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[はらり][はらはら]
[零れなかった涙は落ちて] [紅い泉に吸い込まれ]
同じでないなら、何だと――……
[績切ったように流れる涙が言葉をそこでつまらせて]
[続きを言うことが出来ないほどに鳴咽をもらす]
[青司――……青司……]
[藍の男のぬくもりを思い]
わらわも、百鬼には、なれなんだのぅ――
[小さく漏らせば]
[紅に染まる泉の中で]
[あの幻を*ひたすら恋うて*]
其れが………
『愛する』と…いうこと……
[誰に対してとでもなく、遥月は司棋の身体を抱き締めたまま呟く。]
恋うる気持ちがつのり、己の身分も立場も、身の安全も、命までも――何もかもかなぐり捨てて、恋うる相手を思い、共に在りたいと願い、其れを叶えんとすること……
[ハッと目を見開いて――]
ひょっとして、白水様は、青司様を………
[続く言葉を、飲み込んだ。]
[男の顔からは、既に紅が落ちていた。他人に晒すまいとしていたその素顔を晒し――それを気にすることもなく、滴り落ちる赤い雫を拭い、司棋に微笑んだ。]
いいええ。
わたくしのことなら、お気に為さらないで下さいな。
この遥月、貴方様の為になら……
[左胸の蝶がトクリと疼き、視線には凛とした光。]
……どのような苦痛も、苦痛とは思いませぬ故……
それくらい、貴方様が『たいせつ』なのですよ。
ねぇ、司棋様………
[遥月は、そっと司棋を抱き締めた――*]
……女君との死合い、邪魔されとうなくておれを殺すか。
矢張りおまえは、
[硬い面が引き歪み、憤怒にも似た色がさっと過ぎる。]
[──がそれも一瞬、]
……違う。違うのだ。
然様な事が言いたかったのではない。
おれは、
[今にも泣き崩れそうな顔色に。]
おれは、彼のおとこの訪れをひたすらに待つ、その為にだけ在る。
身も心も命も魂もすらも縛られて、それ以外の在り様など無い。
彼のおとこに逢わずして、吾から死を願う事も出来ぬ。
だが。
おまえが彼のおとこならば。
[覗き込まれたその顔を、更に近付け息掛かる程、]
[夢の際にて在るような、脆く儚い笑み浮かべ。]
何時の日かあの桜の木の下にて再び相見えんと
童子の頃に交わした契りを、
おまえが果たしに参ったと
そう言ってくれるのならば。
[緋の鬼の金の眸に、烏羽玉の黒き眸を合わせ見て、]
[熱に浮かされた*囁き返す。*]
[茜の空を見て、時が経ったのを知る。
仔猫の骸の傍について一晩明かした。
懐から珠を取り出す。
もうひびが入り曇って色さえ分からない。
きろり
輝くこともない。]
彼の、……者は なに も…のぞ。
名は―――メイ―――。
[ひびで濁った珠は何も映さずに、声だけが虚しく響く]
何者ぞ?…何者ぞ…?
魂喰らわれてしまっては…
再び、ふたたび…見(まみ)える事も叶わぬではないか。
[声を詰まらせて嘆き。表情は無く
掌にのせていた珠が
―――ピシッ―――
音を立てて、仔猫の骸の上に降り注ぐ。
綺羅り 綺羅 綺羅]
幽鬼にもなれぬではないか…。
林檎飴は喰えぬし、酒も呑めぬ。
触れる事が出来ぬではないか…――――。
[強い妄執と化した魂魄は、黒い闇を纏い。
茜の消えゆく明るい空の下、其処だけ薄暗く]
我が魂を分つ事が出来るのなら―――蘇っておくれ。
そして、酒を…呑もうぞ。
林檎飴なぞ、幾らでも買うてやる。苺飴もな。
[――――――綺羅リ 綺羅 綺羅―――――――
薄闇は、仔猫の骸、珠の欠片に吸い込まれてゆく]
[変わらずの無表情で、仔猫の骸を見おろして
珠の欠片で少しでも無惨な姿が和らいだかと思えば
ふらり*その場を離れた*]
/中/
おや、万次おはよう。
宵に会えぬのならば、次は終幕で逢うとしようか。
さて、己も少し昨夜の続きでも致そう。
[――…せいじ、青司]
[呼ばれた気がして、きつく唇噛んで顔を上げる]
[はらはらり、おちる白の涙は 泉に波紋落として]
[その姿に、墨濡れの手を伸ばし
涙すり抜け、頬すり抜けて、一度だけ俯いて]
[また顔を上げて]
[泣き出しそうな顔のまま]
ああ、百鬼など、ならなくとも良いわ。
泣くなとも云わぬ、笑えば良いが……
お前が其処におるだけでもう良いわ。
己が代わりに笑うておるわ。
[ゆるり、空見上げ、下手くそな笑み作る]
[泉を渡る風、水面に胡坐かく男の毀れる墨は
滲んで霞んで何も成らずに煤に還るから]
[泉の中の泣く姿よ、
岸に残る子供の声よ、
愛と呟く誰かの声よ。
愛など何ひとつわかりはせぬまま。
ただ触れたいと願うまま
切なの笑みを浮かべても。
声を出せども届かぬから 腕を伸ばせど届かぬから]
[ゆるり瞬く藍の瞳]
――代わりにひとつ描くとしよう。
[仮令それすら届かずとも]
[墨伝う指先はするりと滑り]
[ひとつ描くつもりが
蝶を描いて、鳥を描いて
花を描いて、風に舞う
月光に遊ぶは数多の墨絵――泡沫の夢]
[浮かぶ月に照らされる*藍の背ひとつ*]
[繰り返されし宴の場]
[緋く血濡れた宴の場]
[幾多の妖 杯交わし合いし場]
[今宵座するは赤と黒のふたつのみ]
[薄墨桜のその上で
茶の影ひとつ、言を聞く]
……のぅ、薄墨。
其方は我と似て在り似て在らぬな。
[ぽつり零るる呟きも
薄墨桜は聞かねども]
薄墨。
其方は今、何を見て在る――?
[届かぬ問いを*繰り返す*]
/中/
…全く早いな二人とも。
さて、我は今宵現ることはできようが、
終宴が始まる頃までは居られぬな。
零時には寝ねばならぬのだ…(遠い目)
ではまた*後に見えるなら*
[ゆる、と目を開ければ己を抱きしめる端正な男性の顔。夢か現か区別つかねど、そぅっと遥月の頬に触れ]
いつか…恋うる相手には言えぬ言葉と仰ってましたね…。
然し…貴方様は十分、仰って下さいました…。
貴方が…過去に失った人を悼み悲しむなら、
僕はその空白を…埋められるでしょうか…。
[優しく、何度か唇触れさせ]
僕は…貴方の全てに、*なりたく…*
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