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見習い看護婦 ニーナ に 1人が投票した
冒険家 ナサニエル に 3人が投票した
鍛冶屋 ゴードン に 5人が投票した
鍛冶屋 ゴードン は村人の手により処刑された……
次の日の朝、学生 メイ が無残な姿で発見された。
現在の生存者は、見習い看護婦 ニーナ、見習いメイド ネリー、書生 ハーヴェイ、冒険家 ナサニエル、医師 ヴィンセント、逃亡者 カミーラ、お尋ね者 クインジーの7名。
『今も何処かで、──最後の力を使わんと。
江原様は、影を封じるためにあたしの居る此のおぞましい世界の、すぐ近くまで来ているのやも。』
『近くにいるかもしれない。』
『そう思うと、胸が弾むあたしが居るんで。』
仁科さん、そう、あたしにだけお話というのは……
[言いかけた時であった。
来海が書斎の扉を勢いよく開け放ち、頑強な手に『勢州信伝』と呼ばれる刀を掴んで、斬り込んできた]
──ッ!
[思わず身を引いて、何とか一撃目をかわした。]
[闇雲に振り回している様子でもある。]
「死ね、死ねッ、死ねェ!!」
[その目は異様な輝きを宿し、狂乱の様相にも見える]
[夜桜の、白い着物の裾がズッパリと切れ、繊維が空中に散った]
[くもり一つない刀身が、横一文字にまた誰かに振るわれた]
―二階廊下
[諳んじられるほどに、愛唱していた漢詩の一文が漏れた。]
望月君。
翠さんをどうするつもりだ。
よもや、あの美しい膚を……
無骨な刃で裂くつもりではないだろうね。
ましてその首を――
[ポケットに手を突っ込んだまま、望月に近づいた時だった。]
[咄嗟に刃物を面に出し、斬り込まれた刀身を受け止めた。耳障りな刃物の悲鳴が鳴り、左肩の傷が痛んだ。じわりとした痛みであった。]
[夜桜は、ハっとしたような表情をして飛び退った。
追撃の為に、大上段から『勢州信伝』が斬り込まれた。]
[廊下に薄明かりに不吉な刃物の光が真横に。
夜桜と共に後ろに下がろうとした時──。]
──…っ!
[仁科の喉元ギリギリを掠る刃。直ぐ傍で刃物と刃物がぶつかる悲鳴の様な金属音。広がる新鮮あ血の匂い。
咄嗟に後ろに下がり、来海に向けて発砲する。]
[仁科が打ち抜いたのは、来海の耳だった。
出血の多い部位故、水風船が弾けた様に来海の血が飛び散った。痛みも当然ある。通常なら其処で人間は怯むであろうが、来海は苦痛の声をあげ乍らも止まる様子が無い。]
―二階廊下―
[見られる、という緊張で、きつく瞑目していた。そのために突進してきた来海に気づくのが一瞬遅れる]
……!
[闇雲な突進。腕に走る痛み]
何、が…?
[目を開き辺りを見回す。しかし、状況の理解に若干の時間がかかった]
来海さん!?
[書斎から躍り出た来海がギラリと光る刀身を振り回す。]
来海さん、よせ!!
夜桜さん!
[刃が触れた途端、夜桜の着物はそこに切れ目が元からあったように鮮やかに割けた。刀の銘など知るよしもなかったが、その切れ味は容易に察せられた。]
[顔をどす黒くして、怒りの形相で仁科を見る来海。
千切れた耳の痛みが闘争本能に油を注いだのだろうか。
ぽたんと絨毯の上に、孤島のように飛んだ肉──。]
[夜桜を斬ろうとした刀の軌道は変えられ、
来海は、仁科に標的を定めなおす。]
―二階/廊下―
あんたこそ、死にたいのか!
[夜桜に斬りつける来海に怒鳴りつけるように言った。
だが来海の様子は既に、まともに話を聞くだけの余裕がある様には見えない。
仁科が発砲するが、怯んだ様子さえなかった。
益々逆上して、闇雲に刀を振り回す。]
[とっさに、刀を抜くことでなく組みとめることを選んでしまったのは何故だったのか――]
ぐ、あっ!
[脚を斬りつけられて腕をつかまえ損ねる]
[高齢に差し掛かって居るとは言え、健常で剛胆と言っても良い男が刃物を振るい乍ら、自分へと向かって来る。
バランスを崩し倒れそうになり乍ら、仁科は全力を指先に込め、重い金属を起こした。]
──…来海…さま!
[パンッと言う乾いた音。
だが、弾丸はかすりもせず壁に穴を開けたのみ。]
『…駄目 か?』
[反動で後ろの壁に更にぶつかり、仁科は其のまま尻餅をつく形で壁際に転げた。]
―二階廊下―
[向こうから翠の声。はっと顔を上げた]
来るな。来ちゃ駄目だ。
[傷ついた脚で来海と翠の間となる方向へ割り込もうとする]
[雲井の体当たりを、その態勢から受け止めれる訳もなく、
来海は壁に叩きつけられるように吹っ飛ばされたが、片手に持つ刀を取り落とそうとはしない。それよりも、雲井に狂笑をあげ、翠との間に割り込もうとした望月へ向けて、またも刀を振るおうと───]
[来海と共に、壁へ突っ込む。]
頭を冷やせ!
[そのすぐ横に着弾した事に気づいても居ないのか、来海は狂った様に笑って、また望月に突進しようとする。
舌打ちして、太刀の柄に手をかけた。
抜刀すると同時に、上段に振り被って背後から切り伏せる。]
[床に倒れた来海の身体に圧し掛かかった。
太刀の切先を、まだ笑い声とも悲鳴ともつかない声を上げ続けている来海の喉下に突きつける。]
判っていないのか!!
そんな物を使っていいのはねえ。
殺される覚悟が、ある者だけ、なんだよ!!
駄目だ、殺してはいけないィ──。
だめ、だめ…だめ
ア。
[必死で念じた所為だろうか。
正に今、目の前の誰か(誰でも良い)に襲いかからんとした、屍鬼の仁科は二階の廊下から何処かへ飛んだ──。]
──???/???──
[仁科が飛んだのは当然屋敷内の何処かであろう。
其処に江原の姿が無い事を安堵したのもつかの間。]
──…微かに腐臭の 混じった
水
の 気配──…
──…だ ァれ?
