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書生 ハーヴェイ に 3人が投票した
鍛冶屋 ゴードン に 1人が投票した
吟遊詩人 コーネリアス に 8人が投票した
吟遊詩人 コーネリアス は村人の手により処刑された……
次の日の朝、異国人 マンジロー が無残な姿で発見された。
現在の生存者は、見習い看護婦 ニーナ、見習いメイド ネリー、書生 ハーヴェイ、未亡人 オードリー、冒険家 ナサニエル、学生 メイ、医師 ヴィンセント、鍛冶屋 ゴードン、逃亡者 カミーラ、お尋ね者 クインジーの10名。
──裏庭/櫻──
[揺れる揺れる]
[ほろほろと] [はらはらと] [櫻が幻想的に散る]
[夢かまことか] [それすら櫻は解らずに]
[聖も俗も] [その全てを] [はらはらと] [花弁の下へ埋めてしまう]
[櫻] [そめいは散り散りが] [本来は──]
[年経た樹の下、くずおれるように在(あ)るのは]
[いや] [在ってはならぬのは]
──嗚、遅かった──…。
[はらっと、呟きが零れたであろうか]
――三階/十三の部屋――
[独り感興を確かめるようにさつきは窓の外へと視線を遣る]
……であれば、由良さんは、きっと。無事に、彼岸へと送られたのでしょうね……望月様……。
『有難う御座います、とまで云い得はしないけれど……屍鬼に殺されたので無いなら。或いは其の方が、人としては余程幸せな死に様だったと云えるのかも、知れない……屍鬼に食べられた者は、屍鬼に成ってしまうとさえ云うのだから……』
[乳母の語りを思い出しつつ、さつきは心中にそう呟いた]
──裏庭・櫻──
[最初に異界に落ちたと仁科が知った其の場所。
裏庭の境界に有る一本の櫻…──。
はらはらと舞い散る淡い花弁。
──…櫻の下に、其の女性は横たわっていた。]
[女性と直ぐ知れるのは、花弁に埋もれ掛け、乱れた長い髪が見える所為だ…──。
髪の向う側、人が1人横たわっている様な形が見える。
其れだけ。]
―三階/天賀谷自室―
[来海に。]
貴方、来海さんだっけか。
少しは、口に気を付けた方がいいよ。
使用人が使用人だっていう約束事は、天賀谷さんが生きているか、さもなければ、身分の違いを成り立たせる金銭の多寡に意味が有る場所でなければ、成り立たないんだ。
今此の異界じゃ、皆殆んど同じ様にね……閉じ込められた、屍鬼よりは多分非力な人間に過ぎないんですよ。
寧ろ、此処で長く一緒に暮らしていた人達の方が、結束も固いかも知れないなぁ。
[どこか、忠告するというよりも煽り立てるように言った。]
―由良の部屋―
「手負いの丸腰1人恐れるのか貴様は。
この軟弱者がッ!覚悟を決めろォ!」
[江原が修羅の表情で迫る。コルネールは笑顔を見せたまま手にピアノ線を巻きつけ――]
[コルネールは翠の髪を撫でるそぶりをしながら、その細い首にしゅるりとピアノ線を巻きつけた]
……おっと!いいのですか?
[その美貌に浮かぶ酷薄な笑み]
―三階、由良の部屋―
――ッ!?
[頭を振りながらも、
コルネールの腕に収まっていた翠が息を呑む。
江原の声、きゅるる、と金属質な音がして]
[横たわっているモノは動かない。]
[夜桜に頷く。
安全装置は既に外してあった。]
[正しい姿勢で立ち拳銃を構え、利き目である金目でしかと目標を捕える。]
…──心の臓を。
【江原】
[飛び掛ろうとするも、あまりのことにこわばりつく]
……くっ、この下衆が!!
[翠の身を案じて動けぬまま、コルネールをにらみつける]
―三階/天賀谷自室―
[来海の言葉に、藤峰の表情が変わる。
だが、彼が何事かを言う前に……その怪異が訪れた。]
『先刻と同じ……何なんだ。この異様な気配……』
[パンッと響く、乾いた音。]
[目標物、智恵と思しき女性と思えるモノ…──。]
[銃弾は命中した。]
[偶然か、ちょうど心の臓の位置に。]
【コルネール】
覚悟を決めろとおっしゃったのは、貴方でしょう?
言ったはずですよ、「私を殺そうというのなら身を守ります」と。
[くく、と可笑しげに哂うその美貌はどこかいびつであった]
望月君。
酒を呑まなくても大丈夫かい?
首を刎ねなくても――
由良さんは化けて出やしないよ。
[ぽそりと呟いた。その様子に眼差しは向けぬままに。
目の前の江原とコルネールの緊迫した対峙を凝視している。]
「卑怯者め!」
[コルネールは翠の頸に鋼糸をかけ、その身を楯としていた。]
翠さん!
[私も叫ぶ。]
――三階/十三の部屋――
[入ってきたさつきに藤峰にが寄越してきたのは其れまでに必ず行っていたような会釈ではなく、只の頷き>>3:327であった。彼の様子にどこか不遜なものを感じ、知らずさつきの口調は棘を帯びた]
藤峰さん。
違うのだな、では無いでしょう?
違うのですか、と云うのが正しい言葉遣いでなくて?
こんな時ですから、然程云い募りはしませんけれど。
其れより――あの様にハッキリと云ったのに、紛らわしいとは。其方の方が余程困った御話ね。
改めて云うけれど、私は正真の影見ではないわ。
此の身中に、その血脈の一端は引いても居るようですが。
嗚呼――付け加えておきましょう。勿論乍ら、霊視でもなくてよ。
【江原】
[じりじりと隙を突いて迫ろうとしながら]
「翠さんを殺そうというのなら、全力で守ります」とも言っていたではないか、この二枚舌め。
貴様を殺さねばと思った俺は正しかったようだな。
心の臓を──。
落ち着いて、狙って下さい。
[仁科の傍らに控え、智恵を見詰める。
動かない。
動くようには見えない。
のに。
──ひゅう、と。
生温い風がふいに吹いたようであった。
土臭く、黴臭く、土倉の匂い、湿気た匂い。
毛細血管が這ったような月が、森間に漂い、異様な貌で見下ろしている。
ぴくり──。
微か───に────…
知覚出来たかどうか。
屍した身体に吸い込まれるように弾丸は飛んでゆき、智恵の身体が一度跳ねた。]
[雲井に挑みかかるように。]
いいか、狼がブタになれないように、羊はブタになれない。
使用人というのは奴隷根性の抜け切らない半分死んだも同然の存在だ。つまり、使用人はどこまで言っても使用人なんだよ。
そんなやつらが群れて何ができる。何を恐れる。
ペーパーナイフの存在理由がにせいぜい紙を切ることなら、使用人の役目は主人に仕えることだ。
くだらんことを言わせるな。
[後ろの樹に銃弾は減り込むように。]
仁科さん、お見事でした。
[静かに礼をした。
もう、これで智恵は動く事はない──。
屍鬼が此処にいようと、黄泉還りは決してない──。]
コルネール君!
そんなことをしたら、君の立場は悪くなるばかりだろう。
止すんだ!
[私は呼びかけながら、少し離れている望月に目配せをする。]
【コルネール】
はは、誰も翠さんを殺そうとなどしていないではありませんか。わたしが守らなくっても。
おや、彼女がどうなってもいいのですか?
これだから野蛮な方は……。
[きり、とピアノ線を巻く手に力を込める]
──…弾丸が当たった。
[銃口を降ろし、智恵の遺体を確認する様に凝視する。
暫くしてから、夜桜の方を向いた。
…礼を返す。]
【コルネール】
ふ、ふ、はは。はははははははは!
[高らかな嘲笑]
駄目ですよ、駄目です。
江原さん。彼女こそが、今のわたしにとって最大の『武器』なのです。
貴方がたのような化け物に太刀打ちするにはこうでもせねば。
──裏庭/櫻──
[夜桜は、静々と智恵の元へと歩いてゆく。
半ば櫻に埋もれた身体は、華奢で──今より円熟してゆく輪郭を残していた。櫻から突き出された手に持たれた手紙を、二本の指が引き抜く。
そして、櫻の下で夜桜は仁科を振り返った。
埋もれる智恵。
また、仁科の元へと白い影が歩いて戻る。]
当たりました。
仁科さんは、筋が良いです。
[微笑んだ]
有難うございました。
これより先は─── 『あたしの仕事です』
[最後の言葉は蕾のまま。智恵の手紙を渡そうと]
おや、め、くださ……!
