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ほおう、もうちぃとは深く行くと思ったがねえ!
[狛犬唸ればそちらをちらり
もうひとつは燕の羽音]
ははっ!
[漏れる笑いは歓喜の色で
足で踏みつけ尻尾を千切り、
もうひとつに叩きつけ
燕の滑空逸らして避けて]
ああ、やっぱり墨の味なんだぁなあ。
[地に落ちた緋色の柄を横目に
黒き狼と一進一退の攻防を――――]
あにじゃ…っ…あにじゃ。
我、はヒト……を、も喰えぬ 雑鬼で あった、の…か?
仇を 討、てぬ程…度の あやかし、であったの……、か。
[刀から出でた身。そこそこの堅さは持ち合わせているが
持久戦となるとどうなるのか。不安が過り、小さく弱音が零れた]
[墨染め、身動ぎもせず見入る。]
[はらはらと降り頻る花の間に間に、緋と藍の色。]
[つばくらめ、緋の鬼の膚に燃ゆる髪と同じ色引くも、]
[烏羽玉の眸瞬かず。]
[遥月への怯えを隠し、右腕を押さえながらゆるりと万次郎の前へ立ち]
…刀の、妖精…?
お前、そろそろ殺してやろうか…?どう殺してほしい?
[己の目の色に生気は無く]
[呼気荒く、狼の重みを退けようとするだけで手一杯の己に
ゆらり近づく影。変わらず強い瞳で睨みつけ]
死ぬものか…、我が死ぬものかッ!
死ぬのは、わっぱ、お前だ―――!
わっぱ、お前を此の手に掛けて、そして我は…生き、る…のだッ!
[叫びにも似て。見おろす瞳に生気が無いと分かると、狼を撥ね除けようと渾身の力を込めた]
[燕はついと己の隣滑り抜け]
墨喰ろうては腹ぁ壊すぞ。かっかっか。
[笑えば、裂かれた傷より墨は脈打ち毀れる。
墨色染まって毀れれば、腰元の帳面濡らして絵潰す。
三度目、破る紙。
咥えて拭けど黒き蝶は飛ばずに落ちて。
――舌打ちひとつ。
胸より毀れる墨に手あて伝い絡めて
燕旋回すれば、己も地を蹴り赤へと向かう]
ああ、愉しいなあ相棒よ。
刹那も何も、あれとの約束すら忘れてしまう程愉しいなぁ!
[赤の身体に直接墨を刻もうと隻腕伸ばす]
[不安と嫌悪が入り乱れる司棋の視線を背中に感じ、遥月はゆるりと振り向いた。]
司棋様………
[空気を切り裂く様に、言葉を放つ。]
これから司棋様がご覧になる光景は、まさしくわたくしの「因果」其のもの……。わたくしの「愛」にかけられた、残酷な「定め」をお見せしましょう……
嗚呼、貴方様を欲してなお何ひとつ「真実」を語れぬわたくしを、貴方様は軽蔑するでしょう。そして、それこそがわたくしの身に降り注ぐ「呪い」の正体……!
[唇を震わせ、声を振り絞る。]
……今から起こることは、貴方様との「其れ」とは……
[言い掛けて、踵を返す。
白いうなじが月夜に照らされ、襟足で揃えられた後ろ髪は微かな風にそよぐ。]
[――そして遥月は、万次郎に対峙した。]
[駆ける二匹の狛犬] [戻る燕]
[赤鬼] [歓喜の笑みを洩らすか]
[一匹] [踏み潰し] [一匹] [叩き付け]
[燕はまた] [空を切る]
[青鬼は墨の味と赤鬼が謂う]
[長い睫毛震わせ] [傘の柄握り直す]
[気ばかり逸る]
[見付からない 見付けられない
あの時と何も変わらない]
[あの時と違うのは
己が身が失われていることだけ]
[捜すのは 求むるのは]
空 ――― !!
[今は亡き 人の姿]
[もとより生気も何もない虚ろな抜け殻、夜斗も当然同じくで。手負いとはいえ渾身の力を込められれば流石に跳ね飛ばされ]
〜っ!
