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見習い看護婦 ニーナ に 1人が投票した
書生 ハーヴェイ に 2人が投票した
未亡人 オードリー に 1人が投票した
学生 メイ に 1人が投票した
鍛冶屋 ゴードン に 3人が投票した
農夫 グレン に 4人が投票した
吟遊詩人 コーネリアス に 1人が投票した
農夫 グレン は村人の手により処刑された……
今日は犠牲者がいないようだ。人狼は襲撃に失敗したのだろうか?
現在の生存者は、見習い看護婦 ニーナ、見習いメイド ネリー、書生 ハーヴェイ、未亡人 オードリー、異国人 マンジロー、冒険家 ナサニエル、学生 メイ、医師 ヴィンセント、鍛冶屋 ゴードン、逃亡者 カミーラ、吟遊詩人 コーネリアス、お尋ね者 クインジーの12名。
――三階/十三の部屋――
[さつきは凛と澄んだ声を張り上げ――よう、として、口を開いた。だが、如何に意識を向けようと、実際に声は出なかった]
『屍鬼よ。
お前が私を殺すと云うのなら、やってみるがいい。
だが其れは間違いなく、お前自身を滅びに一歩追いやる事に繋がるのだ。何故なら、私は影見では――!?』
「見ようとした、のは――仁科さん」
「杏の姿が――」
「異能は半端」
[さつきの言葉の意味を、私は正確には捉えられていなかった。]
んん?
さつき君、つまりは君はなんだと――云うんだい?
[その刹那――]
《キィイィイィイイイイン》
[耳鳴りのように耳を圧する空気の波。一瞬世界が揺らいだような奇妙な違和感を感じた。]
――三階/十三の部屋――
『声、が、出ない――違う、わ、音に、ならない――?』
[不意に、周囲の空気がねっとりと粘度を帯びたようにさつきは感じる。そして次第に、口の動きと喉で生み出す振動とが、耳に届く音波となって居らぬことを理解した。
もしかすると其れは、さつき個人にのみ起こった異状だったのかも知れぬが――]
――三階/十三の部屋――
『他の人、も……?
口だけが動いていて、声が……聞こえてこない。
其れとも、此れは……会話が通じている人達も、居る?
未だ、気づいていないから……?』
…………一体、何がどう――っ、あ。
……声、が、聞こえ、る――。
[歪み──。]
[異界が鳴動する]
[立ち眩みのよふな眩暈]
[のろ] [り]
[動きはままならぬであろう]
[時間にすれば数秒であったかもしれぬし、他者によれば、もっと時間が経ったように思えたかもしれない。波が引くように、その怪異は消え去っていった。]
っ、た、ぁ……ッ……!
[耳鳴りが―――して。
翠は小さく喘いだ。
右耳に手をあてながら、さつきを見つめる]
さつき様……?
どうされたのですか、さつき様……!?
――三階/十三の部屋――
[周囲が音風景を回復する。混乱を余儀なくされた感覚の回復に努めようと、さつきは目を閉じて額に手をあてた]
ちょっとだけ――すみ、ません。
直ぐに治ると、思いますから。
数分ほど、失礼――。
[云って壁際に寄ると、汚れていない部分を探し、その壁面に*凭れかかった*]
カタ、カタカタ
[聞こえる、聞こえる。鍔鳴りの音が]
カタッ、カタカタカタカタ、カタカタッ
[その手に走る震え。震えているのは鍔であったのか、望月自身であったのか]
[──…枚坂の声が聞こえる。
訓練等一度も受けた事の無い仁科に、慣れぬ拳銃は重かった。安全装置を解除し、引き金に掛けた指が痺れ震えはじめる。]
もし、あたしを屍鬼だと言うなら、
『此のまま撃つ。』
[銃を向けた事で、少女を怯えさせているのだろうか、と頭の片隅でぼんやりと考えた。]
―書斎から続く階段から三階天賀谷の部屋へ―
…上から声がする。
どうやら多くが集まっているらしいな。
[...もゆっくりと警戒を怠らぬよう、階段を上がって行き――]
………。
[その場においてさつきが宣言した言葉、同時に漂い始める剣呑な雰囲気。
得物を手にさつきへと向け始めた者達をも遠巻きに眺め、その様子を見聞きしていたが]
……うゥ?
[いつぞや感じた眩暈に似た感覚。
通り過ぎていくのを顔を顰めて待った]
[其の時、奇妙な振動が部屋を襲う。
異界の振動とは──…誰が分かるだろうか。]
──…ぁ。
[緊張でガチガチのまま──、仁科は揺られ。
反動で、引き金を其のまま引いてしまう。
足元の定まらぬまま撃った所為で、仁科は後ろへよろめき。
銃弾が…──何処か…何処かへ飛んだ。
即座に室内に、硝煙の匂いが立ちこめる。]
[怪訝そうに周囲を観察する。]
『皆、何か違和感を覚えて居る……のか?』
[はっとして。]
施波さん。
ああ。藤峰君だったか、君でもいい。
此処に居ない人達の安否を確かめるんだ。
客室は、私が行こう。
「屍鬼を……屠る為の、刀」
[翠の決意を感じる眼差しに、動揺する。]
翠さん。君のような可憐な女性がそんなものを――
そんなものが当たってしまったら、本当に死んでしまうぞ。
本気なのか!?
[信じられない、というように首を振った。真実、この領域に閉ざされた者たちが殺しあうことになるのか――]
《パン!》
[その乾いた音は演劇の小道具が発する音以上に現実離れして響く。]
あ、あぶないっ
仁科さん。
貴女、そんなものを扱い慣れていないだろう。
およしなさい。
[私はこわごわと彼女ににじり寄りかけ――]
[目の焦点が揺らいでいる。穢れ……天賀谷の死を長くその腕に抱いているうちに、身を危うくしたのだろうか]
[銃声]
「───っうッ!」
[夜桜の呻く声]
[―――血]
『血…』
…よ、夜桜さんっ!!
[確かに仁科の撃った弾丸が──、夜桜の何処かを掠った。おそらく腕か、肩か…──。撃った仁科にも弾丸は速過ぎて見えない。
──人を撃ったと言う実感は全く無い。だが、新しい血の匂いがした。]
[左肩を、やや斜め(内側へ45度程の角度だろうか)に貫いて。
天賀谷の血が染み込んだ床に倒れこんだ。
はらりはらりと落ちる薄紅の花のように。──。
血が滴ってゆく]
ッ!!
[銃声――硝煙の臭い――]
な、どう、して……
夜桜、さん!
[呻く声。
翠は狼狽していた。
血が。血が。また紅い。紅い。]
おい!
夜桜さん、どうした!?
[仁科の前で姿勢を崩す夜桜の肘を支えかけたが、彼女はそのままゆっくりと床に倒れた。]
夜桜さん!!
―三階→二階中央階段―
[階段を降りていると、杏と呼ばれた少女の声色が近づいてくるのが解る。そして、さつきの声はくぐもっていく。
恐らく、書斎の階段で移動したのだろう]
……全く、よくあんな薄気味悪い場所に入り込めるもの、だ……?
[刹那、違和感。]
……?
[微妙に周波数の合わない同名音をぶつけたような、微かなうねり、歪み……それは果たして聴覚の上だけのものか?
もっと根本的な「何か」が歪んでいる……そう感じたのは、果たして偶然か]
…違う、あたしは。
[──…目の前で、赤い血がスローモーションで流れて行く。
まだ、仁科に人を撃ったと言う実感が無い。
実感が無い事が恐ろしいと感じた。]
…可憐な女性だとか、そんなこと関係ありますか?
[刀持つ翠に、咎めるような声を向ける枚坂に目を向け]
誰も信じられぬようになるかもしれない今、身を守るための武器は必要だと俺も思います。
――先生にも何か、お持ちでいらっしゃいますか?
自らを屍鬼でないと認識する者になら、いっそう必要であることでしょうよ。
[何かが破裂するような音に身を竦める。
――仁科がさつきを撃った?
少なくとも先ほどまで仁科は、さつきに銃らしきものを向けていた。
音と耳の中に響く反響が終わってから、辺りを見回す。
いや、どうやら弾は――]
夜桜さん……?
[仁科の弾は彼女に当たってしまったのだろうか。
左肩から血が出ているのが見える。
此処に居ない人達の安否を確かめるべく、声をかけてきた雲井に対し]
雲井さんどうやら…安否の確認が必要なのは、夜桜さんの方…!
……嗚、せんせい。
[溢れる血を留めるように、掴んだ。
指の間から生温くて鉄臭い液体が細い川をつくっている。
激痛のために身体がカッカとし始めた。
夜桜は、歯を唇に突き立て、眉根を寄せて痛みに堪えようとする]
―天賀谷自室前―
[銃声と、倒れかかる夜桜。]
ちぃっ。
こんな時に。
……枚坂さん、彼女はお任せしますよ。
[と踵を返す。]
『此処に……居ないのは誰だ?
ああ……階下にあった名前の中で……』
碧子さん!
いけない!
[赤い染みが絨毯に広がる。私は慌てて、彼女の傍らに駈け寄る。]
失礼するよ。
[そう云って、肩口の切れ目に手をかけると、袖を引きちぎった。手早く止血する。
幸いにして、弾丸は後ろ側に抜けているようだった。動脈や骨を撃ち抜いた形跡もない。
私は急いで処置を行った。]
『男は皆、こう言った物を…──。
銃とはこう言う物なのか──…。』
[まだ幼女だった仁科の金目の周囲に、人形の様に着せたドレスと揃いの色の花弁を並べて遊んだ──あの男も。]
[くらり。
今頃血の酔いが回ってきた……ひどく苦しい]
う、あ…。
[大きく頭を振る。中途半端に覚醒した意識で、雲井の言葉をなぞった]
「…此処に居ない人達の安否を確かめるんだ。」
[此処に居ない人。そうか、誰かが屍鬼の犠牲になって、新たな屍鬼にされてしまうかもしれない]
待ってくれ、雲井さん。俺も回る。
[追いかける]
カタカタッ…カタ、カタカタカタ、カタン。
[抜き放たれた妖刀が血を求めるかのように、いつまでも鳴り続ける鍔鳴り。
しかし望月はそれにも気づかない]
俺はあちらの……由良さんを。
誰か!
新しいシーツを持ってきてくれないか。
[使用人や周囲の人たちに届くように声をかけた。
不吉としか云いようのない場所であったが、あまり動かさずに万全の治療を行えるのは此処しかない。
私は首の切られた天賀谷の遺骸をぐるぐるとシーツと共に脇へ除け、新しいシーツの敷かれたそのベッドに夜桜を横たえた。]
夜桜君、血液型はわかるか?
[輸血用の血液を小型の冷蔵器から出し、点滴架台にかける。]
[...は身の安全を守ることになるであろう情報は欲しくとも、何よりも己に害なす可能性のある存在が目の前にあるなら警戒するべきだと、冷静でいるべく努め、そして無表情でいようとしている。
しかし天賀谷の部屋にて、母のごとく抱いてくれた夜桜に、傷を負わせた仁科の銃を見る目はどうしても険しい。
こわごわながら、仁科か彼女が手に持つ銃ににじり夜枚坂に声を張る]
…枚坂先生、どうぞそんなもの、仁科さんから取り上げて下さい!
[だがどうやら、拳銃は彼女の手から床へと落ちた。
棚に縋るように寄り掛かる仁科の姿にも、今は気遣うよりも咎める言葉を出してしまう]
仁科さんも仁科さんだ…。
身を守るべき武器に、そんな慣れないものを選ぶから――!
一体どこに、そんなものがあったと言うんだ…。
枚坂さま…──
[枚坂の処置は素早かった。袖を引き千切り(着替えないと胸元までもう真っ赤になっている)止血を行われた。すぐさまに注射しようとする動きに躊躇らしき色を目に浮かべたが、有無を言わさずに枚坂は局部麻酔を行った。まだ血で濡れている箇所はあるだろうに、痛みも然程感じずに。枚坂の腕は確かであった。]
『……情けない。』
[珍しく眉根を痛そうにぎゅっと顰め、夜桜に頷く。]
──湯を取りに行ってきます。
直ぐに戻る…。直ぐに戻るよ、夜桜さん。
[仁科は*駆け出して行く*。]
は、はい!
[新しいシーツを。
翠は駆け出した。
途中、走る望月の姿に鍔鳴りを聞き―――
一瞬不安そうにそちらを見たがまた走り出した。]
望月さ……
[不吉な鍔鳴りが聞こえたような気がした──。]
[いけない] [あのまま向かわせてはいけない] [それは直感だった]
[腕を伸ばし声をかけようとしたが、枚坂に抱き抱えられ──]
誰か!
誰か、望月さまを──…!!!
[声は聞こえただろうか]
[寝台から起き上がろうとしたが、医師はそれを好しとしない]
―――え?
[夜桜の悲鳴が聞こえた。
鍔鳴りがまた耳元で響いた気がし―――]
望月様!
[踵を返すと、翠は望月を追いかけた。
シーツはきっと誰かが取りに行ってくれると信じて。]
―3階・廊下―
[由良の部屋へ走るうちに、血の酔いが深まっていく。
くらり、くらり。
視界が揺らいで黒く、暗く。
彼が屍鬼に襲われていないか、それを確かめねばいけないと思う一方で小さな疑念が胸に湧いた。
天賀谷の寝室で時の歪むのを感じたあの時、皆自分の目の前に居た。
皆普通に首がついていた。彼らが屍鬼でありえようか……?]
[望月の知識は、あまりに半端であった上、血に酔った頭では満足な判断をしているとは言いがたい]
[夜桜が不意に起き上がり、私は動顛しながら、彼女を抑える。ぐらりと揺れて倒れそうになる点滴架台の足を踏みつけた。]
夜桜さん、どうしたんだ!
何が見える――って
[こんな時でも今この場にいない者の安否を確かめに行こうとするらしい、雲井と望月をちらりと見る。
己さえ無事であれば良い自分とは何と言う違いか]
…雲井さん、望月さん。あなた方が屍鬼ではないのなら…せいぜい気をつけて見に行くことですね。
[しかし望月の様子が、少しおかしく見えたのは気のせいだろうか?
...は首を振り、再び夜桜の様子を見守る。
枚坂は早くも彼女の治療を始めてくれていた。
シーツを渡すくらいなら、自分も手伝えるだろう]
シーツを、どうぞ…
……っ、ひどい…。
[それを治療を続ける二人の近くへと置く際に見えた、袖の千切られた夜桜の服はもう真っ赤で、見ていられない。結局は目を逸らした。
自分の落とした拳銃に目もくれず、夜桜のための湯を取りに行ったらしい仁科の背を少しだけ見送り]
――え?
