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いえいえ、どういたしまして。
……さて、と。
[空のマグカップや苺を入れていた皿を片付けて、『Closed』の札を確認。
保健室に鍵をかけ、ふらりと生物工学の*実験室へ。*]
いいよ、貴方に甘えられるのは嫌いじゃない。
……まあ、いなくなった教官の事についてはコメントを避けておくよ。
ロマンチスト。
[些か意外そうに。鸚鵡返しに呟く]
単に、事実を述べただけだ。
無から生まれるものは何もない。
生まれた場所が在る以上、還る場所も在るのだろう。
[ポケットから取り出したコインを親指に乗せ、弾く。
狙いを違える事無く手の上に戻る其れをまた弾く。繰り返し]
僕に可愛げがあったというのなら、
其れは恐らく記憶が美化されているに違いない。
[自分の事にも関わらずそう言い遣るのは彼らしいと言えるか]
君にとって必要なら、覚えていればいい。
僕にとって不要だから、忘れるに過ぎない。
そう言ってくれてありがとう。
あー…さすがに失礼だったわね。反省します。
[しかしどちらに失礼だと思ったのかは言わない]
[生物工学の実験室。
薄暗い部屋の中、三つの培養層だけが青白い光を放ち。]
……。
カタチだけでも完成すれば、いいのだがね。
[ぽつりと。]
[でも、あの要領の良さで、奇跡的に生きててくれたらいいなと、少し感傷的な気分になりながら、自室の端末を*立ち上げる*]
[繰り返し弾かれるコインの動き。
宙に放たれたそれが、ラッセルの手の上に戻る前に素早く掴み取る。
それをごく強く弾き高く放りあがるコインを見上げながら]
じゃあお前にとって必要なものって、何だ?
覚えてるに値するほどの、必要なものってさ。
[コインが手の上に落ちてくる。
それを答えなければ返さないとでもいうかのように、ぐっと握った]
俺らがどこで生まれて、どこに還っていくにしてもだよ。
荒廃する未来で生き延びるだけの知識だけ詰め込んだ頭で生きていかなきゃならないとしたら、俺はちっと嫌だね、それ。
…つまんねぇじゃん。
色々楽しかった思い出とか、抱えてたっていいだろ。
あるはずだよ俺らにも。人生ってやつが。
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[幾度目にか弾かれた煌めきは、彼ではなくナサニエルの手の中に。
長剣に巻き付く二匹の蛇――カドゥケウスの杖を模した図柄のコイン。
其れは即ち生命の樹を表わすのだと、教えて呉れたのは誰だったか]
幾ら、詰まらないとしても。
其れが僕等の生まれて来た意味だろう。
其れが僕等の人生という奴だ。
[暗に、必要なものは知識だけだと言う答えを。
外の世界を知らず、此の世界だけで生きてきた自分達が、人類の未来を背負う。莫迦げた話だと思う――其れを口にする事は無いが]
君は君の思う儘に生きれば好い。
唯、思い出を抱え続けて自重で潰れないよう。
[ポケットに片手を入れれば、其の場を立ち去ろうか。
手の届かない場所に行ったコインすら不要というように]
…そりゃ、そうかもしれないけど。
[ラッセルは自分がつまらないと言った意味や人生を、あっさりと肯定する。
思う儘に生きれば良いし、思い出を抱え続けて自重で潰れないようにと助言する彼に迷いは見えない。
小さく溜息にも似た息を吐き、拳に目を落とした。
指を閉じていてもわかるざらざらとした感触。
手の中のコインには、長剣に巻き付く二匹の蛇が描かれている。
格好良い、こんなのが欲しいと長剣にばかり目にいく自分に、意味のある図柄なのだと教えてくれたのが誰かはもう忘れてしまった。
ただその意味を覚えてる。生命の樹を表すのだと]
でも例えば、お前がこれを大事に持ってるのだって、何か意味がさ…
[握り込む手から目を離して顔を上げれば、もうラッセルは立ち去る途中]
僕が正しいのか、君が正しいのか。
正解なんて、有りはしないのかも知れない。
其れでも、判断が下される日が遣って来る。
[最終選考――最後の一人が選ばれる。
自分が生き残って来たのは、正しいからなのだろうと漠然と考えて来た。然し同時に残される者を見ると、何が正しいのかは解らなくなった。其れももう直ぐ、終わる]
僕が落され、君が残る時。
僕が考えを改めるとしたら、其の時だろう。
期待はしていないが。
[顔を上げるナサニエルに向ける眼は酷く冷めた色をして]
……さあね。
在ったのだろう。でも、今はもう、無いのだろう。
[視線を逸らして興味を失った様に*室内へと足を向けた*]
おい、これ!
