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[ソファに横たわったまま空虚な色を宿した瞳。
遠くの部屋で響く音。
少しの間、静かに音に耳を傾け、むくりと起き上がる。]
……。
[流れる旋律は自分には到底縁のないもので、2,3回瞬きをすれば立ち上がり、自室と決めた部屋へと歩みを進める。]
[ほどなくして目的の場所へ到達し、着ていた服をベッドへと放り投げればシャワールームに入り、コックをひねる。
鳴り響くピアノの音。
熱いシャワーを頭から浴びて、気持ちよさそうに*目を閉じた*]
[ステラが緩やかに鍵盤の上で指を躍らせる様を見つめて。
グラスを揺らすと、小さく笑む。]
……私とて、同じことですよ。
牧師の格好をしていますが中身まで牧師とは限らない。
[生温いアルコールが喉を刺激する。]
一般的、というのはどういう定義で、でしょうね。
少なからず性別という定義であれば貴方は普通の女性でしょうよ。
[境界線は何処だろう、と。
以前にも考えたことを頭の片隅に置いて。]
[同じ。そうだ、この男も自分と同じ囚人──]
格好と中身が同じ人は、然程多くないでしょうね。
私達に限らず。
[世の中全て、外見と中身が一致するものは少ないだろう。確信にも似た心持ちで賛美歌を*引き続けた*]
普通の定義は、難しいわね。
己が普通と思えばそれが普通なんだもの。
[だからこそ他の”普通”には興味が無くて]
…もし、私が性別的にも普通の女性じゃなかったら。
牧師様は驚くかしら?
……人は見かけに騙されますからね。
外面を取り繕えば深みまでは判らない。
……多かれ少なかれ、皆取り繕うものでしょうけど。
[自分程ではないにしろ、と内心で付け足して。
流れる賛美歌に目を細める。]
……仰る通りで。
[心持皮肉っぽい笑みを浮かべると、
その後の言葉に少し思案して。]
……そう言われたら、まぁ幾許かは驚きますね。
それが本当の話なら。
残念ながら嘘よ。
性別だけは、正真正銘一般的な女性。
でも、それだけ。
[クス、と小さく笑って]
境界線なんて全て曖昧。
性別にしても、身体がそうでも心が違う場合だってある。
まぁ、私は、どちらも女性だけど。
[一応は、と付け加え]
……年寄りをあんまりからかわないでくださいよ。
心臓に悪いですから。
[グラスの中身を舐めると苦笑して。]
物事の定義というのは、難しいですよ。
人が決めるのですから。
善か悪かの境目すら、ね。
人が決めたルールに則り、人が判断する。
これほど不確実で不完全なものもない。
[揺れる琥珀色の液体へと視線を落とせば、口角を上げて]
そんなに弱い心臓をしてるようには見えないけれど?
[からかうように笑って]
不確実で不完全でも、人は基準となるものを欲す。
自己を正当化するために。
基準内に居れば、己は安全だもの。
そしてそこから外れたものを咎め、排除する。
外れたものが正しいものだとしても。
全ては人のエゴから生まれるのね。
善も悪も全て。
そして悪に類されたのが…私達。
[だからと言って己を善と思っているわけでもないが。賛美歌を弾くその表情はどこか*無表情であった*]
……これでもデリケートなんです。
[軽く肩を竦め。
ステラの言葉に目を眇める。]
善も悪も。
そもそもこの世界にはありませんからね。
人が勝手に作り出し、具現化したものです。
より誰かに都合の良いように。
[空になったグラスをカウンターへ戻す。
善いとされた行いも。
やがて時代が移ろいゆけば悪とされる。
都合の良いように歴史は改竄されて。]
……馬鹿馬鹿しい。
[アルコールで濡れた唇を親指で拭い、呟いた。]
[空になったグラスをカウンターの向こうに入って洗い。
元の場所に戻すと、静かに扉を開け、外へ出る。
漏れ聴こえる賛美歌に瞑目すると]
……ここに来てまだ外身を取り繕う意味は、何だろうな。
長年染み付いた習性みたいなものか。
[自嘲。
リノリウム張りの廊下の軋む音だけが、辺りを支配する。]
待って!