[突如叫んだ夜桜に目を向ける]
―廊下―
[由良という男が急に怪しむべき人間……いや、屍鬼であるかのように思われ始める。
何の根拠もありはしないのに、一度疑い始めれば思いはとどまるところを知らない]
[その狂気じみた思い込みを煽るかのように、鍔鳴りがし続ける]
あのまま、あのままでは……いけないのです。
あたしには、望月さまに何かが見える訳じゃァない。
でも、あのまま行かせてしまうと……
[汗で額に張りついた黒髪。
シーツを渡す藤峰に気づくと、一旦目を閉じ意識を凝らして目を開く。僅かだが微笑が戻り]
あのまま、行かせてしまうといけません。
─天賀谷の寝室─
シーツ…シーツですのね?
翠さん、私もご一緒に……
[と呼び掛けた時、夜桜の悲鳴が。]
私が参ります。翠さんは望月さんを!
[そう翠に叫んで自分は使用人の居る部屋へと向かった。
そこへ行けば、リネン室の場所を知っている者がきっといると信じて。]
すぐ止血したから、失血量は見た目ほど多くはない。
輸血する必要はないかもしれないが――
放っておくと感染症の可能性もある。医師としてはあまり薦められないな。
[近距離からの射撃であったため、銃創は熱傷と小さな破断を伴っていた。消毒をすると、複雑な創面を手早く縫合する。]
跡になるといけないから、できればもう少し叮嚀な処置をした方がいいが。
少なくともこれでもう動けるよ。
[包帯を巻き終えた。]
はい!
ありがとうございます、大河原様!
[律儀にも礼をして(常に比べれば礼を欠いていたが)翠は望月を追う。
鍔鳴りが、聞こえる気がした。]
望月様!
私も行きます。
[呼びかけた。
何故だろう、こんなにも胸騒ぎがするのは。]
―由良の部屋の前―
『斬れ』
[そんな想いが胸に兆した。それを振り払おうとするかのように由良の部屋の扉をたたく]
由良さん?
望月だ。おまえさん、無事か?
[ややあってから曖昧な呻きのような声だけが聞こえる]
……さっきの揺らぎみたいなもの、ここでは感じなかったのか?
[常識的なやり取りをしてはいるものの、胸の奥では疑念が湧きかえっている]
…声が良く聞こえない。出てきてくれよ。
[しかし由良は曖昧な声でそれを拒んだ]
―二階中央階段下―
[ちょうど階段を降りきったところで、見覚えのある女中の姿が。
未だ幼さを湛えた硬質な美しさに軽い眩暈を覚えながら、ゆったりと話しかける]
どうも、昨日は取り乱してすみませんでした。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね。
ええと、さつきさんは?
……ああ、なるほど……それは、確かに……ええ。
[そして、そのまま自分が部屋に引きこもっている間の顛末を聞く。そこには、とても信じ難いような、質の悪い怪奇小説の如き話が延々と連なっていた。]
……。
[この即物的な男はただ呆然と聞くのみだが、あのような怪奇を目にしては半信半疑とはいえ一笑に付す気にもなれない。
とりあえず、この戦慄をどう慰めたものか?
そして、目の前の少女に視線を落とした瞬間]
――!!
[耳を劈く、破裂音]
「あのまま行かせてしまうと……」
[夜桜はなにを知っているんだろう。私は望月青年や他の者が向かった先にある出来事を見定めるべく、足を*踏み出した*。]
[奇妙な匂いが部屋の中から漏れていた。それが大麻煙草の匂いとは望月は知らない。
由良が、『ハッピー』を求めて煙草を吸っていたことなど、まったく]
どうして開けられないんだ。
見せられないものでもあるって言うのか?
[苛立った声をあげれば、鍔がまたカタカタと鳴る]
[怪我を負い気弱になったかと、せめて、望月を止めて欲しいとでも言うかのように叫んで見えた夜桜に、ぎこちなく笑い]
一体どうしたんだ、夜桜さん。
皆と一緒の部屋からいなくなるから、望月さんのことが心配なんですか?
しかし途中までは、雲井さんも一緒のはずだし…
何よりあの人はうんと腕が立つ。
…俺が必死で縋りつこうとびくともしなかったのを、夜桜さんだって見ていたでしょうに。
あの人なら例え屍鬼と出くわそうが、退治してくれることすら期待できるさ。
……おや。
[だが翠は夜桜の声に従い、彼を追って部屋を出たようだ。
いや翠だけでない。
思えば彼女の立場であればおよそそのような事は、今まで人に命ずるだけで良かったはずの大河原までもが、シーツのため奔走した。
夜桜は枚坂への説明の途中、僅かに微笑んでから自分へも繰り返してくる]
行かせてしまうと…そんなに、どうしても…いけない、のか。
[数分後、息せき切って駆け戻って来る。苦しげに胸を押さえ、荒い呼吸の下からやっと声を出す。]
……二、三枚持ってきて下さるように頼みました…それから、先生のお手持ちの包帯だけでは足りないかも知れないと、この家に置いてあるものを探して下さるように、と……
……ああ。
もう何方か持ってきていたのね。
[ホッと安堵の溜息を付いた。]
……。
[夜桜はそれにこたえずに、詰めた呼吸を繰り返し行う。
左肩は熱をもっている。
縫合のために露になる肌。
傷痕が脈打つように疼く感覚。
縫合の針が一針一針、夜桜の目の前で皮膚をすくい、縫合糸で元の形を取り戻すために括られてゆく。「もう少し」と枚坂は言うが、手並みはとても鮮やかだ。包帯を巻き終え、テーピングを施すまで流れるようだ。まるで楽曲のような。]
──廊下──
[慣れた廊下を使用人用の階段を辿り、最短距離で湯を運ぶ。]
夜桜さんが死ぬ…──なんて事も。
…有るのか。
[冷や汗が背中を何度も伝う。]
……せんせい、ありがとうございます。
[礼を言うた。
施術を行い終え、夜桜より離れゆく枚坂。]
藤峰さん。
[そっと、見上げて言葉を続ける。]
『なんだろう、この匂いは』
[天賀谷の亡骸の傍らで焚いた伽羅。血の臭いをかき消すための香り]
『まさか何かをごまかそうと……』
由良さん……由良!
[バン、と力任せに部屋の扉を開け放った。むっと立ち込める大麻煙草の煙。
由良があわてて何かを隠した様子]
……屍鬼……!?
[流石にこれは銃声だと気付いた。
反射的に身を竦めた後、銃声のした方向……階段の上へと視線を向ける]
一体、何が起こった?
まさか……殺しあう気か?!
[反射的に杏の手を引いて、階段を駆け上がる。
それはあくまでも自己保身の為。]
由良様の、お部屋……ッ
[刀を片手に持ってきた。]
『望月様なら大丈夫だろう。
倒されることなどないはず。
人を殺す理由などもない。
無い。
無い――ない、ない、無いはずなのに!』
[何故か焦りが湧いてくる。
鍔鳴りを追いかけ、扉の前に辿り着いた。]
―三階/―
ああ。碧子さん!
そこに居たのか。
[安堵の息らしき物を吐いた。]
貴女の様な人は、あまり一人で動かない方がいいですよ。
ああ。だが……。
落ち着いていらっしゃる様だな。
[廊下を往復し乍ら、相変わらず背筋が凍る様だと言うのに、仁科は安堵している。]
──…夜桜さんを殺さずに済んだ。
―由良の室内―
[そういう望月自身、服は天賀谷の血に染まっている。手には刀。由良がとっさに身構えるのは無理もない]
おまえなのか。おまえが屍鬼で、今も誰かを食らおうと…。
[何か隠したらしい痕跡を見ようとする]
なんだって?
俺のこの血は違…。
[血の汚れに目を向けたその瞬間、心臓をそのままえぐろうとするかのような由良の手が]
……!
[飛びのくが服は千切れる]
[仁科が戻って来る。]
──…湯を持ってきました。
[湯をこぼさぬ様にと、夜桜の元へ運ぶ。
藤峰の咎める様な言葉が甦り、どうして良いか分からず視線を逸らした。
しかし、夜桜が何かを言おうとしている──。]
……。
[そして夜桜の言葉を受けてか、枚坂をも部屋を出て行った。
息せききって戻って来た大河原は、包帯までも探してきてくれることを頼んできたからと告げる]
皆…皆よくやる…、な。俺なぞはもう、俺自身さえ無事であればそれで良いと…そう、思っているのに。
…これじゃまるで、何もできない子供か。
[...は深く溜息をついて、夜桜の温かい手を一度だけ握り返した。
それから少しだけ名残惜しさを感じさせる様子で離れると、仁科の手から落とされた拳銃を拾いに行く。
引金をひけば弾が出る事くらいしか分からないが]
まぁこれくらいあれば…俺だって、見回りの一つや二つ、せぬでもないんだ。
…夜桜さんの言う通り、望月さんの後でも追ってみよう。
[急ぎ後を追うことよりは、周りの状況を確認しやすい程度の速さの足取りで扉へ向かい。
ああそうだと大河原へ振り向く]
入れ違ったかな…確か雲井さんは、大河原さんを探して出て行ったと思…
[ちょうど戻って来た雲井にふ、と笑う。
――皆が皆、自分のこと以上に人を心配しているように見えた]
[包帯を巻かれた夜桜の肩と、寝台の側から立ち去る望月を交互に見て、]
『こんな短い間に手当てを終えてしまうなんて……やはりこの方は天賀谷の言っていた通りの名医なんだわ…。
戦場で沢山の怪我人を看た、と言う以上の。』
『けれど、何故…この女(ひと)は望月様を行かせてはいけないと…?』
[凄まじい膂力を感じて背筋に走る戦慄。それは恐怖か]
やはり、おまえが?
[それとも、狂気か……狂喜か]
屍鬼。
[抜き打ちに斬りつける。しかし、首を狙った斬撃はその手に阻まれ……由良の左指が落ちる]
―由良の部屋前―
[一歩踏み込むと、異様な光景が眼に映った]
なっ……!
[死合う望月と由良がそこには居た。]
な、何をなさっているのです!
おやめください!
[――呼びかける。だがしかし。]
仁科さん、有難う。
血を──拭いて頂けますか。
[見れば、服は血で染まり、左肩より下は袖がない。]
藤峰さん、けっして──けっして、違(たが)えてはなりません。
[こちらも藤峰の手を握り返して、粒汗の浮かんだ顔に微笑を浮かべて見送った。]
奇妙な感じだった…
[と、夜桜が手を伸ばした藤峰と云う青年を見た。
幾度か見かけたことのあるこの青年が、彼女は少々気に入っていた。]
あの子を見ていたら……夜桜とか云う娘に急に。
―三階、廊下―
[見ればもうすでに処置などのことは済んだ後。故に、何が起こったかなど解ろうはずもなく]
……一体?
[すると、視線の先には教え子が。
声をかけようとする前に、杏がその手を振り払って主のもとへと駆け出した]
『ちっ、何か一言無いのか?』
[その態度を苦々しく感じながらも、少女の後を追ってさつきの元へと歩き出した]
――三階/廊下・十三の部屋前――
[頻繁な人の出入りに開け放たれた儘の、十三の部屋の中へとさつきは良く通る声を作り、廊下から呼びかけた]
――仁科、さん。
[由良の動きは止まらない。痛みなど感じていないかのようだ。それは大麻煙草のためかも知れなかったが]
ぐっ…。
[指を失ってなお望月の首を締め上げようと迫る由良。その腕を危ういところでかいくぐって、袈裟懸けに斬り付けた]
…藤峰君。
[良く知っているはずの藤峰が、銃を持って行く事を止めたいのか、止めてはいけないのか。迷っている様だ。
仁科に言える言葉等無い気がする。]
[何とはなしに夜桜と藤峰青年を眺めていたが、雲井に声を掛けられて、ハッと振り返った。]
雲井様……。
私は先ほどからずっと此処に居りましたわ。
こんな時ですもの、一人で居たって大勢で居たって危険なのはあまり変わらないのではなくて?
――三階/廊下・十三の部屋前――
[自分の名を呼ばれた気がして、さつきは左右を見回した。杏が廊下の遠くから、ぱたぱたと走ってくる。その後ろにはシロタの姿もあった。同じように此方へ向かう歩みは悠然と落ち着いて居る様に見えた]
『嗚呼……先生、無事でいらしたのね。
あちらでは異変も無かったのかしら、なら良いけれど……』
[―――今、屍鬼と謂ったか。]
な、
[だが思考は其処で断ち切られた。
部屋に、鮮血が散った。
落ちたのは肉の―――]
駄目ぇ!!!
[駆けるけれども、男2人の死合いだ。
払うように押しのけられ、
近づけない。]
由良様!
望月様!
…お帰り仁科さん。
[先ほど咎める言葉を向けたのが少し気まずく、しかし間違った事は言わなかったはずだと思い直して今は自分の手の中にある拳銃を握った。
人には向けず、銃口は下を向いている]
夜桜さんは枚坂先生のおかげで、すっかり治療して貰えたようだから…。
あんたのそのお湯は、場合によっちゃさつきさんに使ってやるのが良いかもな。
俺はこれから夜桜さんの嫌な予感とやらを確かめに、望月さんを追ってみるつもりだよ。
そうか……江原さんのだったのか。
…悪いが俺は臆病なんで、更なる武器としてこれ、借りていく。
―三階、天賀谷の私室を出て―
違えてはいけません…?…どういう意味だろう。
[――しかし粒汗の浮かんだ顔に、それ以上聞き返すことはせずに]
望月さんは由良さんの様子を見に行くと…言っていたっけな。
[湯に真新しい布を浸し、絞ってから丁寧な動作で夜桜の血を、仁科が傷付け流れた血を拭う──。]
痛い所に当たったら言って下さい、夜桜さん。
―天賀谷自室
碧子さん、ありがとうございます。
[シーツと、そして包帯の予備があることはありがたいことだった。]
あ――
[ふと、シーツにぐるぐる巻きにされ、ぞんざいな扱いで脇に押しやられた天賀谷の遺骸のことを思い出す。
緊急のことだったとはいえ、元求婚者だった男性にそのような扱いをしてしまったことはやや後ろめたかった。
その布の塊が彼女の視界に入らないよう、位置をかえて言葉をかける。]
貴女は無事だったんですね。
皆色めきたってます。
なにが起きても不思議じゃない。
怪我をしないように気をつけてください。
藤峰さん、それは人の命を簡単に散らすもの──。
軽々しく扱わずに。
[溶けゆく雪のように零れる言葉]
[耳へ届いたか届かなかったかまでは解らなかった]
――三階/廊下・十三の部屋前――
[もう一度、同じ様な声調で呼びかける。廊下に居る儘、部屋に入ろうとはしない]
仁科さん。
先程の行動。
説明して頂けますか。
―天賀谷自室戸口
[部屋を出ようとした私に、さつきがなにやら深刻そうな面持ちで言葉をかけた。]
さつき君。
そうそう、どういうことだったんだい?
