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[ボブのカナヅチを買いたいと言う意見を受けて、ボブと共にネリーはブランダー家の雑貨店へ向かった。
言いたい事のいくばくかを言う事ができたからか、ボブはすこぶる上機嫌でハンドル捌きやアクセルの踏み、あるいは戻し等に軽快さが一層あった。
その後、イタリア産の自動車は雑貨店の前へ滑り込んだ。
ネリーは仕事としてはここへ来る事はあるが、やはり気が進まない。
ボブもそれを察してか、自分がが品物は買ってくる、とネリーを制してお店へ進んでいった。
ネリーは自動車のそばで雑貨店を見上げてひとりで呟く。]
ここにはいろいろあったわね・・・
……あぁ。今開けます。
[急いでベッドの上に起き上がり、脇の椅子からズボンだけを引っ張り出して足を通す。
素足のまま入り口まで歩き、扉を開いた。]
[ふと、ネリーの目線の向こうに少年の姿が見える。
名前はそう・・・リック。あの人の子だ。 しばらく顔は見ていなかったが、ものすごく背が高くなっているように感じられる。
少なくとも眼前で対面した時、彼との視線の角度は全く違うだろう。
ネリーはいつものように笑顔をリックに向けた。
笑顔が出ることそのものはネリーの持ち前の良さだったがその笑顔そのものに・・・何か違和感を自分に*感じさせるものがあった*]
[目を細めてローズマリーに笑いかけたところで、彼女が持っているのが自分の衣服であると気付いたようで、その笑みが一層深くなった。]
あ、ありがとうございます。ベアリングさん。
大変だったでしょう。汚くて。調子に乗って全部出したからな…。
──母屋の廊下…→食堂──
[ヒューバートのウィンク。おどけて見せるその動作に、好奇心がくすぐられた。けれど、今それを聞く事は出来ないだろう。]
…楽しい秘密なのね。
後で、またダンボールを開ける時、ママが居ない時に教えてくれる?
──先生は、イザベラ先生じゃないわ。
今はステラ先生。 ステラ・エイヴァリーと言って、ブルネット…と言うよりは黒髪って言った方がいいような。 ステラ・エイヴァリー先生。パパ、先生が変わったこと知らなかったの?
ママは、暴風雨の所為で仕事が増えちゃったから、もし大丈夫ならパパに頼みたいって言ってたけども。「パパが無理なら、私のスケジュールを変えるから大丈夫よ」ですって。
[高台にあるこの家と比較すると掃除が手間だったが、それほど事務所の被害はひどくは無かったはずだ。どうも今日のエリザの話ぶり、「何かどうしても変えたく無い予定」があって「そのために調整をしなくては」と言う様子に、シャーロットは戸惑いをおぼえていた。災害の所為だけなのだろうか。
エリザは姉妹であるレベッカ(故人)とは仲が良かったが、家の仕事や町の自治会関係のあつまり以外はあまり友人もなく、几帳面だとはいっても格別に予定で困るような生活はしていないはずだったのに。]
[上半身裸のギルバートに目が釘付けになり、ローズは一瞬無言になった。
ギルバートに微笑みかけられ、あわてて洗濯物を差し出す]
洗濯物、無事に乾いたわよ。
…今日貸した服は好きにして。捨ててもらってもかまわないから。
[ローズはギルバートにぎこちなく微笑み返した]
[そう言えば、ヒューバートの叔父にあたる人物の死については、昼間エリザは口にしなかった。下流で発見された彼の遺体がそのまま、ヘイヴンの墓地にある遺体安置所の職員ユージーンに引き取られて行った時、母親が少し安堵していた事を、シャーロットはおぼえている。キリスト教式の葬儀式が行われる事の無いヘイヴンでの人の死はややシンプルなものだ。つい先日、ヒューバートの叔父にあたる人物と同様に、エリザの妹──つまりシャーロットの叔母レベッカも死んだが、こちらもやはりシンプルだった。
