ってくれば、話をしに*迎えにゆくだろう。*]
─3階廊下(昨夜の回想)─
[夜より黒い漆黒のドレスを纏い、影の様に素早く廊下を歩む。
微かな衣擦れの音は、冴えた夜風の如く。
白い貌には如何なる表情も浮かんで居らず、端麗なる仮面のよう。]
─昨夜の回想─
[揺らぎ、軋む何ものかを身の内に感じつつ、彼女は歩む。]
[あの水盆が目に焼き付いている。]
[あれに誰かが触れた時から、何かがおかしい。]
──回想・夜──
[仁科は二階で望月達に話を聞き、暫しの放心の後、「十三に会いたく無い」と言う意識とは裏腹にそれでも十三の部屋へ向かったのだった。]
でも、直ぐに扉を閉じてしまった。
旦那様は、昨夜よりも更に窶れておられた。
あれは、死相──じゃあ無いのか。
[外へ行きたいと思ったのは自分だった。
車へ向かう枚坂を見てそのまま外へ向かうだろう、逃げたのだろうと考えたのも、仁科だ。]
アァ、先生様は、道具を取りに車へ行かれただけか。
…では、逃げたいのは寧ろ自分か。
[クククと喉を鳴らして乾いた笑いを。]
何なのだろう、これは──。
[まるで、
身の内にあるものが際限無く広がっていく様な、]
[或いは
遠く深く落ち込んでいく様な、]
──回想・夜──
[仁科が此れ程までに焦燥に駆られているのには、ひとつ。本人も未だ気が付いて居ない理由があった。ちょうど、昨夜の…──十三に麓で聞いた屍鬼の話を伝えた後の…記憶が無いのだ。]
[それは、人間であれば悪寒や眩暈に似た感覚であったかも知れない。
尤も、彼女がその様な人間的な感覚を味わったのは遠い過去の事、記憶の彼方に消え失せて比較の仕様など無い。
微かな苛立ちを秘めながら、彼女は宛がわれた客室の扉を開ける。]
―自室・朝方の出来事―
[作業を終え、自室に戻っても翠は何となく寝付けず、
うつらうつら幾度か眠りの淵を彷徨っただけに止まった。]
……。
[何となく抱えたままの洋服や友禅の数々。
仄かにあの夫人の纏う香がした。
外は既に白んでいる。]
……屍鬼が遂に出た。
[天賀谷の言葉を繰り返す。
彼は、血走った眼でそう謂った。
天鵞絨の瞳を伏せて思案に沈む。]
――金の亡者の御客様は、喰われてしまえば。
[冗談交じりで謂った言葉、
けれど今はそれが何故かこんなにも不吉だ。
水がひたひたと浸食してくる、冷たい感覚。]
『確りしないと』
[ふるふると首を振り、
眼を覚まそうと水を浴びる為外へと出た。
早朝ならば人も居ないだろう。
翠が気に入っている泉が、森の中にはあった。]
──…。
旦那様は近い内にお亡くなりになる。
[仁科は目を伏せハンドルに凭れている。
強迫観念の様にその言葉が仁科の中でぐるぐると回っている。緊張で身体はガチガチと震えた。
しかし、そのまま浅い眠りに落ちたのだろうか。気付けば、闇の中、誰かの指が、肩に触れた様な感触に何度も目覚め──その度、背筋が凍る様な心地がして小さな悲鳴を上げ、此処が慣れた車内である事に気付いて*息を付く事を繰り返した*。]
──回想・夜→夜明け前──
[そうしてどれ程の時間をハンドルに凭れたままで過ごしただろうか。まだ月──ちょうど行き道でさつきが口にしていた様な赤い月──は浮かんだままだったが、僅かに空が明るくなった様に思えて、仁科は立ち上がった。
…──別荘へ戻る。]
[赤く充血した眼球の様な満月。異様な圧迫感を覚える。
息が苦しい。不気味な月が気に掛かり、山荘へ戻る道すがら、仁科は何度も空を見上げた──。]
[それは遠い昔、彼女が一度死の腕に抱かれ、そしてその口接けを受けて還って来た時、]
[しかとは覚えていない、疫病の齎す朧げな熱夢の延長として微かに記憶しているもの。]
『あの時は……わたしを呼ぶ小さな声がして、』
『わたしは身体がばらばらになっていくような心持を覚えたのだっけ……』
[しかし、その記憶でさえも僅かばかりの痕跡を残すだけに過ぎない。]
──回想・夜明け前──
[未だ] [しらじらとした太陽さえ上らぬ] [山の中の別荘]
[苔生した] [石を一つ踏みしめ] [別荘の扉の前で仁科を迎える]
──仁科さんの仰った通りでした。
[仁科のために、軽く羽織るものを持ってきている。]
眠っていないのでしょう?
少し、今日はお休みしては如何かしら。
これがあの水鏡の所為なら…
天賀谷め、とんでもない事をしてくれたわ……
[彼女は小さく毒づいた。
誰もその聲を聞く者の居ない気安さが独言の習慣を生んでいた。]
[だが、まだ彼女はその“異変”が一体何を意味するのか、気付いていない。]
[夜桜から上着を受けとる。
げっそりとした貌で相手を見つめ、]
…車でも出られなかった。
眠って大丈夫なの──…か?
此れは屍鬼の所為なのだろう…。
否、車内で。
少しだけ──浅い眠りに落ちた様な気がする。
夜桜さんは、落ち着いている様に見える。
屍鬼の事を何か…知っているの……か?
[質問ばかりだ。
口を噤む。]
そう、屍鬼の所為です。
ですが気ばかり張ってしまっては、どうにもなりませんわ。
[浅い眠りをとったと聞くと、夜桜は微笑む]
屍鬼の事は少し──知っております。
──名の通り、人を喰らう黄泉の鬼──
[仁科を扉の中へ迎え入れ、階段裏の使用人用の階段を使い、三階の使用人部屋へと上がる事を勧めた]
─天賀谷邸の庭─
[昨夜は気分が優れないと言って自室に下がってから、天賀谷家の召使が運んで来た食事にも手をつけていない。
横になっては見たものの寝付けぬままに起き出して、そっと屋外に出てみたのだった。
昨夜あの水盤の側で天賀谷が倒れてから後、頭痛にも眩暈にも似た奇妙な感覚にずっと悩まされていた。時間と共に慣れて薄れては来たものの、そこはかとない違和感は漂う。
短い吐息と共に目を閉じる。重苦しい気持ちを吹き飛ばそうとするかの様に頭を振ると、ウェーブを描いた髪が一筋、はらりと白い額に零れた。]
あたし、屍鬼になった方の身内を知っていますの。
[階段を先にすすみながら、夜桜は振りかえらずに告げる]
──回想・夜明け→太陽が昇り始めようとしている…──
[明かりが差し込む窓は曇り、一光の投げかけはぼんやりとしている。この辺り一帯に立ち込める霧の所為であろうか。]
[仁科の部屋の扉を開けると、中に入る事を促した。]
外はまだ寒かったでしょう。
熱い湯を浴びながら、お話しましょうか。
[紅を塗った唇が艶やかに笑んだまま]
──夜は明けるのか。
[…ぽつりと。
明るくなり行く外の様子に少し安心したのか。天賀谷のあれは死相では無いか、殺し合うしか手段は無いのかそう言った言葉を紡ぐ事は無く。
部屋に入り、扉を閉じてこくりと頷いた。]
明けません。
人が屍鬼を滅するまでは。
[仁科の視線の先、こちらを向く夜桜の背の後ろ──窓硝子に映る太陽の光とは別に、ぽっかりと薄い血のような色が外の空に広がっている。森の樹木に隠れる、赫い血色の月の影響──。]
[それは何と奇ッ怪な眺めであったろう。]
[東の方から昇り来る陽の放つ黄金の矢と共に、在り得ぬ事に西つ方にもまだ、真っ赤に充血した眼球のような満月が、煌々と血に染んだ光を投げ掛けているのだった。