君が知ってることがあったら、教えてくれないか。
[由良が倒れる。致命傷ではあるが、まだ息はあるようだった。
望月が部屋に入ったとき、由良の隠した何ものかが、ちらりと赤い色をのぞかせていた]
屍鬼……。
いったい誰を屠ったんだ。
[ベッドの傍らで、無理やりシーツに隠されたものに近づいた]
でも…心配して下さったのね。とても…嬉しいわ。
[雲井に向き直り、寂しげに微笑んだ。]
雲井様。
私、また…一人ぼっちになってしまいましたわ。
[大河原の言葉に軽く頷き。]
まあ、危険に変わりはありませんがね。
今の
[声を落として、仁科達の方を身振りで示し]
様な事が……何時起こらんとも限りません。
[腕を、胸元を拭われる──。]
包帯を除けて拭いて頂ければ、痛いところはありません。
[かたく絞った布が、生乾きとなって肌にこびりついた赫を取り去ってゆく。乳房の近く、何かの刺青が見えるかもしれない。]
──…あたしは、先刻。
[揺れる視界──…不快に赤黒い臓腑の闇の中]
[彼女の首筋と、
その下を脈打つ正常な血管──、
生きた血の透けた肌が……──]
無性に欲しくて──…。
由良様、ぁ……。
由良様、由良様……!
[血が止まらない。
握った刀も用を為さなかった。
止血しようと傷口を押さえる。
人が人を殺すなら、私の務めを。
そう思っていた。
いざ、目の前で見るとそれは酷く。
あまりに。]
どうして、なのです……ッ
様子を見に来ただけではなかったのですか!
[…──腐食の爪。
人成らざる──形に歪み、
長く 腐食した
どす黒い 円弧の形の────────…
夜桜の肌を引裂こうと──…して……。]
―3階・由良の部屋―
[翠の声がようやく耳に入る]
俺は、由良を屍鬼と思って…。
[ついさっきまで確信に近かった疑念は、雪のように消えていく]
[数秒、沈黙して。]
碧子さん……。
『貴女……本当に天賀谷の事を……。』
[わざとのように、軽い口調で言った。]
貴女の様な女(ひと)に、そんな言葉は似合いませんよ。
「ファムファタアル」で居て貰わなくちゃあ。ね。
[――翠の悲鳴のような声が聞こえた]
……何?
[ゆっくりと歩を進めていた万次郎は、由良の部屋へと駆け出した]
そんな馬鹿な…
今は気が弱くなってるのだろう夜桜さんの、ただの杞憂とばかりに……本当に何かが!?
―由良の部屋―
[たどり着いた由良の部屋、そこでは二人の男の死合い。
押しのけられ近づけないが、翠は二人を止めようとしている。
由良の指を落としたらしい望月の刀が、振り回されているのにも構わずに、だ]
翠さんあぶない――!
[...は近づけなかった]
離れて――!
[――ああどうして皆こうなのか?
俺は死ぬることが恐ろしい、怪我することすらたまらない]
――三階/廊下・十三の部屋前――
[部屋の外から中へと声を掛ける。礼を失した振る舞いでは有るが、已むを得ぬとさつきは自らに理由付けた。銃口を向けられた恐怖からではない。自身の存在が、何等かの影響を仁科に及ぼすのであれば、徒に刺激する訳にもいかぬとの判断からであった。
呼びかけた後、さつきは視線を暴発の被害者へと向ける。彼女にもまた、尋ねねばならぬ点があった]
――それと、夜桜さん。貴女の名――
[応急処置に加えた手当てを、夜桜/神居は受けていると気づき、さつきは其処で口をつぐんだ]
…すまない、藤峰君。
[安全装置の存在を示す…──。
丁寧な仕草で、また夜桜の血を拭く。
頷いて。包帯を避け乍ら──。]
…此の墨は……、夜桜さん。
[夜桜はただの拾われたメイドでは無いのか。
ハッとした瞬間、さつきの声が降って来た。]
―天賀谷自室戸口
[室内には、仁科が戻ってきていた。
仁科は甲斐甲斐しく、夜桜の躰を清めている。男である私には気を遣うことであり、ありがたく思えた。
さつきの後ろには姿を見なかったコルネールの姿があり、私は彼の無事も知った。]
コルネールさん、貴方もこの椿事の当事者のようだよ。
書斎にあるアレを……ご覧になっているかどうか知らないが、一度ご覧になればわかる。
─天賀谷の寝室─
[礼を述べてくれた枚方医師に顔だけを向け、]
いえ…お役に立てたのならば嬉しいのですけれど。
ええ、今のところはまだ無事ですわ。有難い事に。
[枚坂医師が隠したものにチラッとだけ視線を落とした。]
枚坂先生。私は生きている方を一番優先すべきだと思います。…薄情な女とお思いかも知れませんが。
……どうして、
で す か……ッ
[上手く声にならなかった。
血が―――止まらない。
花蘇芳が、シーツの下から覗いている。
――――刀は使えませんが、
俺で肩代わりさせてはもらえないでしょうか?
あの時、
由良に言われた言葉の意味を、
結局聞けないままだった。
藤峰の叫びも、遠くて。]
あ、ああああああ……ッ!!
私の大切なお友達だった天賀谷様は亡くなられました。
此処にはもう「天賀谷様」は居られません。
[きっぱりとした表情で言ってのけた。]
――三階/十三の部屋前――
[辿りついたシロタに会釈し、戻ってきた枚坂との双方に平静な調子の声を掛ける]
先生、コルネール先生。
ご無事で何より、でした。
其れで……枚坂先生、周りは如何いった様子だったのでしょう。
[そうだと銃口を向けてはみるものの、去り際の夜桜の声が耳に響く。
「藤峰さんそれは人の命を簡単に散らすもの──。
軽々しく扱わずに。」]
(そうとも俺よりずっと度胸の据わって見えていた仁科さんすら、向けていたさつきさんでなく、夜桜さんに当ててしまった!
この俺なんぞに、狙い正しく二人を止めるための弾が撃てるものか――!)
[結局は仁科に示されていたはずの安全装置も外さぬままに、震えだす己の腕を見止め、すぐに拳銃は下げられたのだった。
そして――ああ、どうやらとうに遅かったのだ。
由良は床へ倒れていて、彼を屍鬼と呼ぶ望月は下に何かあるらしいシーツを剥いだ]
あ……。
[そこにあったのは花蘇芳。
初めて会った時由良はその樹の下に居て、見事だと首の痛くなるまで見上げていた。あの花だ]
由良さんを屍鬼と思って…そうかい、望月さん。
…しかし一体由良さんのどこが、そう見えて?
……。
さつきさま。
[黒い目が、うっそりと(熱のためもあるが)伏せ目がちに瞬いた。]
仁科さん、ありがとうございました。
もう一つお願いを──
あたしを、一度自室へ連れていって*頂けませんか。*
―天賀谷自室戸口
さつき君。
ああ……君は仁科さんを怖がっているのか。
[先程、仁科の拳銃の銃口はさつきに向けられて――いたことをぼんやりと思い返していた。]
だが、君の様子も聊か私には腑に落ちなかったよ。
なぜ仁科さんの名前を口にしていたのか――
―天賀谷自室戸口
――いえ、碧子さん。
決して薄情だなんて思いません。
それが……普通のことだと……
[しかし、彼女にとって彼は「お友達」だったのか、と私は場に不似合いにも、天賀谷の境遇を可笑しく感じていた。]
―天賀谷自室戸口
周り、とは云っても私はまだ部屋から出ていないから、今何が起きているのかよくは知らないんだ。
[さつきに答える]
むしろ、此処に居なかった人がなにか異変を知っていたら知りたいんだが――
─天賀谷の寝室─
私はこういう女です。
だから、雲井様。「ファムファタアル」なんてそんな、大それたものではございませんの。
[また顔を真っ直ぐに雲井に戻し、うっすらとほろ苦い笑みを見せた。]
―三階、十三の部屋前―
[もう既に部屋の前ではさつきと杏が揃って話しこんでいた。
悠然とそこに近づくと、さつきに対して会釈を返す]
ええ、さつきお嬢様もご無事で何より……。
昨日はどうにも取り乱してしまいまして、申し訳ございません。
私ですら不安だというのに、
ご親族がこのような形で亡くなられたお嬢様の心中はいかばかりか……
[そう答えると、ドアの隙間から包帯を巻かれた女中と処置を施す医師の姿が]
さて、一体何が?
……どなたか殺し合いでも為さっていたのですかな?
[その表情は、硬い。]
――三階/十三の部屋前――
『改めて思うけれど、鉄砲というのは恐ろしいものだわ…。
気丈な様子に見えても、やはり夜桜さんの傷は深いのかしら。
……其れでも』
夜桜さん、連れて行って頂くのは仁科さんでなく他の方にお願いなさって下さいましな。
仁科さんには、私からお話がありますので。
どなたか、お願いできますか?
「――それと、夜桜さん。貴女の名――」
[ふとさつきの声が耳に飛び込んで来て、視線が雲井からそちらにずれた。
柳眉が僅かに持ち上がる。]
[感触を思い出す]
…だめだ。
[呟いた言葉の意味は望月自身にしかわかるまい。
袈裟斬りの角度、深さ。それに刀の斬れ味。
息があると見えたのは気の迷い。由良は即死であったろう]
―天賀谷自室戸口
「――ファムファタアル」
[その響き、雲井と碧子のやりとりに、その関係を察する。]
雲井さん、貴方、ぶっきらぼうに見えてもなかなか隅に置けない人だ。なれそめを聞いてみたいものだね。
[私は少し微笑んで、軽く肩を竦める。術後の緊張感やこの場で感じていた重圧を解きたい気持ちがあったのだろう。]
『夜桜さんは、仁科さんを頼りにしているのかも知れないけれど――撃たれながらあの様に云えるというのは相当な信頼なのかも知れないけれど。
でも、矢張り。ハッキリと示しはつけなくては、ね……』
[さつきの言葉に、夜桜を庇う様にして少し前のめりの姿勢になる。手を止めて改めてさつきを凝視する。]
…先刻。
さつき様の悲鳴が聞こえて──。
屍鬼が出たのではないかと思った。
そして、階下から異様な何かが…──上がって来る様な気がして…。けれども階段を登って来たのは、枚坂先生とさつき様、貴女だった──。
ああ、コルネールさん。
さっきは少し剣呑な空気があってね。
天賀谷さんが皆さんをここに呼んでからというもの、怪事ばかりが起きるものだから。
[これ以上の騒動を望んでいなかった私は、銃の暴発のことは、伏せながら前後の事情を説明した。]
階下の部屋の怪異──血文字は。
十三様の名前の横に刻まれた様な「屍鬼殺害」の文字は…今、此処に居る誰もが目にしたのだろうか。
[まだ階下はあの異様な血浸しなのかと嫌悪感を滲ませ。
再び、さつきに視線を戻す──。]
あたしが、水鏡を覘いても自分の貌が映っているだけだった。旦那様の首を見ても、其れが只の首か屍鬼になりかけた首か──区別もつかない。
だから、恐怖に駆られた莫迦な女なだけなのかもしれないよ。
…でも、
だって望月さん…。
今そこで倒れてる由良さんは…俺には人間にしか見えない。
…だが、同じことだね。
その傷、誰が見たって…もう助からないんだろう?
[...は悲痛に嘆く翠を前にしては言いにくそうに顔を逸らし、しかしはっきりと]
なあ、あんたがやったことの理由は後で聞くさ。
だけど由良さんのこと…さっさと楽にしてあげたらどうなん……。
[――…だめだ。
望月の声が聞こえて再び良く由良を見る。
苦悶に歪み続けていると見えていた表情の由良はしかし、どうやら既に、そのままの顔で…]
……もう、死んでいたのか。
[その下にあったものを見て、はらりシーツを落とす望月に容赦なく言葉をかける]
いや、こう言うべきか。
――あんたが殺したんだよな、望月さん。
[続いて、さつきはシロタへと深く辞儀を向ける]
お悔やみありがとうございます、コルネール先生。
私は……叔父を殺したのは、屍鬼なる化物だと確信しております。先生はご覧でなかったでしょうけれど、あの有様が人の業だとは、とても……。
本当ならば葬儀の話なども――とはいえ、この事態では何とも。
―由良の部屋―
[藤峰の言葉に答えて]
……指を斬ってなお、痛みすら感じていないようだった。
だから、屍鬼なのだと……。
[じっと花蘇芳を*見下ろしていた*]
[目の前の夜桜さんを撃ったのだからねえ。
と付け加え──。さつきから何かを感じ取ろうとする様に、凝視は止めない。]
──…でも。
灯りは付いているのに何がが真っ暗だった気がした。
──…さつき様ァ。
貴女の周囲から、異様な気配がしたんで。
貴女があたしの名を呼ぶもンだから…──。
[翠は動かない由良の屍の服の裾を握り締め、
息を漏らして声を聞いていた。
痛みすら感じないと。
屍鬼だと思った、と。
あんたが殺したのだな、と。]
―――……ッ
[震える手を伸ばして、由良の瞳を閉じさせる。]
……ああ……
分かっ て、
分 かって い ます
……人が、人をころす、なら
私の務 め が
其処に
……ある……
[途切れ途切れ、搾り出すように言って]
──…さつき様は。
……何か。
良く無いモンを被っちまってやしませんか。
取り憑かれてやしませんか。
[今度は逆に夜桜の影に隠れそうな様子で恐ろしげに。]
[さつきの礼に、形ばかりの礼を返す。]
ええ……私も正直信じ難いですし、信じたくはありませんが……微かに見たアレが、人の業であると信じる方がむしろ私にはおぞましい。
葬儀よりも、何よりも、まずは……殺されないことでしょうかね。
私も、恐ろしいですから。
[包帯を巻かれた女中の姿を遠目に見やる。
なるほど、確かのこのような状況であれば、こうなるだろう。]
『―――。』
[その微か過ぎる呟きは、果たして誰に向けたものか。
だがすぐに芝居めいた口調で]
いつ自分が化け物に殺されるか、もしくは化け物呼ばわりされて殺されるか……ああ、恐ろしいお話ですね。
――三階/十三の部屋前――
[仁科の言葉が途切れ、さつきは戸口へと近寄って言葉を返した]
ふふ。然う、ですか。
恐れに駆られて鉄砲を構えた、異様に感じたのだから仕方ない、と仰る御積り?
夜桜さんを撃った、のではなく、当たった、のでしょう?