[其れは夜桜では無い。]
[悲鳴は高く細い幼げな声と、何処か年齢にふさわしく無い艶を帯びた思春期のものの二つ。其の二つが赤黒い闇の中、混じり合い奇妙に反響しする。
仁科がドス黒く変色した長い爪で引き裂いたのが、どちらの少女の、何処の部位なのかも分からない。
肉は全て柔らかく、新鮮で、白く、甘美で、か細かった。]
[──…微かな水の匂いは、甘い血肉の匂いとは混じり合わない。]
『誰だ──』
[匂いが僅かに、仁科の意識を現実に呼び戻す。]
……ッ……
[血が噴出す音が廊下に響いた。
―――生かしておくだけ、無駄だよ。
そう、謂う声が]
―――あ、ぁ……。
[望月の服を掴んで。
ああ、それでも。
鎖された異界の扉は開かない――]
[漸く意識を取り戻した時、
仁科は、着衣のまま裂かれ、手足をバラバラに分断され、まだ熟れ切らぬ未発達な生殖器を全て喰われ、ぽっかりと赤い穴を露出したまま、倒れている二人の少女の残骸の傍に立っていた。]
[血溜りの中に立ち上がる。
ほとんど全身が、血に染まっていた。]
やれやれ。
着替えた途端に、これだ。
ああ。
こんな奴でも、屍鬼に成る可能性があるのかねえ。
どう見ても、屍鬼だった様には、見えないが……。
[面倒な、とでも謂う様に言った。]
──…此れは。
水の匂いは、さつき様。
此の透き通る様な髪は、杏……。
[二人の身体は、分断されたまま混じり合い、首を除いてどちらがどちらであるのか、もはや判別も付かない。]
[仁科は、足元のかつで少女であったモノを凝視する。
二人の手首が仲良く手を取り合ったまま転がっているのが、不可思議な物に見えた。]
―二階廊下
[雲井の太刀の一閃は一瞬のことだった。血を吹き上げる来海を呆然と見ている。血に濡れた刀を持ったまま、横たわる来海に屈み込んでいる雲井の表情は影に沈んでいた。]
「こんな奴でも、屍鬼に成る可能性があるのかねえ」
[そう言って、彼は立ち上がる。身動き一つすることのなくなった来海の体に私は近づいていった。]
来海さん、貴方……
……一体なんでこんなことをしでかしたんだ。
[彼のポケットから覗く、一葉の紙片があった。]
[仁科は頭を打ち、一瞬意識を失っていた様に思う。
──意識を取り戻し、目を開けて最初に飛び込んで来たのは大量の血。雲井がちょうど来海の背にトドメの一太刀を浴びせた所だった。]
……ア。
望月様、脚……!
[傷口を抑えようとして手を伸ばす。
夜桜が来海へと近づくのが見えた。]
……ぁ
[流れた血は既に翠の足元まで広がって、
彼岸の河がまた僅か水かさを増したように]
[混じり合う少女達の死体は、見る間に腐食しはじめ。
異界の地に飲み込まれ、何も見えなくなる。
仁科の口の中にだけ、肉の味が残っている…──。]
[首を落とした動作は、素人染みてはいないようではある。何処か馴れた部分もあるようだった。肩を上下させて息をつく。僅か飛んだ血が、白い着物に花のように散った。来海の首はころころと絨毯を転がり、翠や仁科へ目を向ける。]
[刻が重なり合う事が無かったのだろうか。
江原の気配は異界には無かった。
安堵と落胆と。
柔肉の味が口内に残っている暫しの間、満たされた心地で空を見上げる…──。]
[翠に向かって頼りなく頭を振った]
…それほど深手じゃない。
それより、悪かった。……守ると言っておきながら、俺は……。
[不意に気づく。
空はまだ、不可思議な色味のままだ]
[天には、眼球の裏に存在がこびり付き仁科を強迫して止まないあの赤い月。
其の月の傍を、翡翠色の鳥が一瞬だけ──横切った様に見えた。]
『…翠さん?』
―二階廊下・来海遺体そば
[そこには、今よりも随分若々しい来海洋右の姿があった。
彼の妻らしき女性を抱き寄せ、子供と寄り添うように佇む彼の表情には此処で見たような刺々しさや傲岸さの一片たりとも浮かんではいなかった。
ただ、幸福そうに柔和な笑みを浮かべる彼の姿に、私は絶句した。]
ああ……
貴方は此処から、ただ出たかったのか?
ただ……還りたかったんだろうか。
その場所に――
[彼の事をそれ程知ることのなかった私も、その中にある平安と安寧にただ一瞬思いを寄せ――手にとった小さな記憶は僅かに滲んだ。]
[何処か手慣れたとも見える動作で、夜桜が来海の首を落とす。転がって来た其の首と視線が合った。]
──…ヒッ。
[おぞましい、恐ろしい。
と咄嗟に感じる事が出来る言う事は、自分は未だ此処に居ると言う事でもある。]
いいえ、いいえ。
望月様は護ろうとしてくださいました。
[見上げて大丈夫、だというように頷いて、
転がる首に気付いて眼を遣る]
……ッ!!
[まだ光があるようにさえ見える眼。
来海が此方を見ている。
血の流れが彼岸へと繋がる。
対岸に咲き乱れる曼珠沙華]
――……来海様。
[その空はずっと黄昏のように紅い。
黒い、大柄な影が居る。
真っ直ぐに、立っていた。
遠くを見据える目、転がった首と重なる]
[その一瞬の平穏は瞬時に打ち砕かれた。
顔を上げると、夜桜が妖しく光る白刃を手に――]
『夜桜さん……や……め……』
[止めるいとまは僅かほどもなかった。無情にも、来海の首はゴロゴロと床を転がってゆく。]
………………。
[夜桜の背に向けられた眼差しは青白い光を帯びていた。高温で燃え盛る炎が温度を高める程に青く冷たく見えるように。]
―二階廊下―
[枚坂の言葉がじんと滲んだ]
還りたかった、か……。
[首を持ったまま、そのまぶたを撫でる。何度か撫でるうちに、どうにか閉じさせることに成功した]
ああ…。
[瞑目して頭を垂れた]
[夜桜が来海の首を落とす様子を、幾らか賞賛するように眺めていたが、彼女が振り返る前に視線を逸らした。
その先に、枚坂の手から滑り落ちた何かがある。
格闘の間に、胸ポケットからでも落ちたのだろうか。
今にも血に浸されそうな、写真。
それを眼にした瞬間、酢でも含んだ様な表情を浮かべた。
ほんの一瞬だったが。]
もはや……喪われたか――。
[自制するように、あるいは来海の冥福を祈るため、僅かな間目を閉じる。
「この方の首も、彼岸に」
[人である、と翠の言葉が耳に届いた。]
[雲井が視線を逸らす動作に、ふ…と微かに笑んだようだった。]
影を見らば、影が薄くならんとするでしょう。
望月さまが、望むままに──
あたしは影を見ましょう。
[後ろを向き、]
[元来た道を、また引き返そうと──]
[傷ついた身体で震えている]
駄目だ、見るな。
[異形の空を見て以来、一度も覗いたことのない水鏡]
夜桜さん、やめてくれ。
[己で頼んでおきながら、震えは止まらない]
[夜桜に続こうとし乍ら、ふと雲井を振り返る。
其処にどの様な感情が込められているのか、低く低く呟く様な声で、]
──…今、来海様を殺した事で。
望月様を水鏡で見てもらう間に、屍鬼が誰かを襲うと言う惨事に至らなくて済みそう…だ。
[「誰か」とは当然、異能を持つ江原を示して居る。]
──…行きましょう。
―二階廊下→階下
[黙祷の後、平静を取り戻した私は荒事に巻き込まれ、座り込んだままの仁科を起こすべく手を差し伸べた。]
美蘭さん、危ないところだった。
あまり慣れないことをするものではないよ。
[水盆へと向かう夜桜が目に入ったので、その場を後にすることにした。
夜桜から突きつけられた先程の言葉から、そこに居れば不都合であろうと判じたからだ。]
[水鏡に近づこうとする夜桜を追いかけ、捕まえようとする]
駄目だ。見るな。見てはいけない!
『映るであろうおぞましいものを』
『あるいは、映らぬであろうモノを』
──水鏡前──
[水鏡の縁に手をかけた──。]
[水面は周囲の景色を映しこんでいる。
その水鏡に向かって呪言を言いかけようとし──
後ろから望月に掴まえられた。
指が左肩にも食い込み、
痛みが走ったが、夜桜は顔に表さなかった。]
[言い乍らも、立ち上がるのに時間が時間が掛かった。
枚坂に差し出された手を素直に取り、漸く立ち上がる。
口の端を僅かに笑みの形に歪め、]
──…慣れる慣れないではないンで。
『アァ、枚坂先生。
美蘭と言う名は血文字でご覧になったんでしょうねえ。
大陸趣味気触れの名付けの者をあたしは好かないンで。美蘭と言う響きも大仰で女々しくていけない。
──…マァ、今となってはどうでも良い事だが。』
[離れて行く枚坂を不可思議そうに見つめたが、直ぐに水鏡の方へと向かう。]
ッ……!?