空全体が奇妙に輝いているようにも見えて。
雲は微動だにせず中天に張り付き、良く出来た舞台の書割の様。
漸う見れば、森に漂う霧さえ一向に消え去らぬでは無いか。
まさに人外魔境と呼ぶに相応しい、異様な光景であった。]
[碧子は、呆然と空を見上げたまま立ち尽くした。]
[ふと、そもそもの麓で聞いた若い男の話を──、十三が聞き屍鬼の存在を確信した話を、最初にすべきなのでは無いだろうかと、ぼんやりとした頭の片隅で思い付く。]
…──明けないのか。
[夜桜についていく。
用意され様としている熱い湯に視線を流した。
仁科は未だ帽子は被ったまま──だ。]
…紅い口唇は、女の口元だな。
[出て来た言葉は未だ取り留めも無い。]
[ボイラー室で温められた水は、各部屋へと供給される。それはここ、使用人の部屋であっても同じ事であった。仁科の部屋に温かい空気が流れ始める。]
明けません。
[仁科が繰り返す言葉に、夜桜も繰り返す。
仁科が被ったままの帽子を、そっと取り払う。はらりと、仁科の髪が揺れた。 取り留めない言葉には微笑みを。]
何だ、これは。何が起きている。
[傍から見る程ではないにせよ、彼女は動揺していた。
何にせよ、この様な異常事態は彼女の長い生…それとも非生と呼ぶのが相応しいか…の中ですら初めて体験するものであったからだ。]
[普段、人前で長時間帽子を取る事は無い。それは、明るい場所や広い場所で無防備に顔を晒すをあまり好まないからだ。仁科の右目は、生まれつき色素が薄いのか…金目なのだ。視力に問題は無いが只右目だけ。
其れを見られる事を好まないと言うのに、今は、ぼんやりとしている。頬笑まれて、笑みを返そうとした。]
…麓の村に屍鬼が出たと言う話を、直接一人の村人から聞いた。其の者の家に行くまで葬式が有った事すら気付かぬ平和さに見えたのに。
[雑誌に載っていた事は本当で、田舎の事だ。村ぐるみで隠蔽が有っても可笑しくは無いし、山荘の者は余所者なのだが。]
つい、昨日の話だ。それを旦那様にお知らせしたら……。
……何故気付かなかった。
[ギリギリと彼女は歯を噛み鳴らす。
その憤りに、昏く澱んだ闇の中に小さな火花が散る。]
[“こちら側”から眺めれば一目瞭然の事だった。]
[ぽっかりと白い貌が、他に何もないいちめんの闇の中に浮かんでいる。
あたかも汚泥から伸びて咲く蓮の花の様に、微かに燐光を放って滲む。
それを縁取る黒髪の、輪郭は闇に溶けて見えはしない。
その花の顔(かんばせ)に、今浮かんでいるのは燃え盛る憤怒であった。]
[ちらりと仁科の右目を見ただけで、
夜桜は余計な事は何も言わない。]
興奮して倒れてしまった──というところかしら。
[帽子を傍らに置き、仁科の上着の釦を外し始めた。]
因習が強い場所。
[ぽつり、言葉が散る]
もう、旦那様はあちら側のお人なのかねえ。
[あちら側と言うのは、直接的に屍鬼ではなく寧ろ狂気と言いたいらしい。
脱がされて行く事に抵抗はしない。目の前の熱い湯が、この状況で酷くまともで良い物に思えた。]
此の土地を選ばれた事も。
水鏡も。
招待状も。
全て何かの確信犯なのですかねえ……。
[捩れているのだ。途切れているのだ。
“こちら”も“あちら”も。]
[いや、“あちら”に在る天賀谷の屋敷全部が“こちら”の世界へと近付いて、中途半端に二つの世界の狭間に落ち込んでいる。
その所為で、“あちら”に置いた彼女の身体は閉じ込められて、“あちら”との接点を失ってしまった。]
……許さぬ、許さぬぞ。
[めろめろと、闇の中で白炎が散った。]
[目を閉じても心は穏やかにならない。窓の向うの赤い月が目蓋の裏に焼き付いた様に離れず、仁科の眼球を圧迫する。
襟元を締め付ける物も無いのに、未だ息苦しい。]
…………──。
人は簡単に彼岸へ逝けます。
[仁科の眞つ白い肌が露になる。]
ここに留まるは、人の絆と知性と──けれど、正気や常識なんて誰が保証してくれるのでしょうね。
[独り言のように言いながら、仁科の衣類をたたみ、籠に置いた。
既に湯は充分な温かさと水量だった。]
[あのような人間により引き起こされた惨事は多いであろう]
[夜桜は、仁科を残し浴室から出ようとする]
仁科さんは、どう思われます?
[問うた]
─天賀谷邸の庭─
[気が付けば、へたりと地面に座り込んでいた。
動揺がありありと残る顔で、後れ毛を直しつつ立ち上がる。
スカートの埃を払って、また空を仰ぎ見る。驚きからはまだ回復し切っていないものの、その瞳は十分に毅然としていた。]
…矢張り幻ではないのね。
[果たして空の様子は、彼女が先程見ていたのと寸毫の違いも無かった。]
―屋敷の庭・勝手口―
[髪をおろし、外へと出る。
何処か生温さを孕んだ風が頬を撫ぜる。
既に朝日が射していた、けれど。]
……月?
[煌々と紅く、満月。
血濡れの水晶玉のようだ。
望月という名の御客様だったな、とふとあの刀の煌きを思い出した。
空へと手を伸ばす。]
どうして……。
[翠は紅い月を追うように歩み出し―――
だがそれは叶わなかった。
浮遊感。
戻される。
届かない。]
天賀谷様にお会いしなければ。あの方はきっとこの原因をご存知の筈。
『それから、』
[と付け加えた。脳裏に浮かぶは昨夜“屍鬼”を知っている様な雲井の言葉。]
『雲井さんにも。もしも天賀谷様の意識がまだ戻っていなくてお話できなくても、あの方ならばきっと何か教えて下さるわ。』
[くたりと力を抜き、猫の様な仕草で一瞬、夜桜にもたれ掛かる。そして何事も無かったかの様に湯に浸かった。
浴室を去ろうとする夜桜に、]
アァ、此処に留まらず、彼岸にでも何処にでも逃げちまいたいのが本音で。
──…ロクでも無いモンを呼び込みたがって成功した旦那様を恨みたい気持ちも多々。
しかし、旦那様にはご恩があるんでさ。
簡単には忘れられん事で。
[首を傾け、]
アァ、出来るのならば。
翠は守ってやりたい気がするがね…。
夜桜さん、湯を有り難う。
…恩に着るよ。
[屍鬼を滅ぼすにはその首を…──。
或いは心の臓を…──。]
アァ、アンタは誰かを躊躇い無く殺せるのかい?
[金色の目も黒色の目も見開いたまま、*問うた*。]
[鼻にかかったような笑い声を洩らす]
[唇が仁科の耳を掠めた]
全く、厄介な主人です。
[湯船の音がぽちゃんと響く]
翠を?
そう謂えば、昨晩は少々体調を崩していたみたいですね。
[去ろうとした背に声がかけられる]
[夜桜は振りかえると、変わらぬ微笑を仁科へ向けた]
ええ──。
[食事をとってきます、
と言いおき、夜桜は一度仁科の部屋を*後にした。*]
─天賀谷邸の庭─
[いつからそこにいたのか、地面にへたり込む、 大河原の姿をただただ見ている。]
……オクだな。そしてオキ。
[それだけを口にする。]
そう云えば、昨日お部屋に来て下さったのに、色々あってまだ雲井さんのお話を伺っていなかったわ……
[動揺を鎮めるように張り出した胸に両手を当て、屋敷に向かって歩き出す。
こんな時にでもその足はダンスのステップを踏むように滑らかに動くのだった。]
[屋敷へと戻る道すがら、昨夜見知らぬ男が近くに立ってこっちを見ているのに気付いた。]
……?