あの時、夜桜さんが飛び込んで下さらなければ誰に当たっていたか知れません。それを痴れっと刷り返る仁科さんの様子は、如何にも奇妙に感じられますわ。
―― 3階・客室 ――
[来海は落ち着きを取り戻しつつあった。天賀谷の死も、屋敷の外でのできごとも、自分の身の周りに起きている事象をありのままに受け容れ始めた。]
やけに屋敷が騒がしいな……
フン、俺には関係ないことだ。
いや、関係なんぞどうでもいい。
俺は死なんぞ。絶対に死んでたまるか。
俺にはなさねばならないことがある。
天賀谷をも超える『力』を手に入れるまでは、
決して死なん。天賀谷は死んだ。
やつは敗れたのだ。不甲斐ないこの国と同じだ。
俺は違う。敗れたままでは終わらん……
[彼は部屋を出て、廊下へと出た。
運命と対峙するために……]
来海さんはどうしているんだろうね。
ふむ――
[さつきの言葉に少々考え込む。]
誰をも恐れている……だが、仁科さんと話があるって云ってたね。私は外していた方がいいかな。
[さつきは誰をも恐れているとは云ったが、仁科に関心を寄せているように思えた。
さつきが先程言葉をかけた、「信じがたい話」の中身が気になったが、今はこの部屋を出て行くべきだろうかと逡巡する。]
[──…仁科が夜桜を引き裂かんと伸ばした爪を、何か。
硝子の様な硬いものが…── 弾いたのだった。]
あれのお陰で、あたしは夜桜さんを殺さずに済んだ。
あれが無ければ今頃────。
…今頃?
否、あたしは銃で──銃を撃っただけでは無いのか。
―由良の部屋―
[...もまたどこかぼんやりと、無残な死体の代わりに、由良を見るような目で花蘇芳を見る]
あの人は、使用人にまで礼儀正しくて…。
優しそうな笑顔をしていたよ。
指を斬ってなお、痛みすら感じていないようだった…だから屍鬼だと思った…、か。
…わからないな。そもそもどうして、由良さんの指を斬ってしまう事態になったのか。
――あんたは良く、人を斬るんだね。
最初は…遺体の天賀谷様。
次には、生きた由良さん…。
…天賀谷様を斬った後の、あんたの涙には絆された。
ああこの人は例え自分が辛くとも、それが自分の役割だと強い信念を持って、死者の魂か何かの救済のために…相手を想って斬ったのだと思えた。
でもどうなんだろうな…今回のは。
わからなくなってくるよ…あんた、実はその刀で人の肉を斬るのが――好きなだけなんじゃないのか?
……いかない、と
……わたしが、
……視れば
……はっきり、
……きっと。
[翠は要領を得ない呟きを漏らす。
手を伸ばした先には花蘇芳。
鮮やかな色彩のそれを一枝手に持ち]
……ふじ、みねさん……
由良様を……望月様を、……おねがい……。
[体を引き摺るように、翠は歩いていった。]
名前を──あたしを水鏡で見ようと思った理由が気にならないと言えば嘘になるが……さつき様。
薄気味の悪い貴女とは、二人きりにはなりたくありません。
[憑き物が落ちたように呆然として、問いには答えぬ望月。
再度問うて答を求めることを万次郎はせずに、聞き取りにくく途切れ途切れの、翠の声を聞く]
…人が人を殺すなら……、
翠さんの務めがそに…ある?
……翠さん?
何を言っている、どういう意味なんだ?
――三階/十三の部屋前――
[年齢に似合わぬ冷静さは何に因って来るのか、さつきはワンピースの黒袖をただ静かに組んだのみであった]
仁科さん。
貴女、ご自分が今何に取り憑かれてらっしゃるか、ご存知?
異能は半端と云えど、其の程度ハッキリと私にも見て取れます。
怯え、恐れ、疑い――然う云う名前の、暗がりに潜む鬼。
即ち、疑心暗鬼。
……少しくの間、御休みになった方が宜しい様ですわね。
……どうぞ、ご自愛を。
[藤峰にゆるりと振り向いた。]
―――……魂を 見るの。
レイシって、
聞いた こと―――あるでしょう?
彼岸 を 覗いて
本質を、視るの……。
[来海が廊下に出るとあたり一面に屍臭が充満していた]
この国はまた戦争でも始めるつもりか……
[パニック状態の使用人を発見したが、
何を聞いても要領を得ない。]
一体何が起きている?
また、誰か死んだのか?
オイ、貴様答えろ。チッ。
[来海は天賀谷の部屋と向かった。]
3F 廊下 -> 3F・天賀谷の部屋
―――屍鬼は
首を切られれば 死ぬ
心の臓を貫かれても 死ぬ
人か
屍鬼か
どちらか
わからない。
それなら、
私が彼岸を覗いて確かめなければ―――
[そう謂うと、また歩き出す。
向かう先は庭。
花蘇芳の木の下、だろうか。]
何故?
私が正真の影見たるには、異能の力は半端だ――故にこそ、他に彼の水盤を操れる影見が居ると。
噛み砕いて云えば、そう云う意味なのですよ?
つまり、私は影見では無い、と。
……何だって?「私が視れば」……?
[要領の得ない翠の呟き。
鮮やかな色彩の花蘇芳を持つ彼女の手も、どこか夢の中で見る天女のそれを思わせて、一瞬このまま消えてしまうのではないかと万次郎は思った]
翠さん、何を視るって言うんだ。
はっきりとって、おい、どこに――!
[由良様を、望月様をお願い。
――しかし由良に自分がしてやれることなど、何もありはしない。
呆然と佇む望月の事も、今は心配してやる気にはなれない。振り向いた翠は答える]
……レイシ?ああ…ああ……「霊視」のことだな?
聞いたことあるとも、田舎でも良く聞く伝承さ。
彼岸を覗いて本質を視る…。
――驚いた。じゃあ、あんた…翠さん、それができる人だって言うのか?
…由良さんを……由良さんの魂を、視に?
[確かめなければと翠は呟いて、また歩き出した]
そうか…分かった。もし本当に視えたなら、由良さんがどうだったか教えてくれ。
俺は知らせに戻るよ――…何があったか、天賀谷様の部屋に居る人たちにも教えなきゃならないだろう。
―― 天賀谷の部屋の前 ――
[天賀谷の部屋の前に人だかりができているのを来海は認めた。そちらへとずかずかと近寄ってゆくと誰に聞くと無く声を荒げる。]
ふざけるなッ、いい加減にしろッ。
何だ、何が起きてる、ここはおかしいぞ。
マトモなのは俺くらいだ。
貴様らは狂っている。
説明しろッ。一体全体何が起きてるッ。
[さつきに向いて。]
お嬢さん。貴女が影見ではない、というのは判った。
仁科君が釈然としていないのは、実の所、私にも判らんが、貴女が影見じゃあ無いと謂いながら、そこ迄仁科君を猜っている、という所なんだが。
――三階/十三の部屋前――
[仁科に向けていた視線を床へと落とし、とある方向をじっと見つめた。其の視線の先は概ね、水盤が設えられた階下の廊下中央辺りであった]
そう、操れる――なのだわ。鍵と云うべき要素は。
私に見えたのは、杏の姿だけなのでしたから。
正真の影見であれば、自らの裡にある想いを自在に整え、磁針を向け、どのような相手でもたちどころに見抜く事が叶うのでしょうけれど。
私には、其れだけの――或いは血か、技か――ものが不足しているのでしょう、きっと。
―天賀谷自室戸口
[私は彼女たちの遣り取りの結末を見届けることなく、扉の外に出かけて――]
――おや。
[気づくより彼の歩みは早かった。どこからともなく現れた来海は、部屋に入って早々苛立たしげに声を張り上げている。]
[...は望月へはほんの一瞥をくれただけで、呆然と佇むのにも声をかけてやるでもなく、由良の部屋の扉へ歩を進めた。
出てしまう前にもう一度だけ動かぬ由良を振り返ってから――…天賀谷私室へ向かった]
翠さんは、本当に由良さんの魂を視ることができるだろうか…。
できるなら、せめて由良さんが屍鬼だったと言われれば…
[荷物を部屋まで運んだ時の、由良の丁寧に礼を言ってくれた顔は、どうしても屍鬼とは重ならない。
...は溜息と共に首を横に振ってから、天賀谷の私室への扉を開けた]
―三階・天賀谷私室へ―
[枚坂のほうを向き直ると来海は彼を睨みつけた。]
話だと、いいだろう。聞いてやろう。
ただ、その前に答えろ。
貴様は何のためにここにやって来た。
ただ、天賀谷に呼ばれたのか、
それとも何か用でもあったのか。
何だ、何が狙いだ。貴様何を企んでいるッ。
[喚き散らす老人を冷ややかに見やりつつも、柔和な笑みを浮かべて]
ああ、これはこれは先生……この状況ですか?
化け物が天賀谷翁を殺して、恐れを為した皆が殺し合っているのですよ。
まあ、これは未遂に終わりましたが、他の部屋では何を為さっているのか知りません。
そうそう、先生は疑いをかけられているうちの1人であることもご念頭に置かれた方が、何かと身の安全の上で宜しいかと存じます。
[そう語ると、慇懃に一礼]
来海さん、無論、私は天賀谷さんから招待状をもらったからここへ来たんだがね――
それ以外にも、美術品を受け渡す用事があったかな。
「なにを企んでいる」だなんて、随分人聞きが悪いな。
[私は来海の言葉に苦笑しながら言葉を返した。]
まあ、目的があってここへ来た、というなら来海さん、強引に押しかけてきたっていう貴方の方じゃないかな。
いや、まあ、そんなことはどうでもいいんだ。
―外庭、花蘇芳の下―
[花蘇芳を手に、白いレースを朱に染めて
翠は庭へと出た。
咲き誇る鮮やかな花の下で、
翠は空を仰いだ。]
……由良様……
[両手を差し伸べて、花蘇芳を掲げた。
翠は此処ではない何処かを覗き見る。
花が行く先。
彼岸に通じる
扉が]
―――ぁ
[シロタの挑戦的な物言いに不快感を露にしながら]
滅多な口をきくなよ、小僧。
化け物が天賀谷を殺しただと、まあいい。
とどのつまりお前は死にたいわけだろう。
殺し合うというのなら、俺は殺される前に殺す。
俺を疑いたいのなら、本当に殺してやるよ。
これで満足か。よかったな。
二度と妙な気は起こさんで済むだろうよ。
―天賀谷私室―
[...は今の自分の手には重過ぎるというとでも言うかのように、ゴトリと拳銃を天賀谷のベッド横にあるサイドテーブルへと置く。
――空の一輪差しが目に入る。
翠が手にしていたように、短く一枝だけ持ってきていた花蘇芳をそこへ挿した]
…うるさいな。客気取りでいつまでも偉そうに。
[長く姿を見なかった来海が騒いでいる様子に、冷たくそう吐く]
天賀谷様はもう居られないし…それに。
[来海に慇懃に返事をしていたシロタの声を、肯定するかのように頷いて]
それに――…また一人、死んだって言うのに。
夜桜さんの言う通りだった…望月さんに行かせちゃあ、駄目だったんだ。
由良さんを望月さんは殺してしまった…翠さんも俺も、止められなかった。
全部終ったあと、翠さんは言ったよ。
自分はレイシができる者だって。
だから今、由良さんの魂を視に行ってる。
彼女が本物で――由良さんが屍鬼だったことを祈りたい。
[眼が見開かれ
ほろほろと泪が零れた。]
―――由良様。
[嗚呼、彼岸の淵、
彼の人は立っている。
肩代わりを―――そう謂った、
あのときの表情が浮かんだ。
ひとのすがたをしていた。]
……屍鬼では―――ない。
なかったのですね……。
……もう、
あの言葉の意味を聞くことは……出来ない。
[それだけ謂うと、膝を折り、
*花を仰ぎ見たまま泪を流した*]
いやはや、剣呑だね。
殺すってどうやってだい?
来海さん、まさかあなたも用意周到に武器を用立ててたりはしないだろうね。
[私は来海の腕を引いたまま、部屋の外へと誘導する。]
来海さん、貴方は覚えていないかも知れないが、私は一度政治家たちのパーティで貴方を見たことがあるんだ。
私も、何人か政治家の知り合いがいてね。
政治にはあまり関心がない――そう云ってしまうと貴方には悪いが、あまり気乗りがしないままつきあいでその席に居たんだよ。
[簡単に出会った時の世間話をする。その後、私が見聞きした別荘の中での事件の経緯を事細かに説明していった。]
[声を低める。]
来海さん、正直なところ、私は途方に暮れているんだ。
誰が屍鬼かなんてさっぱりわかりやしない。
かといって、わからないなりにめくら滅法、会った人たちを手にかけていきゃぁ屍鬼に当たるなんてのも、随分気の滅入る話だよ。
誰が屍鬼かなんてわかりゃしないんだが――
貴方が云うように、貴方は比較的まともな人に見えるんだ。
なんていうのかな……
武器を用意していたり、荒事の鍛錬を受けたような人と違ってね。こう云っちゃあ失礼だが、貴方はひどく俗っぽく見える。
だから、今のところだが……まだ少しはまともな話ができる人に見えるんだよ。
[威圧的な老人の剣幕に肩を竦めて]
いやはや、これは失礼致しました。
私としては、来海先生の身を案じて申し上げたのですが……私とて死にたくはありませんからね。
ですが、殺される前に殺すとはなかなか穏やかではありませんね。
さすが、豪腕で名を知られる先生だけのことはございます。
私は荒事には全く適さぬ一介の楽師ですので、自らの身をせいぜい守らせて戴きとうございます……剣呑剣呑……
[そう言って頭を振ると、「望月さんが人を殺した」という言葉が耳に入り、一瞬絶句するも]
――だ、そうですよ。
私も寝首を掻かれぬ様にしたいですな。
それでは、失礼致します。
[そう言って、深々と一礼すると*自らの客間へ*]
だから、今のところは私は貴方に手を出すつもりはないってことは伝えておこうと思ってね。
貴方が屍鬼探しをするために力がいるっていうなら、相手によっては私が手を貸そう。無論、私を屍鬼だって思うならこんな話は成り立たないだろうがね。
袖にするのはかまわないが、これだけなら、貴方にとって悪い話じゃないだろう?
