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―雑貨屋前―
結局戻ってきてしまったわね。ウェンディは元気かしら。
[ネリーはとうとうと歩き、雑貨屋が遙か彼方に目にところまで進んだ。]
[振るえる手でダイヤルを回す。
ややして聞こえてくるナサニエルの声に、僅かに安堵の息がこぼれて、そして受話器でぎりぎりひろえる程度の声量で電話の向こうの相手へと]
…ニーナ、です。
あの…今晩、お伺いして、よろしいですか。
助けて、ほしいんです。
…お願い。
お願い、助けて兄さん──
[泣きそうに震える声は、既に現実と空想の区別があいまいになっていて、縋るように相手へと発される]
――居間→雑貨店――
『……ルーサーは。悪人ではないんだろう。でも、な……』
[むしろ世間一般の基準で言えばむしろ善人に入る部類なんだろう。それでも、僕はどうしても純朴な信頼を向けるような気にはなれないでいた]
『無償の善意と、その価値を信じている人物。どうにも僕とは違いすぎる。もしかしたらその差異は、この“村”の成り立ちそのものにまで遡るのかもしれない……』
[とりとめのない思考で目前の憂鬱を脇にやり、カウンターに置かれていた注文書を手に取った]
今晩……
[手帳をめくり、ざっとスケジュールを確認する。]
オーケー、了解。
俺の家に来たら、いつもどおり呼び鈴を鳴らしてくれ。
……では、また後ほど。
[ニーナの言葉に淡々と応えた男は、用件を済ませ電話を切った。]
──アンゼリカ前──
[ザァァァァ───。
雨は絶え間なく続き、傘を打つ雨音はうるさい程に響く。]
──。
[OPENの札が掲げられた扉の前でソフィーは迷っていた。]
―昨晩 夜道―
[激しく雨がフロントガラスに打ちつけ、視界がやけに狭い。]
……
[聞こえるのは雨音だけ。]
……
[まるで彼の心を映し出すかのような情景]
[急いで来たはいいが、中に入るには矢張り勇気を必要とする。
昨日の今日で、どんな顔をして会えばいいのだろうか。
きっとローズマリーは自分が居た事に気付いている。
いい年をして気にしすぎだとも思うが、晩熟なソフィーにとって情事は秘め事であるべきと考えていたから、こちらに聞かせるかのように声を張り上げていたローズが、自分をからかっていたのではないかと言う妄想まで浮かんで来る始末だった。」
──アンゼリカ横・ヒューバートの車の中──
(ハーヴェイ到着前)
[ローズマリーに食事を頼んで来ると言って、アンゼリカの中へヒューバートが入って行った後、シャーロットは車の中で窓の外の景色を見ていた。]
…なんだか、雨足が強くなって来たみたい。
ママは、大丈夫なのかしら。
雨漏りを見つけて、急遽、修理の人の作業を見届けるまで戻れないなんて。それじゃあ、徹夜だったんじゃないの。
その後、この雨の中、工場から車で帰って来るってなんだか怖いわ。
地面だって、また緩くなってる気がするし。
──あら、車。
…誰だろう。暗くて見えないわ。
んん、よく見えない。
…細いなァ。
もしかして、こっちに戻って来てるハーヴ?
ハーヴのとこの車ってあんなのだっけ。
[声をかける間も無く、ハーヴェイもアンゼリカへと入って行く。扉の隙間から灯りが漏れた。]
[こくりと、電話の向こうの相手にはわからないのに小さく頷き、向こうで受話器が下ろされるのを確認してからこちらも受話器を下ろす。
そこではじめてリックの視線がこちらへと向いていることに気がつき、ひとつ瞬きをすればいつもどおりのニーナのあまり穏やかとはいえそうにない常の顔があり]
…私、これからちょっと出かけてくるから。
遅くなると思うから、先に休んでて?