エリザは、もしかすると、経営の傾いている養鶏所を手放す機会だと考えているのかもしれない。耄碌し始めたシャーロットから見ての曾祖母。車イスの祖父。立派な母屋は以前も今もどこか疲れる場所だった。
16歳の誕生日を過ぎてからいわれるようになった
「あなたもそろそろバンクロフト家ことをわかっていってね。一人娘なのだから。」と言う、責任感の強い母親の言葉を、食事前に思い出してしまう。ああ、未来の事を考えるのは苦痛だった。]
新学期がはじまったら、私も一年で卒業──。
[父親に聞こえるか聞こえないか、小さく呟いて軽く首を振った。その時に、続いた父親の言葉にぱっと顔を上げて頬笑む。すでに瞳が好奇心でキラキラと輝いている。]
今度はどんなのを作るの、パパ。
…ううん、良いわ。
まだ教えてくれなくて。
だってその時まで楽しみにしてる方が良いもの。
[じっとしていて肩が凝ったら、ストレッチするから大丈夫よ、とも付け加え。
災害後の片付けもすでに終った。
母屋の食堂には*良い匂いがしている*。]
――自宅――
[嬌声と艶かしい水音が入り混じる部屋、時を向かえて欲を吐き出したわたし達。肩で呼吸を整えていると、ようやく部屋に前からあったであろう虫の声が、わたしの鼓膜を揺さぶった。]
[果てた男は早々に、大して乱れていない身支度を整え、享楽に酔いしれ悪夢と幸福の入り乱れた挟間に佇むわたしの躰から、拘束具を外し無言の内に立ち去る。
その後姿をただぼんやりと見送りながら、わたしは扉が閉まる音を聞きつけると、ほっと長く溜息を吐きだした。]
お疲れ様、ナサニエル。付き合ってくれてありがとう。
――これで少しは…あなた達の欲望も…治まってくれたかしら…?
[たくし上げられ肩紐が肘まで下がったコットン製のブラジャー。そして足首に小さく纏まる汚れたショーツ。髪は乱れおまけに背中にはまだ精子の鼓動が鳴り響き、太腿には愛液がまだ生々しく光り輝いている姿で、まずは彼に対して労いの言葉を呟いた。
そして背後に潜む二匹の獣達に問い訊ねた。]
[わたしが声を掛けると、彼らは背中に撒き散らかされた精液を貪るように食していた。と言っても膚に刻まれた絵画は食事等出来るはずも無いのだが。
しかしその考えを覆すかのように、彼らは瞬く間に色鮮やかに蘇り。まるで今にも鼓動が聞こえてきそうな位艶かしく目を光らせている。]
久し振りの食事は、そんなに美味しかったの?
[どろりと背中を滴り落ちる白濁を、わたしは味見をするために後ろ手で掬い上げて口許へと運ぶ。舌で舐め取るように口に運んだ体液は、生臭さと苦さと微かな甘みを帯びていた。]
んっ…おいしっ…――
[一口運ぶとまた一口欲しくなり。わたしは出来る限り掬い取っては無心に口許へと運ぶ行為を繰り返した。
窓の外からは子供達の無邪気な笑い声が聞こえる。わたしの生徒達。彼らはわたしを穢れ無き人と認識する。そう教え込んでいるからだ。]
[だから彼らは知らない。純潔を重んじる潔癖な教師の素顔は、性欲に塗れ罵られて絶頂に達する罪深き者ということを。神に背き子孫繁栄の道徳にも背き、己の欲望と罰の挟間に常に身を置かなければ自身の形成も出来ない欠陥品だということを。]
「あのねっ、あたしステラ先生が憧れの人なの!大きくなったらステラ先生みたいな人になりたいな!」
[ふいに外で遊ぶ子供達からわたしの名前が挙がる。その無邪気さに触発され、わたしの理性は一瞬にして体中を巡り巡る。嬲られた記憶と重なるように。
舞い戻ってきた日常で非日常的な姿を確認すると、すっと血の気が引ける。鏡を見なくても判る。今のわたしの顔はきっと青褪めているのだろう。
嗚呼、わたしは…またなんて事をしてしまったのだろう――
後悔の念が体中を渦巻くいた。]
――いやっ…そんな風にきれいな者として見ないでよ…。
わたしは神に背いて穢された挙句、欲に狂った女なのよ…?今だって欲望に感けて男の躰をむさぼり続けていたんだから。