考えておいてくれ――。
ヒラサカとか言ったか。貴様が興亜会のメンバーだったとは意外だな。軍需省に知己でもいたのか。あの会に顔を出していた人間ならすべて覚えていると思ったんだが…… まあいい。
俺がマトモと言ったか。
そうだろうともよ。よくよく考えてみろ。
天賀谷が殺される理由なんてものはな、
カネしかないんだ。他に何がある。
俺は奴に死なれては困った。
今となっては甲斐の無いことだがな。
あいつが死んで誰かが利益を得たはずだろう。
ソイツだ。ソイツが天賀谷を殺したんだ。
死人が生き返るだと……
俺は、俺は信じんぞ……
[死んだ智恵の目がこちらをじっと見つめる姿を来海は必死で記憶から消し去ろうとした。]
[「――興亜会」 そこでなにがあったかを覚えている筈もなかった。私は政治に露ほどの関心があったわけではないのだから。
私に必要だったのは医薬品の許認可や医療法制についての政治家の便宜に他ならなかったからだ。
だから、「覚えているか」というと曖昧に返事を返す他なかった。]
来海さん、貴方もひょっとすると――
なにかを“見た”んですか?
[どこか怯えたように聞こえたその言葉の響きに、思わず問いかける。]
死人が人を殺すだと。
死人を殺すために、人間が人間を殺しただと。
面白い。ああ、いいとも。
せいぜい盛大にやってくれ。
ただし、俺に指一本足りとでも、
触れてみろ…… 殺してやる……
[来海は自分に言い聞かせるようにつぶやいた]
[枚坂の問いに苛立ったように]
お前は医者なのだろう。では、いちど死んだ人間が決して甦らないというのが万物不易の法則であることに疑いはないな。
さて、ここで、仮にだ、仮に俺が死人が動いたのを『見た』と言ったとしたらどうする?
貴様は俺を狂人と思うだろう。
それでいいのだ。それこを俺の望む答えだ。
いや、あるいは俺が狂っているのか。
そんな馬鹿なことがあるものか……
──二階・天賀谷十三の書斎──
[壁に浮かんだ血文字が波を描いてのたうつ。
まるで脈打つ血管の様に。
硬い得物で硝子を引っ掻く様な不快な音がして、由良秀一の名の上に打消し線が引かれた。…其の光景は正に怪異。]
[打消し線が引かれた由良秀一の名は、薄暗い部屋の中で暫し静かに赤く点滅して居たが。
ゴプリと粘り気のある水音がして──、丁度、由良の名前の打消し線が傷口で其処から出血する様に溢れ出し、壁を血に染まる。
血はまたしても重力に反して天井へ流れ、其のまま──…染み込み乍ら八方へ広がる。
天井にまるで毛細血管があり、全ての分岐へ、真っ赤な不定形生物がずるずると潜り込んだかの様に、天井に網目模様を浮き立たせ、そして──…消え失せた。]
──三階・コルネール=ローゼンシュトック=シロタの部屋──
[コプコプと水音がする。
ちょうどシロタが部屋へ引き上げて来た時、扉前の床から血球がぽつぽつと浮かび上がる。シロタの目の前で、血球は縦線を描き、横線を描き、「由良秀一」と名を綴る。そして、書斎の壁がそうで有った様に、不快な軋む様な高音を立てて、由良の*其の名を打ち消した*…──。]
―3F江原自室―
[机の上には、袋に包まれた麻。
江原はただそれをじっと見つめている。]
………ジェイク君、逝ったのか。
[この麻は、江原のものではない。
数年前亡くなった彼の友人の遺品である。]
私が持っていても仕方のないシロモノ。
求める者の手にあった方が良かれと思ったのだが……。
天賀谷氏といい、ジェイク君といい。
私は、間の悪い天命を授かったようだな。
[天を見上げ、目を閉じる。袋の傍らに血染めの星条旗。]
Rest in peace...
―由良の部屋―
「望月さま、そのお怪我は」
[声をかけたのは誰であったか]
心臓を、つかまれかけて。
[由良の手が掠めただけなのに、胸元の皮膚が抉られていた]
痛い…?
[返り血に紛れていた傷から*血があふれてきた*]
─3階・天賀谷の寝室─
[さつきと仁科の間に漂う緊迫した空気を感じながら、先程の出来事を思い出している…。]
…………
─(回想)─
[碧子が漸く仁科に追いついたのは、天賀谷の部屋の前であった。
全力で走った所為か、酷く息が乱れて、後数歩なのにその中には入れない。
仁科が開け放った扉を背中越しに見遣り、]
──嗚呼。
[タオルに包まれた丸い物を抱いて、床に座り込んだ男。
その、布地の間から覗いている黒っぽい髪の毛と人肌の色を視認した途端、碧子の唇から、嘆息とも呻きとも取れる声が洩れた。
そして同時に、何か、すとん、と了解したようなそんな色が白い面に浮かんだ。]
『──それでは本当に、天賀谷様は亡くなられたんだわ……』
[雲井と仁科の、屍鬼について書かれた書付を巡って会話する声、
枚坂医師が絵を前に画家の生涯について語る声。
それらを聞きながら、その外にあって、じっと天賀谷の首級を凝視していた。]
さようなら、天賀谷様…──
[見開いた瞳から、そっと一筋だけ、涙を零した。]
私は貴方を殺したけれど、貴方を食いはしなかった、
それは、
……心の何処かで本当に、黄泉還って来れば好い、と思っていたのかも知れないわねえ……
[しみじみと呟いた。]
─3階・天賀谷の寝室(現在)─
[記憶を反芻して、天賀谷の残したという書付について、仁科や雲井達が話し合っていた内容を思い出してみる。]
『確か、影見と霊視が必ず一人ずつ現れる…のでしたっけ。
それから、狂ってしまう者も出る可能性が高い。
そして、一番大事なのが、屍鬼を殺すか、生者が皆死ぬかしないと此処から出られないと云う事……』
[先程の仁科の発砲を思い出して、微かに身震いした。]
『屍鬼に影響されなくても、この様子では皆狂ってしまう……』
──三階・十三の寝室──
[さつきが横を通り抜け去って行く時、仁科は薄気味悪そうに避けた。]
…疑心暗鬼。
其れ以外の言葉は当てはまらぬでしょうが。
[来海をちらりとみる。あれが普通に見える。]
しかし、年若いのに、何も恐れるそぶりも見せない落ち着き払ったさつき様ァ、貴女が自分と同じ方を見てるとは思えませんで。
『夜桜さんは助かったから良いけれど、また違う誰かが疑心暗鬼に駆られて、同じ様なことをしないとも限らない。その時は助からないかも知れない。
屍鬼でもないのに、疑われて、』
[それ以上は考えるだに恐ろしい、と頭の中で打ち消した。]
─3階・天賀谷の寝室(現在)─
『死ぬのは嫌。』
『殺されるのは嫌。』
『醜いのは嫌。』
[そう考えていた正にその時、来海が喚き散らしながら現れ、枚坂医師に食って掛かり始めた。さつきの連れてきた音楽教師とか云う男とも言い争っている。
それを見た碧子の顔に、不快の色が露わに浮かんだが、それも、藤峰が帰って来るまでの事。
望月が由良と云う男を殺してしまったと聞くに及んで、さっと白い顔に戦慄が走った。
唯でさえ透き通る様に白い面が、血の気を失って蒼白く変わる。]
『さっき首を抱えていた、あの人。』
─天賀谷の寝室─
[微かに震えて、雲井の腕を抱く碧子の頭上に、赫い渦が生じる。
それは黒の色彩を加え、やがては白も入り混じり、徐々にひとつの形を形作っていく。
と同時に、碧子の存在感が次第に薄れていき、薄黒い翳りに覆われていく。
やがて、頭上の渦が黒髪を靡かせた女の白い貌へと完全に変化し終わる頃には、碧子の全身はうっすらと透けて見える半透明の黒い影へと変わっていた。
そしてその代わりに、宙に浮かぶ白い貌は凄艶な艶を滲ませて、生き生きと輝いた。]
[白い貌は半眼に目を見開いて、室内に居る人間達を睥睨する。
いきなり出現したこの怪異にも、やはり人々は注意を払わない。其処には存在していない物、として全員が見もしなければ、感じもしない。
影の様になってしまった碧子でさえも気が付かず、雲井は顔色ひとつ変えずに側に居る。
紅い唇が開き、白炎と共に言葉を吐き出す。]
あの子に向かう筈が、何故だかあの女に引き寄せられた。
わたしが開こうとした道は開かず、あの女へと逸れて、その道もまた。
あれは──…
―外庭→屋敷へ―
[翠は壁に手をつきながら、歩いていた。
既に飽和するほど血を吸った絨毯を踏みしめる。唇を噛んだ。]
『……何て、甘い―――決意なの』
[憎いと思った。
遣える主を殺した屍鬼が憎いと思った。
だから、刀を振るおうと思ったのに。]
――私は。
[だが現実はどうだ。
人が、人を殺した。死んだ。
その現実に打ちのめされて、体が重い。]
殺さないと、わからない……。
[どこか虚ろに呟き、それでも刀は離さない。]
[遠い昔、仲間と初めて出会った時の事。
“こちら”と“あちら”を繋ぐ道は、近ければ干渉しあって一つになる……
狙った獲物と違う方へと引き寄せられる事もある。]
誰ぞ居るのか──……
此処に、
わたしのほかに。
[その瞳が更に細められ、何かに集中する顔付きとなった。
唇を窄め、細い細い息を吐けば、それは白い靄となって流れて漂う。白い靄は網の様に拡がって部屋中を満たしていく。室内のあらゆるものはその触手じみた靄の探索を逃れることは出来なかった。……天賀谷の書付も。
靄の網はまた階下へも拡がり、血文字の描かれた壁を舐める様に撫でた。]
―由良の部屋―
[心臓の真上の皮膚から血がじわじわ滲んでくる。]
由良は、俺を殺そうと胸を…。
[心臓を狙っていた?
屍鬼は首を斬られるか、心臓を貫けば死ぬ、と]
あ、あ、あ…!
[…気が付いた。由良は望月をこそ屍鬼と考えたのだと]
では、俺たちはお互いを疑いあって…!?
[由良が屍鬼ならば求めるは屍肉のはず。屍鬼を殺しても何の益もない]
由良、…由良、さん。
[呻く声に応えはない]
[その瞳がカッと見開かれた。]
…──見つけた。
[ぎらぎらと歓喜の色を湛えた黒い瞳が、暗黒の光を放つ。
黒い髪を蛇の様にのた打たせ、白い貌はニィと形の良い唇の両端を持ち上げて哂った。]
「望月さまが問い詰めた」
「でも掴み掛かったのは由良さまだ」
「だからって刀まで抜かなくても」
[はじめから目撃していた使用人たちのそんな囁きが聞こえてくる。]
ゆら、さ、ん。
[声に答えることもできぬまま、血に染まって立ちつくしている]
……伝えない、と。
[独白。
由良は違った。
由良は。]
―――ッ……!
[声にならない声を上げ、
翠は自分の胸元を握り締めた。]
―三階へ―
―三階、天賀谷自室―
[声が聞こえた。
喧騒、怒声、或いは恐怖の。
翠は藤峰の姿を見つけると、ついとその服の裾を引いた。]
違った。
[翠のか細い声が彼岸の声を伝える。]
……由良様は
……違った。
[ゆるゆると首を振った。
そうして、また歩き出す。由良の部屋へ。]
──三階・十三の寝室──
『血文字に刻まれた中で、誰かを殺すなら…。
──…さつき様。
否、あたしが愚かなだけか。』
一度思うとそうとしか…。
[金黒の両の目を見開いたまま、ぐるぐると思案する。
さつきを見送った。
──そして、ハッとした様に夜桜の傷口に視線を落とす。濡れた布越しに触れている其の肌は熱を孕んでしまって居るでは無いか。]
申し訳ない、夜桜さん。
使用人用の部屋へ…行きましょう。
真に安静にしなくては。
『其れにあたしも水でも浴びた方が良い。』
[翠は此処に居ない。
他の使用人を呼び寄せ、傷口に触らないように支えながら、*夜桜を運びだした*。]
―三階、由良の部屋―
[部屋の前、使用人たちがさざめいている。
「掴みかかった」
「でも先に斬ったのは」
翠は扉に手をついて、
立ち尽くす望月の背を見つめた。
謂わなければ。
静かに望月に歩み寄った。]
……彼岸を、見ました。
[望月はただ由良の名を呼んでいる。]
彼は、屍鬼ではない。
[翠は、横たわる由良を見下ろして、
*祈るように瞑目した。*]
[夜桜を支えて出て行こうとする仁科と入れ違いに、翠が入ってくる。
藤峰によれば翠は殺された由良の霊を見に行ったと言う。
声を掛けたいと思ったが、翠の表情と仕草だけで結果が分かってしまい、何も言えなくなってしまった。翠はまた出て行く。]
『望月様が切った由良様は、只の人だったと…翠さんは。
其れが本当なら。
あたしは、さつき様を……やはりまだ殺そうと思っているけれど。
此れも間違いなのか。
……分からない。』
[兎も角、夜桜を部屋へ。
炊事部屋に居た使用人に、常より更に白く西洋人形のめいて見えた翠に、暖かい飲み物を*運ぶ様にと言付けた*。]
[現実の仁科は十三の部屋を何の苦も無く出て行った。夜桜を支えて使用人の部屋へ…。今度は夜桜の熱を帯びた白い肌を見ても、痛ましく申し訳なく、また銃と言う凶器の重みを思い出すだけだった。
其の常と変わらぬ自分に安堵していたと言っても良いかもしれない。]
[──…ところが。一体どうした事か。
赤黒く冷たい闇の中、揺れる夜桜と自らの指先を交互に見つめ乍ら、沸き上がる飢えに戸惑って居たはずの仁科は、異界の仁科は…──]
…ァアアアアアア!!
ウワァアアアアアア…──!
誰か、誰か。
墜ちる、墜ちる。
──…誰か。
助けて、助けてくださ…
[見えざる恐るべき力に──背中から全身を絡み取られ、一層深い…闇の方へ引き摺られて行く。]
[ぐしゃりと挽肉を潰す様な音を立てて、仁科は真暗な地面に転がった。手を付き、立ち上がり逃れようと…──]
──…っ!
[虚空にメデューサの如く壮艶な、
白く濡れて光る女の首が。
女が。
仁科を見降ろして居るでは無いか…──。]
――三階/十三の部屋前――
[夜桜/神居を抱えた仁科が去り、其の姿も見えなくなった頃であろうか。さつきが、不意にぽつりと呟いた]
そう――其れくらいでは、足りないわ。
気味が悪い、などと云っていられるようでは、とてもとても――
[彼女を見上げる仁科の、怯えたその表情を捉えると、口の端がくっと持ち上がり、更に深い笑みが零れた。]
──……そう。貴方だったのね。
[抑えきれぬ愉悦を含んで、その唇から発せられたのは、敢えて普段の碧子と同じ、穏やかな口調。]
[白い貌は高度を下げ、視線を合わせたままに、すぃと仁科に近付いた。
間近で見れば、その面は一層白く艶やかで、赫い闇の中で仄かに光を放っている。
微笑を刻み込んだ紅い唇が迫り、甘い息を吹き掛けた。]
……ふふ。
何を怯えているの。私がそんなに怖いのかしら?
