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[笑うておれ――]
[最近聞いた言葉のはずが、酷く遠い昔のようで]
汝れが、殺したのか。
[精一杯に涙をこらえた声]
[泣いてはならぬ][泣いてはならぬ]
[青司の前では笑うておると言うたではないか――]
[噛み締めた唇には朱がひかれ]
[ただひたすらに泣かぬことだけ]
[体を抱き上げ、やわらかだった藍の髪を抱きしめて]
[魂すらも見当たらなくて視線は辺りを探すけれど]
そうさあ。
どちらが死ぬかの死合いの結果。
俺達ぁ約束を果たしたのさ。
[眼を細めて様子を眺め、
墨が絡まりずたずたの腕を隠す風もなく]
[ない]
[どこにもない]
[感じない]
[見えない]
常盤か――
汝れは肉を好む者――魂食らうとしたら、
この状況では常盤しかおらぬ。
[黒く染まり始める衣]
[胸の蝶まで染みぬうちに躯離して]
――これまで消すわけにはいかぬな。
あぁ、己は赤と遊んだだけよ。
刹那越えて巡る為、今を笑い生きただけよ。
[眠る開耶の袂を握り]
白よ…何を探して居る。己は此処よ。
[云うてみたものの]
――見えぬは仕方なし、か。難儀よ。
約束果たした――か。
ならば去んでも本望じゃろう。
[俯いた顔][その表情はうかがえず]
[涙声もいつしか消えて][冷たい声が響くのみ]
そうだなあ。
魂は碧にやったさ。
[ゆらゆら酷く苦しげに
揺れるように見える白い顔。
墨はじわじわ広がった。
赤鬼腕組み立ったまま。
―――去んでも本望だろう。
それは窺い知れることではないが]
相棒のやつぁ、佳い笑顔だったさあ。
[それだけ確かな事実があった。]
ああそうさ。
己が本懐果たせずとも、己は生きた。
喰ろうて食えず喰ろうて喰ろうて、散る最後まで己は
[笑って居た筈だ]
――本望よ。
笑顔だったか。
青司らしいの――
[頬に伸びる墨]
[染まった衣]
[首元に咲いた赤に手を這わせ]
わらわは約束果たせそうにないのぅ。
――青司の前では笑うておると言うたのに。
先ほどまでこらえていたはずだのに涙すら出ん。
約束も守れなければ、泣いてやることも出来んわ。
――否、泣くなと言うておったから、これでいいんかの。
[緋色はくすみ][その表情も人形のようで]
寂しゅうてたまらんはずじゃのに。
泣けぬのも難儀じゃ。
ああ、相棒らしいさぁ。
[泣けぬ、泣けぬと緋色が軋む。
斑に染まった白黒滲み]
誰だったかなあ。
いつか会った人間が謂ってたさあ。
悲しすぎると
泪もでねぇ。
泣くこともできやしねぇ。
難儀だねえ。
ああ、難儀さ。
[虚ろな瞳は赤鬼とらえ]
か な し す ぎ て ?
関わった者が死ねば寂しい。
汝れが死んでもわらわは寂しい。
寂しいがゆえに泣く。
[ゆるり首ふり]
青司と皆……何が違う。
わからぬ、わからぬ、わからぬよ。
[空ろな硝子のような眼を
金の瞳で真っ直ぐ見据え]
お前にわからねぇもんが
俺に分かる筈もねぇさ。
[寂しい、寂しい、泣けない女。]
白水、
お前自身の中にしか答えはねぇよ。
[木にもたれるように背を当てて] [膝に藍の頭を抱き]
[片目無きを合わせた両の瞼に手を当てて]
[落ちた手拾って握りこんだら]
[ただただやさしく血の気の失せた頬撫ぜる]
――わらわの中か。
まったくもって難儀なことよ。
[答える声もどこか遠く]
[中身のないまぶたにひとつ]
[触れるだけの口づけ落とし]
咲かぬは陽
咲くは灯
散るは緋――
――……ほんに難儀よ。
[呪文のような例え唄]
[迷子の緋色を*そっと伏す*]
[伏せられたのは緋の瞳、
藍と白のそのまわり、
白い花びら散り積もる。]
……
[緋色の鬼は背を向けて
薄墨櫻に目配せしそのまま林へ歩みだす。
既に空は明けの色。
*鳥が奏でる鎮魂歌。*]
[さらり、風吹き舞い上がる花びら。
するり、開耶と共に浮かぶ体すり抜けて]
[ゆるり瞬き]
[手の平眺め、それから片目に手を当てて、離して
さらさら、開耶の髪撫でたまま]
[静かに目を*閉じた*]
[藍の骸を掻き抱く、白の女のその姿、]
[静かな眸を半眼に、じっと眺むる]
[緋の鬼の促しに、林の方へと歩み出すが、]
[一度だけ、振り返りて足止める。]
[その時は、声には出さず暫くの後、]
[緋の鬼に並びて歩き寄る道すがら、]
想う相手に死に別れるのと、
生きていながら逢えぬのと、
果たして何方がより辛いのか。
……それを訊くおれは愚かか、喰児。
[ぽつり、呟く。]
──夢とこそ
言ふべかりけれ世の中に
うつつあるものと思ひけるかな
……添うていたのが夢なのか。
それとも、この世は全て夢なのか。
[しののめの明けゆく光に染む花の色。]
[冷たく硬い面はそのままに、目伏して思いに耽っていたが、]
[突如歩む足が、]
[がくり、]
[力抜けたように膝折りて、]
[咄嗟に喰児の血に染んだ袖に縋る。]
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