貴方は……
[柳眉をほんの少し顰めて男の顔を見た。]
………江原だ。
[とても不躾に名乗る。]
こんな山村の奥に、海の向こう豚の国から
やってきた化け物―それも屍鬼だとかが
現れるだなんて、オキとオクだな。
貴様も、そうは思わんかね。
[目も合わせずに、ただ淡々と話す。]
江原様。
ひょっとしたら昨日の晩餐会でもお目に掛かりましたかしら。ご挨拶もせずに下がってしまって、大変失礼なことを。
私(わたくし)は大河原碧子と申します。お近づきになれて嬉しゅう存じます。
…私は女ですから、難しい事は良く分かりませんけれど…。
[目の前の気難しそうな男に向かって曖昧な微笑を浮かべて見せた。]
……貴様は日本人なのか?
純粋な日本人ではない私ですら知っているというのに。
[神経質に、胸の略綬を弄る。]
オク…山奥も、オキ…海上も死者の住む世界という話がある。
オキからやってきた屍鬼が、オクに現れる。
何とも傑作な話だ。ここはすでにサト…
生者の世界ではないのかもしれないな。
[口の端を少しばかり歪めただけで、それ以外は平然と。]
まあ、どうでもいいことだが。
[嗚呼、と云う様に目を少し見開いて、]
私の郷(さと)では海から来るものは皆常世の国から来るもの…それ故にお祀りを欠かしてはならぬと云う言い伝えがありましたけれど、それと同じ事でしょうか。
[ほんの少しだけ柔らかい視線を送った。]
生者の世界でない…本当に天賀谷様たちが仰るような“屍鬼”が居るとお思いですの?
どうも、私には俄かには信じられませんわ。
…そんなもんだろうな。
[天を仰ぎ、目を細める。]
古来より、高貴な者が海の向こうより訪れ
文化をもたらした後去っていくという話もある。
[表情を変えず、貴種流離譚というものだ、と。]
私の生まれ故郷にも、似たような理想郷の話があるが。
島国という性格上、海の向こうへの憧れが強いのだろう。
[生まれ故郷―それは自分が戦った地でもある。]
……同じように、屍鬼のようなものですら
人によっては信仰の対象になり得るのかもな。
[ただ淡々と。]
……ふん。大陸からやってきた屍鬼か。
その大陸も、眠れる獅子と呼ばれつつも
身を食い千切られた死せる豚であろう。
[声色に尊大さが浮かぶ。]
いようがいまいが、我々の外敵ならば排除するまで。
顔の真横を弾丸が通り抜けたこともある。
銃剣で腕を突き刺されたこともある…。
[左腕を押さえる。]
仲間の屍の上を進み、敵の死体を積み上げたこともな。
もはや、死の恐怖とかいうものが麻痺したようだ。
[時折、悲しそうな表情]
信じようが信じまいが、敵ならば打ち払う。
サムライならばそうするはずだ。
蚊トンボならば恐怖に身を食い破られるだけ。
天賀谷様は不死と云うものがこの世にあると、私にそれを見せると幾度か仰ってましたけど…
その天賀谷様が求めてらっしゃったものは本当は何だったのかしら…。
[小さく呟いた。]
まあ、この国は牙を抜かれてしまったということだ。
情けない。私は、サムライを相手にしていたとばかり思っていた。
屍鬼恐るるに足らず、そんな言葉を聞きたいものだ。
[憂いの顔付きで溜息をつき、それ以上は何も言わない。]
[紅い唇が閃いて、呪詛めいて淡々と言葉を紡ぎ出す。]
水盆はただ屍鬼の姿を露わに映し出すだけの水鏡ではなかったのか。
それとも、天賀谷めが何かしでかしてくれたのか。
『嗚呼、この方は。
理想を追い求めてらっしゃるのね…それでないと、心が休まらないのだわ……』
[純粋な日本人でないと言い、サムライを相手にしていたと言うのならば、ではこの江原と言う男は日系人なのだろうか、そんなことを考えていた。]
江原様。私はこれから天賀谷様にお話を伺いに参ろうと思っておりますの。きっとこの恐ろしい状況について何かご存知の筈でしょうから。
もし天賀谷様のお加減がお悪いようでしたらば、雲井様──ご存知でしょうか、元軍人の方で、天賀谷様とは旧知の間柄の方です。その方も“屍鬼”についてお詳しいご様子でしたから、代わりにお聞きできればと思っております。
江原様もいらっしゃいますか?
[決然とした表情で、江原に伝えた。]
―屋敷庭、井戸前―
[月が朧に、陽は揺れて
金色の幻のようだ。
歩いても歩いても、あの泉には辿り着けない。
仕方なしに、翠は井戸の水を汲み上げて頭から被った。]
……っふ
[さながら禊である。
痛いほど冷えた水が肌を刺した。]
……確りしないと。
[雫を掃い、髪を拭く。
屋敷のほうで、人の話し声が聞こえ、
翠はついと立ち上がった。]
……皆様起きてきていらっしゃる。
惚けている場合では無いわ。
――屍鬼が居たって、私が。
[屍鬼の話。
天賀谷は翠に何度か語って聞かせた事があった。
自棄に真実味を帯びた言葉。
そうして時に翠の稀有な色の眼を瞬きもせず見つめたのだ。
美しい刀の眠る部屋で。]
……仁科さん、大丈夫かしら。
[ふと呟く。
彼女は昨夜外に居たはずだ。
あれから顔を見て居ない。
翠は足早に自室へ向かった。程なく*常の制服に袖を通し現れるだろう*]
─3F自室─
……うう、脳が煮えてきたみたいだ。
[思考がまとまらない。というか、そもそも何か考えていなくては、という気はするものの、何のために、どのような事を、というものが欠けている。]
───思考それ自体が自己目的化している、ってか。やれやれだ。
[デスクの上から降り、空気でも入れ替えようと窓のほうへ近づく。]
?
[自分の腕時計と室内に備わった時計を見比べ、窓の外に目をやる。
───直接であれ、雲に隠されているのであれ、本来ならば太陽が天にあるはずの時間のはずなのに───]
なんてこった。夜が明けてない。
[窓を開け、身を乗り出す。昨日飽きもせずに眺めた花蘇芳も
その桃色が褪せたかのように月に照らされている。]
──回想・使用人部屋/浴室──
[湯に浸かれども仁科の身体は一向に暖まる気配は無い。
真白いまま変わらぬ肌の色を人事の様に眺め、これではまるで死人の様では無いかと。]
…昨日から、急激に──…おかしくなっちまった。
兄さんの話を、聞きに行くべきじゃなかったかねえ。
否、思えば旦那様がずっとおかしかったてえ事には、何の変わりも無いのか。
[ぴちゃり]
[ぴちゃり] [ぴちゃり]
[耳障りな水音…──。]
[煌煌と照りつける血の様な満月の圧迫感は、酷くなって行く。風呂どころでは無い。
薄赤い光と視界の下半分を覆う闇…──。
見慣れた部屋が赤と黒に彩られ奇妙に歪んで見える。]
[──…瞬き。
この風呂の湯は血で出来ているのではないか。
真っ赤だ。]
[仁科は浴槽の中で、恐怖に駆られ立ち上がる。]
…──え?
[唐突に、仁科の首筋にゾッとする様な冷気が吹き付ける。
何かおぞましいものの気配を感じて振り返れば──…何故か広がる──広大な真っ暗な闇の中に。
一瞬だけ、白い貌だけがすっと近付いて消えた様な気がした。]
……なんか、飲み物でももらってくるか。
[2〜3度かぶりを振ると、頭に帽子を載せ、食堂へと向かう。]
─3F自室→2F食堂─
[入り口の前で立ち止まり、誰かいるか、と声をかけてみる。]
あの、すみません。お手数ですが紅茶でもいただけませんか?
[仁科の傍を誰かが通り過ぎた。
強い、強い、怒りの感情を伴って…──。
其れは、時間軸と空間軸の捻れの為か、一瞬の出来事だった。怒りの理由までは分からず、その貌が仁科も見知った碧子の物である事にも気付かない程の短い時間。
只、天賀谷十三の命がもう長くは無い──その事実を仁科は確信した。]
──……っアァアア!