[従弟妹達には少しだけ見せる柔らかい表情で、雨用の外套を羽織ると傘を手に外へと]
――雑貨屋――
『声……電話? ウェンディはニーナの事を言ってたのか。けど、ニーナの兄さんはもう……』
[伯父伯母の夫妻と一緒に事故で亡くなったのは五年程前だった。ニーナがちょうど、今のウェンディと同じくらいの頃。訃報を聞いて駆けつけた時には彼女は一人ぼっちで泣いていたと思い出す]
…………ニーナ。
―昨晩 自宅前―
[車がルーサーの邸宅にたどり着いたとき、玄関の扉の前に人影が]
あれは……
[雨で前がよく見えず、「それ」が誰か判らない。
車をガレージに停めて、警戒しながらゆっくりと人影のほう近づくと……]
ステラ! ステラじゃないか!!
どうしたんだ、こんなところで。
[彼女の意識を確かめる。]
[男はシャワーを浴び、クローゼットから服を引っ張り出し、身支度を整える。
白いワイシャツ、グレーがかった黒い細身のパンツ。黒いネクタイを絞め、小さな引き出しから銀色の腕時計を取り出して、はめる。服を着込むと男は鏡台に向かい、無香料のヘアワックスを手にして毛先を緩やかに整えた。]
[そして煙草を欲していた身体に、メンソールが強烈ないつもの煙草ではなく、甘いチェリーの香りがするリトルシガーの煙を流し込む。まるで自分の身体に染み込ませるように。]
雨……か。
[曇ったガラスに指先をそっと滑らせ、窓の向こう側の景色を眺めた。]
……はぁ。
[再びの溜息。
ぐるぐると思考が同じ所を回り続ける。
そうしているうちにいつも時間ばかりが過ぎる。
自分の悪い癖だ。]
……こんにちは。
[思い切って扉を開け、傘を閉じながら中へ進んだ。]
[ローズマリーは店の戸口に誰かの気配を感じた]
…誰かいるのかしら…?
[ローズマリーは店の扉を内側からノックしてみた]
[遠退く意識の端で、わたしは男の人の声を聴いたような気がした。
聞き覚えのある声。手を伸ばしたのは無意識だろうか]
あ…せんせ…ぃ…やっと…帰ってきたんです…ね…
――雑貨屋前――
[まだ雨脚の強い中、出て行くニーナを見送ろうと後について店先に出た。突風が雨粒を叩き付けてくる]
ニーナ。
気をつけて。
[それだけ言って後ろ姿を見つめた。店内に戻ろうとして、反対側からやってくる徒歩の姿に気づいた]
[扉をでようとしたところで自分の名前を呼ぶリックの声に少し足を止め]
…何?どうか、した?
[少し首をかしげるも、時折ちらりと扉の外を見やるのは彼女にしては珍しく気がせいているからで]
…ああ。
ハーヴなら会いたいわ。
でも、さすがに私は未成年だもの。
酒場まで追い掛けて入るわけには…。
[ライトが道筋に光ってみえ、丸っこいフォルムの小さな車がもう一台店に近付いて来る。ハーヴェイを見逃したのが悔しかったのか、今度はシャーロットは窓をあけて、雨の中、身を乗り出した。
ライトに浮かび上がる、向かって来るの車の運転席には──、]
……カウボーイ?
[ヘンな帽子、と呟きかけ。
運転席の男、と目が合った気がして、シャーロットはとっさに車内に身を引っ込め、頭を低くした。]
きゃ!
[気をつけて、という言葉に瞳を細め小さくうなずき]
ええ、ありがとう。
鍵は持って出るから、戸締りよろしくね。
[いってきます、と扉を閉める。
小さく息をつくと、傘など邪魔だと、この雨では意味がないばかりに扉の脇に立てかけ、そして雨の中を最初は急ぎ足で、しかししばらくしないうちに駆け出して。
雨で人の姿がないことが幸いというべきか、人通りの普段から少ない道を通ったが人とすれ違うことなくナサニエルの自宅へと到着したころには全身濡れ鼠、それでもかまわず呼び鈴を押して]
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