──母の呼ぶ声が聞こえる。
はっとして、少年は母の声のする方に顔を向けた。
ここだよ、と母に呼び返す。応えは往来のかなり先の方から返ってきた。
少年は母の方へと走り出そうとして、もう一度、自分にも分からぬ奇妙な心持で肩越しに振り返った。
果たして彼はまだそこに居た。薄い唇に、清水のような笑顔が浮かんでいた。
少年は戸惑い顔のまま、母の元へと走って行く。
今度は、振り返らなかった。
──ほろり。咲き、
──はらり、散る。
水干姿の童子が駆ける。その足元に、花びらはらんだ風巻いて。
さくらいろの神域を、一人の童子が駆けていく。