[全裸のまま、濡れた髪を掻きむしり、目を見開いて悲鳴を上げたが。
──…呻く様な僅かな声にしか成らない。]
…旦那様は死ぬ。
死ぬ、死ぬ、死ぬのだ。
怖い、怖い、あたしは怖い。怖い。
アァ、アアア、どうすれば良いンだ──っ。
[メイドに紅茶と苺ジャムをもらい、ロシアンティーをすする。見知った藤峰や翠の姿は見えない。]
……ま、天賀屋氏があんなことになったから、そちらに追われてるんだろうな。
にしても、この状況は……。
―3F天賀谷自室前―
[飲み物と果物を幾つか。
それを白磁器の器にと共に部屋へ運んだ時も、天賀谷は時折低く笑みを漏らすだけであった。]
……
[翠は同僚の使用人と顔を見合わせると、
静かに扉を閉じた。]
―3F→2Fへ―
[(中止になった)晩餐会時にはろくすっぽ見られなかった水鏡に目をやる。]
───そもそもあれは、屍鬼ってやつを見つけ出すためのものらしい。と言っても見つけ出すことのできる者は限られてるらしいが。
そういえば、首を切らないとなんてことも天賀谷氏は言ってたようだが
このご時勢、そんな事のできるやつがいるもんかね?
強いて言うなら───
[関東軍に在籍していたと思われる男。名は雲井、と言っただろうか。]
―庭―
七十六、七十七、七十八……
[刀の素振りを延々繰り返している。全身に汗ばんで、背中などぐっしょりと霧でも吹いたかのように濡れている。
それでも望月は素振りをやめようとしない]
『ああ、そうか』
[ともすれば湧き上がる自嘲の笑み]
『もう、このごろの人間は山田浅右衛門など知らないのだな』
[昨夜の事を思い出す。水を差しだしてくれた夜桜が、望月に問いかけた言葉だ>>164]
「どちらかの剣豪の血を引いておられるのですか?」
[それ以上のことを話す前に、彼女の意識は仁科に向けられてしまった]
『そうだな。斬首刑は明治の昔に廃止された。八代にわたって斬首を司ってきた山田浅右衛門の一族など、遠い昔の物語か』
[雑念を振り払おうと素振りをすればするほど、思いが募っていく]
『骨董を扱う狭い世間ならいざ知らず、時代はもはや人の首を切り続けた武士の一門など忘れているだろう。
……だが、天賀谷は忘れていなかった』
[手を止めて空を仰いだ]
―2Fの廊下で―
「ねえ、そう謂えば」
うん、何?
「鳶口君、来てないんだって。
藤峰さんが謂ってた」
[何の気のない同僚のいつもの他愛もない雑談。
けれども、それは翠に1つの確信を引き起こした。
――出られない。朝のように。
――入れない。外からは。
此処は、もう。]
「翠?……翠?」
え、あ、ああ。ごめんね。
ちょっと、考え事。
[いぶかしむ同僚を微笑みで誤魔化して、
翠は昨日の騒ぎの渦中にあった水盆へと足を向けた。]
[ぶつぶつと思考を垂れ流しつづける。おそらく、今の状態では頭の中でのみ思考をまとめようとするよりましな気がして。]
───とはいっても、雲井一人だけにそういう事を任せてもおけまい。となるとあるいはその手の荒事のできそうな人間が他にも?
……ヒューさん、もしかして、俺をここに来させたのは荒事をやらせるつもりだったってのかい?
[其処に在るのは異形の空。日は東に、月は西に。森を包む霧は揺らぎもせず重く白い。
詳しいというわけではないが、屍鬼の伝承は望月も知っている]
首を落とすか、心臓を抉らねば死ねぬモノ。
首を落とし続けて八代を重ねた山田浅右衛門の一族。
[屍鬼という存在そのものが、まるで望月を待っていたかのように思えたのは、己への買いかぶりなのだろうか]
……俺が首を落としてやれば、迷わずに逝けるのだろうか。
―水鏡前―
[水盆は圧倒的存在感を持って其処にある。]
……お前は何を知っているの?
旦那様を変えたのは、お前?
[器物が答えるはずもない。
鏡の様な水面を覗き込めば、自分が自分を見据えていた。]
お前を使う者が居るのかしらね……。
あの昔話のように。
[それでも、翠は話しかけるように独白を続けた。
それは昔話だ。
刀の部屋の記憶と共に、
口伝を喜悦さえ浮かべて語る、
天賀谷の声が甦る。]
───あんな真似はもう金輪際したくなかったんだけどな。あの頃ならともかく。
[なんて事だと頭を抱えて転がりまわりたい気分だ。こうなるとわかっていたならば、煙草を今の倍以上持って来ていただろうに。
再度水鏡のほうに目を走らせる。翠の姿。彼女はこちらを向いてはいなかったが、つい会釈してしまった。]
[影を見る者。
魂を見る者。
影を封じる者。
狂える魂の持ち主。
そして屍鬼。
異界と現世の狭間に落ち込んだ場所は鎖されてしまう。]
……。
[仁科とは未だ顔を合わせていないけれど、同僚が夜桜と共に居たよと教えてくれた。
外に居たということは、仁科も知っているのだろうか。鎖された此の屋敷の今を。]
『会えたら、聞いてみよう』
[頷いて、職務に戻ろうと顔を上げた翠の眼に、
会釈をする由良の姿が映った。]
由良様、昨晩はありがとうございました。
[丁寧にお辞儀を返した。]
―2F食堂─
[大河原の申し出を断り、食堂へ。
元軍人。そのような人間に印綬をぶら下げて
どんな顔をして会えばいいのかわからなかった。]
…………。
[見知った顔を見つける。戸口に立ったまま無言で鏡を見る。]
[天賀谷と出会ったのは、亡夫の大河原伯爵が─まだ華族制度は廃止されてはいなかった─目黒の屋敷を手放さざるを得なくなった頃であった。
碧子の持つコネを最大限に駆使した結果、小さいがそれなりの家を手に入れ、没落していった大多数の貴族─斜陽族などと呼ばれるようになっていた─に比べて何とか相応の暮らしを保つことが出来たが、それでも財産の大部分を処分しなければならなかったのは言うまでもない。
そんな中で、知人の一人が天賀谷を紹介してくれたのである。]
[礼を言われるほどの大層な事はしたつもりはなく、翠の謂いに苦笑しつつ言葉を返す]
いや、大した事は。
……あの、つかぬ事を伺いますけど、このお屋敷では、麻なんかを植えたりはして……ないですね。すみません。
[気がかりをつい聞いてしまったものの、そんな事はあるまい、と言った尻から打ち消してしまう。
第一、「あるが、どうするのだ」と聞かれた場合の返事に困るではないか]
[いろいろな型を試みて素振りを続けたことで、気持ちがようやく落ち着いた。汗を流して、己が少しだけ清くなったような心地がある]
……戻るか。
[先刻自分を散々迷わせた森に一瞥をくれて、屋敷に向かう]
→屋敷へ
………君にそんな嗜みがあったとは、知らなかったよ。
[思わず戸口から声をかける。]
戦地での恐怖を紛らわすため、あるいは頭を離れぬ
悪夢、纏わりつく血の感覚を忘れるため。
そんな理由でMELOW,MELOWと喚く連中を知っているが。
[溜息混じりに。]
君もそのクチかね?
いいえ、
由良様と枚坂様のお陰で
旦那様も大事なかったのですから……。
[と、続いた由良の問いに翠は首を傾げた。]
―――麻……ですか?
