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ああ面倒だ。
なれど妖たちは放っておいてくれぬ。
捨て置けばいつまでも投げられよう。
消せば投げらる数も減るかと思うたまで。
[拭う口許緋に染まり。
歪んだ紅のようにも見えようか]
やれ…旨いなぞ思わぬ。
放っておけば固まり動き辛くなろう。
追われりゃ逃げると謂った筈が気が変わったンかィ。
刹那に散り逝く妖しの血は綺麗だったヨゥ。
[コロコロコロリ] [軽やかに笑い] [歪む紅] [映す隻眼]
白水の姐さんの処へでも往って来りゃ好いさァ。
血塗れた形は旨そうだヨゥ、舐め取るンなら手伝おうかィ。
幾ら逃げても限が無い。
逃げるるも面倒になった。
[碧隻眼眺め遣り。
つぃと左腕差し伸べて]
斯様な妖の血で泉を染めるは好まぬ。
舐めたくば舐めるが良い。
我を喰らおうとせぬならな。
[有塵と喰児の会話を聞くか聞かずか、遥月はひとり思念の海へ―…]
ふふっ……司棋様。
わたくしの紅をたいそう怖がられている様子。ならば毒の正体を教えて差し上げましょうか。
わたくしの毒の正体は……わたくしの精に御座います。身体中に廻らされた毒を、愛され抱かれて流し込む……ふふっ。至極単純なことでございましょう?紅には、それをひとたらし、ふたたらし……ほんの少しだけ混ぜているだけのこと。
ですけれどね、流し込むだけでは只の精。『或る言葉』を囁くか、其の言葉を恋われた相手に囁かれるかせねば、毒は毒として意味を為さないのですよ……。
それがわたくしの呪いの畏ろしさ。契りたくても契れぬ因果。恋うたくても恋えず、しかし恋われる程に相手の精は甘美な味を成す……。つくづく因果なものでしょう?
わたくしの身体の呪い……其の畏ろしさは、恋うて抱かれて知るのです……。
どれも是も面倒たァ相変わらず難儀だネェ。
[伸べられる左腕] [血塗れた面] [交互に見遣り] [ニィと笑み]
[白い手伸ばし] [そぅと紅い手取り] [軽く歯を立て] [手を解く]
噛み付く前に謂われちゃ仕方ないかィ。
弱い奴の血なンざァ旨く無いから遠慮するヨゥ。
[紅差す唇] [ぬらり] [更に紅く染まり] [ちろり] [紅い舌這う]
やれ、全く難儀よ。
此処に来てから難儀しか在りはせぬ。
[僅か歯が立つ左の手。
すぃと瞳は細まるが、解かれれば琥珀は冷めやりて]
弱きを望まぬならば強き者の血肉が良いか。
やれ、これらの妖は其方の眼に適う者は在りそうに無い。
[右の手己の口元のまま。
幾度拭えどくれなゐ消え去らぬ]
…やれ、面倒だ。
このままで良いか。
開那の兄さんは何処に居たって難儀そうだけどネェ。
こいつ等じゃアタシの腹ァ満たせぬさァ。
幻惑の桜咲かす兄さんは何時か真に咲き乱れたりはしないンかえ?
[落ちぬ紅] [拭う度歪む様] [濡れた白の指伸ばし] [すぃとなぞる]
[また面倒と謂う] [紅拭った指先] [薔薇色の唇に含み] [弧を描く片碧]
嗚呼、中々に男前だヨゥ。
しかし、不思議なこと……。
司棋様のお顔を見ていると、奇妙な声が脳裏に響くのです。
その深い蒼色の瞳のせいかしら……。蒼が深くなればなるほど、その声がはっきりと聞こえるのです……
そして、わたくしの哀しみを更に深めてしまう。嗚呼、畏ろしいこと……
[司棋の髪をさらりと撫でた。]
否定はせぬ。
何処に在ろうと難儀ばかりが付き纏う。
…さて、今は咲こうとは思わぬわ。
[つぃと袖取り貌拭おうか。
緋色の袖を当てるより先、白の指が口なぞり]
…やれ、其方は緋色なれば良いのかと。
緋色に何ぞ重ねておるのか?
