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[シャーロットが「18歳」を想像しようとした時、肉体的に大人になっている事を想像出来ない理由は、また別にもあるが──。
言えない事で、元々ヘイヴン外へ出る為のステップとして、転校したにも関わらず学校へ通えなくなってしまった事が大きな原因である。学校を辞めた時の母や祖父の反応、戻ったヘイヴンの学校は平和だったが退屈で、またステラが純潔の大切さを説くたびに、運転手たちの欲望をひきつけた自分が穢れているように感じた。
何処へも行けない閉塞感。父親の元から自立する自分をイメージ出来ない苛立ち。]
──ニーナ、大丈夫かな。
[ぽつりと呟く。
災害と身近な者の死で歯車が狂い出したように感じる中、先刻のニーナの姿は<健常な日常>を示して居るように、*シャーロットには思えた*。]
─それより数時間前・アーヴァインの自宅(回想)─
[疲れ切った重い足取りでアーヴァインは自宅の玄関に向かう。
鍵を開けたところで、突然背後から肩を叩かれ、ギョッとして振り返る。そこには悪戯な笑みを浮かべるあの若者の姿があった。
驚きに飛び跳ねた心臓が、今度は違う高鳴りで激しく鼓動する。
期待しなかったと言えば嘘になる。が、これ程早く……。逸る心を抑えながら、アーヴァインは若者を家内へと誘った。]
[玄関に入ると、レインコートとあの特徴的な帽子を取り、若者は物珍しそうに室内を見回した。
特に大した家でもないのだが、とアーヴァインは思った。骨董品的な古さだけが価値の家だ。名士であるバンクロフト家には遠く及ばないが、古さと言う点でも広さと言う点でも申し分ない。しかし隆盛を極めていた大昔ならともかく、アーヴァイン一人だけの住まいには広過ぎた。
普段であれば客は広間に通す。ホームパーティーを開く時もそこで行う。続き部屋と二間開ければ、大人数も平気で入る。
しかし、アーヴァインは若者をそこではなく、2階のコレクションルームに直接案内することにした。
彼であればきっと理解し受け入れてくれるに違いない……あのようなキスの後に、こうして尋ねてきてくれた彼ならば。
何より彼はこの町の住民ではない。恐れる必要は無いのだ。]
[若者はアーヴァインに素直に随って、2階に上がった。
大きな期待と不安を胸に、アーヴァインはコレクションルームの鍵を開け、彼を中に導いた。]
[そこはエドワード王朝時代の家具が置かれた、趣味の良い小部屋……であった筈の部屋だった。
「だった」というのは、その部屋の壁面いっぱいに余すところ無く、額に入った写真が飾ってあったからだ。どれほどあるのか、数えるのも容易でない枚数である。
それらは全て、若い男性のヌード写真、なのだった。]
[入って右手の壁には、思い思いのポーズをとる、様々な扮装をしたモデルたち。
ギリシア神話のアポロを模しているのか、月桂冠を被って作り物の竪琴を抱えて夢想に耽る表情を見せるブロンドの青年。
長椅子に寝そべって、巨大な羽根扇で半身を隠す少年の目許はマスカラでくっきりと縁取られている。脚を包むストッキングは、白っぽいガーターベルトで吊られていた。
残りの壁面を覆っているのは、もっと露骨に扇情的な写真だった。
筋肉を隆起させて、雄の威容を見せ付ける逞しい青年。
いまだあどけなさの残る笑顔で、脚を大きく開いて、似つかわしくない長大さを誇る自らの性器に指を添えて見せる青年。
けだるげにうつ伏せた少年の、丸みを帯びた尻と滑らかな背中が描く優美な曲線。
こちら側に向けた尻を高く掲げて、小さな窄まりも含めた秘所を全て曝け出して、振り向く横顔。
それらは時に、顔が写らないように手で隠したり、撮影者から背けていたり、首から下だけを写していたりもした。
さらに、壁の一角には、クローズアップした性器や肛門だけの写真のコーナーもある。]
[それら壁面を覆い尽くす写真の全てが、見るもののエロティックな夢想を掻き立てるためだけに飾られていた。
これは彼、アーヴァインの、故郷ヘイヴンでは決して叶えることの出来ない性夢のコレクションなのだ。]
[アーヴァインは、見入ったように写真の群の前に無言で立ち尽くす若者の表情を窺った。怖れがアーヴァインの目に浮かんでいた。]
[だがその怖れは杞憂だったようだ。
アーヴァインに振り向いて破顔した若者は、「こういう写真が撮りたいのか?」と尋ねてきた。
虚を突かれると共に安堵したアーヴァインは、慌てて頷いた。
若者は、置かれた寝椅子の前に自分から立ち、丸めたレインコートを部屋の隅に投げると、カウボーイハットを被った。腰に手をあて、親しみの混じった淫猥な笑みをアーヴァインに向けた。
機材を用意するから、と言い置いて、急いで準備を始めた。
撮影が始まった。]
[若者はたった一人の観客を前に、ストリップティーズを始めた。
最初はシャツ、次はジーンズというように、一枚一枚脱ぎ捨てるたびに、恥じらいも躊躇いも無く扇情的なポーズを取る。腰をグラインドさせ、蠱惑的な微笑を向ける。
遂に身につけているものはカウボーイハットとブーツだけ、という状態になった。寝椅子に腰掛け、脚を大きく広げる。偉容を備えた雄のしるしが、黒っぽい茶の茂みのなかから完全に勃ち上がっている。それを片手で掴むと、軽く弄り始めた。
うっすらと開いた唇。切なげに細められた目。必要以上に誇張された快感の表情。
アーヴァインは息を呑んだ。もうこれ以上、シャッターを押し続けることなど出来よう筈も無かった。
カメラをテーブルに置き、ふらふらと長椅子に歩み寄った。若者の足下に跪き、震える手でその膝に手を乗せると、脚の間に顔を近付ける。てらてらと濡れて輝く性器の先端に、そっと口接けた。]
[若者は「これが欲しいのか?」と尋ねた。細められた瞳に在るのは、圧倒的な力を持ったものの優越感の嗤い。
アーヴァインは無言で頷いた。自らの性的志向を明らかにする行為は、この町では決してしないという、恐怖に裏打ちされた固い決意と自制心が完全に崩れてしまったのが、自分でも分かった。どの道もう、引き返せはしない。
若者はアーヴァインを擦り切れた絨毯を敷いた床の上に押し倒した。黙って口の端に歪んだ嗤いを浮かべ、その衣服を剥ぎ取った。
卑語を交えた侮蔑的な言葉の嵐と手荒い愛撫の末に、若者は彼の体内にその滾った欲望を捻じ込み、犯し始めた。
若者は、アーヴァインが常に夢想し続けた夢と同じように、いやそれ以上に完璧に彼の願望を満たした。]
今一度問ウ。
助ケテ欲シイカ?