どうでしょう、私は存じ上げません。
強い植物ですから、
探せば生えているかもしれませんけれど。
[記憶を掘り起こしながら答える。
あれは育つのが早いから手入れが大変だと庭師がぼやいていた様な覚えがあった。]
……ぁ。
[たたずむ人影―江原様だろう―に気付き、翠はまたそちらを向き直り礼をした。]
……っ!……
[思わぬところで声をかけられ、危うく紅茶に噎せかける。]
江原……さんか。お前さんとここで会うとは思わなかったな。
[目顔で、麻の利用法についてこれ以上言及してくれるな、と江原に訴えてみる。]
――三階・自室――
[寝台から身を起こしたさつきは、分厚いカーテンを閉ざした窓を見遣った]
『まだ、夜なのかしら。それとも、朝――?』
[薄絹の寝間着の儘で窓辺に歩み寄ると、ゴブラン織の生地をサッと引き開けた。さつきの目に入った光景は――]
……其のどちらでもないと云うの、此れは……。
誰ぞ、彼ぞ……
彼は、誰ぞ……
[……その時既に天賀谷は、碧子に興味を持っていたのだと、思う。くだらない自慢ではなく客観的な事実としてそう思うのだ。
思い起こせば、初めて家を訪れた天賀谷に亡夫が妻として紹介した時の、あの笑みと見詰める眸には何か常の好奇心ではないものが込められてはいなかったか。]
[とまれ、伯爵が亡くなった後、天賀谷が何かにつけて不足しがちな日用品から甘い菓子や花、時には宝飾品の類まで贈ってくれた事は事実だ。]
―二階食堂へ―
[時間のほどはわからないが、随分長い間素振りをしていたのに今更気づく。……喉が渇いた]
……水。
[刀を手に提げたまま食堂へ入っていく]
[尤も、それらの品々など、彼女にとっては容易く手に入るものでしかなかった。]
[そして、真実の意味では、彼女に必要な物はそう多くはなかったのだ。]
[江原の胸の略綬に目を走らせる。]
……お前さん、国籍は今どうなってる?日本国籍に変えたかと思っていたが、
それを見るとそうでもなさそうなんだがね。
[江原と由良の遣り取りを見ていた翠は
眼を数度瞬かせて]
あの、お飲み物お淹れしましょうか?
[と、申し出てみた。
其処に新たな声が響いた。
手に刀。
あ、と思って一瞬刀を見つめるが、
失礼に当たると思ったのか直ぐに目を逸らして]
望月様、お疲れ様です。
今日も素振りを?お水、今御持ちしますね。
[と、厨房の方へと歩いていった。]
ふう、暑い暑い。
[いささか脳天気とも思われかねない明るい声。藤峰が気遣ってくれたのをつかまえて、水を頼む]
ああ、そうだ。水だけじゃなくて風呂も頼んでいいかな。
[そこから先はやや真顔になる]
身を、清めておかねばならんと思うんだ。
[そんな話をしているうちに、翠と由良、それからまだ言葉を交わしたことのない男(江原)の存在に気づく]
[やがて、扉をノックする音がさつきの耳に入った。小さく呼ぶ声の調子は昨日の朝と変わらない。さつきは何処か安堵した風情を漂わせ、扉を開けて杏を招き入れた]
お早う、杏。
日月があの様に成ってしまったとは云っても、起きた時の挨拶は矢張り、おはようですね。早々に支度は済ませましょう。お客様の中にも、既にお起きの方がいらっしゃるやも知れませんし。
[そう云って微笑んださつきは、杏に手伝わせつつ着替え始める。朝食を取る彼女の脳裏に、深更の事柄が思い出された]
──三階使用人室/仁科の部屋──
[仁科のために食事を運んで来る]
[さつきが口外を禁じていようと、鳶口が現れない事──空にある異形の月により、程なく、異界に陥った事は知れ渡るであろう]
……期待ね。それがどういうものかは知らんし、今のところあえて知ろうとも思わんが。
[と。新たに感じた気配のほうに目をやると]
だんびら片手に食堂に、ですか。驚かさないでくださいよ。
『やはり、天賀矢氏は荒事をお望みなのか』
[望月にも会釈をすると、翠に、紅茶のお代わりとりんごジャムを頼む、と声をかける。]
「今日も素振りを?」
[翠に答える]
ああ、落ち着かなくてね。
[そこまで言ってから、さすがに己の非常識に気づいた。
公衆の面前に、本身の刀を持ち込むとは。
即座に逮捕されても、事と次第によっては文句も言えない]
……済まない。こんなものを持ったまま食堂に来るなんてどうかしている。
随分落ち着いたつもりだったのに、やはり俺は阿呆だ。
──三階使用人室/仁科の部屋──
ねェ、仁科さん。
さっきの話。
実は続きがあるんです。
屍鬼を、
殺した事もあります。
信じるかどうかは、仁科さん次第ですけど。
[浴室内に居る仁科の反応は、浴室の外にいる夜桜からは窺い知れない。]
食事、机の上に置いておきます。
ちゃんと休んで下さいね。
[そう言い、夜桜は仁科の部屋を出た。使用人用の階段を使い、階下へと向かう。]
──仁科の部屋→二階/食堂裏炊事場──
――数刻前・エントランスホール――
[エントランスを抱き包むような曲線を描く階段の一方を、二人の姿が下ってくる。静寂に満ちひんやりとした空間に靴音が反響するさまは、先ほどまでの喧騒に満ちた出来事など無かったかの様だった]
……杏、其処でじっとしていて。
[西洋画の描かれた天井に吊られたシャンデリアの真下に少女を立たせ、さつきは彼女の周囲をゆっくりと歩き始めた。メイドの全身だけでなく、石畳に落ちた影の色、形、濃さまでを見定めようとするかの如く、無言の儘で幾度も回る]
影は――消えては居ないのね。
良かった、と云うべきなのかしら。
[奇行としか思えぬさつきの行動であった。微かに身を震わせていた杏が、正面に立ち止まった主を伺いつつ恐る恐るといった様子で口を開いた]
「あの、……何を」
貴女の姿を――影を――確かめているの。
何か変わってしまった様子は無いか、と。
[杏に向けて小さく微笑み、新たな言葉を継ぐ]
――屍鬼、という化物の事は聞いたことがあって?
[はい、と丁寧に返事をしてから
厨房で藤峰と言葉を交わす。
水は藤峰が持っていくようだった。]
それじゃ、私は紅茶を。
[先に由良が紅茶を頼んだらしい使用人が、
林檎ジャムの瓶を指差してくれた。]
ありがとう。
――数刻前・エントランスホール――
[ 曰く、大陸から来たと噂される化物。
曰く、戦前の上海に現れたと云う、屍肉を喰らうおぞましき者。
曰く、死者の世界に生者を引きずり込む怪異。
更には、異能の力持つ者との関わりまでを、さつきは語った]
――ほら、あれを見てみなさい。
[さつきは振り返り、両階段の間に置かれた柱時計を指差した]
[館の正面扉を抜けた真向かいには、大人の身長ほどもあろうかという振り子時計が据えられていた。恐らくは、先刻、晩餐の始まりを――結局其れは行われなかったとは云え――告げた物と同じ職人の手による品のであろう。飴色の木材に刻まれた彫刻は幾人もの人間が絡み合いながら救いを求める姿を描き、文字盤は天界の曙光を模して光背の意匠が施されていた]
――数刻前・エントランスホール――
文字盤は読めるわね?
あれから、小一時間と経ってはいないように思うのだけれど。
いえ、仮にそうでなくても、あのような針の指し方は有り得ない。
短針が正午、長針が真下だなど――
[そう口にしたさつきの言葉を聞き入れたか、長針がカチリ、と。音を立てて、一つ、動いた]
まったく、騒がせて済まない。
[由良に頭を下げる。しかし、ここまでもう来てしまったのだから、水だけは呑んで部屋に戻ろうと思って翠を待っている。
此方に視線を向けた男(江原)にも詫びながら]
……そちらの御仁は、はじめて、かな?
騒がせて済まない。水だけ呑んだらすぐに退散するよ。
俺は望月というんだ。あんたは?
