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[ヘイヴンの町に来て知り合ったローズは、わたしの心の代弁者のようにいつも思う。周囲の偏見な眼差しを一蹴し、自由気ままに男を誘う。それはありとあらゆる拘束で縛り上げているわたしの憧れでもあり…嫉妬の対象だった。]
[彼女を愛しく思う反面憎く思い、快楽の淵で覚めない夢をお互いに与え続け惑溺してしまいたいと願う反面、地獄の底まで引き摺り落とし二度と這い上がって来れない様に押さえつけてしまいたいと求めてしまう。
でもそれは決して表には出してはいけない感情だと、きつく鍵を掛けたパンドラの箱――]
ローズ…?どう…したの?何かあった?
[わたしは心配顔を装って、彼女に近付く]
[するり――]
[左腕の結束は解け――]
[はらり――]
[床へと向かって螺旋を描き落ちていく。同時に罪に裏付けされた欲望が目覚めていく]
誰か…誰…か…
[何かを求めるように手を伸ばす]
[ビキ、パキ…ン]
[罅はいり、欠けた部分は勢いを増してその範囲を広げていく]
── 傷の熱が頭に陽炎を落とす ──
[あれは…いつだったか…。
兄に抱かれたり、兄を抱かされたり。
もう精神的にも身体的にもボロボロだった。
夢の中で俺は泣きながら兄の上に跨り、首を絞めていた。兄さんは笑っていた。
『死んでくれよ、ユーイン。お前が卑下し続けた、たった一人の弟の最初で最後の頼みなんだよ…!』
くすくす笑うユーイン。
あの顔で笑いかけられて、胸騒がぬ少女などいなかっただろう。それでも弟から見れば吐き気がするほど嫌悪を覚えたあの顔。
『いいよ、死んでも。俺はハーヴの願いをかなえあげる。
だからハーヴも俺の願い…叶えてくれるよ…ね?』
約束…そう、約束。
忌み嫌うこの土地に、何故戻ってくるのか。
何故忘れたい兄をいつまでも忘れられないのか]
[『ずっと俺だけを愛してて?
俺が死んでも、ハーヴェイが死んでも』
『いいよ、ユーインだけ愛しててあげる。
だから、俺を俺だけにして。
この世からいなくなって。』
結局俺はその時ユーインを殺せなかった。
だから頼んだ。死んでくれと。
ユーインは自分で遺書を書き、俺だけが知っている町外れの林の中で死んでいた。
ナイフを胸に突き立てて。
発見された時は、腹を食い破られ、内臓を引きずり出されてぐちゃぐちゃにされた死体が転がっていた。
きっと林の中の獣が食ったのだろうと推定され、近くに落ちていたナイフから、刺殺と『推測』されたのだ]
[両親はユーインの棺に取り縋って泣いていた。
最愛の息子を失った悲しみだろうか。
それともあとはこの出来損ないの息子しか残っていないという絶望感だろうか。
俺は後ろからそれを見て笑った。両親のそばではじめて笑った。
自分から手を下さずに、やっと開放されたのだ。
そして同時に、両親に死ぬ以上の悲しさを与えてやった。
とてつもない優越感と達成感で、噴出しそうだった。
それなのに、ユーインは決して俺を解放してくれなかったのだ]
[僅かな下着だけを残し、裸よりも扇情的に剥かれ、腕を拘束されて視界までも塞がれているネリーは、か細く声を漏らしながら不自由な躯をよじらせていた。
どうしてこのような事になってしまったのだろう。
決して私が望んだ事ではない。決して――]
ウェンディ――リック――
[ネリーは一人ごちる。]
[何とかここを抜け出さねば。出来る事なら誰にも知られずにここから脱出したい。
お店には破れた私の服もあるはずだ。あれに気づけば私の異変を察知してくれる人もいるかもしれないけれど。
ネリーは腕に力を込める。]
く…ん…んん…っ。
[カチャカチャと鎖や金属の拘束具が音を鳴らす。だがそれは矢張り、意味のない裸踊りに終わってしまうのだった。
かえってただ腕を痛めるだけに終わってしまう]
はあ…はあ…
あの時と…同じだわ……何もかも。
……っっっ。
[ネリーは自分のなくなった身体の一部の心配をする。
手は動かせないので、ある場所を動かして、その場所を確かめる。
いつもと同じように何事もなく、真実を隠さんとばかりに、
それはネリーに張り付いていた。]
[これだけはどうしても知られたくないのだ。なくなった身体は怒りに震えるノーマンによるものなのだから。]
…はぅ。
[ネリーは大きく息を吐き、再び*意識が濁っていく*]
――酒場――
大丈夫?なんか…顔色が悪いみたいよ…?ローズ…。
[わたしは彼女を心配する素振りを見せながらゆっくりと距離を縮め、悲しそうな表情に裏付けされた微笑を湛える。
ここに訪れた時の慌て振りは微塵も感じさせず。
まるで獲物を捕らえる蛇のように――]
[そう、私の左腕に刻まれた第三の罪の姿は蛇。赤い眼を光らせ、今か今かと獲物の隙を狙っている。]
もしかして…ギルバートさんと…何か有った――?
[解けた真白の包帯は緩く床に蹲る。私の身体に刻まれた蛇はうねる様に身を捩り腕に絡みせせら笑っている。
普段は前に出る事のない左手が、ローズに向かって差し出される。羽織る薄手のカーディガンの袖口に隠された先割れ舌の生々しい赤が、彼女には見えただろうか――]
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