助ケガ欲シケレバ叫べ。
オマエノ叫ビガ私ノ望ム強サデアレバ、オマエヲ助ケヨウ。
[その「声」は随分としっかりした、意味の分かるものに変わっていた。]
う…ウ……
[今は何時?
助けが来るの?
こんな姿で助けが来たら?
正常な思考の私なら、藁をも掴む思いで発していたに違いない。]
[だが、今の状況は全てが全て、否定するものであるのか?
いくら拒否しても、生まれ初めている内なる衝動は否定できないものなのか?
私はもう、進む道を見つけてしまったのか?]
タ…たすけ…て…
[私は小さく叫んだ。しかしそれはただ単純に最低限の叫びであり、メッセージ性は全く込められておらず、心の中に迷いが生じれば生じるほどそれは小さくなり、やがて消えていった。]
――酒場 アンゼリカ――
[息を切らして訪れた酒場のドアを、わたしはいつものようにノックはせず全力で開け放ち、中に居るローズへと張り上げるような声で呼びかけた。]
ローズ!ローズ!出てきて。大変なの!わたしの大切な物が…カードケースが…。
[よほど動揺していたのかも知れない。普段ならカードケース一つ如きにこれほど焦ったりはしない。最悪無くなってしまったら再発行してもらえばいい。理由なんてこの災害の大きさの前には全てひれ伏してしまう。咎められる理由なんて無い]
[しかしわたしは冷静さを失っていた。可愛い教え子の変わり果てた姿。嗚呼あれ程純潔を重んじ、好奇心や単なる欲望で身を穢してはならないと言い続けて来たのに。私の指導力不足?それとも――自身の内面が滲み出ていた結果…?]
あっ…ローズ…ごめんなさい、呼び出したりして…。あのね、わたしのカードケース…見なかったかしら?茶色の…これ位のサイズなんだけど…。
[少し気だるそうに、ため息を吐きながら顔を出したローズにわたしは、縋るような表情で指でケースの大きさを示し、問い掛けへと変えた。必要以上に表情を盗み見てしまったのは――…]
ロー…ズ…?
[わたしはローズの中に、何処か思い詰めたような、しかし明らかに何かに囚われている女特有の雰囲気を見出してしまい、胸が甘く痺れるような感覚に陥った。]
[咲き零れる花びらの先端から、とろりと零れる誘惑の吐息。自分の性を知りそれを逆手にとって艶麗に変える様は、きっと無意識の内にローズの中で行われている嬌態の一つだろう。世間体にも囚われない自由であるが為に得られた術。それは決して純潔など馬鹿らしいものを崇拝していては手に入れることなど出来ない。]
[わたしは教壇に立つ度。純真無垢な生徒達に潔癖と純潔の尊さを説く度、子孫繁栄に繋がる行為との矛盾した関係性に反吐が出そうになる。
「子供を作るには唇を重ね、胸を弄り、舌と指でお互いの性器を舐めあい興奮を高め、潤滑油となる体液を零しあいながら激しく体内を突き上げる事だ」と、真実を声高々に言えたなら。どれ程楽になれるだろうかと常に思う。そして教壇に立つわたしだって、男の性器を弄り、女の胸に舌を這わせて居るのだと言えたなら――]
[それに子供達だって本能で悟っているだろう。自分達がキャベツ畑の中凍死寸前で発見された事も、コウノトリによって脳内貧血を起しながら母の手に抱かれた覚えも無いことを。ましてや処女懐妊など夢のまた夢。
しかし、まれに疑う子も居るだろう。そんなことは嘘だと言い張る子も居るかも知れない。でもわたしは微笑を湛えて言い放ってあげるの。
「だったら何故お父様とお母様、男女が対になって夫婦として認められているの?」
「今度お父様とお母様の寝室を覗いてらっしゃいな?きっと薄っぺらなゴム風船が、しわくちゃの紙と共に見つかるのだから」と――]
う…ぅ…
…に…ぃ…さ……ん…
にい…さ…
[シーツを握り締める手は白く、血管が浮き出ていた。
額には酷い寝汗が浮かび、うわ言は途切れ途切れに。
巡る夢─
鞭を振るう父の恐ろしい形相
熱湯を浴びせた母のさげずんだ目
そして─]
何で…なん…で…
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