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ぅぐぁああぁあ!!!
[武器を握る腕を捉えた人狼は、あたかもその圧倒的優位を誇示するかのように、ゆっくりと私の手を握りつぶしてゆく。
劇烈な痛みは正気を奪いそうになる。私は拡散しそうになる意識を辛うじて繋ぎとめ、渾身の蹴りを胸部に見舞った。
彼の体が離れ、私は地面を転がりながら飛び退る]
―ナサニエル自宅・脇―
[その時、天上から響く音曲のように、愛する娘の凛とした聲が闇を震わせた。]
――ろ…てぃ……?
[私は既に冥界へと足を踏み入れた後なのだろうか。一瞬、今という現実を見失いそうになる]
[転がるヒューバートを見下ろし、クスクスと嗤いかける。
獣は地に這い蹲る獲物に静かに問うた。]
もう一度訊こう。生きたいか──それとも、
[その時、突然横合いから少女の声が響いた。]
ああ……
ロティ――
[暗冥の深淵の中より浮かび出ずるのは、瞳に黄金の豊饒を湛えたシャーロットの姿だった。
私は、死を告げる天使を向かえるように、その姿に跪く。]
[ギルバートの言葉に、自失した表情が向けられた]
――ギルバート……
これはどういうこと……だ……
[まるで、彼が答えを知ってでもいるかのように]
[シャーロットは、何度も瞬きをして立ち尽くす。
腕をもがれたヒューバートが地を転がる。
──得物を狙う金色の瞳。
一体、目の前で何が起きているのか理解出来ない。
永遠のような一瞬が流れ、シャーロットは電流にうたれたように身体を震わせると、ギルバートとヒューバートへ駆け寄った。]
ロティ……
[掠れた声でその名を口にする。
闇の中から現れた彼女は、幻なのか――
肘から先を喪った右腕と、手指の骨を砕かれ力を失った左腕を、彼女を抱きしめるようとするかのように掲げ上げる。]
[口唇を僅かに震わし無表情で、倒れ伏したヒューバートを見つめる。──ああ、腕が。彫刻家の、何度も自分に触れた愛しい父の腕が。ジリと足元の砂利を踏みしめる。
シャーロットは、ギルバートの『声』に弾かれたように反応し、瞳孔の開いた瞳のまま、ギルバートを見つめ返した。一体、何を聞くのかと言うように。]
シャーロット・バンクロフト
…パパの娘よ。
“シャーロット・バンクロフト”
[その名は、今は厳かな響きを帯びて瞭然と私の耳に届いた]
ああ……
[忝涙が滂沱のように双眸から零れ落ちる]
ロティ――
『──なるほど。お前がでは、ヒューバートの愛娘か。
はじめまして、シャーロット。』
[莞爾と微笑み、獣は優雅に身を屈め、古風な挨拶をした。]
[それは「聴く耳」を持たない者から見たら、ただの滑稽なパントマイムのようにしか見えなかっただろう。]
[囁きのようなくぐもった音が頭蓋を擽った気がしたが、それは明瞭な響きとして意識されない。
シャーロットに典雅な為草で挨拶をするギルバートをどこか茫洋とした表情で見つめていた]
[ギルバートのしなやかで大仰な身振りに、片眉を持ち上げ、]
どういたしまして『ギルバート』
[彼には聞かねばならない事が山ほど有る。
けれども、今はそれどころでは無い。睫毛を伏せて、無惨な姿となったヒューバートの腕へ視線を戻す。心臓がギリギリと痛んだ。そのまま、シャーロットは涙を流したまま茫洋とした表情を浮かべる父の傍にしゃがみ込んだ。]
『ようこそ、新たな同族よ。お前の覚醒と生誕を寿ごう。』
[それは、漸く得心のいく作品を作り上げた歓びの微笑に似てはいなかったか。]
[覚醒と生誕と言う言葉に、大きく眉を顰めた。
鮮血がしゃがみ込んだシャーロットの顔に飛んで来る。失われゆく生命を、心臓が苦しくなるほど実感するのは、すでに自分が人狼だからに他ならない。]
……パパ。
死なないで。
[傷口には触れないように、ヒューバートの首に腕を回し壊れ物を扱うように抱きしめた。]
ロティ……
[シャーロットを抱きしめる。
その柔らかな感触は確かに私の中の真実そのものだった]
ギルバート……
愛する人が居る者の答えは常に――
ただ、家に……
……かえ……り……たい…………
[馥郁とした芳香に夢幻と誘われながら……
――私の意識は*落ちていった*]
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