だから…綺麗なんかじゃない…綺麗なんかじゃないんだから…憧れだなんて…言わないでよ……。
お願いだから…言わないで…――
[我に戻ると必ずと言って良いほど訪れる自己嫌悪。その反動は行為が激しければ激しいほど大きく、わたしを深く傷つける。
ナサニエルに望んだ【罰】は思いの外絶大な効果を上げて、深く深くわたしの心身を抉っていく。
しかしこの罪を認識し罰を与えられる行為は、どんなに辛くても拒むことは出来ない。]
[もし拒んでしまったら。わたしはこの町で暮らしていく事すら出来なくなってしまうだろう。
でもどんな事をしてでもそれだけは避けたかった。ここはあの人の住む町。あの人が教えて与えてくれた居場所。そんな意味深い場所を、わたしは僅かな苦しみと引き換えには手放す事はできない。]
だから…多少の苦痛は我慢して…わたし――
[性欲に塗れた膚をそぎ落としてしまいたい衝動を必死に堪えながらバスルームへと駆け込むと、わたしは力いっぱいコックを捻った。熱めのシャワー越し汚れた性器を厭きるほど洗い流して。その日は悪夢を抱えたままベッドへと潜り込んだ。診察も、家庭訪問も、残った用事も全て投げ出して。わたしはただ死んだように眠り扱けた。]
* Family Procepts - 家訓 *
[どこの家にも、なにかしら独自の決まり事や他から見れば珍奇な習慣があるものだ。
バンクロフト家では朝食や昼食は各々の住処で好きに摂ってよいものとなっていたが、夕食は母屋で家族が揃うことが望ましいとされていた。
食前の神への祈りをテレビで観た時に、あれはその家の特殊なローカルルールだと思いこんでいた。我が家では、一族の主が毛皮のベストを羽織り、蔦と樫の葉でできた冠を被る。手には松笠のついた小さな簡易杖を握り、並べられた食事の上で振った。
新鮮な生肉が手に入る時には、食卓の中央の銀の高坏に捧げ置かれ、御饌とされる。この肉だけは、他の食事とは違って必ず手か歯を使って千切らなければならなかった。
アートスクールに入り友達の家に招待された時、一向に松笠の杖が出てこないので、「あれ? 松笠は?」と聞くと皆一様に宇宙人を見るような顔でぽかんと私の方を見たものだった。それで、私は説明を諦めた。
なぜそんなことをしなければならないのか、明確な説明など聞いたことはない。紀元前のある密儀に類似性は見られるが、関連があるかまではわからなかった。]
[たとえば、我が家の書斎に並ぶゲーテ全集には『若きウェルテルの悩み』が収録された巻が抜けている。それは、娘にシャーロットと名付けられた時、私の手で書庫に片付けられた。
シャーロットがまだ幼い頃、飼い始めたばかりの猟犬が噛みついたことがある。父は躾が行き届いていなかったその犬を、猟銃を持ってどこかへ連れて行った。犬は帰ってはこなかった。
バンクロフト家で育つ子供は、十二歳まではパドルで躾られる。それ以降も成人までは、親が罰する必要があると感じた時には「罰が必要か? そうでなければ自らを罰せよ」と選択を迫るかたちで罰が科せられた。
――それが我が家だった。]
―母屋・食堂―
[シャーロットは、私がそこをあまり気に入っていないのと同様に母屋をあまり気に入ってはいない。父は孫娘を目に入れても痛くないほど可愛がっていたが、ともすれば教育や彼女の将来について口を出したがっていた。
隣の椅子に腰を降ろすシャーロットを横目に、一瞬先程の会話を思い出す。
シャーロットなら、ダンボールの中身とそれから作られるものをきっとおもしろがってくれそうな気がした。だが、“それ”に年頃の娘が興味を示すことは父親としては心穏やかでないのも確かで、私は少々困ったように微笑するばかりだった。]
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