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仄暗い室内に荒々しい吐息が断続的に響く。
少女の躰は羽根を広げた白鳥のように横たわり、荒れ狂うシーツの波に翻弄されるように揺れている。
象牙色を帯びた皓い脚を指は滑り、百合の如き首が儚くしなった。
夜露を帯び瑞々しく湿った唇を、情愛と渇望を満たすように私は貪る。
熱い頬に添えられた親指を哀切の雫が通り過ぎた。
『ロティ、すまない。ああ……』
脳髄は押し寄せる情欲の叫びに過負荷をきたしたようにジンジンと痺れ、逆巻く血潮は耳の裏を圧した。哀しみの声は凶猛な獣欲の嵐に掻き消された。
禍々しいほどの昂ぶりが杭のように愛娘を刺し貫いているその光景は、耳を圧する呼気と視界を滲ませる血流の中で激盪していた。まるで現実のものとは思えなかった。
紅い花――
桜色の谷間に紅い花が咲き乱れた。深々と彼女を刺し貫いた欲望が死の花を咲き誇らせていく。
「ぁあああぁあ! ロティ! ロティ!!
どうしてこんなことに――」
乙女の散らす紅い花が、世界を真っ赤に染め上げる。
白い波濤は朱に染まり、少女を抱きしめたまま赤い海に呑み込まれてゆく。
少女は苦悶の表情で一際美しく啼いた。それは、Swan songだった。
「ロティ――」
深い悲哀に彩られた彼女の表情が私を赦すようにほんの少し微笑んで見えたのは――私の願い故だっただろうか。
――――
―アトリエ・寝室―
[おぞましい光景は瞬時に掻き消えていた。室内は未だ薄明の中にあった。
それが夢だったことに、心の底からの安堵の溜息が漏れた。肌にはじっとりと汗が浮いている。]
ロティ……
[胸に埋めれた愛しい娘のおもてに眼差しが落ち、突如訪れた悪寒に身を震わせた。彼女の背中に回された腕がぬるりと生暖かい感触に浸されている。
刹那に呼び覚まされた知覚が、腹や腰も粘りを帯びたなにかに濡れていることを察知した]
ぁあ……
[むせかえるような生命の匂い]
あああああぁああ!!
[それは――]
ロティー!!!
[喉を引き裂かんばかりの絶叫が響き渡った]
ロティ!
ぁあ、ロティ!! なぜ、なぜなんだ!
なぜお前が――
[半狂乱で泣き叫ぶ]
ぁあああぁああ!
守ると!
必ず守ると誓ったのに!!
ぅあああぁああ!!
[慟哭が喉を震わせ、見開かれた目から涙が溢れ出た]
この身に代えても守るって――
そう―― そう誓ったのに
[己の無力が、ただ許せなかった]
なぜ、こうも残酷なんだ。
畜生! 畜生ぉおぉおォ!!
[ベッド脇の小抽斗から拳銃を抜き取ると外に走り出ていた]
“ダン! ダァン!!”
[発射音が大気を鳴動させる]
殺すなら、なぜ私を殺さない!!
娘を庇って死ねたなら、それこそ本望だったさ!
俺が…… 俺がどれだけ
俺がどれだけあの娘を――
うぁあああぁああーッ
[それ以上は声にならなかった。息苦しいほどに涙に咽び、喉を詰まらせる。娘を守れなかった無力さにただ込み上げる憤激のままに、銃把を何度も何度も地面に叩きつけた。
建物に転がり込むと、怒りに任せて棚のものを片っ端から床に叩きつけてゆく。何も落とすものがなくなると、棚を床に引き倒した。
自分が何をしたかを一つ一つ覚えてはいない。
ただ、迸る悲慟と荒れ狂う赫怒のままに暴れ、やりきれぬ思いを叩きつけていた。]
[力を使い果たし燃え尽きた私が自失から立ち直り漸く為すべきことに思い至ったのは、時間にすればさほどの時間を経ない少し後のことだっただろうか。
私には、永劫の責め苦のようにも感じられたのだが。
ゆらりと立ち上がるとシャーロットを抱き上げ、階下の作業場へと降りていった。]
ロティ……
信じられないよ。
[私は茫洋としながら呟く]
親より先に逝くなんて、何よりの不孝だって……
言っておいたじゃないか。
[瞼にそっと手を触れ、その瞳を閉じさせた]
ロティ……
[その姿が滲む]
頼むから…
……頼むからもう一度……
ぁあ
[喉が詰まる]
もう一度――
目を開いて
笑ってくれよ……
[亡骸に追い縋る肩は哀しく震えていた]
――――
いつもいい娘だったロティ。
私を、何一つ困らせることなどなかった。
ただ一度――
ただ一度君からもたらされた悲哀が
これほどまでに深いものだなんて――
――
――――
君は死ぬべきじゃない。
私は決してそんなことを許しはしない――
だからどうか――
どうか――……
――胸を裂くほどの哀しみに
――切なる願いが紡がれる
シャーロットが戻ってきてくれるのなら
身を捧げ、あらゆる物を犠牲にしたとしても
惜しくはなかった
――――
──シャーロットの部屋──
[机の上にはエリザの日記がページが開かれたまま、シャーロットらしからぬ置き方で、乱暴に放り投げられたように転がっている。近付けば、水滴の跡でインクが所々滲んでいるのが分かるだろう。──複数のページが、指で強く握った後で捩れている。それらの捩れたページに書かれていた内容は、]
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私が許せない事のひとつはバートの浮気だとずっと思っていた。
でも実の所、浮気はまだ良かった。
何故なら調査の結果分かった相手はプロの売春婦だったから。
売春婦の存在自体を汚らわしいと思わないわけでは無い。
けれど、そう言った職業の女なら──
私が受け止める事が出来ない彼の性欲を、金銭が解消してくれるなら──
それもヘイヴンの外であるのなら──
ヘイヴン外へ調査を依頼するのに手間取り、結局辿ったツテが悪かったのか、町内に私とバートの仲が悪いと言う遠回しな噂が流れたりもした。が、バートの人柄もあったのだろうか。現状の寂れた町で一番成功している者への一部のやっかみだと噂はすぐに消えた。
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あけすけな所のあるレベッカが、私に「冷感症ならよい薬を取り寄せてあげるわよ」と言って来た時、私は違う意味で核心を突かれたようでドキリとした。(噂を聞いた彼女なりの心配なので、レベッカに怒る気はまったくない。)私はむしろ、私自身が親しい人間からも冷感症に見えることに安堵した。
──…あんな風に。
寝室では無い場所、誰かが来てドアを開けるかもしれない状況で。着衣のまま……。ストッキングが破れる音が響いた時、私は獣のように濡れていた。下腹部が熱くてどうにかなりそうだった。強引に急き立てるようなバートの指と、更に強引な侵入。乱暴すぎる動き。
──あり得ない。
膝の凹みが濡れるほど私ははしたないものを滴らせ、副主任が入って来ても良いとさえ思い。脳髄が痺れ、追い詰められ、あられもない声を上げ続け……。悪夢の様な時間。私が、ああ言った異様な状況でこそケダモノになり得る事は誰にも知られてはならない。バートにさえも。
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