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枚坂先生、どうかよくご覧になって下さい……。
私だけでは、此れが真か嘘か、判じかねるのです……。
[枚坂へと写真を差し出し、便箋の文面に目を走らせた]
私は、南京中央病院に置かれた栄1644部隊の本部に保管された資料で、上海で起きた事件の関係者の写真を検分したことがあるんだ。
彼女は、そこで見た最重要人物の一人だ。
だが、なぜ君がこんな写真を――
[実業家の父らしい、読み易く几帳面な文字で綴られた内容は同封の写真に写っていた女性がさつきの母であることを裏付けるものであった。上海に居た戦前の当時、とある酒家で働いていた娘だったのだと、長彦の文章は語っていた。
そして其の娘と懇ろになり、生まれた赤子を長彦に預けたのが今からおよそ十六年の昔であった、という――]
ここに写っているのは天賀谷…十三さん――
そして隣の女性は君に瓜二つ……。
……十三さんは君の叔父ではなかったのか?
[私はその意味を推察し、唇を噛んだ。]
[文面を読み上げるさつきの声は次第にわななき、掠れ始めていた。全身を熱病のような震えと、其れに反比例するような寒気が襲うのをさつきは感じていた]
「――十三君。君が真に、さつきの父で有る事を明かそうと云う心算を持っているのならば、此れまでの十六年間の君の歩み、其の間に思い考えていた事柄の一切を、包み無くさつきに話して遣るべきであろう。そして其の上で、さつきの判断に全てを任せるのが筋である。其れが、今現在まで父親としてさつきを育ててきた兄よりの、心からの願いである。どうか、嘗て君の愛した女性に愧じる事無き振る舞いを、さつきに対してもしてやって呉れ給うよう。
長彦 」
ああ……。
[私は思わず呻いた。
本来なら穏やかで情の通うものであるべき父子の対面が、あのようなかたちに終わってしまったのだ。
ましてや、当事者の十三は真実を語ることも、また娘への情愛を表すこともなく逝ってしまったのである。]
[さつきは幾度も首を振る。身に感じた衝撃の大きさを示すように、便箋がはらりと床に落ちた]
……わたし……叔父様、が……父、だ……なんて……
……そんな、うそ……信じられ、ません……
[瞳は揺れ惑い、すがるように枚坂を見つめた]
さつき君、大丈夫か。
いや――
見なかったことにして仕舞うのがいいよ。
君にとって、大事なのは育ててくれた方の父君であろうから……。
[私は彼女に慰めの言葉のかけようもなかったが、せめて思うままを口にした。]
――三階/廊下――
[枚坂の言葉は温かく、優しく心の中へ染み入ってくるように感じられた。どこか危なげではあったものの、さつきはこくりと頷いた]
はい……。
私は……お父様……嗚呼、でも。
血の繋がった、父は……
『殺されたのだわ』
『屍鬼に殺された――
其れも、あんなにも無残な姿で――』
さつき君……
[戸惑いながら、その肩に手を置いた。]
私が云うのも可笑しな話だが、亡くなった人のことは忘れてしまうんだ。
気にしないことだ。
[自分自身の言葉がどれだけ空疎に響いたことだろう。
ここでこうしている間も、碧子の遺骸や天賀谷の遺骸、藤峰君の亡骸、そして――
亡者のことが頭の一隅から決して離れないこの私が。]
枚坂先生……。
[目を閉じた儘、さつきは首を振った。まなうらに映るのは鮮血を勢いよく噴き上げ、どろどろと臓物を吐き出す十三の非業の最期であった。ぶるっと頭を振って瞼を開くと、落ち着いた枚坂の姿があった]
先生……私には……まだ、其の様には……。
けれど……ええ、大丈夫です。
大丈夫……。
[横手からそっと腰を支える小さな掌。杏のものであった]
私には、杏が付いて呉れていますから。
それよりも、枚坂先生。
雲井さんを何うにかしなければ――あの様子は、屍鬼に魅入られてしまっているのやも――この儘では、屍鬼、と。
[大河原の名を口に出す事は出来なかった。
心中に赫っと熾った焔が、さつきの意識から其の名を焼き尽くし、灰燼に帰さしめた。杏に寄りかかるようにしながらも、さつきの瞳は異様なまでの光を*帯びていった*]
時間がかかるかもしれないが……
だが、無理はしないようにね。
[さつきの隣には杏の姿があった。「大丈夫」というさつきの言葉にほっとしたように肯く。
こうした酸鼻を極める場所であっても、己を見失った様子なく平常であるように見受けられるのは、年近い知己が寄り添うように居るからだろうと納得しながら。]
雲井さんか――
[藤峰青年には躊躇うことなく刀を打ち下ろした様子を思い出す。碧子と長く一緒に居させるわけにはいかなかった。
時間を経れば手遅れになってしまうかもしれない。]
たしかに、あのままにしてはおけない……。
[私は、雲井の背中を追って*歩み出した*。]
―三階/碧子の客室―
[ひと際豪奢な寝台に、碧子の躰を横たえる。
苦悶、というよりは驚くように、碧子の眼は瞠かれていた。
何に対する驚愕なのか、最早窺い知る術はない。
首筋を襲った衝撃にか、突然の死にか。
或いは翠に迄屍鬼と宣告された事にか。
そっと瞼を撫でる様に閉ざすと、その掌の下で、血の気のない貌は酷くあどけないものに変わった。]
まるで生きてる様だな。
いや。屍鬼なんだから、これでも眠っている様なものなのかな。
碧子さん。
貴女、如何して……天賀谷を殺したんだ、とは訊く積もりもないが。
如何して……あの時、諦めてしまったんだ。
一時の仮初めの死なんぞ、貴女には意味が無いとでも謂うのか。
それとも、本当に……諦めたくなったのか?
[碧子の唇は、艶やかな紅色を湛え、かすかに開いている。
だが、いらえがある筈もない。]
やれやれ。
そう悠長に構えても、居られないなぁ。
[そう呟きながらも、碧子の髪のほつれを整えるように、なぞる。
その上に、ひらりとひと片のほの紅い花弁が舞い落ちた。
カーテンを引き絞って開かれたままの張り出し窓から、風に乗って吹き込んだのだろう。
窓に寄ると、枝ぶりも美事な櫻が見て取れた。
枝を揺らす強い風に、吹雪の様に花弁が吹き散らされて行く。
風に舞い上がる花弁の向こう、埋もれる様に横たわる人影。
そんな幻の様な光景を、一瞬見た様に思った。]
―三階客室>地上―
[大きな旅行用革鞄、そしてスーツケースを、窓から投げ落とす。
碧子の躰を再びそっと、抱き上げた。
眠った子供を扱うように、そっと。
廊下の様子を窺う。
そこは未だ無人だった。
表の階段の方向からは、興奮した板坂の声が聞こえる。
それを避けて、裏手の使用人専用の区域へ続く扉をくぐった。
勝手は判らないながらも、地上への階段が何処かに在る事は知っている。]
―裏庭―
この櫻を見せびらかさないとは、随分贅沢をしたもんだ。
[呟きながら、薄紅色の褥の上に、黒いドレスを纏った躰を、ふわりと下ろした。]
少しだけ、そこで待って居てくれ。
[まるで我侭な子供に語り掛ける様に言った。]
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