[眼を眇め、
コルネールを睨もうとするも
息が上手くできずに力が入らない。
コルネールの笑い声が耳障りだった。]
離し、――――っ……
[江原が、枚坂が怒声を浴びせる。]
【コルネール】
貴方がたが泣いてすがってくれたら、私も考えなくもありません。私は、鬼などではありませんから。
……いかがです?
そうですね、たとえば……その男を私の代わりに殺してくださる、とか。
[望月を指し示す]
―三階/天賀谷自室―
[藤峰の開いた口から、血が溢れる。
その表情は憤慨ではなく、苦悶なのか。
藤峰の躰が破壊されて行く。
まるで自ら崩壊していく様に……。
何しろ周囲には、何処にも犯人の姿はないのだ。]
[望月は顔を上げて答える]
その必要はない。
俺が自ら死ねば、それで満足するのだろう。
[刀を振り上げ、自らの腹につきたてるかのように屈み…小柄を投げた。
その一瞬の隙をついて江原がコルネールの懐に飛び込む]
仁科さん、──来られますか。
[問うて、
夜桜は屋敷へと向かう。]
──裏庭→屋敷──
[左肩は、まだ熱を持ち、痛み止めも何時まで効くかも判らぬというのに、しゃんとした足取りである。泣き事一つ言わず、洩らさず、ただただ歩く。]
――三階/十三の部屋――
……藤峰、藤峰さん?
[異状に感じ取ってか、さつきの声は緊迫の色合いを帯び、視線は藤峰の様子を仔細に確認しようと*向けられた*]
翠さん!
[私もその刹那、駈け寄った。
江原は左腕をわずかにできた翠の頸に絡んだ鋼糸の隙間にすべりこませ、強引に輪を広げる。]
『無茶なことをする――』
[翠の頭は輪から抜け落ちた。]
【コルネール】
う、ああああ、あ。
[悔しげな呻きとともに、江原の腕をめちゃくちゃに締め付け傷つけようとする]
この化け物があっ…!
―――ッっは、
[ピアノ線が緩み、
首が締め付けから開放される。
転がるように避けた、
其の横を駆けて行く江原―――]
っは、かはっ……はっ、ぁ……
名も知れぬ。
名をなくし、
虚ろに彷徨いし屍鬼。
この世の全てを喰らいますか。
嗚、愚かなりてや愚かなりてや。
人は怖しや怖しやのぉ……。
[ふゆっと、流れるような呟きは周囲に溶け込んでゆく。]
──屋敷/エントランスホール──
[異貌の月が、厭な光を窓硝子に投げかけ、本来の色とは違った歪んだ色を辺りに撒いている。聳える彫刻は、西洋風に設えた番人のようであった。]
──エントランスホール→二階/水鏡──
[階段を静々とのぼる。
白い影は揺らめいて。
古風な、いと古風な水鏡。
わわぉん…
共鳴のように、水は外側から内側へ向けて震えた。]
[望月は何事かを口にしながら刀を手に歩み寄る。その瞳に映るはコルネールのうなじのみ]
さとっ
[白刃が煌いた。コルネールの首は一瞬後ころりと落ちる]
「逝くがよい!
貴様のような惰弱な魂がこの場にあることさえ厭わしい!」
[江原は左腕に絡んだ鋼糸を乱暴に引き寄せる。コルネールは予期せぬ江原の行動に不意をうたれ、前につんのめった。
望月青年の白刃の一閃がその首を捉えたのは一瞬のことだった。]
翠さん、怪我はないか!?
それに――
[江原は左腕に食いこんだ鋼糸を纏い付けたまま、荒々しく息をついている。]
……まったく無茶なことを。
先程、止血したばかりだと言うのに。
[血を失ったためか、怪我の痛みの故であろうか、江原は朦朧としていた。]
治療しよう。
[私は倒れ伏しそうな彼の肩を負うと、彼の自室へと運んだ。]
──二階/水鏡──
さァ、見せて下しゃんせ。
[過ぎ去った表情は、諦念や慈愛や、悲喜こもごも、そういったものを混ぜて混ぜて混ぜて。飲み込んだ、底知れぬものを秘めていた。
額の真ん中へと意識を集中させるように。
そこより、まるで一本の角を想像するように。
呟いてゆく呪言は、奇妙な彩りを持っていた。
辺りに歪みを持って響いてゆくようであった。
わわぉん… ぉぁあん…… ぁあおん………
哭いているようにも聞こえる。
死者を弔(とむろ)うために。]
[コルネールの首に近づき、望月はそっとそのまぶたを閉じた]
……人は死んだら仏にならなければいけない。
そう、おまえさんが何者であろうとも。俺はおまえさんの冥福を祈る。
[殺しておきながら祈るとは、あまりにも矛盾。けれど、望月の中では殺すことがすでに祈りと化している]
―由良の部屋
っぇ、ばら、さ、ま……!
[辛うじて立っている江原へ眼を向けたとき、
其の先呆然と。
首が。
美しい髪を翻し、
首が、落ちた]
――――ぁ
[喉を絞り出すような声。]
―江原自室→由良自室
[左腕にあまり触れられたくないものと解した私は、最低限の処置に留めておいた。僅かに時間を経て、由良の部屋に戻ってきた私の表情は青いままだった。
目の前で命のやりとりが行われたのだ。]
コルネールさん。
貴方は……どっちだったんだい?
[呟きのような声が、その遺骸の上に落ちる。]
──二階/水鏡──
[やがて現れ出でたのは]
[枚坂の顔──。
過去が揺れ、現在が揺れ、そして未来すらも映し揺れようとするかのように。くぅるりくぅるりと水の表面が、渦をつくっては、ぴとぴとんと真ん中より同心円を描く。]
[そこに映るは、確りとした顔──。]
[医療器具を持ち、誰かを切ろうとしている枚坂の姿が一瞬映るように見え、夜桜は眩暈を覚えた。]
[だが、確りと水鏡の淵を持って持ちこたえる──。]
[次に映ったのは]
[大河内碧子───。]
[かしゃり、落ちるピアノ線。
望月が閉じさせた瞳。]
――――……
[死が満ちていた。
血がどくどくと流れて、
彼岸と此岸を隔てる河の様相を呈する。
落ちた花蘇芳が揺れた。]
コルネール……さ、ま
[手を伸ばす。]
[彼の首は、その胴体と泣き別れたままだった。]
――やれやれ
どうやら、ここで死ぬ者は屍鬼であろうが人であろうが関わりなく、正視に耐えぬ有様にされてしまうようだね。
彼は確かに清らかな人、というわけではなかったかもしれない。
だが、刑死人ではないのだよ?
[望月に抱かれたままの首をじっと見つめる。]
──二階・水鏡前──
[水が共鳴し合う様な不可思議な音。
血腥い屋敷の中に、水の匂いが漂う。
夜桜の今、成さんとしている事を、仁科は両の目を見開き…見つめている。仁科の目はただの揺れる水面としか映らないが……。]
[枚坂を見て不思議そうに首をかしげる]
この異界において、黄泉還りを防ぐにはこうするのが一番だろう?
[何の邪気もない瞳]
逝きそこなうのは可哀そうだ。彼が人にせよ、屍鬼にせよ。
江原さんは若い。
あのくらいの失血なら、休んで力のつくものでも食べれば元の調子に戻るだろう。
望月君。
呑んで忘れることだよ。
酔いつぶれてしまえば、亡者に悩まされることなんてないさ。
──二階/水鏡──
[銀幕の中にような風景が映る。
若き日の天賀谷のような姿もぶれるように映っただろうか。
たおやかな、容易く折れてしまいそうであり、かと言って容易く折れる事の出来ぬ、矜持を纏っていた。]
[──今の大河内碧子は] [だが]
[艶冶なる笑みを浮かべてはいない]
[──…おぉぉぉぁぁぁぁぁあああ……ん……──]
[水鏡は哭泣した]
酔い……?