望月様!!
どうしたのですか、
やめて、おやめになってください……!
[振り払われても取り縋ろうとして。
その先に在ったのは水鏡。
覗き込むのは夜桜。]
……ッ!
見ないで、くれ。
[傷ついた脚は、もういうことを聞かない。膝が震え、がくり、と座り込んでしまった。
ただ、夜桜の裾に縋って、呟くだけ]
み……る………な…………。
[実際に留める力は、もはや微塵も残っていない]
──水鏡前──
アァ、望月様が恐れるのは……、
[仁科は望月の背に声を掛け様として途中で止めた。
僅かだが、一種、憎しみに似た表情を浮かべている。]
[幼い頃の望月の姿が現れる──]
[山田浅右衛門に憧れ、木刀を振るう日々。]
[──供養塔が見える]
[景色は転じた]
[今の望月の姿──]
[震える。慄く。怯える。恐がる。畏れる。]
『俺は、何者だ……?』
『生きながら悪鬼羅刹となり人を殺めた俺が、たとえ記憶になくとも、時の狭間でも屍の肉を食らったとて何の不思議がある』
俺は……。
―医療車輌前
いけない!
――急がなくてはならない。
[私は医療車輌の扉を開き、ストレッチャーを引き出した。
防水布でできた死体袋を携える。]
待っていてくれ。
すぐに私が――君は誰の手にも触れさせはしない。
―屋敷裏手・搬出入用昇降機
[ヴヴヴ……。重々しい振動と共に上昇する速度が今までに増して遅く感じられた。
手も白衣の袖も重く血を吸い、赤黒く染まっている。
二人分の肉体を詰め込んだ防水布の袋はぱんぱんに張り詰めて、ストレッチャーの上から零れ落ちそうになっていた。]
[何時の間にか、仁科の視点が俯瞰になっている。
水鏡の傍に立つ仁科自身を含め、状況を天井から見おろしている。
夜桜の覗き込む水面は静謐で有った。
直ぐに、異常の無い望月の姿が、夜桜の目に映るだろう。]
もちづき、さ、ま?
[崩れ落ちる、その後姿の背を撫ぜる。
――恐れている。
それの、意味するところは―――?]
……ぁ
[声が、震えた]
……。
望月さまは、
屍鬼ではありません。
[滔と、夜桜は水鏡から顔をあげ、告げた。]
[望月の顔が、水鏡に克明に映りこんでいた───。]
[仁科は暫くの間、半目で望月を見ていた。
夜桜が望月を振り返った事に気付き、望月への視線は冷たいものの、僅かに口元に笑みを浮かべる。]
望月さまは、人間です。
……。
「だったらほかに誰が……。」
[その言葉に、水鏡の中が揺らめく。]
あたしが、未だ見ていませんのは──仁科さんと、翠さん。
それに、江原さまです。
[静かに告げた]
―三階・廊下
[ガクン、と昇降機が止まるやいなや、ストレッチャーを押し出す。廊下を脇目もふらずただ駆け抜けていった。]
さつき君、父上と再会するためにここへやってきた君が――
君があんな……
[目にした惨状は、到底筆舌に尽くしがたいものだった。
白百合のように可憐に、時に黒水仙のように艶やかだった彼女。
その肉体は常に寄り添うようにつき従っていた杏と共に凶猛な嵐に巻き込まれたかのように引き裂かれ、悽愴たる姿へと変じていた。
折り重なり入り交じり一個の肉塊と変じていた二人は、どの部位がどちらであったのか容易に判断がつかない有様だった。
ただ、滑らかな輪郭を描くその面-おもて-だけが、愛を囁きあう恋人たちのように向かいあい、艶冶として笑みを湛えていたのである。]
[屍鬼ではない、と告げられて、何故か狼狽える望月。
そして仁科の言葉に、ますます唇の歪みが大きくなった。]
ほう。
何故だね? 仁科君。
江原君が屍鬼だ、と謂い出すのかな?
[手を回し、背中の後ろに居る翠を庇うようにして夜桜を見上げる]
彼女は、違う。……きっと。
[他に霊を見るものが現れなかったと言っても、そのものが語らずして死んだ可能性は無ではない。
けれど、信じたい]
翠さんは、違う。
―天賀谷自室
いいかい。
これから、手術を始める。
誰も、この部屋に入れてはいけない。
君たちも、この部屋には決して立ち入らないように。
[私は天賀谷の自室に駆け込むと、血走った目で女中に命を下した。
床を清めていた彼女たちを追い出すと、廊下と階下に通じる扉に鍵をかける。
扉の握り手に壁面に飾ってあった槍をかけ閂とすると、今は亡き天賀谷が横たわっていた寝台脇にストレッチャーを置き、死体袋を開けた。]
[そ、といたわるように望月を抱きしめる。]
……
[よかった。
その囁きは望月にしか届かなかったろう。
そんな事を思う自分は、酷い人間なのだろうか。
それでも、望月が屍鬼ではないと。
そう夜桜が謂ったこと。
翠には、嬉しかった。]
[両の目を見開いたまま、何故か満足そうに、]
──いいえ、雲井様。
江原様は屍鬼じゃあ有りません。
だからと言って、望月様が怯えてなさる様に。
翠さんが屍鬼でも有りはしない。
……屍鬼は、あたし。
此の仁科なのですよ。
……わたしと。
江原様と、仁科さん―――
[夜桜の言葉を繰り返す。
仁科が、見る必要は無い―――と、謂っている。]
仁科さん、それ、どういう―――
[庇うように手を回す望月の後ろで、
翠は仁科を見上げた。]
[望月と翠が労わり合っていた。
血飛沫が飛び散る凄惨な廊下の中、一種の清涼剤のようにも思えたが、この屋敷にはおらぬ他の人間から見ればアンバランスさに奇怪さを感じるものも居たやもしれない。]
江原様は寧ろ…──逆ですやねえ。
影封じの異能と言えば、あたしは知らなかったが夜桜さんは分かるンだろう。
江原様があたしの影をどうにかして封じてくださったお陰で、あたしは夜桜さんを殺さずに済んだンで。
―――ぇ?
[呆然と、息の様な声が漏れた。
仁科から、目が離せない。]
[笑顔が、いつもと余りに変わらなくて]
――う、そ。
―天賀谷自室
――足りない。
二人の命を取り戻すには、あまりに損傷が激しい。
嗚呼――
[絶望のあまり、思わずため息が漏れる。
防水布の袋を開き、遺体の状態を改めて確認すると肉体の再現はあまりに困難であることを知った。]
やむを得ないな。
――いや――
[その時浮かんだ展望はむしろ、啓示めいてさえいた。]
そうだ!
