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[酒精が巡りて、蒼白い面が朱を帯びる。]
[やはり夢醒めやらぬ眸でじっとふたりの有様を見詰めて、]
遥月はその若者を恋うているのか。
[遥月は首を横に振った。]
……いいえ。
恋うてはおりませぬ。
司棋様は見目麗しく、またひたすらに可愛らしいとは思いますれど、恋とは違いましょう……。
まして司棋様は、わたくしを妖しとお疑いになり、殺すのではと嫌疑を掛けられる始末。嗚呼、ひどい話……。
[司棋の髪にはらりと落ちた桜の花びらを、指でそっと摘んだ。]
[くい、とまた一啜り。]
……然様か。済まぬな。
だが、疑いは皆持っていよう。その若者とても、人かも知れぬ。分からぬ。
久しぶりに会うた喰児や開耶も、人が姿を借りて摩り替わっておらぬとは言えぬ。
[と当の緋の鬼に横から声を掛けられて、]
……倒れたのでは無うて、寝たのだ。喰児。
ええ。
妖しならざる者を区別できる方が居られれば話は別で御座いますが……。本当にいらっしゃるのでしょうかねぇ。
手掛かりを出して下さらねばあっという間に妖しは皆共倒れ……。そうでなくとも、醜い疑い合う日々。嗚呼、あさましい。
人と怪を見分ける者が居ったとて、素直に名乗り出るとは限らぬが。
それその者が狩人よと指差して、真であっても嘘であっても争いは必定。素直に去ぬ者など滅多に居らぬからな。
斃れたようにしか見えなかったぜえ。
櫻の花びらかけといたが多少は温かくなったかねぇ。
[緋色の鬼はくつくつ笑う。
片手で髪をかきあげたまま]
あぁ、ヒトかどうかってぇ話かい。
放っちゃ置けねぇし、死合いだなぁ。
喰っちまえば味で分かるだろうが、
生きてる間に分かるような術の持ち主居るのかねぇ。
[顎に手を当て思案して]
万次郎のヤツがアヤカシか桃太郎か鬼がヒトかなんてぇこと聞いてやがったがねえ。
が……殺めずとも済む者を殺めるも愚かなことか。
せめて、人でないとはっきりと身の証が立てられる者が居ればまた違うのであろうが。
[万次郎、と言われて名を尋ねられた事を思い出す。]
そう言えば、あの者、最初に会うた時にしつこく名を訊ねてきおったわ。何ものか知りたがっておった。
[ふむ、と顎を擦る。]
[ゆっくりと頭を振り]
いや、山吹色の娘ではない。…生まれ変わっておれば、女になっておるやも知れぬが、それは。
それそこの……遥月が可愛がっておる童子よ。
おれが尋ねようとするといつも寝ておる。
[やや呆れたようにまた酒を呑む。]
……確かに有塵様のおっしゃる通り、誰かがヒトを見つけることができると名乗りを挙げても、争いは必定。ですが、頼りなきまま徒に、手当たり次第殺した結果、妖しを殺して共倒れとなりますれば、それこそヒトの思う壺……。
たとえ疑わしくとも、頼りは無いより在る方が好ましいかと存じます。疑わしいなら、その頼りを鵜呑みにしなければ良いのですから。
[喰児の言葉に視線を向ける。]
……万次郎様が?
桃太郎か鬼か、妖しかヒトか……分かるとでも?
それに、喰児様も「食べてみれば分かる」だなんて。どういうことです?
ほぉう、名前をねぇ。
どうして名前に固執するんだか。
何かに使ってんのかねぇ。
[考える間も愉しそうに]
会った時にでも聞いてみるかぁ。
さぁね。
本人に聞いたわけじゃねぇからわからねぇなあ。
俺かい?言葉通りさ。
アヤカシの肉とヒトの肉は味が違ぇだろお?
[さも当然と答えてみせて]
……ああ、なるほど。
喰児は人の肉なら厭と言うほど喰ろうておるだろうからな。
違いが分かっても不思議ではないかもなあ。
[くくく、と嗤う。]
[灰の紬を口許にあて]
……はあ。
喰児様、左様ですか。
わたくしは生憎、血肉は好みませぬ故、食ろうても区別などつきませぬが。……そういうことができる方も居られるのですねぇ。わたくしが精を戴いた相手は、誰も彼も黒く腐り果てる故、区別などつけようにもありませぬ。
万次郎様が、皆様の名を聞きたがるというのも、不思議な話。わたくしを「月の君」と呼ばれるのに、妙に名を気にされておりましたからねぇ。嗚呼、まずは万次郎様にお話をお伺いせねば。
俺ぁ悪食だからねえ。
[にやりと笑い]
そうか、血が嫌ぇだって謂ってたな。
俺ぁ逆に精じゃあ今ひとつ喰いでがなくて厭だねぇ。
ま、遥月のヤり方じゃあ喰えないのもしゃぁねえか。
なかなか見物だったがねえ。
愛の言葉で死を招く、か。
なかなか難儀だねぇ。
[さて何処から拾ったか瓢箪振るが中は空]
見分ける者とやらが居るとして、万次郎がそうであれば良いが。
これは確かに本人に訊くより他はあるまい。
既に狩人の目星が付いておれば上々、そうでのうても。
[有塵が司棋の顔を覗き込むのを見て]
ああ、司棋様で御座いますか?
ふふっ……此の方は如何でしょうねぇ。見た目どおりの子ども故、契る意味すら存ぜぬご様子……
もちろんわたくしが司棋様の全てを知っているわけではございませんから、如何ようにも……
ええ。難儀な身体でございましょう……?
[司棋の唇についた紅を手ぬぐいでそっと拭き取る。]
……嗚呼。
因果な身体がおぞましい……
[桜舞い散る中、遥月は物憂げに微笑み、思案に耽っていった――*]
[緋の鬼が先の血闘に話を向けたに思い出し、]
[浮かぶは紅ひいた若衆の、凄みの技。]
…ああ。なかなかに良い見物だった。
ああもされては毒が無うても恋死にする者も居るだろう。
色恋に疎い者には目の毒よ。
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