[沸かしたての湯で茶器を温める。
湯の中で紅茶の葉が踊った。
蒸らしている間に、同僚の青年が声を掛けてきた。]
「翠さん、空見た?」
え―――え、ええ。
「なんだか気持ち悪いな、あんな色の月」
そう、ね。
[翠は曖昧に返事をし、
由良の下へと紅茶と林檎ジャムを運んでいった。
藤峰も望月の方へ水を持って行った様だ。]
どうぞ。
[一言声を掛けて由良の傍に茶器を置く。
翠はやはり刀が気になる様子だった。
サムライ。
江原の言葉を唇で反芻する。]
……江原だ。肩書きはどうでもいいが、
一応今は思想家ということになっている。
[久々に、体に走る戦慄。捨てたものではない。]
[碧子はスキャンダルを気にした事はなかった。常に刺激を与えてくれる人間を知己に選んでいたが、天賀谷はその点でも非凡だった。
黒田の経営するK…という店もそうであるし、ジャズで溢れかえった秘密クラブに出入りするのも面白かった。
あの頃の天賀谷がこうなると一体誰が予想できただろう。]
や、ありがとうございます。
[紅茶とりんごジャムを前にし]
……美容と健康のために、食後に一杯の紅茶
[などと呟いた。翠が怪訝そうな顔を一瞬したのはきっと気のせいだろう。
江原の望月に興味を持った様子に気づき、]
『さて、どういう組み合わせだ?この二人は』
……江原さん、か。よろしく。
俺は刀剣の鑑定と試刀をやっているだけだ。……サムライはおろか、士族だっていなくなって久しいぜ。
[そう言いつつも、微かに緊張している。素振りを行った後の精神状態もあるのだろう。背筋が凛と伸びて、視線が常より鋭い]
── 一階階段裏→外へ ──
[戦争が終結した辺りから──]
[日本という地に、中国より屍鬼の噂は伝わってきた。]
[否] [屍鬼が渡ってきたのだった]
[──あれは東京。
桜が、はらはらと舞い落ちる。
田舎より出てきた女と、夜桜は出会った。
女の名は、西堂伊織──。
四国を郷とする、奥ゆかしい女であった。]
[赫い異形の月。
因習深い麓の村に続く道が、延びている。
むした苔石すら、このあかりの下では奇怪なものとして目に映る。]
『何時の頃からかしら、天賀谷様が私に大陸に存在したと云う不死の話をし始めたのは。』
[最初は全く取り合わなかった碧子も、終いには止めた方が良いと忠告するまでとなった。]
ふむ………。
[望月をしげしげと見つめる。]
君は、なかなか興味深いね。
日本人かくあるべしといったところか。
[銃剣が突き刺さり、名誉戦傷章の決め手となった
左腕の感覚よりも、戦地において日本刀で切りつけられた
感覚が蘇ってくる。期待が持てる。]
まあ、内面はどうかはわからんがね。
[翠に。]
ああ君。別の使用人に、私の部屋に釘が出ていると
思われる箇所があり、気になるから直してくれと頼んだのだが。
[眉間に皺を寄せて。]
どうやら手前たちのことで精一杯なのだろうか。
飲み物は後で何か用意してくれればいいから、
そちらを何とかしてくれるとありがたいのだが。
……刀を持っていりゃサムライだなんて、おのぼりの米国人みたいなことを言うんだね。
[悪意なく言う。由良や江原が日系人であり日本人ではないということを望月は知らない]
シソウカってのは、そういう言い回しをするもんなのかい?
[本人に馬鹿にするつもりはまるっきり無いのだが、傍からはどう聞こえるかは分からない]
………まあ、見てわからんのかな。
[胸の印綬を少しばかり誇示するようにする。]
少なくとも、今の日本人の中では好感を持てる部類の人間のようだ。
[江原に謂われ、翠は頭を下げた。]
申し訳ありません、江原様。
此方の不手際です。
今すぐに御部屋に伺います。時間はかからないと思いますので、終わりましたらお知らせいたします。
それでは、皆様ごゆっくりお寛ぎください。
[謂うと、背筋をしゃんと伸ばし歩いていった。
心得のある者と共に直ぐに作業に移るのだろう。]
――数刻前・エントランスホール――
[語り終えたさつきは振り向き、両階段の間に置かれた柱時計を見つめた。振り子は確かに時を刻んでいる。だが、其れが示す刻限は――嗚呼、何故であったろう。有り得ぬ時刻を其れは指して居た。
短針がぴたり正午を指し乍ら、長針が真反対である六の数字、即ち三十分を指して居るではないか。しかし、二人の娘が見つめる間に長針はカチリカチリと歩みを進め、代って短針は垂直に座したまま、やがて二本の針は正午で重なった。
ボオンボオンという十二回の鐘の音は確かに鳴り響いたものの、其れが実際に空気を揺るがせたものなのか、或いは錯覚として感ぜられたものなのか、俄かに満ちた妖しい空気にいずれとも定かではなかった]
ふふ。奇っ怪だこと。
貴女もそう思わない、杏――。
私にはまるで、屍鬼が交わされる言葉を何処かですべて覗いているかのように思えるわ。本当は隠しておきたいことまで、ね。
[振り向いたさつきの射抜くような眼差しが、杏を捉える。危険を感じたように杏は一歩後じさって、エントランスを見回した]
あら?
杏。もしかして、私が屍鬼かどうか、疑っているの。
クスクス……でも良いわ。
此の場に免じて、特別に赦して差し上げます。
けれどね、杏――私は、貴女を屍鬼ではない、と。
そう、知っているの。
何故だか、わかる?
不思議でも、何でもないこと。
彼の水盤は、想った者の影を映し出す。
あの時――私が水盤を波立てたとき。
さざめく水面にぼやけることなく浮かび上がったのは、貴女の姿だったのよ。紛れもない人の姿をした。
[そう口にしたさつきの瞳には、疑いない何かを確信したような光が宿っていた]
―二階/食堂―
[それまで自室に篭っていたのだろうか。
疲れた様子もなく入ってくる。
翠の姿を認めて声をかけた。]
お早う。
施波さんは、何処かな?
[しげしげと印綬を眺めて、それが日本のものでないことに気づく]
……お前さんの言うサムライってのは、刀を振り回す強い男のことなのかい。
強ければ好感を抱くって?
[翠が江原に詫びるのを見て、微かに眉をひそめながらそう問いかけた]
── 外 ──
[墓場のような場所だ]
[夜桜は、ふとそう感じた]
[西堂伊織は、夜桜の顔を見ると詰めていた息を少し洩らして、微笑んだ。線が細いように思えるが、田舎の女の肝は強い。大陸に渡った身内と連絡がとれない──というのに、確りとした眼差しで夜桜を真っ直ぐ見詰めてきた。だが、前で合わせた両手が強く握られているのを、目敏く夜桜は見止める。]
[女の身内を探している動機は知らない。
──が、
夜桜に話が回ってきたという事は、そういう事なのである。
そこに絡んで来るのだ。]
―食堂にて―
[食堂を出て行くところで雲井に声を掛けられ、
翠は頭を下げた。]
おはようございます、雲井様。
施波は客室の方へ向かうと申しておりました。
―三階、客室―
[昨晩は指揮だか屍鬼だかよく解らぬ物に踊らされる面々を嘲笑っていたものだが、流石にあの狂った空を見ては]
なんだ……あの空はなんだ……!?
何故、何故に夜が明けぬ?!
あれから何時間経ったと思っているのだ?!
まさか、まさかあの老人の世迷い言が、あの妄言が、真実!な!筈!が!
[あれから何度、この景色が夢であることを祈りながら眠りなおしただろう。
そして、どれほどの悪夢を見ただろう。いや、この光景こそが悪夢?いや、現実?
―――もはや彼には何も解るまい]
ああ。行き違ったか。
天賀谷さんの容態が確りしたら面会させて貰うよ。
とだけ伝えておいて貰おうかな。
他にも用事はあるが……それはその時の事だ。
[少し冗談めかして。]
斯波さんの事だから、きちんとしているとは思うが、君らは全員居るのを確かめてあるだろうね?
