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[木の上腰掛け山を見る。
空気をたゆたう春霞、櫻の花が綻んだ]
さくら、さくら、
霞か雲か……ってなぁ。
[緋色の髪が揺れている。
血腥い風たなびいて白い花弁を舞い上げる。]
[それもひと時、]
[また憂いが面に兆す。]
[眉根を寄せて、]
けれどもおれは。
明日にも去んでしまうやも知れぬ。
酒の精気でどんなに持ちこたえようとも、狩る者は。
さもなくば、怪どもに。
やれ、それは重度なことよ。
[軽口なれど音は常のままに軽く無く]
[潤む碧、見上げ遣り]
夢見心地な貌をしておるな。
刹那を見るは構わぬが、その後に何ぞ残る。
虚しきしか残らぬのではないか?
[一度茶浴衣揺らめかせ。
張り付くに苦労しながら帯を巻く]
さて、な。我も知らぬ。
乾くまで放っておけば見るも厭と言う者と会うやもしれぬ。
着ておってもその内に乾くだろう。
関わり、人に患うてしまったのか。
次いで物の怪までに患うとは難儀よのう。ほんに難儀よ。
己が逝けばまた泣くというか。
泣かずに笑うておれ。寂しいばかりでは何処へも往けぬ。
[くつり、背を向けたまま俯き笑う]
そうだな近いうちに尋ねよう。
[顔を上げて]
やれやれ、絵心なくとも描けば上達するわ。
けれど良かろう。望む幻描こうか。
[ひとつ頷き、カラコロそのまま何処かへ*行くだろう*]
[舞う、舞う。
風に巻かれて桜舞う]
[くれなゐ斑の薄紅扇、拾いて懐差し入れて]
……何ぞ有ったか、薄墨。
[聞こえる声に空翔るる薄墨見上げ]
[花風巻いて社へと、]
[緋の鬼居るやもと頭を掠めたが、]
[それよりも求むる者の行方を知りたくて、]
誰ぞ開耶を知らぬか。
開耶、開耶っ。
[軽口には些か重き音] [ニィと笑み] [見上げる琥珀]
[覗く隻眼の碧] [蕩け] [潤むは] [刹那を想うてか]
其処には過去も未来も在りはせぬ、其ン刹那が全て、己の全てを賭してただ死合うンだヨゥ。
何故後に虚しさが残るのさァ。
大体、腹いっぱいンなりゃ虚しさより先に眠気じゃないかえ?
其ン時こそアタシァ満開の桜の木の下で心地好く転寝でもするヨゥ。
起きたらまた遊ぶのさァ。
[はたり] [鼻緒揺らし]
律儀だネェ。
[有塵の声] [ゆるり] [首を捻り] [揺れる常葉]
おや、有塵の兄さんかィ。
如何かしたンかえ?
ほんに難儀――救いようもない。
宴の物の怪は皆、ヒトの形をしてるゆえ余計に性質が悪いわ。
[くすり][泣き止み笑みを見せ]
汝れが笑えというのなら、汝れが有る時は笑っていよう。
[去り際][骸に][穢れなき珠握らせて]
[下位の物の怪][近寄らせぬよう願かけて]
汝れがどんな幻を見るかわからんが――
良い幻だといいのぅ。
[カラリ][一歩][歩み出て]
妾も、幻が欲しくなったら汝れをたずねよう――
[コロリ][続きの足を出し][自分もどこかへ*あてもなく*]
[常盤の女もその目には見えども視えず、]
開耶。頼みがあるのだ。
喰児からおまえが紅の花咲かす幻を見たと聞いて……。
おれに満開の咲き乱れる桜にこの杜が覆われる様を見せてはくれまいか。
[蕩け潤む碧隻眼。今無き闇眼も潤んでいるか]
…やれ、其方は真に刹那しか見ておらぬか。
嗚呼、其方に問うたが間違いよ。
[無礼千万、呟きつ。
脚に絡む裾、一度剥ぐ。風に揺らせど未だ乾かぬ]
面倒が嫌いなだけよ。
[言之葉ひとつ投げ遣りて]
[降りる薄墨、その言に。
驚いたように瞬きつ]
…構いはせぬが、何故に。
其方が咲いたのだ、その内に皆咲こう。
[綻ぶ桜は己の目には映りておらず。
薄墨に向けるる言は僅か奇妙に聞こえるか]
そう、後ニ三日もすれば皆満開となろう。
けれども皆が咲くまでおれが生きて居らぬかも知れぬ。
生きているうちに見たい。
花に霞む山を。
[うちにじんわり熱を孕んだ眸で同属を見る。]
[そのあまりに熱望するあまり、開耶の言葉の妙には気付かず。]
其処に全て在るのに如何して其れ以上を求むる必要があるかィ。
[潤む隻眼] [眇め] [呟く琥珀] [眺め]
[薄墨桜] [気付かぬ様] [二人の遣り取り聞き]
また桜に染まるンかィ。
嗚呼、良い、好いネェ。
[戯れ歌うわらべ歌、
遠く見えるは墨桜]
匂いぞいずる
いざやいざや見に往かん。
[見る花恐らく血潮色。
遠く誰かの声響き、鬼は器の酒乾した]
[ゆぅるり、溜息]
[生きているうちに。
常に在らば遠き其。今は間近に在る其]
…仕方あるまいな。
[ひとつ呟き、先に収めた扇取り出す]
……刹那は要らぬ。
[常盤に向け遣る言も小さく]
[ゆぅるり開く斑扇。
風に乗せれば常と変わらぬ香を散らす]
[やがて薄紅霞む夢。
それが見ゆるは香の内のみなれど、山一面と広がる如く]
[僅かに届く琥珀の香。
春の夕の真ん中で、薄紅幻影幕を上げ]
さくら、さくら
花盛り―――……。
[立ち上がって見下ろして、ついと地面へ飛び降りる。
恐らくあれは泉の傍だ。
ちゃらり投げ上げ掴む賽。
弄びながら歩を進め。]
──あゝ、あゝ。
[目の裏に焼きついた想い出のあの野辺と、]
[幻のうちにはあれど全き同じ、]
[山一面のうすくれなゐ、霞みて。]
刹那も永久も…―――
[漂う香] [続く言の葉無く] [潤む隻眼の碧] [揺れ]
[長い睫毛震え] [薔薇色の唇] [微か開き] [零す吐息]
嗚呼、嗚呼。
[全て覆い] [一面の薄紅] [映す隻眼の碧] [濡れ]
[枝の上] [差した番傘傾け] [白い喉逸らし] [仰ぐ景色]
―――――嗚呼。
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