[琥珀は難儀] [コロコロ笑えば] [血に混じり] [白粉薫る]
さて、何時なら咲くンだかネェ。
永久に咲かぬなら枯れ桜、灰の変わりに香り撒き枯れ木に華を咲かせるかィ。
桜も緋もアタシが好きなだけだヨゥ。
重ねる想いは置き去りに、刹那を楽しむにゃ邪魔が多いのさァ。
[紅の視線の奥から、澄んだ光が覗く。
辺りを見回し、清廉な声で独り呟いた。]
『ああ……春の香が。
茶席に添える花も、華やかな色にしなくてはいけませんね……。
「はづき」さんに聞かれたら、呑気なことをと笑われるでしょうか。人殺しの罪を背負った者らしくないと言われてしまいそうで……。そういえば、僕は殺人に相応しくないなどと、窘められてしまいましたものね。
ねえ…「はづき」さん……』
[男の澄んだ瞳は、青い空を見つめている―*]
[白粉に香に。
血の香の中にて稀有に薫る]
開かぬままに朽ちるも良いか。
なれど喰われてやる気はせぬな。
やれ、桜が良くば薄墨が在ろう。
緋色が良くば赤の隻眼が在ろう。
刹那の愉悦に想いは邪魔か。
なれば難儀な想いであろうな。
相変わらずつれないネェ。
好いヨゥ、喰いたくなったら勝手に喰うさァ。
[紅い番傘] [くるうり] [小首傾げて] [隻眼眇め]
なれば開那の兄さんには何が在るんかえ?
蝶はこの身でアタシと成りてアタシと共に刹那を遊ぶからネェ。
難儀なンは兄さんだけで充分さァ。
喰らわんとするならばさてどうするか。
逃げるは面倒なれば、抗うしかあるまいか。
やれ、それも面倒だ。
[くれなゐ張り付き煉瓦色。
僅か動かすば罅割れる]
さて、我に何ぞ有ったろうか。
刹那は捨てた、愉しも捨てた。
…何ぞ残って在るか?
[問われたというに返す問い。
纏う煉瓦は指先動くに軋み与え]
やれ、其方らは面倒な刹那を愉しんでおれば良い。
我を巻き込まねばそれで良い。
[泉に映る我が姿]
[はらり][はらはら] [しずくは落ちて]
咲かぬは陽――
咲くは灯なれば――
散るは緋じゃ……
[落つる涙][それすらもが清浄で]
恋煩いなど出来まいよ――
妾は出会ったものの全てを恋うておるのだから。
[散る涙すら数珠に変え][涙の痕は残さない]
[蒼白い膚にうっすら酔いの朱を刷いて、]
[はらりはらはら]
[散り急ぐ花。]
[地に降り敷いて、]
[淡く笑む。]
良い日だ。もうそろそろ他の桜も咲こう。
見たいな、山色づく様を──。
どれも是も面倒たァ本当に面白いネェ。
[コロリコロリ] [笑う度] [薫る白粉] [血の香りに混じり]
[煉瓦罅入り] [割れる紋様] [白い指伸べ] [ざらりとなぞる]
桜無く、緋無く、此処に残るは開那の兄さん其のお方さァ。
在る限りゃ面倒事にも巻き込むヨゥ。
刹那は永久を遊ぶも楽しいからネェ。
[パシャリ][己が姿を打ち消して]
[すいと立ち上がれば][いつものように薄い笑み]
今は暫し離れよう――やれ難儀、やれ難儀。
狩る者見つけりゃ終わりは来るかえ?
[幻見せる水鏡][映した姿は何としよう]
[カラリ][コロリ] [下駄を鳴らして]
[ふらふらカラコロ*気のむくままに*]
やれ…何ぞ面白きが在ったか。
我にはわからぬな。
[琥珀は細く、眉顰め。
煉瓦なぞられるばぱらり散り落つ血の欠片]
我が在れども何も無い。
咲かねば誰も気に留めぬ。
…やれ、境が無くばこのような場に留まりはせぬに。
刹那も愉しも要らぬと言うておる。
難儀で面倒なンは如何してかネェ。
[指先残る] [血の欠片] [擦り合せ] [ぱらり落ちる]
咲かぬ開那の兄さんと刹那遊ぶも楽しいヨゥ。
何処に居ても難儀なれば境が無ければ何処へ往くんかえ?
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