[望月の言葉に、ふっと笑みを漏らす。]
そうだな……すっかり毒気を抜かれてしまったものだ日本は。
その刀を振り回すほどの猛者もいなくなってしまった。
[刀という言葉に、実際の刀以上のものを込めた。]
私の知っている日本人は、捕虜になるくらいなら
自決を選ぶ誇り高きサムライのイメージだ。
それが今はどうだ?負けた卑屈さか、犬の如く尻尾を振り、
中には、露助どものわけのわからぬ思想にかぶれて
真っ赤に染まる者もいる。情けないことだ。
日本の文化は、恥の文化ではないのか。
骨の髄まで真っ赤に染まり、赤っ恥をかいても
何も感じない無神経さよ。情けない情けない。
[日本人論を語るとき、江原は決まって憂いを帯びた顔になる。]
私は、日本のサムライと戦って勝ったことを誇りに思う。
蚊トンボやスレイブには、100回やって100回勝って当たり前というもの。
[紅茶の湯気を顔に当てつつ、江原と望月のやり取りを眺めていたが]
じゃぁ、俺は部屋に戻らせてもらうから。
[茶器を下げると、二人に手を振って食堂を後に。]
…………ふぁ、逃げて正解かね。後は血気盛んなお二人だけで、と。
[ひとつ背伸びをすると、入口付近の雲井と翠に会釈して自室へ*向かった*]
──使用人部屋──
[使用人部屋から空を見上げれば、屋敷の裏側に位置する所為だろうか、ちょうど赤い月を望む事が出来た。既に客人達にはこの太陽と月の怪異は知れ渡っているかもしれない。藤峰や翠が、十三の世話だけでは無く客人に困らされている可能性も有る。]
『──…運転手の自分も使用人として同様に働いた方が良い。
否、それ以前に……。』
[夜桜に礼を言ってから、運んで貰った食事を急いで口に運んだ。
十三の白塗りに頬紅の異様な貌を思い出すと、食事が不味くなった。]
旦那様の処へ。
行って正さねば…。
── 外(回想) ──
[西堂伊織との話を終えた後、夜桜は仲介役の男に寄り添うように近づき、ひそひそと囁いた。夜桜の手は、無意識に男の腕を抱き寄せる。]
「──西堂芳人。
あの男は、昔中国の****に居たけれど、疑わしいの?
それに、こっちに戻ってきていた筈。」
[桜が二人の間をひらりと横切る]
「ああ──だから。」
「あの場に居たって事──?」
「そうね。屍鬼には水鏡──古の呪なる鏡。神代の世より伝わる、あれがあれば───。」
[男と、まだ幼さの残る夜桜は、寄り添いながら駅の中へ──。]
[江原の思想を完全に理解しうるほど、望月には深い政治思想がない。しかし憂国の思いを語るその情熱は伝わってくる]
……澄んでいるんだな、お前さんは。
[水鏡を見たときと同じ感想を漏らした。誰かに媚びる為のまがい物ではない、この男は、己に正直な本物なのだと思った]
濁っていない。
[そういう人間を望月は嫌いではない]
はい、承りました。
確かに伝えさせていただきます。
お医者様もいらっしゃいますから、
そう遠くなく御会いになれると思いますけれど……。
[続く冗談めかした言葉に困った様子で]
勿論です。
信頼していただけるように尽くします。
なんだ、なんだ、アレは……
シキだなんて、ただの下らぬ三流雑誌の作り事ではないのか……
だが、本当だとしたら、
私は、 この私 は、
天才たる、天才たる、天才たる、天才たる、この私は、
此処で、死ぬ、の、か?
……イヤだ、イヤだ!!!!!!!認められぬ!そんな、そんなことは!!!
[一頻り暴れると、自らが幽鬼と成ったかの如き足取りで、ふらりふらりと歩みだした]
―三階客間→三階廊下―
[濁っていない―望月の言葉に、少し驚く。]
……そんなことを言われたのは、初めてだな。
[珍しく、はにかんだ様子を見せる。
”英雄”などと称された男がそのような姿を
見せるのは恥ずかしいのか、咳払いをすると
明後日の方を向いてしまう。]
[国を出(い)で、理想を目指し、戦争の中、狂った魔都で生きた男の名を呟いて。結局のところ、行方は杳として知れなかった。
夜桜は、刺青のいれられている胸元の着物を上からおさえた。]
赫い月は、屍鬼の結界の中。
歪んだ境界を突破出来得るのは、屍鬼を滅した時だけ。
[踵を返すと、建物の中へと入った。]
──外→一階→二階──
[翠の言葉に、少し真剣さを増した表情で。]
いや。信頼しているさ。
ただ、普段より頻繁に全員居るのを確認した方がいいかもしれないな。
[江原という人間の情熱をまぶしく思うが、その思想に芯まで賛同はしない]
俺には小難しいことはわからんのだが…誇り高きサムライ、とお前さんは言う。だがサムライの誇りは何ゆえの誇りだと思っているんだ?
戦いに強くて自分を曲げずにいる者。それがサムライだと言っているのかな。
――二階/食堂――
[食堂内を見渡せば客人の姿が数名。彼らに向け会釈する]
皆様、お早う御座います。
遅くなってしまった様ですわね、済みませぬ事です。
もう御食事をお済ませの方は、他にいらっしゃいまして?
『望月さんに、雲井さん……今すれ違ったのは由良さん。
あちらを向かれているのは確か、ええと……』
……。
[真剣みを増した雲井の様子に、
翠もまた光を帯びた瞳で彼を見つめ返した。]
それは、昨夜仰っていた
屍鬼と関係があるのですか……?
……いえ。
気をつけます。
昨夜から此処は――空気が澱んでいますから。
―食堂にて―
(……施波さんを呼んでくるべきだろうか)
[雲井様がご用があるようなことを仰っているし、それを理由にしてでもなどと万次郎は思う。
広い食堂にも響きがちな、江原と望月のやり取り。
...は、施波ならばこんな場にも何食わぬ顔で佇むことができ、うまくいけば穏やかに収めてしまうのだろうと、自身もせめて不安に曇った表情くらいはせぬようにしなくてはと無表情に努める。
――忙しくしていれば、赤い月のことなど忘れていられるとむしろそれを望んだはずだったが。
新たな懸念材料とも見ゆる二人の楽しく談笑をしているとは言えない姿に、由良様では無いけれど何かと理由を見つけて逃げてしまいたい気まで生まれ、己の未熟さに気落ちする]
――二階/食堂――
[男たちは誇りの、サムライの、と云った話をしている様だった。口を挟まぬまま、さつきは見守った]
『ご歓談中だったようね。直接、叔父様の容態を確かめて来たほうが良かったかしら。施波さんに尋ねればと思ったけれど
……此処には不在の様子だし』
(おや……?)