そうすればよかったんだ。
ああ、君たち二人は――ずっと一緒だよ。
[表情にはなんの迷いもなかった。
彼女の願い、そしてここに現れた現実。
それらは符号し、辿るべき道筋を明るく指し示していたのだから。]
[江原の顔を思い浮かべ、]
其の時以外も、何処かで独り、江原様自身の成すべき仕事をなさろうとなさっていたかもしれません。
[江原は死を覚悟していた。恐れながらも覚悟していた。
辞世の言葉でも何処かに刻んだかもしれない。
……想像する。
死に近い異能を持つ者に、死者は惹かれるのやもしれませんねえと呟くが、その言葉に感情は読み取り難く、仁科は瞬き1つしない。]
時間が無いとはそう言った事です。
あたしは、江原様も夜桜さんも。
そう、翠さんも──…。
[藤峰君も、と小さく付け加え]
喰らいたくは無いのです。
けれども、あたしは──…あたしを止められぬのですよ。
今、こうやって一見平静な様子で、言葉を紡ぐ事が出来ているのも、さつき様を喰らった余韻で、己を保っていられるからで。
[──仁科が言った其の時。
最初に遠くから使用人達の悲鳴。怯え慌て騒ぎ立てる声が、廊下まで響いて来た。反響がクワンクワンと五月蝿い程だ。]
天賀谷さん死んだとき、仁科さんは泣いていたじゃないか……。
[澄んでいると思った。それは望月の目の誤りだったのだろうか]
あれは、あの涙は一体?
[愕然とした面持ちで*呟いた*]
[騒ぎを詳しく聞けば、さつきと杏が屍鬼に殺され、どちらがどちらとも識別が付かない程の姿となって発見された言う話で有る。
枚坂が天賀谷の部屋で、二人の手術を始めたと言う。]
さつき、さま、
食べた……仁科、さん……
[騒ぎの声も遠く耳鳴りのようだ。
枚坂が処置を施さんとしている事など知る由もなかったが]
――……にしな、さ――
気遣ってくれて、
――いつも、
[いつも通りに見えるのに、どうして]
――どうして。
――にしなさん……
[問い掛ける、
問い掛ける。
見開いた眼から泪が零れそうだ。
なんてことはない、
そんな風にまた笑ってくれるのではないかと、願う。
それは、*幻想*]
―天賀谷自室
[損傷の少ない部位を選び、つなぎあわせてゆく。
さつきの右腕、杏の左腕、脚部は幸いにしてさつきのものが双方とも揃っていた。一部裂かれた部位を杏で補う。
骨の断たれた箇所を金属で繋ぎ、筋と神経、血管を微細な糸で縫いあわせていった。
時間経過によっていたませないよう、冷媒に包んでいた臓器をその器たる胴体に一つずつ叮嚀に納めてゆく。]
[仁科は使用人達の話す内容が、自身の話と一致している事を確認してから、翠に其の事を告げる。]
──…ね、彼等の言う通りでしょう。
あたしが殺して喰らったのです。
さつき様は杏と指先を繋いだまま…──。
[枚坂が手術を始めたと言う言葉には、眉を顰め]
──…もう、甦りやしません。
さつき様も杏も、黄泉から還り様も無い場所に居るンで。
[何事かを考える様に。]
旦那様の時と……同じか。
―天賀谷自室
心臓は――
ああ、心臓が……
[――足りなかった。二人の小さな心臓は裂かれ、その欠片しか見あたらなかったのである。]
……そうだね。
天賀谷さん。
貴方も屹度一緒に……
[父と娘の邂逅。それはこうして漸く成るのだ。
私は満足げに微笑むと、天賀谷の肉体に向かいなおる。
胸にそっとメスを差し込んだ。]
…夜桜さん。
あたしの願いは、あたしが貴女を殺す前に。
真に死者が行くべき処へ行く事です。
首を落とすなり、心の臓を貫くなり。
[仁科の貌は影に隠れ暗くなる。]
あたしの身体は、雲井様が碧子様をそうなさった様に、灰にすべきでしょう。さつき様も、杏も。
屍鬼を此の場に残すべきでは無い。
―天賀谷自室
[長い手術は漸く終わった。
二つの顔は秘密を囁きあうように、あるいは愛を囁くように、寄せ合っていた。その瞳は未だ開かない。
だが、時が満ちれば――
その両手にそっと天賀谷の首を抱かせ、私は立ち上がった。]
―天賀谷自室
[寝台脇の医療用ポンプは定期的な音を響かせている。いくつもの管を通じて、さつきと杏の肉体には透明な溶液が送り込まれていた。]
ここは厳粛な場所だ。
誰も彼らの眠りを妨げてはいけない。
[部屋から出て、女中に申しつけたその瞳はひどく昏かった。]
[夜桜の短い返事に、頭を下げて礼を言う。
──…仁科の視線は階上へ。]
(江原の事を含め)あたしに未練は多々有れど。
気掛りは1つで。
旦那様の遺体にした様に、さつき様や杏に手術をなさるのは間違いで。あたしが本当に死んだ後、身体の一片たりとも不死を望む様な者には渡してならないンで。
あたしより先に、或いは同時に。
──…どなたか。
枚坂先生を殺して戴けませんか。
[仁科は真剣な目でぐるりと*周囲を見渡す*。]
―天賀谷自室→書斎
[内階段から書斎に入ると、壁面にかけられた一枚の絵に目を向けた。
暗く重い雲が立ちこめた空の切れ目から僅かに光がのぞき、中央に描かれた島の上部の輪郭を浮かび上がらせている。
岩だらけの島の真ん中には死を象徴する糸杉が生い茂り、海は波立たず静かに広がる。
その島に向かう一艘の小舟の上に、白く布で覆われた棺と――
島に向けてうやうやしく頭を下げる白づくめの人物。
――ベックリンの『死の島』
いつか、天賀谷氏が「これは喪われた四枚目」であると自慢げな口ぶりで話をしていたその様が、思い出された。]
―書斎→天賀谷自室
[額を壁から外すと、天賀谷の居室に担いでゆく。
今は一つとなったさつきと杏の後ろ、扉を開ければ真っ先に見える壁面の中央にその絵を飾った。
それだけ済むと、天賀谷の部屋の錠をかけるよう女中に頼み、その場を後にした。]
―三階廊下→自室
[仁科の告白も、ましてや仁科が私を殺すよう嘆願していることなど、知るよしもなかった。
漸く私にしかなしえぬ事を行い得たのだ。
重い疲労が体を包んでいたが、心は満ち足りていた。
ゆっくりと自身に宛がわれた居室へと戻ってゆく。]
―三階・居室
[熱いシャワーが肉体に精気を呼び戻す。
あまりに多くの人が損なわれた。
生者も狂気に落ちてゆくように思えてならなかった。
荒ぶり、凶刃を振るった来海を思い出していた。]
来海さん、貴方も最後は取り憑かれてしまったんだな……。
なるべく早く、事態の収拾を図らなければ。
混乱と狂騒が、おもわぬ破壊をもたらしかねない。
―三階・居室
[部屋の壁には尚も血文字が躍り、じわじわと蠢いていた。]
“天賀谷さつき ――屍鬼殺害”
[その文字はさつきの施術後も変わらずそこに刻まれていた。]
――まだ、時は満ちていない。
蘇生には、今しばしの準備が必要だ。
[あるいは、異界に落ちたこの場所は現世とは異なった時の流れ方をしているのかもしれなかったが。]
[部屋に持ち込んだ小さなガスボンベで湯を沸かす。
碧色の透明な薄い玉-ぎょく-を、注意深く洗う。
玉は彫刻を施されていた。
複雑に刻まれた面が光を跳ね返しキラキラと光る。
消毒液のみの洗浄ではなく煮沸を行ったのは、むしろ迷信めいた清潔観の故だっただろう。]
これも迷信の類か。
あるいは――
[狂気の沙汰であろうか、とその言葉は*発せられることはなかった*。]
―江原自室/回想―
そろそろか…影と影の交わる刻。
[静かに目を閉じ、宿命の刻を待つ。]
………………。
[時間だけが過ぎる。]
手応えがない。当然だ。私が死ぬはず……だが。
[不思議。江原の思い描いた瞬間が訪れない。]
………ッ!?