私の姿はそんなに恐ろしい?
「 」
「──…屍鬼。」
[其れは余りにも冴え冴えとして輝く、
人間離れした美貌だった──…。
聞き慣れた碧子の声で発される其れ──に、仁科は上手く答える事が出来ない。耳元を嬲る様に吹き掛けれた吐息に、総毛立ち、首を縦にも横にも動かす事すら出来ない。]
―3F自室―
[首を捻り考えている。この先、何をすべきか。]
……ジェイク君が、屍鬼であったかどうか。
現段階で、私にはわからぬ。
もし、彼がそうでなかったならば……
すでに、我々は後戻りのできぬ段階へ至ってしまったようだ。
[ならばどうする?続けていくか―]
確か、ジェイク君を殺めたのは望月氏か。
[少し考えた後、望月を探しに*出る*。]
―天賀谷自室脇廊下
「死人が動いた」って!?
[来海から耳にした予期せぬ言葉に、私は思わず上擦った声を上げていた。]
いやいや、変じゃない。
ちっともおかしなことじゃないさ。
完全に死んでしまった人が甦るなんてことは早々あるもんじゃないがね。
脳が死んでいる状態であっても脊髄反射で筋肉が動くことはあるし、心停止後蘇生することはしばしばだ。
たとえ脳や心臓が停止した後だって、死後硬直で躰が動くことはよくあることなんだ。
[昂奮しながら、早口でまくしたてる。来海のどこか置いてけぼりにされたような表情に、私は我にかえった。
――まずい。このことへの関心を悟られてはいけない。まして、嬉しそうに見えては。]
ああ、それでその人はどこに――?
亡くなっているなら仕方ないが、万が一にでも息があるなら救命措置が必要だ。
[しかし、私に不審を感じたものか発見前後の状況が混乱を伴うものだったのか、その話はやや要領をえない。
焦れた私は話を最後まで聞くことなく、外へ飛び出していった。]
―別荘敷地内森林
どこだ!
どこなんだ!? くそっ
[草を掻き分け枝を除け、どれほど探しても件の亡骸は見あたらなかった。早く発見しなければ、と焦りばかりが身を焼くが、闇に包まれた山深いこの別荘付近で捜し物をするのはまさに手探りと云う他ない。
めぼしい場所は一通り巡ったが徒労に終わり、私は草と泥にまみれた姿で別荘へと戻っていった。]
―三階廊下→由良自室
「由良様が――」
[白衣の所々は血や泥に汚れ、木の葉に枝のひっかき傷がついたままの姿で重い足を引きずって歩く。その耳に由良青年の殺害される様を恐ろしげに話す使用人たちの言葉が届いた。
天賀谷が倒れた時に手を貸してくれた、彼のことを思い出す。
私は、彼に好意を感じていたのだが――。
その別れはあまりにも早かった。]
翠さん……
[由良の居室、横たわる彼の傍らに彼女は静かに佇んでいた。]
「……彼岸を、見ました」
[彼岸を見たという彼女の立ち姿は、普段よりほっそりと儚げに見えた。]
翠さん君は“霊視”……
そうなんだね?
──使用人部屋──
[当然、仁科にさつきの呟き声は聞こえなかった。だが、部屋へ向かう道から暗澹としていた。何故なら、翠が見たと言う由良は人間だったのだ。]
『翠さんは、翠は。
翠さんを作る根幹が変わってでも居ない限り──
嘘は付かない人だ。
人を騙したりしない。…多分。』
…由良様は人間だった…と。
[ぽつり]
──使用人部屋…→風呂──
[新しい寝具を整え、なるべく過ごしやすい様に。もう一度湯を運び、夜桜の顔や髪も軽く拭う。
身体を拭いた時、チラリと見えた入墨の事が気になったが、怪我人らしい様子に、先に仁科自身も水を浴びる事にした。此のままでは仁科は何をまたしでかすか──自分でも恐ろしかったのだ。]
『銃弾は夜桜さんに当たった。
こうしてあたしは、自分のしでかした事に恐れ戦いていると言うのに。さつき様をまた同じ銃で狙い…殺そうと考えているンで。』
──…何か有ったら呼んで下さい。
夜桜さんを怪我人にしたのは、自分なんで。
[夜桜に断りを入れ、風呂場へ。衣服を取り払おうとすると、様々な場所で浴びた他人の血が下着まで沁み、肌に張り付いていて剥がれなかった。
仕方なしに着衣のまま、水を浴びる事にした。]
──風呂──
[──水栓を捻る其の前に。
藤峰が十三の寝室のサイドテーブルに置いたはずの拳銃を、何故か仁科は腹部から取り出す。]
『…アァ、持って来てしまった。
そう言えば、江原様は何故、あたしに銃を渡したンだろうか。』
[冷たく透明な水は赤に染まり、排水溝へと流れて行く。
濡れた衣服は衣服で異様に脱ぎにくかった。水を浴び乍ら下着も全て全て脱ぎ終わる頃には、仁科の身体は氷の様に冷たくなっていた。]
生きたいなら生きる様に。
自分でどうにかしろ。
ただし、生きていても良い。
──と言われた心地がしたが。
[胸元に手を当てている。
──…分からない、と首を横に振った。]
──風呂…→使用人部屋──
[身体を拭き、新しい制服に着替え。
──…拳銃を隠して。
仁科は夜桜の*枕元へ戻った*。]
―三階・由良自室
[望月はというと、血にまみれた刀を携えたまま放心しているようだった。]
人を斬るのは……精も根も尽き果てるものか……。
[呟きかけ、胸元に滲む赤に目が留まる。]
望月君、君、怪我しているじゃないか――
ちょっと見せてみたまえ。
[彼の胸元をはだけ、傷を改めた。皮膚は裂かれていたが、深くはない。]
縫合の必要はないが――いちおうの手当はしておいた方がいいね。
[私は側にいた女中に頼み、アルコールを持ってきてもらった。]
少し染みるよ?
[消毒し、脱脂綿とガーゼを貼る。簡単に手当を済ませた。]
―由良自室近く廊下―
[枚坂と翠を見つめながら考える。]
……………。
[屍鬼、そして人々。どちらからいつ殺されてもおかしくない。
それなのに、死への恐怖を抱いていない。]
当然だ。
[呟く。生への執着―構わないだろう。
だが、平和の本質故犠牲なしには立ち行かない。
江原は、革命思想家である。成し遂げたい目標
護りたい者。そのためには、自らの命までも捨てられる。
そういう気概で、この場に臨んでいるのだ。]
―由良自室―
[望月の姿を認めると、同室者、本人の反応を気にせず話し始める。]
ジェイク君を殺めたのは、君だな?
[視線が鋭い。]
彼とは旧知の仲だ。しかし、怒りなど感じていない。
ただ、こう思うだけだ。
君は、もう後戻りはできない。
[江原の話に、熱がこもってくる。]
―三階・由良自室
[室内に入ってきた江原に会釈する。彼と由良青年はゆかりがあったのかもしれないと思いながら。
翠の言葉に沈痛な面持ちになる。]
翠さん、君は――見れるんだね亡き人を――。
私も通り一遍のことは知っている。
異能を持つが故に屍鬼と対峙することになった者たちの話を。
だが、私が“知っている”という程度のことと君の負う力の重みとはきっと次元の違うことなんだろうな。
ジェイク君を殺めた。だが、彼は屍鬼ではなかった。
先ほど、彼女らの話を立ち聞きさせてもらったよ。
[昂ぶってくる。江原の形相は、静かな修羅。]
もう恐れことはない。屍鬼の確証のある者なくば、
何らかの方針のもと、血を流し続けるしかないッ!
我が思考は、足手纏いになるであろう者から減らすこと。
―あの楽師だ。
[修羅が、冷酷に言葉を紡ぐ。]
―由良の部屋―
[翠が言う。由良は人間だったと]
『ああ、それは自分にもわかってしまったこと』
[枚坂が傷を見てくれる]
『先生、……汚れる』
[言いたいけれど、声がうまく出ない]
あ、後戻り!?
――できないのか……本当に……
[江原の言葉に、たじろぐ。]
今日はまだ、屍鬼とやらが人を襲っていないんじゃないか?
いや、そもそも天賀谷さんだって――
天賀谷さんは本当に屍鬼に襲われたんだろうか。
わからないな。
わからないよ!
人間は、追い込まれた時野生に回帰する。
それが善なるものか、悪なるものかの違いだ。
君がジェイク君を殺めたのも、それは君の野生。
[独特の呼吸調子]
あの楽師。私は、彼の中に悪しき野生を感じ取る。
それが屍鬼としてのものか、下等な獣としてのものか。
判断はつかぬ。然れども、狂気は人間の野生へ。
それは、全滅という結末へ繋がる。
もう一度言う。君はもう戻れぬのだ。恐れるな。
[自分の首を掻っ切る仕草]
まだ野生が足りぬならば、私でそれを満たせッ!
平和の為の糧にならば、いくらでもなろうッ!
その死は宿命だ。ならば、どうして恐れよう。
―由良自室
[知って居る。
枚坂の言葉に、翠は笑みのような、悲しげな表情を浮かべた]
私は少しの力があるだけ……。
渦中の人は、全て等しく重いのでしょう。
此所に居るのは
きっと偶然ではない……。
[望月にもう後戻りは出来ないと
熱っぽく語る江原を流し見た]
[仁科の言葉に、目の前の白い貌は、さも面白そうにけらけらと嗤った。]
私が貴方を殺すですって?
[その羽ばたく様な嗤い音が、金属的な残響を残して赫く玄い闇に谺した。]
[枚坂の言葉に、怒鳴り声を上げる。]
日和ったか軟弱者めッ!
[静かな修羅が、まことの修羅に。]
そのような気概では、平和は成し遂げられぬ。
無実で死したジェイク君も浮かばれぬぞッ!
──使用人の部屋──
[同三階の客室のそれと比べると、矢張り質素である。
──天賀谷私室にて。
さつきが話があるからと告げた事により、夜桜は、仁科の手を煩わせずに部屋に帰ろうかとも思ったが、二人の会話に凝っと耳を傾けてしまっていた。
話が一段落し、仁科と別の使用人の手を借りて、使用人室へと一旦、戻る。
甲斐甲斐しく世話をやく仁科。
黒い髪が湿り気を帯び、血の匂いが顔より祓われてゆく。湯の温かさに筋肉が弛緩した。
仁科が風呂場へ行くと、夜桜は血に染まった服を脱いだ。胸元に彫られた刺青が露となる。]
翠さん、私は貴女のように屍鬼と対峙するために霊を見る力なんて持ち合わせていない。
だから、君が本当に霊を見れるというなら、その力を頼みとするしかないんだ。
いや、私だけじゃない。
他の皆だってそうだろう。
――しかも、それだけじゃない。
君の力を邪魔に思って屍鬼が君を襲おうとするかもしれない。
私は君を信じようと思っているが、君の力を偽者呼ばわりする者だって現れるかもしれない。
君はその運命を……
「全て等しく重い」なんて――
受け入れられるのか!?
「彼岸を、見ました」
[その言葉の意味に気づいたのは枚坂の言葉を聞いた大分あとだった]
『……霊視?』
[江原の声がする。己の名を呼ばれてのろのろと顔を上げる]
[江原の言葉に混乱しながらも、言葉を返す]
軟弱だって!?
私はいい迷惑だ。
君のように嬉々として戦場に向かえるものか。
此処は戦場じゃないんだ。
よく考えてみろ!
こんなのは、くだらない天賀谷さんの悪ふざけだ!!
血道をあげて頑張って挑めって、無茶な話さ!
「後戻りは出来ない」
[そんな声が、望月の自我を覚醒させていく]
江原さん。俺に、獣になれというのかあんたは。
そのためになら自分を殺してもいいと。
[カタカタ。胸の奥で揺らぐ音はなんだろう?]
[枚坂に、胸を突き出すように。
そして足元にナイフを転がす。]
貴様も直にわかる。善なる野生へと回帰する感覚がッ!
足りぬならば、私で満たせ。
ここにいるのは、オキナワ戦の英雄ではない。
ただの1人の手負いの男だッ!恐れるなッ!
[ナイフを投げた時、ひらりと星条旗が。
赤黒いしみでR.I.P.と書いてある。
江原の左の二の腕にも同色のしみ。
それは興奮の度合いにあわせて広がり滴る。]
[翠の方にも]
君も同じだ。野生が足りなくば、私で満たせッ!
もうここは戦場なんだッ!そのような気概でどう敵を討つか。
1人でも、目覚めらば私は本望だ。
そのために死しても、それは私の宿命だッ!
[左腕を力なく垂らし、唸る。]
──使用人の部屋──
[──蜂。]
[柔らかい女の匂い]
[乳房に誘われるように彫られていた]
[右手で左肩の包帯を軽く触る]
[かさりとしたような、だがやわらかい、独特の感触が伝わる]
なぜだ!
なぜ命を投げだそうとする――
[江原の言葉も、その行動も信じられなかった。
足下のナイフを忌避するように、ジリジリと後ずさりながら、髪を掻きむしった。]
君はおかしい!
