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そんなに、いつまでも迷っていなくて良いのに。
それとも、本当は残って手伝っていたいのかな、ネリー?
こんな指摘をすると、また“旦那様”の機嫌を損ねるかも知れないけど。でも、それはそれで嬉しい事だね、ネリー。
もし何時かまた奉公する先を探すことになったら、うちを一番に考えてくれると良いと思うよ。今なら、決定権を持っているのは僕しかしないことだしね。
ネリー、ネリー。雨に打たれ、キミまで
具合悪くなったらどうする?
[彼の深層に潜む、支配欲が彼女を押し倒してしまう
ことも確かに、確かにあった。
しかし、身も心も打たれ続けた人生を歩んだ彼にとって、
自分に尽くしてくれるネリーは、本心から
かけがえがないと思える存在であった。]
キミにまで何かあったら、私は後悔するよ。
頼むから、私に雨という鞭でキミを打たせる
マネをするのは、どうかやめてくれよ。
[ネリーは何かを呟いたかもしれない。それは誰にも聞き取れないものであったか。謝罪の言葉にも聞こえるか。
小降りの雨を受けて長い前髪が瞳を隠し、少し俯いているようにも見える。]
行きましょう、旦那様。
[ネリーはボブの助手席の側へ行き、ドアに手をかけた。]
―アトリエ・戸口―
――そうですか。
よかった。
[彼女の内心までは知るよしもなく、私は素直に安堵していた。その表情は常の父親と変わりのないものだっただろう。]
――雑貨屋→居間――
[ニーナに目配せで合図し、足元を確かめつつウェンディの身体を運び始める。腕から伝わる体重はさして重くなかった。けれど体温は高く、熱が見せる悪夢に魘されているかのように呼吸は小さく早かった]
……ん。こっちが頭、だね。わかった。
……下ろすよ。そう、ニーナの方が先で。
……ありがとう。
[ゆっくりとソファに横たえてニーナを見ると、うっすら汗をかいているように思えた。ごめん、と頭を下げて水のボトルを一本渡す]
[ネリーが来たことに、安堵の表情を見せる。
小さな小さな子供のような、笑顔。]
ウェンディちゃん、お大事にね。
[リックに見せる表情は、厳しい。]
じゃあ、ネリー行こうか。
[ネリーが乗り込んだのを確認すると、アクセルを踏む。]
これでも一生懸命掃除してやったんです。
そしたらまたこの雨ですからね。
俺に乗られたばかりに不幸な車ですよ。
[ソフィーの真面目な質問に、少し考え込むように黙り込むが]
精神科の先生、ですか…。少なくともこの町で精神科がフィールドの先生は知らないですね…。俺が行ってた大学の近くにならいくつかありましたけど。
もしこのまま道の整備が進んだら町の外に出てみたらどうですか?もしかしたら俺の叔父も知ってるかもしれないし。
はい、旦那様。
[前髪や方をタオルで拭く。ボブだって何時だって私をしっかりと見てくれているのだ。軽はずみに行くわけにもいかない。
ネリーは小さな声でリックに謝った。]
[言い方はおかしいかもしれないが、ネリーがようやくボブをつれて帰ってくれたことに大きく息をひとつ吐くとリックの合図に応じてウェンディを居間へと。
普段から重い本を相手にしているとはいえ、流石に軽く疲れたところにミネラルのボトルを差し出されれば礼と共に受け取るだろうか]
ありがとう。
…大丈夫かしらね。
[ちら、とウェンディの様子を見やり、その頬や額にミネラルで少しだけ冷えた手で触れて]
―戸口→玄関―
[戸口で傘を開き、ステラの上に掲げる。私も傘を持ち、彼女を玄関まで見送った。
彼女を送って――送ってどうするつもりだったんだ?
小雨が降る中、彼女を乗せるのは屋根のついたセダン――彼女と出会った時のあの車だったことだろう。
ステラの歩みと共に、ロングスカートは空気を孕みその長い足に纏い付くように流れ、また膨らむ。柔らかい布地が彼女の太股を滑り、愛撫する。
服の下の彼女の肉体を、私の目は鮮明に甦らせていた。
だが、それは6年前のものだった。断絶した時が彼女の上で重なっていただけだった。私はその残像と呼び覚まされそうになる渇望を辛うじて払いのけた。
――どうもしないさ。家では娘が待っているんだ。
今は姿を見ないが、エリザも――
別れ際にステラに笑顔を向けた時には、葛藤は顕れてはいかなかった。]
エイヴァリー先生。来て戴いてありがとうございます。
[そうして、私は彼女を見送った。]
――居間――
[ウェンディの額に浮き出た汗の玉を拭い、唇にボトルの口を寄せる。それでもやはり嚥下する様子はなく、水はただ頬から首筋を伝って落ちるだけだった]
……うー……ん……。
……仕方ない、よね。それとも、ニーナがする?