枚坂さまを……。
[確かにアレは野放しのままには出来ぬであろう]
仁科さん、あなたは如何程まで保っておられますか。
[人を喰らうをとどめるは]
[ふと、見渡す視線を望月の上に視線を止め、>>119。]
望月様は。
屍は泣かぬとお思いなのですねえ。
…マァ、屍鬼の気持ちなぞ分からぬ方が、いっそ生者らしくて宜しいでしょ。
其のまま、現(うつつ)に帰りなさればいい。
あたしは屍鬼では無い、望月様が
妬ましくて。
妬ましくて。
妬ましくて。
──…此のドス黒い爪で其の目を抉り出して遣りたい程。
[現(うつつ)、と小さく呟き、]
アァ、でも。
──…やっぱり。
あたしを殺して戴くより、枚坂先生を殺して戴く方が先です。
あたしが先に逝き、此の屋敷が現世へと戻り。
先生様が、まんまと死体を手に入れて──逃亡なんて事もあり得る訳で。
先生様は立派な車をお持ちですからねえ。
残念ですけど、あたしは運転してカーチェイスなんぞして差し上げられませんし。
あたしは先生の死を確認してから逝きましょうや。
[三階に視線を向けていたが、夜桜の言葉に向き直り首を横に振る。]
異界と此の場との距離が近付けば、もう誰かが直ぐに[と言ってまた全員の顔を見渡す──。]お陀仏で。
果たして、何刻…保つやら。
[また三階に視線を戻し、]
此のまま、江原様にはお会いせず逝く方が…なンて、チラと考えたりしてみた物の。江原様にあたしの影を封じていただいている間に、枚坂先生を殺して戴くのが一番良いのやもしれませんァ。
『──…さすれば。』
『あたしが江原様を殺してしまうやも。』
『…アァ。』
[江原との間に何があったのかは、今此処で、誰にも告げる気は無い様だ。
内心を*仁科は表には表さない*。]
……嫌、
『だって一緒に笑っていたのに。
お酒を飲んで、酔っ払っても上手に運転する仁科さんが
優しい仁科さんが』
――逝くなんて、
[堪えきれなかった泪がまた落ちた。
どうしてこんなに弱いのかと、自分を責めながら。
首を横に振る。
仁科と夜桜の声が遠い。]
ごめんなさい―――
[仁科は喰らいたく無かったと謂った。
苦しいのだろう、と思った。
今命を絶つことこそ、彼女が望むことなのだろうか。
そんなことを思いながら枚坂の死を願う仁科の声を、*聞いていた。*]
―天賀谷自室
[溶液の注入が完了した。
さつきの体温を測定する。
0度近い溶液と周囲の冷媒によって、彼女の体温は7度程度を維持していた。
酸素ボンベを準備し、彼女の血液から血液型検査・抗体スクリーニング検査を行う。
彼女の血液型は――]
ああ……
[思わず天を仰いだ。
無論、あらゆる血液型の輸血用血液を、しかも人一人の命を満たすほどの膨大な血液を常時持ち運んでいるわけもなかった。
今になって、外部との連絡を取ろうとして果たせなかった最初の刻のことが悔やまれた。]
―三階・バルコニー
[天賀谷の自室を出て、見渡しのよいバルコニーから外の風景を眺めた。
月と太陽が浮かび、禍々しい色に澱む空を忌々しげに睨む。]
天賀谷さん……。
貴方はどう収拾をつけるつもりだったんだ。
この空は、晴れることがあるのか?
貴方は何も語らないまま逝ってしまった。
貴方が何を願っていたかさえ、わからない。
せめて……さつき君や貴方が世話をしていた人たちにくらい本当のことを話しておいてもよかったろうに……。
[そして、目を閉じると大きく息を吸った。]
「あなたさまには教えられない」
[そう言った、夜桜の毅然とした表情を思い出す。]
なぜだ。
――わからない。
だが、真実を――聞かなければ。
――手遅れになってしまう前に――。
さつきさんと杏さんの様子を、見てくる。
[誰にともなくそう告げて階段を上がりはじめる。傷ついた脚をわずかに引きずりながら]
[ふと振り向いて雲井に尋ねた]
碧子さんを焼いたのは、雲井さんにとって「処置」だったのか、それとも……「供養」だったのか?
[ややあって、少し俯き、再び階段を上っていく]
→3階へ―
―三階・階段
望月君――
[階段を昇ってくる、その姿に気がつく。]
望月君、君――怪我をしているじゃないか。
[水盆に歩み寄っていたが故に死角となっていた彼の異変に、その足取りからようやく気がついた。]
そのままではいけない。
治療しよう。
もちづき、さま
[足を引き摺る望月を、小さな声が呼んだ]
――脚……
治療もして無いのに。
むり、なさらないで……。
様子なら――私が、
[気遣っての言。
胸中に気付いては居ないのだろう]
―三階・階段―
先生。探していた。
[ちょうど光の加減で、その表情は見えなかっただろう]
良かったよ。他の誰より早く、逢えた。
[望月の影が、薄い]
―三階・階段
ああ、翠さん――
貴方が部屋に入るのはかまわないが、触れずに遠くから見守るだけにしておいてくれるかい?
さつき君と杏君は絶対安静状態だ。
菌が付着してもいけない。
それと、よければでいいんだが、さつき君の部屋から彼女の服を持ってきておいてもらえるとありがたい。
―三階・階段
[望月青年の膝の前に屈み込みかけた私は、その表情には気づかなかった。]
「良かったよ。他の誰より早く、逢えた。」
[その言葉に、苦笑する。]
そんなに傷が痛むなら、あの場で言ってくれれば処置したのに。
[ははは、と笑って消毒液を手にする。]
[その顔を不思議そうな目で見ながら首を横に振る]
先生は優しい、な……。
天賀谷さんの首をはねたときも、由良さんの首をはねたときも、体面だからじゃなく本気でその死を悼もうとしていた。
でも、碧子さんの時は……あのときの先生は、違った。
―三階・階段
[望月青年の影は薄く見えた。手当をするために屈み込んでいた私は、一瞬絶句する。
最後に水盆脇を離れた時、夜桜に話しかけていた彼の様子がふと浮かんだ。]
まさか君は――夜桜さんに“見て”もらったのか。
――なぜ?