[枚坂の言葉にはは、と笑う。その顔は奇妙に明るい]
もう、とっくに酔ってる。血がこれだけ溢れかえっているんだ。酔いもするよ。
……それに。
[血に濡れた手で、優しくコルネールの髪をすく]
亡者なんて居ない。みんなきちんとあの世へ逝くんだ。
私が知っているのは、たとえ屍鬼でも首を切られるか心臓を貫かれれば動かなくなる、ということくらいだ。
死体の首を切れば、決して黄泉還らないなんて迷信だと思うがね。
まして――
屍鬼をすべて滅ぼしてしまうつもりなら、そんなこと考えなくてもいいことさ。
──二階・水鏡前──
『夜桜さんの仕事は…──。
夜桜さんの仕事こそが、影見──だったのか。』
[声を出す事も忘れて、凝視している。]
―由良の部屋→階段
『たとえ迷信でも、今の俺が信じられるものは他にない』
[そう嘯いて階段を下りていく。包んであるとはいえ、血まみれの首を携えて歩く姿を見れば、使用人たちは悲鳴を上げることだろう]
[髪をすく望月の仕草に、ぞくりと背筋が震えた。]
迷いがなければ……きっと亡者になることもないだろう。
ああ、そうだ……
君が携えていた天賀谷さんの――
――首はどこへ行ったんだい?
[ああそれやっとな]
[くびがないなら人でない]
[それやっとな]
[やっとなやっとな]
[両手を上にあげて踊り狂う民衆達の]
[やっとなやっとな]
[抱えた首は、どこへ連れてゆかれたのか]
[それは解らず与り知らぬ事也]
[淵に手をかけたまま、一歩、夜桜はしりぞいた。]
[囃子太鼓よ、飲めや謡えや]
[穢れ祓えや][それ祭礼せや][それやそれ!]
―三階廊下―
首?天賀谷さんの首なら、あの人の寝室で香を焚いて眠らせた。
ああ、そういえば、この二人には何を供えるのがいいんだろう…?
[枚坂の質問に心を奪われて振り向いた]
そうか……
ありがとう。望月君。
いや、引き留めて済まなかった。
その二人にか……
由良君はよく知らないんだが……花蘇芳などかね?
コルネールさんは楽譜などだろうか。
[触れる、眼の奥でノイズが揺れた。]
……っ、あ!
[楽譜が一瞬映った気がする。
河の向こうに
古びたピアノを前に立ち尽くす男が見える。
唇は笑いの形に歪んでいた。
ぴちゃり、
赤い川の気配。
絨毯から血が染み付いて、膝まで絡み付いて行く]
――――コルネール様……
ひと……
足掻くもの、嘲笑う者……
何処までも、ひとで―――あった、と。
[崩れ落ちそうになりながら、翠は謂う]
―三階/天賀谷自室―
[新しい屍体から、血臭が押し寄せてくる。
傍らに膝を付いて、絶命を確認する。
それが生きているとは、誰にも思えなかっただろうが。
部屋の中に居る者達に、押し殺した声で言った。]
お嬢さん。そして碧子さん、外へ出てください。
どうやら彼にも、屍鬼にさせん為の処置が必要な様だ。
「由良君はよく知らないんだが……花蘇芳などかね?
コルネールさんは楽譜などだろうか。」
[枚坂の答えにほっとしたような微笑。それは、望月の血まみれの姿とはあまりにそぐわないけれど]
そうか、そうだな。ありがとう。
……隠し立てをして申し訳ありません。
[ですが、と夜桜は続ける。]
屍鬼は、危険なるものです。
無闇に正体を現してはなりません。
[ふ、と風に揺れる桜のように微笑む。]
―三階・廊下―
「ひと……
足掻くもの、嘲笑う者……
何処までも、ひとで―――あった、と。」
[翠の声が告げる。望月の表情はしかし、動かない]
――そうか。
[それ以上何も言わず、首を携えて階段へ向かった]
[階段からは、水鏡のそばに佇む夜桜と仁科が見える。
少々興味を惹かれたが、腕の中の首を見てその思いをひとまず打ち消した。]
手を、貸して頂けますか。
[凝っと見詰めるまま、問う。
階段上の望月からは、白い着物を着込んだ(上から下まで真っ白の)夜桜の姿が見えた事だろう。近くの水鏡の表面が、最後に、
ふつ……
と、淵より震えて平らになった。]
―由良の部屋外、廊下―
……
[首を振る]
……人が誰かを殺すなら。
……其処に私の意味が、あるのです。
[首を持ち、去る望月の背を見送る。
体が動かない。
彼岸が自分を呼んでいる。]
……水……。
[ふらり、と手摺に縋るように立ち上がった。]
碧子様が、旦那様をあの様な無惨な死に──。
[影見をずっと求めて居た仁科だったが、実際に其の言葉を、屍鬼の名を告げられるのは、想像を遥かに越えて重い出来事だった。]
碧子様と十三様は長い間柄だと…。
アァ、でも。
夜桜さんが覚悟の決まった人で在る理由は、此れ…なのか。
―二階階段そば―
「碧子様が屍鬼」
[そのまま井戸へ向かおうとした足を引きとめたのは、仁科の言葉だった]
…なんだって?
[振り返れば、水鏡の表面が妖しく震える様が見て取れた]
今、なにを言った。
[佇む夜桜は白装束。それは花嫁の白無垢とも、死者の経帷子とも見える]
[二階廊下中央の声はよく響き、階段を降りようとする私の耳にも届いた。]
大河内碧子……
――彼女が屍鬼…
[私の貌に薄い微笑みが浮かぶ。――ついに。]
[現世はイロの世界。
彼岸は白の世界。
喪服が黒と定められる前、白は死の色であった。]
あたしは、色々見過ぎてしまっただけです。
覚悟なんて大層なものじャ、ありません。
[何かが見れるだけではない。
戦争だけでもない。
東京大震災だけでもない。]
望月さま。
[夜桜は望月を見上げた。
その向こうに居る枚坂は、耳聡かったのか、呟くように話していた会話が聞こえてしまったようだ。]
大河原…碧子さんが屍鬼?
そう聞こえた。
[首を携え、血のこびりついた姿のまま歩み寄る]
それを知りうるのは影見だけ。だが、夜桜さんの名は血文字の中にはなかったはずだ。
……。
[夜桜は仁科の動作に、何も言わずに見詰めていただけであった。熱をもったような温かい手の温度が、仁科に伝わってゆく。
血のこびりついた、シロタの首持つ望月の問いかけに。
そっと*目を瞑った。*]
―二階廊下―
[夜桜と仁科を見やりながら、癇症に首を横に振り]
わからん。俺には判らん。
[踵を返して井戸へ向かう]
『この首を*清めなければ*』
―水鏡前―
すいません、……大丈夫、です。
……ああ、でも。手だけ……貸して頂けると。
[申し訳なさそうに枚坂に願い]
……夜桜さん……
仁科さん……?
[対峙する望月と寄り添う二人を見た。
何の――話を。
そう思ったとき、望月が謂った。]
――大河原様が……?
[屍鬼。
翠は夜桜を見た。
――さつき様は屍鬼ではない。
そう謂った、彼女を。]
[仁科の指に、夜桜の熱が移る。
体温の戻り切らぬ手がじわりと温もる。
血塗れの首を抱えたまま去って行く望月。
戸惑いがちな声を掛ける翠に*小さく頷いてみせた*。]
翠さん……
こんなに冷えて……。
[そっととった手は血の気を失ったように冷たく感じられた。彼岸を見たという彼女はそれだけ消耗していたのだろう。]
温かくて栄養のつくものを食べて――
休んだ方がいいね。
[彼女自身も荒事の中であやうくその命を危険に晒していたことを思い出す。
彼岸のことばかりでは耐えられないだろう。
生きている人間には、温かい食べ物や安らかな眠り、穏やかな現実に戻れる時間が必要だ。
私は彼女を支えながら、階下へと降りていった。
しかし、水盆の前で耳にした言葉はまた彼岸へと私たちを*いざなっていた*。]
『もう、冷水を浴びなくても大丈夫だ。』
夜桜さんが、水鏡で。
碧子様を見たと──。
屍鬼は彼女だと言ったよ、翠さん。
[翠も何かを成すと言うなら見届けなくてはと思い乍ら、一度目を閉じ*また目を開く*。]
――三階/十三の部屋――
[さつきの見つめる中、藤峰の姿が無残な姿と変じていく。
其は異界の審美眼で形作られたグロテスクな造形物であった。彫刻家の鑿も画家の絵筆も彼の周囲には見当たらぬ。しかし、作者の見えざる手が動くたびに青年の身体は人でなくなっていった]
誰が、此れを――
[ひとつだけはっきりしていた事が有った。
寝台に横たわる十三――彼に酸鼻極まりない最期を与えたのとどこか共通の作風が、藤峰青年を素材に選んだ禍々しき芸術家には備わっていた、と云う事であった]
――嗚呼。
此の部屋はきっと、地獄と繋がっているんだわ――
『――等活地獄。
五体を細切れに切り裂かれ粉砕されて死しても、ひとたび涼風が吹けばふたたび元通りになってまた初めから繰り返されると云うけれど――あの有様からでも屍鬼に成り得るとしたら――屍鬼とは其の地獄から這い出てきたものなのかも知れない』
――三階/十三の部屋→廊下――
[くるりと後ろを向き廊下に足を踏み出そうとして、さつきは雲井を顧みた]
――雲井様、来海様。
――あまりこの部屋には、長居なさいませぬよう。
――大河原様も。叔父との御交情はお察し致しますが、どうか。
此処は既に、現し世ではなくなってしまっているのですから。
[其の中の一人を屍鬼であると夜桜/神居がやがて告げる事を、さつきが知ろう筈も無い。だが如何なる予感を得てか、さつきは蒼白な顔で三者を見たのみ。そうして、さつきは廊下へと歩み
*出て行った*]
――三階/廊下→二階/食堂――
[廊下に在った人影はただ杏のもののみであった。その顔色もやはり、室内の凶事を察してか青白い]
「さつき様――」
杏。他の皆様方は?