[跳ね飛ばされた夜斗が己へ当たり、逆に倒れる側となり]
大丈夫さあ、
俺ぁ悪食だから慣れてるさあ。
[墨のにおいが立ち込める。
それはどこか清廉だ。
黒く墨で描かれた蝶は飛ばずに落ちて行く。
笑う、笑う、鬼が笑う。]
はっははは!
愉しいなあ、愉しいぜえ相棒。
本当にいい夜だあ!
[向かう青を迎え撃つ。
喰いちぎろうか引き裂くか。
隻腕伸ばされ夜の色、墨の残滓が掠めるか。]
[青鬼の胸元] [零れる墨伝い]
[喚ばれし蝶] [飛ばずに落ちる]
[戻る燕と共] [赤鬼に向い地を蹴る]
[青鬼約束忘れる程楽しいと謂う]
[応える赤鬼愉しいと笑う] [笑う]
[薔薇色の唇] [浮かぶ笑み三日月に]
[ようやっとの思いで、黒き狼を退けて
ゆらり
立ち上がる。右肩からは血が未だ溢れ。左の手首は使い物にならず]
其方、遥月。
……かばうのか。ヒトを。狩るモノを―――。
なんと、おちぶれたあやかしよ…!!
[出血に伴い立っているのもやっとか。
遥月に気圧され、司棋ではないが後ずさりはじめ]
ッ…。
[空間把握を怠った故の己の失敗は、すぐ背が木立であったこと。
幹と背の間はもう無い。
逃げる場を失い、憎しみあらわにする事で相手を近づけさせまいと]
[背後では、司棋が地面に叩き付けられる音。
其の音に振り向かずして、遥月は紅の視線を侍へと向けている。一歩、また一歩と……丸腰の男は剣士に近付き、やがて息も掛かる程、距離を詰めた。]
……万次郎様、ごきげんうるわしゅう。
[深い紅と月光とが混ざり合う瞳で、万次郎を見つめている。]
[逸る 逸る 気持ちばかりが――]
[ゆぅらり]
[遠くで薄紅揺れる]
[緑の内でゆぅらり揺れる]
[己を呼ぶかの如くに]
[弾かれるように薄紅に駆ける]
[あの時と全く変わらずに]
…挨拶などよい。
っ、そ。其方…問いに答えよ。
[こちらが動けぬ間、呼気触れる距離で挨拶の真似事に
低く唸るように威嚇した]
なに、を……する気、だ?
この…裏切り者が。
[低めた声で云い。紅の瞳をキッと睨みつける]
[迎え撃つ赤鬼の腕、燕が抜けて赤はぜる。
伸ばした隻腕赤鬼の腕つかめども、
勢い止まらず己が身体に深く突き刺さるか]
――――っあああ!!
[膝折りそれでも腕抜けぬ。
掴んだ腕からぽたりぬるり、伝い混じる赤と黒。
じわりと墨色赤の腕を侵して、刻まれる]
[先に散るどちらの色か]
ああ…、喰よ。
お前と己、またいつか何処かで巡らば
酒呑み合って散って千切り合えども相棒が良いわ。
[墨濡れ青鬼、くつりと笑んで。
言の葉紡ごうと口開き――]
[月照らし桜舞う戦場に。
辿り着いたはその瞬間(とき)だった]
[藍に突き立つ赤の腕]
[藍に突き立つ赤の刃]
[重なる]
[蘇る]
[ あの時に戻る ]
――あ、 …あ……
[途切れる声は次第に高く]
[唸る万次郎を見て、遥月は妖しい笑みを浮かべる。]
……ふふっ。
犬を嫌う万次郎様が、犬のごとく威嚇為さるのですか?
[両手をそっと万次郎の顔に当て、白い指先を下ろす。双のこめかみを走り、顎で二つの指先が出会い、再び離れて首筋を走る。]
嗚呼、この肌……いつぞや触れたこの感触が、忘れ難くて恋しくて……。
嗚呼、このまま、貴方様を食ろうてしまいたい……。
[至近距離で吐息を漏らし、万次郎に口付ける。]
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