―三階・階段
[望月青年の言葉に首を振る。]
私は……優しくなどないよ。
天賀谷さんをそれほど知っているわけじゃない。
彼を心から惜しんでいたわけでもない。
由良君のことは少し気に入っていたけどね。
[僅かに微笑みながら話す。]
先生……話がある。ここじゃなんだ、部屋に入れてくれ。
[此処では見つかってしまう。邪魔されるかもしれない]
知りたくないか?屍鬼が誰なのか。
―三階・階段
天賀谷さんを悼んだのは、彼を悼む藤峰君がいたからだ。さつき君や翠さん、仁科さんや夜桜さん――はどこまでかはわからないが、彼に縁ある人たちがいた。
雲井さんが言うように、人は生者の心の中にあるものだと私も思う。
碧子さんには随分非礼であったかもしれない。
だが、彼女が屍鬼であるなら、彼女は藤峰君の一生を奪った。“物語”を損なったんだ。
勿論、碧子さん自身へ私が大きな関心を寄せていたことは否定はしないよ。
────回想
[>>144の仁科の表情に、そぉと頷き、]
あたしの役目は、
怪異が世に溢れる前に、
食い止める事です。
[人と分かっている枚坂を手にかける……のではなく、両腕を切り落として仕舞えば、後は何も出来ずに終える事が出来るだろう、とも思ったが、枚坂の執念を此処で断ち切らねばなるまい。屍鬼への思いを他の者へ伝染させてはいけない。
憑かれたものは祓いを。]
あたしは、本当に鬼ですねェ。
[来海が持っていた刀、先程夜桜が来海の首を斬った刀を見詰める。]
仁科さん、江原さんがあなたの影を封じる間──若しにや、屍鬼としてではなく、あなたの意思勝る事あれば、
仁科さんご自身も、どなたをも殺さずにと意志強く持っていてもらえませんか。せめて、翠さんと望月さま……お二人を喰らおうとしないで欲しい。
[不思議だった。こうして話していると、本人が否定してもその考えの誠実みが感じられるのに。どうして、碧子の……屍鬼のその肉体には……こんな]
俺は、由良さんの、コルネールさんの物語を奪った。
俺の死なら悼まずにいるのかな、先生は。
だから……。
[僅かに己を笑うように]
異界にあって、鬼と成りきらぬ二人を
喰らわずに居て欲しい──。
[刀と鞘──。]
[夜桜はその話を聞いてはいなかったけれど]
望月君。それは、違う。
君はただ、誰よりも真っ先に目の前の出来事に挑んだだけだ。
君が命を奪わなくとも、屍鬼を仕留めるためには誰かがそうする他なかった。他に手段がなかったんだ。
――鬼手仏心。
医者がメスを取るとき、常に意識する言葉だ。
君が刀をとる心境もそれと同じだったと――そう思っているよ。
―望月の部屋―
ああ、いいよ。鍵までかけなくたって。
[屈託ない口調で言うと、手をひらひらさせる]
協力が、欲しいんだ先生。助けてくれ。
俺も大事なことを教えるんだから、先生も俺に教えてくれ。先生は、屍鬼をつかって何がしたいんだ?
仁科さん。
あたしは、枚坂さんを人間だと解っています。
けれど、
穢しちゃァならないんです。
忘れ形見も───。その母も。
[そこで、枚坂の声をいち早く耳にした望月が階段を上がっていった]
「さつきさんと杏さんの様子を、見てくる。」
──無闇矢鱈に、いじった末──目覚めたとして。
屍として目覚める事を──彼らは望んでいるのかすら、先生は解らなくなってしまったのでしょうか。
[独白のように]
―望月自室
[望月青年の止血を行いながら、話をしていた。]
私も聞きたいと思っていたんだ。
君の首への執着。
その、責務への強い思い。
君がなにを背負っているのか――
そのことをね。
―望月自室
屍鬼をつかって何がしたいか――
それは、簡単なことだよ。
わかってもらえないことかもしれないが、私は命の根源を、不死の謎を知りたいんだ。
どこから話してよいかわからないが、
私は、一度死にかけた人間でね。
望月君は生まれた頃かもしれない。
関東大震災で、東京は一時灰燼へと帰した。
俺のことなど、たいした話じゃないさ。
商売物の日本刀が軍刀にされて使われる、その晴れ舞台って奴にあこがれて出征した。
……そこにあった死があんまり歪で……俺の憧れていたものとあんまり違っていて。
[銃弾で無造作に殺しあう。死の手ごたえさえないままに]
それで頭のねじの緩んだ帰還兵だ。ただ俺はそこで――。
私の母は、浮世離れした人でねえ……
父に離縁されて実家に姉と私を連れて帰ったが、私たちを顧みようとはしなかった。私たちを土蔵に閉じこめては男をひっぱりあげ、遊んでいたよ。
姉と私にとって、暗い土蔵の中だけが安心して遊べる場所だった。
被災したのは、そんな風に母が私たちを土蔵に閉じこめて、男を家に泊めていた日のことだった。
家の中でもっとも頑健な作りだった土蔵だけが全壊を免れ、私と姉の二人だけが生き残ったのは、思えば皮肉なことだっただろうね。
だが、誰もそこに生きている人間がいるとは思わなかった。
私たちは何日も、暗く狭い土壁と残骸の隙間に取り残されたんだ。
[>>150「空涙」と言う望月の言葉に、]
──…空涙ねぇ。
そう言った器用な真似が出来るお方も居られるンでしょうねえ。
まあ、なんにせよ。
望月様ァ、屍鬼自身の事等知ろうとならさぬ事でさ。
魅入られたり、憑かれたり。
ロクな事になりやしません…──。
あたしの様に、ね。
[夜桜に向き合う。]
…──あたしが、今、どれほど望月様が妬ましいのか。
また、心が読めた様にわかってしまうのですねえ。
アァ、夜桜さんには、迷惑をばかりを掛けている。
[仁科は刃を手にした夜桜に、静かに頭を下げた。]
先生、土蔵に一緒に居た姉さんってのは……。
そうして、戦争で見たものってのは?
[戦争のほんの浅い部分しか知らぬ自分すら狂気を負った。枚坂はいったい、何を]
―望月自室
何日もその闇の中に取り残された時間は、凄絶なものだった。
互いのいばりを呑み、姉の膚を舐めてはそこに滲んだ塩を味わった。
それでも、食糧がないその場所で辛うじて生き延びることができたのは、共用水栓が破壊され、水が空間の隙間から滲んできたためだった。
その泥水をすすって、なんとか命を繋いだんだ。
朦朧とした姉が夢を見るように、なにかの唄を唄っていた。
その響きが――好運にも瓦礫を撤去していた人足の耳に届いて――
私たちは救助された。
―回想・階段付近―
[枚坂の、さつきと杏が絶対安静だという言葉に、
翠は困ったような顔をした。]
―――……
[仁科が喰らったという、2人に何を。
枚坂と共に部屋へと向かう望月。
その背になんと言葉をかけるべきか分からずに。]
―望月自室
母も、その愛人だった男も、姉以外の家族は皆瓦礫の下に押しつぶされて死んだ。
私と姉は、そうだね、藤峰君と同じ――
この別荘付近の村にある遠い親戚の家に引き取られたんだよ。
姉は震災の怪我が元ですこしびっこを引いていてね。
外に出てはからかわれていた。
新しい家になじめずにいた。
姉は、新しい家にもあった土蔵に閉じこもるようになってしまった。
―望月自室
私と姉さんは、土蔵の闇の中で遊んでいた。
闇の中は、決して恐ろしくはなかった。
その狭くて親密な暗闇が、私たち姉弟を護ってくれたからだ。
震災で、外の世界が滅び去った時、そうだったように。
だが、私は結局――
その闇を……姉さんを見放してしまったんだ。
――ある時。
――それが、私の負っている罪なんだ。
[最後の言葉は、懺悔に他ならなかった。]
[闇][土蔵の、どこか湿った空気]
[触れ合うぬるい人肌][同じ血の流れる、柔らかな]
[……遠い歌声]
[陰惨でありながら、どこか甘美と受け取れてしまう]
鬼は、鬼のまま。
術を術と行使する。
何処まで行っても報われる事なんてありそうに思えませんが、あたしは後悔する事はないでしょう。
鬼とは。そういうもの。
[ふふ、と笑う。]
屍鬼となりぬるお前さん。
暫し辛抱しておくれ───。
[夜桜は刀を下げたまま、三階へ向けて歩き始めようとする。]
闇の中にただ一人、閉じこもるようになっていた姉さんの心は不可思議な世界を作っていった。
闇の中に、彼女の王国を築き、私はその下僕だった。
そのことに、私はだんだん飽き足らないようになっていったんだ。
私は、村の新しくできた友達と野山を駆け回って遊ぶことにも心惹かれていた。姉さんと遊ぶ時間も少しずつ減った。
ある時、私ははやり病にかかった。
私は数日寝込んだだけで起き上がることができた。
残念ながら、同じ病は姉さんにもかかっていた。
悪いことに、閉じこもりがちだった姉さんは免疫力が私よりも低かったのだろう。
病は深刻だった。
……その病は、私が外から持ち込んだものに他ならなかったんだ。
―望月自室
花純-かすみ-姉さんは――
……世間的に言えば……
[――死]
――いや
[――土を掘る音が聞こえる。]
違う――
姉さんは……死んでは……いない。
―望月自室
望月君。
姉さんはね。――死んではいないんだ。
あの日、私と一緒に帰ってきたのだから。
――びっこを引いていた姉さん。
私がかつがなければ、歩けなかったが……
――ああ、死んではいないんだよ。
[過去へといざなわれた眼差しはゆらぎ、うわごとのような声が漏れだした]
死んでないって、病で亡くなったんだろう?