「あの、由良様の御部屋に……ですが、その」
[杏は其の儘、口ごもる。怪訝な表情でそちらを見、唇を結んで向かおうとしたさつきに、杏は思いがけず大きな悲鳴を発した]
「いけません!
その……厭な、予感がするのです……とても、厭な予感が」
[其の様子は奇しくも、数刻前――或いは僅か一時間前だったのだろうか――の施波執事と大河原夫人との問答を再現するかのようであった]
……厭な、予感?
[問い返しに杏はおずおずと頷いた。そっと近寄ってさつきの袖を掴み、其方へと行かぬよう微かに力を込めてくる。はしばみ色の瞳は必死な色合いでさつきを見上げていた]
『由良様が亡くなった、其の部屋で……其の上で何か起こるとでもいうの。そんな、まさか。でも、いいえ、恐慌に駆られた人が何をするかわからない、其れは先刻見たばかりだわ……』
[心中の思いを感じ取ってか、杏は幾度も首を振る。目元には涙が溜まり、腕を引く力は明らかな程になっていた]
……もう、仕方ないわね。そうまでするのなら……貴女が淹れた紅茶を頂きましょうか。施波さんがいらっしゃれば、お父様の手紙を開けるにも立ち会って頂けるでしょうし。
――二階/廊下→食堂――
[さつきと杏が水盤の前に辿りついた時には、其処には未だ誰も居なかった。其の水面にちらと目を遣り、通り過ぎてゆく]
『真正なる影見が誰か、未だ私は知らない。
……もし、私の持っている異能が真の影見だったとしたら。
……そして私は只、其れを浪費してしまったのだとしたら。
……其れこそが、只ひとつ私の恐れていること。でも、いいえ。そんな事がある筈は無い。私の力はただ、私に対して意味を持っただけ……真正なる影見ならば、きっと――』
―二階・水盆前
[望月青年の問いに、夜桜は答えなかった。
夜桜は賢明な女性だ、と私は内心安堵した。
夜桜が大声でその事実を叫びアジテートしたなら、恐ろしい狂騒の渦中にこの屋敷は呑み込まれるだろう。
パニックになってしまえば、その混迷の中で絶好の機会といえるタイミングを見失ってしまうことになりかねないのだ。
「碧子が屍鬼」との啓示にうずうずと先走りそうになりそうな膝をぐっと踏みしめる。
今はなにより、自重が必要なのだと自戒した。
階下へと消える望月青年の姿を見送る。]
夜桜さん、仁科――美蘭さん、それに翠さんも。
こんなところで立ち話をしていても、寒々しいばかりだ。
部屋で休むか、食堂でなにか食べたらどうだろうね。
せめて、お茶でも呑んで温まって。
[女中にお茶を用意してくれるようにと頼むと、階上へと向かった。]
―三階・天賀谷自室
[雲井の姿を探し求めていた私は天賀谷の居室の扉を開き、変わり果てた藤峰青年の姿を見いだした。]
藤峰君!!
ひどい有様だ……
[天賀谷の死に魂を振り絞るような慟哭の声をあげていた彼のことを思い出す。その嘆きには心からの共感を感じていた私だった。
細やかな気遣いに温かい配慮。仕事を愛し、同僚や客に示していた仕事ぶりは血の通ったものだった。
なにより、率直で誠実な人柄が接していて心地よく感じられる、愛すべき人物だった。]
誰よりも人間らしい君が……早くも天賀谷さんを追うことになるなんて……
[惨苦の滲んだ声が絞り出た。]
―天賀谷自室
[部屋の中には、来海がいた。雲井ばかりではない。そばには碧子の姿もある。]
天賀谷さんの時のように……襲った屍鬼はやはり見えなかったものだろうかね。
[藤峰の遺骸は、人の手では容易になしえぬ様に思えた。
雲井の携える刀を、目線を動かさぬまま視界に捉える。
碧子に接する時に、眼前に立ちはだかるのは彼だろう――と思いながら。
私は以前揶揄した時とは別の理由から、彼と碧子の関係や、彼の素性について話を聞きたくなっていた。]
―江原自室―
[名誉の傷を負った左腕。その動きは鈍い。
だが、コルネールとのやり取りで見せた
鋭い動き。これは奇跡としか言い様がなかった。]
………これは燃え尽きる寸前の灰。
だが、やれるもんだな。案外。
[枚坂から最低限の処置をしてもらい、
出血の量からも命に別状はないようだ。
誇らしげに、その自分の左腕を見る。]
PURPLE HEARTものだ……。
[コルネールが屍鬼か否か。それはまだわからない。
どちらであっても、左腕に受けた傷は名誉。
そう*思った*。]
─3階・天賀谷の私室─
[怒声を上げた来海を、雲井が嗜めると言うよりは揶揄する様に口を挟んだその直後。
異様な気配が部屋を包む。
来海はそれにまだ気付いていないのか、尚も侮蔑的な暴言を吐いていたが、次第に高まりゆく緊張に、流石に口を噤んだ。
不安な面持ちで周囲を見回す面々。]
[そして。]
[碧子の、見開いた瞳の眼前で、藤峰青年がその形を失い、肉塊に変わっていく。
碧子が好ましく思っていた、まだ幼さの残る凛々しい顔立ちが、伸びやかな肢体が、彼の美が損なわれていく。
声は出ない。
だが。]
『 嫌。
厭。
こんなのって無いわ。』
[無意識に手で口元を押さえ、嫌々をするように首を振った。]
[──やがて。
侵蝕が止まった後。
雲井が今や藤峰残骸に過ぎぬ躯の前に屈み込んだその時に。
やっと、目の縁に盛り上がった涙と共に、かすれた吐息が零れた。]
こんな、こんな…
[それ以上の言葉は続かず、怒りとも哀しみとも付かぬ呻きを洩らした。]
─3階・天賀谷の私室─
「お嬢さん。そして碧子さん、外へ出てください。
どうやら彼にも、屍鬼にさせん為の処置が必要な様だ。」
[押し殺した雲井の声。
それでも暫くは茫っと痛ましげな視線を藤峰の遺骸に向けていたが。
そろそろと口に当てていた手を下ろし、詰めていた息を吐いて、呼吸を整えた。]
…そう、──ですわね……
[ふと見れば、濃紺のスカートには土埃が、そして白いブラウスにも点々と藤峰の血が飛び散って、すっかり汚れている。]
……私、着替えて参りますわ。部屋に居りますので、用が御座いましたらお呼び下さいませ。
[丁度入ってきた枚方医師に会釈して、自分の客室へと向かった。]
―天賀谷自室
そうですね。碧子さんも少しお休みになった方がいい。
藤峰君の断末魔に気持ちが休まらないのなら、眠剤も処方しますよ。
気軽に声をかけてください。
[「藤峰君の――」という言葉には二重の意味があったのだが、少なくとも皮肉めいた諧謔の色を混ぜることなく殊勝に伝えただけであった。
彼女の足取りが遠ざかっていくのを耳にしながら、私は藤峰青年の亡骸に屈み込んでいる雲井の背中に近づいていく。]
私の名前……ヒラサカのヒラとは元々は崖や傾斜地、坂という意味があるようでね。だから、ヒラもサカも同じような意味の繰り返し、もしくは強調なんだね。
ああ、『古事記』には「黄泉比良坂-ヨモツヒラサカ」という言葉が出てきたな。『日本書紀』ではその表記は「平坂」、『鎮火祭祝詞』では――「枚坂」。いずれにしても、その音に漢字をあてただけで、意味は同じだ。
私は関東大震災に被災して、一つ上の姉と一緒に遠い親戚の家に引き取られた。
その家はこの近くの山村にあってね。姓が表すように、私の家は村の境になる坂の上にあった。
坂の下には墓地があったから……葬送の列をよく目にしたよ。
藤峰君の住んでいた村落もこのへんだ。