[しかし江原のずいぶんとも思えた主張も、望月は強く言い返し否定するでもなく穏やかに返し、口論になるのではと懸念した万次郎の想像は杞憂に終わった]
(場の雰囲気がどう流れるかもうまく予想できないようじゃ…まだまだだな俺も)
[だが剣呑な雰囲気が続かなかったことは、喜ばしい。
...はほっと胸を撫で下ろす。
そして食堂へ、新たなお客様がおいでになったようだ。
ノックの後に開いた扉に目をむければ、果たしてそれは天賀谷さつきの姿。
彼女が昨夜、倒れかけた事を思い出し]
お加減はもうよろしうございますか、さつき様。
ご所望の食事がございましたら、何なりと仰せつけ下さいませ。
―二階/廊下―
[翠に頷き、入ってきたさつきに会釈して食堂を出ると、書斎の扉へ近づいた。
左手で握りに触れ、その影になるように、極々細身のナイフらしいものを持った右手を添える。
左手首に嵌めた外国製の腕時計と、そのナイフは、酷く不釣合いな様にも、何処か似合っている様にも見えた。
数秒後、小さなかちりという音と共に、扉が開いた]
アメリカにいた頃、Mr.Nitobeの
”Bushido: The Soul of Japan”
という本を読んだことがある。
[感動を思い出すような表情]
サムライは、武を本分として極めて勇敢な者である。
卑劣な行為を忌む精神、主君への忠義―
一口には語りつくせぬ魅力に溢れた種類の人間だ。
花は桜木、人は武士……散り際が美しい桜のように、
自分の命を犠牲に神風を吹かせるサムライの崇高なことよ。
[興奮はだんだんと高まっていく。]
私に言わせれば、今の日本人の対極に位置する者だ。
―天賀谷自室
天賀谷さん……
まさか、“もう始まっている”って云うんじゃないでしょうね。
それならばそれで、私にも心積もりや準備があったというのに。こんな――
[点滴架台を設置し、栄養補給のための点滴の作業を行いながら、昏々と眠る天賀谷に向けて発せられた言葉はやや恨みがましい響きを帯びていた。]
──二階/水鏡前──
さァ、水鏡よ──。
あたし達は、ずっと探していた。
その真の姿を、今こそお見せ下さい──。
異形の真なる姿を現し、時に人を惑わす、あなたのお力を。
[何処の宗教とも似通わぬ呪言を小さく紡ぎ、夜桜は水鏡を*覗き込んだ──。*]
江原さん。
俺が揚げ足を取っていると思うなら腹を立ててもかまわない。だが、お前さんはサムライ……侍という言葉の元の意味を知っているのか。
「さぶらう」。身分の高い人や敬うべき人のそばに控え、仕える、という意味だったんだ。
己の強さを誇示するのは、侍の誇りとは異なるのではないだろうか。
……侍の強さは、己のためでなく大切な人を守り支えるためにあるべきものだった。俺はそう思っている。
見習い看護婦 ニーナが「時間を進める」を選択しました
あ、いいえ。朝食は杏に持ってきて貰いましたから。
もう済ませて居ますの。それよりも……
[と、ちらと江原の方を見遣っては恥じらいを含んだ様子を浮かべる。藤峰の耳元へ背伸びして、囁いた]
……あちらの方の御名前、困ったことに、私……覚えておりませんの。どなたでしたかしら……?
―二階食堂前―
[人の声に引き寄せられるように、食堂へと来てしまった。使用人どもや客人が次々と中へ入っていくのが見える。
もしかしたら、自分が何か幻覚のようなモノを見ているのではないか?
凡愚どもに訊けば、何か解るのではないか?
一縷の望みを抱きながら、一度深呼吸をして表情を整えた。
普段に其れには及ばずとも、舞台に立つ者の顔で]
―二階、食堂―
……おはようございます、皆様。
[柔和な微笑を浮かべながら、そう響かせる。
微かなビブラートに気付いた者はどれほど居たのだろうか]
[途中、さつきとすれ違う。
丁寧に礼をするとそのまま江原の部屋へと
同僚と共に向かった。]
―3F、江原の部屋―
……ああ、此処の釘ね。
[指でさらりと撫でると、
確かに気になる出っ張りが見て取れた。]
金槌、貸して頂戴。
[同僚から金槌を受け取ると、
翠は慣れた手つきでその箇所を修繕していった。そのほかの場所にも問題がないかを確認する。それほどの時間をとることもなく、作業は終了した。]
お部屋、一度見て回った方がいいかもね。
[と、声を掛けたりしながら。]
………君の言うことだ。ゆっくりと聞きたいね、その話は。
[自分でも予想外の、笑みで返答する。]
私はね、誇りたいんだ。サムライと戦って勝ったんだと。
相手がスレイブなら、勝って当然。
こんな勲章も、鉄屑同然の代物に過ぎなくなる。
正直なところ、私の内面はひどく揺らいでいる。
本当に私たちが戦ったのは、サムライだったのか、と。
彼らは、君の言うようにそれぞれの大切な物を守るために戦ったのか。
今の日本を見ていると、自信を持って誇れない。
[そう言えば、白塗りの異様な十三の貌を見て、思い出した出来事が有る。
大した事では無い。まだ十三の部屋に、白粉や紅の類が有ったのだと言うだけの話だ。
仁科は以前に、戯れに天賀谷が女装した時の写真を見せられた事がある。其れは、ちょうど画商が持ち込んだロセッティの油絵のリストを十三が眺めていた時だったろうか。仁科はたまたまその部屋に居合わせた。]
仁科「…へえ。運命の女、ねえ。学の無い自分には分からん話で。」
仁科「何だかこの絵の女は首や肩も太いし化粧も厚い。寧ろ、このロセッティさん自身の顔にそっくりで気味が悪いですよ。」
[江原は同じことをよりどころとしていながら己とまるで違う結論にたどり着く。それを間違いとは言わないが]
……それはケンカに勝った者だけが言える正論に聞こえるよ。負けても、人は生きていかなくちゃならん。妻子を養い、親に尽くして生きていくには赤くも黒くもなろうよ。
それでも、己の大事なもののために生きることが、さぶらうことなのだと俺は思う。
[ラファエロ前派がどうこうと言う蘊蓄も、絵の魅力が分からないと言う仁科に十三は嗤ってその白塗りに頬紅を塗った随分と手の込んだ女装写真を見せた。運命の女──ファムファタアルは男の生んだ幻想だと言う。だから、その見方で、ある種の滑稽さを伴った状態で構わないのだと。
取りあえず、どう理由がついてもカツラを被り白粉を塗った女装の写真だった。
これまた鑑識眼やら文化的な美意識を持った男の難儀な性癖で──とは思った物の、ハイヒールや脚に関心を示すフェティシズムと何か通じる様な印象もあり、病的な印象は
また、其れとは別に、十三は碧子の事をファムファタアルなのだと言っていた。彼女に対する援助は、仁科の知る限りは至ってまともに見えていた。]
──…要約すると、以前見た白塗りは許容範囲内で、昨日のはあちら側だって事だ。
何が…アァ、カツラと…口紅が無い事と……。なんだ。
お早う御座います、先生。
今朝の飲み物はどうなさいますでしょうか?
……杏、先生――あの方を御席へ。お願いね。
[コーネルの声にその場から会釈を送り、傍らのメイドへと声を掛けた]
[やや憔悴した表情で天賀谷氏の部屋の扉を開いた。皆は食堂にでも集まっている頃合いだろうか。
異界に堕ちたというこの場所で時が意味を持っているというならばの話だが。]
――仁科さん。
[扉を開くと、運転手の仁科の姿があった。]
[ゆっくり聞きたいね、といわれ、はたと気づく。思想家と名乗るほどの人に、自分は何てことを]
ああ、いや。
ご大層なことを言って済まなかった。
[侍。その一言にこんなにもムキになってしまうなんて]
俺はサムライなんかじゃないって言うのに、偉そうなことを言って…恥ずかしいな。
君とは、一晩中でも語り明かせる気がするよ。
そもそも、私に真っ向から挑むだけの
論客に出会ったのすら久しぶりだな。
[彼が出会った日本人は、江原が米兵として
従軍経験があると知るや、露骨な媚を売ってきたものであった。]
君のような者を、真にサムライと呼ぶのだろうな。
このような山奥まで出てきた価値はあった。
日本もまだまだ捨てたものではないね。
―― 客間の一 ――
俺は、寝ていたのか…… 今は、何時だ……
[来海は喉の渇きを覚え、水を探したが見つからない。]
誰か、誰か、いないのか!!
[返事がない]
クソッ……
[来海は水を求めて部屋を後にした]
[][江原さん、と呼びかける望月の言葉に、さつきは彼の名を認識した。二人の遣り取りを自分の中で反芻する]
『サムライと戦って――ということは、あの方は米軍の?
ううん、元、なのかしら……』
『……大事なものを自分の手で守る。私には、望月さんの云う事の方が大事なことだと思えるわ……』
―書斎―
[鋭い視線で書斎を検分する。
書棚に列ぶのは、明らかに「上流階級の図書室用」に用意された無難で趣味の良い装丁の揃った本の類ではない。
床に散乱する巻物を、触れぬように覗き込む。]
これは……。
いや。後だ。
[一人呟き、天賀谷自室に繋がる階段へと向かった。]
[帽子と取って枚坂に礼をする。]
枚坂先生、有り難うございます。
…十三様の容態は。
アァ、今は眠っておられるのですねえ。
[そして枚坂が逃げたのではと勘違いした事が申し訳ないと思ったのか、遠慮がちに、]
異界へ…落ちてしまいましたね。
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