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あァァァァァァ……ああ…。
[言われるがままに、右手をどかそうとする。]
うッ……。
[刺さるような光。痛みすら感じてくる。
歯を食いしばって、言われた通りにする。]
―事故現場―
[町の惨状は目を覆うものだった。土砂崩れは大通りを分断し、家々は泥土に呑み込まれていた。町の中心部にたどり着くことはほとんど無理だった。道を探しながら現場へ向かう。道路は各所で分断され、山の各所には崩落が見られた。]
ここか……?
[やがて、アーヴァインの言葉から類推してたどり着いた現場だったが、件の車は容易には見つからない。彼がその場所に居た時から更に地滑りが生じたのだろう。森林が大きく崩れ、波打つ泥土から木の幹が出鱈目な方向に突き出ていた。
探し求める眼差しがやがて、土の混沌の中に一片の人工色を見いだしていた。エリザが普段乗っている自家用車の屋根が纔かに覗いていた。
掘り起こせないものかと慌てて駈け寄ろうとした長靴が泥濘にとられる。水分を多く含んだ土砂は沼のように柔らかく、ズブズブと沈み込む。ズズ……と不気味な震えが土壌を伝って感じられた。
私は冷や汗を流しながら、ゆっくりと足を引き抜き後ずさった。]
[地滑りがあったばかりの斜面はまだ酷く不安定だった。土砂はゆったりとした流れで少しずつ屋根の痕跡を呑み込んでゆき、やがて完全に土中に呑み込まれた。
私は、遺体の収容を断念した。
先程まで降り続いていた雨が気がつけば小雨となり、晴れ間が覗いていたのはささやかな救いだったことだろう。私の心が晴れる気配は一向になかったが。]
──ハーヴェイの車・車内──
[現場までの短い道のり。
シャーロットにはハーヴェイに聞きたい事が浮かんでいた。ただ、それを言葉にしていいのかは躊躇われた。
「お兄さんが亡くなった時、どうやってその死を受け入れられたの…?」
ヘイヴン特有の葬儀の簡潔さ、一旦安置所へ運んでしばらく間を置いてから埋葬する習慣からだろうか。シャーロットには「死」が永遠の別れではなく、一時的な分断にしか思えないような気がしていた。けれども同時にヘイヴン外との共通の「死」への認識、死者とは永遠に会えないと言う常識も持ち合わせいた。ママとはまた会えるのでは無いか、同時に両親とも永遠に会えないのでは無いか。
──母の実用性重視としか思えない手帳を胸に抱き締める。
もうひとつはこんな時に……。
「さっき、どうしてキスをしてくれたの?」]
[と聞きたかった。ハーヴェイは出会った頃は、ヒューバートと握手するのにも緊張するようなシャーロットから見てシャイなところがある人物だった。打ち解けるに付け距離は近付いたが、それでもむやみに他人のテリトリーに踏み込まない、優しさと遠慮(と言うのは適切でないのかもしれないが、シャーロットにとって好感の持てる距離感)をハーヴェイは保っているように、思っていたのだ。
「ボーイフレンド」と言う単語が頭に浮かび、「まさか」それを打ち消した。
そして、やはり現場にはやく到着したかった。母の死よりも父の死の方が自分にとってはおそろしいのではないか──。]
[目の前で繰り広げられる光景。それはわたしには知らない行為でもあり、与えられ慣れた行為でもあった。
しかし町中では知らない行為で通さなければならない葛藤に]
――駄目よ…これ以上見たら…あの子が目を覚ましちゃう…。uxuriaが…目を……
[歯止めを掛けようとするけれど。それを上回る好奇はなかなか視線を逸らそうとはしてくれない]
そんな事…あなたがしていいと思ってるの?
>>250
[『関係ないわ』か『知らないわ』のどちらを発しようか悩み、咄嗟に『知らない』と答えたネリー。しかしそれはどちらを選んでも、この状況を脱するには至らなかっただろうか。
ネリーは何も答えられなくなった。
両目が淡く濡れている、と一瞬感じた。それだけ力が緩んでしまった。その隙を狙われネリーの両腕は一纏めにされる。]
[言いたいはずの言葉を紡ぐ事が出来ず、ただ真面目な道案内と少しマシになった天気の話だけをした。
道の向う側に、停車しているアルファロメオが見える。]
──パパ、じゃない、みたい。
ハーヴ、良かった。
[胸をなで下ろす。
停車している車の傍に、人影が……──]
[よほどサングラスが無いのが辛いのだろう、彼の普段の態度を知っていたから余計に哀れに見えて、意地悪をしてやろうという気すら起きず。
右の手で器用にフレームを開けるとそのまま、彼の視界を覆うようにサングラスを彼にかけてやるだろうか]
…随分難儀な瞳をお持ちのようだけど。
気分はいかが、ミスター?