[私も雲井のそばで、藤峰青年の亡骸に目を落とした。]
鴉の濡れ羽……
[呟きが漏れる。藤峰青年からいつか聞いた言葉がふと浮かんだのだ。しっとりと濡れたような青みを帯びた黒。美しい黒髪を言い表す美しい言葉だったが、外国には別の意味でも使われていた気がする。
――絶望の果て]
彼は、いずれ此処の墓地に葬ろうと思う。
雲井さん。
貴方はどういう風に碧子さんと知り合ったのかな。
彼女のことをどれだけ知っているんだろう。
[帝大医学部に在籍中、陸軍委託生となった私を可愛がってくれていたある陸軍将校に連れられて訪れた銀座の町。
そこで、碧子とよく似た女性を見たことがあった。艶やかで華やかなその風貌に、強い印象を持ったものだった。
彼女が現在の碧子と同じ人物であったのか、詮索したことは無論なかったのだが。]
雲井さん、貴方が彼女をどんな風に思っているのかと少し聞きたくてね。
─3階・客室の─
[付属の小さな浴室で軽く身を清めた後。
素肌の上にバスローブを纏い、タオルで洗い髪の水気を丁寧に拭き取っている。
スツールに腰掛けていた碧子は、髪を拭く手を止めて、ふっと、目の前の備え付けの鏡台に映る自分の姿に目を遣った。
緩く波打つ髪は漆黒の艶を持ち、正に烏の濡羽色と云うに相応しい。
対照的に、その髪が散り置かれた肌の色は、逆に仄かに照り輝くような白に染められている。
少し首を傾げて鏡の奥から此方を見返すその貌は、思わしげな色を浮かべている。
そのまま暫し、鏡の中の自分と向き合っていた。]
―水盆前―
[仁科がこくりと頷いた
大河原婦人。
美しい横顔。大輪の花のような女性。
――これを着てあれを着て、きっと似合うわ。
楽しそうな、天真爛漫な微笑みが翠の脳裏に浮かんでは消えた。]
……大河原様が、そんな。
だ って、あの方は 旦那様の――――
私なんかに、
とてもよくしてくださって……
[夜桜を見つめる。
清廉な、白妙の衣装が何処か死の影をちらつかせていた。]
……夜桜さんは、
水鏡を、覗いたのですね。
私が彼岸を覗くように……。
それならば……真実、なのですか。
[苦しげな、寂しげな、
複雑な色が折り重なった言葉を紡いだ。]
[不意に唇を噛んで俯いた。
白い肌に長い髪が落ちかかる。]
……何て、弱いんだろう。
旦那様を殺した屍鬼が憎いと思ったのに、
この手で斬ろうとさえ思ったのに、
……私は何も出来ないでいる……。
迷って、しまいます……。
[夜桜の言葉は真実なのだろう。
それでも。
斬れるかどうか、分からなかった。]
[……用意した衣服を身に付け、髪を整え、顔を作ると、また雅やかな大輪の花の装いを取り戻す。
それは、碧子がこよなく愛する黒の彩。
黒絹の、切替しのついたワンピースより出た手先と、その顔の他は、絹靴下や靴までも、*全て黒で覆われている。*]
翠さん。
人は鬼にも仏にもなれます。
全員が、鬼に成らずともよく、また仏に成らずとも佳いのです。
[弱いと謂う翠に*言いおき*]
―三階/天賀谷自室―
[さつきと碧子は、部屋を出て行ったようだ。
後から入ってきた枚坂の言葉に。]
私が、大河原さんの事を、良く知っているとは謂えないな。
元伯爵の生前にもお目に掛かった事はあったが……向こうは覚えていないかもしれん。
知り合ったのは、彼女が天賀谷の所に招待されるようになってからですよ。
いや。ああ謂う女(ひと)を、何もかも知っていると謂える者は居ないでしょうねえ。
そこが、彼女の魅力でも、あるんでしょう。
……そうだったのか。
雲井さん、貴方はなかなか恋に対して挑戦的なんだね。
[私の表情に苦笑が浮かぶ。]
彼女が天賀谷さんに招待されるようになってから、というと、天賀谷さんの彼女への関心を知りながらアプローチしたんだろうからね。
こう言っては失礼だが……
ひょっとすると、彼女に対してはさほどの拘泥はないのかな?
この屋敷にも、何人も魅力的な女性はいるが、とりわけ彼女だったことにはなにか理由があるんだろうか。
[一瞬、声に出して笑って。]
そりゃあね。
まあ、大河原さんは、私の事など、本気とは取っていやしないかもしれないが。
それで。
貴方は如何したんです?
一緒に閉じ込められた連中が、気に成り出したと?
いやいや、急に気になったわけでもないさ。
ほら、なれそめを聞いたこともあっただろう?
まあ、こんな時だからこそ誰が誰をどう思っているか知っておきたいと思う気持ちはあるけどね。
この、藤峰君のように、その人生の幕切れはあまりに唐突に訪れるんだから。
もし不意にその命を喪ったとして、手向けるものも思いつかない、というのはあまりに寂しいからね……。
[太刀の鍔元を握り、鯉口を切って立ち上がった。
ゆっくりと、刃を鞘引く。]
手向ける物……ね。
誰か死ぬ度に、そんな事が気になるとは、成程。
平和な時代になったものだ。
[鞘を床に放り、両手で太刀を構えた。]
いや、妙なことを聞いて済まないね。
気に障ったら失礼するよ。
詮索するのも野暮な話だった。
ああ、そうだ。
……ということは、碧子さんよりも天賀谷さんとの間柄の方が縁が濃かったんだろうか。
天賀谷さんはなにか、言ってたかな。
こんなことになってしまう前に……予感めいたことを。
貴方は……
なんのためにここに。
[それは、来海が問うたことと近かったのだろう。私はここへ来る前にそうしたやりとりがあることを知らずにいた。]
[重い音を立てて、刃の一部が床に喰い込んだ。]
矢張り、鍛錬を積んだ人の様には行かないもんだな……。
まあ。これでも目的は果たしたか。
そうですよ。枚坂さん。
それは死人だ。完璧な。
なら、首を切られる位、今更気にしないでしょうよ。
[枚坂に、冷たい視線を向けた。]
……妄念とは恐ろしいものだ。
君は戦場であまりにおぞましい様を見すぎたんじゃないか?
彼には安らかな眠りを向かえる権利と資格があっただろうに……
[ゆらりとたちあがる。瞳の奥で青白い火がともった。]
首を切られて、彼が痛みを感じるとでも?
もし化けて出るなら、もう一度私が切ってやりますよ。
情を乱されるとしたら、それは死んでる者じゃなく、生きてる者の方だ。
貴方は、この程度じゃ取り乱さない人だと思っていたんだがね。
倒れて、息をしなくなればそれで仕舞か!?
人にはその躰がある。
姿が残されている。
愛する人、
ゆかりのある者が――
いとおしむべきその形が。
無惨なかたちにされた彼の姿を――彼が知っている人が見ればどう思う!
“死ぬ”ということは、息をしなくなることじゃない。
心臓が止まることでもない。
生者がその者を“死者”だと切り捨てる時なんだ!
彼は、天賀谷さんを死なせたくないと思っていた。
その彼を惜しまなかったなら――
彼は浮かばれやしない。
[私は悲痛な声を絞り出す。]
いや……感情的になってすまなかった。
[息を吐き、じっと思いをかみしめた。]
だがね、ああ……
必要のないことだよ。
言ったように、彼は屍鬼じゃないんだ。
そして、屍鬼を滅ぼしてここから出るなら、彼が屍鬼として甦ることなんて考える必要などないことなのだから……ね。
貴方は理性的な判断をしている人のようだ。
それなら、私の言うことも理解してもらえるだろう?
