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……司棋様?
[意識を飛ばして地に崩れ落ちる司棋が視界に入る。夜斗が司棋を支え頭を打ち付けることは免れたが……]
司棋様……司棋様!
嗚呼……大丈夫ですか……?
………っ。
わたくしも、眩暈が……!
昨夜はすまなんだなあ、
少しばかり迷子になって適当な所で転寝しておったわ。
――それ、侘びじゃ。
[瓢箪ひょいと赤鬼投げて]
ああ、常葉のあれは舌が肥えているか。
小娘の臓物は気に入られたか?
[梢にて、独り静かに酒を呑み、]
[はた物思いに沈んではつく吐息。]
[今また、瓢を傾ければ、]
…やれ。もう無いか。
[空の瓢にこの度は、憂いで無い溜息。]
なかなか帰ってこねぇと思ったら
転寝かい、
襲われなくてよかったなぁ。
[くつくつ笑って相棒見遣り]
ああ、こんなんじゃ足りねぇって謂われらあ。
あれは随分気に入ったようだぜえ。
綺麗に平らげてたさあ。
んんン…
[真理が傾げる小首にも似た角度で、首を傾げ返し]
わらわは、それはそれはもうたっぷりと眠っておったようじゃからのう。
浅い眠りの中身を起こそうとした時は、ずいぶんと具合の悪くなった気のする。
万次郎のくれた酒のあまりの美味さに、夢中で飲んだ事は覚えておるが…。
頭の痛くなるものとは、知らなんだ。
じゃがもちろん、今はすっかり治っておる。大丈夫。
…ほほ、カマイタチ一匹くらいじゃ腹の足しにもならんと仰るか。
その細い指で小さな口を通って、華奢な胴まわりまで多くを運ぶとは到底思えぬのに。
常磐のひめは、見た目に違って大喰らいかのう?
喰児とどちらが多く喰らう?
殺気あればすぐわかるて。
お前さんらも血の匂いをさせすぎじゃ、かっかっか。
ほう。気に入れど足らず。
足らねば何を望むかのう。
刹那刹那と云う割りに、未だ未だと云うてかなわん。
相棒はあれの何処を好いておるのか?
う…
[一瞬の気絶だったからか、直に目が覚め。
自分の上の遥月を見やり]
なんだったんだろう…、どうして…?
…怪我はない…か。
[じぃ、と眠る遥月を見つめてぽつり]
僕も、貴方が好きですよ?
[先程の言葉を、もう一度。
昨日、彼が自分にしていたように優しく髪に触れながら]
夜斗、皆の所へこの人を。
[自分はふらりと立ち上がり。眠る遥月は夜斗に担がせ、社の方へ]
ははあ。そりゃあそうかい。
まあ染み付いたもんだからなあ。
[ついと金の眼細めては]
未だだよう、と謂うのみだなあ。
魂が欲しいとさ、それも甘露なやつだぁな。
気に入るのに理由が要るか?
なあんてな。
見て聞いて触れて呑んで、
在り様が気に入ったのさぁ。
佳い女さあ。
[どさりと覆い被さり、しばし司棋の温もりを衣越しに感じ、司棋の身体を抱き締める。]
う……っ、
『はづき』は、わたくしの名……!
[ふるりと首を横に振り、よろよろと起き上がる。]
申し訳ございません、司棋様。先ほどは失礼の程を……
[夜斗がこちらをじぃと見つめているのを、遥月は思わず見つめ返した。]
……別に、今すぐ取って食らおうとなどとは。
[信用ならぬ、と言わんばかりの表情で、夜斗は遥月を見つめている。]
二日酔いかネェ。
治ったンなら何よりさァ。
酒は呑んでも呑まれるなってネェ。
[微か薫る薄紅] [黒鬼の気配] [またゆるり視線移し]
[命の言葉] [大喰らいと謂う] [コロコロコロリ] [軽やかに笑い]
カマイタチァ喰っちゃいないヨゥ。
弱い奴ァ不味くて喰う気になれないのさァ。
紅ァい紅ァい綺麗な血が見れる以外は足しにもならないヨゥ。
有塵め。
雅な現れ方で目を愉しませてくれると思えば、二言目には「酒くれ、酒くれ」と…
おぬしは、酒のためだけに生きておるのか?
さては真のところ桜鬼などではなくて、酒の入れらるる瓢箪の精であろ。
どうじゃ、当たり?
かっかっか、それもそうだの。
気に入るに理由などありはせぬか。
[からり笑って、藍の目弧を描く]
未だだよう。と来たものだ。
されど明後日には、残る目腐り落ちようぞ。
甘露な魂望みあれの云うように咲き乱れようとも、
己の目玉とともにあれの目玉も腐り落ちて盲となろう。
さて、相棒。あれの為に己の目玉でも抉って行くか?
[にいと口元上げて笑む]
[再び夜斗をじぃと見つめる。]
いいえ、司棋様。
ご心配には及びませぬ。自分の足で歩けます故。……御気遣いは頂戴致しましたよ。
[取り落とした化粧の道具箱を取り直し、遥月は司棋の隣りを歩く。]
酒は呑まれるばかりでなく、飲む物を呑もうともする物とは知らなんだ。
恐ろしき物よ。
…じゃがそれでいて美味。
困ったもんじゃなぁ。
[喰っちゃいないと言う真理の言葉、あれと瞬き]
紅ぁい紅ぁい綺麗な血…
喰うではなくて、それが見たくて屠ってらしたか。
常磐のひめは紅がお好きなのじゃな。
おおそれでは、喰児の髪はまさに麗しく目に映ろう?
きっとヒトには、恐ろしく映るものなのじゃろうが。
[笑った後でほう、と謂い]
腐り落ちるかあ、
何ぞ謂ってたが呪のことかい。
鬼ごっこだ、此処までおいで、だ。
あんまり時間がないのかねえ。
俺の眼やったら面ぁ拝めなくなっちまわあ。
それでもまあ喰えはするがねえ。
[賽を放って受け取って]
[社へ向かう途中、横の遥月をちらりとみやり。
ふと、意識せずに着物の袖に手を触れさせ]
…遥月様、先程のお方はどなた?
遥月様は、誰を恋うておられるのですか?
ハーヴェイ・タチバナ、と名乗るものは、誰ですか?
[最後、聞きなれない名前を問う声は消え入りそうに小さく]
酒も櫻も酔わせるのが巧いから気をつけるンだヨゥ。
有塵の兄さんも来たし今宵も酒宴を始めようかィ。
万次郎の兄さんの持ってきた奴たァ違うが、是も上物だヨゥ。
何せびびった店主がいっとう好い奴出して呉れたからネェ。
[瞬く翡翠の少女] [見詰めニィと笑み] [瓢箪二つ揺れる]
嗚呼、紅ァ好いネェ。
喰児の髪は綺麗さァ。
あの眼(まなこ)もまるでおっ月さンみたいじゃないかィ。
さァて、如何見えるンだろうネェ。
人間も異形もなく好きか嫌いかな気もするヨゥ。
これはこれは常盤の女君。一段と色めいて婀娜なる様よ。
やれ有り難や。酒が無うては始まらぬゆえ。
[ニヤリと唇歪めて笑い、]
……と、仔猫も居ったか。
ふん。おれはまことに桜の精よ。何ど瓢箪などであるものか。
酒は命の水と言うではないか。命永らうには酒の精気取り入れるが一番。
もっとも、他の道も有るが……この話、仔猫のおまえには早かろうな。
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