変だ。
すごく変だ。
なにかが間違っている。
[私が此処に居ることも、目の前の青年に突然覚悟を突きつけられたことも、なにもかもが間違ったことなんだと、私はただその運命から目を背けたかっただけなのかもしれなかったが。]
──使用人の部屋──
[夜桜は、立ち上がると、
自分の荷物から無染の白い着物をとりだした──。]
[肌着──襦袢を手早く身につけ、着物を着付ける。]
[丁度、そこへ仁科が戻ってくる]
―由良の部屋―
「渦中の人は、全て等しく重いのでしょう」
[翠の言葉に由良と殺しあうことになった理由を思い出す]
……由良、さんは。
あの人もその重みを負おうとしたんだ。俺の傷を見ただろう、先生。あれは、あの人が俺の心臓を狙った一撃だった。
あの人は俺を屍鬼と思い、命を懸けて戦ったんだ。
[それが、由良の勇気。そのことだけは忘れてはならないと思っていた。望月は由良が翠に告げた言葉を知りはしなかったけれど]
……私は革命家。そして軍人。
革命、護りたい者を護る。
それは、命を賭してこそ。
そのような気概あってこそ成り立つもの。
[大きく肩で息。]
ならば、どうして死を恐れようか……。
[眼を見開き、江原を見る。
叱咤。
熱情。
それ以上の何か。]
何故です。
私が斬ると決めたのは屍鬼。
貴方を――
[だが分からないなら殺さねばならない。]
……覚悟。
[野生を呼び覚ませと
青年は叫ぶ。
甘い決意の前に、決断を迫る一喝。]
──使用人の部屋──
仁科さん。
さつきさまを疑わないでやって下さい。
さつきさまは、肉親を奪われて心が追い詰められてもいるのでしょう。
あの方は、屍鬼ではないように思います。
あのように──「影見かもしれぬ」「影見ではない」と、あたし達が惑ってしまうような、思わず疑ってしまうような──さつきさまが屍鬼でしたら、あんなお話をなさらないように思えるのです。
[手をまだついたまま、面だけをあげて夜桜は語る]
…………。
[苦笑]
なぜだろう。この国は駄目になってしまった。
だが、望月君をはじめ………私の心に希望の脈動を植えつける。
私は護りたい。この日本という国を。
この日本に生きる、ささやかだが大いなる希望を。
[3人を同様に見回す。]
そのためならば、私は命すら投げ打つ。
[碧子の肩を軽く抱く。
はっと彼女が離れようとするのを、止めはしない。]
碧子さんが、私を頼りに思ってくださるとはねえ。
[軽く声を立てて笑う。]
ご安心を、と謂いたい所だが。
軽く謂われたのだと思われても困る。この有様ではね。
まあ、私の手の届く範囲ではお護りしますよ。
勿論、私が屍鬼討伐に必要と見らば、
そのために尽力しよう。利用してくれて構わない。
その最中に落とす命も、やはり宿命。
いつかは、大いなる花を咲かせるだろう。
[興奮がおさまってきた様子]
……改めて言うが、何の情報もなくば
私の方針では、あの楽師を殺めるべきだ、と。
勿論、満ち足りている場合でも私が屍鬼だと
思わば、一思いに殺めてもらって構わない。
翠さん!
[私は彼女の前に立ちはだかった。]
君は、今まで人を斬ったことがあるのか!?
一度斬ってしまうと――もう後には戻れない。
簡単なことじゃないはずだ。
望月君がこのように憔悴しきってしまうように――
獣――。
[江原をじっと見つめて、首を横に振る]
俺は、獣にはなりたくない。野生で人を殺したくはない。
それは、それは違う気がする。
[悲愴感を含んだ視線で望月を見つめる。]
……君はサムライではないのか?
もう君は覚悟を決めなくばならぬのだが。
[足元がふらつくも、気丈に]
今の私は丸腰だ。だが、構わぬ。
楽師を……私は、あの楽師を殺めに行く…。
犠牲の上に、成り立つ平和。
[意識が遠のいていく。]
―天賀谷自室>書斎―
[そっと碧子の肩から手を外す。
早い歩調で外の廊下から書斎へと向かった。
書斎の一面は、硝子貼りの陳列棚に仕立てられ、天賀谷の収集品である刀剣類が列べられている。
ケースを開き、その中から出来るだけ実用的な物を、と探した。
得心が行く物を選び出し、溜息を吐く。]
こんな、非実用的な物を使う時代は、この間で終わったと思っていたんだがなあ。
考えたんだ。
屍鬼と戦おうとした由良さんが往生するために、俺に出来ることを。
[その瞳には光がよみがえっている]
確かに、殺さなければここに閉じ込められたまま俺たちは終わってしまうのだろう。
それは、判る。
由良様の、勇気。
そう、あのときのお二方は、
触れれば斬れてしまいそう、でした……。
命を……賭して。
[眼を伏せる。
江原の苦笑が空気を震わせた。]
日本を護る……
それが、江原様の願い、なのですね。
──使用人部屋──
[背筋を伸ばし正座で着物姿の夜桜。
指先を揃えて頭を下げるその動作に、目を見開き仁科も正座して向かい合う。]
[さつき] [屍鬼] [屍鬼では無い]
[その言葉が仁科の中で木霊する。
無意識に隠し持った金属を握った感触を思い出す。]
この日本――
[青年の言葉に、この国の姿を思う。
私の知るこの国は幾度もその姿を変えた。
巨大な国家幻想が、遠く亜細亜の果てを目指したその怒濤の潮流の先に――私のいたあの施設もあった。]
江原さん。
だがその勲章は――米国のものじゃないか?
貴方には複雑な過去があるようだね。
私には……わからないな。
貴方のこの国への執着が――。
[枚坂に名を呼ばれ、苦く眉を寄せた。]
……分かっています。
……斬ったこと等無い。
……分かっています。
けれども私は、
人が殺した人を見るのです。
それは人の魂を暴くも同じ。
それこそ、斬るよりも罪深い―――
江原様ッ!?
―三階、由良の客間、ドアを押し開けて―
……ほう、「私を殺す」と仰いましたか……それは穏やかではございませんな?
私は一介の楽師でございますれば、そのような荒事などとてもとても……
どうでしょう、矛を収めてはいただけませんかねえ?
[そう恐縮した調子で語る、美貌の青年。
だが、その目には隈がくっきりとついており、
まともな睡眠を得られなかったことを物語る]
[悲愴感に満ちた眼差しを受け、昂然と顔を上げる]
俺は、侍ではない。
だが、覚悟を決めるということは、何も獣に堕ちることばかりを意味するわけではないだろう。
俺は望月龍一のまま、この罪の意識も犠牲の重さも何もかも抱いたままでいたい。
……人のままで。
獣に殺されては、往生などできるものか!
―天賀谷の部屋の前―
[来海は枚坂が智恵を探しに行くのを呆気にとられながら見送った]
何なんだ、アイツは……
[そして来海は静かに深く呼吸をした。
彼は、天賀谷に会うためにゆっくりと扉を開いた……]
-> 天賀谷の部屋
―書斎―
軍刀の拵えがあれば、慣れているんだが……。
まあ、中身は完全に同じ物だ。
如何とでもなる。
[佩用の手段もないそれを、仕方なく左手に持ち、書斎を出ようとして、例の血文字に気づいた。
消された名前が、一つ増えている。]
由、良……?
[眼を細めると、踵を返した。]
[ふらついたように見える江原を
支えようと踏み出した先、]
……聞いておられたのですか。
コルネール様。
[彫像のように美しい青年が立っている。
疲労感は隠しえなかったけれど。]
[耳を劈く様な金属質の哄笑。]
…な、何を。
あたしが屍鬼だと…──。
さつき様では無く、あたしが屍鬼だと?
あたしは…──。
あたしは。
[仁科の声は弱々しい。]
―回想―
>>#0-3
[高慢な老人を挑発して悠々と部屋に戻る、高慢な青年。
その顔には皮肉気な笑みが浮かんでいた]
…全く、あのような俗物は全くもって好かん。
まあ、彼が何かするというのであれば……な。
[そう呟いて引き出しを開けると。そこには真新しいピアノ線が]
……弦の張替えなど調律師を呼んでやればいいものを、あの音楽を解さぬご老人め……だが、これも幸運というものか。
全く、私のような天才はつくづく神に愛されているのだな!!!
[そう高笑いするや否や、
ぞくり、と
嫌悪]
江原さん……
[彼に屈み込み、助け起こす。]
しばらく休んだ方がいい。
まだ刻は少しあるだろう。
[見る限り、彼が外傷を負った出来事はなかったように思えた。
不思議なことに、赤黒い染みが広がっている。]
治療した方がいいかい?
[最初は壁の染みかと思った、が
それはうねうねと形を成し、悪臭を放ち、
そして、ついに]
……ひ、ひいいいいいいい!!!!
な、なんだ、これは、
[其れが何かは、杏から聞いた話と同一のものであろうことは解っている。が、]
な、何故!何故私なのだ!私の部屋に、何故!!
あの気狂い爺め、一体どういう了見だ!
江原を殺したのはあの男だろうが!
ひ、ひいいい!!
[狼狽。
恐慌。
そして]
……殺す。殺して、生き残る。
[鈎爪] [夜桜の白い首筋] [血] [生きた物の震える赤い血] [血]
[麓の村で青年の話を聞いた夜の…──、記憶が無いのは何故か?]
[全てが符合すると言うのに。]
[其れに、仁科がずっと独り此の様なおぞましい場所を祖彷徨い続けている理由。]
[其れら全てが…──]
[全てが符合すると言うのに。]
[明らかに敵意をもって襲い来る視線。]
―――。
[それを笑顔で受け止め]
―――。
[ポケットの鋼線に手を伸ばす]
……此処は、お医者様の顔を立てて頂けませんか?
誰を殺めればいいのか……正しい答えなどわからない。
[現れたコルネールを見る。たとえば、彼を?それも今は判別がつかない]
…江原さん?
[枚坂に助け起こされたのを見てほっとため息をつく]
[夜桜の短い、だがはっきりとした言葉に首を傾ける…──。]
…分かるのですか。
望月様が刀で人を殺すと言う予感…。
あたしが、今、さつき様を本当に殺そうとしている事が。
―三階由良の自室。
……。
[ぴいんと空気が張り詰めるようだ。
翠は刀を握り締める。
背後には由良の遺体。
覚悟を。
野生を。
翠には未だ分からなかった。]
いいえ、分かりませんわ。
好くない事が起こる──そのような勘が働くだけで、誰が何を為すかなど。
仁科さんが、さつきさまについて思い詰めてらっしゃる事は、ほらっ……纏う冷気で。
[水を浴びすぎ、ひんやりとした仁科の気配。]
…──嘘だ。
[耳を押さえて蹲る。
碧子の声が聞こえない様に。仁科が屍鬼だと言うおそろしい言葉が聞こえない様に。
震えて、弱々しく。]
―由良の部屋―
[カタカタ、カタ、カタカタカタ]
[頭の中で鍔鳴りが止まない。それはもはや、激しくなったりおとなしくなったりするばかりで、止むことはないのかも知れぬ]
コルネール……。
なんでおまえさんはそんな笑い方をする?
[人のままでありたいと願ったところで、無駄な願いかもしれない。本当はそう思い始めている]
何故、そんな。
濁った 笑 み を――
[張り詰めた空気を乱すように、ふと、視線を翠に移す]
……いえ、私が此処に参ったのは別の用でしてね。
[途端に、痛ましい表情を作り、俯く]
由良さんの名を記し、打ち消した血文字がなぜか私の部屋に現れました。
ええ、天賀谷翁が亡くなられた時と同様……のようですね、私が伺ったお話の限りでは。
[さらに、沈痛な声と表情を作りながら、深く俯く]
私に、由良さんが無念を晴らしてくれと頼むのですよ。
仇を取ってくれ、化け物を殺してくれ、とね。
そう、感じました。
故に、此処に来たのですが……いやはや。
……ッ……
[由良の名を出され、
翠の瞳が揺れた。]
血文字が―――消されている?
そう、です、か。
そんな、 ことが……。
[言葉に詰まる。]
―天賀谷の部屋―
[天賀谷はそこにいた。枚坂が言ったようにその首は切り離されていた。]
酷いことをしやがる……
なあ、天賀谷よ。憶えているか。
巣鴨から出てきて、誰も俺を一顧だにしなかったとき、お前だけだったな、俺に手を差し伸べたのは。
俺は心底意外だったよ。
お前こそが何かあったときに俺を真っ先に見捨てると思っていたからな。それとも、あれはお前一流のきまぐれだったのか?
思えば、貴様はいつもつまらなそうな目をしていたな。それが何だオイ『充てる』ツラじゃねえか。
[来海には天賀谷の表情が安らいでいるように見えた。彼は言葉をしばし詰まらせた。]
[触れられて、項垂れる。]
──アァ、常に覚悟が出来ている様に見える。
だけでは無く、勘が良い…のですねえ。
…聞いても良いですか。
夜桜さんの其の肌に刻まれた入墨は、何かの覚悟──なのか。
[身体を拭く時に見えてしまいました、と付け加える。
夜桜の胸元──に、そっと指先を向ける。]
夜桜さんがどんな人なのか、興味が沸きました。
[コルネールを見つめながら、頭の中に響く鍔鳴りに耐えている]
……。
[無言で花瓶から水をこぼし、ずっと抜き身のまま握っていた刀を濯ぐ。上等のリネンを無造作に手に取り、そっと拭って鞘に収めた]
──使用人の部屋──
ねェ、仁科さん。
あの子が話していたのは
[(ここまで連れてきてくれた使用人の女性だ。天賀谷の戸口で話していた来海達の話を教えてくれた)]
智恵さんでしたっけ。
──探してみませんか。
[夜桜は問う]
それとも──人と人が争いを為すよりも、屍鬼なるものを見つけに参りますか?屍鬼は、全てを隠れ蓑に致します。
血気に逸るだけでは、討ち取れぬでしょう。
―三階/廊下―
[書斎から階段を上り、廊下を見渡す。
確かに、客室の一つが騒がしい。
人が集まっているようだった。
聞き覚えのある何人かの高い声。
明いた窓から微風が吹き込んで、返す波の様に、廊下の奥から薄い血の匂いが漂ってきた。
諍いと、薄い血の匂い。
その匂いは、まるで邸全体に薫きしめられた香の様に、何時の間にか廊下に流れていた。
その中にいる者が気づかぬ内に。]
[視線を完全に翠に向けて。
もはや江原のことなどどうでもいいと言わんばかりに]
消されている、というのは不正確でしたね。
こう、名前を書いた後にそれが間違いであったかのように、上から線を書き加えられているのですよ。
他の方の部屋はどうなのか存じませんが……もし私の部屋のみだったとしたら、考えるところは御座いますね。何なら、現物を見てみますか?
[そこまで言って、刺す様な視線を向け]
と、いうことです。
『無実の方を手にかけてしまったと思しき望月様』?
私も由良様のように殺されてはたまりません。なんでしょう、疲れで笑みが少々不完全だという理由で、私も あ の よ う に 殺すのですかな?
……おお、恐ろしい。
[翠に対して縋るような視線で]
……。
[黙って、コルネールの言葉を聞く。
唇が白くなるほど噛み締めて]
どう、して……。
……見て、みたくは―――ありますけれど。
血文字はそんなところまで這い寄っているの、ですか?