残念ながら、私は彼を、そこまで知らないんですよ。
屍鬼に殺された者が本当に屍鬼に成るのかも、そうだとして、その過程にどれだけ時間が掛かる物なのかもね。
となれば、必要かも知れんことは、やって置くだけだ。
[部屋にあった、既に血に汚れたシーツで太刀を拭い、床の鞘を拾って納めた。]
確かに必要なことは、ある。
伝染病の予防のために、遺体を火葬に付したように。
――そうだね。
だが、これは必要なことではないさ……
[望月青年にしても、この目の前の雲井青年にしても、なにをそこまで恐れているのか、理解できないまま呟いた。]
枚坂さん。
そもそも今、何時だと思います?
天賀谷が死んだのは朝だった筈だ。
それから随分どたばたした。
私の腕時計は、もう昼をとっくに回ってる。
だが窓から見るとね、雲に隠れてはいるが、太陽は東側にあるように見える。
此処じゃ、時間と謂う観念は、無効なのかも知れませんよ。
──二階/水鏡前──
「夜桜さん、仁科――美蘭さん、それに翠さんも。
こんなところで立ち話をしていても、寒々しいばかりだ。
部屋で休むか、食堂でなにか食べたらどうだろうね。
せめて、お茶でも呑んで温まって。」
[親切にか、それとも、何処か場違いにも思える枚坂の言葉を受けた女中が、熱いお茶と握り飯をつくって持ってきた。夜桜は、そっと左右に頭を振り、碧や仁科達へと渡すように。
夜桜は、女中に耳打ちをする。
ぎょっとしたような表情をしていたが、程なくして女中は夜桜に頼まれたものを布に包み持ってきた。だが、その表情は蒼白であり、酸欠の様に口をパクパクとさせていた。夜桜は、倒れこむように縋りついてきた同僚から、布包みを受け取ると懐へとおさめた。]
「──藤峰さまのお名前が……!!!」
[取り乱している]
「藤峰さまのお名前の横に……屍鬼殺害の──血文字がぁぁ」
時間……
……ああ、そうだねぇ……
まるでずっと長い悪夢の中を彷徨っているようだ。
[雲井の言うように、外には超現実的絵画のような風景が広がっている。
私自身も少し休息の時間が必要なのだろうか、と思いながら。]
雲井さん、貴方も一服したらどうかな。
私は少し、食堂にでも行ってみるよ。
―三階自室―
ん……。
[どれほど眠っていたのか。
この世界に置いて時間という観念は無意味なのかも知れなかった。
……泥のような眠りから唐突に意識が浮かび上がる]
──二階/水鏡前──
[施波の姿は見止められないが、恐らくは使用人達は一同慄いているだろう。自分達の名が血文字の中になくとも、同じく天賀谷十三の元で働いていた男が、奇怪な血の滲みで屍鬼より殺されたと告知されたのだから。]
──。
[目を閉じ、また開けた時、既に夜桜の足は三階へと向いていた。
うろたえる同僚を尻目に──…]
―三階/天賀谷自室―
[枚坂が去ってから、藤峰の亡骸を覆うように、その汚れたシーツを掛けた。
それが唯一の心遣いだとでも謂う様に。]
悪夢ね。
夢なら、醒めれば全部無かった事に出来るんだが……。
これは悪夢じゃ無い。
引き返す道も、やり直す機会も、無いんだよ。
―回想―
[由良とコルネールの首を井戸水で清め、己も、血に染まった身体に水をかけた。
刀に水をかけ、そっと懐紙で拭い取る]
『二人を斬って、欠けはおろか曇りもない、か……』
[刀身は鏡のように澄んでいた。乱れのないまっすぐな刃紋が日と月の光を同時に受けて煌いている]
『俺は、こんなふうに澄んでいられるだろうか』
[目を伏せて、刀を鞘に収める。
清めた二つの首を真新しいさらしに包んで抱きかかえた]
……人の、首……。
[井戸を覗き込んで少し目を細めた]
―回想―
[それぞれに香華を供えるように召使いに伝えたところでもうろうとして、己の部屋で崩れ落ちるように眠ってしまったのだ。
……刀を手放さぬままに]
─3階・客室─
[大きな姿見の前に立ち、脚に括り付けた「あるもの」を素早く手中に収める為の動作を二三度繰り返す。
それが満足のいく速度である事を確認すると、もう一度全身を見て、衣服を整え直した。]
―現在・自室―
何故、まだ血の臭いが……?
[望月は辺りを見回した。
血文字が壁に浮かんでいた……部屋に帰り着いたときには気づかなかったのだ]
書斎のものと同じ文字。いや、これは。
『増えている』
[由良の名に、コルネールの名に引かれた斜めの線。……そして、屍鬼殺害、の文字がつけられた名は、十三ともう一人……]
藤峰……?
[最後に顔を近付け、口紅の具合を…そんなものを塗らなくても、彼女の唇は十分に紅いのだが…調べ、それで良し、と云う様に莞爾と微笑んだ。]
―天賀谷自室戸口
[部屋を出て行く時、ふと、最後に雲井に振り返った。]
ああ、そうだ。
碧子さんがもし亡くなったとしても――
やっぱり君はそんな風に刀を振り下ろすんだろうかね。
――彼女を惜しむことなく。
[後ろを向いていた彼にその言葉が届いたかどうかはわからない。返答を聞かぬまま、私は階段を降りていった。]
―二階→書斎へ―
[夜桜とは反対の方へと走る。
仁科は夜桜と共に行っただろうか、
それとも此方へ。
翠には確認する余裕がなかった。]
―――!!
[血文字。
藤峰の名が、血で抉られたように消えていた。
――屍鬼殺害。]
藤峰さん……!
[探すように、書斎を出た。]
―階段
――夜桜さん。
[目の前には、夜桜の姿。]
君は……水盆を見ることができたんだね。
君の話を聞いてみたいが……その機会はあるだろうか。
気が向いたら、時間をつくってくれ。
……か…げ……
[夜桜の言葉に、ぞわりと背筋が凍った。怖ず怖ずと足下に目を落とす。
果たして、私の影はひどく薄らいで見えた。]
ば、馬鹿な……っ
[眼鏡を外して、ごしごしと目をこする。]
嘘だ……
そんなことがある筈がない。
[三階から落ちる光源と二階の天井灯、その狭間ゆえのことと無理に解釈する。
冷静さを取り戻すよう努め、夜桜の言葉に意識を定めた。]
ああ……
無論だ。
君は中国に居たと言っていた。
そこでなにを……
……なにを知ったんだ
さあ。
男の温かさと理不尽さは知りましたけれど。
[ふふ、と蕾が綻ぶ。]
枚坂さまが中国で見たものと、場合によってはあまり変わらないかもしれません。
[血文字に目を向ければ、由良とコルネールの名が消えているのが嫌でも目に入る。
……殺した。
由良の指先が食い入った胸の傷がひりつくように痛む]
[これは、生者と死者を全部書き表しているというのだろうか?だとしたら]
藤峰、さん。
[天賀谷のために泣いていた青年。首を斬らせまいとあんなにも抗って、縋った彼は……!?]
─3階廊下→階段方面に進行中─
[ワンピースの裾を捌いて、滑るように歩む。
何時でもどんな時でも彼女の脚は、軽やかに、鳥の羽ばたく様に動く。]
―三階/階段上―
[何時から板坂と夜桜の遣り取りを見ていたのか。
二人を見下ろすように立っている。
服の裾と袖には、点々と藤峰の血が繁吹いたままだ。]
君が、影見だと謂うのか。
それで、何を、いや誰を、見たんだね?
―自室・廊下―
[廊下へ出て辺りを見回す。藤峰の事を訊ければ……間違いであればと思うのに、通りかかるメイドはいないようだ]
男の理不尽さか……
[私は苦笑した。]
それを言うなら、ほら、
「女心と秋の空」って言うだろう?
男の場合はなんていうか知っているかい?
