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[じぃ、と目の前にあるすがたをころんとした瞳が見る]
…?
[ことん、と首を捻ると、シャーリィへと近づいて]
…お姉さん、ニナと一緒ね。
…ここ、痛くない?
[小さな手が細い糸で縫い合わされた傷をなぞる]
[そろそろと幼い手のひらで幾度も幾度もなぞる]
…かわいそう…いたいね。くるしいね。
……かなしいね。
[ほつほつと言葉をつむいで。
ぽたぽたと涙を流して。
何度も何度も、少しでも痛くなくなるように]
─数時間後・酒場「アンゼリカ」─
[ギルバートは瞳を閉じて椅子の背凭れに身体を預けた。
目の前のカウンターテーブルの上には、広げられたヘイヴンの地図と、ペーパーウェイト代わりのジャック・ダニエルズの壜。
僅かの酒の残ったグラスと、何人分かの人名と住所が書かれたメモ。
傍らの灰皿に置かれた煙草は、殆ど口を付けられないまま、ジリジリと燃えながら紫煙を立ち昇らせている。]
[朝ここに戻ってきた時(>>5:88)、何故気配がするのにローズマリーの姿が見えなかったのか、その理由が分かった。彼女はあの部屋に居たのだ。
彼はまた、ローズマリーを殺した人物についてもある推理をしていた。
恐らくは警戒していたであろうローズマリーを油断させ、扉を開けさせた人物。ワインセラーまで無防備に導びかせることが可能だった人物。
その人物に対しては、ローズは全幅の信頼を置いていたのだ。
目立った抵抗の痕が無いことからもそれが窺える。彼女は殴られても居らず、刃物を持った相手に立ち向かったり、恐怖から逃れようとして出来た傷も無い。
恐らく刺されるまで、彼女はその人物が自分を襲うなど夢にも思わなかったに違いない。]
[一度はハーヴェイが自分への腹いせに…または血の欲求に負けて、ローズマリーを殺したかも知れないと思わなくもなかった。
けれど、それならば自分が彼の殺意を感知しない筈がなかった。]
[そして、先程の弾けた殺意と消えたノイズ。
あれは恐らくまたハーヴェイが誰かを殺めたことを示している。
ならば、彼ではない。]
[それに……ローズはハーヴェイに扉を開けただろうか?
先刻自分によって驚愕の推測を聞かされた矢先に?
よしんば開けたとしても、かなり警戒していた筈、自分からワインセラーに導くとは絶対に思えない。
……そう、これは……きっと彼女の仕業なのだ。
狂った忌み子の。]
[彼は既に荷物の整理を終え、いつでも旅立てるようにしていた。
その荷を失っても良いように、最低限のものだけは身につけた。元より、彼が生きていくのに必要なものなどあまりない。]
[ウィスキーの壜を押しのけて地図を折り畳み、メモと一緒に上着のポケットに入れた。
オイルで研ぎ直したナイフは、腰の後ろの定位置に。
最後にオイル引きのダスターコートを羽織り、カウンターテーブルの上の鍵を取った。]
[山の端を赤く染めて夕日が沈む。
その死にゆく陽光の最後の一矢が、断末魔の足掻きのように谷間の町に投げ掛けられ、燃え盛っていた空が徐々に夜の藍に染め変わっていく。]
[看板が「CLOSE」に変わっていることを確認し、酒場の扉に鍵を掛ける。
薄闇が落ち始めた道を、目的地に向かって歩き出す。場所は既に地図で確認している。]
[*──狩りの刻がまたはじまる。*]
あ…うぁっ!
[ネリーの動きを察してか、乱暴にベッドの所まで戻される。首周りが重くなった。どこかに繋がれたのだろうか。
どうすればいいのか解らず、正座してこうべを垂れていた。
誉められているのか貶されているのか、頭を撫でられる。
見る事はできないが、たぶん卑猥な目で眺めまわされているのだろう。
ナサニエルが立ち上がったと思うと、頭を前へ倒され、四つん這いの姿勢にされる。]
あ…う…
[犬という意味を理解しているのか、人としての言葉は極力出さなかったがつい言葉を漏らしてしまう。]
ダメ…だめ、こんなの駄目…いやなのに…
[下着を取り上げられ、お尻の穴を触られ、広げられる。
痛みに驚き、両手を抱きながら身体を捩ってしまう。徐々にお尻を突き上げる姿勢になってしまう。そしてネリーは無抵抗に尻尾…栓をされてしまう。さながら本当に犬のようだ。]
あ…ふ…ん…うぁ…罰――ご奉仕――?
きゃ、いた…!