[開いて突き出した手も顧みられることはなく、まるで手の届かない場所に行ったそれにもう、興味を失っているかのようだ]
要らない……のか?
[虚しく行き場の無い手を引っ込めて、どこか寂しい気持ちで手の中の置き去りコインを見やる]
やれやれ…ご主人はお前の事必要じゃないってかね。
手元から無くなったら、そのまま忘れちまうんだろうか。
[ふるふる首を横に振る]
どうだか。
わからねえけどまぁ、戻してやるとも。
俺は義理堅く思い出を捨てない男よ。
[無論扉など使おうはずもなく。
外壁をよじ登り窓からの出入りで寮に向かい、ラッセルの部屋の扉の前にコインをそっと置くと、ナサニエルは自室に戻る]
[人の心。人の想い。人の生き方。
其れはコインの表裏の様に単純に割り切れるものでは無い。
然う教えて呉れた教官は、――居なくなってしまった]
[何故、今になって。
こんな事ばかり思い出すのだろう。
漸く終わりが近付いたからだろうか。
漸く終わりに近付けるからだろうか。
自分が、
正しいのか、
間違っているのか。
解る時が来るのだろうか]
[寮の自室で一人、呟く]
…もちろん、残るのは俺さ。
でもつまんねぇな、ラッセルが考えを改めるのが最終選考の結果がはっきりした時じゃ…
変わったラッセルをろくに見れねぇじゃん。
[去り際のラッセルの冷めた色をした眼を思い出し、その記憶を薄れさせるように髪をかき乱す]
ふぅ。
思い出させてみたいもんだ、あのコインを大事にしてた意味。楽しい思いでも、覚えさせておきたいもんだし…
…ま、思い出を忘れない俺は、やりたいことは全部やるし、欲しいものは全部得るのだ。
[自室を漁って、登山ロープを取り出す]
あの崖の上の花だって…もう取れてもいい頃だ。
俺だって色々、経験を積んできたわけよ。
崖だって余裕さ。もう一歩目でずり落ちたりしない。
そうとも、あの花を課題への捧げ物といたしましょう!
[ロープを肩に担ぐと、いそいそと裏山へ向かう]
[登山ロープのみを担いで裏山を登る。
楽なものだ。時間制限も食料調達のノルマも無く、放たれた獣もいない。
そして同じ条件でも、ピクニックをした幼いあの頃半日かかって登った山の頂上へは、ほどなく辿り着くことができた。しかし]
驚いたな…
ガキだったからこの崖は、高くそびえ立つように見えたものとばかり思ってたのに。
今見ても…、中々だ。
[下手をすると直立どころか、反り返ってすら見える崖。
その中ほどで今も変わらず咲き続ける花は、下から見上げても、収容所では他に見られないほどに白く輝いて見える。雲よりも白いと、あの日思ったものだ。
ごくり唾を飲む]
よし。
…やってやる。
[僅かな突起に手をかけ足をかけ、時に指だけで体重を支え、また、一人で張ったロープに身を救われる]
……やれやれ。
[髪の間から滴り落ちた汗が顎を伝って、遠い地面に吸い込まれていく]
暑くもないのに俺に汗をかかせるなんぞ…大したもんだよ全く。…せめてビレヤー欲しかった。
[しかし崖登りで、リードしてくれるパートナー役はもういない。数々の無謀とも言える辛い訓練を乗り越えた同じクラスの者達も次々と姿を消し、今はもう自分一人だ。
彼らはあれほど優秀で、頑張っていたのに。
一人になってしまった。
このまま手こずれば日も暮れてしまうだろう。
高い崖の中腹、今ここに自分が居ることも誰も知らず、助けもなく、暗い闇の中たった一人?
そんな想像による戦慄にも似た震えを、爪の剥がれかけた指が現実に引き戻してくれる。
今見るべきは目の前の崖だけでいい。
自分に言い聞かせる]
大丈夫…いける。
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