……痛ッ!
[思わずネリーはベッドから転げ落ちてしまっていた。強い衝撃を受けて意識を現実に戻す。]
ああ、そうだ、私ここで寝てたのよね。
[強い夢でも見ていたのだろうか。夢かうつつかを確かめるように、はたまた腕時計を見るかのように自分の手を見る。手足には白い包帯が巻きつけられている。]
アーヴァイン。あの人はいったい何を…
[部屋の少し隅には紫水晶の瞳をもった少女がいた。軽い運動ならできるかもしれないほどの大きさを持つ部屋だったが、行動範囲は小さいほうが好み、と感じさせるほど小さな場所に彼女の領域はまとまっていた。
窓の外をのぞく。この屋敷以外に人工的な手が加えられたものはあまり見受けられず、やはり俗の世間からは切り離された場所ではないかと思う。]
やっぱり…簡単には抜け出せそうにないわよね。
たとえばこの窓…なんとなくだけど、ここから抜け出るのを試みたりすれば窓の縁が刃物になって襲いかかりそうだもの。そんな予感をさせるくらい、頑丈そうだわ。
迂闊に出ないほうがよさそうよね。
[ネリーはキッチンらしき所へ向かった。漫然と食材を置いてあるだけなのだろうかと思ったからだ。
しかし確かに漫然さの感じられる倉庫だったが、多少は精をつくせばよいものが出来るのではないかという考えが脳裏に浮かんだ。]
割とあるじゃないの…これならシフォンケーキだって目じゃないかもよ…でも。 ナイフや刃物が異様に多いような感じもするのも、少し*気味が悪いわよね*
[シャワーを浴び終わってからクローゼットを開けば、ステラらが言った通り自分にぴったりと合うサイズの服が並んでいた。]
ふぅん……。
[これだけあればいかに清潔な人間でも暫くは服の替えには困らなそうだとぼんやり思い、適当に服を見繕う。その中から襟付きの白いシャツと、腰の辺りで絞るタイプの茶色いフレアスカートを選ぶと、手早く着替えてベッドの方へと移動する。]
元々着ていた服はどうしようかしら。
[口に出してはみたものの、さして迷うこともなくクローゼットの一番端に吊るす。屋敷から出ようとか、そういった考えも今は持っていないのか、部屋を調べるでもなく窓辺に立ち、空を眺める。]
[お世辞にも良い天気とは言えない――むしろ薄暗い空の、微か夕焼けの赤みがわかる程度の眺めに一つ、ため息を落とす。]
自由に過ごせ、というのが一番困るのよね。
することなくて。
[くるりと窓に背を向ければ、個室内でも楽しめるようにかティーセットが目に留まる。紅茶の茶葉も結構な種類があるところを見ると、主も紅茶が好きなのだろうか、などと首を傾げ。]
んー……どれにしようかしら?
[心なしか楽しそうに茶葉を見比べると、キャッスルトンのセカンドフラッシュを手に取り、じっくりとその味わいを*楽しむ*]
[二人の部屋。
紫の君・蒼の君。何処かで見た双児の人形。
蒼は窓際で溜息をつく。
門に閉ざされた豪奢な屋敷。未だ現実感が湧かない。]
ナイジェル……
[ぽつりと少女の名を呟く。
その名を言葉にすれば、何処か安堵感を抱く。
弱く笑み、ソファーへ腰を下ろす。
長袖の青のワンピース。ショールを羽織り直し。
ワンピースの袖を捲って、白い痕の残る手首を、
指先でなぞって。]
……
[ポケットの錠剤を、とん、と服の上から確かめて
*す、と目を伏せた*]
[一人のティータイムも終わり、小さな鞄から薬のようなものが入ったケースを出す。が、昨晩ワインを零したこともあってかなんとなくまた元の位置にしまう。]
また失態をおかすのも、ね。
[小さく呟き、状況が動いていないか広間へと。]
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