[区切り、強調されて聞こえる
歌うような言葉。]
……でも、
でも由良様も望月様も―――
[息を漏らすような声だった。]
[そう言って、また痛ましげな表情を作ると悪態をつく江原に視線を向けて]
……下衆、と申しましたか。
なるほど、確かに私は貴方のような高邁な理想を語る御方からすれば矮小かもしれませんね。
ですが……
[周囲をぐるりと見回すと、一つ嘆息し]
私は、人を殺そうとする人が恐ろしい。
ある意味で、化け物よりも、ね。
いや、むしろ化け物の望みに沿ってしまっているのかも……とすら考えてしまいます。
[ああ、恐ろしい……そう何度も繰り返し呟きながら、口元に手を当て、身を竦め、震える。
江原に向ける視線は、捕食される餌のそれ]
──使用人の部屋──
歴史の影に隠れ、
まつろわぬ神のもの達、
荒ぶる神に纏わるもの達、
討ち取られたもの達───。
影の影に潜む──いないとされるもの達。
[桜鬼──誰も居らぬ場で声がする──。笑う声がする。]
──…智恵さん。
死体が動いて見えたと言う…。
[語られぬ…強く秘めた覚悟ならば、聞くべきでは無いのかもしれない。笑みの鮮やかさに目を奪われる。]
…桜鬼。
アァ、屍とは違って美しい鬼だ。
[仁科が頷く。]
…探しに行きましょうか。
………ふん。
[口の端を歪める。]
わかった。下衆という言葉は、貴様を正確に捉えていない。
[込められぬ力を無理に込め]
…貴様は、哀れだな。
―三階/廊下―
[由良の部屋の方を見やり。]
……やれやれ。
放っておけば、勝手に殺し合いが始まりそうな気配だな。
止めるべきなんだろうが……。
[何か考える様子に首を振り、天賀谷の部屋へと戻った。]
[少し喋りすぎました。
そのように、そっと目を僅かに斜め下に逸らした。
一つの瞬き。]
仁科さん。
鬼は、決して泣く事はないのです。
[仁科の頷きに促され、すくりと立ち上がった。]
行きましょう。
[「哀れ」その言葉を耳にして一瞬口の端が上がりそうになるが、それを手で隠したまま]
……ええ、このような奇怪な状況に陥ったというのは非常に悲しき事態です。
ですが、哀れむとすればまずは亡くなられた由良さんと、力弱き女性の皆様ではありませんかな?
私は、正確に江原様を捉える言葉など見つけられませぬが……貴方は強い。故に、恐ろしい。
貴様はロクな死に方をせんと思っていたが思った以上にひどかったな。
なあ、おい、それより、お前は『何のため』に人を集めたんだ。『殺す』ためか? それとも『殺される』ためか? こうなることをお前は望んでいたのか?
満足か? お前は満足だったのか? それとも足りないか? お前、今ほんとうはどう思ってるんだ。チクショウ。何とか言いやがれ。オイ、起きろ。寝てる場合か。起きろッ。
[ゴロリ、と首が落ちた。使用人が慌てて拾い上げる。来海は天を仰いだ]
―由良の部屋―
『無実の方を手にかけてしまったと思しき望月様』?
[悪意に満ちた言葉が望月を揺らす。揺れる。震える。
己の獣を受け入れることも出来ず、また、常識にしがみつくには後戻り出来ぬところまで身を乗り出してしまっていた]
『なんと危ういところに俺は立っているんだ』
[ともすれば己の罪に押しつぶされかけ、あるいは反対にコルネールの口をふさごうと思う。
……波に揺れる木の葉舟のように、危うい]
……助けて欲しいと思うのは、
貴方だけではないはず。
[刀を持つ手に力が篭るが、
それでも抜く構えではない。
江原が笑っている。]
由良様も戦ったのですよ……?
[コルネールを見つめ]
女が戦おうとしては
いけないと仰いますか……?
ただ哀れむべきであると……?
[分からない、
うまく言葉が繋がらない。]
―天賀谷私室―
………。
[「……由良様は
……違った。」
翠に服の裾をひかれそのか細い声で伝えられると、万次郎は天賀谷のベッドサイドテーブルの一輪挿しに飾った花蘇芳を見ていた。
――僅かな時間のつもりでいたが、長い時間が経っていたらしい。
枚坂と言葉を交わし、どちらかといえば騒がしく耳を痛ませるような声を出していたはずの来海は、横たわる天賀谷に話しかけている。
それは静かな悲しみを湛えているようにも、万次郎には見えた。
礼を尽くしているとは言えぬ言葉で、起きろと呼びかける姿にも、今は腹など立たなかった]
来海さん……。
[翠と枚坂に視線に送る。
そして、二人の若者からの敵意を受け流し]
……どうです、一度血文字を御覧になってはいかがでしょうか?
まあ、とりあえず矛を収める、という意味でもね。
[ちらりと視線を廻らせ]
このまま此処でこうしていたら、それこそ殺し合いになりかねませんな。
―天賀谷自室―
[天賀谷がまるで生きているかの様に話しかける来海の背後で。]
屍鬼は首を切らなきゃ死なないだの、その為に刀を集めただの謂って居た位だ。
わざわざ、殺されるために集めたんじゃあ、無いでしょうな。
まあ、屍鬼の方が早かった。
さもなければ、屍鬼の強さを見縊って居たんでしょう。
………もういい。
[止血は完全に済んだ。すくっと立ち上がる。]
貴様のやっていることは、遠まわしの命乞いだろう?
私から、貴様への情けだ。
もう口を開くな。それで貴様の名誉とかいうものは、
崩れるのだから。護ってやろう、貴様の名誉を。
―三階・由良自室
[「部屋に血文字が」というコルネールの言葉に、首を振った。此処は既に異界にして、どのようなことでも起こりえるのだろうか。
この部屋では諍いが激しさを増していた。]
雲井さん…。
[...はふぅと息を吐く]
…そうなのでしょうね。
もし単純に殺されることで死にたかっただけなら、あれほどお集めになっていた刀でご自身の首を斬れば良いのだ。
その方がよほどに早い。
やはり、屍鬼に何かを求めておられて…
だが叶うより早く、……殺されておしまいになった。
翠さん……
「人が殺した人を見るのです」
「それは人の魂を暴くも同じ」
「それこそ、斬るよりも罪深い」
[先程の彼女の言葉を心の裡で反芻する。]
『罪深くはない。そんな風に思ってはいけない――』
女だから、というんじゃない。
越えてはいけない、踏み越えては戻れない境があるんだ。
この、私がそうだったように。
[翠を嗜めるような口調で]
ええ、由良様は立派な方でした。
戦って、戦って、この理不尽と戦って、
[望月をちらりと見て]
――殺されました。
[そして、悲しげな表情で]
確かに戦おうとする心は素晴らしい。
それゆえに、貴女は賞賛されるべきです。
いえ、この私が賞賛致しましょう。貴女は御姿のみならず心持ちまでお美しい。
[そのままゆっくりと柄にかかった手に自らの手を添えて]
……ですが、貴女のような方が身を危険に晒すのは私の心が痛みます。
彼は永遠の命を望んだといえ、家の者が殺しあうのを望んではいないでしょう?
翁は貴女のことを大切にしていらっしゃったのでしょう?それだけでなく、使用人の皆を。
──三階/使用人の部屋──
[上から下まで真っ白い出で立ち。
枚坂にモダンと言われた黒い髪だけが、対比、鮮烈に。
滑るように、足袋に覆われ白い草履を履いた足を踏み出した。
由良の部屋の方が騒がしいようだ。
夜桜は、階下へと歩みを進めようとした。]
──使用人部屋…→裏庭へ──
[庭へ出る。
桜鬼と言う言葉が夜桜の口から出た所為だろうか。
裏庭と森の境界に一本だけ有る櫻の事を思い出した。]
[雲井のほうにゆっくりと体を向ける]
フン、そうすると何か。
天賀屋はお前たちを『殺す』つもりで呼び寄せたのか。
つまり、天賀屋はお前たちを、その……
『屍鬼』とやらと思っていたことになるな。
軍人崩れ、貴様は『屍鬼』なのか?
でなければ、何者だ? 何のためにここに来た。
私は医者だ。
医者は患者を治療するものだ。
だが、医者は同時に誰よりも多くの人の命をその手で――
――失わせるんだ。
[止血が終わった江原は立ち上がった。私もまた、ゆっくりと身をもたげる。]
[コルネールを血走った目で見つめる。]
ご覧の通り、私は丸腰でしかも手負い。
恐れるな。オキナワ戦の英雄ではない。
私は、ただの1人の男だ。
[右拳に力を込める。]
[努めて平静を保とうとしながら]
由良さんが無念を晴らしてくれと頼むのですよ。
コルネールはそういったな。
[由良の亡骸の傍らに跪く]
本気でおまえが由良さんの代理となって俺を殺すつもりならば、殺されてやってもいい。
……本気ならば。
[手に手を重ねられ、
びくりと翠は肩を震わせた]
……旦那様は、
旦那様は、
……確かに、変わっていたかもしれないけれど
お優しい方だった……。
[声が震えた]
私、……―――わたし、は。
[手を添えたままで]
貴女は、人の魂を視ることが出来るそうですね?
ならば、それが貴女の戦いでしょう。
貴女が忌む力で、貴女は人を救える。
ならば、身を危険に晒してはなりません。自らを傷つけてはなりません。
[そう語ると、すっと抱き締め]
……貴女は、女だ。
血腥いことは、男にまかせれば宜しい。
[そう優しく囁いて、
誰にも見えぬように、
哂った。]
[苦しげに歪む由良の顔を見つめて、刀に手をかける]
だが、そうでなく。
己の無力を臆病の言い訳にすると言うのなら。
その言い訳の種にこの人の名を汚すつもりなら、俺はおまえを――。
[来海に。]
確かに、屍鬼だと見込まれて、招待された者も居るのかもしれませんな。
だが、天賀谷さんの残した物には、屍鬼を見つけ出すなりする能力を持った者が居ると謂う。
其方の理由で、集められた者も居るのじゃないかと、思うんだがね。
[その後の混乱で忘れ去れた様に寝室の小卓に置かれている書付を、身振りで示した。]
[コルネールに向かって怒鳴り声を上げる。]
貴様ァ!それでも男かッ!
[先ほどのように、修羅の形相。]
手負いの丸腰1人恐れるのか貴様は。
この軟弱者がッ!覚悟を決めろォ!
[不思議と夜桜の傍に居ると落ち着いた。
だが、先刻までの仁科の様に、或いは望月の様に。
誰かが誰かを殺すかもしれなかった。]
『あの部屋に江原様がいらっしゃるのだろう。
──…声が聞こえた。
鮮烈な声が。』
[何故か仁科は江原の事を思い。後ろ髪を引かれ乍らも。
庭を進んで行く。]
あちら側へ──行ってみましょうか?
[刀をすっと抜いて、立つ。もはやコルネールは意識の外]
『ああ、由良さん。赦してくれとは言わない。
だが、そんな苦しげな顔はやめてくれ』
…諸行無常、是生滅法、生滅滅已……
[人差し指、中指、薬指、と指を握っていく。瞳は由良の首をひたと見据えている]
……寂滅為楽!
[振り下ろした刀は由良の首を打ち落とす]
[夜桜が由良の部屋に居たならば、何と言ったであろうか。
もしかすれば、シロタに疑いの目を向けたやもしれない。
枚坂、江原、翠、そして望月よりも。
いや、
場が混乱の度合いを極めれば、どうなるか判ったものではない。]
「あちら側へ──行ってみましょうか?」
[前方の櫻の方角であろうか。
無言で頷く。]
――三階/十三の部屋――
[其の情景を想像するように、さつきは血文字の名をじっと見詰めた]
望月様が……由良様の、首を。
駅ではじめに御逢いした時には、其のような事をなさってしまう様な方とはとても思いませんでしたけれど……嗚呼、でも、そう云えば。
[脳裏に甦る、望月の声。懇願するような、切羽詰ったような、其の響き。狂える論理なのに、彼の意志をまざまざと感じたことば]
―天賀谷自室―
どのような理由でこの屋敷に赴いたとして……。
あの血文字を見た後とあっては、あそこに名のあった者なら誰にも等しく屍鬼である可能性はあると俺は思いますがね、来海さん。
しかし…。
[しかし確かに気にはなると思う目で、来海に問われた雲井を見た。
主人との古くからの知り合いだからとて、屋敷がこのような状況に置かれることになる近い日に、ここを訪れた者には違いない。
ついこの人は大丈夫だろうと思ってしまうが…
他の客と同様に、油断などするべきではないかもしれないのだ。
雲井の指す小卓の上の書付を眺め]
……翠さんは自分は霊視と言っていた。
もちろん雲井さん、あなたもご自分を屍鬼とは言いますまい。
ではその、「屍鬼を見つけ出すなりする能力を持った者」としてご自分は呼ばれたというようにお思いで?
つまり…、そのような能力を持っているのですか?
由良さん。
[首を打ち落とすことへの固執もまた、望月の狂気なのかもしれなかったけれど、こんな形でしか供養の方法など思いつかない]
[ネリーを抱き締め、柔らかな髪を撫でて一つ笑顔を返すと、振り向いて]
……覚悟?
ああ、なるほど。
手負いとはいえ、もし貴方がたのどちらかが化け物でしたら、一人くらい縊り殺すのは簡単ですね?
……私は、化け物ではなく人間同士殺しあうのは馬鹿馬鹿しいと申し上げているのです。
貴方がたに対して丸腰だったのは、貴方がたが紛れも無い「人間だ」と信じていたからなのですが……
もし、私を殺そうというのなら身を守ります。
翠さんを殺そうというのなら、全力で守ります。
ですが……貴方はそんなに、化け物狩りではなく「人殺し」を為さりたいのですか?
先程から聞いていれば、私を疑うよりも気に入らないから殺すと仰っているのですよ、貴方がたは?
[そう言いながら、ポケットの中で手にピアノ線を巻きつける]
――三階/十三の部屋――
望月様は、
「どうか俺に、その人の首を落とさせてくれ」……と。
……だとしたら、由良様を殺したのも、屍鬼にせぬ為に、――?
[扉口を抜け天賀谷の私室内へと入って来た、さつきに頷く]
…そうです。
そのように言っていました。
そう言えばさつきさん…
あなたもずいぶんと紛らわしいことを言っているようにも俺には思えたが…、結局は違うのだな?
……別段、天賀谷様を殺めた屍鬼を知る手立てを……知っている者というわけではないんです、ね?
[藤峰の言葉に、首を振り。]
いや。私は影見じゃないさ。
そうだったら、こんな風に影見を探してはいないよ。
そうか。
あの子が、霊視だと……。
[由良の部屋を振り返るかわりに、今の仁科の指先よりも冷たい銃にそっと触れた。
其の智恵と言う女性が屍鬼ならば、彼女を──。]
[雲井を睨みながら詰め寄る]
わかった。招待された人間には2種類いたということにしよう。屍鬼、と、そうでないものだ。
ところで、さっきの質問に貴様は何も答えていない。
お前は『屍鬼』なのか、そうでないものか?
何が目的でこの屋敷にやってきた。
まさか天賀屋と茶飲み話をするためだけにこんなところまでやってきたわけではあるまい。答えろ。
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