[こく、と一口分の水を含んで従姉を見上げる。
次に指差したのはウェンディの唇。ニーナが頷けば任せるつもりで、とりあえずその一口分は飲み下した]
[ウェンディの様子を見つめるニーナの声。僕は背後を確かめた。少なくとも、この説明だけは部外者に聞かれる訳にはいかなかった]
……大丈夫、だとは思うよ。
……たぶん、一種のバッドトリップだから。
[ネリーは顔を上げた。いつもの車にいつもの景色。
ただ景色が少し違う。やや薄暗い。
この景色、ごく最近見た記憶がある。…でなければいいが。]
[安堵する姿。その面影はわたしの知っている彼ではなく。
娘を耽溺する父親の姿でしかなかった。]
えぇ、だからあまりお父様も心配なさらないように。
親の不安は子にも伝染わってしまいますから…。まずは親御さんがしっかりなさらないと…。
[落胆する姿を見せまいと、わたしは無理に振舞って彼を励まして見せた。今この時こそ自分が滑稽に思えたことは無い。]
では雨も本降りになってきましたので、この辺で。
お邪魔致しました。
[相槌を入れられないように少々捲くし立てるように別れの言葉を告げて。わたしは雨の中へと飛び出していった。]
−居間−
[しっとりと汗ばむ従妹の肌に微かに背筋に何かを感じて、ゆるりと小さく首を横に振ってその熱を払い]
…いいわ、私がやるわ。
[少し見上げるリックの視線に瞳を緩く細めればウェンディの傍らへと膝をついて]
[その後、わたしはあの家の明かりが届かなくなる所まで、泥が跳ねるのも気にも留めずに走り続けた。まるで彼の絡み付くような視線から逃れるかのように。]
――これ以上あの人の傍にいたなら…。わたし理性を押さえつけられる自身なんて…ない…。
[打ちつける雨は思ったより激しくわたしの身体を濡らして行く。背中の疼き。荒くなる呼吸。そして歩く度に何故か引けていく血の気――。
それらは体調を崩す際のわたしなりのサイン。]
復旧作業で…無理…しすぎたのかな…?
家に帰る前に…ルーサー先生に…診て…貰わなきゃ…。
[急速に鉛のように重くなっていく身体を引き摺りながら、わたしはこの町に来てまだ間もないルーサー医師の自宅へと出向き――]
留守…なのかしら…。だったら少しここで待っていても…いいです…か?
[戸口にもたれ掛る様に体を預け。
わたしは不在の主の帰りを*待つことにした*
少しでも雨から身を護る様に、小さく身を寄せて――]
あら、ハーヴェイさんに運転して貰える車は幸せですよ。
だって同じ運転手なら、ハンサムな方がいいでしょう?
[ね──と、車に語りかけるような細い音。]
──そう、ですか。
いえ、有難う御座います。
以前かかっていたお医者様と先日の嵐で連絡が取れなくなってしまって、代わりの方を探していたんですけど、なかなかすぐには見つからなくて。
──えぇ、そうですね。落ち着いたら。
[頷き、視線を前方に向けると、白い木造の家が見えて来た。]
あ、あそこです。
家の前に停めてくださいますか?
[ニーナに場所を譲り、僕は向かいのチェアに腰掛けた。
多分、説明は要領を得ないだろうと思いながら話し始めた]
……カウンターの中に、手紙があったんだよ。
……ううん、今回重要なのは中身じゃなくて、その外側。
[小さく息を吸い、嘆息にして吐き出す]
切手の代わりに、別な物が貼ってあった。レベッカ――母さんから「絶対勝手に使っちゃ駄目」って言われてた印紙のシートだ。
でも、印紙なんかじゃなかった。
どこの州のでも、郡のでも、市のでもない。
私製の、特殊な印紙。幻覚剤を染み込ませた。
……あれは、そういうものだったんだ。
[リックの言葉に、膝をついたまま少しだけ青い瞳を彼のほうへと向けるだろう。
次の瞬間には特に何かリアクションをするということもなく]
…そう、分ったわ。
[小さく頷くとミネラルのボトルを手に、まずはウェンディの意識があるか確認をする。
弱々しくてもそれなりの反応があれば少し目を細めてからミネラルを口に含み、それをゆっくりとウェンディに口移しで与える。
彼女がゆっくり一口分のみ干したなら、少し間をおいてからもう一口分与え]
旦那様、手間取ってしまってすみませんでした。
[ネリーは謝りつつも、話題を変えようとする。]
何か、空が曇ってきてますね。あくまでも勘ですけど、気温も下がってるような…
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