[見捨てた――?罪?]
先生、かすみ姉さんってのが貴方の、罪なのか?
そんなとっくの昔に亡くなった――。
[はっと己の失言に口をふさぐが]
―望月自室
[わずかな間目を閉じ、現れた表情は再び理性を取り戻していた。]
――望月君。
さっき、協力が欲しいって言っていたね。
私にできることがあれば、なんでも言ってくれ。
夜桜さん―――
[声を掛けるけれど、
彼女が何を為そうとしているかなど
火を見るより明らかで。
手を伸ばして、その後を追おうとしたとき]
……江原様?
[酷く動揺した様子の青年の姿が見えた。]
ああ、先生。協力しあおう。
[満面の笑顔で]
俺が、屍鬼だ――。
[言うと同時に詰め寄ると、枚坂の手首を封じ万一の抵抗を防ごうとする]
──二階・廊下──
[翠は戸惑う様に、階上と仁科達の方を交互に見つめている。天鵞絨の瞳が揺れている。何故か、翠が望月を追いたそうにしている様に、仁科には見えた。]
…翠さん?
望月さんの所へ
[「行けば良い」と言い掛けて。
──…夜桜に口付けられた。仁科の口唇の感触が、夜桜にどう伝わるのだろうと思った。]
…現世の鬼。
さくらの鬼。
[花の様な笑みだと思い、僅かに心が静まるのを感じた。]
―望月自室
ああ……
私は姉さんがせっかく帰ってきてくれたというのに、耐えられなくなってしまったんだ。
体に浮いた穢らわしい模様――
――崩れてしまう、膚
姉さんをなんとかして元通りにしようと思っても、医学の知識などなかった私にはどうしようもなかった。
それが――
――本当に恐ろしいことだったんだ。
江原さま──
あなたさまの影はまだ濃い。
ご自愛下さい。
影封じの力を、仁科さんへ。
[白い影が、江原の影と交差し通り過ぎた。明解な答えを残して]
腕力で俺に勝てるとは思っていないよな、先生。
協力しろ。そうしたら、先生の願いをかなえてやる。
なあ、姉さんを黄泉還らせたいんだろう?
──二階・廊下──
[夜桜に任せ、此処で自分は江原を自分は待つべきか。
と、再び三階を見上げた時、
──…声が聞こえた。]
―望月自室
――なっ!
[望月青年の突然の言葉、その動きの変化に戸惑いながら飛び退った。
彼が、怪我一つしていなかったなら、あるいは取り押さえられてしまっていたかもしれない。]
君が屍鬼――!?
――そんなはずはない。
[刀を抜いて突きつける]
騒ぐなよ先生。俺の戦場は大陸だった。十分ありうる話だろう?もっとも、見られるまではわからなかったがな。
『どうか、口を割ってくれ先生』
何が信じられないんだ?
『先生の妄執の源は、どこにある?』
美蘭………。
[こんなことなら。こんなことなら人間性を
失ったままだった方がましだった。 ]
美蘭…美蘭……。
[明確な答え。こんな答えをだす必要があるなら。
大粒の涙を流し、その名を呼び続ける。]
江原様、仁科様を――
[探して?
と、聞こうとして。
その姿に答えを見たような気がした。]
……ぁ
[夜桜の後を追うように、翠は今は亡き主人の自室へと歩き出した。]
屍鬼が滅びなくても、生き残った人間の数が屍鬼と同じ人数なら外へ行ける。
俺と、先生……貴方と二人なら出て行けるんだよ。他の者などみんな殺してしまえばいい。
[くっと押し殺した笑い]
……江原様ァ。
目が、真っ赤ですねえ…。
[いざ顔を見てしまうと、上手く言葉が紡げずに。
仁科が屍鬼と判れば…──江原は……其れを恐れていた。仁科は、自分の片頬が濡れている事に気付く。
ゆっくりと階段へ向かう。]
──天賀谷私室──
[何度もの惨劇の痕]
[繰り返し流された血の河の痕]
[圧倒的に]
[圧殺的に]
[死の匂いがたちこめた陰鬱な部屋へと変貌している]
[歪] [歪歪歪歪歪] [歪]
[それは]
[人の形であって人でない]
[肉の塊であって肉でない]
[繰り人形であって人形でない]
自分の正体に気づいた今、恋なんて空しいだけだ。先生。貴方が一番話がわかりそうだからな。
……一緒に行こう。
屍になった屍鬼じゃなく、生ける屍鬼のほうが役に立ちそうだとは思わないか。
なんなら今すぐ、先生の姉さんを俺の仲間にしてやってもいい……。
『どうか、間に合ってくれ。俺のペテンが…』
[―――泣いている。]
……仁科さん。
[振り返って、
金と黒の瞳を見つめた。
その横顔はとても綺麗だ、と思った。
さっき、仁科がそうしてくれたように、
仕事の後、労わるように
僅か涙目で微笑んで。
また夜桜の後を追った。]
―望月自室
望月君。
人の死に、誠実に相対していた君の姿をよく見ていたつもりだ。
その苦悩も見た、慟哭を聞いた。
私は君を、人を喰らい跋扈する屍鬼だとは到底思えない。
君は幸せな人だ。
翠さんも居る。
二人できっと……ここを出るんだ。
―望月自室
望月君、無理な芝居は……よしてくれ。
わかっているさ……。
……君が屍でないことは。
[私は、哀しい声で呟いた。]
[江原との距離を縮めて行く。
未だ近くで相対する事を恐れながら…──。]
…………──。
[江原に頷く。]
夜桜さんを喰らおうとしたあたしを、止めてくださったのは江原様です。
[天賀谷の──]
[首を抱いた華麗な少女の姿──]
[周囲は赤黒い装飾]
[左右の長さが違う両腕が、首を優しく抱いているのだ]
[夜桜は、半ば脅す形で錠を開けさせた女中を下がらせ、
不可思議な微笑を浮かべた。]
―望月自室―
[くっと押し殺した笑いと聞こえたものは、嗚咽]
……なんでだ、どうしてだ先生。
あんたはこんなに優しいのに……どうして、屍鬼になんか執着しちまったんだ!
[影見の結果を知りもしないくせに、自分自身を信じられなかった望月を、人だと……]
どうし、て……俺じゃ、助けられない……。
[頬を伝う涙]
―望月自室
望月君、君には翠さんがいる。
君は今生きている人を思えばいい。
だが、私は簡単に“逝く”人を見送れない。
数々の悔恨が踏みとどまらせる。
“逝った”と見限ってしまえば、還ってこないその人を。
私は、その人がいない世界で、それでも生きていかなければならないんだ――。
[その声は慟哭に近かった。]
だけど……だけどこんなことって……。
[美蘭の言葉を反芻する。どういう戦略を練っても、
回避策が見つからない。見つからない。]
―望月自室
望月君、君には翠さんが居るからだ。
君のことが眩しく、羨ましかった。
君と私は違う場所にいた。
それでも君のことを――貴方のことを好きだったよ。
私の話を聞いてくれて……ありがとう。
やめろ、先生。引き返さなくちゃ死んでしまう。
[仁科のあの懇願]
先生が夢見てるのは、黄金の未来なんかじゃない。永劫の悪夢だ。
[だが、翠の名を出されて口ごもる]
―廊下―
[望月は、枚坂はどの部屋へ行ったろう。
扉の傍で、伺うようにノックをしようとしたとき、扉が開いた。]
―――ッ!