[とりあえずサングラスをかけることに成功した左手をぱしゃりと雨黙りの中に落としてからボブに問いかける]
[何処まで歩いた時のことだろうか。男は歩く力を失い、地面に倒れ込む。]
何処にいやがる役立たずのクソ医者ァ!!
テメェが医者だってンなら、俺のこの頭痛を治してみせやがれ!!
[自業自得の頭痛を引摺り歩くのに飽きたのか、或いは疲れ果てたのか――朦朧とした意識を抱えた男は、地面に寝転んだまま動けずにいる。]
[彼を苦しめた光が、日食のように遮られていく。
目を開くと、そこにはニーナの姿。]
……ハァハァ…最高にグッドだよ。
すまないねえ……。ありがとう。本当に。
[素直に。極めて素直に、礼を言う。
同時に車内から、ボブの愛犬が飛び出していく。
聖書の巨人の英語名だというが、まったく意識せず
ただかっこいいからというだけで名付けた犬が。
向かう先は、こちらに近づいてくるであろう車。]
ゴライアス!?
[―エリザの訃報を聞いてふとユーインのことが頭をよぎる―
正直、兄の死などどうでもいいことだった。
なぜなら彼は…極めて厳密に言えば自殺ではなく、他殺だったのだから。
殺したいから死んでもらった、といった方が正しいか。
兄の死、それを望んだのは、ほかならぬ自分だった。
しかし受け入れたのは兄自身。
弟と一つの約束を交わし、彼は死んだのだ]
[そういえば、シャーロットはどうしているだろう。
両親に似て聡明で素直なシャーロットは、兄弟のいないソフィーにとって妹のような存在だったし、美しい彼女に似合うドレスを考えるのはソフィーの愉しみの一つでもあった。
今年の誕生日には、彼女の深い群青の髪に映える黒いサテンのロングドレスと、同色のシフォンのスカーフをプレゼントしたりもした。
歳の割に少し大人っぽ過ぎるデザインではあったが、すらりと伸びた手足を持つシャーロットになら似合うと思われた。]
雨が上がったら、一度皆の様子を見て回りたい──。
[ぽつりと呟くように言った時、誰かが2階から降りて来た。
慌ててバスローブをかき合わせて俯くソフィーの横を、その男は会釈しながら通り過ぎていったようだった。]
そんな…してもいい事と悪い事があるでしょうっ。子供なら誰でも聞かされるでしょう?お父さ…
あうっ!
[ネリーはうつ伏せに組み伏せられ、後ろ手になった両手に手錠がかけられる。5年前、手首が鬱血しそうになって泣き零した記憶が蘇る。
周囲の状況を心配することはとてもできない。]
[耳朶に息が掛かるくらいの距離で、ネリーに囁きかける。彼女の髪は清潔で可憐な印象の匂いがして、僕は喉の渇きを覚えた]
ネリー。隠してる事柄っていうのは、暴かれるためにあるんだよ。正体を見せてみろよ、そんな風に何も知らないような表情してないでさ。
[床に倒した彼女の背中。衣服の釦を外そうと、手を掛けた]
…そう、それなら結構。
[ナサニエルとの行為の後、ただでさえ気だるい体を雨は濡らした威力を奪っていて、もはやボブに覆いかぶさられていることすら体力の低下へとつながり]
…とりあえず、私の上から退い──?
[言いかけた言葉がボブが犬の名前を読んだ声にさえぎられ、その犬のほうへと視線が奪われる。
一匹の犬と、それから向こうに見える──車]
[シャロの案内により到着した場所はカーブの道でアルファロメオが止まっている。
事故の割にはそう大層な気配もなく、2人程の人がその場に何かしているようだった。
とにかく、シャーロットがヒューバートではないと確認し、言葉を発した後、自身も安堵したようにため息をつく]
先生じゃ…なかったね、よかっ…うわっ!
[突然目の前につっこんでくる犬に、減速はしていたけれども急ブレーキをかける。
とっさにシャロをかばう様に手を伸ばし]
シャロ!
[見慣れた店内で行われる、見慣れた人物の見慣れない素顔。
しかし行為はわたしの煽情をなぞるには充分過ぎて…]
――あ…だめっ…こんな所で…思い出すなんて…――
[わたしは先の契約を思い出し、思わず躰が震えた。
無意識の内に滑り落ちる手は乳房と太腿へ。緩やかに動く指先の感触に一瞬意識が遠退きそうになるが――]
っ―…駄目よ、ステラ。こんな所他の人に見られたら…駄目…
[何とか戻った理性に叱咤され。わたしは二人に気付かれないようにそっと雑貨屋を後にする。
しかし私は気付かない。立ち去る際にわたしがその場に居たという動かぬ証拠を、落として行っていたということに――]
ゴ、ゴライァァァァァァァス!!!!
[天国から地獄とは、まさにこのこと。
もしや愛犬が、車に跳ね飛ばされてしまうかもしれない。
父が、わが子を呼ぶような響きで、叫び声をあげる。]
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