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「…いいわ、譲ってあげる。こっちよ…」
[何処かまだ俯き加減のローズに案内されるまま、わたしは昨夜案内された地下へと再び足を進める。薄暗い階段、湿った空気。昨日と何も変わらない場所。違うのは持ち合わせた気持ちだけ]
――アンゼリカ 地下――
「ここにあるのだったら好きなのを持って行って良いわよ…」
[何処か疲れきった様子でローズはワイン棚を指差す。位置はわたしの斜め前。当然後ろの様子なんて気にしていなくて…]
[わたしはチャンスとばかりにほくそ笑む]
[頭を少し傾け、少しの間を作る。
金の瞳は漂う紫煙の向こうに煌いている。]
──どう話したら良いのか。
めんどくさいんで、ズバリ結論から言うと、俺は人間じゃあない。
「黒ウシよりおっかないのは影のないおとこだよ。
気をおつけ。
さかさまのあべこべ。おまえのかがみ。
カゲをぬすまれないようにねぇ……」
[祖母の言葉は相変わらず意味がよくわからなかった。私は顔をしかめ、読み解くことを放棄した]
ねぇ、ローズ…良かったら――
[わたしはローズの肩越しにワインを選ぶ素振りをして彼女に近付き]
あなたが一本選んでくださらなぁい?
[持参した籠からナイフを取り出し、彼女の脇腹へと突き刺した]
──バンクロフト邸・食堂──
[捜索の為、ハイネックの白いニットキャミソールに細身のジーンズを合わせただけという動きやすさ重視の格好のまま、ヒューバートと共に食卓に囲んでいた。]
ついでに言えば、アンタは俺の同族の血を引いてる。
アンタの持ってるその…幻視の力?は、その先祖の力を受け継いだもんだな。
部分的に、だけどな。
[煙草を指の間に手挟み、軽く振って見せた。]
―母屋・食堂―
[私は向かいのソフィーに微笑みかけた。]
すまないね。グランマは時々、意味のわからないことを言うんだ。
[そう言ったそばにだ。
ソフィーの方を向いた祖母は、ソフィア、もっとお食べと微笑みかける。彼女の母の事故死という不幸の記憶に突如触れ、一瞬ドキリとしたが、祖母の子供のような表情を見ていると咎めようもなかった。
私は、呆れて溜息をついた]
[ディナーの前に松笠を振って祈る車椅子の紳士。
子供のように目を輝かせて歌を口遊む老婦人。
初めて招かれたバンクロフト家のディナー。
奇妙な光景だが、不思議と温かさを感じた。
或いはそれは懐かしさだったのかもしれないが。]
いいえ、愉快なお婆様ですね。
[パンで遊ぶ老婦人の姿に目を細め。]
[母の名で呼び掛けられれば一時ナイフを繰る手が止まるが]
…母を、ご存知なのですか?
[然程動じた様子もなく、柔らかな声音で話しかける。]
それで、俺のシゴトのひとつが、アンタみたいな同族の子孫のところを回って、その血を目覚めさせることだ。
さっき俺がそういう力を持ってると話したな?
俺がこの町に来た理由がそれだ。
先祖の………力。
血を、目覚めさせる……
いったい、何のために……?
[揺れる紫煙を、ぼんやりと瞳孔を開いて見つめている。]
………いや。
目覚めさせる「血」とは……何だ?
[非力な女の腕で、簡単にローズを殺せるとは思っては居なかった。だからわたしは気休めにでもとナイフに煙草を煮出した液体を予め塗布しておいた。ニコチンは毒性が強いと教えてくれたのは、さぁ誰だったか…。]
「ス…テ…ラ?」
[驚いたように目を見開きながら振り返るローズの足を払い、彼女の体を床に倒す。傾き掛けた身体から素早くナイフを抜き取り馬乗りになると、再びわたしは彼女の首許へとナイフを宛て――]
ごめんなさいね。わたし、躰を許した相手の裏切りは…どうしても許せない性質なの。だから、ギルバートさんに抱かれる夢は、天国で見て頂戴?
それとも…これからは男は捨ててわたしだけ愛してくれるって誓ってくれる?
[くすり くすり――]
[笑みが自然と零れる。わたしはローズの怯えと懇願で歪む表情を味わい深く見下ろしていた。さぁ、あなたから命乞いの言葉は聞けるのかしら?]
「あ…ステラ…おねがい…助けて…?わたし達…昨日はあんなに…」
[刺された痛みかそれとも僅かに流し込んだ異物の苦しみか。綺麗なローズの顔は今は醜く歪み、艶めいていた唇はすっかり青褪めてしまっている。]
ん…そうね。昨日わたし達はここでお互いを求め合った。でもわたし、あなたの口から聞いていないの。
「わたしを愛し続けるわ」って言う言葉を。
だから…ねぇ?誓って?その麗しの唇が…
[命乞いをするローズの手が、わたしの背中を撫ぜた。入墨に唇を寄せたときのように優しく。
でもそんな優しさ、今は欲しく無いの。]
事切れてしまう前に――
[わたしは彼女の最後の言葉を聞くその前に、首筋に当てたナイフを力いっぱい振り下ろした。
瞬間、鮮血は綺麗な飛沫になって周囲の壁を彩っていた。]
[日はもう少しで落ちる。道も明かりだけを頼りにするには心もとなくなっていた。危ないといわれた矢先にこんな一人歩きをしていてはまたヒューバートからお小言でも貰うだろう。まるで子供にいうように]
先生俺を何歳だと思ってるんだろうなぁ…。一応20歳過ぎてるんだけどどうしてあんな口煩いんだろ?
[彼の心配が実は嬉しいのかも知れないとはこの際認めない。
子供のように見られているのは少し悔しかったが]
…あれ?
[もう少しでバンクロフト邸。夜までに着いてよかった。
自宅についたような感じがしたのか、思わず鍵を取ろうと手をポケットに突っ込んでしまったが、手に何も触れない。
ナサニエルに向けて振るった自宅の鍵。それが見当たらなかった]
落としたかな?
[普段から人通りも少ない裏路地を来たが、もし誰かに鍵を拾われて万が一があっては困るしそも自分も家に帰れない。ヒューバート達に面倒をかけるわけにも行かずにため息を一つ]
探しにいくしかないか?
[折角ついたバンクロフト邸を目の前にしながら踵を返した]
ふむ。いい質問だ。そこが核心だからな。
[スッと目を細める。]
アンタが引いているのは人狼の血──アンタは人狼の子孫、
人狼の「血族」なのさ。
人狼の………「血族」。
[ギルバートの言葉を、反復することしかできずにいた。]
人…狼………?
何だ、それ……は……
お前は、いったい、何者だ?
そして、俺は……………
[思わず婦人へと訊くも、答える声はなく。
代わりにヒューバートが教えてくれた。
イアンとソフィアが何度かディナーに同席していた事。
娘を連れておいでと何度誘っても叶わなかった事、などを。]
そうだったんですか──。
[感慨深げに呟く。]
「君を招くのは骨が折れたが、漸く叶ったよ。」
[ヒューバートはそう言って片目を瞑ってみせた。]
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