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[寝台に横たわっているうちに、少し寝入ってしまったらしい。
夢に見るはあの麗しき舞台と、自らの芸術を理解しない者どもの嘲り笑い。
それは、みすぼらしい怨嗟。]
貴様らに何が分かる……貴様らに何が……私の天賦の才を理解せぬ凡人ども……
下らぬ、何故私があんな小娘に媚び諂わねばならぬ…………
[手垢と日焼けで黄ばんだ楽譜に、不協和音が染み付いていく]
――――。
[楽譜の束から数枚を抜き出し、無言で部屋を出た。
解らせねばならぬ。私の価値を、私の才を、私を、私を。]
本当ですか?
[部屋を使ってもよい、という言葉に
安堵したような声が漏れる。
其の後直ぐにはっと気づいて頭を下げた。]
も、申し訳ありません。
御客様に気を使わせてしまうなんて……。
[けれども、大河原夫人の部屋に戻ったら
また服を差し出されるかもしれない。
綺麗な洋服は嬉しかったけれども、
まだ仕事もある。それに今日は晩餐会だ。
客人の申し出に甘えよう、そう決めて返事をした。]
あの、今回だけ、
御言葉に甘えさせていただきます。
…へえ。
…──隣の家で、土に埋めたはずの死人が、夜半に家に帰って来たと。
死んだはずの者が帰ってくるのはおかしい。
そりゃあそうだ。
[程なくして灯りが消される。
──…闇の中、くぐもった声が響く。衣擦れの音。]
アァ、首を刎ねたのかい。
──…鎌で。
その黄泉がえりを…──。
其れを見たのがアンタの妹の恋人だったと…──。
妹さんはご健在で?
アァ、兄さんの脚を見れば…、妹さんがアンタの面倒を見て下すってたろう事は、あたしでも分かるってもんさ。
じゃ、窓は開けといて大丈夫でしょうね、ここは3階だし。
[翠の前に自室に入り、窓を全開にして、彼女と入れ違いに部屋を出た。
廊下で、なんとなく鼻歌など歌っている。]
[枚坂に軽く会釈すると水鏡に歩み寄る]
先生も人が悪い。刀以外の骨董に関しちゃ、俺なんぞ門外漢も同じだってのに。
……だが、まあちょっと見せてもらいますよ。
[澄んだ水をたたえた水盆を覗き込む。そこには自分の顔が映るばかり]
たしか、屍鬼はここに顔を映すことができないんでしたね。……この水鏡が言い伝えどおりのものならば。
「――屍鬼」
[夜桜の口からおぞましい伝承の登場人物の名を耳にし、戦慄を覚えた。]
屍鬼というと……死してなお動き、人を喰らうという……
ハハハ、これにその姿が映るとはね。
[夜桜の問いに、少し思案しながら答える。]
いやね、私は中国に居た頃、この話を耳にしたことがあったんだ。
その品を日本の、それも山深いこの別荘で目にすることがあるとは奇妙なことだと思ってね。
[掠れた男の悲鳴。]
…結局、隣の一家は全員殺し合った様にして死んだ。
其れにアンタの妹さんも巻き込まれて…──。
酒場に来るしかなかったのかい。
そりゃあ、可哀想だ。
記事とは随分違った話なんだねえ。
まあ、此の田舎で…──東京から記者様が来たとして、誰かが口を割るとも思えないが。
[また、衣擦れの音。]
以前にも有った事なのかい?
……其れは、あの屋敷の者には言えないか。ククク…。
兄さん、あたしが天賀谷の者だって知ってるんだねえ。
アァ、知ってるとも。
旦那様ご自慢の水鏡の噂が…麓にも広がっている事は。
兄さんは、てっきり吐いて楽になりたいのかと思ったのさ。
/PL/
先ほど「さつきさんと同時に屋敷に来た」という設定にするというお話でしたが、そうなると招待状を先ほど渡していたのは矛盾することに気付きました……。
とりあえず前から来てはいたけど、さつきさんと一緒に入ったのでパスされてしまい、招待状を渡しそびれてしまったという設定にさせて頂きたく存じます。
夜桜様には特にご迷惑をおかけしました。
は、はい。
[もう一度深く頭を下げて客人の部屋へと入る。
確かに部屋に残る――煙草の臭い?]
『何の臭いだろう?』
[煙草はこんな臭いだったろうか。
余り詳しくない翠には分からなかった。]
『早くしないと、
これ以上御迷惑はかけられない』
[素早くドレスのファスナーを下ろしてコサージュを外した。
メイド服に腕を通すといつもの落ち着いた感覚が戻った気がした。]
……大河原様に渡された洋服、どうしよう……
[「差し上げるわ」と笑顔で謂われたものの、
翠はまだ迷っていた。]
――黄昏時・二階――
[はしばみ色の瞳をしたメイドに先導されて現われたさつきは、何処か先刻までとは様子を異にしていた。尤も、この時初めてさつきの姿を目にした者は、其れが彼女本来の姿だと感じたやも知れぬ。それほどに、さつきの変容は自然な有り様であった。水盤を見る瞳に何処か懐かしげな色合いを帯び、一同に礼儀正しく辞儀をした]
兄さんが、妹さんを殺したのだろう?
分かるさ…──。
酒場で一目見て分かったのさ。
人を殺した直後の人間の顔だってね。
──…おいで、もっと抱いてやろうとも。
[夜明け前に、仁科は屋敷に戻る…──。
麓に現れたと言う屍鬼の話を、直ぐに天賀谷に伝えると、久しぶりに会った天賀谷は、以前より痩せた様に見えたが…──。
仁科に、晩餐会の準備を急ぐ様、使用人達に伝える様にと上機嫌で告げた。]
[1つ息を吐くと、
また後で考えようと洋服を両手で抱えなおし
部屋の扉を開けた。]
申し訳ありません、
お待たせいたしました……。
[心持ち声を抑えて、
廊下で鼻歌を歌う男性に声を掛けた。]
ほう……
顔が……
[望月青年は思いの外伝承に詳しいようだった。]
そうだ。鬼退治にうってつけの刀というものはあるものかね。
ほら、三種の神器も玉と鏡と剣じゃないか。
鬼に由来するという刀なら、天賀谷さんもひょっとしたら殊更に気に入るかもしれないよ?
[冗談まじりに青年に問い、笑いかけた。]
[水鏡を撫でて、思案する]
この品は……濁っていないと思う。
俺はこういった品物についてはまるで門外漢だが、「何かに見せかけようとした品」かそうでないかは分かるつもりだ。
少なくともこいつは、天賀谷氏に売りつけるためにでっち上げられた品物ではないようだ。
刻まれた漢文や文様に、細工された跡は見当たらなかった。
……もっとも、これは門外漢の感想と思ってくれよ。
あんまり当てにされては、面映い。
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