私が中国で見たものは――
おそらく誰よりも凄惨なものだっただろう。
他の人にまず見ては欲しくない類のものだ。
─3階・階段側の廊下─
「君が、影見だと謂うのか。
それで、何を、いや誰を、見たんだね?」
[雲井の声は階段の吹き抜けに微妙な反響を残す。
碧子は雲井に近付き、女王の様に階下を見下ろした。]
……影見だと仰る方が居るのなら、そう、私もお聞きしたいわ。
誰を見たのかを。
人は誰しも。
己の事を基点に考えますね。
[夜桜は、三階へとゆく。
残り香が──発汗のための匂いが仄かに枚坂の鼻腔を擽ったかもしれない。]
雲井さま。
[まるで立ち塞がるように雲居が立っている。
立ち居振る舞いは、とても凛々しい。
かろやかに踊る女の足音。
夜桜はそちらへと腕をあげると指差した。]
―二階→三階へ―
[コルネールの名も消えていた。
確かにこの眼で彼岸を見た。
だが藤峰は]
『また、旦那様のように屠られて居るの――!?』
[途中、夜桜と枚坂が向かい合っている姿を見て]
枚坂様、
藤峰さんは……!?
―廊下・階段方向へ―
[声の聞こえる方へ歩いていく。
組紐を器用に編んで、腰に刀を下げている……ごく自然に]
藤峰さんを、知らないか。
[近づいて、誰にともなく声をかけた]
[背後から、聞き慣れた声が言った。
「そう、私もお聞きしたいわ。
誰を見たのかを」
夜桜が指差す方に視線を動かす素振りも見せず、じっと夜桜を見据える。]
─3階・階段上─
[雲井の傍らに立ち、階段を上る夜桜を──枚坂を睥睨する。
夜桜の腕が上がり……その先は。]
私、ですの?
それで……何が見えましたの?
[うっすらと紅い唇に微笑が浮かぶ。]
[もう一つ、問う声がする。]
藤峰君は、其処だ。
[視線は移さず、空いた右腕だけで、天賀谷の部屋を指す。
言葉を切って。]
それで?
[夜桜に向けて言った。]
「男心と――春の空」
常の春の空はこんなにもおどろおどろしくはなかったろうがね。
[私は窓の外を指し示し、はははと嗤った。]
男の心も女の心も、気まぐれで変わりやすいことには違いがないってことさ。
そう、誰もが己を基点に考える。
各々にさして違いはないだろうにね。
―三階・廊下―
!……そうか。
[雲井の声は何気ないように響き、わけもなく、藤峰は生きているのだと思った……その時は]
よかった。
[天賀谷の部屋へ向かう。藤峰の無事な姿を確かめたかった]
翠さん、藤峰君は――
[翠になんと答えたものか、躊躇われた]
天賀谷さんのところにいるよ。
だが、そこには行かない方がいい。
[枚坂に、このような状況でなければこう返した事であろう。──否、ただ、夜桜は微笑むだけであっただろうか。ここに記す事は止めとしよう。]
雲井さま。
[夜桜も、大河原の方を見ずに見詰めたままで]
―二階と三階の間、階段前―
[漆黒の蝶の様な大河原夫人が微笑む。
翠は酷く戸惑っていた。
と、雲井の声が]
……居るんですね!?
[僅かに浮いた声。
だが
「彼は死んだ」
枚坂の言葉が、残酷に現実を告げた。]
――嘘
[心がついていかない。
あのように、
千切れて潰れて――しまっているのだろうか。
見上げた先、望月が走った。]
も、望月様!
[階段を駆け上がる。]
―天賀谷の部屋―
[枚坂が真実を告げた声は、望月自身が藤峰を呼ぶ声と重なって、聞こえなかった]
藤峰さん?
[一見したところ彼の姿は見られなかった]
中から書斎に降りたかな。
――二階/食堂――
[空になった白磁のカップを受け皿に置き、さつきは右手の扉をふと見遣った。食堂にはさつきと杏、二人の姿しか無い。施波のみならず他の使用人達も、各々の仕事をしているものか或いは
何処かで噂話に興じてでもいるものか、扉を隔てたホールにもまた、誰一人として居はしなかった]
――ごちそうさま、杏。美味しかったわ。心が休まるようね。
『本当に。それにあの血文字も……此の部屋には浮かんで居ないようだし。此の静かな様子からは、あのような災いなど起きていないのではとさえ思ってしまいそう』
[なにげなく踏んだシーツがずるりとずれ、足を取られて転びかける]
……うわ!
[つんのめって、膝をついた。その足に引っ張られてシーツがめくれ――]
―天賀谷の部屋―
[そこに、赤い、紅い、あかいナニカが転がっていた]
……!
[ころり、転がる丸いモノ]
この、髪。
[身体は無惨に姿を変えても、髪の艶やかさがすべてを物語っていた]
──(回想)二階・水鏡前──
[屍鬼が見つかったと言う言葉に安堵したのか、身体が緩んで疲労を感じた。運ばれて来た温かい茶を手に取り口をつける。そう言えば喉が渇いていた。
喉を潤してから、望月が生首を抱えて外へ向かった事を思い返す。
生首を抱えた男を見て悲鳴もあげない自分達は、つくづく異様な場所へ来たのだと感じた。シロタの霊を見たのか、翠に聞こうとした瞬間に、聞き慣れた使用人の声が響いて来た。]
──…藤峰君?
[翠が駆け出して行くのと仁科が駆け出すのは、ほぼ同時だったかもしれない。]
莫迦な──。
[莫迦なと呟き乍ら、其の言葉はこの状況に似つかわしく無いと思う。
走る仁科の目の前に、突然に血球が現れ「藤峰 万次郎 屍鬼殺害」と文字を描く、血文字はそのままぺちゃりと壁にへばりつきそして消えた。]
望月様……―――!!!
―天賀谷の部屋―
[血の臭い。
また、上から血を塗りたくったような
色が。]
……ッ!!
[髪が、艶やかな黒い髪が
眼に、焼きつく。]
―回想/天賀屋の部屋―
[来海は我が目を疑った。
藤峰が彼の眼前で突如として死んだ。
見えざる力によって藤峰は縊り殺された。
それまで雲井とのやりとりで高揚していた熱が、
彼の中から急に失われていった。]
俺も、いよいよ……
[雲井が何かを告げるのを横目に彼はふらふらと部屋を出た。]
-> 3階自室
――ちがう。
[夜桜の言葉に、唸るような声で応える。]
おぞましいと、見放すことさえなければ……
喪われることはなかっただろうさ。
―天賀谷の部屋―
[転がってきた藤峰の首。
思わず手に取り、己の目の高さに持ち上げていた]
襲われて、しまったのか……?
[端からは、『また』望月が首を落としたものと見えたかも知れない]
夜桜さん……
何が見えたのか。はっきりと貴方の口からお聞きしたいわ。
私も非常に興味がありますの。
[夜桜がこちらを見ない事に気付いていながらも、何気ない様子で話し掛ける。]
[首の断面はどことなくささくれだったように見えていた]
藤峰……。
この場所でおまえさんは、俺が天賀谷さんの首を落とすのを止めようとしたのに。
こんな……。
[声が震えていた]
半神などありはしないのに。
醜い己の姿を見られた伊邪那美は、怒りと嫉妬に狂い、伊邪那岐が増やすもの達を絞め殺す神となったそうです。
ほとより生まれた迦具土神のため──。
大河原さま。
[だが、ちらりと見ただけで決して多くの視線を注ごうとはしない。]
伊邪那美の手のうちより外に出ていったお方。
[枚坂の声に、ふふ、と小さく背で笑った。]
喪われぬ命など、ありはしません。
[煌々と照らす月の下に地獄とおもじき死体の山に死体の河。膨れて膨れて、肛門の穴まで腕を飲み込む程大きくなってしまった水死体。ぷかぷかと、物のように浮かんでゐる。死体が石ころのように転がっている。ここは地獄か、嗚──現世。何十年も経っていない昔の事である。]
――――――
――鴉の濡れ羽
―舞い散る紅葉――
緩やかに流れる風の中に
絹糸の如き髪が泳ぐ
紅に彩られた世界の中の
青みを帯び濡れたような黒とその肌の透明な白さ
鮮やかな対比によって浮かび上がる美しさに
私はただ――魅入られていた
――運命との邂逅
ああ、あれが間違いなくそうであった。
――――
―回想
[霊の国、四国。八十八箇所の霊所を巡る、遍路。その道程を逆向きに巡れば向こうからやってくる死者と行き会うという。
そして、死んだ者の年の数だけ遍路を逆向きに回れば、死者が黄泉帰ると――
大学時代。私は休暇を利用して、私は喪った愛する人の記憶を胸に、四国を行脚していた。
松山の八坂寺へと向かう坂道。
降り積もる落ち葉を踏みしめ見上げたその先に――
坂の上にその少女は佇んでいた。]
花純姉さん……
[その姿が喪われた時と変わらぬままに。時を止めたその姿に、双眸から熱い泪が零れる。
紅に黒と白が混じり、滲む。]
――嗚呼
[呟きに、向けられた瞳はしかし、違った。]
違う――
姉さんじゃ……ない…
[面影はどこか重なるところがあったが、それは花純-かすみ-ではなかった。花純が喪われたその年よりも、僅かに年嵩であった。
凛とした眼差し。瞳が向けられた一瞬に、魂を吸い寄せられる。
昏昏と視界が揺れ、私は膝をついた。]
貴女は――
──三階・十三の寝室──
[翠に遅れて部屋に踏み込む。
また首を掲げて立つ望月の姿。両の目を見開き乍ら眉を顰め、唇を噛む。──…決意した様に近寄り、中途半端に捲れたシーツを剥ぐ。]
[出会ってしまった。知ってしまったことが私の運命の歯車を狂わせてしまったのだろうか?