……ひ、 枚坂、様……?
[急に開いた扉から現れた男の名を呼ぶ。
ならば、部屋には望月が居るのだろうか。]
[さつきと杏に繋がる管が次々と断ち切られてゆく]
[とろりとした血文字は、天賀谷の私室の天井にもえがかれている]
[天賀谷さつき── 屍鬼殺害 ]
[赫く赫く]
[室内は肉壁のように蠢いているようにも錯覚される]
[さつきと杏の身体から管が全て断ち切られると、]
[夜桜は無言で再度刀を掲げ──]
──階段──
[髪の感触を掌で味わう様に、]
江原様に美蘭と呼ばれるとくすぐったい様な心地がしますねえ。
[江原に下の名前を改めて聞かれたのは、つい先刻の事だった。其の間に大河原碧子が屍鬼として「処置」され、そして更に仁科はさつきと杏を殺したのだった。]
死者は死者の行くべき所へ。
―望月自室―
[枚坂の背を見送る。開いた扉の向こうに佇むのは――]
……翠さん。
[その顔は涙に濡れている]
俺では、先生を止められない……。
[生きてはおらぬ臓腑を、
夜桜は無感情で冷徹にも見える目をしたまま、
刀で貫く。]
──後は、火葬を即刻──。
[背後で震える女中に託けて、廊下へと出た。]
──階段──
…あたしが江原様に触れて冷たくなら良かった。
あたしが感じるあたし自身は、もう氷みたいに冷たいンで。
死人なんですねえ。
―三階・廊下
「――永劫の悪夢」
[望月青年の言葉が耳に残った。]
『あの人とならばそれも――』
[まなうらには、ありし日の花純の姿が浮かんでいた。]
翠さん――
どうか無事に望月君とここを……
[戸口で出会った彼女に向けられた眼差しは柔らかかった]
―三階・天賀谷自室
なにをしている!!
[部屋に飛び込んだ私は、夜桜の背を前に叫んだ。]
患者に触るな。
彼女に必要なのは、速やかな輸血だ!
……枚坂さま、
どちらへ―――
[部屋から聞こえる、悲痛な望月の声。]
望月様……一体、何が……
一体、何をお話になったので―――
[止められない。
そうか
仁科は願っていたではないか。
永遠を望む者の――死を]
枚坂様……!!
[振り向きざま、叫んだ]
―三階・天賀谷自室
彼女は死んではいない!
輸血をし、100%の濃度の酸素で人工呼吸を行い、電気的除細動で心臓を再び動かせば――
また、息を吹き返すんだ!!!
………なあ、美蘭ひとつだけ聞かせてくれ。
[今の江原には、覚悟を決めるのに起爆剤が必要だった。
願わくば。願わくばこれが―]
…苦しいか?
[柔らかな眼差し、
柔らかい棘のように刺さる心地がした。
夜桜が廊下へと。
血塗れの刀を携えて―――]
枚坂様、いけません。
おやめになってください。
行ってはいけない。
[輸血だ――
それは、さつきと、杏に対して施した処置だったのだろうか。翠には分からなかったけれど]
望んではいけないものも、あるのです……!
[彼岸を。
此岸を。
越えてはならない、河があることを。]
生き返りません。
[影の中、夜桜の両目だけが爛と見える。
白目がやや青みを帯びて見えていた。
濡れた黒目は、透き通りすぎている。]
―三階・天賀谷自室
くそ!
くそーっ!!
[さつきの肉体は、刃で乱暴に陵辱されていた。]
わからない。
私には理解できない!
なぜだ、なぜ――
助けられる可能性を損なう!
[仁科は江原を両の目でじっと見つめ乍ら、江原の背に腕を回した。]
……──。
[無言で頷く。]
異界に来てから…ずっと。
江原様に触れる事が出来て良かった。
―天賀谷自室・戸口
翠さん――
[私の貌は絶望と苦渋で歪んでいたことだろう。]
それが医者の努め、
私の使命だ。
――望むことが。
不可能を可能にする――
黄泉のものを口にしたものは決して還っては来れない──。
還ってきても、それは最早──あなたが知るもの達ではない。
あなたさまは、蛆蟲を食べられましょうか。
助けられる。
あなたさまは本当にそう思ってらっしゃるのですか。
お医者様は、
人を助けることが使命。
それが務め。
けれど、
見送る事だって、
大切なことではありませんか―――!!
[呼びかける。
届かないのだろうか。
苦い表情の、永遠を望んだひと、には。]
あンた、
屍鬼のためと、
切ったじゃないか。
沢山の人間を。 損なったじゃないか。
[死色の白い着物が揺れた]
どれ以上、人間の心亡くして、弄びますか。
[弾かれたように走り出す]
お願いだ、先生目を覚ませ!
貴方の気持が、大切な姉さんを汚してしまうんだと気づいてくれ!
[大声に叫びながら枚坂の後を追う]
―天賀谷自室
不可能だと――
――誰にそれを言えただろう。
[ああ、と夜桜の問いに確然と肯いた。]
私は見た。
何度もこの手で再現もした。
あの場所で――
恐れ、なにもかもを破壊し、
蓋をして逃げ出した……
……あの、満州で
[最善の。最善の答えが返ってきた。
美蘭を抱きしめる。力強く。]
良かった……その言葉を聞けてよかった。
私も美蘭に会えて良かった。
ずっと失っていた人間らしさ。
取り戻してくれたんだ。ありがとう。
美蘭、大好きだよ。だから―
君を苦しみから解放したい。
江原様ァ。
…お願いがあります。
[お願いしてばかりだ、と思い乍ら]
夜桜さんに仕事をして戴く、ほんの暫しの間、あたしの影を縛っていただきたいのです。誰も殺さぬ様、浅ましく成り果てずに済む様に。
…ただ、一番恐ろしいのは。
生きて戴きたいはずの、江原様を。
江原──…健、と言う人間を、あたしが…………。
[言葉に詰まる。]
―天賀谷自室
これは、報いか!?
「――切ったじゃないか。」
大勢の人の命を研究のために捧げた――
――否
犠牲あればこそ、その上に成果を求めずして――
どうして彼らが報われよう
―天賀谷自室
翠さん……
望月君――
[二人へ向けられた眼差しは眩しげに細められていた。]
生きてここを。
そして、私に機会があるなら見せてくれ。
君たちの幸せな姿を。
…………。
[無言で頷く。]
大好きだよ。
[その一言ともに、江原の周囲の空気が緊張し始める。
彼の中の力強い脈動が伝わっているのだ。]
[江原の胸に顔をうずめる。]
──…大好き。
[子どもの様に純粋なままだ、と思う。
それなのに、江原は鬼であったのか。]
あたしもあなたが愛しい。
…有り難うございます。
―天賀谷自室
[夜桜に影を見られた望月青年はそうではないと、確信があった。
江原青年の誇り高い横顔を思い出す。
――彼もおそらくは違うのだろう。
ならば――]
望月君、翠さんには一刻もここから出てもらわなければならない。
私のすることは、一つだ――。
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