[首輪を引っ張られ、姿勢を大きく崩す。
これから何をされるのだろう、とおののく。
ネリーはしまった、と思った。ナサニエルには知られていないが、彼女はノーマンによって歯をすべて失っており、義歯に頼っているのだ。ボブだって知らない事実だ。
ばれたらどんな仕打ちをされるのか――
ネリーはこれだけは*隠し通そうと思った*]
――自宅――
[それからわたしはどれ位の時間を掛けてグラスを傾けたのだろう?
空になったボトルに西日が当たるのをぼんやりと眺めながら、その影が長くなるのを確認して、時刻が昼から夕方へと移行したのを感じ取る。
短い、けど有意義な時間を経て――]
おやすみなさい、ローズ…よい夢を――
[彼女の心臓をすっかりぬるくなった氷水から引き上げ、冷凍庫へと仕舞う。一時的な安置場として。]
[そしてテーブルの上を綺麗に片付ける。何事も無かったかのように。濁った血の色をした水も、静かに排水溝へと流れていく。
そしてわたしとローズの一時は、この部屋から完全に消え去る。朽ちゆく肉体の腥い匂いも、それを消そうと振りかけた香水の匂いも全て。]
[わたしは感慨深げに部屋を見渡してから、着替えるべく別室へと向かった。
部屋に入るなりふと目に付いたフォトスタンド。そこにはわたしが以前お世話になった援助者の若き日の姿が、一枚のカードに納まっている。わたしがバートを頼りにこの町に来る際、彼の人の別れの時記念とお守りの意味合いを兼ねて頂いた一枚――
それがなぜか今になってふと、目に付いた。]
[写真には、援助者がまだ二十歳そこそこの頃の姿で笑顔を向けている。わたしが援助者とであった時、彼の人はもう五十に手が届きそうだった。なのでざっと見積もっても三十年前の写真と言えようか。
用紙はかなりぼろぼろになっていたが、それでも中に映る人の判別は容易に出来る代物に、わたしはまるで吸い寄せられるように視線を奪われる。]
『しかし何故今になって?』
[その疑問は、若き援助者の隣に佇む一人の男の姿を見ることで、すぐに明らかになる。]
あ…このひと…ギルバートって言う人に…似ているわね…。
[並んで映る見覚えのある姿。それは紛れも無くローズの惚れこんでいたギルバートその人だった。屈託の無い笑顔。自らの腰に回す手の仕草。それらが同一人物の物に思えてならない。]
でも…彼がこの写真の息子…ということもありえるわけで――
[ふと頭を掠めた仮説に有り得ないと答えを突きつけながらも、わたしの指は写真立て持ち上げる。そして裏返しにしてプレートを静かに外す。
確かそこには、名前が書いてあるはずだった。援助者の名前と…]
ギルバート・ブレイク…?
[わたしは自らの呟きに合わせて、そう古くない記憶を引きずり出し照らし合わせる。確かに彼はわたしにはそう名乗っていた。もしかすれば偽名かも知れない。だから彼の名前と、この写真に記載されている名前が一致したからといって、必ずしもこの人物と彼が同一人物だという証拠は無い。
無いけれど――]
何かが…引っ掛かるの…。何故…?彼の名前を口に舌途端――背筋がざわつくの?
[背筋を走る悪寒は、素早く全身に広がった。わたしは言われも無い寒気に、急いで服を着込み自分自身の身体を抱きしめた。得も言われぬ恐怖が全身に襲ってくる。
本能が危険を察知したように――]
そんな…三十年も同じ姿を保てるなんて…有り得るの?それともこれはよく似た…別の人…?
[別の人だったら、何故私は今恐怖に怯えているのだろうか…。本能が何故ざわめき出すのだろうか?
様々な疑問が次々と浮かぶ。そして飽和しきった脳が出した答えとは――]
でももし…彼が化物と呼ばれる類の生き物だったら…?
[有り得ない…
とは言い切れなかった。それは幼い頃に信仰した宗教観が深く根付いて居るからかもしれない。でも、世の中には時に説明のつかない物が起きる。それは悪魔の仕業だったり吸血鬼だったり、説明のつかない化物だったり様々だ。
だから人々は神を信仰する。目に見えない恐れから逃げ出す為に――]
[わたしはそれ以降余計な物を考えることを止め、無言のまま写真を元通りにし、腕に包帯を巻いてチェストからあるものを取り出す。]
ねぇ、化物って聖水は…苦手なのかしらね?
[小さな飾り瓶に揺蕩う透明な液体を振りかざし、わたしは微笑む。気休めかも知れない。でも、これは今のわたしの…お守り――
その瓶の蓋をゆっくりと開け放ち。わたしは自らの身体に数滴振り掛ける。柔らかい香りがふわりとあたり一面に広がった。]
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