いや、そうではなかったのだろう。
私の人生は、元より少しずつ歪であったのだ。]
―天賀谷の部屋―
天賀谷さんの部屋であったことは、せめてもの救いかもしれない。
藤峰さんは、彼の慕った天賀谷さんのそばで……。
[頭を抱いて、座り込んだ。望月の服は再び血に染まる]
……ひどい。
──三階・十三の寝室──
アァ、藤峰君が。
…屍鬼に殺された。
此れが藤峰君だったモノ……。
[涙と同時に吐き気が込み上げる。
しゃがみ込み、其れでも藤峰の死に顔を凝視し乍ら、]
…望月様が首を?
[たわぉぁん……]
[水鏡が哭く]
───屍鬼(しかばねおに)は、朽ちた死者へ戻るが道理───。
妄執は断たれなければなりません。
[するり、と白い布が落ちる──。]
[弔いを──。]
[屍鬼を殺す事は───………で、ある。]
[顔を上げ、手近なシーツを手に取った。夜桜を治療するために使った水がまだ残っている。]
綺麗に、してやらなければ。
[水に布を浸し、懸命に藤峰の首を拭いはじめた]
天賀谷さんと、ちゃんと同じ所へ。せめて。
[仁科の声に怒りすら帯びた口調で]
俺じゃないっ!
俺がこんな情けのない事をするものか。斬りっぱなしに転がして、弔いの花もやらぬまま。
……こんな、酷い斬り口を……これじゃ、痛かろうに……。
[雲井の腕が拙いのでは決してない。ただ、無造作に転がされた首に哀しみを覚えたが故の僻目なのだったが]
汚れを、清めてやらねば、逝ききれない。
屍鬼にならなけりゃ、それでいいというわけじゃない。そうだろう?
そう。
この人を屍鬼だと、君は謂うのか。
随分、都合良く出来た話だな。
そうだな。
もう少し早く聞いたら、そのまま信じたかも知れないね。私も。
“屍鬼”ではない――
ええ、お話はゆっくりお伺いします。
[ゆっくりと碧子に近づいていく]
碧子さん、あまり情熱的ではない雲井君ではなく、私が貴女を“頂戴”いたしましょう。
ふじ、みねさ……。
[体が、千切れて。
首が、泣き別れ。
仁科が謂う。何か、謂っている。]
……どうして、
どうしてこんなことをするの……
屍鬼……
[声は、震えていた。
弔わなければ、そう謂っている、望月と
首を切ったのはお前かと問う、仁科が。]
[繊手が閃き、ドレスの裾が派手に跳ね上がった。
真っ白な太腿の、半ばまでが露わとなり……
その手の平に小さな拳銃が握られていた。華奢な女の手に収まるような、小さく冷たく固い金属の塊。]
近付かないで。
おもちゃみたいですけど、ちゃんと人は殺せます。
こう見えて、私、射撃の経験はたっぷりと積んでおりますから。
この銃の扱いにも慣れてますの。
この距離だったら、トランプのスペードのAだって撃ち抜けますのよ?
[そう言って屈託無く微笑んだ。]
『…供養は。
屍鬼を殺す事じゃないのか。』
[望月の様子に喉をせり上がって来た言葉を飲み込む。
無意識にポケットに仕舞った拳銃に触れた。
何も言わず、手を付いて立ち上がり…──仁科は部屋を出た。]
[拭っても拭っても、血は落ちきらない。それは、望月自身の手が血に汚れすぎているが故なのだが]
諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽……
[経文を唱える。……二人の人間を手にかけた男が、涙をこぼしながら藤峰の死を嘆く]
おやおや――
[私は芝居がかった風に両手を広げ、おどけて見せた。]
碧子さん、悪足掻きはよすんだ。
私は屹度、貴女を大事に扱うだろうさ。
肌も、その下に張り巡らされた血管も、肉も、腸の襞の一つ一つまで。
誰よりも情熱的に愛するだろう。
雲井さま。
あたしを信じなくたっても構いません。
都合好い話なら、
あたしはあなたさまに選択を強いるような事は喋りません。
影見を、霊視をと、
探していたあなたさま、
あたしを殺すといい。
―3階自室―
[来海は大きく息を吐くと深く椅子に掛けた。
そして、永く断っていた酒に手を掛ける。]
『思えば此の世は常の棲処に非ず』か……
死んで何がある…… その先に何が……
天賀屋よ、そっちは何が見える?
冷たいか? 暗いか?
俺は、怖いよ……
おかしいか……
[来海は杯を飲み干すと、静かに目を閉じた]
私、この方達に殺されたくはありません。
醜い姿で死なせないで。
[激しい囁き。
微笑が張り付いた唇のまま、夜桜を凝視して。]
――二階/食堂――
施波さんが居ないなら、そうね……杏、貴女は文が読める?
読めるなら、立会人になって欲しいのだけど。
[其の問いに、杏は少し哀しそうな表情で首を振った。幾つの頃から十三の下で仕えてきたものかまでは判らぬものの、其らの教育を受けるゆとりまでは無かったのであろう]
そう……なら、まだ良いわ。
それよりも、もう一度さっきのお紅茶を淹れて下さるかしら。もう暫く、ゆっくりしていきましょう。
――二階/食堂――
「はい! ……いえ、かしこまりました、さつき様」
[弾んだ声で厨房へと向かっていく杏の背を目にしつつ、さつきの想念は屋敷の者達、客らの姿を思い浮かべた]
『影見、霊視、影封じ――屍鬼に相対する能力を持つ人々。
確かに、今この館に居るはず。
私の力は極く半端なものでしかないけれど――感じる』
“機”が、満ちつつある――
[仁科を目で追いながら低く呟いた]
止せ――。
[それは望月の声であったのだろうか?
鍔が震える音が響く]
抜かれた刀ならばここにある。
皆が皆、血にまみれることなど必要あるまいに。
[斑に血の跡が残る――それでも大分清められた首を、天賀谷の首に並べて安置する]
大丈夫、碧子さん。
貴女はきっと美しいままだろう。
たとえ貴女が朽ち果てたとしても、その細胞の一つ一つまで、私は見守り続ける――。
これほど熱烈なアプローチはないんじゃないかね?
望月さん……
[経が、響いた。
血塗れの部屋に、水音がひとつ、ふたつ。]
……私、
刀を抜けそうに……ありません。
[鬼にも、仏にもなれると夜桜は謂った。]
それなら、せめて
私は、私に出来る供養を―――
つとめを、果たしに。
[ふ、っと振り向きざま歩き出す。
夜桜が謂った、あの黒い美しい蝶の元へ]
――大河原様。
[彼岸を覗き見る瞳で、真実を見極める為。]
無駄だ!
無駄なんだよ、碧子さん!
そこの雲井君は、君にこれっぽっちの憐憫も感じやしないさ!
貴女が首を斬られたくないなら、願う相手が違う。
雲井さま。
では、あたしを殺しなさいませ。
[濡れた目をすぅと細めた怜悧な輝き。]
あたしは、
[だが、続ける言葉はそれ以上はない。]
残念ですけど、枚坂様……
私のこの身はもう雲井様に預けてしまいました。
そして私の魂は…
天賀谷様は私をどうしても手にお入れになりたかったようですわ。
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