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─3階・天賀谷の私室─
[怒声を上げた来海を、雲井が嗜めると言うよりは揶揄する様に口を挟んだその直後。
異様な気配が部屋を包む。
来海はそれにまだ気付いていないのか、尚も侮蔑的な暴言を吐いていたが、次第に高まりゆく緊張に、流石に口を噤んだ。
不安な面持ちで周囲を見回す面々。]
[そして。]
[碧子の、見開いた瞳の眼前で、藤峰青年がその形を失い、肉塊に変わっていく。
碧子が好ましく思っていた、まだ幼さの残る凛々しい顔立ちが、伸びやかな肢体が、彼の美が損なわれていく。
声は出ない。
だが。]
『 嫌。
厭。
こんなのって無いわ。』
[無意識に手で口元を押さえ、嫌々をするように首を振った。]
[──やがて。
侵蝕が止まった後。
雲井が今や藤峰残骸に過ぎぬ躯の前に屈み込んだその時に。
やっと、目の縁に盛り上がった涙と共に、かすれた吐息が零れた。]
こんな、こんな…
[それ以上の言葉は続かず、怒りとも哀しみとも付かぬ呻きを洩らした。]
─3階・天賀谷の私室─
「お嬢さん。そして碧子さん、外へ出てください。
どうやら彼にも、屍鬼にさせん為の処置が必要な様だ。」
[押し殺した雲井の声。
それでも暫くは茫っと痛ましげな視線を藤峰の遺骸に向けていたが。
そろそろと口に当てていた手を下ろし、詰めていた息を吐いて、呼吸を整えた。]
…そう、──ですわね……
[ふと見れば、濃紺のスカートには土埃が、そして白いブラウスにも点々と藤峰の血が飛び散って、すっかり汚れている。]
……私、着替えて参りますわ。部屋に居りますので、用が御座いましたらお呼び下さいませ。
[丁度入ってきた枚方医師に会釈して、自分の客室へと向かった。]
―天賀谷自室
そうですね。碧子さんも少しお休みになった方がいい。
藤峰君の断末魔に気持ちが休まらないのなら、眠剤も処方しますよ。
気軽に声をかけてください。
[「藤峰君の――」という言葉には二重の意味があったのだが、少なくとも皮肉めいた諧謔の色を混ぜることなく殊勝に伝えただけであった。
彼女の足取りが遠ざかっていくのを耳にしながら、私は藤峰青年の亡骸に屈み込んでいる雲井の背中に近づいていく。]
私の名前……ヒラサカのヒラとは元々は崖や傾斜地、坂という意味があるようでね。だから、ヒラもサカも同じような意味の繰り返し、もしくは強調なんだね。
ああ、『古事記』には「黄泉比良坂-ヨモツヒラサカ」という言葉が出てきたな。『日本書紀』ではその表記は「平坂」、『鎮火祭祝詞』では――「枚坂」。いずれにしても、その音に漢字をあてただけで、意味は同じだ。
私は関東大震災に被災して、一つ上の姉と一緒に遠い親戚の家に引き取られた。
その家はこの近くの山村にあってね。姓が表すように、私の家は村の境になる坂の上にあった。
坂の下には墓地があったから……葬送の列をよく目にしたよ。
藤峰君の住んでいた村落もこのへんだ。
[私も雲井のそばで、藤峰青年の亡骸に目を落とした。]
鴉の濡れ羽……
[呟きが漏れる。藤峰青年からいつか聞いた言葉がふと浮かんだのだ。しっとりと濡れたような青みを帯びた黒。美しい黒髪を言い表す美しい言葉だったが、外国には別の意味でも使われていた気がする。
――絶望の果て]
彼は、いずれ此処の墓地に葬ろうと思う。
雲井さん。
貴方はどういう風に碧子さんと知り合ったのかな。
彼女のことをどれだけ知っているんだろう。
[帝大医学部に在籍中、陸軍委託生となった私を可愛がってくれていたある陸軍将校に連れられて訪れた銀座の町。
そこで、碧子とよく似た女性を見たことがあった。艶やかで華やかなその風貌に、強い印象を持ったものだった。
彼女が現在の碧子と同じ人物であったのか、詮索したことは無論なかったのだが。]
雲井さん、貴方が彼女をどんな風に思っているのかと少し聞きたくてね。
─3階・客室の─
[付属の小さな浴室で軽く身を清めた後。
素肌の上にバスローブを纏い、タオルで洗い髪の水気を丁寧に拭き取っている。
スツールに腰掛けていた碧子は、髪を拭く手を止めて、ふっと、目の前の備え付けの鏡台に映る自分の姿に目を遣った。
緩く波打つ髪は漆黒の艶を持ち、正に烏の濡羽色と云うに相応しい。
対照的に、その髪が散り置かれた肌の色は、逆に仄かに照り輝くような白に染められている。
少し首を傾げて鏡の奥から此方を見返すその貌は、思わしげな色を浮かべている。
そのまま暫し、鏡の中の自分と向き合っていた。]
[仁科が藤峰を貪り食らう時の様子を思い出し、細い眉を顰めた。]
完全に同じ、ではないのだわ。
同族、と云う訳ではない……
―水盆前―
[仁科がこくりと頷いた
大河原婦人。
美しい横顔。大輪の花のような女性。
――これを着てあれを着て、きっと似合うわ。
楽しそうな、天真爛漫な微笑みが翠の脳裏に浮かんでは消えた。]
……大河原様が、そんな。
だ って、あの方は 旦那様の――――
私なんかに、
とてもよくしてくださって……
[夜桜を見つめる。
清廉な、白妙の衣装が何処か死の影をちらつかせていた。]
……夜桜さんは、
水鏡を、覗いたのですね。
私が彼岸を覗くように……。
それならば……真実、なのですか。
[苦しげな、寂しげな、
複雑な色が折り重なった言葉を紡いだ。]
[不意に唇を噛んで俯いた。
白い肌に長い髪が落ちかかる。]
……何て、弱いんだろう。
旦那様を殺した屍鬼が憎いと思ったのに、
この手で斬ろうとさえ思ったのに、
……私は何も出来ないでいる……。
迷って、しまいます……。
[夜桜の言葉は真実なのだろう。
それでも。
斬れるかどうか、分からなかった。]
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